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街を歩く

佐渡名物? 回転寿司がおすすめ?

タッチパネルもない、今でも回転レーンで寿司が回る本格派

佐渡に行ったら何をする、と言われると答えは「魚を食う」だろう。金山跡を見にいくのはなかなか面白い。酒好きであれば日本酒の蔵巡りというのもある。ただ、佐渡のあちこちにあるホテル・宿は周りに歓楽街があるようなところにはない。ブラちと外に出かけて晩飯を食うようなことが難しいみたいだ。基本的に宿で飯を食う以外の選択肢がほぼない。


そもそも観光客が多い場所だとして、繁華街を成立させるほど地域の人口が多くない。温泉町のように宿泊施設が固まっているわけでももない。そして、現代日本の縮図である地方都市・佐渡では交通機関が絶望的にない。自分で車移動しなければ、どこにも行けない、何も食べられないのだ。
ちなみに、あちこちにコンビニエンスストアはある。島なのに物流は大丈夫かと思うが、新潟市内のコンビニと比べても品揃えに問題はない。原住民にとってはかっくだんに住みにくいということはないはずだ。

だから、車で移動している限りコンビニと郊外型飲食店を探せば良いのだが、徒歩旅行者には厳しい地になるのは間違いない。これは佐渡に限ったことではなく、日本中に点在する離島の当たり前な現象になる。ただし、他の島々と決定的に異なるのは、まず道がよく整備されている・ありがちな道幅の狭い運転しずらいという場所ではない。新潟県政治家の実力発揮たるところだろう。長野県から山道を抜けてにいいが他県に入ると、その道路事情の差がよくわかる。長野県側にはガードレールもない細い道が、新潟県に入った瞬間から対向車とすれ違える立派な道になるのを経験すると、地方政治のあり方が 如実にわかる。おまけに、フェリー港には大量のレンタカーが配備されている。だから、観光客ドライバーはよほど集落の中にでも迷い込まない限り、運転に困ることはない。ナビさえあれば優しい道路だ。

そんなあれこれから、昼飯はレンタカーで回転寿司に行った。ネットで調べたところ相当な人気店らしく待ち合列を覚悟して行ったのだが、結果的に15分ほど待って席にありついた。

ネタはほとんどが佐渡の地元産で、壁には「本日の佐渡ネタ」と一覧で分かるように書かれていた。マグロとぶりがオススメらしい。どちらも佐渡で上がったもので、おまけに値段が一番安いネタになっているのが驚きだ。
いつものように好きなものをすきなだけ頼んで大満足の回転寿司ランチになったが、好物の鯖がなかったのがちょっとだけ残念。それと、腹がいっぱいになって諦めたが、サザエの握りがあった。これは珍しい。

もう一回行ってみたい良い店だったが、もう二度と行くことはないだろうなあ。旅先の名店は、まさに一期一会なのだ。そもそももう一度佐渡に行く機会があるとも思えないし。


ちなみに新潟市内には佐渡産の魚を使った、佐渡の回転寿司屋の支店があるので、そちらであればもう一度くらい行けそうな気もする。

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佐渡に行ってきた

フェリー乗船口で改札ゲートがある

新潟から佐渡島に渡るには飛行機かフェリーになる。高速のジェットフォイルというやつもあるが、あれは旅情に欠ける。時間を惜しむビジネス仕様の移動手段なので、やはり3時間弱の船旅がよろしいと思う。
フェリー乗り場は最新式の改札になっていて、乗船券にあるQRコードをピッとして手続きする。乗船待ちの行列が実にスムーズに進んでいく。良いことだ。

船に乗ってデッキに出たら面白い標識があった。なんとこのフェリーは国道上を走っているらしい。というか、この船が国道らしいのだ。移動する国道というのは、なんとも凄まじい。

新潟港から出発して1時間ほど、周りには海しか見えなくなったあたりまで、カモメが船についてきていた。どうやら乗客がカモメに餌を投げるので、それに釣られて飛んでいるのだ。空を飛ぶからいいようなものの、カモメも呑気というか執着心が強いというのか。フェリーもそれなりの高速で移動しているはずだが、それについてくるのでほとんど空中で静止しているように見える。


