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街を歩く, 食べ物レポート

セコマのパン

随分前だが、自宅周辺のスーパーで羊羹パンを見つけた。それと同じものを札幌駅の土産物販売店で発見して、ようやく納得した。この羊羹パンはかなりロングライフで普通のスーパーで売っている菓子パンとは違うなと感じていたが、土産物用だったのだ。隣に並んでいるどら焼きと同じ扱いで、「生」な食べ物ではなかった。気になっていた小さな疑問が解決するのは嬉しい。

その羊羹パンみたいなちょっと変わったパンを探そうとすると、セコマに行くのが良い。北海道パンライフのライフハック?だ。セコマの商品開発陣は相当に尖った線を攻めてくる戦闘的チームなので、たまには大ヒット商品を送り出してくるが、凡作というか「アレっ」と思う怪作も多い。まあ、そこが楽しみなのだ。今回の新商品の一つは復活商品らしい。「ごまあんぱん」と言われれば、確かに普通のアンパンではない。串団子に使われるごまだれみたいなものだろうか。

あれこれ考えながら食べてみたが、普通に胡麻の味・香りがするあんぱんだった。なぜこれが一度廃番になり、なぜ今回復活したのか、その辺りのドラマがわかればもっと楽しめそうだなあ、などと考えつつあっという間に完食した。確かに胡麻味の餡はうまいと思う。

怪作というべきなのだろう「カレースパ」の調理パンも同時に発売中だった。焼きそばパンの変形ということは見ただけでわかる。ただ、カレースパ自体がマイナーな存在のような気がするので、なんとも形容しがたいというか・・・。
去年発売されていた味噌ラーメンパンが予想以上に旨かった記憶がある。ひょっとしたらこれもイメージとは違う凄さがあるのかと期待してみた。セコマパンの尖り具合が発揮されていると思った。
結果は、やはり「怪作」だと思う。言葉のイメージ通りの味だが、スパイシー感はほぼない。まあ、セコマだし、こんなこともあるよと笑って済ませれば良い。「怪作」は怪作なりの楽しみ方がある。後悔したりしない。

それにしても4月という特殊な時期のせいか、新商品があれこれ登場していた。セコマ得意の山わさび風味のちくわパンは怪作的な新作だろう。ただ、食べてみれば思っていたほど山ワサビの鼻にツーンとくる感じはしない。ちょっと期待はずれかもしれない。
十種の野菜のカレーパンは、どんな野菜が入っているのだろうと思ったが、食べてみるとあまり野菜感が感じられない。ソースの中に野菜が溶け込んでいるのかと好意的に解釈することにした。これは「凡作」というところか。カレーパ好きには物足りない気がする。
クイニーアマンは、「言ったもの勝ち」という典型的な名前だけパターンで、クイニーアマンに似たようなもの、似せて作ったものとして寛容に受け入れるべきだ。ただ、甘いパンとしての仕上がりは抜群に良い。表面のカリカリしたキャラメラーゼが絶妙だ。また書いたいと思わせる仕上がりだった。だから、これは違うネーミングにすればもっと売れそうな気もする。洋菓子好きには逆効果なネーミングだから、その点が惜しい。
どのパンをまた買ってみたいかと言われれば、このクイニーアマンがダントツだ。

なんといえば良いのか、チープシックという言葉がよく似合うのがセコマのパンなのだが、やはり「怪しい新作」を試して、かつそれを許す度量が要求される。セコマファンは心が広くなければ続けられないようだ。
新作のアイスは抜群の出来だったが、その話はまた別の機会に。

街を歩く, 食べ物レポート

札幌駅高架下の名店

札幌駅高架下は細々とした商店が続く裏小路的な空間だ。その西のはずれにあるラーメン屋は、それなりの歴史のある名店だった。ここ最近は伝統的味噌ラーメンが食べたくなると、この店を訪れることが多い。味噌ラーメンといえば三越の向かいにある文具店ビルに店舗を構える「三平」が元祖らしく、そちらの味噌ラーメンも捨てがたいが近くて便利な方に足が向く。
個人的な嗜好であるのは間違いないのだが、豚骨系のコッテリスープは「味噌味」には合わないと思う。昔ながらのあまりコラーゲンの入っていないサラサラ系スープが味噌ラーメンには好ましい気がする。

