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かもせいろ

2年前に食べて、それ以来食べた子はない、多分一生のうち、最初で最後のカモせいろ

かもせいろというものを初めて食べたのは3年ほど前もことだった。蕎麦屋で食べるといえば、もりそばかざるそばがほとんどで、せいぜい冬場におかめそばを食べるくらいのバリエーションのないそばライフを送っていたせいだ。
かもせいろの存在を知らなかったわけではないが、注文する気が起きなかっただけだ。ただ、ここしばらくかしわぬきや天抜きで酒を飲むことが増えたせいで、暖かい梅雨のそばを食べても良いかなという気分になっていた。

蕎麦屋のカレー丼は好きでよく食べていたが、あれも考えればカレー南蛮の頭を白飯の上に乗せたものではないかと気がつき、蕎麦屋の使い方というか注文の仕方を変えようと思った。少なくとも、一度も食べたことのないそばを一度は試してみようかと思うくらいにはなった。

その第一弾がカモせいろだったのだが、これはなかなか贅沢なそばだなと感心した。武蔵野うどんの肉汁うどんというメニューが好物だが、それのそばバージョンというところだ。というか、こちらが原型なのではないかな。

まだ食べたことのない蕎麦シリーズでいえば鴨南蛮が筆頭だが、カレー南蛮もチャレンジ対象だ。餅の入った力蕎麦も食べたことはない。ということで本日は蕎麦屋に行くことに決めました。

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思い出の一品 土佐カツオ

これは24年の夏鰹 脂が腸と良い具合に乗っている絶品でした

高知県の漁師町に一軒の魚屋がある。そこの大将とは長い付き合いになる。その街に行く旅に美味いカツオを食べさせてもらうのだが、何年も通い続けるうちに季節によりカツオの味が変わると伊野尾は理解できるようになった。

漁師町の人たちは毎日?のように立派なカツオを食べているので、どうやら舌が繊細すぎるらしく、自分が上手いなあと感度王しているカツオでも、あれこれと微妙な批評をなさってくれるので、こちらはカツオに関してバカ舌しか持っていないと思い知らされる。ちょっと悔しい。
おまけに、毎日?のように食べているせいか、食べるとしてもせいぜい一切れか二切れでおしまいになる。

かくして、自分を艦隊してくれて出されてきた、大盛りの鰹刺身と藁焼き叩きの大皿を黙々と食べることになる。これは至福の時だが、流石に大皿の半分も自分一人で食べると、もうしばらくはカツオは勘弁ねという、大変贅沢な心持ちに達する。まさにカツオ三昧を実感する。
この大皿を半分食べると、おそらく500g程度の鰹を平らげたことになる。ステーキで言えば1ポンド超の巨大左に匹敵する。

お江戸では絶対に味わえない鮮度よく選別された鰹のエリートを、飽きるまで食べるという贅沢を味合わせてもらえるのだから、文句を言ってはバチが当たる。その名を聞けば誰でも知っているというようなシェフたちが噂を聞きつけ、この片田舎の漁師街に鰹を食べに来るのだから、やはり本物の一品だろう。

春が来てカツオが上がり始めているという、魅力的なお話も伝わってきたし、そろそろ今年のカツオツアーに行かなければなあ。

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思い出の一品 めはり寿司

和歌山の山奥で昼飯を食べた時に、ラーメンのサイドメニューとしてめはり寿司が販売されていた。菜っ葉の漬物で包まれたこぶい大のおにぎりと言えば良いだろうか。昔は山仕事をする人たちが昼飯に持って行ったものだそうだ。
素朴の極みとでもいうべき食べ物だが、確かに漬物の塩味でバランスは取れている。漬物だけに発酵した旨味も感じられる。
ラーメンのサイドアイテムとして、半チャーハンとかチャーマヨ丼とか小皿ご飯的なアレンジがある。蕎麦屋うどんで言えばいなり寿司が定番だろうが、そこにおにぎりが登場するのが和歌山流というところだ。

最近んは手で握ったおにぎり屋が増えているが、そのメニューを見ると伝統的な日本のおにぎり文化には登場しないような具材が並ぶ。マヨネーズやチーズが使われたものが人気メニューんの上位に並んでいる。それはいいのだが、このめはり寿司のような伝統的で古典的なおにぎり、おむすびにも焦点を当ててもらえないものかなあ、などと思うのであります。

