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旅をする

各停の旅 奥羽本線 弘前

JR弘前駅を正面から見ると随分と大きな建物に見える。ただ、駅の中に入ってみるとわかるのだが、2階から上は吹き抜けで天井が高い。外光を取り入れる津軽の冬向きの建物だなと思う。
冬の時期に来ると、この駅前も雪で覆われているので全く違う景色になる。やはり弘前は夏に来るのが良い。
この日の予定では、午前中に五能線を使い秋田を目指すはずだった。五能線は青森から秋田の日本海側を走る、海の見える風光明媚な路線として有名だ。何かのついでに乗る路線ではなく、わざわざ車窓の景色を楽しむために乗る、鉄オタ専用線みたいなものだと思っている。
ところが、駅に着いて駅弁を買い込み、いざ改札を通ろうとしたら、五能線の行き先が目的地の随分手前の駅になっている。不審に思い駅員さんに尋ねると、大雨の影響で五能線が各所で通行不能になり、一部路線ではバス代行をしているが、全通はできないと言われた。
おまけに奥羽本線も似たような状況で、弘前から行けるのは大館まで。その先は鉄道不通でバスが代行する区間がある。大館から東能代まではバス、東能代から先は鉄道再開とのことだった。想定していた日程は全面的に立て直し、おまけに大館まで移動する列車はほぼ昼前の発車になるので二時間待ち。慌ててみてもしょうがないし、そもそも各駅停車の旅に「急ぐ」という言葉は必要ない。(はずだ)

駅の待合室で2時間ほど待機した後、ようやく移動開始。また来て弘前の案内に「うん、うん」と頷きながら、ホームに降りると人影もまばら。

大館まではおよそ1時間の移動になる。そもそも五能線周りができれば通るはずもないルートで、おまけに代行バスの待ち合わせで30分ほど大館に滞在することになった。
大館までの風景は、「田んぼ」と「山」、以上だった。青森が米どころというわけがよくわかる。ただ、青森らしいというか津軽らしいのが、田んぼの脇のあちこちにりんごの木があること。
小規模のリンゴ畑なので、商売というよりは自家消費用みたいな感じがする。西日本に行けば、りんごの代わりにみかんや柿の木が植えられているな、などと日本の田舎風景を思い出してしまった。

大館は一度車で来たことがある。名物の曲げわっぱが欲しくて、わざわざ立ち寄った記憶がある。その時は駅に来ていないので、今回が初の大館駅だ、と喜んでいたら、なんと駅舎が全面改築中で、今は仮設駅だった。仮設駅と言いながらも待合室もあるし、キオスクもある。駅機能はコレだけでも十分かな、などと失礼なことを考えてしまった。

その大館駅前に、駅より立派な建物があった。自分の中の駅弁ランキング、おそらくダントツ筆頭の「鶏めし」製造元、花膳の食堂だ。昼食時から少し遅くなっていたが、店頭では席待ちの客が行列していた。
本店でも鶏めしが売っているはずなので、買ってみようかと弁当売り場に行ったら誰もいなかった。店内の客を捌くので大忙しらしい。弁当は諦めることにした。(駅のキオスクでは売っていたから、買うことはできる)

花善の鶏めしはパリの駅でも販売されている、などと新聞で読んだ記事を思い出した。本店だからパリの駅弁と同じフランス語パッケージなものが売っているかなと期待していたのだが……… 流石にそれはないみたいだった。
代わりに発見したのがデリバリー弁当の看板だ。鳥天丼とかガーリック唐揚げとか、うまそうな弁当(駅弁ではない)が売っている。おまけに一個からデリバリーしてくれるらしい。すごいな花善。

大館駅前の観察を終わる頃に代行バスが来た。代行バスのルートは、奥羽本線の各駅を着実に停まっていく。代行だから当たり前だというかもしれないが、駅の中にはバスが通れないような細い道でしか通じていないところもあり、そこは駅から離れた場所に停車した。よく晴れた日なので、通常のバス路線ではない細く曲がりくねった田舎道も走る不思議な行程を楽しんだ。景色は青森と同じ………田圃と山だった。

東能代駅に着くと、バスから10名くらいの乗客が降りた。途中の町では高校生が乗ってきて降りていった。通学路線として使うには奥羽本線の便数が少なすぎるだろうと突っ込みたくなる。
この交通の不便さが若者を都会に追いやるのだとずっと思っている。年を重ねて干物みたくなったオヤジやオバンには理解できないのだろう。せめて一時間に2本くらいの交通手段を残さないと、中高生は田舎暮らしから脱出することしか考えなくなるはずだ。
高校を卒業して自動車の免許を手に入れても(鉄道を使わなくなったとしても)、その思春期に形成された脱出願望はけして消えないのだよ。町おこしなどという大ボラを吹きたいなら、交通の整備が最重要だろう。

代行バスで尻が痛くなったので、ついつい過激なことを考えてしまったが、東能代の駅はなかなか見応えがあるので、駅ナカをぶらぶら楽しんだ。

この度で最大の学びがコレだ。お茶の北限が秋田なのだね。駅のキオスクでお茶が大量に並んでいるわけだ。大館のキオスクで「なぜお茶がこんなに並んでいるのか」と不思議だった。北限のお茶を売り込んでいたわけか。包装をよく見れば秋田産であることが分かったはずだが。勉強不足だった。

