食べ物レポート

高級パン屋でクイニーアマン

渋谷の北西側に東急百貨店本店がある。その真向かいに、高級パン屋がある。都内には有名なパン屋、ベーカリー、ブーランジェリーなどパンの製造販売の店は多い。その中でも、おそらくいちばんの高級店(自己評価です)は、この店だと思っている。たまに、ハード系のパンを買いに来るのだが、その味と価格にはいつも唸らされる。高いから上手いのではなく、上手いから高いのだと納得させる「パン」だ。
ただ、たまに浮気をしてデザート系パンというかケーキっぽいものを買うこともある。今回は、流行り物のカヌレを買おうとしてきたのだが、結局はカヌレではなくクイニーアマンを買ってしまった。

食べ終わった時の満足感がすごい

自分のイメージにあるクイニーアマンは小ぶりな砂糖菓子というものだが、こちらは随分と大型で直径は10cm程度あり、手に持てばずっしりとした重量感がある。表面が砂糖でコーティングされているのでカリカリとした食感があるが、中身の生地はやはり重量級の密度の高いものだ。
甘い物好きであれば、これを朝食がわりに食べるかもしれないなと思う。朝食といえば………しばらく住んでいたアメリカでの朝食は、ドーナツだったりワッフル(メープルシロップを溺れるほどかけるのでほぼ甘味しかしないもの)など、朝から1日分の糖分補給が完了するものが多いことを思い出した。朝食=超甘いというイメージしかない。だから、それと比べるとこのクイニーアマンなど甘さレベルで言えば初級でしかないのだが。
個人的には日本の朝食は塩分食、アメリカの朝食は砂糖食、そして西ヨーロッパの朝食は簡素食だと思っている。簡素食とはクロワッサンとミルクコーヒーで朝食というパターンになる。目玉焼きにベーコンとトーストでは、簡素食にならない。この大ぶりのクイニーアマンを朝食にするとすれば、アメリカと西ヨーロッパの中間食くらいになるのかと思った。
表面の砂糖がキャラメル状になりパリパリしている食べ物が好みなので、このクイニーアマンはとても満足したが、やはり朝食にはちょっと甘すぎる。結局は、3時のおやつ的に食べてしまった。ただ、おやつとしてはやはりちょっと高額かと思うしボリュームも多い。だが、ケーキよりはお安い。自分へのご褒美的なおやつとして考えれば良さそうだ。ただし、これを一つ食べると夕食は軽めになる。というか、夕食を食べる気にならない。おやつで腹が膨れるというのも考えものだ。

テクニックを感じるハード系のパン

朝食には、ライ麦を使ったハード系のパン、それも中にクルミや干し葡萄の入ったものを買ってきた。このハード系パンとコーヒーの様な朝食を食べたのは、デンマークだったかドイツだったか記憶は曖昧だが、ライ麦のパンはやはりヨーロッパ北部に行くと出会うことが多い。もともと、小麦は地中海沿岸の様な気温の高い地域で栽培されている。北部になり気温が下がっていくと、小麦の代わりにライ麦が栽培されている。日本でいえば、米とヒエやアワなどの雑穀の関係に近い。
昨今の健康志向による雑穀礼賛は、やはり美味しいものを腹一杯食べられる時代の贅沢なのではと思っている。米が食えないからヒエアワを食うという生活では、やはり上手い米を食べたくなるものだろう。パンの世界も同じで、やはり小麦100%のパンはうまいし高いというのが西欧社会では常識の様だ。わざわざライ麦パンを特別視することもないらしい。
この店のライ麦パンは、ライ麦特有の香りが強い。スーパーで売っている普通の食パンと比べれば、その違いは歴然だ。おまけにずっしと重いし、買ったばかりでもそれなりに固い。手でちぎろうとしても難しい。ナイフを使って半分に切り、あとは食べやすい厚さで何枚かに切り分ける。
味が濃いので何もつけずに食べるが、歯応えが強く何度も噛み締める。パンの味というのはこういうものかなと感じる。口の中の水分を全部持っていかれるというか、吸い込まれてしまう。クルミや干し葡萄の味が良いアクセントになるのだが、食べ物を噛み締めるという「本能的な楽しさ」がある。
一つ食べ終わるととてつもない満腹感を感じるが、これは何も考えずに延々と固いパンを噛むという作業を続けたせいだろう。ものを噛むと満足感が湧くのは、人類が持つ最古の本能ではないだろうか。
日本の伝統的な食べ物であれば「するめ」、それも丸のまま一枚を噛み続けるみたいなイメージだ。

紙袋はオシャレ感というより品質維持のために重要だと思うのだが

自分なりの高級なパン屋のイメージなのだが、パンの個包装に紙袋を使う店というのがある。スーパーのレジ周りに置いてある水物を包むペラペラのビニール袋を包装に使う店は、残念ながらパンに対する愛情が足りないと思ってしまう。ビニールの匂いがパンに移るからで、それが嫌いなのだ。コストを考えるとビニール袋も仕方がないということになるのだろうが、5円10円高くても良いから、匂いがうつらない袋にしてほしい。
ブーランジェリーと名乗る高級店でも、ペラペラビニール包装の店がある。そういう店には、また行く気が起きないのも確かだ。パンを焼く技術だけが高級パン屋の売り物ではないだろう。美味しいパンを家に持って帰り、それを食べるまでが、パン屋のお仕事になるのではないかと思う。

