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池袋の南側でディープナイト

JR池袋駅の南側は賑やかな繁華街で飲み屋も多い。良い意味でも悪い意味でも東京北部を代表する盛場の一つだろう。サンシャイン側にはもう少しチェーン店が多い感じがするが、池袋駅東南方面はまだまだ細かい店がたくさん存在する。ビル壁面の大型看板などいかにも東京の猥雑さを代表する光景だと思う。
このビル群の中に、この日の会合場所があったのだが、なんと入居しているビルにすら看板がついていないという、探索難所な居酒屋だった。結局この界隈をぐるぐると歩き回ってしまったが、居酒屋のお兄ちゃんのヘルプがなければ辿り着けなかった。

その都会の繁華街からわずか徒歩2分、100mちょちいと離れたところに広い芝生の空き地がある。元は学校でもあったのだと思うが、そこを芝生にして開放している、都会では珍しい光景だ。規模は全然違うが、ニューヨークのセントラル・パーク公園を思い出す。
誰でも使える公共の芝生だと思っていたが、なんと周りが侵入禁止の停止線で囲まれていた。なんかと横暴な知事の暴挙だ、とイラっと思ってしまったが、どうやら言い訳らしきものが書いてあった。

芝生養生のためらしい。ご丁寧にイラスト入りで英語表記もある。なるほどな、外国人関連のトラブルがあったのだろうとすぐにわかる。
おそらくどこぞのSNSにアップされたせいでインバウン客が押し寄せてきて、あれこれ揉めたのだろう。この日も周りから聞こえてくる声の半分は外国語だったから、いまだに外国人が集まっているのに間違いはない。
確かに池袋という東京有数の繁華街で、この芝生の向こうにハイライズマンション群というのはなかなかシュールな光景だ。
富士山を見るために(撮るために)集まってくるインバウンド客の対応で、道路ぎわに布張りの壁を立てなければ無くなった地方都市のことを思えば、東京都は自己所有の公園を断固として閉鎖するという快挙にでたということか。

閉鎖告知には閉鎖期間は7月中旬までとなっていたが、これはおそらくズルズルと引き伸ばされることだろう。8月になるまでに一度確認しに行ってみなければなるまい。と、野次馬精神を発揮してしまう、ディープな池袋ナイトでありました。

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松屋の牛飯

松屋は牛丼御三家の一角を占める大チェーンだが、牛丼とは言わない。牛飯なのだ。まあ、それに文句があるわけではない。
おそらく牛丼業態が拡大する時代、吉野家の牛丼に対して松屋の牛飯という、差別化路線が選ばらたのだと思う。ただ、松屋はその後に牛丼専業路線から、メニュー多角化、定食屋への道を選択した。そのため牛丼という究極のファストフードとしては異例なキッチンレイアウトを持っている。業界の異端児だと思う。

吉野家では有料な味噌汁が、無料でついてくるというのも松屋の差別化路線だが、個人的にはこれは不要なサービスだなとは思っている。その分だけ単品値段を下げて欲しい。
牛丼の価格が各社横並びであった時代であれば、同価格で味噌汁有り無しは、価値の差を生み出したかもしれないが、今では牛丼の値段は各社ばらばらだ。ブランドよりも店舗の場所の差の方がよほど使い勝手を分ける条件だろう。
正直に言って、吉野家、松屋、すき家の大手3社の牛丼を同時に食べ比べたとしても、そこに圧倒的な味の差があるとも思えない。それよりも一鍋仕込んだ後の経過時間、つまりどれだけ加熱を続けているかみたいな調理時間、保管時間による味の差異の方が大きく影響するのではないか。ちなみに自分の好みは玉ねぎがグダグタになるほど長く煮込まれているものだ。これはなかなかお目にかかれない。人気店では回転が早いから、いつも玉ねぎはシャキシャキだ。売れない店のピーク後とか深夜帯とかが狙い目の時間帯になる。出会うには難度が高い。

知人の外食評論家によれば、テイクアウトでは経過時間によりブランドの差は出ると言うのだが、1時間置いた吉野家と出来立て松屋の差など気にするものがいるだろうか。できたてのほうがうまいと感じるのではないか。
などなど、牛丼についてはあれこれ思うことも多い。個人的には、牛丼とは少ない肉を出汁にしてご飯をモリモリとかき込む食べ物だと定義している。だから、頭(牛肉の煮込んだ部分)と米のバランスは他の丼物と比べて際めて悪い。(ご飯が多すぎる)
ちょっと老舗な町の蕎麦屋でカツ丼などを注文してみるとその差がよくわかる。町場の丼物は、基本的に頭大盛りで提供される。牛丼のようなケチった頭のものは珍しい。すき焼き屋に行って、気まぐれに牛丼的なもの、例えばすき焼き丼みたいなものを頼むとその差は歴然だ。