空で止まっているカモメとは、ちょっとみたことがない光景だった。しばらくカモメの飛ぶ姿を見ていたが、時おり何かが落ちてくる。鴎は飛びながらドロップするのか、器用なものだな。
人間であれば歩きがら〇〇〇をドロップするとあれこれ面倒くさいことになりそうだが、カモメは空中ドロップが自由自在だった。

自由なカモメと思ったら、頭の中に浮かんで啓太フレーズが「かもめのジョナサン」、往年のベストセラーだが、ドロップの自由についての記載はなかったような気がする。

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古町から万代橋まで歩いてみた

本町から古町を見ると……………それなりにビルも多く賑わいがあるように思えるが

古町探索を終えてホテルに戻ることにしたのだが、ちょっと気になるのが本町にあるアーケードだった。ほんの2ブロック程度先なので歩いて見ることにした。が、すでに歩行距離は1万五千歩をを超えているので7-8Kmになっているはずだ。足が重い。
めっきりと歩行速度が落ち、よろよろと歩いてしまった。その途中で越後名物笹団子の店を見つけたリ、なんでこんなところに吉野家があるのだと不思議に思ったりした。
本町アーケードにロピアを発見した時は本当に驚いた。博多のロピアも不思議な立地だったが、新潟でこの場所がロピア向けとは思えないのだが。まだ街を歩き足りていないので結論は持ち越しだな。

その本町アーケードで見つけたなんとも愉快なのぼり。国道7号・8号・17号は大幹線なので、それが三つも交わるとは確かにすごい。東京でいえば日本橋みたいなものか。それ以外の3桁国道はどこに繋がっているのかも分からないが。

古町方向から万代エリアを見ると、いかにも今の繁華街という雰囲気がする

さて本町からホテルのある万代エリアはバスでいくと停留所一つ分しか離れていない。せっかくなので、足は痛いが万代橋を渡ってみようかと思い直し、徒歩行軍開始した・

橋を渡りながらふと気がついた。橋の上に車が一台もいない。どうやら橋の前後の信号が同タイミングで赤になるらしい。この長い橋で両方向からの通行車両がないとは、なんだか奇妙な光景だと思う。橋を歩いて渡るような酔狂な真似をしなければ経験できないことだ。

信濃川の川幅はとても広い

信濃川河口まですぐそばと言うこともあり、万代橋の川幅は広い。さすがに日本一の川だな。ただ、清流という感じはしない。どんよりと濁った水は山から土砂を運んでくるせいだろうか。

万代橋中央部分から河口側を眺めると一際目立つ高層ビルがある。あれが朱鷺メッセというコンベンションセンターらしい。その向いには佐渡島に渡るフェリー乗り場がある。新潟は港近くを埋め立てて作られた人工都市であり、日本海航路の要衝であったことが、この辺りからもわかる。

あれこれ考えながら足を引きずり橋を渡り切った。気温は30度近くあったのだが、軽装であること、気持ち良い風が吹き渡る季節だったことが幸いして、意外と苦労なしで新潟散歩を終えた。足は痛かったが、満足感はある。夜寝る前に歩数計を見たら2万4千歩だった。この歳でよく頑張ったと言える。やはり街を見るには歩き回るのが一番良い。


案の定、翌日は手ひどい筋肉痛で殆ど歩く気力がなくなっていたが、まあ、それは仕方がない。

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アンダーグラウンドのシャッター街 新潟の衝撃

新潟古町の交差点近く、銀座で言えば三越のあるような場所は大型オフィスビルとイベントスペースになっていた。平日であったが、キッチンカーが営業していたから、そこそこの人出はあるのだと思う。
沖縄那覇で県庁前のビルでも似たような光景を見かけた。キッチンカーは人の多いところにしか出現しないから、やはりここが古町の中心部であるのは間違いないと思った。
そのイベントスペースから地下に降りるエスカレータがあり、不思議に思い潜ってみた。なんの予備知識もなかったので、地下駐車場にでも通じているのかと思ったのだが。

そこは地下街の跡、シャッター街になった地下商業施設だった。流石に照明はついているが営業している店はない。空気はかなりカビ臭い。人影はほとんどない。

写真で見る限りそこそこ明るいが、実際にはどんよりとした空気で実に薄暗い。あちこちに装飾がそのまま残されているのが、街としての無惨さを際立たせている。「廃墟」という言葉が脳裏に浮かぶ光景だった。
なんとなく。ゾンビ映画に出てきそうな光景だ。誰も歩いておらず、あかりだけが寒々しい。全国あちこちで地下街を見てきた、歩いてきたが、これほどの結末を迎えたところは見たことがない。地下街で一番の古めかしさを感じるのは銀座線浅草駅に続く、日本最古の地下街だろうが、あそこはまだ古びていても生きている街だ。ここは、明るくてカビ臭くて死んでいる。すぐに地上に戻りたくなる現代の遺跡だった。

