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街を歩く

札幌のルーティン

北の大地というべき風景

太平洋を北上し苫小牧から北海道上空に入ると、そこには幾何学模様に彩られた北の畑がくっきりと現れる。この規則正しく区画された農地は北海道以外ではほとんど見かけることはない。極めて人工的な農地であることがわかる。日本的な田園風景は低い山の間に隙間を埋めるように農地を連ねているため、微妙な高低差もあルカら、棚田のような等高線に合わせてクネクネとした文様がが現れる。決して直線で区切られた幾何学的な模様は出来上がらない。凹凸の激しい不規則な形状が常だ。

米国北部を旅した時、これと似たような光景を目にしたが、さすがに大陸の農地の規模ははるかに大きい。北海道でもその規模には全く敵わない巨大さであり、地平線までほとんど凹凸のない平原が広がっている。その大平原が円と四角の模様で覆いつくされている。地元の知人に尋ねてみると、円形に見えるものはコーン畑のスプリンクラーが描く畑の形状とのこと。長さ100mを超えるスプリンクラーが時計の針のように円を描いて移動して給水するから、畑の形状が丸くなると聞いた。流石に北海道でも円形給水式のコーン畑は見当たらない。ちなみに数十年にわたって地下水を吸い上げコーン畑に給水した結果、大規模な地盤沈下が起き問題になっているらしい。地盤沈下を起こすほどの巨大農業とはねえ。

最近は千歳空港に降りて行くたびにこの畑の様子を見ているが、季節により緑が多かったり、茶色が多かったりするので、見飽きることはない。北海道上陸のルーティンみたいなものだ。

ささみわさびと豚肉生姜まき

もう一つの北海道ルーティンが、とりあえず札幌に着いたら「串鳥」に行って焼き鳥を食べるというものだ。世の中には美味い焼き鳥屋はたくさんあるし、大衆価格の店も多い。チェーン店化したブランドもいくつかある。ただ、北海道的な焼き鳥屋として意識の裏側に刷り込まれてしまっている「串鳥」は、まるでお帰りなさいと言われるような安心感がある。焼き鳥をひと串ずつ注文できるのもありがたい。昔からよく行っている老舗焼き鳥屋は、一皿4串での注文なのでソロ飲みには使い勝手が悪いせいもある。なので、まずは串鳥となってしまう。ちなみに、翌日は寿司屋に行くというのも串鳥とセットの裏ルーティンだ。

席に着いたら好みの串を3-4本頼み、コップ酒を二杯も飲めばルーティン的には終了だ。所要時間は30分程度だろうか。

なんともチープだが、鵜網付きなっている珍品であります

サイドアイテムで鶏皮ポン酢というメニューがあるが、これはよく品切れしている。開店早々に行ってもないことが多いので、おそらくセントラルキッチンで製造していない日があるのだろうなと推測している。あるいは鶏皮の在庫が貯まるまでは作っていないのかもしれない。

だから、鶏皮ポン酢の注文が通ると、今日は何かいいことがありそうな気がするラッキーアイテムだ。(個人的な感想です、誰にでもご利益があるとは限りません)

全国あちこち旅をしたが、その場所に行った時のルーティンがある街は少ない。いや、そんなものがある方が少数派だろうし。

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ああ懐かしの 味噌ラーメン

なんとも昔懐かしいビジュアルなので感動ものだ

札幌で老舗と言われるラーメン店は随分と消えていった。都心部で生き残っているのは味の三平とこの店くらいだろう。すすきのにあるラーメン横丁はすでに同じ店名であっても代替わり、味がわりしているから論外だ。

このラーメン店では醤油ラーメンが定番だと思うが、この時はなぜか隣の客に釣られて味噌ラーメンにしてしまった。次回は醤油ラーメンで裏を返しておかなければいけないなあ。