だからこそ、牛丼屋は日本で最初のファストフードであり、今後も低価格で貧乏人の救世主の座を明け渡すことはないと思うが、最近は不穏な動きもある。一部の牛丼提供店では並盛り500円を超えている。これは危険な水準だが、いつまで続けられるのか。きっと客数割れで価格変更を迫られると思う。

少なくともファストフード業界大手はほぼほぼ全社、価格の上げ過ぎで軌道修正を迫られている。インフレが長期化すると、必ず出現する低価格業態がそろそろ暴れ始める。時間の問題だ。その時は、また牛丼1杯 380円が復活するかな。ただし税込だと418円だから、おそらくは税込390円あたりが落着店だろう。

ちなみに、松屋はまだ普通の丼を使っていたので安心した。すき家のテイクアウトボックス入りの牛丼はちょっと悲しいからなあ。

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スシローであれこれ感じたこと

最低価格の皿を注文してみた

スシローに久しぶりに行ってみた。都内の繁華街にある店舗は価格が通常店より高い。最低価格の一皿は150円だ。100円均一というのはもはや過去の物語にしかない。全品一皿100円というワンプライス戦略で正統してきた事業体が、その根幹を実にあっさりと捨て去る。それも一さyだけではなくy、業界の上位各社がそうなった。どこの会社の経営者も足元の収益に引っ張られ、自分たちの存在価値の見直しができていないのも当然だろう。
現在は、価格初級ではなく(もうできないし)、品質訴求いに切り替えているが、これは消費者にすぐバレるダメな戦略転換だ。所詮、100円が150円になったとしても、高品質で評価されるレベルではない。この価格でなら値打ちがある、コスパが良いという判断がなされている業態で、前提の価格を変えたら、コスパが根底から裏切られる。値上げが業績回復につながらない典型例だろう。正直に言えば、客を舐めるなよということだ。が、これは回転寿司(今では回っていないが)に限ったことではなく、低価格を売り物にしたファミレスの代表「ガスト」や低価格が前提のガストフード各社も、真っタック同じ状態になっている。面白いのは業績が低迷している会社の社頭が、ほぼ全員何一外食企業の経験がない、外から来た人種であることだ。
別にプロパーな社員だけに社長適性があるという意味ではない。ただ、サービス業界でおそらくいちばんの川下である飲食業では、客との接点が実に近くて不平や不満を肌身で感じる。価その肌感覚があるかないかは、経営的な決断をする上で重要な資質になっているのだと思う。

そう言えばスシローはストレートレーンを導入するまでは、自分の注文した皿の色が決まっていた。例えばマグロを注文しても、回ってきた皿の色が違えば、それは違う客のものだと分かる仕掛けだった。
ところが都内繁華街の店ではストレートレーンの出口は自分の目の前にあり、人の皿に手を出す間違いは起こらない。なかなか素晴らしい仕組みなのだが、これSNSで起こった様々な事件からの学びだろう。客が他の客の迷惑になるような行為を喜んでする時代だ。客(悪意あり)から客(普通の善良な対応)を守るためではあるが、会社をテロ行為から守るためでもある。
醤油の容器を下で舐めて戻すなどの行為であれば、健康被害が心配ですという程度かもしれないが、回っているさらに化学物質、毒物を入れられたら……………
回転寿司はそうした物理的なテロ攻撃には無防備だ。企業がテロ行為に対応しなければいけない時代になったということもあるが、客が客を信じられない世界というのは、日本社会の歪みが限界を超えたということなのか。

貧乏人の味方であった低価格鮨店で、貧乏人が貧乏人を痛めつけるとは、なんともやりきれない。加害者である貧乏人は、社会規範を教えられることなく犯罪者になる。貧乏人が子供に対する教育を十分に与えられないせいだと言えばそれまでだが、犯罪者には高等教育を受けた者も多いから、おそらく子供に対する親の躾、ということになるのか。

まあ、道徳教菊を土佐けば、某保守政党の議員を見ていると、最初に道徳教育が必要なのは国会銀だと思うし、あちこちの地方自治体知事、市長はそれ以上に劣化が激しいから、子供がまともに育たないのも無理がない気がする。