見た目通りの味噌味のラーメンにホッとする。この店はチャーシューも売りらしいのだが、そこにあまりありがたみは感じない(失礼な客だと反省しつつ)。やはり麺とスープのバランスというか、中太よりやや細めのちぢれ麺がスープによく絡むのが旨さの原点だと思う。これこそが札幌ラーメンだろうと、自己満足的に納得する味だ。

ラーメン屋の品書きとはこうだったはずだと思わせるシンプルさ。味は味噌・醤油・塩の三種。麺の選択なし。茹で加減の選択なし。ただし、この品書きには載っていないがチャーハンがある。品書きの上に貼られた「大人気のチャーハン」と書いてある。どうも、ラーメン屋なのに炒飯の方が人気らしい。隣の客はラーメンと炒飯をセットで注文している。反対隣の客はチャーハンのみだ。
胃袋が二つあればなあ、とたまに思うが、まさにそんな状況で、ラーメンも炒飯も食べたいのだが胃袋の限界は理解している。次回は「チャーハン」にするかと悔し紛れに自己弁護する。でも、次回もまたラーメン頼んでしまうんだろうな。永遠に炒飯とは巡り会えない気がする。うまいラーメン屋特有のエレジーというべきか。

街を歩く

札幌のごま蕎麦

蕎麦屋の楽しみの一つが、蕎麦を食べ終わった後に飲む蕎麦湯だと思う。その蕎麦湯を出してくる器、湯桶がその蕎麦屋のステータスを決めるとし信じている。店主のこだわりみたいなものだろうが、これがプラスチックの丸い筒みたいなやつだと、どんだけ美味い蕎麦を出しても個人的には失格扱いだ。2度と行かないとまでは言わないが、まちのなんでもある蕎麦屋認定をしておしまい。さすがに神田の老舗蕎麦屋ではそんな無様なことはないが、上野から浅草、深川あたりでは結構な数の店がプラ容器を使っている。縁のかけたどんぶりで蕎麦を出すようなものだとは思わないのだろうか。あくまで個人の嗜好の問題でありますが。札幌のお気に入りの蕎麦屋では、立派な湯桶に蕎麦湯がなみなみと入って出される。これが蕎麦屋の標準ではないか。

札幌では名前が知れた蕎麦屋の代表の店だが、その店にも店頭にサンプルが並べられている。ただ、このサンプルが全店同じではない。各店オリジナルのそばメニューがあるようで、時間があるときはこのサンプルをゆっくり眺めるのが楽しみだ。個人的な好みで言えば納豆そばなのだが、最近は人気がないようで、サンプルケースの端に押し込められていることが多い。伝統的な天ぷらそばよりさまざまなネタが載ってそばの方が人気筋のようだ。

入口の暖簾より前に消毒液が置かれているのが、まさに今風の世界を感じさせる。時代の変化は大袈裟なことではなく、こうした細々としたところに現れるものらしい。

胡麻そばとは高級なそばのことだとずっと思い込んでいた。どちらかというと茶そばのような蕎麦粉に練り込んだ蕎麦だから、高級蕎麦というより変わり蕎麦なのだろう。自分の舌が変化したのか、そばが変化したのかはわからないが、どうも最近は麺の太さがマシ、ツルッと啜るよりもっそりと噛むタイプに変わってきたような気がする。ただ、これはそばの吸引力が落ちたせいかも知れないので決めつけてはいけないが。50年も続いていれば蕎麦もツユも味が変わってしまうものだろう。
東京のお蕎麦とは違う、お蝦夷のお蕎麦として長く続いてもらいた。

街を歩く

「4丁目」のあれこれ

渋谷といえばセンター街や道玄坂が代名詞になる。新宿と言えば歌舞伎町、銀座といえば三丁目の和光だったりする。札幌で繁華街の代名詞といえば、「4丁目」になるだろう。駅前通りが3丁目と4丁目の境界線だが、大通公園の南側、つまり南1丁目周辺を指して「4丁目」という。その4丁目の交差点、北東側に三越がある。全国の三越にあるらしいライオン像からマスクが外れた。コロナ感染拡大防止のお役目は終了し、火災予防を宣伝中だった。街角の風景から世相を見るとすれば、これは結構象徴的なモデルチェンジだと思った。

