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懐かしの焼きそば

この袋麺の焼きそばは北海道と宮城周辺でしか販売されていないらしい。SBなので北海道ローカルメーカーではないはずだが、なぜか地域限定品なのだ。初めて関東に来たときに、これが見つけられなくて慌てたものだ。このインスタント焼きそばがなければ生きていけないと思うほど、我が人生にとって重要なものではないのだが、それでもたまに食べたくなる。チープなものほど若い頃つまり金のない時代に便利使いしていたから、記憶への刷り込みが強くなるらしい。カップ麺で言えば、あれこれいろいろな種類がある中でいつの間にか手にとっているのがカップヌードルのオリジナル品だったりする。この袋麺焼きそばは、それと同じ類のものなのだ。

ただ面白いことに我が袋麺ラーメンの原点となると、元祖であるチキンラーメンではない。どうやら北海道に住んでいた頃にチキンラーメンを食べた記憶がない。そもそもチキンラーメンが売っていたのかも定かではない。

やはり「サッポロ一番みそラーメン」を一番食べていたような気がする。それ以外のブランドも一通り食べてはいるのだが、いつの間にかサッポロ一番に戻ってしまう。ちなみに、あのラーメンの味は味噌味とは思えないのだが。なぜあれが味噌ラーメンなのかj死ぬまで解けない謎だな。

ピントをふりかけに合わせてみたら、面白い写真になった

チキンラーメンはお江戸界隈で暮らすようになってから初めて食べた。結果的に刷り込みのタイミングを外してしまったので、全く郷愁も感じないし食べたいとも思わない。

ホンコンやきそばは別添ソースではなく、綿に絡んでいるソースで味付けされている。フライパンで麺を煮詰めているうちに焼きそば的な仕上がりになる。チキンラーメンのいとこみたいなものだ。当然、ソースの味は薄味でぼやけた感じになる。カップ焼きそばのような濃厚ソースでしっかりとした「濃い味」にはなるはずもない。それがまた、昔風といえば昔風だ。別添になっているのは青のりのふりかけで、これをかけるとちょっと味変する。が、それまでのこと。劇的な変化ではない。冷蔵庫にストックしてある紅生姜をのせなければ、実にチープな見栄えだし、実際は味もチープだ。これを昼飯に出されたらちょっと無念な感じがするが、なぜか一人で自作ランチにするときには、この何もない感が心地良くもある。昔は金がなくてこれしか食べられなかったなあ、的なノスタルジーだろう。そういえば一袋は30円くらいだったように記憶している。

できればこれしか食べられない時代には戻りたくない……………

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アウトドア 成吉思汗

埼玉県平野部が山にぶつかるあたり、西の端っこにある公営?キャンプ場は、トイレと水場だけというシンプルな施設だが、個人的にはお気に入りだ。料金も安いが出入りも自由なので、夜暗くなってからも入場してくるキャンパーがいる。これはちょっと困ったものだが仕方がない。サイトに仕切りがあるわけでもないので、好きなところに自分の居場所を作る。ソロキャンプであれば占有面積も小さいが、大型テントとタープで宴会場を作る猛者もいる。

自分一人でのキャンプは軽自動車2台分くらいのスペースがあればなんとかなる。お気楽なものだ。小型のテントだけで泊まるときは15分で設営完了する。車中泊であればもっと短い。

せっかくの晴れた日なので、久しぶりにジンギスカンをと考えたのだが、タレに漬け込んだ肉ではなく、生のラムを手に入れて焼いてみた。ジンギス汗鍋はいくつも持っているが(北海道人の常識でしょう)一人でやるときにはちょっと面倒くさい。厚い鋳物の鍋なので肉を焼くには良いのだが、後始末が大変なのだ。こびりついた焼けこげにラム肉の脂が加わって、いくら洗ってもキレイにならない。これが大人数で焼肉パーティーを楽しんだ結果であれば諦めもするが、一人で食べるのであればもっと簡易的な方法にしたい。