最近はパワハラ指摘されても居直るおバカが多すぎるのと、飲食店でのテロ行為は同じ根っこだなと思うのであります。回らない回転寿司で政治倫理的なあれこれ絵を感じておりました。

ちなみにこの店では厨房前のカウンターの席につかされたのだが、厨房の中からの会話が聞こえてくる。日本語は一つも聞き取れず、すべて東南アジア系言語で会話されていた。これもまた、一つの時代の表れであるのだなと感心した。

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近場で見つけたやさしいパン屋

小手指の駅近くにあるこのパン屋は随分と長く営業しているらしい。今まで全く存在すら知らなかった。たまたまドイツパンを探していた時にネット検索で見つけた。パン屋ではなく「ふーらんじぇ」だからフランス系のパンなのではと思ったが。

店内に入ると期待していたハード系パンよりも、デニッシュのような甘くて脂たっぷり系のパンがほとんどだった。みるからに甘そうな感じはするが、中には木の実やドライフルーツが入ったものもある。少量多品種生産のようで、開店から1時間もすると売り切れるものが多い。常連さんに人気なのだろう。

さて、この店のお目当てはカイザーロール、正確にはカイザーゼンメルだった。自宅近くにあるパン屋でカイザーロールを検索したら、この店がヒットした。カイザーロールは都内の大手ベーカリー店やブーランジェリー〇〇などというところでも取り扱いは少ない。いや、ほとんど見つからない。
都内の有名なパン屋はフランス系だからハード系フランスパンは大量に置いてあるが、ドイツ・オーストラリアの定番パン、カイザーロールは見つけにくい。当然、日本系のパン屋はカレーパンなどの惣菜パン、メロンパンやあんぱんのような菓子パンが主流なので、食事パンとして見つかるのはせいぜいがコッペパンやロールパンというところだ。

ドイツ系パン屋を探すしかないかと諦めていたが、都内でもドイツ系のパン屋は少ない。諦めかけたところで、なんとこの店で取り扱っていることを発見。勇んで買いに行った。結果は、残念。
人気店なので売り切れると困ると思い開店すぐに行ったのだが、カイザー前メルは午後になって焼くという。その日は胡桃のパンを買って退散。別の日午後1時半(その頃に焼き上がると聞いたので)に来店したが、なんとこれから焼くという。断念。

そして、三度目の正直、まず開店時間に電話をして焼き上がりの時間を聞いた。午後2時過ぎとのこと、では後ほど伺いますというと、取り置きしておきましょうかと言われた。なんだ、最初からそう言ってくれればいいのにと思ったが、ありがたく取置きをお願いして。
ようやく手に入れたカイザーアゼンメルはちょっと薄手ではあるが、まさに求めていたものだ。

それを自家製カイザーサンドに仕上げた。中身は軽く炙ったサラミと、レンジアップしてマヨネーズで和えた細切りキャベツ。歯応えのあるパン生地と、サラミからでる脂がよくあっている。

もっと前からこの店のことを知っていれば、豊かなパン・ライフが送れただろうにとちょっと後悔したが、まあ、それは良いことにする。これからはしばしばこの店で美味しいパンをゲットするのだ。

カイザー前メルには胡麻とケシの実、2種類あるが、ゴマが好みであります。

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河原キャンプ場

流れは静かでほとんど水たまり?

埼玉県中西部、秩父山系の東側は関東平野の端に当たる。鎌倉時代にはあれこれ騒動の中心だった比企氏の拠点であったあたりだ。今でも比企の名は地名に残っているそこの河原にキャンプ場がある。
最近のキャンプ場は管理人がいて、あれこれ施設の面倒を見ているのが一般的だが、ここは公共の河原の一部を、キャンプ・デイキャンプができる場所として開放している。水道とトイレは設置されている。薪も売っている。ドリンクとアイスクリームの自動販売機が置いてある。以上……………という極めてシンプルな施設だ。駐車場代金、1000円を払えばどこでも自由に使って良いということで、ある意味理想的なキャンプ場だと思う。
サイトは限定されていないので、早い者勝ちというのがちょっと厳しいが、それも早起きしていけば良いだけのこと。
河原は広くて、川の流れは実に静かなものだから、小さい子供が遊ぶには良い場所だろう。この流れ?で水難に遭うのはなかなか難しい気もする。

