街を歩く

飲み放題の居酒屋で

最後に甘いものというのはコース料理の定石だが、それをやっているいるのがすごい

昔の仕事仲間と恵比寿の居酒屋であった。一年に一二度会う仲間たちだが、やはり誰もが少しずつ変化しているので、近況報告やら噂話やらで楽しく過ごしている。同年代の連中が集まると必ず出てくる、家族関連、健康病気関連の話題をあまりしないのがありがたい。スマホに撮った写真を見せて家族自慢をするのはどうも性に合わない。

今回は個室居酒屋をネットで予約してくれたのだが、ネット割引と季節割引などを合わせて4000円で飲み放題コースだと言われた。想像していたのはつまみが二、三品出てきておしまいという感じだった。
が、実際は7品程度の料理にデザート付きというコスパの大変よろしいものだった。このインフレ時代になあ、と思わず感心してしまった。
ただ、よく得考えると全個室がコース予約で埋まっているとすると、それは実に効率の良い運営になる。当日、不利で入ってくる客はいないとすれば、確かに価格を下げても満室を確保する方が、明らかにリエっ気を出しやすい。従業員の配置も比較的余裕ができる。

衰退業種の居酒屋で、新しいビジネスモデル?が生まれようとしているのかもしれないなあ、などと考えていた。そう言えば、この店もビルの5階にある。飲食店としてはかなり特色を持たせないと営業が難しい立地なのだ。

今年後半から、アフター^コロナの生き残り組があれこれ仕掛けてきそうな気がするな。

街を歩く

おかめそばでインフレを実感したこと

量はたっぷり、満腹になりました

日本蕎麦屋に行くと、ほとんどの時に、もりそばを頼む。せいぜい変化してもざるそばになることが多い。ただ、ちょっと寒い日などはおかめそばを頼む。おかめそばは具材がそばの上でおかめの顔を模しているからおかめそば島のだ、と先輩から聞いて以来、ずっとチュモンし続けているが、どうもその節は怪しい気がする。
というのも最近の蕎麦屋で出てくるおかめそばは、顔の造形はなされていないことが多い。もしあれがオカメの顔だとしたらズビ運と抽象化された、まるでピカソの絵画のようなものだ。
今回のおかめそばも、まさに抽象画の美人さん的ルックスだった。
まあ、抽象画であろうがうまさに変わりはないのであまり文句をつけるつもりはない。ただ、楽しみがちょっと減っただけだ。

今年の夏も記録的な暑さになると天気予報士が言っていた。しばらくは熱いそばは食べなくなるので、とりあえずもう一回くらいは食べておきたいものだな。できれば、美人さんのおかめそばがいいなあ。

しかし、平成時代はワンコインメニューだったオカメそばが、今では1000円になっていて、インフレの実感をしみじみと感じてしまった。個人的にはラーメン1000円よりおかめそば1000円の方が、精神的打撃が強いのは……………どうしてだろうか。

街を歩く

紅生姜の天ぷらを食べたい時には

時々、紅生姜の天ぷらを無性に食べたくなる。紅生姜の天ぷらは大阪南部で一般的な食べ物だ。お江戸界隈では馴染みがない。ところが関西圏でも、大阪北部に行くと存在が薄くなるようで、隣県の兵庫や京都ではあまり見かけないらしい。10年ほど前に関西圏の住人や関西圏出身者多数に聞き込み調査をした結果だ。自分でも関西各地の百貨店で天ぷら売り場をあちこち巡って確かめてみた。


ところが、あの大阪名物串あげチェーンが流行り、大阪串揚げ文化が広まったせいか、紅生姜のフライや紅生姜の天ぷらが、今では関東圏のあちこちで売られるようになった。ありがたい。
一番お手軽なのは一軒め酒場で、すでに定番メニューになったようで、ここ1・2年はいつでも食べられる。
もう一軒は富士そばで、ここでもかき揚げと並んで紅生姜の天ぷらはいつでも注文できる。何が言いたいかというと、地位域特有のローカルメニューがいつの間にか全国あちこちに飛び火して広がるような時代になったということだ。東西の食文化交流とでも言えば良いのだろう。ただし、その東西の間にある名古屋を中心とした食文化は、どうも東西への移行が少ない気がする。名古屋飯の典型である、味噌煮込みうどんやあんかけスパはお江戸ですらほとんど見当たらない。きしめん、天むすなどコンビニで売っていても良さそうなものだが、それも定着しない。個人的には名古屋飯の専門店ができたら、毎週火曜だろうになと思うのだが。

