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中華料理屋の調味料

中華料理屋で卓上に置いてあるのはこれくらいの調味料で事足りる。

不思議と塩が置いてあることは稀だ。

和食の店、洋食の店でもせいぜい醤油かソースが置いてある程度。

うちの味付けに文句があるなら来るな、ということだろうか。

立ち食い蕎麦屋の調味料の列を思い出して笑ってしまった。

立ち食い蕎麦屋が正義である炉思いますけどねね。

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翼下に広がる光景

千歳空港着陸前の風景、真四角に切り取られた北の大地が北海道らしい

最近、あまりに遅延が続く全日空を見限り、北海道行きはエアドウを使うことが増えた。個人的な体験で言えば、過去2年ほどANAのオンタイム率は3割程度、15分10分遅れは当たり前、1時間遅れは結構あった。たまに三時間遅れも発生していた。
30年ほど前に日航を見限り全日空に変えたのも遅延の多さに閉口したからだが、一度倒産して再生されてから日航は遅延が少なくなったらしい。逆にANAはアメリカの航空会社並みのオンタイム率に落ちぶれている感じがする。今度、地上勤務員にオンタイム率を聞いてみようかと思うくらいだ。
まあ、航空マイル制度を次々と改悪しているのは日航、全日空、どちらも同じなので、どちらの航空会社にも未練はない。LCCであれば値段が安いから遅れても仕方がないと諦めがつく。遅延してもあまり腹は立たないというメリットがある。

さて、自分の経験だけで想像しているので定かではないが、どうやら航空会社によって航路は違うらしい。同じ羽田発千歳行きでも着陸に至る経路が微妙に異なる。風向きなどで空港北から進入するか南から進入するかの違いはあるだろうが、エアドウはいつも南進入だった。ANAは千歳市の東側を大きく旋回して北から着陸することが多い気がする。

千歳発羽田行き 千葉上空で入道雲に接近したので眼下は白一色

東京に戻る便でも航路は違う。ANAは下北半島の東部を掠めてその後は太平洋上を飛ぶことが多い。羽田への進入経路は銚子あたりから西に旋回して市原の上を通過して羽田空港へという感じだ。
だからエアドウの航路は実に新鮮に見える。まず苫小牧沖を下北半島目指し南下する。直下には恐山が見える陸上コースだ。その後は、北東北、南東北ともに陸上ルートだが、盛岡市の東側から山形あたりまでは山に近いエリアを、そこから茨城県・千葉県東部と飛行したのち東京湾海上を西進するパターンと三浦半島沖まで飛んでから北上するコースがある。
一度だけ霞ヶ浦の上を通過いて埼玉と千葉の県境上空から羽田空港へ南に進入する東京都心部コースを飛んだことがあるが、この時の風景は新鮮だった。某参議院議員が東京都民の危険を訴えた新設航路だが、この議員に千葉市民の危険という概念は欠如しているというのが分かっただけの愚かな結末だったと記憶している。
首都圏住民の負担公平化をいうならまだしも、東京都民だけの安全を訴えても他県民の賛同は得られないだろうし、都民にとって羽田空港を保有する恩恵の方が大きいのではないか。羽田空港を廃止し千葉成田空港増強と埼玉空港(航空自衛隊入間基地を改装)新設、神奈川にも小田原から裾野にかけて空港新設などと提案したら、都民の権益が奪われるると大騒ぎしそうだ。まあ、日本の野党はお神輿の周りで文句をつけるだけでお神輿を担ごうとはしない(できない)ガヤ集団で、文句をつけるのが商売となっている政治屋だからなあ。などと考えるうちに飛行機は着陸していたが。

飛行機に乗る時は眼下の景色など全く気にせず、出入りの便利な通路側席を選んていたが、最近はちょっと考えが変わった。眼下の風景が楽しくなってきたこともあるが、窓際席の方が寝やすいのだ。歳をとるたびに人生のあれこれが変わるものなのだな、と妙なところで実感している。