河原上には原っぱ(昔懐かしい言葉だ)がある。ただし、芝生ではない。小石がゴロゴロしているところに野草が生えているだけだ。だが、この広さが素晴らしい。何もない平面で好き勝手にテントを貼り、思い思いの楽しみ方をする。それこそがキャンプの楽しみだろう。
問題は全くと言って良いほど日陰がないので、夏になれば日除を準備しないと、間違いなく日干しになってしまう。

ティピーは見た目がオシャレ かっこいいー

行ったのが平日ということもあり子連れのファミリー客は一組だけだった。大方の客はオヤジのソロキャンプという、どうにも地味な展開だったが、パラパラと若いカップルもいた。
最近のテントの流行は変わってきている。昔懐かしのドーム型テントが廃れてしまい、ワンポールのティピータイプ(ネイティブアメリカン的なとんがり型のテント)が多くなっているようだ。
一人用の小型ティピーも多く見かける。ティピーは慣れれば設営も早いので、そこが人気なのかもしれない。

キャンプ場で原チャリ見たのは初めてだ

最近、目立つなあと思っているのが女性のソロキャンプだ。今回はソロキャンプが集まってグループキャンプをしているのを初めて見かけた。どうも話し声を聞くと女性中心のグループらしい。おお、それはまさに「ゆるキャン」の世界ではないか、と驚いていたが、トイレに行く途中で原チャリを見つけてもっと驚いた。原チャリで運べる程度に荷物をまとめてキャンプするというのは、相当な熟練キャンパーだが、これぞまさにリアル・凛ちゃんだ。ちょっと憧れてしまうぞ。

このフリーなキャンプ場で、フリーにキャンプを楽しむ人たちを見て、いやあ、良い休日を楽しませていただきました。

家に帰ってから、原チャリでキャンプできるかギア・チェックをしてみたが、うーん、相当にスリム化しないと難しいなあ。手元にあるものだけなんとかなるかと思ったが、寝袋だけは新調しなければ難しそうだ。まあ、その前に原チャリを調達しなければ…………原チャリキャンパーにはなれないか。

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佐渡島の思い出

佐渡島のフェリー乗り場にある売店で買った佐渡のローカルパン。カステラサンドとあんかつを食べる前にカットしてみた。断面を見ればその味が想像できるか?

カステラサンドは上下のパンの間にカステラ生地を挟んである。甘いカステラ生地にはクリームが塗ってある。ただ、見た目よりも甘さは感じない。生地を生地で挟んだ食べ物とは、かの有名なお好み焼きで白飯を食す、炭水化物ダブル食品みたいなものだな。

これと似たようなものでカステラ生地を上下にして、中にはあんこを挟んだジベリアという菓子パン?があるが、あれはほとんど和菓子レベルの甘さで、まさに菓子パンだ。このカステラサンドは名前の通り、明らかに菓子というより甘いパンだが、発想は似たようなものだろう。

佐渡以外のどこかで似たようなものをみたことがある気がするのだが、定かな記憶ではない。現代パンの主流はチーズを使うことと、脂分たっぷりな濃厚生地の使用だろう。それとは全く別方向の仕上がりだから、やはり昭和レトロ的で「生き延びた伝説」風な食べ物なのかもしれない

アンカツは、まさにあんこのカツだった。これとあんドーナツの差はなんだろうか。表面のカリカリとしたパン粉が、たしかにカレーパン的なルックスだし、「カツ」的な見栄えではある。
食べてみると、これは……………実に重たい食べ物だ。揚げた生地の油分とあんこの甘さはウルトラ・ヘビーというしかない。カレーパンの世界でも、すでに揚げないカレーパン、焼きカレーパンも一般的になっているから、やはりこの揚げたあんぱんは昭和時代の遺物という気がする。ただ、これを焼いてみたところで普通のあんぱんにしかならない気もするし……………

昭和のイチゴは糖度が低く酸っぱくて、練乳をかけるのが一般的な食べ方だった。今のいちごは糖度が爆発的に上がり、練乳をかけて食べると甘すぎるし、そもそもイチゴの風味が曖昧になる。昭和から令和にかけて農産物はすっかり高糖度化して、野菜ですら甘い。果物は何もつけず生食が当たり前になっている。