ホームには五能線のあれこれが展示されている。ローカル線というより観光線なので、駅全体が五能線推しになるのも無理はない。世界遺産の森もあるし。

終点駅、起点駅は日本中にたくさんあるが(例えば東京駅)、起点駅表記は初めてみた。それもホームの柱に書いてある。すごいな。

東能代から秋田までは各駅停車の旅に戻る。駅の周りは田圃と森だった。ここからは日本有数の米どころである八郎潟を通っていく。八郎潟には2度ほど来たことがある。北海道でもあまり見かけない、地平線まで田んぼという素晴らしい光景に出会える。

JRの列車の色が青かったり赤かったりするのは何か意味があるのだろうか。車両系の鉄オタ(形式番号などをそらんじている人たち)に聞けばすかさず答えが返ってきそうだが、こちらは尻の痛みをかかえても乗るのが好きな「乗り鉄」だから、モーターオンがとか、気動車のエンジン音がとか言われてもピンとこない。

秋田は奥羽本線と羽越本線の連結点で、東に行けば盛岡、南に行けば新潟になる。出羽国は古代から開かれている北方航路の中継点として栄えていたはずだ。南の酒田 は紅花が大産業だったので、小京都と言われる街になった。もっと北に行けばニシン漁の拠点が散在する。日本海航路は古代以来、日の本最大のメイン通商路だったはずだが、今はその面影もない。港といえば、海外向けに作られた神戸や横浜に取って代わられてしまった。戦前は大陸交易も盛んだったはずだが。
実は昔の東北地方はなかなか賑やかだったのだ。出羽と陸奥の抗争など中世史では一大イベントで、相当に盛り上がっていたはずなのに。出羽は北方航路で日本海系大和の植民地、陸奥は東方先住民の根拠みたいなロマン溢れるお話なのだが。

そんな歴史のあれこれを思いつつ、もうすぐ稲刈りみたいだな飛ぼうっとしていたらいつの間にか秋田に着いていた。

街を歩く

JR青森駅の怪 日本的無責任

青森駅は駅舎工事が進んでいて、あちこちにフェンスが立ち、いつものJR工事中ダンジョンになっている。新宿ダンジョンは最近ようやく解消されたが、渋谷駅はあと数年続く大型ダンジョンで、JR東日本は工事中の利用者に対する迷惑について鈍感になっていると思うのだ。横浜駅も10年単位の工事で日々変貌する巨大ダンジョンだった。(笑)JR東日本はダンジョン好きな会社なのだろう。
その小型ダンジョンである青森駅で、改札から出たところにエスカレーターがある。その下りエスカレーターが閉鎖されている。去年の冬に来た時も、工事中で閉鎖していたが、今回はご丁寧に侵入禁止措置になっていた。

閉鎖の理由は、下りエスカレーターを利用するときに大きな荷物を持っている人が、事故になる?というか、通行人と事故を起こすらしい。危険防止策も取らずに、閉鎖して使えなくすれば事故は起きないという乱暴な論理のようだ。
エスカレーターの右側が階段になっていて、一階から二階に上がる部分に奇妙な囲い、フェンスがある。これが通行人を含めた客たまりスペースを塞いでいる。
上から眺めてみると一目瞭然なのだが、エスカレーター下の通路の幅が狭すぎるのだ。吹き抜けのガラス壁をあと2−3m向こう側に広げて、左右からくる乗客の通行動線を確保するべきなのだろう。設計ミスとしか思えない。駅前ロータリーの整備工事もしているが、それが完了してから外壁移動をするのかもしれないが、対応があまりに杜撰だ。

ちなみに大きな荷物を持った乗客は、階段を使い上り下りするしかない。上りのエスカレーターを使おうとすれば、左手の入り口に大きく遠回りするしかないのだが、これもフェンスで塞がれている。
階段の右手奥にはエレベータも設置してあるから、荷物持っている奴はそちらに行けよというようなことも書いてあるが、言い訳としか見えないほどの小さい字でしかない。もっとわかりやすい誘導案内を作れないのか。
おまけにエレベーターで降りたところは、出口を発見するのがなかなか難しい工事ダンジョンの奥になるのだけれど。
バリアフリーだの、事故防止だの色々な言い訳をしながら、不便の塊を利用者に無理やりに押し付ける、JR東日本の経営感覚は古すぎる。というか現場の対応力の低さなのだろう。この会社の幹部が酒パワハラで何処かに飛ばされた後だけに、もう一度現場の見直しをした方が良いのでは。この手の利用者を無視する勝手ぶりは国鉄時代から変わらないなあ。

食べ物レポート, 旅をする

地域特化型チェーン居酒屋in弘前

弘前で晩飯がてら居酒屋に行きたいのだが、とホテルの方におすすめの店を聞いた。そうしたら、全国チェーンだが地元料理を食べさせるので面白いと言われたのがこの店だった。看板だけ見ると、あのチェーン店なのかと言いたくなる。たまたま店名が同じだけではないのか?
どうやら、そう思わせる改装をしたようだ。個人経営の居酒屋に見せかける「ワタミ忍法」らしい。全国チェーンがブランドロゴを捨ててしまうというのは、すごい時代だと改めて思い知らされる。それでも焼肉屋になるよりは、生存確率が高いという経営判断なのだろう。

店の入り口も、随分と賑やかだ。どうみても全国チェーン店には見えない。手作り感を全面に押し出している。コレはこれで、店長が大変だろうに。

店内で席に着くと接客係のお兄ちゃんが登場し、まずは型通りのご挨拶。おすすめは刺身の階段盛りだと言われた。一人で来ている客に刺し盛りをすすめるのか、とちょっと気になるが、言われるままにそれを注文してみた。シャムロックも気になるのだが、量的に一人では両方は頼めないような気がする。