書評・映像評

情報の断捨離 社会の断絶

1998年12月発行

不要なものを捨てていく断捨離から、使うものしか残さない断捨離に移行するべきだろうなと思い、まずは衣料品から捨て始めた。そろそろスーツはいらないのでは………と思うし、礼服も葬式にしかきそうもないから不要だ。黒い革靴は何足も捨てた。
本棚から溢れていた本もほとんど処分したが、それでも未読の本はそっくり残してある。一度読んだ本であれば、再読する気があるかどうかで判別するのだが、資料としてとってあった本はなかなか判断が難しい。例えば、燻製の作り方とか、ロープの結び方大全みたいな本は、二度と読むこともなさそうだし実用にすることもないとは思う。ただ、捨てられない。なので、本棚の奥に隠して二度と目に触れないように(笑)する。処分しようかどうしようか悩まなくて済む。同じようなカテゴリーに入るのが、このトレンドの記録みたいな本だ。
目次を見ると、第1章 12年間のヒット商品をレビュー とある。12年間とは87年から98年までのことで、バブル時代の最後から平成不況の前半に当たる時期だ。
ちなみに87年のヒット第一位は自動製パン機、88年は東京ドーム、そして98年は映画「タイタニック」だ。読み返せば懐かしいと思うが、その当時生まれていなかった平成生まれが今の若者世代なので、そもそもこれってなんですかという疑問しか浮かんでこないだろう。昔はお笑いの鉄板ネタだった「タイタニックごっこ」を理解するのはオヤジオバンからジジババになりつつある。
また、最終章 21世紀のスタンダードを探る  を読み返すと、ともかく予測というのは………という気分になる。99年のヒット作予測では、デジカメが200万画素時代到来と書いてある。今やスマホのカメラでさえ800万画素が標準仕様だし、そもそもデジカメ自体が消滅の危機にある。同じようにNTTにナンバーディスプレイサービスについても考察されているが、固定電話が世から消えつつある。時代予測が難しいというより、そもそも意味がないことなのかもしれない。
こんな世の中から消えてしまったものがオンパレードなので、もはや「資料」としての価値があるかというと、多分、ないのだ。あえて資料扱いすれば、現代考古学とでもいうべき分野に適応するかどうか。その時代を振り返ってみても、表紙に書いてある「次のエースを探す」ことに役立ったのか微妙な感じしかない。

2010年12月発行

こちらは、12年後に出された続刊みたいなものだが、編集テーマがちょっと変わっている。帯にある「流行は繰り返す」と前書の「次のエースを探す」には、ずいぶん異なるニュアンスがある。世紀末直前の98年には次世紀を予測するという「力強さ」があったが、21世紀に入ると「流行は繰り返すのであれば昔を探れば良い」という、後ろ向きで弱気なスタンスになっている。
ちなみに2010年のヒット作はスマホ、新登場で目立っているのが東京スカイツリーだから、これはそこそこ現在と繋がる感じがする。だが、予測のパートはふんわりとしたものだ。平成後期の社会全体が自信をなくしていた雰囲気がよく現れている。そして、この後に東日本大震災が起き価値観の大変動が起こった。つまり予測の立て様がなくなるほど社会や意識が変わってしまった。この後、続刊は出版されていないように記憶している。ただし、12年サイクルで発刊されるのだとすると、そろそろ続刊が出るのかもしれないが、コロナという世界的大変動があったから、やはり無理かも(すでに出ているのか?)
どちらにしても、この本も資料的価値があるかと言われると、やはり微妙だろう。若手研究者が消費者意識の調査でもするときは、字引きがわりには使えるかもしれない。ただ、自分で持っていても使えることがあるかというと、多分、ないだろう。
学生時代の同窓会をやる時に持って行って、クイズのネタとして使う手はあるかなあ、などと考えている。たまごっちが流行ったのは何年だったでしょうとか、ビデオデッキ(もはや死物)が初めて100万台売れた年は何年だったでしょうとか。記憶が弱くなってきた世代にとっては、良い頭のトレーニングになるかもしれない。
世代を超えて繋げていく価値がある知識など、あまりないのだね。