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狸小路雜景

ビールのつまみは焼きとうきびに、つぶ焼き追加で……………となりそうだな

夏なのですね。店頭にぶら下がっているのはプールなどで使われる変形浮き輪の類かと思われますが。

確かに狸小路のアーケード街は冷房も効かないので(当たり前ですが屋根はあるけど屋外です)夏にあれば暑い。相当に暑い。いや、耐え難いほど暑い。昔は所詮北国の夏、1週間も暑ければ夏は終わりになると思っていたが、最近の夏はしぶとい。おおむね3ヶ月くらい北国でも夏が続く。暑さが粘り続ける。時折、イインターバルのように気温は下がるが、東京より暑い日も結構ある。沖縄より暑い日はザラにある。

こう暑い夏が続くとそのうちに、狸小路で海開きみたいなイベントが行われるのではないか。みたくないけどね。そんなイベント。

狸小路は1丁目から10丁目まで続く長い商店街だ。2丁目から4丁目くらいは、現在ほぼ外国人率が5割を超える異邦人占拠地帯だ。この界隈にあった老舗の商店はすでにほとんど壊滅して、外国人向けのドラッグストアーや飲食店が多い。5丁目から7丁目は業態の転換が早い。新業態の飲食店のチャレンジコーナーのようになっている。バブル後の長い間、古いビルが取り壊され駐車場になっていたが、そのほとんどがホテルに生まれ変わった。そこに外国人観光客が収納されているので、狸小路は多国籍軍に占領された人種の坩堝的賑やかさがある、外国人街になりつつある。
8丁目以降は屋根もなく寂れていたが、どうやら10丁目の先にあるプリンスホテルに押し寄せる外国人観光客ががうろつき回るようになり、最近は復活の兆しも見える。

狸小路には行列ができるラーメン屋も多いが、その行列のほとんどは外国人だ。地元の客は行列のできない郊外の店に行くのだろう。札幌都心部は地元民にとってあまり居心地が良いところではなくなっているらしいし、自動車移動のできる郊外ショッピングモール周辺に地元民の行列店ができる人気店がある。住み分けが進んでいる観光都市ということか。

この狸小路のプールサイド模擬店も結局は外国人に占拠されるような気もするが、その方が雰囲気が出るだろうし面白い店になりそうだ。

イベントで水着クイーンとかイケメンランキング投票とかあれば面白い区なるだろう。ただ、札幌のことだから、すぐに風俗化して水着ガールズバーとか海パンホストクラブとかにメガ進化しそうだけどね。狸小路で新風俗店の開業ラッシュなんてニュースは……………あまり聴きたくないかな。

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かしわ抜きとカレー丼

小樽薮半には蕎麦を食べに行くという感覚が湧かない。美味い物を食べに行くという言い方が一番近い気がする。蕎麦がまずいわけではない。冷たい蕎麦、熱い蕎麦、どちらも一級品の出来だ。
もりそばを注文して、そばを一本一本と掬いながら、ちびちび日本酒を飲むのも良い。天ぷらそばをつまみにぬる燗の日本酒を飲むのも趣があるというものだ。が、やはりこの空間とこの料理は一人でのんびりと酒を飲むためのものという思いが強い。

たまたまこの日は向かいの卓についた高齢男性客と女将の会話が漏れ聞こえた。どうやら知人に紹介されて美味いそばの店があると関東から訪ねてきたそうだ。酒に合わせて色々と食べてみたいとのことで、結局は最初にビール、のちに日本酒、つまみを二品に天せいろということになったようだ。なんだか、まるで自分のようだと下を向いて笑ってしまった。

そうなのだ、バリバリと胃袋に収めることができる若い頃は財力が足りず、とりあえず蕎麦屋の注文くらいは気にもかけない程度の財力を持つ頃には、腹の収容能力が格段と落ちてしまった。そんな自分と同じ人生の悲哀を感ずる人がいるのは、なんと心強いことか。ご同輩、自分も同じなのですよと一声かけたくなる。(だが決して声はかけない、一人酒を邪魔したりするつもりはない)

こちらはまず塩ウニから始める。これはお江戸の蕎麦屋ではまず見当たらない。北海道から東北にかけて渋い居酒屋などではたまにみかける逸品だ。仙台で一番好みの居酒屋「源氏」でも、塩ウニと地酒でスタートすることにしている。旅をするたびに美味い塩ウニを探しているが、どうやらお土産としてはお値段が高すぎるのか、北海道の魚屋でも見つけることが難しい。