サバ、イカ、ヒラメ、マグロなど地物のようだ

ドーンと出てきた「階段盛り」は、ビジュアル的にインパクト十分だ。刺身のクオリティーも全国チェーンのものとは思えない。やればできるじゃないか、と思わせる。なぜコレを全国でやらないのだろうか。個店の学びを全国に広げられるのが全国チェーンの強みではないか?
東京発の強いコンセプトを金太郎飴的に全国に広げる手法・チェーン理論は、既に崩壊したと言って良い。おそらく東京発の情報が伝播する速度が早まりすぎて、出店速度がそれに追いつかないからだ。
そもそも東京で流行も終わりにかかり陳腐化しているが、地方では伝達速度が遅れているので繁盛しているという形こそが、全国チェーンの強みのはずだった。地方の店が元気なうちに、東京の足元を立て直すべく、次のコンセプトを生み出せば、情報伝達のタイムラグを活かしてブランドと企業の安定を保てる。
ところが、今ではその情報速度が速くなりすぎ、東京のコンセプト衰退、陳腐化したという情報の方が出店より先になる。地方出店が、今までとは逆にお荷物になりやすい。
だとすると、地方を含めた個店の戦闘力を色々な実験で上げてみて、それを一気に全国化する戦略転換が必要な時期のはずだ。が、なぜか居酒屋をコンセプトごと放棄して焼肉や唐揚げに走る。それではブランド再生などできないだろうに。
刺し盛りを楽しみながら、そんな衰亡業界の失策を考えていた。東京での業態転換した店を見てモヤモヤとした疑問に思っていたことだった。それを弘前に来て解凍を見つけるとは………
確かに、首都圏にいては気がつかないことだろう。旅は時に学びをもたらすのだなあ。

小難しいことを考えているうちに、本日の大本命である「イガメンチ」が登場した。弘前に来る楽しみの一つがコレだ。ネットで見るレシピーで自作してみようかと思うのだが、なかなかやる気にならない。津軽では家庭料理らしいので、自作してみても失敗することもなさそうだが………
こちらのイガメンチ(イカではなく、イガ)は小ぶりの一口サイズだった。味付けはいつも食べているものよりも濃い味で、酒の肴向きということらしい。生姜醤油で食べよと言われ素直に試してみたら、まさに大正解だった。イガメンチ、うまし。
これは全国に広まってほしい。イカの名産地は日本全国あちこちにたくさんあるが、イカ料理サミットでも開催して、各地の名物イカ料理を普及してほしい。鳴子のイカメンチとか函館のイガメンチとか、鳥取のイカメンチとか、シュリの違うイカの料理が食べてみたい。

日本酒も青森推しだった。特に地元の豊盃をふんだんに置いてあるのが素晴らしい。蔵元がある弘前でも豊盃は手に入れるのがなかなか難しい名酒だ。個人的には、青森の豊盃、岩手のあさ開き、福井の黒龍が絶賛したい日本酒だが、どの酒も地元に行ってすら手に入りにくい。
ネットで転売される酒を買うのも腹立たしいので、ネットで酒には手を出さない。現地で2000円で買える酒を5000円で売るようなネット酒屋には全く興味がない。
だから豊盃を手に入れるには弘前に行った時に百貨店の酒売り場に行くか(一部青森市の酒屋でも入手可能)、東京飯田橋にある青森県アンテナショップに行った時くらいしかない。それが、この店では飲み比べができるという。素晴らしい。本当に全国チェーンの店なのか?

満員で入れなかったお目当ての店

実は、地元の人気居酒屋にも行ってみたのだが、予約なしでは満員で入れなかった。次回は、こちらの店に行き(予約して)、炙ったイカで熱燗をちびり、みたいな飲み方をしたいものだ。居酒屋で仕事の話を考えると、ちょっと疲れてしまうしなあ。

旅をする

各停の旅 青い森鉄道 野辺地から

野辺地の駅前に出て辺りを眺めてみた。ごく普通に地方都市の駅前だ。ビジネスホテルというより旅館が似合いそうな風景だった。振り返って駅舎を眺めていると気がついた。駅名看板が、青い森鉄道だった。JRの二文字が入っていない。ちょっと不思議な感じがする。共用駅のはずだが………

駅のホームで見ると「青い森鉄道」の看板は青い線で、JRは緑の線で路線名が書かれている。微妙なこだわりというか違いだが、改札口は一緒なのだ。このあたりの曖昧さがなにやら嬉しい。「昔は同じ家族だったのにね、今では違ううちの子になっちゃったんだよ、兄さん」みたいな感じだ。

ホームから外を眺めると、これまたちょっと嬉しい看板があった。「俺たち、頑張ってきたよな、弟よ」「そうだね、兄さん」と兄弟が呟く日本最古の誇りだ。野辺地は風の強いところだと聞いたことがある。だから、防風林はよく耳にするが、防雪林とは初めてみた。おまけに鉄道の二文字が追加された防雪林だ。なんとなく冬の厳しさが想像できる。
昔のことのだが、その寒風の中で育つコカブがうまいんだと、農協にすすめられた。当時、担当していたレストランで野辺地コカブのサラダを出していた。東京のスーパーではあまり見かけない野辺地のコカブは、週に何回か直接取り寄せていた。野辺地コカブは生食が一番うまい。防雪林で思い出した。