街を歩く

3年ぶりにOB会? 鍋パーティー

味噌ちゃんこでたっぷりうどん入りという珍しい?タイプ

ちゃんこ鍋を食べることになった。4人での小規模新年会みたいなものだが、この当たり前の世界が復活したことに気がつくと、なんだかあれこれと考えてしまう。
少なくとも店内にコロナ対策の名残は存在する。入り口の消毒スプレーは設置されたままだ。これは個人的にコロナ対策とは別に、残った方が良いと思う。コロナ期間中に食中毒が減っていたのは事実だ。客数、飲食回数が減っていた以上に、店舗側の衛生意識が向上したことが原因だろう。その衛生意識改善の戒めとして、消毒スプレーは残しておいた方が良い。
ただ、全く意味がなかったアクリル仕切り版はもう撤去しても良いだろう。飛沫感染ではなくエアロゾル感染(空気感染の言い換えみたいなものか)がコロナ感染拡大経路に認定されているのだから、壁を作るよりも換気に主眼が置かれた対策が必要だ。まだ官はそこに踏み込もうとしないのが、官の官たるところだろう。
コロナの時代に多人数の飲食を制限していたが、あれも科学的根拠はどうだったのだろうか。10人20人という大人数であっても、4人テーブルに分散すれば大丈夫だみたいな「政治屋の屁理屈」もずいぶん聞かされた。所詮、科学は迷信やおまじないやクズな政治屋の言い訳には勝てないのだ。
付け加えると、最近流行りの政治屋的言い訳は、ワクチンの接種率が上がったので高齢者の死亡率が減ったということらしい。確か最初の頃は、ワクチンを打てば流行が抑えられると言っていたはずだ。が、今ではワクチンは流行を抑える力はないが、重症者を減らす効果はあるに変わっている。
要するにジイさんバアさんが死ななくなれば問題解決したと言いたいらしい。さすがにそれをはっきり言う政治屋はいないが。だから、コロナ終息宣言を出さない。実にこの国らしい「解決策」なのだが、それでも人はその胡散臭い匂いをかぎ分ける。どうやら、コロナは終わったらしいよと。だから、鍋料理の新年会が復活できたということだろう。
飲食店にとっては、はっきりとした「コロナ終わり宣言」は必要ない。人々が暗黙のうちに、そろそろ大丈夫みたいだねと思ってくれれば良い。逆に、マスメディアが馬鹿馬鹿しいコロナ報道で視聴率稼ぎをしなくなれば、客は戻ってくると考えているだろう。それもまた世間知というものだ。
今では、コロナ報道の代わりにインフレ報道で社会を煽っているが、放送局社員が高級取りだということも知られているので、このインブレ報道は今ひとつ正義として機能しない感じもする。円高に振れれば、必ず輸入還元セールを始めるのが流通業の習いだから、インフレも一息つくことになると思う。そうしたらメディアは一体何を次の生贄にしようとするのか。
ちゃんこ鍋を食べながら、そんなことをぼんやりと考えていた。ちゃんこにたどり着く前にあれこれ頼んでいたので腹が膨れていたせいもあり、久しぶりに会った友人たちとの会話が楽しかったことに加えて、ちょっと飲みすぎた酔が合わさり、あれこれ妄想したことだ。
ちゃんこ鍋を食べるのは、実にささやかな幸せだが無くすにはあまりにも貴重な幸せでもあるとも思っていた。
この3年間は、こんなささやかな幸せが全国で抑えられていたのだ。やはりコロナは静かな戦争だったと思うべきなのだろうか。10年も経てばその手の社会分析がされるのだろうが、現在進行形で生きているうちは、ささやかな幸せをまた手に入れたことを素直に喜ぶべきだろう。そして二度と手放してはいけないのだ。来週はどんな鍋にしようか。

街を歩く

アフターコロナの我が街では

この方は、自宅近くの地元出身だということは知っていた。実家が地元の街にある芸人さんはもう一人いるが、どちらの実家も徒歩10分程度の近くにある。お笑い芸人の街だとは思わないが、テレビでローカル案内番組が放映されるときはよく登場する。しかし、この街に観光する場所があるのかと長年不思議に思っていた。
市役所の横にある航空公園は、なかなか快適で広大な空間だが、元は帝国陸軍航空基地で戦後米軍に接収された。まだ一部が米軍通信基地(レーダー基地)になっているので、野党議員を中心に基地変換運動が生き残っている。航空自衛隊の基地は隣町の入間にある。、東京都のハズレ横田基地に空自の本社(?)もあるから、この周りは首都圏の航空基地群と言って良いが、観光名物かといえるか。集まるのはミリオタばかりのような気がする。
それ以外の名所は、トトロの森(のアイデア原型)くらいか。狭山茶の畑はあちこちにあるが、あれは純粋に農地であり、能登の棚田のようま観光地ではないだろう。
最近では角川の複合施設が街の東側に出来上がり、なんとか観光地化した気配がある。鉄道スタンプラリーの目的地になったりもする。首都圏にある都市としては、観光地として認識されつつあるのかもしれない。それでも千葉にありながら東京を名乗る巨大リゾートには敵わないが。

確か何年か前のビジネス雑誌で首都圏郊外のベッドタウンが縮小しているという記事があり、立川、八王子、所沢、船橋、松戸あたりで人口減少始まった、この先どうなるみたいな内容だった。どの街も人口30万人以上あり、他県であれば県庁所在地クラスの中核都市にあたる。子供世代は通勤の楽な都内に引っ越して高齢化が進み深刻な社会インフラの問題が………みたいな話だった。
そうか、人口減少都市なのだなと思っていたが、なんと昨年末では人口が増えている。男は減ってているが女は増えている。年末の数値なので、引っ越しなど季節要因での変化は少ないはずだ。
高齢者はあまり引っ越さないから、若い世代が増えたのか。角川の社員が引っ越してきたか?などと馬鹿な想像をしてしまったが、この街に新しく大企業が移ってきたという話も聞かない。東京都の人口は減少したという記事も出ていた。コロナのせいで大都会脱出が進んだということらしい。
女性が増えたということは、やはり子供を産む世代が増え、結果的に出生数が増えたという意味だろう。ただ、赤ちゃんが女ばかり生まれるはずもないので、高齢者の死亡数で男性が多いということが推測できる。赤ちゃんがたくさん生まれてジジイが死んでいく街になってきたということか。ふむふむ。なんとなく納得した。これは、街という巨大な生き物にとっては良い兆候だ。
街を車で走っていても、軽自動車の比率が随分と増えたような気がする。大型のワンボックスより多い感じだ。元気な女性の街になっていくのであれば、うるさいジジイは早めに消えていくのもありかもなと、我が身を振り返りながらしみじみと思ってしまった。
統計から読み取れることは多いなあ。(勝手読みですが)