当然、使用後の洗浄を考えるとスキレットなどの鋳物鍋は論外だ。ペラペラのステンレス製使い捨てジンギス汗鍋も持っているg、これはかなりサイズが大きい。ソロキャンプ用に防錆加工した小ぶりの鉄板もあるがあまり多く肉を乗せられない。あれこれ考えて、例のグリルパンを使うことにした。これは実にジャストサイズで使い勝手が良い。肉以外の具材はストロングスタイルで玉ねぎオンリー。焼けるのも早い。

空知のジンギスカンのタレでモリモリと食べる。が、どうも生ラム肉は味が強すぎる気がしてちょいと腹にもたれる。やはりソウルフード的な我がジンギスカンの原点は丸くプレスされた冷凍ラム肉の薄切りにあるようだし、タレ付きになっている肉の方が、匂いが調整されていて食べやすい。軟弱者になってしまったようだ。

一人焼肉を終え満腹感に浸っていたのも束の間で、すぐに鍋を洗いに行った。放置すると酷い目に遭うことは理解している。タワシと洗剤を使い二度洗うる。見た目には脂も消えて問題なさそうだ。あとは乾燥してしまうだけ……………

後日、この鍋を使ってみたら羊肉の匂いがこびりついていて大変だった。羊肉の脂はやはりしぶとい。お湯を使って何度も洗わなければ、なかなか匂いがよれない。次やるときは絶対に使い捨て鍋にしよう。

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朝飯と物価高の影響と消費税

キャンプの帰りに郊外型の蕎麦屋で朝飯を食べることにいている。早朝なので客は少ない。ここ数年、続けている習慣だが、いつの間にかそば一杯の値段が6000円を超えるようになった。単純値上げかと思ったが、どうやら税込み価格、つまり正味の支払額表記に変わっていることの影響もある。メニューをみる時に無意識に排除して考えている消費税抜きの本体価格から、支払うときには1割増額された額になることのギャップがなくなったせいだ。

やはりこれは20年近く続いた悪政の結果だろう。見た目の値上がり感を避けるために、本体価格のみの表記を認めていた悪弊だ。そして、現在では税込み価格表記が法的に正しいのに、本体価格と税込み価格の並列表記を見逃している、これまた行政の問題だろう。

消費税減税の論議の中に、この見た目ギャップを議論することがないのが不思議でならないが、減税が決まったら騒ぎ始めるだろうか。しかし、本体価格と税込み価格の二重表記を行っている小売や外食企業の大手がメディアに大スポンサーだから、テレビはこれに触れないだろうなあ。新聞の消費税だけが低いことに対して、新聞社を除くメディアが不公平を言い募らないのも同じで、自分体の不利益にあることには口をつぐむ。

「大人の都合」というメディアの構造的問題も議論が放置されたままだし。

このままでは蕎麦屋で蕎麦をテイクアウトすると言ってから、支払いを完了して、そのまま客席で食べるという蛮行も流行りそうだ。だが、この議論もさっぱり見かけないなあ。そもそもフードコートでこれをやられたら、どういうことになるだろうか。大手ファストフード各社はテイクアウトとイートインで税率が違うのに販売形態により売価設定(本体価格)を変える一物二価せいを実施している。結果的に税込み価格は同額という売り方をしているが、これができなくなるのではないか。

同価格を維持しようとすると、実質的にテイクアウト価格の7%値上げということになり、消費税減税の趣旨とは大きく異なる。これを制御できるのだろうか。

などなど、蕎麦を食べながら怪しいことを考えていた。ちなみに、蕎麦単品(かき揚げの乗ったもの)は590円、蕎麦とカレーライス それぞれハーフサイズのセット 490円だった。なんとか500円を切るメニューを作り出すほど価格対応には敏感な企業なのだが、その企業が一物二価問題をどう対応するのか。特に、この500苑ラインを巡る攻防はかなり頑張るだろう……………