駅舎の中で待合室に立ち喰い蕎麦屋があった。着いた時にはすでに営業終了していた。あと30分早ければなあと、実に残念な気分だった。どうも、この旅では立ち食い蕎麦屋にふられっぱなしだ。
お品書きを見ていると、三食そばという見慣れないメニューがある。これは天ぷらそばよりお値段が高い。たぬきときつねの合体みたいなもののようだ。ちょっと魅力的だが、狸と狐だから化かされそうな気もする。
そして一番下にある超合体メニュー「北前駅そば」がすごい。価格が立ち食いそばの限界を超えているような強力さで、朝からこれを食べる野辺地市民は東北の強者というしかない。

青い森鉄道のキャラがドーンと描かれた車両が、全国私鉄の中で最高峰のデザインだと(ごくごく個人的に)思っている。東京圏にある私鉄の野暮ったさとは雲泥の差だ。流行りキャラとのタイアップでラッピングするのも悪くはないが、やはり自前のキャラ電を走らせるのが良いのになと思う。西武鉄道の旧型(黄色い車両)は、全部キャラ電にしても良い。(個人的な思いこみです)

世界遺産になった縄文遺跡群をモチーフにとした「車両「現代壁画」はすでにアートだ。ただし、あれこれ突っ込みたいところもある。メガネをかけたおっさんは遮光土偶がモチーフなんだろうか。たくさんいる白兎はどういう意味があるのだろうか。などなど脳内に刺激を与えてくれる。

車体に書かれたロゴもなかなか美しい。細部までデザインの手抜きをしないのは、とても素晴らしい。美の神は細部に宿るのだ。

青い森鉄道終着駅が青森駅だ。ホームの駅名表示にまた出現する緑のJRライン。この駅は駅自体を共用化しているので、ホームを変えるだけでJRに乗り換えができる。奥羽本線で新青森まで行けば、そこから新幹線に乗り換えができる。

その奥羽本線に乗り換え、旅は南下を始める。青森駅が今回の旅の折り返し点だ。青森では乗り換えに40分ほど空き時間ができた。駅ビルの中をぶらぶらしてみる。お目当ての駅弁は、やはり売っていない。新幹線の乗り換え通路で青森の駅弁のほとんどを販売していた記憶がある。
やはり駅弁を食べるほどの長距離移動は新幹線になるので、各駅停車の旅では駅弁調達が難しい。結局、青森駅では立ち食い蕎麦屋も見つけられなかった。駅舎改良工事前には立ち食い蕎麦屋があったのだが、消滅してしまったのだろうか。

青森から弘前までは1時間もかからない。弘前は通勤通学圏と言えなくもない。ただ夕方の時間帯だったが、高校生の姿は目立たない。青森、弘前は文化的に独立圏ということだろうか。元・城下町と新興・港町の違いがあるようだ。これは地元の人に聞いてみないとわからない。ただ、弘前の博物館で聞いた話だが、青森と弘前では発音の違い、「ねぶた」と「ねぷた」の違いがある。港町の発音の方が強い音だ、ということだった。津軽の文化は深い。

弘前の駅に着くと、ホームから階段で改札口に上がる。その階段にある歓迎の看板だ。弘前の誇るお城、桜、りんご、岩木山がデザイン化されている。弘前はお気に入りの街の一つで、ぶらりと散歩をしたくなる。ただし、冬には散歩をすると遭難しそうになる。津軽は市街地でもホワイトアウトする場所だ。雪の日の視界は100mを切る。

北東北各県には難読地名が多い。すらっと読めない駅名の方が多いような気がする。弘前の一つ先の駅も、一眼で読める人がいたら、その方は青森県人だろう。なでるウシの子とはなんだろう、その姿あるいは光景を脳内で想像してみた。再現不可能な気がする。北海道に多数あるアイヌ語起源の地名と同じで、発音に対しての当て字なのだろうか。混迷は深まるばかりだ。津軽の謎だなあ。

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八戸 夜の散歩

八戸で夜の繁華街?をぶらぶら歩いてみた。おそらく夜の八戸最大のランドマークはみろく横丁のような気がするが、それはあくまで観光客視点でのものだ。地元民からすると、この提灯が共通ポイントになっているのではないかと思った。道路や鉄道のゼロキロ・ポストみたいなものだ。

その小路の両側にはずらっと飲み屋が並んでいる。が、時間が早いせいか人通りは少ない。最近の地方都市では金曜の夜以外はどこもこんな感じで、人よりも看板が多い光景が当たり前のようだ。特に、アフターコロナではそれが加速している。そんな夜の街を彷徨っていると、あちこちで面白い看板に出くわす。夜の散歩がなかなか楽しい。昼の間は目立たなかった看板が、夜になると存在感を発揮するからだ。

この店は、ここ数年で見た看板の中で最高峰だと思う。想像することが多すぎる。昔のバスガイドとは母のことか、それとも娘もバスガイドだったのだろうか。昔とはどれほど昔だろうか。もし母が50年前、娘が30年前バスガイドをしていたということであれば、店内は相当に昭和懐メロワールドだろう。
ひょっとしてリクエストで、母や娘がどこかの観光地ガイドをしてくれるかもしれない。それも今は無くなってしまった30年前の名所だったりするかもしれない。などなど、妄想は止まらない。ドアを開けて店内を覗いてみればよかった。

居酒屋で「すすきの」という名の店があった。看板にはお茶漬け、すいとんなどと書かれている。仙台で見た「うどん居酒屋」に匹敵するくらい、面白そうな店だ。店名は札幌のススキノと何か関係があるのだろうか。しかし、店頭に置かれている狸はススキノとは関係なさそうだし………
店主が札幌生まれだとか、札幌で修行したとかいうことなのか。それとも札幌の飲み屋街とは全く関係なく店主が「薄野」さんという名前だったりするのかも。これも扉を開けて中を覗いてみればよかったなあ。