地元埼玉で言えば、秩父のしゃくし菜漬けで包んだおにぎりは美味いだろうなと思う。どこにも売っていないから、暇な時に自作してみようか。

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頭てんこ盛り

料理の盛り付けで、高さは正義だ

海鮮丼はお手軽なご馳走だが、鮨屋のランチなどでお手軽価格のものはやはりそれなりにお手軽なものになっている。簡単に食べられるというお手軽ではなく、簡単に盛り付けが終わってしまう「頭がペらペら」なお手軽どんぶりという意味だ。
だから、頭大盛り、つまり刺身がどっさりと乗っているものを見ると、ついつい頼んでしまいたくなるが、そこはお財布と相談しなければならない。
頭大盛りの海鮮丼はお手軽なものの四倍くらいのお値段になる。4回分のランチを1回で使い切るというのは、普通の暮らしではなかなか度胸のいることだ。

だから観光地などの非日常空間では、大盛り海鮮丼が幅を利かす。丼一つで5000円を払えるのは「旅空間」だからだろう。ところが、大都市の中心部にある繁華街で、鮨屋でもない居酒屋のランチが大人気になってリウ。その理由が、コスパの良い頭てんこ盛りの海鮮丼だ。お値段は普通盛りの倍程度だから、やはりお得だろう。
ただし、どんぶりとしては器が小さい。普通の茶碗と比べて一回り大きいかなという程度だ。が、ビジュアル的にはすごい。

商品開発という観点から見ると色々と考えさせられるメニューだが、価格の安さではなく、お得感の演出といういう意味で業界関係者はお勉強すべき題材だろう。

ご興味があれば札幌の狸小路2丁目にあるフードホールのようなところにある、魚居酒屋でお試しください。

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ぶらっく・ばななまんの思い出

門司港は素敵な観光地だった。北九州市に初めて行った時にはなんの記憶もない。仕事の都合で市内各地をぐるぐると車で移動しただけだったせいもある。おそらくその時には、門司港観光などしなかったのだろう。ただ、うっすらとした記憶で焼きカレーを食べたような……………定かではない。

門司といえば昭和中期に生まれ育った人間は、おそらくバナナの叩き売りを思い出すのではにだろうか。実際には叩き売りをしている商売人を見た記憶はない。北の辺境まで旅商売をする「寅さん」のような商人はいなかったのだと思う。初めて叩き売りを見たのは、高校生の時に上京して上のに行った時と思う。おお、これが叩き売りかと思ったはずなのだが、これまた薄い記憶しかない。上野駅前の人の多さに呆れてしまったからだろう。あるいはアメ横の露天飲み屋の凄さに圧倒されたせいかもしれない。

確か門司港には台湾からバナナが運ばれてくるのだで、バナナといえば門司港ものみたいな刷り込みがあったようなんかったような……………
だから、もし香を散歩していた時に発見したブラックバナナマンには感動した。しかし、このかたの本名はなんというのだろう。
今やバナナといえば中米産かフィリピン産だが、昔懐かしの台湾バナナを食べてみたい気がするなあ。

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洋食の店について 徳島で行った店は……

徳島駅近くにある小ぶりな洋食屋だった

日本全国あちこちを旅したが、記憶に残る洋食の食堂、レストランは意外と少ない。岩手県花巻市の元デパート食堂だったマルカンビル食堂は歴史の風格がある名店だった。お江戸界隈では新宿のはやしやだろう。お江戸の数ある名店とよばれる洋食屋はうっすらとした記憶も残らない。
大阪であれば難波の自由軒が素晴らしい。レトロを超えた歴史ものというべきだが、それと同じくらい古いのが埼玉県秩父のバリー食堂だと思う。広島県福山市にも同名の自由軒があったが、これはひょっとすると暖簾分けの店かもしてない。

九州博多にあった食堂はすでに廃業しているので、九州ブロックではゼロだ。四国では徳島の洋食屋が良かったが、徳島は食文化圏として事実上は大阪と一体化している感じがする。そのせいだろうか、この店「はなや食堂」で食べた洋食は、どことなく大作風な感じがした。
お江戸の洋食と大阪の洋食のどこが違うと言われるとうまく説明できないのだが、やはり違う。ビフカツととんかつの違いとでも言えば良いのだろうか。デミグラソースもちょっと違う気がする。東西文化圏を比べて食の違いに優劣をつけるつもりはない。どちらもうまいし、どちらにも好みの店がある。個人的には多少とも庶民寄りな大阪の洋食の方が好みではあるなあ。


古代から続く西国は未開の地である東国と比べて先進文化圏であり、その文化圏は九州からゆっくり東に拡大していった。そのため西国の文化は北部九州からグラデーションをかけたように少しずつ変質しながら大阪、京都に至る。
京都から東は、どうやら質的な変化というより断絶がある気がする。古代ヤマト王権成立時には名古屋周辺の豪族が支援したようで、名古屋あたりまでは西国に近い文化が移植されたみたいだが。現在の名古屋は、こと食文化に関しては東西のどちらにも与せず、凄まじい独立性を示している。