西日本にもウニの名産地は多い。各地の離島でウニは名物だった。塩ウニを探したが見つからなかった。いったい、塩ウニはどこで売っているのだろうか。まあ、Amazonで買う気にはならないから、足を使って探し回るしかないか。
この日は珍しく、塩ウニとサッポロクラシックでスタートした。流石に暑い日だけはビールが良い。

そのあとは国稀のぬる燗に変えて、肴はカシワ抜き。これも気温が低い時期であれば天抜きにするのだが、暑い日はカシワ抜きだろう。お江戸の蕎麦屋でもカシワ抜きをメニューに乗せている店は少ない。いや、ほとんど見たことがない。が、裏メニューとしては存在しているようで、注文すれば作ってくれることもあるらしい。
ただ、注文したとして、うちにはそんなものはメニューにないと断られるのも嫌なので、わざわざ挑戦してみることはない。おそらく「花巻」しっぽく」といった古典的なメニューを置いてある店であれば作ってくれそうな気がする。逆に最近の小洒落た蕎麦屋だと断られそうだ。まあ、そんな店には行かないけれどね。

日本料理で単純にスープを楽しむという仕立てのものは少ないと思う。出汁を楽しむというのであれば、大阪人がさかん吹聴する大阪風のうどんがそれにあたるのかもしれない。うどんではなくつゆが主役の料理と考えれば、なるほどなという気がする。
ただ、出汁の強さで言えば、香川のうどん出汁が圧倒的に力強い。大阪うどんより讃岐うどんの出汁「力」が上だと個人的に思う。だから、讃岐うどんでは麺大盛りを頼むことはない。できればだし・つゆだけで天ぷらを食べたいくらいだ。まあ、讃岐うどんの店で「うどん抜き」を注文すると、店を追い出されそうだが。

出汁の効いた料理として思い浮かぶのは、だし巻き(卵焼き)か茶碗蒸しがお手軽だろう。純粋にスープを楽しむものとなれば松茸の土瓶蒸しか。ただお値段が、それなりに高価なものになる。それと比べてカシワ抜きや天抜きは安価でたっぷりと楽しめる庶民・大衆の味方だなあ。
お江戸風な蕎麦も出汁の味が強いが、そば抜きにした時はちょっと塩気が強すぎる気がする。神田松屋か藪あたりで試してみるか。

そして、締めのそばはあっさり放棄して(胃袋のです)カレー丼をたのんだ。これぞ小樽藪半が提供する唯一無二の逸品だと思う。米の量もそこそこあるので腹一杯になるのが悔しい。できれば無限に食べ続けていたいと思う数少ない料理の一つだ。
蕎麦屋のカレー丼はうどん屋でも定食屋でも見当たらない「和風カレー」なのだが、これのルーツはカレー南蛮をそばではなくご飯にかけてみた……………みたいなことではないかと思う。
おそらく一度に大量に作れる賄い飯だったのだろう。賄い飯に美味いものが多いというのは業界の常識だが、このカレー丼は専門店を出してほしいくらい美味い(と個人的な感想を強調しております)ので、藪半初心者はそばを食べる前にカレー丼を試してほしいと思うくらいなのだ。

帰り際に会計をしていたら女将に」カレー丼、注文されてましたよね」とにっこりしながら尋ねられた。思わず謝ってしまった。「お蕎麦を食べずにカレー丼だけですみません」
女将曰くそういう客は常連客に多いそうだ。「うちのは、やみつき丼って言われるんですよ」と一言。まさにその通りだ。「また、カレー丼、食べにきてくださいね」と言われて「はい、ぜひまた」と答えていた。その気持ちに嘘はないのだが、次はいったいいつ行けることだろうか。