そういう地域文化拡散に貢献しているのが、前述の一軒め酒場で締めの一品として盛岡冷麺の小鉢がある。梅味でアレンジしているが、冷麺特有ののするっとした食感は飲んだ後の締めにふさわしい。これまた盛岡冷麺の店はお江戸ですらほとんど見当たらない。(昔、銀座に一軒あったが、今はどうだろう、確か川崎にはあるはずだ)
ただ、盛岡冷麺はすでにラーメン屋の夏の定番になりつつあり、ちょっとした焼肉屋であれば当たり前に提供されるから、専門店はいらないということだろうか。

豚肉のコロっとした塊を塩胡椒で炒める料理は、どこかのローカル料理だったようなうっすらとした記憶もあるが思い出せない。豚肉料理は沖縄を除けば、ローカル食はあまりない。ただ、西日本より東日本の方が豚肉調理は一般的なので、東北か長野・新潟あたりのものだったかもしれない。

確かにお江戸で居酒屋などをやるなら全国各地のローカル料理をパクッとコピーするのは正解だろうなあ。

街を歩く

桜を見ながらキャンプした

3月下旬には近くの公園にあるキャンプ場で花見をしながらキャンプした。例年より気温が高い日だったので実に快適だった。

夕方少し冷えてきたので焚き火開始。火を見ながらのんびりと晩飯を食べた。夜8時過ぎにはのてしまった。キャンプに行けば早寝早起き。翌日の朝は陽が上る前には起きていた。30分ほどで後片付けをして撤収した。自宅近くにキャンプ場があるメリットは、この設営・撤収にかかる時間が短くて済むことだ。(持っていくものが圧倒的に少ないせいだ)

今年は後何回キャンプできるかな、などと考えつつ5月の連休前におう一度キャンプに行こう。

街を歩く

恵比寿散歩 その2

恵比寿駅前にあるフォトショップというか、写真の現像屋で見つけた店頭宣伝看板に驚いた。そもそも、写真の現像が今では商売として成り立っていることも驚きだが、この最新版「うつるんです」の値段が凄すぎ、まさに驚愕だった。真面目に3度見返してしまった。

バブル期後半に全盛期を迎えていた、使い捨てカメラ(これは間違った表現らしい)、正確にはレンズ付きフィルムだったはずだが。これが出現した時は、旅先でカメラを持っていなくても写真が撮れる便利グッズとして爆発的に売れた。確か広角レンズ付きとか、夜間撮影用とかさまざまな用途に特化した変種も現れた。銀塩フィルムが1本500円前後の時に、「うつるんです」は7-800円程度だったように思う。
観光地の土産物店では大量に販売していたし、コンビニに行けば必ず売っていた。
携帯電話での写真撮影が当たり前になっていても、手軽に紙焼きにできる点が評価されていた。それがデジカメが普及しスマホの時代となると、急速に姿を消していった。今では、「うつるんです」で撮ったピントの甘い写真に人気があるらしい。
本来はピンボケ写真など欠点であるはずが逆に味があるという評価をされてりのだそうだ。一部の愛好者に人気だというニュースをお聞いたことがある。

さて、その「うつるんです」の値段が、やはり驚愕してしまう。これを爆上がりといのだな。確かめる気も起きなかったが、「うつ「るんです」は銀塩フィルムなので、現像、プリント費用が別にかかるはずだ。スマホの写真プリントは、一枚20円程度たったと思うが、それと比べるとなんと高価な遊びなのに。