この店の味噌ラーメンは昨今流行りのコッテリ系味噌ラーメンとは随分異なる。あえて言えば、インスタント麺の名作「サッポロ一番 味噌ラーメン」の原型とでも言えば良いのだろうか。味噌汁的な優しいスープになっている。トッピングは、これも味噌ラーメンの原型仕様といえる炒めたもやし、めんまなのだが、 ちょっと贅沢にチャー酒が乗っているのが若干の変形モードといところだろうか。昔であればスープを一滴残さず飲み干していたはずだが、流石にこの歳になるとそれは避けてしまう。

札幌狸小路5丁目北側、今でも昔と同じ店構えで営業しているのだが、平日は休むことも多いので、週末に行く方がよいかもしれない。札幌で昭和のラーメンが食べたければこの店になるか。

インバウンド客に嗅ぎつけられた店は、微妙に商品もサイドアイテムも変化してしまうので避けたいのだが、外国人があまり来ない店を見つけるのが難しい時代になった。すすきの日本店のある宝龍や旭川味噌ラーメンのよしのなどは今や外国人専門店かと言いたくなる。(だから盛況でもあるが)

札幌でも郊外に行けばまだ老舗が残っているようだが、都心部では貴重な生き残りなのでぜひお試しください。

ちなみに、味の三平は体感的に8割くらいが観光客なので、混みすぎているから地元民が少ないのかもしれないが名店です。

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円山散歩 続き

ぶらぶら歩いていたら面白いものを発見した。円山温泉という「元・銭湯」らしき施設だ。マンション群の中にポツリと広めの駐車場がある。沸かし湯の温泉だろう。今ではすっかり見当たらなくなった札幌の銭湯だが、なぜかこの高級住宅地で温泉として生き残っているらしい。

銭湯がなくなって久しいが、当時は友人が銭湯の後継だったのでたまにその銭湯に行っていた。肉体労働のアルバイトをした後ですすきのに飲みにく時には、すすきのそばにも何軒か銭湯があり、そこで一風呂使ってから飲みに出かけた。当時の銭湯はお風呂セット(洗面器と石鹸・シャンプー・タオルなど)を預けておくこともできた。ボトルキープならぬ、シャンプーキープだ。

銭湯の湯沸かしに使う薪・廃材を運ぶアルバイトをしたこともある。今では都心部のスーパーはすっかり消滅してしまい、郊外に大型のスーパー銭湯が残のみのようだ。となると、この円山の温泉銭湯はレトロ的な意味合いよりも、リソート的意味合いがあるのかもしれないなあ。営業していれば入ってみたかったのだが。

昔住んでいた頃はここに銭湯があったのだろうか。まったく記憶にない。残念ながらこの周りに当時のまま残っている建物はなく、ランドマーク自体が消失しているのだ。それくらい円山地区は様変わりしている。当時は自転車であちこち移動していたから、その日の気分でせまい小路などにも入り込んでいた。街の隅々までとは言わないが、かなり奥まったところも知っていたのだが。今の街並みはすっかり変わってしまい、全く思い出せない。

後であれこれ調べていたら、有名なケーキ屋も無くなっていたし、その前を通る時はドキドキしていた「組」の事務所も消滅していた。そもそも住んでいたアパートは10階建のマンションに変わっていた。近くにあった寿司屋も、当たり前のように無くなっていたのだが、なぜかよく通っていた居酒屋がまだ続いているらしい。

これは一度行ってみなければと思ったが、よく考えると当時の店主の年を、自分はすでに超えているのだから、当然ながら店主はいないだろう。子供が後を継いだか、あるいは縁者が続けているはずだ。当時よく注文していたメニューなど全く覚えてはいない。なぜあれほど足繁く通ったのかも覚えていない。おまけに店内も何度か改装しているだろうから、店に入っても懐かしさなど感じなのではないか。いや、建物ごと建て替えている可能性が高い。となると、残っているのは店名だけということになる。それでも行ってみたい気はするのだ。