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ザンギとラーメンサラダで札幌スペシャル

焼き鳥屋に行って焼き鳥を注文しない日が来るとは考えてもいなかった。が、この日の注文は唐揚げとサラダでおしまい。締めの釜飯を頼むこともなくあっさりと終了したのは、まあ、気分の問題というか接客対応の問題というか。店がホテルの一階にあるせいで夕方から混み合っていたが、どうやらホールの人員が足りない。現在のすすきの界隈では当たり前になった人手不足なので、予約もなしでふらっと店に入ると、どの店に入っても似たような目に遭う。予約をしておけば良いのだが、そうなると料理が固定される。料理の提供に待たされることはなくなるが、食べたくないものまで出てくるし、おまけに量が多すぎる。
せめて客の少ない開店間際に行けば良いのではと思うのだが同じことを考える者も多いから、たかが居酒屋に入るだけで行列する羽目になる。平成日本の飲食業は過当競争による過剰サービスを行なっていたのだが、人手不足により正常な活動形態に戻ったと考えるべきなのだろう。客は店で待たされるというのが、平常なる令和世界だ。だが、昭和・平成と続く過剰サービスに慣れきった身としてはいささかやるせない気分になる。
太刀パネルの導入で、その待たされる、注文できないという不満は解消されつつあるが、機械の導入を拒む経営者は多い。コストの面もあるだろうが、接客に対する変なこだわりがあるのだろう。だとしたら給料を倍払っても人手不足を解消しなければいけないのだが、そんなことをする奴はいない。そして、市場から退場させられる。自滅するには理由があるということを学んでいない。

さて、この日の注文は唐揚げではなくザンギなのだが、いつの間にやらザンギにスパイス塩がつくようになったようだ。ザンギを食べてみてわかったが、昔と比べて薄味なのだ。令和版のザンギはプレーンな鳥の唐揚げにスパイス塩をつけるのが流儀なのか。これは自分の知っているザンギではないなあ。小ぶりな唐揚げ3個のお値段を考えると、もはやザンギは大衆の食べ物ではないようだ。

ラーメンサラダはなんというか、実に小洒落たルックスになったが量が半減している。元祖ラーメンサラダ発祥の地である札幌グランドホテルのレストランでは、シェアして食べるほどの量だったはずだが……………
これも令和の進化というか退化というか、あまりいただけない変化だ。ふと昔を思い出す。バブルと言われた時代、外食産業全体がこれと同じ変化を起こしていた。見た目重視で、少量化することで注文点数を増やすという作戦だった。おまけに段階的に料理の単価を引き上げた。
一時は売上拡大に寄与するこうした仕掛けも、バブル崩壊の直前から効き目がなくなった。そして、実質的な価値の低下によりバブル破綻時代を先行して大手チェーンの破綻が始まった。破綻企業の実名をあげれば、ああ、しんなかいしゃがあったなあなと思い出せる人は素手位少なくなっている。バブル崩壊を体験した世代は、すでに高齢者しかいない。
現在の経営者はアフターバブル世代だろう。だから破綻の怖さを知らない。破綻した後の荒野しか知らないのも気の毒なのだが。

どの世界でも歴史は繰り返す物だから、たかが外食産業でも同じ過ちが繰り返されるのは間違いない。令和の後半には、サイゼリヤとマクドナルドと鳥貴族しか残らない世界になるとしたら、それはちょっと寂しい気がするが。
次世代の覇者は回転寿司かと思ったがそうでもないらしい。予言めいたことを言えば、おそらく人を使わないけれどもフレンドリーな店という難しいコンセプトを誰かが生み出すことになる。特徴的な売り物は食べ物ではなく、店内での過ごし方を売る店・業態になると思うのだ。
現在の外食産業に欠けている視点だから、どこか他業種の天才が生み出すのだろうという確信がある。

たかが唐揚げとサラダでこんなも妄想をしてしまいました。ススキノの夜はディープなのでありますよ。

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ススキノの看板の世代交代

すすきのランドマークビルの壁面看板は時代の流れを映し出す鏡のような物だと思う。自分の写真ファイルをしっかりと探せば30年分くらいの変遷を確認できるような気がするが、それは新聞社にでも任せておけば良いか。
とりあえずみてみるとわかるが、ナショナルブランドの看板はここには映っていないニッカ牛スキーくらいのもので、あとは北海道基盤の企業やブランドの看板が多い。まあ、それも当然なのだ。ススキノは依然として夜の街であり、夜の街に集まる物を対象としての看板だからだ。
そしてこのビルの隣にあるのがかの有名なすすきの交番で、この交番の3回に連れて行かれると人生は終わりだと、高校生の頃に聞かされた。まあ、都市伝説の類ではあるが、ウブな高校生はそれを魔に受け都市伝説の拡大流布に努めたのであります。
その血染めの我部がある(と噂されていた)すすきの交番もすっかりリニューアルされおしゃれな外観いなっている。小洒落たスナックビルと言われも信じそうなくらいだが。あくまでも治安を守るすすきのの拠点であるのだから間違って入ろうとしてはいけない。