エスカレーターで地上に戻れば、こんな立派なビルがあるのに。この写真を撮った場所も元・百貨店のメイン入り口だったはずだ。新潟屈指の目抜きの交差点のはずなのだがなあ。アメリカの地方都市で、市役所や商店街だったところが廃墟と化している光景とよく似ている。

新潟アンダーグラウンド・ブルース……………そんな言葉が思い浮かんだ。

気になってGoogleマップで新潟市周辺のショッピングモールを調べてみた。結果は、新潟駅を中心に東西と南に大型モールが出店している。新潟駅も大改造して巨大な都市型モールに変身している。
新潟駅と日本海に挟まれた旧市街エリアが、競合店で完全に包囲された格好だ。自動車によるアクセスの不足さ、駐車場整備の遅れなどで旧市街が衰亡したのは間違いない。政令都市規模でもこの手の「縮退」が起きるのだから、今の日本で人口問題は根が深い。政府の機能を東京からどこかの地方都市に移転して、官僚が我が身で不便さを味わいでもしなければ、政策は変わらないだろう。中央の官僚は東京都地方都市を順ぐりで転勤するのが宿命だが、それでもせいぜい県庁所在地にしか出張はしない。おまけにあてがわれる官舎は市内の交通至便な場所ばかりだ。国会議員の大半も都市生活者だから、一度北アルプスの山間僻地や中国・四国地方の限界集落にでも強制移住させて、リモート勤務を押し付けテッ見れば良い。多分、三日で根を上げると思うぞ。

自分の見てきた限り、仙台がある宮城を除いた東北5県、新幹線による浮揚効果がない山陰の鳥取・島根と九州宮崎、四国4県、そして北関東3県が似た様な感じだ。が、さすがに地下街の廃墟は見たことがない。

新しい都市モデル、つまり旧市街の活性化ではなく再利用について、国家レベルで対策を考えるべきなのだがなあ。今の復活した保守系政権では地方切り捨てが本音で、そんなことの代わりに借金しても国際パワーゲームに再登場したいのが見え見えだから、このシャッター地下街が復活する目はなさそうだ。

地下街ソンビ発生は、避けられないだろうか。

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おそらく新潟一番の知名度ではないかな

テレビの旅番組ではほとんどマストアイテム化している新潟の名所、万代バスセンターにある立ち食い蕎麦屋は、いつきても驚くほど人がいる気がする。おまけに、ほとんどの人がそばではなくカレーライスを食べている。
おそらくそばを食べているのは地元民で、カレーライス、それも小盛を頼んでいるのほとんどが観光客であろうと踏んている。ちなみに、この店の外国人客比率はセロとみた。カレーライスに挑戦する外国人はいるかもしれないが、立ち食いそばは流石のリピーターインバウンドにも敷居が高いのだろう。)銀座では欧州系外国人が立ち食い蕎麦屋で食べているのを見たことがあるが)

街を歩いていても外国人観光客の姿は少ない。感覚的には高知市内よりも少ないくらいだ。新潟駅付近でもほとんど見かけない。ましてや生活路線であるバスターミナルに、外国人が出現するとしたら高速バス乗り場くらいだろうか。

翌日に分かったことだが、佐渡島に渡る船は流石に外国人客もいたが、彼らは市内のどこかに逼塞していたのだろう。ほとんどが大陸系チャイニーズだったが。

の日は腹の減り具合を考え蕎麦だけにした。前回は蕎麦とカレー、どちらも普通盛りにしたので完食するのに苦労した。もう少し腹が減っていれば小盛りのカレーを注文できたかもしれないが、最近は量的な無理は避けるようにしているので、そばオンリーだ。