その三越の反対側にあった「4丁目プラザ」通称4プラが解体工事に入った。大袈裟にいえば、札幌の若者トレンドをひっパテきたファッション型雑居ビルで、これまた向かいにあるパルコと並び、街に来たらとりあえず覗く場所だった。ちなみに札幌市民の大多数は、4丁目界隈に買い物などに出かけることを「街にいく」と言っていた。今では、変わっているかもしれない。国鉄時代は汽車に乗ると言っていたが、今ではJRで行くみたいな言葉がわりもある。札幌駅も巨大繁華街になり、街へ行くでは大通りに行くのか札幌駅に行くのか区別がつかない。

その「街へ行く」時代から続いている店が、4丁目のハズレというか、5丁目にある。このコロナの荒波にも負けずよくぞ続いていてくれると言いたい。もはや創業以来半世紀を超える老舗ラーメン店だ。味は昔から変わらない気がする。知らないうちに調理場のメンバーも変わっているなと思ったのが、平成中期だった。
ガツンと化学調味料が効いた味噌ラーメンは、たまに無性に食べたくなる。醤油ラーメンに至っては、ススキノの宝龍とならぶ伝統芸的なものだ。今風の「濃厚」系ラーメンとは別物だが、味が濃いのが特徴で具材は少なめ。こういうラーメンで育った舌は、いわゆる関東の支那そばに馴染めない。今では全国豚骨濃厚ラーメン、鶏白湯泥理系ラーメンが主流なのでローカルさなど無くなっているが。

その隣にあるzaziもすでに50年近い歴史がある。札幌のオシャレ系喫茶の先頭集団にいたはずだが、そもそも喫茶店がほとんど消え去る時代になっても、いまだに頑固に営業中というか生存中だ。まだファミレスが少ない時代、喫茶店は街中にある「小粋な食べ物屋」として貴重だった。なぜかスパゲッティ(当時はパスタとは言っていない)よりも、カレーやピラフといったライスメニューが多かった記憶がある。今のシャレオツなカフェ飯とは随分異なっていた。喫茶店の具の少ないカレーは、それぞれの店でアレンジが異なっていて、店によって好みが分かれた。
4丁目界隈にあった「若者向け」の店はほとんどなくなり、生き残った店はジジイな常連がひっそりと生息しているらしい。今や、若者はどこに行っているのだろう。

街を歩く

パルコにスシロー

吉祥寺でふと思いつき、回転寿司に行こうとネットで検索してみたら、スシローが見つかった。場所をよくよく確認してみるとパルコの中らしい。おやまあ、時代が変わったものだと感心してしまった。パルコの飲食店といえば、それなりにおしゃれなブランドだったような記憶があるが、そこに堂々と回転寿司が入る時代になったのだ。
パルコの飲食店は小降りの店がごちゃっと入っているイメージがあったので、スシローみたいな大箱店舗が入ったら他の店はどうなるのかも気になった。
そして最上階の飲食フロアーについてみると、なんとスシローしかない。パルコという商業ビルは、こういう変化をしてしまったのかと思い知らされた。
外食に限らずパルコの中では群雄割拠というか、小さな店が「わいがや」的に競い合っているというのが魅力だったと思う。いわゆる尖った店の集合体みたいなものか。それが、ワンフロアー独占の一強百弱な「勝ち組」が支配する世界になってしまったのだ。最近、時々こんな感じで時代の変化を思い知らされる。

みたいなことを入り口で感じてしまい、注文がおかしくなってしまった。最初にフライドポテトを頼んだのは、ちょっとした抵抗みたいなものだ。揚げたてであつあつのポテトを食べると、微妙な気分になる。うまいけど、悲しいみたいな感じだろうか。ちなみにケチャップが欲しかったのだが、レーンには回っていないし、パネルにケチャップがあっただろうか。