個人的には490円の朝蕎麦を作って欲しかったなあ。

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丸ごとりんごのバウムクーヘン

旭川の名物菓子にりんごの甘く似たものが丸々入ったバウムクーヘンがある。旭川に仕事で出かける時には、これを土産に買うことにしていた。ただ、すっかり旭川に行く行き交いがなくなって、通販で買うしかないかと思っていたら、なんとこの菓子製造企業が札幌に店舗を構えていることがわかったのか今年の夏前だのことだった。店名とブランド名が異なっているので気が付かなかったのだが、実際に店舗に行ってみると……………ありましたよ、例のバウムクーヘン。お値段は昔と比べて5割以上上がっていたが、それは昨今の物価事情を考えると仕方がない。問題はこれをどうやって自宅まで持って帰るかだった。

箱の形状は概ね四角なので門外はないのだが、荷物の中に入れると縦置きや横置きに度々変わるので変形が気になる。仕方がないので機内落ち込みにしたのだが、そうなると座席上の荷物入れには乗せにくい。仕方なく足元に置くことにしたのだが、袋が小さかったせいか前後に滑って位置が変わる。なかなか面倒臭いのだ。

二度目に購入したときはその辺りの持ち運びのことを考えて、お店の方に大きめで平たい袋に入れてもらった。袋の中の隙間は他の土産物などで埋めたので、面倒は起きなかった。

最初のものはみやげ物として渡したのだが、苦労して自宅に持ち帰ってきたので自分で食べてみたくなった。そこで二度目に買ったものは独り占めして丸ごと食べてやろうと思ったのだが、どうもボリューム感を間違っていたことがわかった。1/4カットを食べ始めたら、半分ほど食べたところで満腹になった。バウムクーヘンとは大食いできるものではないのだ。びっしりと詰まった生地と強烈に甘いりんごが合わさると、胃袋に対して最強、いや最凶というべき破壊力を持つ最終兵器みたいなものだった。旨いのだが、たくさんは食べられない。

ただ、これが一口サイズにカットされていたら意味がないしなあ。やはり独り占めなどしないで、みんなで分けて食べるのが良いのでありますね。

おすすめの旭川銘菓です。

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鰹を煮てみた

高知県にある猟師町の友人からカツオをもらった。刺身用の方は直ぐに食べたのだが、加工用の鰹(高知県人の舌は厳しく、鰹を刺身用と加工用に峻別する)を調理してみた。

自分で漬け込んだニンニクの醤油漬けを使い、蜂蜜を加えニンニク醤油煮にしたのだが、これは思いのほかうまくいった。熱いうちに食べるとビールのつまみにちょうど良い。冷蔵庫で一晩置いてみたら、殺お特有の魚くささが強くなったが、レンジアップするとそれも和らぐ。

鰹節にすればこの鰹特有の匂いが上手に化けるのだが、生のカツオを料理するのは難しい。カツオ特有の匂いをどうやってマスキングするのかがポイントになる。個人的にはトマトで煮込むと良いのではないかと思うのだが、そうなるとツナ缶と似たようになるのでカツオを使う意味もなくなるのだなあ。

イワシの梅ぼし煮を真似て、これも自家製梅干しと梅干しのつけ汁でにてみた。こちらは白く煮上がったので見た目は良さげだが、やはりカツオ特区夕の匂いが梅の匂いを上回る。難しいものだ。ほんのりと聞いた梅酢的なものを期待していたのだが、何か臭い消しが必要になるほどで、生姜なりネギなりを使わなければなあ、という仕上がりだった。ふと思いついてかたまりを潰してマヨネーズ出会えてみた。つまりツナマヨだ。