お隣のビルも看板が激麺全体を覆っているが、こちらはもう少しローカル色が強い。いまですっかり弱体化したが、北海道では一番人気のサッポロビールと道内ナンバーワンコンビニチェーンセイコーマート、そしてなぜかサラ金の看板が復活している。どうやらサラ金業界も過払金ショックからようやく回復して、またビジネスの再構築を狙っているらしい。
離婚率と借金率が全国で屈指の高さを誇る北海道だけに(それ以外にも女性の喫煙率とかあれこれ面倒な数字が高い)、全国展開するサラ金チェーンが有用視するマーケットなのだろう。
今日の飲み代をちょっと前借り的な利用促進を図っているとも思える。困った物だなあ。

昔はコカコーリの看板はないがペプシコーラの看板がああった。70年代後半のディスコブームではディスコの店名が一番大きかった。平成時代は観光客向けの飲食店のかんばんも多かった。まさに時代を反映する鏡のような物だ。

北海道の次代ヒーローは出現するか?という疑問に答えが出るのは5年度か10年後か? それを見届けることはないだろうと思うが。

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鮨を食うなら回らない回転寿司で

北見発祥の回転寿司チェーンで、札幌生まれでハニが札幌育ちの強豪であります

普段であれば絶対にしないことだが、平日夜の回転寿司屋に行った。イベント後の打ち上げディナーみたいなものだった。予約もしないで行き当たりばったりで入店したので40分ほど待たされた。
四人で好き勝手に注文して一人3000円くらいだから、鮨屋としてはお安い。ちなみに札幌の「寿司屋」でも皿が回転レーンに乗っていることはほとんどなくなった。今では事故防止という側面もあるのだろうが、立居パネルで注文して握りたてが出てくるというスタイルで確定したようだ。
昔あった回転レーンと高速レーンの使い分けも無くなっていた。握り手を増やして提供速度を増やすというのが現実的なライオウなのだろう。ただし、ネタによって分業制が敷かれているらしく、目の前の職人?が握るのはマグロ・ヒラメ的なネタ限定らしい。年商数億円を叩き出す繁盛店では、ある種の徹底した合理化が進んでいて後発の競合店には真似のできない高みに進化しているのだと思う。機械化による省人化がコスト削減には役立つが、売り上げ増強には不向きのようだ。

北海道の回転寿司屋ではたいていが自家製シメサバを使っている。締め加減が柔らかいのが特徴だ。これを食べると全国チェーンの店に行く気をなくするのは間違いない。ただ残念なことにすでにシメサバはマグロを超える高級ネタになっていて、コスパという観点では最良とはいえない。が、美味いものは美味いので、必ず注文する。

7月になると蝦夷鮑の季節になる。なので鮑を注文してみたが、どうもこれは輸入物の鮑らしい。それでも値段を考えレバ文句は言えない。鮑一皿500円だったと思う。最高価格のウニであれば800円ほどになるが、ウニは地元の小樽産なので輸入の冷凍物とは雲泥の差になる。
去年は高級ネタになっていたマイカだが今年は豊漁なので価格がこなれたものになっていた。佐渡島では普通ネタになっていた時もののマグロだが、どうやら小樽起きでもマグロが上がっていらしく、マグロ赤身は普通のお値段になっていた。

札幌にも名店と呼ばれる予約の取れない鮨屋は多いが、実は回らない回転寿司のレベルが高過ぎて、鮨をたっぷり食べたいのであれば立ちの寿司屋には行かないという。まあ、それも理解できる水準の高さだ、と言ってえ40分も待たされるのはどうしたら良いのもか。