どうもこのアンカツを見ていると、昭和のイチゴを思い出す。糖度を上げるために練乳をかけるのも、濃厚な味にするためにあんぱんを揚げるのも、発想的には似たようなものだ。
最近のコッペパン・揚げパンブームもパンの旨さが際立つ。実は昭和のコッペパンはかなり不味かった。学校給食のコッペパンは、これが人の食べるものかと思えるほどに不味かった。原価の削りすぎ気原因だが、当時は給食があるだけマシな生活という戦後の気配がまだ残っていた。
そのまずいコッペパンをなんとか美味しく食べる工夫が揚げパンだったのではないか。揚げたパンにきな粉や砂糖をまぶす。酸っぱいイチゴに練乳と同じ考え方だ。貧乏人の感性と言って良い。
今のコッペパン・揚げパンはるかに高品質のパンを使用しているし、中に入れるフィリングも昭和のなんちゃって苺ジャムなどとは違う、本格派のフルーツソースや生クリームを使った「進化型」だ。
このアンカツも佐渡島から飛び出て海を渡ると、令和のアンカツに進化しそうな気もするが、誰か試してみないかなあ。

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官業による民間圧迫といいたい

ちょっと怒っています。

公営競馬(地方自治体が運営)と中央競馬(国の下部組織が運営)という二つの団体が日本における競馬・ギャンブル業界を仕切っている。馬を使った賭けレースだから、所管は農林水産省になる。競馬以外では人が自転車で競争する競輪(経済産業省)、オートバイを使うオート(経済産業省)、そしてボートによる競艇(国土交通省)がある。

貧乏人からギャンブルという名目で第3の税金をぶんどる悪どい仕組みだ。おまけに運営するのは外郭団体という名の天下り組織なので、公務員の退職後の人生をギャンブルで召し上げた「テラセン」で賄うという、なんとも極悪非道な商売とも言えぬ商売だ。
ちなみにギャンブルのテラセン(胴元の手数料)は10%程度が普通だそうだが、公営ギャンブルは25%とぼっらくる。なんとも強欲な集団だ。
同じような公営ギャンブルである「宝くじ」のテラセンは5割近い。これは宝くじ裏面にある当選金と売り上げを計算してみた結果だ。おまけに管轄は総務省だという。役所の元締めが率先して賭博の胴元になっているとは、まさに日本政府とは仁義にかける没義道の極みだ。

文部科学省という教育関連の機関ですらスポーツくじなどという高額配当を煽る「賭け事」に熱心に取り組んでいる。この国がダメになるわけだ。役人が倫理を失えば、国は滅びる。過去の歴史が物語っているのだが、自分たち丈は例外と思っているらしい。「非道」は必ず正されるものだ。と、桃太郎侍?は仰っておりますぞ。

Jリーグに合わせて作られたスポーツくじなどという、ぼったくりの二乗とも言えるギャンブルを始めたのだから、この国の教育行政はお先真っ暗だ。教育が腐れば国は滅ぶ。日本国政府の腐り具合がはっきりと証明されている。

官僚主導の「誇り高き腐敗政治」の代表格だろう。

だからこのギャンブル業界に民業圧迫という言葉は成立しない。ギャンブル事業は「官」が独占し、民業自体が存在しない。
などというと、パチンコは民間事業だという輩がいるかもしれない。頭の悪い自称公務員が言いそうな話だが、パチンコは勝っても景品しかもらえない。景品を換金するためには怪しい「交換所」で景品を売るという、実に怪しい仕組みのギャンブルだが、あれは遊戯の景品であり、賭け事ではないというのが建前だろう。

パチンコは競馬などのように馬券を当てて金をもらうストレートなギャンブルではない。そして、パチンコは所轄が警察だからできる、合法と非合法の隙間にある歴史的にヌエ的な存在であり、あぶない形態のギャンブルの一種だろう。


ギャンブルとは自分の技量で勝ち負けを左右できないものだ。囲碁や将棋などの競技、あるいはプロスポーツは基本的に優れた技量のものが勝つ。サイコロ賭博や花札などのカードゲームは技量よりも運や天賦任せだし、競馬も推理ゲーム的とは言いながら、所詮は馬の運任せだ。
パチンコは建前上技量のあるものが勝てる「遊戯」らしいので、ギャンブルには当たらない。といってよいのだろうかなあ。「遊戯」の腕前に応じて景品がもらえる。その景品を買い取りたいという民間業者がいる。景品はなかなか買取価格が良いらしい。という回りくどい定義の「賭け事」ではない「お遊び」となる。

となると、純粋な民間ギャンブル事業は非合法とされる「のみや」だけだろう。そのため、警察の「のみや」追求は熾烈を極める。民営ギャンブルは絶対に許さないということだ。