これが、予想外に上手い。多めにいれたマヨネーズで鰹の匂いが隠される。梅干しの塩味がよいあくせんとになっていて、これを使ってホットサンドでも作ればよさそうだ。

ご飯のお供にどうにかならないかとやってみたのだが、サンドイッチの具材ということになってしまった。惣菜よりも具材ということになる。

まあ、料理とは試行錯誤の連続なので、もう一息あれこれとアレンジしてみることにしよう。

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スマホのカメラの自動露出

最近のスマホで思うことだが、カメラの性能はひょっとすると一眼レフを超えるのではないか。自分の持っている旧式の一眼レフ機数台は、極端な光量差があるものの撮影は極めて不得手であり下手くそで、マニュアルによってあれこれ修正しないと写真が撮れない。自動で撮ろうとすると、まっ黒になるか(極端な露出過小状態)、白く飛ぶか(露出過剰)になるか、そもそもシャッターが落ちないことの方が多い。ちなみにC社はメモリーへの書き込み速度が早いのでそれなりに対応可能だが、O社は書き込みが遅くシャッターが落ちないことも頻繁にあり、使用状況によりカメラを2台持ち、3台持ちとなることもある。やれやれだ。なんでも取れるスマホに敵わないというのが実感だ。おまけに銀塩フィルム時代と違い、デジタル画像は自分でもそれなりに修正可能だし、AIの支援を受けれしまえばセミプロ級の仕上がりになる。

そんな自動露出の難関写真の一つが夜の焚き火シーンなのだが、iPhone17であればこのように問題なく取れる。自分で撮ったくせに画像を見て驚いてしまった。プロ仕様かと思わせる画面精度の高さだ。すごいなあと素直に思ったが、これでは一眼れレフカメラを持っている意味が……………

まさしく、半月なのですが

同じ日に月が綺麗だったので、天中にかかる半月を撮ってみたら、これがまたなんとも不思議な自動補正効果が働き、まるで昼の写真のように見える。月の光は基本的に太陽光の反射光なので、光線の質的には光量が少ない「昼」なのだそうだ。だから、カメラの自動露出機能が露出をオーバー気味に調整すると(夜なので)、確かに薄暗い日中のようになるとは考えられる。しかし、この夜空に色はなんとも言えない。

また、関東近郊は大都市部における照明の照り返しで夜空は明るい。だから、夜の写真もうっすらと白味がかってしまうのは仕方がない。ただ、これほどまでに明るく撮れるものだろうか。薄曇りな日中の空と言われても頷きそうだ。

そろそろ最新式の一眼レフカメラが欲しいなあ、などと薄ぼんやりと思っていたが、どうやら考え直した方が良さそうだ。大きなレンズが必要なのはスポーツシーンなど動きのある場面のアップか、バードウオッチングのような超望遠レンズを使用する場面でしかなさそうだ。自分の撮りたい状況ではスマホで十分ということか。

思えば最後に長尺のレンズを使った子供の運動会と学芸会くらいだったような気がする。もう随分昔のことだし、二度とそんな機会が訪れることもない。なんだか、スマホカメラの性能向上がうらめしくもあるなあ。

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歴史的残念なパッケージ

厳密には違う商品d菜が、右側のパッケージも昔のデザインに戻るだろう

今年前半に起きた原油不足騒動で、一番恥ずかしい対応をしたのはこのポテトチップの袋ではないだろうか。ナフサの供給不足による印刷インクの品薄の影響で、インクの種類を減らすという説明があったが、それをきいたときからおバカな対応だと思っていた。

ポテトチップの原価に占めるパッケージの比率がどれほどのものかは知らないが、「食品」を売るという薔薇をしていながら、パッケージによるブランドの維持効果や、買い手が無意識下に行う商品選択の嗜好性などを全く無視しているとしか思えなかった。あるのはコスト構造の変化を安易な方法で解決しようとする、無様な対応だけだと思う。

まあ、半年もしないうちにナフサの供給不足など全くの嘘っぱちだったと明らかになり、パッケージの色は元に戻ったが、おそらくすでに製造してしまった「ダメパッケージ」の在庫を消化するため、いまでも銀色パッケージを使い続けるという、これまた悪癖としか言いようのない行動をとっているのだ。