気を取り直し、キャンペーン中の蟹のほぐし身とウニの包みを注文した。まずまずのビジュアルで、こおすすめメニューとしては「アリ」だった。この海苔を巻かない海苔巻き?も、スシローメニューとしては、すっかり定着した感じがする。ただ、一口で食べるのがちょっと面倒くさいサイズだ。そこの改善はどうなっているのだろう。ネタ単体で勝負ではなく、アレンジメニューでバラエティーを作り出すのは、まさに創作だと思う。ただ、豪速球ではなくかなりスピードのゆるい変化球みたいな感じがする。

相変わらずの「魚レス」注文で、巻物主体のまま注文終わり。平日の昼下がり、店内がら空きだからのんびりできたが、週末だとファミリー客でいっぱいになるのだろう。
昔は7−8軒の和洋中レストランがひしめいていた空間で、スシローが単独でバラエティーを提供する時代かあ、などとため息をついてしまった。回転寿司でラーメンやうどんが注文できる時代だ。すでに回転寿司はファミリーレストラン化している。
最後に締めはアイスにしようかななどと考えていたのだから、もはや回転寿司は「デパートの大食堂」に近いところまで進化しているのだ(きっと)。

街を歩く

パン屋のPOPが秀逸すぎる

吉祥寺のパン屋で思ったことだが、繁盛店はPOP作りがうまいということだ。「本日のおすすめ」的メニューが昼前に売り切れてしまうというのは、確かに人気店の証明だと思うが、それを目当てに来た客にとってはちょっと残念な気分になるはずだ。
そこを「工場で只今作っています」とあれば、つい尋ねてしまいたくなる。「何時に次はでてくるのかな?」
10分くらいであれば待ってみようかななどと考えてしまう。

POPの二重化というのも荒技だ。クリームパンの説明の上に、「とろける旨さ!」と追い打ちをかける。まさに言葉の力というものだ。ついふらふらと手が伸びる。いつものクリームパンのはずなのに、なぜか今日は特殊なクリームパンに見えてくる。

北海道ローカル名物であったちくわパンを、最近首都圏のあちこちで目にする。豆パンもすっかりポピュラーになってきた。北海道文化が広がったと言い張るつもりもないが、やはり研究熱心なパン屋さんは全国あちこちの「うまいパン」をさがしてくるのだろう。ただ、ちくわぱんがヘルシー扱いされるようになるとは、これまた東京的進化なのかもしれない。北海道では「小さいがこってりうまい」的な評価だったと思う。

全国どこでも人気のメロンパンをどう差別化するのかは、パン屋さんにとって大きな課題ではないか。メロンパン好きとしては、そこがいつも気になる。パン屋に入って最初に探すのはメロンパンだし、どの店でも売上人気ランキングではメロンパンがいつも上位にある。
こちらの店の推し文句は「GOLDリッチ」だが、意味がわかるようで実はよくわからない「不思議」ネーミングだ。実食した感想は、普通においしいメロンパンだった。それでも、買う気になったのは、この「何やら旨そう感」溢れるネーミングのせいだったので、パン屋さんの作戦勝ちだった。いまだに、何がGOLDで何がリッチなのかは理解できていないが。
この店が自宅近くにあれば、週一で通うのは間違いない。ただ、電車に乗ってバスを乗り継ぎ1時間という距離は、かなりつらいかなあ。吉祥寺に住みたい、と久しぶりに思わせてくれるパン屋でありました。

街を歩く

琴似で酒を飲む

駅から100mも離れていない至近立地

札幌の繁華街といえば、昼は大通り公園付近、夜はすすきのと決まっている。それ以外のプチ繁華街といえば、地下鉄の元・終着駅であった琴似(東西線)や北24条(南北線)があたる。地下鉄が延伸するまでバスセンター機能があり、地下鉄からバスへ乗り継ぐ客相手にそれなりの繁華街ができていた。
琴似の地下鉄駅周辺には当時の名残も含めて、居酒屋やレストランが多い。すすきのと違うのは飲食主体の店がほとんどで、接待主体の店はススキノでお楽しみくださいという棲み分けになっていることだろう。
昔は接待主体の店もあったようだが、今ではすっかり駆逐され住宅地の飲み屋街となっている。近くにオフィスがあるサラリーマンの、わざわざススキノまで飲みに行くのも面倒臭いね的な需要を満たしているようだ。
帰りのタクシー代も安いし・・・という世知辛い懐事情もありそうだ。