次円山散歩は「夜」の部、ということになるのだな。

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吉野家の混乱ぶり

久しぶりに吉野家の牛丼を食べた。個人的には懐かしい味なのだが、今ではこの牛丼を注文するのがやたらと面倒くさくなっている。カウンターにあるタブレットで注文するのだが、注文の画面遷移が実にユーザー・「アン・フレンドリー」なのだ。昔であれば、「牛丼・並」の3秒で済んだ注文が、実にもたついてしまいヘタをすると数分かかるハメになる。主力商品であるはずの「牛丼」が、その他大勢の牛丼もどきやトッピング牛丼の群れの中に混じり込んで、全く見つけにくい。客を馬鹿にしているのと、思わず罵りたくなるほどだ。

ただ、弁明しておくと決して吉野家だけがダメなのではなく、ファストフード全体でタブレット注文システムの仕上がりは絶望的に酷い。使い勝手の良い注文画面を設計できているところは「ほぼ存在しない」と言い切れる。

大手のハンバーガー・フライドチキンチェーンはメニューが増えすぎたことと、クーポンの濫発により、注文途中ですぐに迷子になる。会計にたどり着けたらラッキーと言いたいくらいの迷路構造、だめっぷりだ。それでも主力メニューが単独で注文品できないとか、見つけられないということはない。チキンだけ、バーガーだけ買うのであれば、あまり面倒はない。ただ、サイドアイテムやドリンクなどのカテゴリーを跨いで追加注文をしようとするといきなり難度が上がる。クーポンの有無やセットの値引きと連動するからだ。これが一番イライラするところでもある。

吉野家は行き当たりばったりでメニュー拡大を進めた結果(と自分に思えるのだが)、カテゴリーを超えた商品が多くなりすぎた。メインの牛丼はトッピングオプションで複雑怪奇になっている。それ以外の鉄鍋系定食メニューーやら、カレーやら、しまいには麺類の季節提供などをはじめ、その入れ替え戦・在庫消化のためであろう敗戦処理メニューまで投入しているので、単品注文が直感的にできない。

セットの押し付け販売が強すぎるせいもある。当然、画面遷移は迷路かするので、結果的に行き止まりになったりする。ファミレスのタブレットより使い勝手が悪いファストフードなど、存在価値が疑われる事態だ。そして、吉野家の実態はファストフード業界限定で見ても最低で使いにくいダメ端末だ。(まあ、ファストフードはどこも似たようにダメダメばかりだけれど)

吉野家にとって、提供時間が「早い」はもはや過去の栄光でしかなく、「安い」とは程遠い値段となり、「うまい」についてはいささか疑問が残るメニューが増えすぎた。

どうした吉野家、と言いたい。その利益率の高さで業界を震撼させた、あの吉野家の強さはどこに行ったんだろう。今の吉野家のメニューを見ると、外食先進国である米国でテーブルサービスの大衆価格チェーン店がどんどん潰れていた時のことを思い起こす。同じ病にかかっている気がする。選択と集中は、いつの世でも勝利の方程式のはずだが。

今の吉野家に必要なのは、辛い牛肉つけ麺などではなく、値段は倍になるが三倍美味い牛丼という選択肢ではないのだろうか。

まあ、個人的に言っても吉野家の牛丼は価格と時間と味のバランスでコスパが良い食べ物だった。絶対値として美味い食べ物ではないが、やめられない、クセになる味であり、満足度の高い商品だった。その主力商品の価値が薄まっているのだから、やはり事態は深刻なのだと思う。それともすでに牛丼屋として生きて行くことを放棄したのだろうか。

どうした吉野家、がんばれ吉野家、来週も食べに行きたいと思わせてくれ。

今、吉野家が、あるいはファストフードが見習うべきは、テーブルサービスの成功者であるサイゼリヤとぎょうざの満洲だろうなあ。どちらもタブレットは導入していないがオペレーションレベルは高い

