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初夏間近なキャンプ場 温泉付き

秩父市内手前のキャンプ場で静かな時間を過ごした。おそらく夏になればキャンプシーズンもピークになり、さぞかし賑やかになるのだろうが、5月の連休前の平日ともなれば実に静かなものだ。キャンプ場併設のショップも閉まったままだが、薪は「温泉」で売っていた。食材などは事前に仕入れているから問題はない。トイレの脇には飲み物の自販機もあった。

林間サイトは広めのサイトがロープで仕切られている。宅地分譲スタイルだが、ピークでも鮨詰めになる程の混み合い方はしないのだろう。多少凸凹している程度の平地なので、テントを張る場所も選ばずに済む。夏であれば木の近くで日陰のできるところが良さそうだ。

自分の居場所を決めたあとに河原サイトも見学に行った。こちらは川沿いに縦に並んだサイトだった。川の対岸は林のようになっているが、よくよくみるとあちこちに家が見えてくる。やはりここは都市地域なのだなとわかるが、パッと見ただけではまるで自然な河原なのだ。ファミリー向けには良いサイトだと思う。

川の流れは実に静かなものだが、秩父周辺では大きな川全てにダムが設置されているので、台風や梅雨の時期でなければ、暴れる河川といったことにはならないだろう。ぽちゃぽちゃと水遊びができるお手軽な川遊び場だ。

前回のキャンプでは、オイルランタンのオルを忘れていた どうしようもないな

などとキャンプ内の探索散歩を終えて、そろそろ焚き火の支度をしようかと思いつつ、ランタンに火を灯すことにした時、事件が起こった。まず、ランタンの芯が短くなっていて日をつけようとしても油が上がってこない。それでは芯の交換をしようと、予備の芯を取り出してみたら、なんとシンと抑え金具の幅と合わない。
自分のランタンはAmazonで買ったお安いものだが、どうやら芯が標準的な幅のものではなく、2割程度細いのだ。仕方なしに芯をハサミで切り、幅を切り詰め、なんとか抑え金具に押し込むまで、1時間もかかってしまった。
ようやく火をつけようとしたら、なんとライターもマッチも忘れていることに気がついた。それどころか焚き火用の道具を入れた「焚き火袋」を丸ごと忘れていた。予備のライターも道具箱の中に入っていない。コンビニまでライター買いに行くのかと実に憂鬱になる。

そこで気がついたのは、料理用に持ってきたカセットコンロで火をつけた枝(そこらの地面に落ちているもの)を使えば良いのでは……………
二、三度試した末に、ようやくランタンに火を灯した時にはすでに夕暮れが近づいていた。、ああ、これがキャンプだ、などと喜ぶはずもない。自分の忘れ物の多さに呆れるだけだった。
そのあとで、ため息を着きながらサイトに落ちている枯葉や小枝を拾ってきて、ワイルドキャンプ風な焚き火をした。着火剤も焚き付け用の薪もないのでどうなることかと思ったが、道具箱に入っていた新聞紙を使いなんとか着火に成功。ああ、疲れた。

もう焚き火など放り出して、温泉に入りに行こうかと思ったくらいでありました。ちなみに温泉までは徒歩2分。便利なキャンプ場なのであります。

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秩父のキャン場で

秩父市街に入る手前で脇道に入ったところに、一軒の温泉施設がある。その敷地の中にキャンプ場が営業している。ほぼ市街地という場所にある珍しいキャンプ場だ。秩父にはあちこちの河岸にキャンプ場が点在しているが、どこもそれなりに市街地からは距離がある。いわゆる自然たっぷり感を味わいたいのであれば、周りに人家などあまりない方が良い。周辺から漏れてくる「灯り」や「生活音」を嫌う人が多いからだろう。
ところが、この市街地の端っこにあるキャンプ場は、ちょっと隔離されたスペースになっていて、そうした生活感がほとんど感じられない。意外な感じがするが、キャンプ場としては穴場だと思う。