ちなみに一人で行けば、待ち時間は半分くらいになるらしい。回転しない寿司は一人で食べに行くに限るということか。

日本で回転寿司の質が高いと言われているのは札幌、余山、金沢だが全て回った結果として言えば、コスパ抜群は札幌でトリトンかなごやか亭の二択になる。金沢と富山は高級品を安く食べ雨rのであればお得だが普通ネタであれば無難な価格設定だ。
日本は国のほとんどが海に囲まれた国なのに、意外と鮨屋が目立たない地域も多い。瀬戸内海沿いは鮨を食べるよりそのまま魚を食べる感じだし、日本海側は魚種が限られるからだろう。四国・九州でも鮨屋が影が薄い。我が期待の星だった沖縄は、高級寿司店の売り物が築地直送(今なら豊洲直送か)ネタなのだから始末に追えない。現地の知人によると沖縄の地魚は大味で刺身には向かないそうだ。

鮨、雑感であります。

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北海道の松屋はうまい?

マイ牛丼 普通盛り、飯少なめ、汁だくの牛丼に紅生姜たっぷり載せて完成

ここしばらく立て続けにに牛丼を食べているが、北海道の牛丼は美味いのだ。正確にいえば、北海道の松屋の牛丼は美味い。なぜかといえば、しっかりと煮込まれている。
牛丼は基本的に一度に調理する量は多いので、繁盛店は1日に何度も(大鍋で)仕込みをする。そして規定時間に混むとさっさと提供して、さっさと次の鍋の仕込みに入る。つまり高回転するので玉ねぎはシャキシャキ、肉はあっさりとした味になる。
逆に客の入りが少ない店は一度仕込むと長時間使うので、どんどんと煮込みが進む。玉ねぎは柔らかく煮崩れ肉にはタレの味がたっぷり染み込む。個人的にはこの長時間タイプが好みなので、牛丼を食べる時には繁盛店には行きたくない。お江戸の繁華街であれば同じ地域に何軒か牛丼屋はある。その中で一番グデグデに煮込んであるだろう店を選ぶのはに妙な嗅覚がいる。選りすぐって選んだはずなのにシャキシャキ玉ねぎ牛丼が出てくると、あー、今日は外してしまったと残念に思う。

今の吉野家はメニュー多角化し過ぎて松屋と同じように、牛丼屋ではない定食屋に変貌しているが、昔は牛丼一筋の店だったので高速回転が信条で、いつでもシャキシャキ玉ねぎ牛丼を提供していた。新宿歌舞伎町などではまだ玉ねぎが生ではないかというくらいのシャキシャキぶりだった。だから、吉野家に行くとすれば朝の5時頃、昨夜の仕込みが最後に残っている時間帯を狙う。それ以外の時間帯は吉野家以外を選ぶ。これが通の心意気というものだ。えへん。

ところが、松屋は定食メニューやカレーが多いこともあり、牛丼の具がたっぷり煮込まれていることが多い。そして、北海道の松屋はどうやら牛丼人気があまりなくて他のメニューが主力になっているらしく、いつ行っても自分好みのたっぷり煮込まれたぐだぐだ牛丼が楽しめる。サンキュー、松屋北海道。

すき家ではこういう現象が起こらないのは、おそらく店舗によって牛丼の具を調理サイズを変えているからではないかと疑っている。すき家の厨房は牛丼屋には珍しく、客席から見えな作りが多いからだ。ひょっとすると冷凍個食パックをレンジアップしているかもしれない。合理性を追求すればそうなるのは間違いない。

ということで松屋の牛飯(牛丼)を食べているが、どうもちょっと飯が多いので吉野家で小盛りを選んで見たことがある。ただ、これは飯と肉のバランスが悪い。ふと思いついいて松屋では普通盛りを選んで、オプションで飯少なめ、汁だくを選んでみた。なんと、これが大正解でいわゆるハスとサイズというやつになった。

あと松屋に望むのは、味噌汁を有料化して良いから、味噌汁をアップグレードしてほしい。他の牛丼店んお味噌汁は金を取るわりに味わいに欠けるので、松屋では払った価値があると思わせるほどの味噌汁を作ってもらえないかなあ。カレーの研究のてなを考えれば、その半分程度でできると思うのだが。