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円山散歩

札幌市中央区円山は、いわゆる高級住宅地であるらしい。ふと思い立って、午前中は円山を散歩してみることにした。

地下鉄円山駅周辺は北海道神宮、円山公園、円山動物園など観光・行楽スポットも多く、地名の由来である円山も近い。札幌は明治の開拓時代に京都を模して作られた街なので、東西南北の道路で碁盤の目のように仕切られている中心部と、その外辺を取り巻くような周辺部がある。円山はその中心部と外苑部の中間に当たる。

京都を東西に反転させたような街づくりになっていて、円山は京都の東山地区を想定されたようだ。今でこそ都心地域扱いされているが、明治初期には冬になると中心部とは行き来が途絶える田舎であり、冬の北海道神社参拝は困難であるため都心部に頓宮(支店・出張所みたいなもの)が置かれるほどだった。

その円山地区も今ではすっかりマンション街に変わっっている。自分も一時期はこの地域住んでいたことがあるが、当時は木造二階建てアパートがマンションと呼ばれていた。今では10階建以上の「高層住宅の別称である「マンション」」が町中をひっしりiと埋めている。

そのマンション群の一角に、昔あった円山市場が規模縮小して営業していた。最初はミニまるの意味がわからなかった。英語のMinimalなのかと思ったが、そうではないようだ。ミニ円山市場ということだろう。中には八百屋、肉屋、魚屋、惣菜屋という市場の主力メンバーが残っていた。昔懐かしの惣菜屋はなかなか素晴らしい商品ラインナップだったので、ついつい二品ほど衝動買いしてしまった。豆腐のおからを煎った「うのはな」とイカゲソフライだ。どちらも昔は低廉価格惣菜の代表選手だったが、今ではすっかり高級品になっていた。

地下鉄駅からぶらぶらと南下して、昔住んでいたあたりまで散歩をした。知らないうちに面白い店ができていた。ドイツパンのベーカリーだった。中に入ってパンを物色してみたのだが、ドイツパンという割に甘いコーティングを施したパンも多い。ハード系のパンや、北欧の特徴的なライ麦パンを期待していたのだが、どうもフランス系のパンが多い。一般的はフランス系のリッチテイストなパンが好まれるのだろう。お目当てのカイザーゼンメルは見つからず、ハード系のくるみパンを一つ買ってみた。というのも、この日の朝飯がパンだったからだ。

泊まったホテルの朝食は、隣接するセルフ喫茶店で食べるシステムだった。ミールクーポンをもらい一旦ホテルを出て10mほど離れたところにある喫茶店に行く。そこでA/B/Cセットの一つを選ぶというものだ。なんとも合理的と言えば合理的だが、朝の7時でありながら店内は満席の混雑ぶり。どうやら高校生の修学旅行ご一行様が同じ宿に泊まっていたらしい。テイクアウトもできると言われて辺りを見渡すと、確かに袋に入った朝飯を持って友人を待っている高校生がたくさんいた。

よく考えれば、この日の朝飯をテイクアウトして円山公園で遅めの朝飯を食べるという手はあったのだなあと、ドイツパンを買った後で思いついた。衝動的な散歩は、そんな計画を立てる前に動き出してしまう。やはり衝動的な行動はあまり得策ではないのだなあ。

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渋谷で朝飯 目に云う メニュー

JR渋谷駅ハチ公前広場はここ数年ずっと工事中だが、その広場にある大型看板を定点観測?している。今回もスポンサーは二団体で、下は詐欺撲滅プロジェクトという社会的意義のあるもの、上は商業広告で、上下を蓮張するのはしばらくお預けらしい。この巨大広告は工事中の間だけのものだと思っているが、駅前再開発が完了した後はどうなるのだろうか。

などと思いながら渋谷の街中に入り、所用を済ませると朝飯を食べるのだが、ここしばらくはほぼ毎回カフェでカイザーサンドが続いている。単純に好みの味だということもあるが、実は作り手により見栄えが変わる「楽しい商品」だ。