サイトは温泉施設から離れた河原に設定されている。その河原からは秩父のシンボル武甲山が望める。良い景色だ。この河原を独り占めすることも可能な平日のキャンプは、なかなか素晴らしい時間になりそうだ。

河原といっても流れている川は小川程度の水流しかなかった。春は水量が一番少なくなっている時期だから、こんなものなのかもしれない。梅雨明けの夏であればもう少し水量は多い気がする。
今回は川遊びをするつもりもないので、河原の上にある林間サイトに泊まったのだが、こちらもまた良いサイトだった。

昼飯には道の駅で買った秩父名物「味噌ポテト」を食べた。フライドポテトではなく、ジャガイモの天ぷらに甘い味噌味のタレがかかっている。これ一本食べるとそこそこに腹が膨れる。
そのあとは午後の日差しを浴びながらのんびりと晩飯作りに取り掛かることにしたのだが、なんとそこで事件が発覚した……………

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朝飯&カフェ飯 その日本的な進化について

カイザーサンドは喫茶店がファストフードを見習った典型メニューだろう

渋谷に早朝から出かける時は、喫茶店でカイザーサンドを注文することが多い。このカイザーサンドというパンは、街中のパン屋では見かけることがない。ふわふわのバンズとは違う。ちょっとシナッとした食感のある甘さ少なめのパンは、朝食によく合うと思う。が、なかなか簡単には手に入らないのだ。
都内のおしゃれパン屋に行けば売っているのだろうが、埼玉のハズレにある街では、普通のバンズすら手に入りにくい。近所のスーパーではロールパンは売っていてもバンズは売っていない。つまり、ローカルな街に住むと都会のオシャレを嗜むには、それなりにコストも時間もかかるというお話しだ。

モーニングセットは一見洋食風だが、実は和風テイストなのだよね

もう一つ、モーニンセットグの話を思いついた。自宅地下にも存在するファミリーレストラン「デニーズ」は、今や和洋中なんでもありの悲しいメニューになっているが、それでも昔々のプライド高きアメリカン・コーヒーショップを思い起こさせるものは多少存在する。
そのアメリカンなデニーズでも、トーストとゆで卵にコーヒーという、日本人好みのモーニングセットは存在する。だが、これは実際にアメリカに行ってみると意外なことに、決してスタンダードな朝食ではない。
まず卵はスクランブルか目玉焼き、それもたっぷりバターを使ったものが主流だ。パンについてもいわゆる食パンを頼む時には、ホワイトブレッドとしっかり指定しないといけない。ホワイトブレットと指定しないとライ麦パンか全粒粉か……………などと延々と選択を迫られる。
ただし、パンではなくパンケーキの方が一般的なように思うし、それ以外に甘い蜜をたっぷりかけたワッフルのも人気があった気もする。
ちなみに朝飯の時間にサラダを頼もうとしても出てこない店が多かった。朝食に野菜をふんだんに食べようとすれば、ホテルのビュッフェくらいしか選択肢はなかったと思う。

だから、今のデニーズのモーニングセットでトーストとミニサラダが組み合わされているのは、実に日本的な光景なのだ。本場のデニーズであれば、パンケーキにスクランブルエッグと山盛りのカリカリベーコンという組み合わせがスタンダードだろう。

デニーズも日本に来て50年近く立つのだから、すでに和魂洋才的な変異をしていても不思議ではないのだが。
個人的には、何かにつけ日本的おもてなしみたいなことを言う人たちに申し上げたいのが、現代日本で最上級のおもてなしとは、名古屋の喫茶店モーニングのことだろう。あれが最強だと思うが、実はあれこそアメリカン_・ブレックファストに一番近しい和風メニューだと思う。日本固有のあれこれを語る前に、日本にありながらグローバルな価値を持つ物をもっと見つけ出して「威張ってほしい」ものだ。