結果的には、この一杯のそばにも手こずってしまった。なんとも蕎麦の盛りが良いせいだ。
立ち食いそばとしては普通の出来だと思うが、やはり蕎麦つゆがあっさり系だった。お江戸的なこれでもかと鰹節などの魚介出汁を効かせた濃いつゆに慣れていると、この手の薄味がちょっと物足りない。ただ、冷静に考えてみると蕎麦やうどんのつゆはこれくらいの方が体によさそうだ。そろそろ身体に合わせて舌の感覚を変えなければいけない。

翌朝、バス待ちの時間がちょうど開店時間と重なり合っていた。午前8時、開店時の行列はこんな感じで、ひょっとしてこの店の一番混み合う時間は開店直後なのではないかと思うほどだ。が、15分後には行列が解消して、立ち食いカウンターが満席になっていた。

とりあえず新潟で一番混んでいたのはここで、二番目に混んでいたのは回転寿司の「弁慶」でした。

立ち食い蕎麦屋が観光名所になるというのは素晴らしいことだ。だが、新潟観光に来た人たちは、この蕎麦屋以外にどこに行っているのか、新潟で観光体験がない自分としてはそれが知りたい。

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御洒落な店を探してみたら

小路がある街は魅力的だ

新潟古町を歩いて、あれこれ写真を撮ってきた。街歩きをしておしゃれな看板を撮るのは、旅先でのルーティン作業だ。全国どこにいっても似たような見え方をする繁華街で、その地域・その街特有の店を見つけだすのが楽しみなのだ。
個人的に写真映えのする街を三つあげると長崎思案橋、大阪宗右衛門町、京都先斗町だと思う。新潟古町もそれに匹敵する良さもあるが、どうにも小ぶりすぎる。もう少し裏どおりも探索するべきなのだが、新潟古町は裏通りがいきなり住宅地になったりするので……………

政令都市の繁華街はどこもチェーン店がひしめき合うだけの、どこも同じ見栄えでニアリーイコール的な街になる。地方中核都市では全く区別がつかない。

政令都市の規模になると流石に超繁華街が生まれる。札幌ススキノ、福岡中洲、仙台国分町、なども多少規模の差が、実はここも似たり寄ったりだ。チェーン店が勢揃いしてひしめき合い、風俗店がそれに加わる程度の差でしかない。
小ぶりな政令都市では、熊本が他の政令都市とし一線を画した巨大で例外的に面白い繁華街があるが、やはり多少ケバい。静岡、浜松、岡山などはこれが政令都市かと思うほどのこじんまりした規模でしかない。新潟もそうしたおとなしめの街の一つだろうが、古町は独特のシックさが残っている気がする。

やはり、飲み屋の街には路地がないとおけないと思う。路地の美しさはその街の品格の表れだ。

見るからに良さげな店だった

飲食店の外見、つまりファサードは地域によって特徴がある。タウンマネージメントではないが、その地域の統制というか不文律があり、それに合わせた街並みが、ある一体感を持つように作り上げられているのが「良い街」だろう。
新宿や渋谷のように無統制な店・外見がはびこり「カオス」こそが街の本質のようになると、自然と薄汚さ、胡散臭さが付き纏うようになる。街の状態として成熟したというより腐敗してきたと見える。綺麗な街ではないのだ。
ただ、人には汚いくらいの方が好ましいという、なんとも不思議な嗜好を持ものが多い。大都会になればなるほど、そうした「悪趣味」な志向が拡大していく傾向にあるようだ。新宿ゴールデン街のような胡乱で胡散臭い街が夜になると存在価値を増す。滅びゆくものへの挽歌なのかもしれない。が、自分の好みではない。

ラーメン店ですらおしゃれになる街というのは、その土地の人たちが大事に守るべき共同資産だと思う。残念ながらこのラーメン店は夜営業らしい。開いていれば入ってみたかったのだが。さぞかし端正なラーメンが出てくるのではないかと思わせる。

しっとりとした和風デザインのファサードが多い中、こうした洋風アレンジも街に根付いている。デザイナーの見識か、店主の意思なのか、どちらにしても街にとって違和感のない色使いやデザインが重んじられているとわかる。良い街なのだ。

おそらく、この手の和風デザインが一番お高い店なのだろうなと、街を歩いていると分かってくる。予約をとってしっかり覚悟していく類の店だろうが、若い頃は敷居が高くて入れなかった。今は、あまり意識もせずに入っていけるようにはなったが、どうも最近はこういう店に食指が動かなくなってしまった。酒と食べ物は気楽にに使える店が良いと思ってしまう。おそらくオシャレな店に気負って入るだけの覚悟が続かないのだ。
ネクタイを締めるというだけでうんざりする。サンダルで入れる店がちょうど良いと思う。明らかに人として、活力が低下しているのがわかる。