ぶらぶらと歩いた後、ホテルに戻ろうとしたら何やら木造りの内装が目立つ大きな建物があった。中を除くとステージっぽい感じもある。大きなテレビでニュースが流れていた。一階は扉もなくオープンスペースだった。天井までが吹き抜けで、まるで大寺院とか教会のような感じがする。何に使う施設だろう。ホールでは椅子とテーブルが置いてあり、何人か座っていた。待ち合わせか暇つぶしか………

外から見ると体育館というかアリーナスペースというか、なかなか使い方の見当がつかない。最近よくある多目的空間施設とかいうやつだろうか。まあ、夜の散歩で見つけたものに無理やり意味を探す必要もないのだけれど。不思議な空間だった。

そして八戸市街で1番のびっくりは、パルコがあったことだ。ただ、コレは元西武系のファッションビルとはちがうパルコのようだ。わざわざ中に入って確かめることもしなかったが、間違いはないだろう。ビルの外観が、あのパルコっぽくない。なんとなく良いものを見つけた気分になり、ニコニコしてしまった。八戸にはまた一度来てみたいものだなあ。その時はパルコでお買い物にしよう。

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各停の旅 大湊線

青い森鉄道を1時間半ほど乗ると下北半島南端の駅、野辺地に到着する。この駅も青い森鉄道とJRが同居する。新幹線と並行する在来線(旧幹線)は青い森鉄道に移管して、旧東北本線に接続する支線はJRがそのまま運営するという変則的な運用のようだ。これは東北や北陸などの新幹線施設地域あちこちで見られる。
そのため、全国JR共通の青春18切符では別料金区間(移管私鉄部分)が随分と存在する。これも青春18切符あるあるだが、乗り鉄組には常識かもしれない。野辺地の駅からはJRに再度乗り換える。

車両の色が青から薄緑に変わった。ここから乗り継いで行く先は下北半島縦断して大湊になる。大湊はあまり知られていないが帝国海軍時代から続く軍港だった。今も海自の根拠地になっている。
北海道に海軍鎮守府ができなかったのは、寒すぎるせいではなく(大きな港は函館、室蘭、釧路などが存在する)兵站線の問題だったのだろう。大湊は陸奥湾の奥まったところにあるため警備も楽だったはずだ。大湊線も、そうした軍政上から必要とされた補給路線だったはずだ。広島から伸びる呉線と同じ意味合いを持つ。

今回の目的地は大湊ではなく、その一駅前で下車する。むつ市に来るのは初めてだ。冬であればかなり厳しい寒さの土地のような気がするが、この日は30度近い暑い日だった。北国も夏は暑い。

下北の観光案内板を見ていたら、あちこちにキャンプ場の印がある。最近のキャンプブームに合わせて追加したようにも見えないので、青森県民にはキャンプが重要なのかもしれないなと思った。次に来る時があれば、車でキャンプ旅も良さそうだ。
不勉強で観光案内板を見て初めて知った景勝地もたくさんある。

目的の後、ちょっと時間があったので隣駅、大湊線の終着駅まで行ってみた。本州最北端の駅は、下北半島ではなく反対側の津軽半島にある。北海道に渡る手前の駅だ。ただ、鉄道としては青函トンネルでつながっている(いや、繋がっていた)ので、終着駅感は大湊が上だと思う。

この北のはずれの駅でもスイカが使えるようになったと初めて気がついた。なんだかJR東日本は、すごい会社になったな。

鉄道路線終端の光景が好きで、これを目的地に旅をしてみたいとよく思う。北の果て稚内、東の果て根室など観光そっちのけで駅のホームに行きたくなる。どちらも車で行ったので、まだホームのエンドは見ていないのが寂しい。

青森函館という津軽海峡共通文化圏で、わざわざ観光に行ってみたいものだろうかと、圏外のものとして思った。が、やはり海を越える旅は楽しいのだろうか。南部と津軽は青森県内でも別地方・別ルーツ・別言語なので、八戸から函館というのは案外アリなのかもしれない。料金もだいぶお得だし。

大湊の駅前にあった観光客向け看板にある「みそ貝焼き」は、今回食べられなかった。店ごとにちょっとずつ味が違う気がするので、あちこちで食べ比べしてみたいと思うのだが。次回はなんとか挑戦しよう。

食べ物レポート, 旅をする

八戸の夜

八戸で夜の名所といえば、観光案内にも乗る「みろく横丁」ということになるだろう。屋台村の元祖的存在だ。帯広の屋台村は、北海道内では有名だと思うが、この八戸みろく横丁はもう少し広域で知られているような気がする。
東京恵比寿の屋台村や松本にあるつなぐ横丁が、インドアの代表屋台村だとすると、こちらはアウトドア系の筆頭だろう。八戸は青森県内でみると雪の少ない地域だということなので、冬の時期でも営業できるようだ。
同じ青森県でも弘前の屋台村はインドアだし、北海道では札幌を含め降雪地域でアウトドア系屋台村は見当たらない。(ススキノの飲み屋ビルは立体的な屋台村だとも言えるか)

こちらは飲み屋街に向いた入り口

みろく横丁の中は比較的広い通路が通っている。お店は大小の差があるが、基本的にカウンターだけで十人も入れば満員になる規模だった。小体な店で店主との距離が近いのが屋台の特徴だろう。店主との会話が魅力という店も多いはずだ。