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渋谷駅前の広告 

またグーグル先生の世話になったのがこちらの解説で、

AI による概要

渋谷では現在、若者が「闇バイト」の加害者・被害者になることを防ぐため、官民が一体となった強力な対策プロジェクトが展開されています。 

渋谷駅前の巨大看板を定点観測(笑)しているのだが、今回は異色の看板が立ち上がっていた。なんというか広告色が薄い。新聞の号外にある見出しのようなそっけなさだ。この看板のデザイン費用は限りなくゼロではないか。これくらであれば、誰でもパソコンやタブレットでちょちょいのちょいと作れそうだなあ、などと思った。
とんでもない額の広告板使用料金がかかるはずの、この場所でこの大きさの広告を出稿するのは誰だと気になり調べてみた。

「官庁」プロジェクトだった。社会貢献度が高いと言うことで看板使用料が安いのかもしれないなあ。

看板の後ろ側に建設中の東急百貨店はすでに地下工事が終わりに近づいているようだし、そうなるとあと2年くらいで高層ビルがニョキニョキと立ち上がるはずだ。そのあとは、この超巨大看板も無くなるだろうから、あれこれ見ていられるのもあと2年ほどで、看板数は30回程度変わると思うが、どんな広告主が出現してくることだろうか。少なくとも自民とか維新の政治意見広告は出てきて欲しくないものだし宗教系も勘弁してほしい。やはり若者向けにエンタメとかゲームとかの楽しいものが良いだろうなあ。

渋谷ウォッチングをしている誰かが、ずっと記録を残してくれていると面白いのだがな。

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昔の税金の話と台湾問題について

面白いものが出てきた。怪しげな印紙が貼ってある。グーグル先生AIのご指導を仰いだところ、以下のような回答が出てきた。

トランプ類税は、かつての日本に存在した間接税の一種で、トランプ、花札、麻雀牌の製造・出荷に対して課されていた国税です。ギャンブル性の高い遊具を対象に1957年に骨牌税から改称・整備され、1989年4月の消費税導入に伴い廃止されました。製品の箱には「紫色の証紙」が納税済の印として貼付されていました。 

押し入れの中を順ぐりと断捨離を進めている。しまいっぱなしにしていた懐かしいものが出てくると整理の手が止まってしまうのが最大の問題だ。
さて、昔々日本アジア航空なる航空会社があった。日本航空の子会社で台湾行きの飛行機を運行していた。海外便は成田空港から出発する時代に、なぜか羽田空港から出発していた。極めて政治的な運行便だったのだ。
そのキナいい土産にもらったトランプが未開封のまま出てきた。中を取り出すと、なんと印紙が貼ってある。消費税などという悪税が存在しない頃、賭博遊戯に使われる道具についてのみ課税されていた特殊税だった。トランプや花札、麻雀牌などが対象だったそうで、都バックを非合法としながら、その用品には課税するという典型的なWスタンダードな税制というか日本行政の印だろう。
そのダブスタな課税対象の代物が、正式な国交を結んでいない台湾に対して変則的な編成をされた航空会社の機内でおまけとして配られている。ダブスタの二乗とでも言うべき「笑ってしまう」代物だ。
半国営である日本航空の子会社として運用される日本アジア航空とは、ダブスタな外交手法でしかない。当時の台湾に入獄するためのビザは、台湾政府の大使館ではなく(外交的に存在しない国だから)、台湾政府傘下の公営交流団体から入手するしかなく、帰り便の航空券をかっ九人できないとビザがもらえないと言う、なんとも厳格な審査があった(らしい)

台湾に頻繁に入出国を繰り返すと、台北空港で別室に連れて行かれて検査を受けることもあった。羽田空港で、日本の検査施設で成分調査をするために持ち帰ったベーキングパウダーを、覚醒剤だと疑われ税関で引き止められたこともある。今でもおかしいと思うのだが、覚醒剤を一斗缶に入れて10Kg近くを正々堂々と持ち込むバカがどこにいると言うのだろう。成田空港であれば麻薬等を発見する捜査犬がいてあっという間に見つけるのだろうが、ダブスタ運用空港の羽田では、そんな優れた仕組みはなかった。そもそも飛行機一便分の乗客しか降りてこないのだがら検査台も2台しかなく混雑していた。