入ってみたい年頃には自分の格が足りないと思い、なんとか格に追いついた頃には興味が減っているというのも、人生の皮肉というものだろう。

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新潟駅前での勘違いした件について

新潟駅前でオヤジに優しい店を探して彷徨き回っていた。この新潟名物料理の店は次善の候補として押さえておきつつ、もう少し一般的な居酒屋が良いなと思ったからだ。
新潟には酒蔵が多い。有名な大手日本酒メーカーもある。個性的な地酒を作る小ぶりな造り酒屋も多い。
腰の完売に代表される淡麗系の吟醸酒は、一時期は新潟勢が独占していたものだ。今では全国に淡麗系の酒は広がったが、最近の流行は少し変わってきて、濃厚な甘めの酒が好まれるようになった。西国の酒が優勢な状態が続いている。個人的には「出羽桜」に代表される山形の酒に好みのものが多いが、青森「豊盃」も捨てがたい。
ところが、こと新潟の酒を言えば、「辛口吉乃川」というコンビニでも売られている一般的な酒が一番好みだ。
新潟駅にある吉乃川の直営店に行ったら、高級な吟醸酒ばかりが置いてあって、(それはそれでうまそうなのだが)結局は駅のキオスクでいつもの辛口吉乃川を買って帰ったほどだ。

この店では、そういうお安い酒は置いていないかもしれない。

そして、発見したのがこの看板だ。いかにも疲れた中年オヤジを相手にしていそうな店ではないか。オヤジ向けの店は大体に作りがチープなのだから、この店頭から発散するチープ感はまさにオヤジ天国と思われる。あちこちに貼ってある張り紙を見ても鯖料理が推しらしい。オヤジ成分が濃厚に漂っている、そう思った。

その後も、あちこち物色して歩いた後に戻ってきてみたら、開店していたのブラリと入ってみたら、想像していたのはとは全然違った。ここは、オヤジ連中を拒否する「若者天国」だった。

新潟ではカツオは稀にしか獲れないから、なのだろうか

スマホでメニューを注文する仕組みは、今や一般的となりオヤジを排斥するデジタルな仕組みの筆頭だ。ガラケーを使っているオヤジはまともに注文すらできない。スマホ注文の店は基本的にホールの人員を削減しているから、口頭で注文しようにもなかなか手隙の従業員が捕まらない。

まあ、そこはなんとかクリアしたのだが、スマホの中にある「本日の刺身1」が、一体なんであるかは画面上ではわからない。
行き当たりばったりでハズレでも仕方ないと頼んでみたら、なぜか新潟で冷凍カツオが登場した。後から気がついたのだが、レジの上に小さい黒板があり、そこに本日の刺身1・刺身2・刺身3の説明が書いてあった。
こんなところだけアナログというのは、いったい何をどう考えているのか理解に苦しむ。概ね若者向け居酒屋のデジタル化は、細部の詰めが甘いなんちゃってデジタルが多いが、オヤジ向けの店では従業員の個人技に頼る「手抜き経営」が蔓延っているので、どっちもどっちだ。残念なことにアナログ対応で気持ちが良い店というのは、基本的に高価な店なのだ。どちらが良いのだろうとなれば、それは当日の懐具合に多い区依存する。

新潟名物であり、好物でもある栃尾の油揚げがメニューにあった。プレーンと明太子バージョンの2種類があったので、恐る恐る明太子バーrジョンを頼んでみた。なんともショッキング・ピンクなルックスの油揚げが出てきた。

若者の明太子とチーズ好きは理解しているつもりだが、これはカラー・バランス悪いのではないか、というのが正直な感想だ。おまけに揚げの水分が相当に少なくなっていて、口の中から唾液が全部持っていかれる仕様だった。確かに酒が進むつまみかもしれないが、オヤジにとっては優しくない食べ物だった。