そのぼったくりギャンブルの最大胴元である日本中央競馬会が、なんと池袋の地下通路で大規模なイ集客イベントを行なっていた。無料ガチャを引いたら、競走馬のシールがもらえるというもので、通行するファミリー、特に女性や子供を強力に勧誘している。
どうやらギャンブルに対する忌避感を子供のうちから取り除いておくという長期戦略らしい。15歳未満は競馬場に単独では入場できないはずだから、小学生を引き込んでいるのは、そうとしか考えられない。
競馬は昔でいうところの成人映画と同じ未成年者お断りの危ない場所なのに、そこに子供を呼び込もうとする。極悪非道、悪辣の極みというしかない。

国鉄(日本国有鉄道)、日本専売公社(塩とタバコ)、日本郵政、日本電信電話(NTT)と次々に国営事業を身売りしてきた日本政府が、ガンとして手放さないのがギャンブル事業だ。こういう悪どい商売こそ民営化して、合理化によりテラセンを下げファン獲得に邁進するように民間活力を導入すべきだろうに。

今から小学生をたらし込み10年20年後に「推し」馬応援という名目で、第三の税金を巻き上げるという、言語道断な戦略を立てたらしい。

そもそも軍馬の育成という名目で始まったはずの競馬事業が、今でも存続する理由はどこにもないだろう。いまでは軍馬など特殊なパレードで登場するくらいのものだ。

最低でも競馬事業は民営化する。そして、最終的には国営ギャンブルはすべて解体する。それくらいのことを公約にして立候補する政治家(政治屋ではない)が出てこないものだろうか。国を守ると叫ぶのも結構だが、まずは身内の悪行を整理するところから始めろよと言いたい。隗より始めよだ。

そう言えば、大阪の湾岸ギャンブルシティーもそろそろ開業するのだったな。日本国政府をあれこれと論じる大阪地方政党だが、ことギャンブル好きという点では似たもの同士だろうか。どちらも酷い連中であることは間違いないな。

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始まりと終わり

全国一宮参りを始めたのは、御朱印帳を見ると平成29年11月だ。鹿島神宮と香取神宮を回ったのがわかる。それから、東日本を中心にのんびりと旅をしながら回っていた。自宅から車で行ける範囲を終わった後は、東北を何度かに分けて周り、その後は東海地方から伊勢にかけ小旅行を繰り返した。東日本完了するまで、コロナの3年間の中断期があり6年近く経っていた。
西日本は仕事に行く機会を利用して、一気に回るスケジュールを立てた。近畿圏、四国、中国圏、九州は南北に分けて回った。最後に残っていたのは離島で、これは日数がかかった。

2024年には完了する予定だったが、あと一つを残したところで止まってしまった。2025年は個人的な都合でほとんど時間が取れず、のびのびになっていたが、ついに今年5月に無事完了した。
2017年開始から2026年完了。9年かかったことになる。実質的にはコロナによる中断期を除くと5年ほどだから、やはり日本全国一周するのは時間がかかる。

一宮の所在地は旧・国府にあるので、現在の県庁所在地とは異なる場所が多い。対馬、壱岐、隠岐、佐渡などの離島ではなぜこんな場所と言いたくなるほどの山の中だったりする。当時は国府ではなく神聖な場所を選んでいたのたのだろう。
一宮の近くに国分寺が置かれていたところもある。越中(富山県高岡)や飛騨(岐阜県高山)などだ。当時の国府は政庁・宗教権威が一体化していた街だったことがわかる。・

西国では古代ヤマト王権と地方王国との権力争いも垣間見える。旧・国府と一宮所在地が一致しない。例えば吉備国や出雲国は明らかに地方王国の旧首都と征服政権の出先事務所、国府が別の場所にある。まさに新旧勢力の対比が見て取れる。併合した国の神を時刻に都合の良いようにアレンジしながら、自国の神体系に取り込むというのがヤマト王権のやり方だった。その結果、神様が八百万もいるゆるい宗教になった。
九州の一宮はまさに旧国の国都だったのだろうという場所が多いが、ヤマト王権はそこを嫌って新国府を置いたのだろうなとわかる。