夜便で帰ってきたため、税関から解放された時には終電を過ぎていた。税関からタクシー代くらいもらっても然るべきだと思うが、当時の役人は丁寧さなどかけらもなく、疑いが晴れるとさっさと帰れと怒鳴る始末だった。

まあ、そんな19080年代のバブルな日本を思い出し、この国で暮らすことの面倒を再認識した。この国の暮らしは好きだが、政府は最低だなと思い起こさせる「トランプ類税」にまつわるお話しだ。

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キャン飯

キャンプ場にはほぼ人がいない平日の昼下がり。3年ほど漬け込んでいたニンニクの醤油漬けをアラミ人にして油で揚げてみた。なかなか強烈な匂いがしてくる。そろそろ頃合いかと火を止めたが、マックとに焦げ付いてしまった。あと30秒ほど早く止めておけばちょうどよかったのだが。
焦げの薄いものだけをより分けて、ビールのつまみにしてみた。旨し。
次回はもう少し少量にして、何回かに分けてあげてみることにした。失敗しても被害最小限にするため、手間を惜しまないことが大事だなあ。

余っていたタコスソースを使って豆の煮込みを作ってみた。材料はミックスビーンと牛豚合挽きの挽肉に玉ねぎだけ。これをしばらく煮込んで、煮詰めてみた。こちらは群然の産物だが実に味の濃い煮豆料理になった。やはりビールのつまみに良いな。できればコロナビールでやるのが望ましい、という気分になった。お手軽メキシカン料理もどきだが、キャンプ飯とはこういうものだ。

コーンチップをか買ってくればよかったなあ。

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飲み放題の居酒屋で

最後に甘いものというのはコース料理の定石だが、それをやっているいるのがすごい

昔の仕事仲間と恵比寿の居酒屋であった。一年に一二度会う仲間たちだが、やはり誰もが少しずつ変化しているので、近況報告やら噂話やらで楽しく過ごしている。同年代の連中が集まると必ず出てくる、家族関連、健康病気関連の話題をあまりしないのがありがたい。スマホに撮った写真を見せて家族自慢をするのはどうも性に合わない。

今回は個室居酒屋をネットで予約してくれたのだが、ネット割引と季節割引などを合わせて4000円で飲み放題コースだと言われた。想像していたのはつまみが二、三品出てきておしまいという感じだった。
が、実際は7品程度の料理にデザート付きというコスパの大変よろしいものだった。このインフレ時代になあ、と思わず感心してしまった。
ただ、よく得考えると全個室がコース予約で埋まっているとすると、それは実に効率の良い運営になる。当日、不利で入ってくる客はいないとすれば、確かに価格を下げても満室を確保する方が、明らかにリエっ気を出しやすい。従業員の配置も比較的余裕ができる。

衰退業種の居酒屋で、新しいビジネスモデル?が生まれようとしているのかもしれないなあ、などと考えていた。そう言えば、この店もビルの5階にある。飲食店としてはかなり特色を持たせないと営業が難しい立地なのだ。

今年後半から、アフター^コロナの生き残り組があれこれ仕掛けてきそうな気がするな。

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おかめそばでインフレを実感したこと

量はたっぷり、満腹になりました

日本蕎麦屋に行くと、ほとんどの時に、もりそばを頼む。せいぜい変化してもざるそばになることが多い。ただ、ちょっと寒い日などはおかめそばを頼む。おかめそばは具材がそばの上でおかめの顔を模しているからおかめそば島のだ、と先輩から聞いて以来、ずっとチュモンし続けているが、どうもその節は怪しい気がする。
というのも最近の蕎麦屋で出てくるおかめそばは、顔の造形はなされていないことが多い。もしあれがオカメの顔だとしたらズビ運と抽象化された、まるでピカソの絵画のようなものだ。
今回のおかめそばも、まさに抽象画の美人さん的ルックスだった。
まあ、抽象画であろうがうまさに変わりはないのであまり文句をつけるつもりはない。ただ、楽しみがちょっと減っただけだ。