市役所の中も、ステイホームだ三密だワクチンだと言った、コロナに関する恐怖を煽り恫喝するあれこれは消えていた。それと合わせたように、市内にあるレストランのテイクアウト促進コーナーもひっそりと隅に追いやられていた。
代わりに、地域振興なのかスポーツ選手の応援看板?(タイアップ看板)が並んでいた。コロナで脅す街からスポーツイベント都市へイメージチェンジを図るつもりらしい。まあ、この方が健全だよねとは思う。
官庁のやり方もアフターコロナで色々あるのだなあ。

食べ物レポート

アフターコロナで気がつく小さなこと 世界の変わり方

四角い方を小分けして食べようとすると、中の水飴がなかなか邪魔してくれる。小さい子供のイラストがあるが、決して子供向け商品とは思えない。ハイレベルの飲食テクが求められる。

間違いなくとてもローカルな菓子なのだと思う「あめせん」が復活していた。これは南部せんべいを2枚合わせたもので、中に水飴が入っている。丸型と四角型があるが味は同じだ。南部せんべいは岩手県北部から青森県東部にかけて存在した南部藩の特産品だと記憶しているが、岩手県でこの水飴サンド煎餅を見かけたことはない。存在するのかもしれないが、水沢から盛岡にかけてのスーパー巡りをしても発見できなかった。
青森県西部、津軽で似たようなものを見かけた記憶があるので、南部せんべいの一族とはいえ「あめせん」は津軽がルーツの食べ物かもしれない。生まれ育った北海道では南部せんべいがかなり当たり前の食べ物だったが、一般的には郷土食的な扱いらしい。東京に暮らすようになって気がついた。
東京周辺のスーパーではあまり普通の食べ物ではないようだ。たまに見かけることもあるが、そもそも売っている種類が少ない。南部せんべいといえば、プレーン、ポーナッツ、ゴマは絶対定番で、それにあれこれ木の実を入れたものなどのバリエーションがある。(と思い込んでいた)自宅近くのスーパーでは、バリエーションがないどころか南部せんべい自体が存在しないこともある。

この二つの「仲よしあめせん」は札幌の企業が製造している。だから北海道のユニーク菓子と言っても良いのだろう。
ただ、この2品がコロナ感染中は札幌のスーパーから消えていた。ひょっとして廃業したのかなとも思っていたのだが、去年の年末に発見した。それも、一軒ではなく複数のチェーン・スーパーで見つけたのだから、完全復活と見て良いだろう。
推測するに、コロナの間は工場が人手不足で維持できなかったのではないか。原料の南部せんべいが調達できなかったとか、水飴が全国的に製造中止になっていたという話は聞かないので、やはり工場の稼働問題だったように思う。
ステイホームの掛け声の元、在宅率が高まり食品の家庭内消費量は軒並上がったはずだ。当然、食品メーカーの売上も好調だったはずだ。このあめせんも売れなかったはずはないと思うのだが、最後に買ったのはコロナ初期のマスクパニックの頃だったから、やはり2年半は市場から消えていたことになる。(去年の夏には見かけなかった)
他にも、同じようにしばらく市場から消えていたローカルな菓子や食品があるのだとは思う。それが復活してきたということは、ようやく経済が元に戻ってきた考えてよさそうだ。それも統計に残るような大企業の業績ではなく、町工場でひっそりと作られていた製品が戻ってきたことが「当たり前の世界」という意味になる。「昔の通り」の世界が再び現れる。ようやくコロナの時代が終わり、小市民の暮らしが元に戻るということだなあ、とあめせんを食べながら感動していた。

ちなみに、このあめせんは歯が弱い人には向いていない。せんべいは若干湿り気味なので、歯応えは微妙なところがある。ところが水飴が中央部分に固まっているので、端はせんべいだけ、中央部は水飴が強靭な感触をもたらす。そして、水飴のくせに(?)やたら硬いので、齧ってもなかなか噛みきれない。感覚的にはコンクリートを食べたらこんな感じと言いたくなる。(大袈裟ですみません)
それを口の中で多少温めて水飴部分を溶かさないと、せんべいと水飴がマリアージュしてくれない
難度が高い食べ物なのだ。
食べるのに高度なテクニックを要求されるためか、あめせんの置かれている棚は「子供向け駄菓子」ではなく、郷土名物菓子みたいな扱いになっていた。それもちょっと違うかなとは思うのだが。
もう一つ蘊蓄を披露すると、昭和中期だったが子供相手に紙芝居をやるおじさんという商売があった。自転車でやってきて、公園などで紙芝居をご披露する。その紙芝居観覧の代金が割り箸に巻きつけた水飴5円、水飴を南部せんべいに挟んだもの10円だった。駄菓子の相場が10円だったから、現在価値に直すと水飴サンドせんべいは100円くらいに相当すると思う。今だと食品衛生がどうとか、お話の内容が教育的かとか、経済格差をあらわにするとか(せんべいを買えない子供はおじさんに追い払われていたような記憶がある)、色々文句をつけられそうな商売だ。
つまり、このあめせんは紙芝居を見て育った世代に向けたノスタルジー商品なのだ。(キッパリ)決して子供向けの駄菓子ではない。そして、そのノスタルジーを感じる世代は、すでに前期高齢者になっている。歯も弱り始める世代だ。咀嚼力も弱り下手をするとの後に詰まらせる。高齢者向け危険認定が必要な菓子だ。だから、あと20年もすると、この「あめせん」は世の中から消失する可能性が高い。まだ未体験の方がいれば、早めにご試食ください。お値段は税込で130円くらいだったと思います。