今回の製造者?は女性だったが、これまででいちばんのフォトへニックな仕上がりを見せてくれた。作成マニュアルはあるはずだが、作り手によってこれほど見栄えが変わるのも珍しい。某大手ハンバーガーチェーンの製品は、開封しても中身が見えるようなバーガーにはなっていない。食べ物としての魅力は半減しているが、それはそれと諦めてしまっているので気にもならない。ただ、このような見目麗しいサンドイッチを見ると、より料理は目で味わう、愛でるという気がしてしまうのであります。

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新宿の蕎麦屋で、本当に一杯

IPhoneのレンズ特性のため、こんな感じに画像が歪む
魚眼レンズ風の写真になるのは好みではないのだが

西新宿、高層ビル街の外れにあるホテルの地下になぜか立ち食い蕎麦屋がある。正確には立ち食いではなくカウンター席だけの店なので、立たずに座って食べられる。

その蕎麦屋の社長の投稿が面白くて継読しているのだが、曰くうちの店で一杯飲むには…………というのを真似してみようと、近くの店を探したところ、意外と都内には行きやすい場所に店がない。最も近そうなのが西新宿だった。昼の胃ピークは酒て言ったのだが、場所柄なのか昼前なのにそれなりに混み合っている。おまけになぜか外国人観光客までいる。今の日本の食文化を学ぶとでもいうのだろうか。伝統的な老舗蕎麦屋ではなく、大衆的な立ち食い系を選ぶ心理がわからん。

投稿ではよくわからなかったが、者と湯がいうように居酒屋がわりに使えるかというといささかきになる。まず酒の種類が少ない。缶ビール、間チューハイで日本酒はない。つまみは基本的にそばのトッピングだけだが、それはそれで十分だ。値段はどれも安いので、確かに千ベロとはいかないかもしれないが、かなりリーズナブルではある。

今回は、自分の好みのアレンジとして、かつカレーのライス抜きをしざくしてみた。温かい蕎麦つゆのみも販売しているので、天ぬきを自作しようとして海老天も揃えたのだが、肝心の梅雨を頼むのを忘れてしまい面倒になり海老天に醤油をかけて食べた。

結論として、西新宿の店は狭すぎるのであまち飲み使いには向いていないが、時間帯と店を選べばそれなりに楽しめそうな気がする。

実は注文する時にすかり忘れていたのだが、モツ煮も売っているのだ。これで日本酒を置いてくれれば自分で作成する天抜きとモツ煮、天プラ盛り合わせで、締めにはツルッともりそばという、かなりレベルの高い飲み方ができるのだがなあ。缶ビールはちょっと寂しいので★はふたつかな。

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韓国料理の居酒屋………すごいなあ

女子には圧倒的な人気がある韓国料理屋だが、男同士で行くことはまずあり得ないなと思う。特に高齢者集団ともなれば、その手の冒険的な店には手を出さないものだ。そもそも韓国料理と焼肉屋の違いをよく理解していないのも、男性の方が圧倒的に多いと思う。

思い立ち、某居酒屋チェーンがじわじわtお店数を増やしている、韓国料理居酒屋に行ってみることにした。この居酒屋チェーンはターゲットを絞り込んだコンセプトをいくつか作り、尖った店作りをしている。沈没寸前の居酒屋業態では注目に値する業態再生を行っていると注視している。

最初に手を染めた業態はいわゆるセンベロ、一千円でベロベロに酔える中高年男性向けの居酒屋だった。これは予想外に金のない若者を吸引することになり、店内には20代前半と50-60代男性が共存する不思議空間となった。親父の店のはずが、イエーと奇声を上げる若者集団も取り込んでいる。最近では女性の一人飲み需要も吸引している気配がある。

もう少し若者向けに絞ったのが、海鮮居酒屋の低価格版だが、こちらは流石に魚料理の低価格化がむずかしいようで、今では単純に安い居酒屋となっている。店舗数は増えていないから、これは再生?が必要な転換な業態候補だろう。

そして、中年女性グループに焦点を当てたのがこの韓国料理居酒屋と見ている。当然、メニューは女性に人気のあるラインナップになるはずだ。酒に関しても日本酒・ハードリカー系ではなく割りもの・カクテルもどきが中心にバリエーションが必要になるはずだ。