いったい、この会社はどうしてしまったのだろうか。銀色パッケージのポテトチップを、の父の血の教材として、おバカなマーケティング事案の記念に取っておこうと思ったが、それもまた愚行であるとおもい、中身は完食後捨てることにした。

お同じようにPB商品を銀色パッケージにした某流通企業は、その理由を得意げインタビューで語っていたが、あの担当者は今頃どうなっているのだろうか。

石油製品の品不足で知人たちも大騒ぎしていたので、騒ぎは夏前に終わると宥めていたのだが、予想通り梅雨明け前には品不足は解消されていた。ただし価格は高止まりしたが。

米の価格高騰もいつの間にか解消されているし、「神の見えざる手」は正しく発動されている。意外と無策のように見えた現内閣も、ひょっとすると冷静に状況を見定めていたのかもしれない。相変わらず野党は、的外れな大騒ぎをしていた、という印象を残しただけだったなあ。もし国会議員に頭の良い誰かいるのであれば、ポテトチップを例に取って、中学生にでもわかる「経済」の話をしてくれないものか。まあ、頭の良い議員など見つける方が難しいか。

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秋の日には運動会

8月の長雨の後、久しぶりに晴天が続いた10月、そして晴天の確率が高い特殊日である10日に開かれた運動会を見に行った。

友人の小学校教員に聞いた話だが、小学生の場合は5月に運動会をやる方が学習校が高いので運動会は春開催が増えているそうだ。特に新入学生の効果が高いのだそうだ。日本社会における集団行動と規律の刷り込みを最初に体験する機会なのかと、密かに思ったものだが、現場の意見としては貴重なものだろう。要するに言葉を話す猛獣をかいならす最初な調教ステップに運動会は最適なのだそうだ。

だが、やはり運動会は秋の方が良いように思う。ピーカンに晴れ渡った青空の下で運動するのが気持ち良いだろう。

随分と久しぶりに見る運動会だが、演目は昔とあまり変わっていないようだ。使われる楽曲は流石に現代ものになっているが、鋭意炎不滅と言っても良い楽曲も多い。某国営放送局の子供向け歌番組では、アレンジこそ多少21世紀的になっているものの、自分が子供だった頃の歌がいまだに歌われている。バナナの歌とかお猿の歌とかその他諸々の動物の歌だ。突然に昔懐かしの楽曲がかかると、ちょっとどぎまぎするし、おまけに記憶に刷り込まれているのか歌詞がすらすらと浮かんでくる。幼少期の原体験として完全に脳内のどこかに刷り込まれているらしい。

小さい子供たちの甲高い歓声やら元気に走り回る姿を見ていると、不意に涙が出てきた。理由はよくわからないのだが、何やら脳内のどこかに埋もれている何かが反応したらしい。かけっこで独走して一位になる子もいれば、転んでしまい半周遅れになってしまったビリの子もいる。そのビリの子に反応してしまったようだ。人生まだまだ長いのだから、ゆっくりと頑張れよ、というような応援気分になったせいだろう。

運動会の帰り道で、住宅地のど真ん中でキウィー畑を見つけた。随分と小ぶりな実がなっていたが、これは収穫した後にどこで売られるのだろうか気になった。ひょっとしたら畑の脇で無人販売されているのではないかとも思うのだが。キウィーが秋になるものだと知らなかったので、これまた別の感動があった。太平洋の南の果てから来るキウィーも美味しいが、自宅から徒歩5分で採れるものも食べてみたい。

よく晴れた秋の日の散歩は、なかなか実りが多いものでありました。

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チャイナで野外飯

カセットコンロに合わせたサイズのグリルパンを手に入れてから、あれこれ野外飯を試している。この浅めの中華鍋のような形状が、炒め物や焼き物をするときに熱効率がよいので短時間で仕上げることができるからだ。昔ながらの平たい鉄板で役より随分と時短になる感じがする。本格的な深めの中華鍋では逆に火力が足りないだろうから、腸と良い加減の湾曲ということらしい。