街を歩く

復活 The 立ち飲み

渋谷にある立ち飲みの店によく通っていた。なんとなくしばらく行っていないうちにひっそりと閉店していた。街の再開発の影響だったようだ。まだ禁煙規制が緩かった時代、地下にある店の入り口を潜るとタバコで店内が煙っていた。(という印象がある)古き良き昭和の世界で、天井近くに置いてあるテレビでは野球中継が流れていた。家に帰ると野球中継が終わっているから、なじみの居酒屋でテレビを見て帰るなどということが当たり前だった時代だ。
立ち飲みの店で長居はしないという暗黙のルールは、この店では全く成立していなかったような気がする。自分のためにひとり時間を過ごすのが立ち飲みの店のはずだが、スポーツ・バー的な共感の場という役割を果たしていたのかもしれない。

その店が、去年の年末近くに再建されたと聞き、恐る恐る出かけてみた。前の店はビルの地下だったが(だから初見で入る人はいなかったはずだ)、新店舗は通りからちょっと引っ込んだではいるが一階にあり入りやすい。夏になれば扉を開けて表で酒を飲む人も多いだろう。ただ、今の東京ではエアコンなしの屋外で立ち飲みすると命の危険がありそうだ。
看板もオシャレというかひっそりとしていて、渋めのスタンド割烹みたいな感じがする。これだけみると昭和の香りはかけらもない。

店内は、さすがに新店だけあって綺麗なものだ。タバコの煙もないから、店内が煤けて風格が出ていくのにも時間がかかるだろう。あちこちの店で消えていたテーブル上のあれこれ(箸立てや調味料など)もすっかり置かれるようになった。
壁にブラさがっているメニューが描かれた黒板は昔と同じスタイルだ。

カウンターの前には、白い紙に印刷されたメニューが丸めてコップの中に入っていた。おもむろに取り出してあれこれ注文の品定めをする。The 居酒屋定番というメニューが並ぶ中、オヤっと思う新しめな名前もある。クリームチーズやらアーリオオーリオやらキャラメリーゼやら、カタカナが混ざるメニューになっているのは令和の証だろうか。お値段も昭和価格から令和価格(最新版)になっているのは仕方がない。
赤丸付きがおすすめのはずだが、よくよくみるとこれこそ居酒屋メニューと言いたい定番品だった。

今回は一つだけ注文してみた。昔食べていた記憶があるメンチだが、何やらとてつもなくすごい料理に進化していた。酒の肴というより、ビストロで出てきそうな風情がある。定番のメンチでこの変わりぶりなのだから、やはり端から順番に食べてみたいものだ。全部試し終わるまでには週一で通ってもずいぶん時間がかかってしまう。燗酒は熱めだった。昔ながらの燗付け機が使われているのだろうか。

一番変わったのが最新型と言えるスマホQRオーダーシステムの導入で、なるほどこのあたりは居酒屋DXだなと思っていたが、お店の方に最初から口頭オーダーでOKと言われたので、それじゃあと普通に注文してしまった。
これからの立ち飲みする客層を考えると、スマホオーダーが主流になるのは間違いない。が、いまだに生存しているヘビーユーザーの大半はオヤジ族+高齢者のはずだから、スマホオーダー制一択にはなりきれないのだろうなあ、などと燗酒を飲みながら考えていた。
飲み物も燗酒などという衰退した酒はそのうちに消えてしまい、ハイボールとサワー中心になるのも間違いなさそうだ。それでも、ホッピーと焼酎という東京居酒屋の王道はしっかり残っていたから、新世代のハイブリッド立ち飲み屋としてなんとか生き残ってほしい。
次に行けるのはいつになるか、それとも全ての予定を渋谷経由に変えるか。あれこれ悩ましい。

街を歩く

コロナが明けた世界の匂い

北国に住んでいると、まだあたりは一面の雪景色なのに、なぜか突然季節の変わり目が来たと思う瞬間がある。大抵はよく晴れた日で、気温が少し緩くなり、空気の匂いがなんとも変わった気がする。これを「春の匂いがする」と自分勝手に呼んでいた。
去年の終わり頃に、それと同じような感覚がした。今は、コロナの季節が明けたのだなあ、と街を歩きながら思う。世界の匂いが変わったのだ。テレビではまだ第8波などと騒いでいるけれど………