刺身が売りの店なので、店頭の看板も「サカナ推し」だ。大手チェーン居酒屋で出てくる刺身とは正直にいって一段二段はレベルが違う。最近不調が伝えられる居酒屋業界だが、やはり質と価格をバランスさせている店は強い。大手居酒屋チェーンが提供していたサービス・商品は、結局のところ食べ物ではなく「場所の時間貸し」だった。食の楽しみを無視していたとまではいわないが、商品に力が入っていなかった。だから、大手居酒屋の不調とは、コロナの時代には「食事を求める客」はいても「時間貸しの場所」は必要とされなかったというのが原因だろう。
今では「おいしい食べ物を」「少人数で」というのが客の求める形だ。店舗運営するものが、その意識変化を十分理解して店舗運営をどう変えられるかが、生き残り条件となった。大人数の宴会が復活するには、この後何年もかかるだろう。それまで待ってもいられないだろうし。

真ん中の白身はサメガレイ これがうまい

地元の魚が中心の刺し盛りが良心的な価格で提供される。マグロやイカが入っていないのは、このご時世で立派なものだ。個人的な意見だが、海なし県以外では自分の周りの海で採れたものを食べていれば良いのではと思う。群馬や長野でマグロの刺身を食べたいと思わないが、そもそもマグロも近海で揚がったものを地域名産として食べていれば良いのではと思う。サーモンも大西洋から空輸して食べなくてもよい気がするのだが。

最近ではすっかり漁獲量が減ってしまった、元・大衆魚?のイカ加工品、「イカペン」というらしい。イカのすり身を棒に巻いて焼いたもの、というか「イカのつくね」みたいなものというか、形容が難しい。
イカのハンバーグっぽい感じがする。マヨネーズをつけて食べるのがおすすめらしい。イカ好きにはなかなか嬉しい食べ物だった。お値段は微妙で、焼き鳥串の2倍程度だから高級串になる。
ススキノの真ん中でこういう「当たり」の店を探すのはなかなか難しい。おまけに「当たり」の店は大体混雑していて予約が取れないこともある。だからススキノを外してちょっと札幌市の郊外に寄れば、まだまだ隠れ名店は多い。グルメランキングには出てこない「口コミ」の世界も捨てたものではないのだよ。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

ファストフードなステーキ 

今回で1000回目になった。ほぼほぼ食べ物の話だけで、飽きずに書き連ねたものだ。原因はコロナの流行で在宅時間が増えたということだと思う。まあ、数が多ければすごいというものでもないし。駄文はいくら書いても駄文だと自覚している。この後はぼちぼちという感じで続けていければ良いのかなというのが1000回目の正直な感想だ。

さて、進化するファストフード界のチャレンジャー代表が松屋だと思っている。成功しているブランドほど保守的であることを考えると、松屋のチャレンジぶりは尊敬に値する。
ただ、そもそも論的に言えば、松屋は最初から異端の牛丼屋だった。牛丼屋というより定食屋だとする方が正しいと感じていた。が、最近の動向を見ると定食屋からスタンド形式のファミリーレストランみたいなものまで進化?したように見える。そして、その進化の波は松屋本体から、姉妹チェーンに飛び火してカオスなファストフードを次々と展開している感がする。その松屋シスターズで一番気になるのがステーキ屋松だ。

吉祥寺の百貨店裏という立地は、ファストフード向け立地とはずいぶんと違う気がする。小ぶりなイタリアンとかフレンチ、あるいは洒落者気味の和食店あたりが似合いそうだ。このステーキ屋松という業態はファストフードとしてはアッパーな価格帯だけに、日常使いができるような客層がいる立地を選んだという見方もできる。
駅前に店を開け、300円の牛丼で客席を1日50回転させるような商売とは正反対な業態を確立する。そのための実験店ということもあるだろう。
面白いのが(コロナ対応だと思うが)入店する前に食券を買うことだ。松屋でも入り口を入れば券売機があるが、あえてそれを店外に設置している。
券売機で食券を買うと、ドアを開けて従業員が出てくる。席を案内するためだと思うのだが、店内のお好きなところにどうぞと言われて、いささか拍子抜けした。
この辺りもアフターコロナで対応が変わるとは思うが、松屋本体でも商品渡し口で食券と引き換えに受け取る方式もある。カウンター越しの対面接触を避けるため、新しい提供様式が試行錯誤されている段階と考えるべきだろう。