日本神道のユニークさはそこにある。
絶対神が唯一の存在という砂漠の民の宗教とは、思想的に根底から違う。砂漠の民の神は、我を讃えよ、さもなくば滅びよという峻烈さがある。
インド亜大陸生まれの仏教は、東に伝播する途中であれこれ変化し体系化されたが、基本はヒンドゥー教の輪廻転生思想にあり、神様の数も多いが、流石に八百万はいない。
神様が職能により多様化するとiうのは、砂漠の民の思想にはない。絶対神は万能であり、唯一の存在である。苦手なものなどないというのが教義だろう。
仏教の影響を受ける前から古代ヤマト神道は、多数の神があれこれ職能に分かれて共存するが、神の国である高天原に集合しているわけでもなく、各地にある神社に分離・独立して居住?していた。中央集権とは程遠い地方分散型の神々だ。
そんなことを考えながらの一宮巡りは、古代日本史を振り返る旅でもあった。

人生で最大・最後のスタンプラリーだったなと、振り返ると感慨深いものがあるが、若い方にはお勧めしない「渋いアクティビティー」だ。特に、公共交通機関では辿り着けないところも多く、自動車移動、それもレンタカー利用は必須だし、離島となれば弾丸ツアーもう難しい。

スケジュール的に最悪なのは離島で、場所にもよるが一泊二日でも一ヶ所だけお参りするのが可難しい。フェリーのでる街で前泊し、朝イチの船で島にわたり、レンタカーを借りて参拝する。その後、午後のフェリーで戻ってきても、その日のうちに東京行きの交通連絡はつかない可能性が高い。からだ。
中国山地山の中や福島の山中にある神社は、最寄りの特急駅から車で行っても往復で半日は潰れる。最低前泊が必要だ。九州の各地も空港からレンタカーを借りて、日帰りが可能なところもあるが、ちょっと外れになると一泊必須となる。

一月に一ヶ所ずつお参りしても9年かかる計算だから、ご利用は計画的にだなあ。やはり若い方向けの趣味ではないなあ。

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キャンプ飯

久しぶりにポークスペアリブが食べたくなり、近場のスーパーに買いにいったら、なんとスペアリブが置いていない。仕方なく肉屋発祥の大手スーパーに行ったら、たっぷりと並んでいた。その近くにある埼玉ローカルスーパーでもしっかりとリブ肉は置いていた。
どうやら近場のスーパーは会社買収された後、品揃えを極端に絞っているので売り上げの見込めない特殊なパーツ肉は取り扱いをやめたように思える。
ちなみに、そのスーパーの魚売り場は壊滅的で切った刺身と干物以外は冷凍切り身パックだ。感覚的にはアメリカのスーパーを思い出す。要はおまけ扱いの売り場になっている。魚の需要が減っているのは確からしいが、まさに売り場縮小が招く負の螺旋という気がする。海なし県の埼玉で、郊外型魚専門店に行列ができるほど混み合うわけだ。負け組が負けるのには確かな理由があるということだろう。

さて、スペアリブを甘い九州醤油と蜂蜜を合わせた自家製タレに漬け込む。これまた自家製ニンニク醤油と生姜を合わせて密封容器で一晩放置する。それを焚き火の熾火で焼いてやろうと思った。が、この日は気温30度を超える暑さで、昼から焚き火は厳しい。諦めて鉄板でじっくり焼くことにした。

カセットコンロの弱火で厚めの鉄板を使いじっくりと時間をかけて焼き上げた。ビールを飲み飲みの手間仕事だったが、仕上がりは上々で思い通りの甘辛味になった。うまし。
次回はアメリカンなスパイス系で仕上げてみようか。その時は、もっと大ぶりの両手で持つような骨付き肉が良さそうだ。

スペアリブを焼き上げた後、もう一品に挑戦した。スペアリブを買いに行った時に見つけた、サラミソーセージの切り落とし、つまり工場でスライスする時に、機械の不具合で厚過ぎたり、薄すぎたりしたものを安く売っているのだ。まさに訳あって安いの典型だが、味に問題はない。感覚的には通常品の1/4程度のお値段だから、惜しげもなくたっぷりと使える。

食料品特化型のスーパーがその専門性を発揮して成長している一方、従来型のなんでもありそうで、実は買いたいものが何もないスーパーが消滅していく。旧ダイエーグループや旧セゾン、そしてIYといった名門スーパーチェーンの失墜は、やはり時代のニーズにそぐっていないことだろうなあ。外食でも同じ流れで、なんでもある店ほど苦戦している。