シンプルな店内はまさに昭和の居酒屋だが

店内の内装はシンプルの極みで、低価格を実現するためにあれこれ工夫されているのはよく理解できる。喫煙可でもあり若者には良い店なのだと思う。ほぼ満席でありながら、高齢者・・オヤジはゼロ。その理由は明らかだった。昔の昭和的大衆居酒屋テイストを残しながら、若い層向けに振り切った運営法とメニュー、一度経験すると次の利用は躊躇ってしまうオヤジ族には敷居が高い店だろう。ちなみに日本酒は西国の大手酒造メーカーの一般品一択だった。これも新潟現住オヤジには辛いのかもしれない。

正しい経営方針だと思います。たしかに勉強になりました。が、もう一軒、飲み直したくなりました。

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このみせに行ってみたい 古町の誘惑

新潟古町の飲み屋街?を歩き回ってみて、二軒の行ってみたい店を見つけた。もっとも日中に見て回っているのだから、夜の見え方はもっと違っているので、本当は夜にも探索行をするべきなのだが。とりあえず店内はのぞけないから、店頭の雰囲気で決めることにした。
一番目は典型的な居酒屋だが、店頭の黒板メニューが気になった。黒板も年季が入っていて字が読みにくいとことが素敵だ。夜だともっと読めなくなるのでと気になるが、美味いものが食える気配が濃厚で値段も随分とこなれている。このご時世では至極の存在というべきかな。

緑色の提灯がぶら下がる居酒屋は基本的に美味いものが食える確率が高い。今では知る人も減っているだろうが、「ミドリの提灯」は地産地消を売り物にしている店という意味がある。赤と緑の提灯が並んでいれば、これは店主の意気込みが伺えるというものだろう。おそらく平日でも予約しなければ入れない類の店だと思う。

看板を見て、ああこの店名がいいなあと思うことがある。昔のレコードを買う時に、全く聞いたことのないミュージシャンのものをジャケット写真で買う「ジャケ買い」をしていたが、食堂や居酒屋も外見で選んで正解することも多い。結局、良い店の店主は店外の仕立ても上手なことが多い。店頭がとっ散らかっている店は、店内もメチャクチャなものだ。

店頭にブラックボードを置いて、自分の店の売り物を「価格」も含めて見せることで、客には安心感が生まれる。たくさんメニューを書く必要はない。自身のある「推し」をいくつかしっかりと目立つように書いておく。それだけで、ふらりと入ってみたい、という気にさせる。

良い店は外見もそれなりの「定石」をしっかりと守っている。飲み屋の目利きはそんな定石を守る店を大事にするものだ。だが、この定石なるもの、どこかに教科書があるわけでもないので、店主が相当に勉強しているか、店を作るときの設計事務所が真面目この業界に勉強していなければ、良いファサードを持った店はできあがらない。ちなみに自分が勤務していた某フライドチキン屋ですら、このような定石を教育できていなかった。外食業など業界大手でもそんなものだ。

誰か教科書を書いてくれないものかなあ。

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すき家の大改革に気がついてしまった

間違ってたらテイクアウト商品を買ってしまったのではない

すき家の牛丼が大好物というわけではないが、旅先ではすき家か松屋を使うことが多い。地方都市の中心部では、吉野家が圧倒的に少ないせいもあるが、どうも松屋やすき家の店の方が広くて居心地が良いということもある。
東京都心部では吉野家が圧倒的に多いが、古くて狭い店がほとんどで、牛丼の価格差もほとんどないとなると吉野家にこだわる意味もない。

外食批評のエキスパートに言わせると、吉野家は牛丼大手3社の中で一段上の味だというのだが、個人的にはブランド全体の味というより、個店での味の変化のほうが目立つ業態だと思う。
ブランド差などあってなきが如しではないか。

吉野家を延々と一年以上毎日食べ続けた経験があるが、同じ店であっても朝・昼:晩で牛丼の味が変わる。夜は午後8時前後で大きく変わる。仕込みのタイミングと経過時間により牛肉と玉ねぎの味の染み込み具合がかなり大きく変わるからだ。
高速回転する繁盛店では(例えば有楽町駅前)いつでも新鮮?なので、つまり連続して作り続けているので味が一定になるらしいが、田舎の郊外店では時間帯によって同じ商品かと思うほどに味が変わる。、ああ。個人的な意見です。

都心部にある松屋やすき家は、おそらく牛丼以外のメニューが多いため、牛丼の出方が少なめになり、逆に味が安定するのではないかと疑っている。いつでも長い時間煮込まれたものになってしまっているという疑惑だ。(これも個人的意見です)
だから、いつ食べても同じ味の気がする。