席に着くと数分でステーキが出てきた。その速さにびっくりした。肉が焼ける重々という音がしている。肉の上には紙ナプキンのようなものがかけられていて、油飛びを防いでいるようだ。その髪をとると石板の上でステーキ登場となる。石板は相当に熱く、レア状態で出てきた肉をナイフで切って石板に押しつけ好みに合わせて加熱するという仕組みだ。
極端に言えば生肉状態で提供するわけで、注文から提供までの時間が短いのは納得だ。焼き加減も関係ないので従業員が「焼き」の技術を身につけるのも不要だ。この辺はペッパーランチと同じスタイルでファストフード化するための必須技術だろう。

肉は石板に置いただけでなんの調味もしていない。ますます従業員の技量は必要ない。カウンター席の目の前にある多種のソースから好みのものを選んで、肉につけて食べる方式だ。このソースあれこれは、松屋本体で既に実証済みの仕組みだからお家芸に近い。4種類のソースを全部試してみたが、好みはオニオンソースだ。塩、胡椒、ワサビなども置かれている。これで味のバリエーションは確保した、ということだろうか。シャリアピンステーキのように肉の上からソースをかけるタイプには対応しにくいとは思うが、そこは「肉を生でくらう」的に割り切れば良いことだ。
そもそも、この店のコンセプトを考えるとソース上掛けによる単価アップは、あまり期待できそうももない。単価アップを狙うのであれば、肉増量して割引の方がよど補客層的にすっきりしたものになるだろう。

ご飯は少なめを選択

肉が素早く出てきてしまったので、サラダバーに行くのを忘れてしまった。食後に確認に行ったら、最低限の野菜サラダは食べられる状態だった。郊外型ステーキ店の重厚なサラダバーとは異なるが、ファストフード・ステーキ店としては十分だろう。
150gの赤身肉ステーキは、あっという間に胃袋に消えた。自分でも驚くほどの速さだった。これならばハーフポンド、約250gでもよかった。もう少し腹を減らしていたら1ポンドもいけそうな気がする。
この先、この店がどう進化していくのかが楽しみになった。立ち食いステーキのあれこれを学んで改良されたコンセプトだと思うが、やはり二番手の方が色々と改良されている。次回はテイクアウトも試してみよう。もしテイクアウトがあるレベルを超えていれば、アフターコロナの対応進化型ファストフードとみなすことにしよう。その時には新型ファストフードの定義と理論を整理してみたい。

街を歩く, 食べ物レポート

カレーパン探索日誌 札幌

カレーパンは東京発祥の食べ物で、それが津軽海峡を渡って来たのは何時ごろだろうか。少なくとも昭和中期にカレーパンを食べた記憶はない。うろおぼえだが、TBSラジオの深夜放送でカレーパン論争みたいなものがあり、一度食べてみたいと思ったのが最初のカレーパンにまつわる記憶だった(ような気がする)
キン肉マンに登場していた牛丼と同じく、東京にはあって札幌には存在しないものの代表だった(もはや薄ぼんやりとしたもので・・・)
そのカレーパン不毛の地で、どうやら日本一になったカレーパンがあるらしいと知った。これは実食してみなければなるまい。

札幌の中心地から路面電車で10分程度のところにある、まさに町のパン屋でございます、といった雰囲気のお店だった。札幌市内には何軒か支店があるらしい。その店頭に力強く置かれている「日本一宣言」。まあ、確かにすごいことは期待できる。