夏の終わりでどの屋台も扉は全開放だったが、不思議と虫が飛んでいない。蚊取り線香の匂いもしない。何か屋外営業の秘密があるのだろうか? 衛生管理は長年のノウハウがあるのかもしれない。 
満席に近い店もあれば、店主が新聞を読んでいる店もあった。コレも屋台村ではお決まりの光景だ。

やはり雪が降ると滑りそうな道路だなと、北国育ちとしては気になるポイントがちょっと違う。冬になり除雪をしても薄く氷は張っているだろうし、飲んだ後に扉を開けて無造作に踏み出した一歩は、「危険が危ない」レベルだと心配になる。それともロードヒーティングが入っているのだろうか。

こちらは広い通り側の入り口

みろく横丁入り口にある世界遺産認定のお話が、ちょっと微妙な気がする。北東北で世界遺産統一キャンペーンでもやらないと、地場の遺跡だけ宣伝してもわかりにくい。観光客にとって知名度が上がらないという危惧がある。
それとも、どこかに北海道と北東北3県の統合オフィスでもあるのだろうか。Jリーグ発足後から、日本もイベントマーケティングが上手くなったと思っていたが、地方自治体の壁が立ちはだかっているのだろうか。旅から戻ったら調べてみるかな、などとちょっとだけ真面目なことを考えた。

名物料理の一覧表

地元料理の店先で便利なものを発見した。八戸名物の一覧表になっている。この中から何を食べようかとあれこれ考えていた。一番気になったのは「どん肝刺」で、メニューの並び具合からすると魚介類らしい。「どん」という魚が八戸にいるのだろうか。
二つ目に気になったのが「塩辛やきめし」で、コレは料理が想像できる。多分、理解も間違っていないと思う。ただ、実食してみないと、想像が正しいかどうかはわからない。謎メニューは大好物だ。

とあれこれ店先で考えた後、実はそことは違う店に入った。店の入り口周りを見て直感で勝負というやつだ。この店頭観察で当たりの店を引く確率はおおよそ6割くらいだろうか。逆にいうと5回に2回は失敗したと思うことになる。
どちらかというと負けと感じる時は、ダメージ回復のため二軒目に挑戦する。しかし、深刻なダメージを負った時は、スゴスゴとホテルに引き上げる。旅先で夜のギャンブルはあまりお勧めできないし、2連続KOを喰らうと、その街のことが嫌いになってしまう。だから、名誉ある撤退にする。
かと言って、ネットで調べた高得点店舗が良い店かというと、意外とハズレが多いのが実感だ。居酒屋と町中華は自分の間を信じる方が勝率は高いと思っている。

店に入りメニューをあれこれ物色する前に熱燗を頼む。このときに出てくるお燗の温度とお通しが最初の認定課題だ。最近のお燗酒は機械式が主流のせいもあり温度設定が高すぎる。お茶より熱い酒を出してはいけないと思うのだが。そしてお通しが冷たいもやしのおひたしみたいなガッカリ系手抜き料理が出てくると、それだけで店を出たくなる。
こちらのお店では、お燗がちょっと熱めだったが、お通しはイカとさつま揚げの煮物。ああ、コレは美味いぞ。思わずおかわりを頼みそうになった。イカの味がよく出た濃いめの味付けは、熱燗の肴にぴったりだ。どこからか演歌が聞こえてきそうな組み合わせだ

鯖旨し イカ旨しだった 満足

自家製しめ鯖とイカの刺身を頼んだ。刺し盛りもうまそうだったがひとりで食べるには量が多いようで、好きなものを好きなだけ原則を貫くことにした。正解だったと思う。ちょっとだけ期待していた「どん刺し」は見当たらなかった。いや、そもそも「どん」が魚の名前ではないのかもしれない。
焼き鳥屋で鶏のくびを「せせり」と呼ぶように、何か当たり前の魚のどこかの特定部分なのかもしれない。謎は謎のまま置いておく方が、次に来る時の楽しみになる……と思うことにした。まあ、痩せ我慢というか意地を張っているだけのような気もするが。

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各停の旅 青い森鉄道 野辺地まで

本八戸の駅は、街の中心部から徒歩圏にある。というか、元々の城下町の近くに駅を作ったのだろう。八戸駅は、本八戸駅から二駅の距離で、市街地とは言えない離れた場所にある。東北本線を施設する際に、当時の中心部、お城の近くには駅を作らなかった時代の名残だと思う。全国にある旧城下町で駅とお城が近いのは東京駅と姫路駅くらいではないか。それにしても「八戸駅」と「本八戸駅」の距離は一体どういう意味があるのだろうか。

改札を出てあたりを見回していたら、美味しい代物を発見した。これは大好物だ。国鉄からJRになって随分と経つが、こういう上手な広告を見ると、本当に民営化されてよかったなと感じる。良い広告を作るセンス、許すセンスというのは「官」にはないと断言する。元・国営企業でセンスの良いのはJRとDOCOMO。逆にセンスないのがJTとJP日本郵政と常々思っている。旧所管官庁とは関係なさそうだし、民営化後の経営者の資質であるような気がする。