さて、そのすき家だが、どうやら都心部の店で丼を廃止したらしい。チケットを券売機で買いカウンターで頼むシステムなので、これはもはや洋風ファストフードと同じではないかと思う。吉野家的なコの時のカウンターで食べるスタイルはもはや時代遅れらしい。それは良い。
が、イートインでもテイクアウト容器に入れて提供するとは。
想像するに、メニューの多角化と人手不足対応、皿洗いの手間と食器破損による経費削減などあれこれ勘案して、丼とコップを廃止したのだと理解できる。
松屋も独特の厨房一体型カウンターでのスタイルは諦めたようだし、高速回転至上主義の吉野家ですら、カウンタでの注文するセルフサービススタイルに転向しているのだから、どのブランドでも丼廃止は時間の問題だったのだ。

券売機で注文する時に、プラスチック容器に入った牛丼の写真が出てきたので、これはテイクアウトと間違ったかと何度もやり直してしまったが、なんのことはない、どんぶりに入った牛丼はもはやメニューに存在しないのだ。

和風ファストフードと洋風ファストフードの境目は、「どんぶり」「皿」があるかどうかだったのだなと改めて気がついた。隙を見て松屋も見に行ってみなければなあ。おそらく東京都心部繁華街の店では「プラスチック容器入り」牛丼に変わっていることだろう。

なんだかなあ。まあ、でもバーガーセットが1000円を超え、フライドチキンもポテトつきセットで1000円の時代に、牛丼は500円で間に合うのだから多少提供方法が変化はしても、金のない若者の味方であり、金のない高齢者の味方でもある? のか……………なあ。

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新潟古町通をブラブラ歩き

新潟の古町通は江戸期から続く繁華街なのだろうと思うが、五番町から九番町まで続く商店街で、五番六番七番町は屋根付きのアーケードになっている。七番町がいわゆる目抜き通りの交差点で、銀座で言えば三丁目三越前みたいな場所にあたるのだろう。そのアーケード内を含めてぶらぶら歩きながら、写真を撮ってみた。
平日月曜の昼下がり、休業の店も多いが昨今のワークライフバランス対応や人手不足対策で月曜や水曜休日とする店は当たり前になった。年中無休・24時間営業が当たり前だった昭和の時代は遠い過去のものだ。
ただ、この店は、ぜひ覗いてみたかった。残念だ。

これもまた街並みの風景の一つかあ

八番町に入ると屋根がなくなる。そして、飲み屋を中心とした飲食店がほとんどになるのだが、確か数年前に来た時にはラブホのモーニングサービスみたいな看板があったので驚いたものだ。が、今回はコスプレ飲み屋?が出現していた。何年か経つと流行が変わるのはわかるが、このしっとりとした街でも、あれこれ現代的な変化が起きているのかと、そちらの方に驚いた。
ただこのコスプレの定義が気になる。コスプレとは一般的にアニメキャラをモデルにしたものが主流だと思うのだが、それとは微妙に異なる少しエロスな匂いを漂わせる催しなのではないか。看板を前にあれこれ妄想してしまう。実際に確かめてみる気はないが、勝手にあれこれ考えてみる気にさせる、変な看板だった。

まるでお寺の門前の看板みたいだなと思ったが、今回初めて気がついた。少し中に入ってみると、そこは昔の料亭とか割烹旅館だったような古い建物があった。

お江戸でもお城周りのどこかにはまだ存在していそうな古い建物だが、ここではどんな密約が結ばれていたのか。これまた妄想を掻き立てる怪しい建築物だった。ここに来るには黒塗りのリムジンにたいば車でなければいけない気がする。

シンプルだが人を惹きつけるデザイン

古町通にあるお店のファサードはどれもこれもシックなもので、よくある駅前繁華街のけばけばしさはかけらもない。おそらく予約をしなければ入れない類の良いお店ばかりなのだろう。通り沿いの景観規制などしなくても、そこに出店するものたちが美意識を共有すれば、自ずから街や通りは綺麗になっていくのだが。
昭和の時代に日本が失った自己規制は、平成を過ぎても回復することがない。令和の時代、そして21世紀生まれの世代が持つ新しい美意識や社会規範が、昭和や平成を真似たりしないことを心から願う。