カレーパンの包装は紙袋だった。これは大事なポイントで、揚げパンの特性だと思うのだが、ビニール袋だと匂い移りがしやすい。スーパーの荷詰め台に置かれているペラペラの袋に入れると致命的だと思う。
袋を開けると小判型で表面は細かいパン粉がついているタイプだった。見た目が奇抜ということではないようだ。
二つに切って中身を覗くと、おやまあという感じ。空洞がやたら大きい。生地は薄めだからフィリングとの相性は悪くなさそうだが。隙間が多いのが気になる。
実食してみると、なんだかカレーの味がしない。というか、味は濃厚なのだが量が少ないせいだろう。生地が薄めなのでバランスをとっているという見方もある。
しかしだ、カレーの味がしてこない。フィリングも食感が感じられるものではなく、カレー味がするソース的なものだった。名前がカレーパンフォンデュだから、チーズフォンデュのようにカレーソースにつけて食べるものをイメージしているのかもしれない。そういう食べ物だと思うことにした。
カレーパン道を極めるのはなかなか大変なのだと思い知った。

街を歩く

カレーパン探索日誌 三鷹??

最近の自分勝手に盛り上がっているカレーパンめぐりは、パン屋巡礼みたいなものかと思う。三鷹の人気パン屋を目指して久しぶりにJR三鷹駅で降りた。が、駅前の風景に全く記憶がない。おそらく三鷹と言えば北口周辺にしかいったことがないのだろう。南口でおりても初見の街という感じしかしない。ただ、JR中央線は、もう数十年もの間、延々と改良工事をを続けているので、駅前風景が変わってしまっただけなのかもしれない。
その三鷹駅から住宅地を歩いて15分でたどり着く。こじんまりしたベーカリーは、確かに町のパン屋さんの気配が濃厚にする。

当然ながら、カレーパングランプリ推しのポスターが店頭にかけられていた。売りは「サクサク」らしい。

オレンジデーというのがあるのは知らなかった。確かに、オレンジマーマレードとチョコの組み合わせはうまいぞと思う。オレンジの皮のチョコは大好物だし。
ついでに気になったのが、今月のおすすめ「ちくわパン」だ。北海道のベーカリーのヒット作がじわじわと全国区商品になっていくのは、長年のちくわパンファンとして、なかなかうれしい。ただ、ちくわパン本家である「どんぐり」を超えるものにはお目にかかったことがないのだが・・・。

さて、カレーパンだが、形状は小判型で確かに表面はサクサクしている。揚げたてを買ってきたので家に着く頃にはだいぶ萎んでしまったが、フィリングと薄い生地に大きな隙間はない。明らかに生地とフィリングのバランスが良いのがわかる。
食べた感想を言えば、これまでで一番お気に入りのカレーパンだ。カレーがちょっと大人めというか、程よいスパイシー感があり、薄めの生地とのバランスが絶妙なせいだろう。肉まんを食べる時によく感じる、生地が多すぎる、肉はどこいった?感がまったくない。
中にフィリングが詰まったパンでよく起きる現象、最後の一口はパン生地だけという位がっかり感もない。最後のひとくりまでカレーと生地の調和が楽しめる。
底面についている網目の跡から想像すると、このカレーパンは油の中に深く沈めて浮き上がらないように網で押さえつけられているのだろう。上下左右から均一に加熱されているから、生地に薄いところ厚いところができていないのだと推測する。
普通のカレーパンはぷかぷか油面に浮いているので、相当丹念に上下を裏返して調理しなければ底面が加熱されてしまう。生地厚の不均衡ができる原因だ。
この店のカレーパンはそれがない。技術と商品進化の賜物だと感激した。

こういうパン屋がある町は幸せだろうなと思いつつ、また15分かけて三鷹駅まで戻るのかと心が折れかけていたのだが、店の前を頻繁にバスが通っているのに気がついた。道路の反対側にバス停もある。試しにバス停を確認してみたら、なんと吉祥寺駅行きだった。迷わず次に来たバスの乗って、わずか5分ほどで吉祥寺駅に着いてしまった。道すがら確認したら井の頭公園の横を通っていた。どうもこの店は三鷹というより吉祥寺のパン屋なのだな、と最後に認識を改めた。
が、場所がどこであろうとうまいパンはうまい。こういう時は吉祥寺に住んでいたらよかったと思ってしまう。