今回はエビチリを作ってみた。

ごま油を使うともっと良かったかなと思うが、オリーブオイルでにんにくをいためネギを投入し、そこに殻付きのエビを並べる。しばらく放置して順番にひっくり返す。両面焼けたら通販で手に入れた業務用エビチリソースで会えるだけ。ソロキャンプで食べる量としては多すぎるが、主食としてえびMaxで食べることにした。辛いが上手い。ビールがグングンと飲める。これは生のエビを使ったが、冷凍エビでも十分だろう。

ソースさえ用意できれば野外飯でのチャイナはありだなあと思う。いや、こちらの方が便利かもしれない。ちなみに、今回のエビチリソースはヨド○シカメラで調達したが、オンラインでのチョ魅了ラインナップはAmazonを超えるかもという充実ぶりなので、メキシカンやアジアエスニック系スパイス・ソースも対応可能という心強い味方なのでありますよ。 

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昔のブドウを流通理論で解析してみたら

個人的にはキャンベルが好きであります

9月の終わりに北海道で手に入れた昔の葡萄だが、なんと2品種がセットになって売られている。何軒かスーパーを回ってみたが、大抵は単品2個での販売だった。昔ながらの八百屋では二回りほど大きいものが売られていたが、値段は倍ほどになっていた。

面白いことに地元のスーパーでは取り扱いが少ないのに、全国チェーンのスーパーではかなり大きく扱っていたし、箱売りもやっていた。この2個セットはコープで見つけたもので、ある意味で一番魅力的な売り方をしているのがコープというのは、札幌特有の現象かもしれない。コープ札幌はマーチャンダイジングが上手いのだ。逆に地元のスーパーが一番売り方が下手くそであると思えるのは、バイヤーの質の問題か。店舗の売り場れ担当者の問題なのか。全国でローカル・スーパーが次々と潰れて統廃合を繰り返していうが、結局は品揃えと売り方、マーチャンダイジングとマーケティングの力不足が原因だろう。

すでに全国チェーンの価値g味はイオン一強でダイエー、ユニー、サティは消滅し、ヨーカドー、西友は身売りされて敗戦処理組だ。ローカルでも生存し拡大を続けているのは、東日本でラルス、ヨークベニマル、ヤオコー、ライフ、西日本ではバローズ、いずみくらいか。九州と四国はすでに全湖国チェーンに飲み込まれてしまった感がある。

結果的に、勝ち組のイオンが全国チェーンでありながらローカルスーパーより優れた商品戦略をとって胃ということがわかるし、自分の全国スーパー観察経験からいっても当たっているように思う。ただし、これもイオンの特徴だが、新しく店が開いても1ー2年は売り場がダメダメなのだ。教科書通りというか、新しい販売理論の実験台にさせられるからだろう。開店後3年くらいしたあたりから急速に地元密着型売り場に変容し始める。最初からこうすれば良いのにといつも思うのだが、現場で理論修正を図るタイプの企業らしい。だから勝ち組になったのかもしれない。

そして、その流通ジャイアントに対抗するのがローカル生協という構図で、おまけに価格帯効力もある。この戦闘力が昔の武道にも現れているのだと思うと、ちょっと楽しくなる。今や種ありの葡萄など好んで食べるのはジジババくらいしかいないだろうが、王者シャインマスカットの負けない売り方をしている。顧客層を高齢者に絞り込んだ戦略商品であり、ノスタルジーマーケティングの実践例などと穿った見方をしてしまうのだが……………

昔はこういつ知識は業界専門誌でよく特集を組んでいた。今ではスーパーどころか、その専門誌自体が消滅しているご時世で、若き企業人たちはどうやって勉強しているのだろうか。ネットマガジンの情報なのだろうなあ。いや、AIか。