まるでバブルの時代を思わせる、電飾感満載の店を渋谷のハズレで見つけた。ぱっと見では店名が今ひとつよくわからないが、何軒かの居酒屋が入った飲食ビルだろう。普段はほとんど歩かない渋谷の南にある通り沿いにあり、いつ開いたのかはわからないが、コロナの時期に開いた店なのかもしれない。そういえば飲食店の明かりを消して、人を呼び寄せないようにせよなどというおバカな知事の発言を思い出した。あれは、いつ解除になったのだったか。それとも、まだ生きているのかな?
コロナの時期には色々と学んだが、その中でも最大の事実は大体の地方自治体首長はおバカだということで、その筆頭が日本最大の地方自治体にいた。首都に暮らすということは、人生の何年間をおバカな首長の行政で無駄にすることだと諦めるしかない。
ただ、首都の隣県でも事情はあまり変わりはしない。賢人と言える首長を見つけるのは宝くじを当てるより難しい。

渋谷と同じく街行く人に若者が多い街、高田馬場でも老舗居酒屋がリニューアルしていた。こちらも明るい看板にかわり、入り口から見える店内は明るくなった。若者向け対応のようにも感じるが店内は相変わらず熟年サラリーマン?と高齢者の集団疎開場所の雰囲気がある。若者は100mほど先にある昭和の大衆居酒屋風な店に吸い込まれて行っている感じだ。
社会全体的には、コロナの間で飲酒忌避の習慣がすっかり出来上がったようあり、それは特に若者世代で顕著らしい。居酒屋に郷愁を持っているオヤジ世代が戻ってきてはいるが、その次の世代はすっかり居酒屋を見限っているのかもしれないなあ、などと感じている。
ブームに乗って一気に増えて一気になくなってしまう飲食店は多い。最近でいえばタピオカドリンクの店だろう。一昔前はどこの街にもあった博多ラーメン店もすっかり数が減った。コロナの影響で、居酒屋がまさに滅びゆく業種になりつつある。
そんな時期にあえて逆張りというか生き残りをかけて頑張る居酒屋業界にささやかながら応援していきたいぞ。

ガジェット

おひとり様向け調理器

去年の夏頃だったと思うが、ネットニュースで新潟の金属加工企業が一人用?のホットサンドメーカーを開発したという記事を読んだ。それ以来、ホームセンターに行くたびに調理器コーナーをうろうろしながら探していたのだが、先週のネットニュースで、なんと100均ショップで販売していると知った。当然ながら、探索範囲をホームセンターから100均ショップに変え、家の近くのお店に行ったら、一発でゲットしてしまった。拍子抜けとはこのことだ。
とりあえず朝食用に一枚焼きのホットサンドを作ってみようとチャレンジした。

8枚切りの食パンに、コンビーフ缶詰をマヨネーズを混ぜたものをのせた。ピクルスの代わりに自家製塩ラッキョウを粗みじん切りにして混ぜあわせて、胡椒を多めにかけた。内側はテフロン加工なので油をいれる必要はなさそうだが、香り漬けとしてオリーブオイルを小さじ一杯程度入れた。そこで一度蓋を閉じてパンを折り返してみた。あっけなく折りたたみ型のホットサンド(焼く前)が完成したので、弱火で焼き始めた。
ただ、この半分折り体制はガスコンロの五徳の上に収まりが悪い。五徳を変えるなり、網を敷くなりしないと、焼いている間はずっと手で持っていなければならない。ただ、火の回り方がやたら早いので、手で持っていてもあまり気にならないかもしれない。体感的には普通サイズのホットサンドメーカーで焼く時間の半分くらいで仕上がった。
蓋を何度か開け閉めしながら、あと10秒くらいかなと思って焼いていたら、予想以上に焦げてしまった。10秒ではなく15秒焼いていたら真っ黒になってしまったかもしれない。全体に小ぶりなため火の周りが早いのだろう。焼き作業をしている間、なんだかたい焼きを焼いているような感じがしてきた。たい焼き屋の店頭で見る、型をひっくり返す作業を思い出してしまう。たい焼きよりもっと似ているのが、岩手で見た南部せんべいの焼き作業だ。

完成品はイメージ通りの仕上がりだったが、気がついたことがいくつかある。まず、8枚切りの食パンでは薄すぎるらしい。焼き型の凹凸にうまくパンがはまっていないので、縁だけが黒く焼けやすい。
また、折り目のところに火が強く当たるらしく、そこにも焦げが発生して粉末状の焦げたカス?がやたら落ちてしまう。味には問題ないとは思うが、焼き型から取り出し皿に置くと、皿の上に大量のカスが溢れてしまいそうで見栄えが悪い。
また、プレスの度合いが低いので、パンの端がとまらない。そのため、食べると中身がこぼれてくる。おそらく少し厚めの(6枚切りか)パンを使えば、焼き型通りに端がプレスされて密着状態になり、食べやすくなるだろう。
通常盤のホットサンドはパンが2枚分(両面)なので、軽く食べるというよりガツンと食べる感じになるが、この一枚焼きであれば、軽い朝食や小腹がすいた時にちょうど良い量になる。あるいは味の変化を楽しみたい時にも、パン一枚ごとに変化させることができる。