カメラを持ってお出かけしよう、と言われると持っていくのは一眼レフだと思い込んでいたが、うつるんですは立派にカメラ扱いされている。なんだかなあ。

街を歩く

恵比寿散歩

ビステッカという見覚えのない言葉が気になって立ちどまってしまった。後で調べてわかったのだが、イタリア語でステーキという意味らしい。つまり、この店はイタリア風のステーキハウスなのだった。
最近ではすっかりおしゃれで人気度抜群の街恵比寿だが、この街に30年近く通っていた大都市勤務者としては、おしゃれな街恵比寿などと言われると、ちょっとこそばゆい気分になる。
恵比寿は山手の下町などと言われていた。渋谷という大繁華街の隣町でありながら、あまりパッとしない住宅地という意味だろうか。
その恵比寿が爆発的に変化したのはバブルの終わり頃、恵比寿駅が大改造されて駅ビルになったあたりからだろう。そして、あのバブルの象徴のようなガーデンプレイスができて、一気にスター路線に乗り出したという感じだった。


その恵比寿に小体なイタリアンレストランが続々と開き始め、一時期はラーメン屋よりイタリアンレストランの方が多いくらいだった。不思議なことにフレンチレストランはほとんどなく、イタリアンばかりだったのは、やはりバブルの時に大量生産されたイタリアン・シェフが溢れていたためだろう。
そんなイタリアンな街の恵比寿でもイタリアンステーキの店はなかったと記憶している。街が変わるというのはこういうことかなどと、考え込んでしまった。イタリアンレストランが多すぎて、その中での差別化が必要となったのだろう。2000年代に流行った肉ブームはあまり関係なさそうだ。もはやパスタやピザでぼったくれれる時代ではなくなり、実質的でコスパの良い料理が求められるというご時世になったのだう。
ただ、このメニュー看板を見ていると、あまりに茶色一色であり、宣伝効果としてはいかがなものかなあ、と感じてしまったのは、昔の職業病みたいなものだ。やれやれ。

ランチ営業をしていない日だったのか、店内は暗いままだった。機会があればディナーに行ってみようか。そういえば、初めてイタリアに行った時、最初の晩飯がTボーンステーぃだったことを思い出した。そうか、あれがビステッカというものだったのか。

街を歩く

ちゃんぽんの話

フードコートで子供とちゃんぽんを食べる機会があった。麺の店で「キッズ」メニューが存在するとは知らなかったので、高額のため写真に撮らせてもらった。小さめのちゃんぽんと果汁ジュースにプリンという組み合わせだった。まあ、こんなものかと納得できる。価格も低く抑えられている。それでもマクドナルドのハッピーセットよりはお高い気がする。マクドナルドのキッズメニューの完成度の高さはやはり世界標準だろう。

さて、その後自分が注文したチャンポン普通盛りが登場したのだが、皿の形状のせいかキッズサイズチャンポンとあまり変わりない……………ような気がする。多才は多いがなあ。なんだか微妙で納得しにくい。

いやいや、これはやはりキッズメニューがお得ということだろう。そう思っておくことにする。

ライフタイムバリューということを考えると、子供の時から自社ブランドを子供と親に売り込むのは大事なことだ。ファミリー客にとって子供は最強の拒否権行使者だから、子供に気に入られないと、ファミリ客獲得は無理ゲーになる。
個人営業店の最大の弱点はそこなんだけれども、誰も気がつかないふりをしているのか、本当に気がついていないのか。外食に新規参入する新人向けに、そんなフードサービスの「いろは」を教える学校とか塾が必要なのだと思いますよね。

接客だのおもてなしだのの精神論の前に、消費者・客のリアルな心理を知る方が先だと思うのだがなあ。

街を歩く

キャンプ飯 ディナー編

今年の初キャンプでグリルパンを試してみた。これは一人前の焼き肉にはちょうど良い気がする。ステーキとフランクフルトソーセージが一度に焼ける。まさにワンプレートでお食事準備が簡単なのだ。