「八戸人らしいよ」と言われても、ちょっと困るかなと思いながら、心情的には「八戸人になれるらしいよ」と読み取っていた。確かに共通語にならないニュアンスというか言葉はあるよね、と心の底から賛同した。
ちなみにもう一つの大好物、某県民事情某暴露番組では、インタビューに答えた県民が「ひょうじゅんごでは・・・」と発言すると、テロップが「共通語では・・・」と書き換えられている。これはスタッフの見識が高いと感心している。
そうなのだ、日本には標準語は存在しない。イギリスのキングズイングリッシュのように、皇室の方が話す日本語が標準というわけでもない。(個人的に、あれは上級日本語会話体だと思う)
強いて言えばNHKアナウンサーの話し方だろうか。あれが今の日本の話し言葉共通語だろう。ただ、イントネーションとか語彙によっては、民放とお作法が違うらしいので、やはりNHK会話体も放送界の一方言(差別語ではないと思うのだが)なのかもしれない。

八戸駅でJRから青い森鉄度に乗り換える。朝の時間帯は高校生のバス待ち行列が伸びていた。微妙に行列の間隔が空いているので、これがコロナ後遺症の一つだろうなと思う。

駅の改札近くにこれまた「南部」的な飾りが展示中だったが、在来線と新幹線が同居しているせいか、どうも駅の中に統一感がない。というかバラバラな感じがする。それともJR対青い森鉄道の、密かな対抗心でもあるのだろうか。
そもそも駅弁を買いたいと思って駅ナカをうろついていたが、駅弁は新幹線駅構内でしか売っていないようだった。それも理解はできるが納得できない困った現象だ。駅弁ファンとして新幹線駅優遇はすごく反対したい。在来線の駅売店でも駅弁打ってほしい。あるいは駅弁買うための無料入場券を発行してほしい。
ちなみに松本駅で駅弁を買う時に入場券を買ったことがある。あれは、心のダメージが大きい。

青い森鉄道の車両はなかなか自分好みで、車両全体が広告になっているラッピング形式より好ましい。特に木をかたどったキャラが良いなあと思う。

青い森鉄道の中間点、野辺地までは一時間くらいだった。

食べ物レポート, 旅をする

マルカン食堂 アゲイン

花巻に廃業した百貨店がある。耐震対応の改築費が捻出できない(改築すると儲からなくなる)ので廃業するというのは、ここしばらく全国で続いている。百貨店という設備産業はもはや儲からない「レガシー」でしかなくなったということだろう。
人口が30万人程度の地方都市、県庁所在地でも百貨店の存続は「無理事業」になっている。その廃業した百貨店の最上階にあった食堂が、百貨店廃業後に有志の手によって再建された。ありし日のデパート大食堂の復活だ。これが最近では人気の名店になっている。わざわざ行きたい店になっている。

営業時間はほぼランチのみだが、昼時には食券を買うための行列ができる。コロナの間は「密」対策もあり大変だったようだ。それでもなんとかビジネスを続け、夏休み期間中は大混雑だったらしい。良いことだ。コロナ不況に喘ぐファミリーレストラン業界は、この大食堂を再学習すべきだろうなあ。昔は流行っていて今は無くなっているものを、現代風に再生するというのは立派なビジネス戦略だ。

箸立てが、圧倒的なレトロ感 今ではここ以外で見ることも少なくなった

テーブルの上の調味料群がたまらなく懐かしさを感じさせる。醤油とソースに加えてタバスコと粉チーズがあるのは、この店最大の人気商品のせいだろう。周りを見渡すと四人に一人くらいは、そのスパゲッティ料理を注文している。パスタではなく、スパゲッティだ。
ただ、今回はスパゲッティは注文するのを諦めた。コレまで何度か訪れて、積み残しの宿題になっていたメニュー、普通のラーメンを頼むつもりだったからだ。

世の中のラーメン屋では濃厚豚骨系スープが主流となって久しいが、それでも昔懐かしあっさり系ラーメンを売りにする店もある。ただ、その平成風あっさり中華そばも昭和のラーメンと比べると、それなりに濃い味付けになっている。
このマルカン大食堂では、「濃い」ラーメンではなく、実に本当にあっさりしたラーメンが出てくる。麺も細めで、ツルッと食べるとはこういうことだろうと実感できる。トッピングも海苔になるとにチャーシューとメンマ(シナチクといいたい懐かしさがある)の組み合わせだ。The昭和と言って良い。完食するまで3分もかからない。

本当はラーメンだけにするつもりだったが、食券を買うときにどうしても誘惑に勝てなかったオムライス。コレはまさに食の造形美と言いたい黄色と赤のフォルム。料理としては完成形だ。銀座あたりの洒落た洋食屋で出てくるものとは異なる。中身のチキンライスはケチャップ味でチキンも少なめなのが良い。オムライスはご飯料理だし卵料理だ。
たっぷりかかったケチャップを楽しむ料理でもあるので、コレを肴に酒を飲むことができるくらいだ。その時は、黒ビールの小瓶がよろしい、などとこだわるのが昭和生まれのいじらしさだ。

ラーメンとオムライスに餃子を追加するという無謀な注文をした。花巻の名物餃子店「夜来香」が廃業することになり、マルカン大食堂でレシピーを受け継いだそうだ。この餃子はは満腹であっても挑戦すべき食べ物と思い、あえて注文した。
腹はきついが餃子は美味い、という困った状態で泣きながら(笑)完食した。皮の焼き目が強く、カリッと仕上がっている。具材はシンプルで肉餃子というより野菜餃子に近い。最初は浜松式に酢と胡椒で、途中から酢醤油とラー油に切り替えて食べた。まさに名店の味というものだった。