もともとキャンプ用にと思って買ってみたのだが、普通に朝食用として考えても使い勝手は良さそうだ。ドレッシングであえた千切りキャベツをたっぷり乗せてソーセージを挟み込み、強引にプレスすると真ん中が膨らんだボリューム感あるホットサンドができそうだ。レタスを高さ5cmくらいに盛り上げ、そこにゆで卵を半分に切ったものを乗せてみると、炭水化物、野菜繊維、タンパク質のバランスが取れた完全食になりそうな気もする。
ニンジンの千切りをレモン果汁で和えたラペ風のものにアボカドスライスと合わせる。追加のフィリングに自家製干しブドウの酢漬けをのせれば、カリフォルニア的なビーガン食になるな、などなどあれこれと次のメニューを考えながら美味しく食べた。
パンも食パンではなくカンパーニュやブールのようなすこしハード系なパンも良いかもしれない。お手軽に一人前(軽めの量)ができるのが最大のメリットだ。おすすめです。

駅弁

わすれていた駅弁大会

毎年一月恒例の京王百貨店「駅弁大会」をすっかり忘れていた。FBに乗っている駅弁ニュース?で初めて気がついた。慌てて日程を確かめてみたら、なんと週末で終了ではないか。慌てて出かけてみたのだが、実はこの駅弁大会は販売される駅弁が二通りある。
一つは会場で製造販売する実演型で、こちらは行列に並べば必ず買える。朝イチに行けば、待たされる時間も少ない。それを狙って、同じ客が何個も駅弁を買っているので、同じ行列に並ぶこともある。年によって出展する駅弁業者が変わることはある。毎年必ず出てくる強者もいるので、その年によって買いたい駅弁が2個3個……………と増えることもあるが、朝イチから並べば必ず買える。
もう一つは輸送駅弁と言われるもので、こちらは現地から送られてくる駅弁を販売している。ただし、輸送時間の差があったり、交通事業の問題もあるようで、朝イチに全商品が並ぶわけでもない。だから、御目当ての商品の入荷が昼過ぎになっていたりすると、かなり悩ましいことになる。昼にまた買いに来るか、今回は諦めるか。
そして、輸送駅弁は昼過ぎに急速に売り切れが始まる。やはり着実に手に入れるには、11時前後を狙うべきなのだ。当たり前だが、駅弁ファンは大体この時間に集中して現れるので、長い行列ができたりする。

今回はすっかり出遅れていたので、お目当ての駅弁はほとんど売り切れていた。チラシを見ても、今年は有名どころでもある、賞取り駅弁の販売者があまり参加していないこともあり、少々甘く見てしまったのが敗因だ。
去年がコロナ騒ぎの中でのおっかなびっくり開催だったこともあり、なかなかしょぼい開催だったのだが、今年はほとんどコロナ前に戻った感じだった。会場内の混雑度も昔のような押し合いへし合いまでは行かないまでも、歩くのが大変なレベルには戻っていた。
そんな中、おそらく到着が遅れたため残っていた名品を手に入れることができた。新潟の駅弁ではワン・ツーの地位を占めると思うホテルハイマートの駅弁「にしんめし」だ。
この駅弁は姉妹版として「たらめし」「さけめし」がある。たらめしはすっきりした甘さで煮た棒たらが入っている。ニシン飯は身欠き鰊を甘辛く煮たもので、こちらは独特の濃厚味に仕上がっている。タラとニシンのどちらが好みかによるが、個人的にはクセのあるニシンが好きだ。

身欠ニシンを煮たものが3枚、ニシンの昆布締め。そして数の子とニシンだらけの弁当だ。甘い煮汁が下にご飯に染みていて、これがまたうまい。見た目通り、弁当というより丼系の仕上がりだが、まさしく冷めた米を美味しく食べるための駅弁だ。うましだ。一度は現地の直江津駅で買ってみたい。
実演会場の方も見て回ったが、今年は全体的に牛肉と海鮮丼(カニ中心)のラインナップで、駅弁のバリエーションが少ない気がする。確かにコロナの間に観光客が激減していたせいか、駅弁界も事業者の統廃合が進んだ。メニューの絞り込みも起きている。この先、観光客に頼らない需要創造が生存条件になるかもしれない。ただその過程で、従来の駅弁はきちんと保存して欲しいのだがなあ・

帰りの電車で旅情を味わいつつ駅弁を食べようと特急列車を予約していたのだが、なんと満席状態に近い混雑ぶりで駅弁試食会は諦めた。この3年間は、特急列車のガラガラ状態が続いていたが、どうやらそれも終わったらしい。さすがに酔っ払ったサラリーマンの姿は昔ほどは見かけないが、特急電車内で酒盛りするおっちゃんもちらほらいた。
ゆっくりと世界はアフターコロナに向かっているようだ。

街を歩く

秩父の街歩き

街歩きをするときにはカメラが必需品だった。カメラ機能付きの携帯電話などという便利なものが出現する前は、いつも外出用のカバンの中にコンパクトカメラが入っていた。APSという小型フィルムの規格ができ、コンパクトカメラがずいぶん小さくなった時には素直に嬉しかった。が、それとほぼ同時期に携帯電話にカメラ機能がつき始め、デジカメが一般化してきた。デジカメは画質が悪く記録用としては全く使い物にならないと思っていたが、毎年進化を続け今では旧式化してしまったフィルムカメラを使うことも無くなった。
それ以上に、携帯電話カメラが進化して、スマホ搭載カメラの性能も驚くほど高機能化したため、街歩きにカメラを持たなくなって10年近い。今では一眼レフカメラを持って歩くのは、自分にとってほぼ儀式になってしまった。今日は写真を撮るぞという意気込みでしかない。ただ、スマホのレンズはかなり極端な写真になるので、昔風の端正な写真を撮りたいときには、やはり一眼レフが必要だと思っている。ただ、新機種に買い換えるほどの熱意は無くなってしまった。