そんなことを考えながら入店した。最初に感じた違和感は、あれ?手羽先の水煮?と思ったが、どうやら同行者が注文したらしいメニューで、名はよくわからなかった。サンゲタンの親戚みたいなものだろうか。

韓国料理は自分が現地で経験した範疇で言うと、基本的に減塩食だ。日本人的な感覚では塩の量がほぼ半分という感じがする。

典型的なのが焼肉で、タレをつけて食べない。最近では日本でも当たり前になってきた、葉野菜で肉と辛い味噌を巻いてたべる。辛い味噌も塩味は控えめだ。韓国では無料で出てくる各種キムチも挟んで巻き巻きする。焼き肉と言いながら野菜とのコンボが原則というヘルシーさだ。日本的な焼き肉に近いものは、専用鉄板鍋の上でジュージュー焼けてますという感じのプルコギだが、これも肉は甘辛く味がつけてある。

日本にある一般的な焼肉店は、どうも日本独自に発展したいわゆる半島インスパイア料理らしい。そんなことをあれこれ考えながら、次々と焼肉屋では見かけない料理を平らげて行った。どれもしっかりとした味付けだから、韓国料理としては塩辛いのかもしれない。やはり日本アレンジなのだな。

スンドゥブは濃厚な豆腐の味噌汁?的なしろもの

スンドゥブももはやすっかり一般化したが、それでも辛くて酸っぱいスープは昨今の麻辣スープにつながるアジア系料理浸透の先兵だった。はずなのだが、これがあまり辛くない。個人的にはもう少し刺激の圧がかかっているほうがよいのだが。これも日本的なマイルド変化なのだろうか。

野菜を食べるならナムルがいいなと思い、それに合わせてマッコリも注文した。この酸っぱい酒は古代の日本酒に近いらしいと誰かに聞いた。本当だろうか。半島の人々はいつからこの酒を飲んでいたのだろうか。米づくりが始まる頃から飲んでいたのではないか。よく考えれば、米作りとともにマッコリがこの国に持ち込まれたはずだ。それがどぶろくとなり、清酒系の強い酒に変わっていったのか。

ただ、唐辛子のように日本から半島に持ち込まれた逆輸出型の食品・食文化もあるしなあ。まあ、米とマッコリがセットで輸入されたというのが自然だろう。

おっちゃん三人という、この店では異色のグループであれこれ注文して2時間ほどいたのだが、店内の雰囲気やメニュー構成を見るとやはりオヤジは基本的に排除の方向だろう。女性グループが入ってきたら、50歳過ぎのオヤジがワイワイ騒いでいてはすっかり興醒めだろうし。

もう一度行ってみたい気がするが、次回は女性同伴の方があれこれ勉強になりそうだ。半島の料理=唐辛子とニンニク。という認識はあまりないのだけれど、野菜の食べ方といいう意味で韓国料理は勉強になる。ただ、そうなると韓国人のオバちゃんが経営する小ぶりな店の方がもっと良さそうだなあ。大久保か上野に行くことになりそうだな。

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ファミレスのサラダのあり方を考える

ファミレスに行ってサラダを注文することはほとんどない。いわゆるミールサラダ、主食になるサラダの開発を怠っているせいだ。アメリカのカジュアルダイニングに行けば必ず存在するミールサラダは何故日本で出現しないのか。そこは野菜流通の課題も大きいのだが、何より「野菜がご馳走」と思わせる商品開発力の不足だと思う。

低い原価で満足度の高い商品となるとどうしても、味濃いめ、脂多め、肉系統になる。典型的なのがハンバーグだ。肉の質で勝負すルステーキからは逃げ出し、あれこれ混ぜ物を入れることで増量可能なひき肉料理でなんとかしようとする。これが日本におけるファミレスのリアルな商品開発の論理だろう。その論理の上には、調理技術で差をつけられる野菜料理でメインを作る、という困難さは最初から放棄するしかない。要は、ヘタレなのだ。