そして、マルカン大食堂マストバイアイテム、ソフトクリーム。甘いものは別腹という人がいるが、個人的にそれは嘘だと思う。満腹でデザートは、やはり御辞退申し上げる。ただ、今回はそこを曲げて食べてしまった。
ソフトクリーム自体はあっさり系で、昨今の主流である乳脂肪たっぷりの濃厚ソフトではない。コレが救いだったなと今更ながらに思う。
このソフトクリームの特徴は、味というより高さにある。そして、固形分が少なめなのですぐ溶ける。さっさと食べなければ上からドロドロと流れ落ちる。
そこで?、箸で摘んで食べるという「花巻式」の食べ方になる。周りでソフトを箸で食べる客が大半だ。迷わず箸で食べる。
相変わらずの「旨し」だった。このソフトの高い盛り付けは、ほとんど職人芸だなと味とは別のところにも感心した。

お約束の記念写真撮影用の穴あき看板も、箸を持ったソフトクリームなのだから、この店のソフトクリームがどれだけ人気者なのかよくわかる。

しかし、花巻に来てソフトクリームを食べて、それで帰るというのも、いささか寂しいものがある。次回は、温泉と宮沢賢治ゆかりの場所に行かなければなあと反省しつつ、花巻市の滞在は3時間だった。

旅をする

各停の旅 IGR+青い森鉄道

IGR いわて銀河鉄道の略

盛岡駅にはJR専用入口とIGRの入り口がある。JR改札口から直接の連絡口は見当たらなかった。2階にあるJR改札を出て一階のIGR改札へ移動する必要がある。多分、各駅停車で盛岡駅を跨いだ移動をする人はあまり多くないのだろう。

改札口もJRのものと言われれば見間違えてしまいそうなほどだ。わざわざ入口を分ける必要があるのだろうか。なんだかなあ、という気もする。

駅のホームはJR時代のものがそのまま使われている。だから0番ホームがある。このゼロ番ホームは鉄道オタクの方に蘊蓄というか説明を受けるとなかなか面白い。駅ができた後に追加ホームが造られたりすると、ある種の法則で命名されるらしい。鉄オタではないので、何度説明されても忘れてしまう。笑うしかない記憶力の低さだ。

駅名表示を見ると、盛岡が始発駅なので右側は空欄になる。JRの支線でも終点駅は似たような表記になっている。支線マニアというか終着駅好きとして、この片方空欄の駅名表記にはドキドキしてしまう。

JRから移籍させられた私鉄の車両は、なかなか派手になる傾向がある。ラッピング広告というか走る看板というか………時間がある時には、ゆっくりと車両全部を眺めてみる。
各駅停車の旅をしていると、鉄オタらしきジイさんと同行することがよくある。自分も含めて、停車中の車両の写真を撮りまくるという特徴があるのですぐわかる。また、始発駅から終点まで乗っているので、何度も同じ人をホームで見かけることになる。コレも各駅停車の旅の学びだ。
青春18切符はすでに高齢者専用になっている感がある。JR各社もネーミングを変えて新しい「高齢者向け各駅停車切符」を売り出した方が良いと思うのだが。「大人の休日」を使える金持ちジジイより、各停旅をする貧乏ジジイが多いと思います、ハイ。

コロナのせいであまり情報露出されていないと思うのが、東北・北海道の縄文遺跡の話だ。これも広く点在している遺跡群なので、ここを見に行けば良いという、一点豪華主義観光地ではないせいもあるのだろう。コロナが落ち着けば広域旅行が再開するので、という地域の思惑もありそうだが。
世界遺産認定後は観光資源として3年間しか持たない。それが、過去の認定地の実態だ。早く観光資源化した方が良い気もするのだが。

IGRの終点は青森県に入った最初の駅までで、そこから先は青い森鉄道の路線になる。ただ、八戸までは直行できる。なので、終点八戸ではIGRではなく青い森鉄道の駅名表示になっていた。

そして、ここからはJR八戸線で本八戸まで移動する。東北はJRと旧JRな私鉄路線があちこちで入れ子になっている。普通の青春18切符では乗り継ぎがややこしい。JR路線以外は、通常の切符を買わなければならない。事前に路線をよく調べておかなければならない。
これは新潟から北陸でも似たような状況になっている。

車両を眺めていて、ふと気がついた。「鮫」という駅名は、相当にユニークだろう。鉄道駅名には難読文字が多いが、駅名が動物という駅は他にもあるのだろうか。犬とか猫は思い出せない。鳥の名前であればどこかにありそうな気もするが、それでも一文字というのはあるのか。などと考えていたら「燕」があるなと思い出した。「鶯」とかもありそうな気がする。二文字になれば朱鷺とか大鳳など立派な漢字の駅がありそうだ、あるると嬉しい…… 
「鮫」以外では鮭とか鰊、鯛や鮃など鮨屋の湯呑みに書かれた魚ヘン漢字の駅も記憶にない。こんなことも旅先での発見と楽しい妄想だ。

本八戸はJR線なので駅名表示が緑色の帯になっている。この辺り、よくよく見ないと気がつかないが、鉄オタにとっては初級知識らしい。ちなみに八戸駅周辺は市街地から相当遠い。鉄道で二駅の距離、タクシーだと2000円以上かかる。なぜ、これほど離れた場所に駅ができたのだろうか。

本八戸駅の改札を出た目の前に蕎麦屋があった。夕方に着いたのだがすでに閉店していた。煮干ラーメンもメニューにあるので、ぜひ賞味してみたいと思ったが、次の日も朝早くから移動なので食べる機会がなかった。次に八戸に来ることがあるかは微妙なのだが、このそば&ラーメンの店は挑戦したいな。