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本日のお品書き

最近覚えた技だが、居酒屋などで壁に貼ってあるメニューが小さくて読めない時に、スマホで写真を撮って拡大してみる、望遠鏡の代わりとして使える。望遠鏡であれば拡大すると手ブレを起こしやすいが、画像にすればそれはない。見やすい。高齢者にはあまり優しくない現代の道具スマホだが、これは実に高齢者に適した機能だ。

そして本日のお品書きを眺めながらあれこれ考える。まず、ホッケがフルサイズとハーフサイズがある。これは客層を見れば納得だ。高齢者が2/3を占めるこの店では、北海道的標準サイズで提供されるホッケは頭から尻尾までの大きさが軽く30cmを超える。お江戸界隈の居酒屋で出てくるホッケは、おおよそ20cm前後でアジを比べて大差はない。それであれば1匹でも食べ切れるが、北海道サイズはどう見ても一人で食べるには大きすぎる。
豚ハヤシライスというものも。ある。肉といえば豚と答える北海道的食肉文化圏ではハヤシライス、つまりハッシュドビーフの和食仕様は人気がないのだろう。そもそも牛肉が通常食べられるようになったのは1990年代以降で、それまでは安価な牛丼屋すら生き残れない牛肉に撮っては手強い市場だった。当然、マクドナルドに代表されるハンバーガーチェーンも苦戦したし、びっくりドンキーのハンバーグが受け入れられたのは牛豚合挽きだったからだろう。
となれば、カレーと同じで牛肉を使わないハヤシライスが誕生するのも不思議ではない。ただ、それが大衆居酒屋で登場するほどポピュラーかというといささか疑問ではあるのだが、この店の売り物は締めの蕎麦なので、蕎麦と対抗馬としてカレーライスがあり、そのバリエーションとして豚ハヤシライスが登場するというのは予想できる。ぜひ注文しようと思っていたが、酔っ払って忘れてしまったのが残念だ。

それ以外のメニューには北海道的な特徴は見られない、全国のどこにでもありそうな居酒屋メニューだ。そのせいか、この店は外国人観光客の侵略からは守られている。おまけに日本人観光客も放っておいてくれるので、実に和やかで賑やかな居酒屋だ。
北海道的なスペシャルメニューみたいなものがあれば観光客が押し寄せると思うが、ご覧の通りにぼったくり価格の海鮮ウニ丼みたいなものは全く見当たらない。そもそも定番メニューでも刺身はほとんどない。

こういう地元民に優しい、そして観光客を自動的に排除できるメニューを作り上げるのはなかなかに大変だろうなあとは思う。計算してできるものでもないだろうし。

100年続く店のことだけはあるのだな。札幌の都心部のハズレにある「第三もっきりセンター」はある意味で札幌最大の聖地だろう。まあ、市役所の職員が来ることはないと思うので観光資源化されないのがありがたい。

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小樽駅の風情が

久しぶりに小樽に出かけた。おそらく2年ぶりくらいになるのだと思う。小樽は北海道でも屈指の観光都市だが、駅前を含む繁華街は、もう何十年も時間が止まったままの湯な気がする。

それでも駅舎は改築されているのだが、見た目は変わり映えしない感じがする。駅前に何軒かホテルができたがすっかり街の風景に溶け込んでいる。昔ながらの長崎屋が残っているのは、もはや小樽駅前くらいだろう。ただ、それもドンキホーテに買収されたようで、中身じゃすっかり変わっている。

小樽駅前で目立つのは修学旅行で来たらしい高校セシの集団と大陸系らしい外国人観光客だろう。

運河沿いに並ぶ観光客向けの地域に行くことはない。小樽で行きたいところと言えば小樽水族館と公設市場くらいだ。

どこかに行きたいということもないのだが、なんとなく惹きつけられて年に一度行ってみたくなる街だが、それはいつ行っても変わらない地方都市ぶりが好みなのだと思う。北海道の地方都市は一年ごとに街がさびれ劣化しているのがわかる。その人口減少による街の衰退が微妙なバランシウで止まっているのが小樽という街であり、だから惹きつけられるのではないか。
札幌んのように変化が当たり前の街は、全国の大都市特有のものだが、衰えないバランスを保つ街というのは本当に珍しい。いつ行っても変わっていないというのは、今の日本では限られた優良都市の証だ。

まあ、駅前の光景を見てそんなことを思う人はあまりいないかもしれないが……………