今年の夏も記録的な暑さになると天気予報士が言っていた。しばらくは熱いそばは食べなくなるので、とりあえずもう一回くらいは食べておきたいものだな。できれば、美人さんのおかめそばがいいなあ。

しかし、平成時代はワンコインメニューだったオカメそばが、今では1000円になっていて、インフレの実感をしみじみと感じてしまった。個人的にはラーメン1000円よりおかめそば1000円の方が、精神的打撃が強いのは……………どうしてだろうか。

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紅生姜の天ぷらを食べたい時には

時々、紅生姜の天ぷらを無性に食べたくなる。紅生姜の天ぷらは大阪南部で一般的な食べ物だ。お江戸界隈では馴染みがない。ところが関西圏でも、大阪北部に行くと存在が薄くなるようで、隣県の兵庫や京都ではあまり見かけないらしい。10年ほど前に関西圏の住人や関西圏出身者多数に聞き込み調査をした結果だ。自分でも関西各地の百貨店で天ぷら売り場をあちこち巡って確かめてみた。


ところが、あの大阪名物串あげチェーンが流行り、大阪串揚げ文化が広まったせいか、紅生姜のフライや紅生姜の天ぷらが、今では関東圏のあちこちで売られるようになった。ありがたい。
一番お手軽なのは一軒め酒場で、すでに定番メニューになったようで、ここ1・2年はいつでも食べられる。
もう一軒は富士そばで、ここでもかき揚げと並んで紅生姜の天ぷらはいつでも注文できる。何が言いたいかというと、地位域特有のローカルメニューがいつの間にか全国あちこちに飛び火して広がるような時代になったということだ。東西の食文化交流とでも言えば良いのだろう。ただし、その東西の間にある名古屋を中心とした食文化は、どうも東西への移行が少ない気がする。名古屋飯の典型である、味噌煮込みうどんやあんかけスパはお江戸ですらほとんど見当たらない。きしめん、天むすなどコンビニで売っていても良さそうなものだが、それも定着しない。個人的には名古屋飯の専門店ができたら、毎週火曜だろうになと思うのだが。

そういう地域文化拡散に貢献しているのが、前述の一軒め酒場で締めの一品として盛岡冷麺の小鉢がある。梅味でアレンジしているが、冷麺特有ののするっとした食感は飲んだ後の締めにふさわしい。これまた盛岡冷麺の店はお江戸ですらほとんど見当たらない。(昔、銀座に一軒あったが、今はどうだろう、確か川崎にはあるはずだ)
ただ、盛岡冷麺はすでにラーメン屋の夏の定番になりつつあり、ちょっとした焼肉屋であれば当たり前に提供されるから、専門店はいらないということだろうか。

豚肉のコロっとした塊を塩胡椒で炒める料理は、どこかのローカル料理だったようなうっすらとした記憶もあるが思い出せない。豚肉料理は沖縄を除けば、ローカル食はあまりない。ただ、西日本より東日本の方が豚肉調理は一般的なので、東北か長野・新潟あたりのものだったかもしれない。

確かにお江戸で居酒屋などをやるなら全国各地のローカル料理をパクッとコピーするのは正解だろうなあ。

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桜を見ながらキャンプした

3月下旬には近くの公園にあるキャンプ場で花見をしながらキャンプした。例年より気温が高い日だったので実に快適だった。

夕方少し冷えてきたので焚き火開始。火を見ながらのんびりと晩飯を食べた。夜8時過ぎにはのてしまった。キャンプに行けば早寝早起き。翌日の朝は陽が上る前には起きていた。30分ほどで後片付けをして撤収した。自宅近くにキャンプ場があるメリットは、この設営・撤収にかかる時間が短くて済むことだ。(持っていくものが圧倒的に少ないせいだ)

今年は後何回キャンプできるかな、などと考えつつ5月の連休前におう一度キャンプに行こう。