ただ、ネットに写真をアップすることを考えると、スマホの方が記録向け機器としてはるかに優秀だ。
街歩きのメモがわりに写真を撮り、メモアプリでコメントを入れておけば、自前の記憶再生能力の衰えを補う有力外部記憶装置になる。年をとって物忘れが激しくなったのであれば、そこは機械で補えば良いと楽観的に考えることにしているし実践している。
なので、秩父の街中を散歩するときには(あるいは旅先の街や、散歩途中の商店街で)パチパチ写真を撮り、後からPCの大画面(27インチ)で目一杯に拡大してみる。やはり、あれこれものを考えるときのヒントとして、写真は実に役立つツールだ。
この秩父歩きの時も、ふと見た看板に書かれている「秩父めし」に興味が惹かれた。最初は店の名前かと思ったのだが、この看板の下に入り口がないことに気がつき、それではと店の周りを一巡りしてみた。

どうやら、これが店名らしい。駅前にありながら喫煙化の表示があるあたり、微妙なローカル感がある。新宿や池袋、渋谷あたりの大繁華街ではすっかり見かけることが減った「喫煙可」サインだが、あちこち旅に出ると比較的目につく。
30代40代男性に関して言えば喫煙率は5割近いので、その年代の男性(オヤジ族)がまだ元気に飲んでいる街・地域では飲み屋の喫煙需要は多いはずだ。逆に大都会では若年層の喫煙率の低下とともに、禁煙店舗が実質的標準仕様になっている。最近では、喫煙室設置に関しても煙漏れに対するクレームのためなのが、設置している店が減少気味のような感じだ。
コロナで息の根が止められそうになっている居酒屋業態でも、オヤジ族中心の店は喫煙、禁煙の選択が悩ましいだろう。普通の食堂やレストランより、もっと大変だろうなと同情してしまう。
そのささやかな抵抗のサインが、この喫煙可に現れているようだ。ただ、個人的には、このサインが出ていると入店するのに躊躇いが出る。しかし、秩父めしも気になるので、開店と同時に店に入りさっさと食べてしまうという作戦を考えている。

その秩父めしを提供する店の横に、普通であれば立ち食いそば店がありそな場所だが、渋い蕎麦屋が一軒あった。この店も妙に気になり店内を覗ってみると、どうやらうまそうな雰囲気が漂っている。秩父には美味い蕎麦屋が多いが駅から遠い場所ばかりで、車がないと行くのが面倒なのだ。この店はくるみのそばつゆも置いてあるようなので、この店も次回に挑戦パート2だな。

街歩きの途中、とある花屋さんの店頭で見つけたこんもりとした茂み?というか屋外フラワーアレンジの一種なのか。趣味が良いなと思ってみたら、なんと小さな看板がかかっていた。これはお店の看板なのだ。
お店の入り口、ファサードの作りには、店主の感性というかセンスが現れる。プラスチックのプランターに入った花を出して良いのは、住宅地の路地裏ぐらいだろう。お店をやるつもりなら、入り口から客を楽しませるエンタテイメントを考えるべきだと思う。秩父の街に限らず、洒落た店はそこがわかっているのだ。
そのお洒落感を当たり前にしている店が多いほど街に人は集まる。オシャレ感ある店頭作りがあるかなしかで、商店街の集合知性が判断できる。シャッター街になってしまった地方の商店街は、その集合地性が働いていない、ということであり、商売の知恵が欠落している。まちおこしをしたいのであれば、まず「見た目」からというのが、長年の街歩きで思うようになったことだ。

もう一軒の楽しそうな店を見つけた。秩父駅から少し離れたところにある、ランプ屋という不思議な専門店だ。焚き火の道具も売っているようなので、最近流行りのキャンプ関連グッズ販売ということだろう。
ただ、ランプと焚き火という、実に趣味性の高い道具に目をつけていることが素晴らしい。これがもう少し尖った方面に進むと、ナイフの店とかガスバーナーの店になりそうだが、それでは守備範囲が狭すぎる。オイル・ランタンのような照明としては時代遅れで不便だが、揺らぐ炎が安らぎをもたらす道具としては効能抜群という、まさに趣味の道具であることが大切だろう。
ファサードからして、うちの店はこういう店だとわからせる強い主張がある。道ゆく誰もが関心を持つとは言わないが、それなりの数の通行人がついふらふらと入ってしまう店ではないだろうか。裏原宿とか奥渋とかいうあたりは、こんな感じの店が集まっている。下北沢では町中がこんな店で溢れているイメージがある。
文化はいつも裏路地から生まれるというのが、我が街歩き観察から引き出した持論なのだが、秩父も街全体で、そういう怪しいテイストを振り撒いているような気がする。まあ、その街で暮らす人にはありふれた光景になっているのかもしれないが。
アニメの聖地として秩父を訪れた若い方達が(年寄りもいるかもしれない?)、こういう店を面白がって秩父に集まってくれば、おざなりのイベント型町おこしよりよほど面白いことになると思うのですがねえ……………