このサラミだが、厚さ1mmくらいのペラペラなものや、1cm以上の分厚いものが入り混じっている。その中に長さ7-8cmもあるごろちとした長いものまでで入っていた。そのバラバラなサラミから厚さの似通ったものを選びだしキャベツと炒める。

それに太麺焼きそばを投入して仕上げた、サラミ焼きそば。具沢山なのでめしというより「酒のつまみ」として最高だ。サラミは炒めて食うと美味い。学生時代に夜食でサラミ入りのお好み焼きをよく作った。洋風な仕上がり? になり、ウイスキーなどによくあうので重宝した。

今回はそれを思い出しての焼きそば版だが、酒は新潟の銘酒「吉乃川辛口」アルミ缶入り。このチープ感あふれる取り合わせが、まさにキャンプ飯だな。

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朝ラーメンであれこれ考えた

近場のキャンプ場に出かけると、朝はさっさと撤収作業に取り掛かり、はやければ7時すぎには帰り支度が完了する。まあ、そうできるように道具を減らしたりあれこれ工夫はしているが、最短30分、長くても1時間くらいで撤収は完了する。
荷物のパッケージ化とコンテナ化を追求した結果だ。たとえ遊びでもシステム化を忘れないのであります。えへんえへんと、ちょっと威張ってみました。

だからキャンプ場のサイトで朝飯を食べることはほぼない。どこか遠いところにあるキャンプ場へ遠征して、のんびりと帰るような時であれば、また事情は別だろう。優雅にホットサンドなど作ってアウトドア・ブレックファストを洒落込むのもありだ。が、近場であれば早く家に帰ってしまう方が手っ取り早い。

早めの撤収のあと、朝飯は蕎麦とすることが多くなった。自宅のある埼玉県はローカルの星、山田うどん食堂が実に密度濃く店舗展開をしているので、車でちょっと移動すれば早朝営業の店は簡単に見つかる。大体キャンプ場から5-10分で辿り着ける。
ただし、最近は山田うどんではなくゆで太郎に転向している。ちょっとハマっている感がある。ゆで太郎の社長がSNSで自社商品の使い方を宣伝しているのだが、それが面白い。あれこれ真似したくなるのだ。ゆで太郎で酒を飲むなど想像の斜め上をいく状況だが、どうもそれが面白いようで、これはまた別に機会に真似をしてみたいと思う。

その社長が自社の蕎麦をあれこれアレンジして食べている。自分もそれを朝ラーメンで自己流に挑戦してみることにした。

ちなみに、ゆで太郎の朝飯は蕎麦・中華麺・定食のモーニングセットとなっているが、早朝時間帯でも通常メニューを注文できる。某ハンバーガー店のように朝飯限定提供というような厳しいことはない。朝からなんでも注文できる。
多分、酒も注文できるとは思うが。さすがに郊外型店舗だから朝飲みという光景は見当たらない。都内にある店舗であれば、昔の吉野家のように夜勤明けの朝飲み客がいても不思議ではない。

朝中華そばは極めてシンプルなもので、スープはいわゆる蕎麦屋の中華そばらしくあっさりとした醤油味だ。トッピングは海苔とほうれん草とネギ。これまたシンプルだが、この焼き海苔がポイント高い。朝ラーなので中華そば定番のチャーシューとメンマが乗っていないのは、朝蕎麦と同じだろう。
そしてゆで太郎は調味料も含めあれこれと無料の漬物やトッピングが置いてあるので、それを使い味変にチャレンジだ。まずは好物の紅生姜を乗せ、たぬきそば風に揚げ玉を追加する。そして、ゆで太郎の独自調味料であるらしい、赤い唐辛子のねり辛子?をスプーンでひと匙落とし込む。ただしこれは後でスープに溶かして辛味味にするので、最初は食べるときに触らないように注意する。

サッパリ系の朝ラーメンが、ひと口食べるたびに濃厚味に変化していく。最後はヒーハー言いたくなる辛さになるから、味変というより連続的にグラデーションのかかった変化になる。

この辺りのセルフ味変用食材を揃えるシステムは山田うどんでも導入してほしいなあ。ちなみに、博多ラーメンのチェーン店であった「長浜ラーメン」がこのトッピング文化を世にもちこんだ時は衝撃的だったが、その後の麺チェーンで同じシステムを導入したところはないので、何かオペレーション的に難しいことがあるのかもしれない。

そういえば福岡の麺文化には学ぶことが多いのだけどなあ。ちゃんぽん麺とか肉々うどんとか、なぜお江戸にやってこないのだろうか。