この混ぜ物の技で誤魔化す料理手法は、本来は町場の中小規模食堂が考える手なのだ。焼き肉に対するホルモン焼きや牛すじ肉を使った煮物、焼きそばに米を入れて増量した蕎麦飯など、庶民の知恵とでもいうべき低原価のうまい料理はたくさんある。

ただ、中小企業とは違い大手であれば大量な原材料確保による購買力と、セントラルキッチンによる加工の合理性追求により、安価で安定した商品を出すことができるはずなのだ。それをサボるのだから、「経営者の顔を見せてくれ」と言いたくなるような残念なものしか出てこない。特に最近は酷い。

サイゼリヤだけがその一般的なファミリーレストランのやり方を否定して、我が道を行く感がある。正面切ってサラダを売ろうとしているのだ。それもよく喫茶店のランチセットについてくる小皿サラダみたいなちまちましたものではなく、肉料理の手前で食べるためのボリュームがあるサラダを目指している。

そんなことを思いついて、サイゼリヤで小エビのサラダを単品で頼んでみた。ミールサラダというほどの量はない、あくまで肉料理が出てくるまでの繋ぎであり、注文して即出てくる時短メニューだ。今回はドレッシングが多すぎるかなと思ったが、まあ、それはオペレーションの揺れの範疇だろう。

そしてこのサラダを食べ終わる頃に肉料理が出てきた。抜群のタイミングと言って良い。サラダとメインの肉料理の間に時間が空くと、食事としては間が抜ける。サラダを提供することを本気で考えるのであれば、このメイン料理との提供時間差を合わせるという難事を克服しなければならない。

サイゼリヤという企業は、コストカットの鬼と関連業界では思われているが(そしてそれは正しくもあるのだが)、実はコスト以上に時間マネージメントの意識が強い企業だと考える。

低価格を支えるオペレーションについて、そろそろ外食企業は理論武装をするべき時期だと思うのだが。ファストフード業界ではだいぶ進んでいると思うが、テーブルサービスではサイゼリヤ以外では、どこが見どころのある企業を探し出すのが難しいのだ。おそらく次のエポックメイキングなことを始めるのは、ステーキハウス業界だと思うけれど……………

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辛いラーメン ニンニクマシ?

幸楽苑でたまに登場するゲテモノ系?ラーエンは実に楽しみだが、だいたいどこかのパクリだ

辛いラーメンを見るとついつい注文したくなる。食べている時は楽しいのだが、問題は食後5ー6時間たった頃にやってくる。おそらくカラミの何か、唐辛子の種類なのか、香辛料の配合なのかはわからないが、かなりの確率でお腹が痛くなる。だったら食べなければいいのだが、必ず腹痛を起こすわけでもない。なのでついつい……………おバカなのだと思う。

ニンニクマシマシラーメンも同様な結果を招く。どうも腸内環境がニンニク成分により破壊されるらしい。ニンニクの効いた料理は好きだが、やはりかなりの確率で酷い腹痛を起こす。

その辛さとニンニクが合体したモンスター級のラーメンを食べた。覚悟の上で食べた。しかし、何も起こらなかった、というのはほとんど奇跡に近い。こういうこともあるから辛いものを食べるのがやめられない。人の業というしかないなあ。

幸楽苑は頻繁に季節メニューを投入する「マーケティング指向」の強いラーメンチェーンだが、やはり商品としての仕上がり精度が下がっている気がする。商品の完成度が未熟のまま市場に放り出した感がするものも多い。ただ、個人的にはその未完成ラーメンが実に好みだ。できれば廃盤にしないで何度か改良を続けて欲しいものだと思うのだが、残念ながら季節メニューから定番にのし上がったものはほとんどない。そこがいけないと思うのだがなあ。

今回のニンニクたっぷり辛いラーメンは、できれば数年がかりで育て上げて欲しいものだ。それくらい可能性があると思うのだが……………お腹がなあ。