追加でもやし炒めも作った。これまたお手軽に出来上がる。

大きめのステーキを独り占めして食べるのは、なかなか楽しい。焼き加減も自分好みで仕上げる。ソロキャンの楽しみとは、この一点に限るのではと思うのであります。

街を歩く

これはいかんぞ と思わせるビジュアル

沈むトッピング事件発生中

蕎麦屋とラーメン屋の共通で抱える問題点について論じたい。(偉そうだな) それは、トッピングのビジュアル問題だ、えへんえへん。
日本蕎麦屋におけるビジュアルの美しい蕎麦といえばおかめそばだろう。種物と言われる温かい蕎麦になんらかのトッピングが乗った蕎麦、例えば天ぷらそばやきつねそばは一点豪華主義で、トッピングの大きさなどで勝負する。天ぷらそばは、やはりどんぶりをはみ出すような大海老が乗っているのが望ましい。
おかめそばは概ね5品程度の色違いトッピングが乗る。赤・緑・白など蕎麦とつゆとのコントラストで旨さや豪華さを感じさせる。ところが、絵心無い蕎麦屋の場合、そのトッピングがつゆの中に沈み込み、見た目がほとんどかけ蕎麦のようになることがある。これはさみしい。そばの中に沈み込んだトッピングを掘り出しながら食べるハメになる。なんて悲しい食事だろうk

同じことがラーメン業界でも起こる。天津麺やあんかけラーメン(広東麺)の場合、厚い餡がトッピングの沈み込みを防ぐ。炒め物が乗ったタンメンなども麺の上に野菜が山盛りというビジュアルがうまさを誘う。
ところが、チャーシューメンなどの扁平トッポピング使用メニューは実に悲惨な状況になりがちだ。スープの中に沈み込み、チャーシューとスープは同系色のため姿を消してしまう。

わかめラーメンのようにスープと対比が可能な色物であれば、それでも痕跡は窺えるが、茶色のスープにに茶色のチャーシューとなると忍法雲隠れの術が発動される。隠れているだけだからチャーシューの量が減るわけではないのだが、見た目にはがっかりとなる。

幸楽苑の新作海老味噌ラーメンが、まさに見てがっかりする典型だった。

メニューにある写真と見比べて欲しい。まるで別物ではないか。騙されたとまでは言わないが、もう少し店舗にトレーニングは行って欲しいものだなあ。美味しさは全ての体験の総合評価だから、見た目は大事なんだよね。なんといっても、食べる前に「完成品を「見て」、それから「食べる」のだからねえ。

見た目は別にして、海老の味が強く感じられる味噌ラーメンだった。ただし、この原型モデルは行列のできる、あの有名な海老蕎麦屋だと思う。原型の味を知っていれば、その差ははっきりわかるので、好みが分かれるだろうとは思う。
完コピ商品ではいただけないとは思うが、原型からどこを進化させて差別化するかというのは重要なことであります。だから、この商品は進化の途上という気がしましたねえ。来年に出るだろう改良版をまた試してみたいと思うが、その時はぜひトッピングが全部表層に存在を示してもらいたいなあ。

街を歩く

ガストで鶏肉料理

たまたまガストでランチをすることになった。あれこれ悩んだが、結局はチキンにした。ガストにはなんでもあるが、食べたいものがほとんどないという、とても困ったコンセプトになっている。値段も高泊まりしているし、低価格メニューはあまりにしょぼいのだ。なんだかなあ……………

というようなことを考えつつ、チキンを食べていた。似たような料理をサイゼリヤで食べるとそれなりの充足感があるのだが、このチキン鉄板焼きは今ひとつだ。基本的にファミレスのチキンはインへクションされたチキンを使うので、あまり差がないように思うが、食べ比べてみるとわかる。

まあ、元チキン屋としてはあれこれ考えさせられる代物だ。現在は為替の影響もあり輸入チキンと国産チキンの価格差はほとんどないのだから、国産チキンを使って品質改善を図ってみてはどうかと思うがなあ。
大度につける野菜?も、今ひとつ彩りにかける。そうした些細な改良が全体の印象を変えていくと思いますけどね。ファミレス業界でサイゼリヤ一人勝ちの意味をもっと外食企業経営者はもっと考えるべきだと思いますよ。