ただ、名古屋ではユニークな店は多い、いや、多すぎるため、記憶に残る「良い食堂」がない。というか、他の名古屋飯専門店が強烈すぎるので、普通の食堂に行った記憶がないというのが正解だろう。喫茶店、スパゲッティ、味噌煮込みうどん、台湾ラーメン、どれも凄すぎるからだな。

自宅近くにある洋食屋は、客の大半がオムライスを注文する不思議な店だが、この店のポークカツ(トンカツではない)が結構このみなのだ。あれこれ洋食のことを思い出してしまったし、今週はその店に行ってみようか。週末は混み合うので平日の遅いランチが良いなあ。

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駅麺で思い出した

2024年に念願の砂場そばに行ってきた

BSの旅番組にはなかなかユニークなものが多い。地上波のテビ番組は基本的にギャーギャーうるさいものが多いのは、視聴率稼ぎを若年層、つまりF1層に充てるせいだ。が、このF1層がテレビを見ない。動画はネットで好きなものを拾ってくるので、そもそも動画受像機としてのテレビすら必要としていない。だからF1狙い(20ー30代女性)を狙って作った番組が、全く想定各層に届かないというのが今のテレビ業界の最大課題だと思うのだが、決してそれを改めようとしない不思議な業態だ。
では、今熱心にテレビを見るのは誰かというと、ジジババ層しかいない。ところが、現代のジジババはジーンズとコカコーラを標準装備とした最初の世代なので、時代劇など見ない。見るとすれば90年代のトレンディードラマの高齢者版、シェアハウスで暮らす高齢者グループの日常みたいなものになる。
某国営放送は、意外とこの辺りの対応がよろしいので、報道番組以外のほとんどが高齢者志向の番組編成となっている。いわくローカルニュース重視でバラエティー・エンタメ系も出演者は全て高齢者みたいな感じになる。当然、若者世代にはウケが悪が視聴率は遥かに高い。

ところが、BSになるとこの状況が一気に変わる。BS各局は高齢者にしか興味がない話題に絞り込み、番組スポンサーを高齢者対応の健康食品や健康器具に特化させている。そもそも制作予算も少ないので、自社制作による旧番組の再放送が中心であり、制作するとしても予算がかからない旅番組中心になる。

そんなかなり偏った旅番組の一つが「駅麺」の旅だ。ローカル鉄道の駅周辺で麺料理だけを巡るという、実に濃い番組になっている。登場する麺屋も老舗だけでなく、駅のホームの立ち食い蕎麦屋あり、駅高架下の洋食店あり、なんともユニークな番組だ。一体、誰がこんなコアな番組を見るのだろうと笑ってしまう。いく場所もローカル線すぎて、東京からだと1日皇帝では絶対無理なところばかりなのだ。

そんな麺鉄ファンとして、一度は行ってみたいと思っていた「鳥取駅」の駅蕎麦屋に行ったことがある。西日本では日本海側にそば文化圏が広がっているので、鳥取でも立ち食いうどんではなく、立ち食い蕎麦屋だった。味付けはお江戸;関東風とは違う優しいものだが、ユニークなのはアゴ(飛魚)のちくわが乗っていることだろうか。

麺鉄に登場した店に行くと、はるばる来たぞ感が強くて、実に満足感が高上がりする。なんとかして一度行きたいと思っているのが、北海道石北線、遠軽駅の蕎麦屋だ。ここで蕎麦を食べるために下車すると、次の列車が来るまで約2時間待ちになるはずなので、旭川から行っても日帰りがしんどい。札幌からだとどこかで泊まりになる。いっぱいのそばのために一泊というのは、なんとも贅沢ではないだろうか。

まさに、旅好きジジイの心をざわめかせる番組で、本来のテレビ番組作りとは、こういう具合に使用層をを絞り込んで傑作ができると思うのだがなあ。今ではYouTubeがその役割を果たしているので、やはりテレビ業界は衰退していくしかないのかもしれない。

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AIが作成した画像をみてあれこれ考えた

美人顔というより綺麗かわいい系で、かつハイブリッドな欧亜混血系がAIのお好みなのだろうか

ヒッグス粒子の解説図をAIに作成してもらった時、なぜかよくわからないままライブラリーの中に保存された画像がこちらだ。おそらく画像生成用の依頼文を間違ったままキャンセルしないで作成してしまったのではないかと思うのだが、そもそもそどんんな文章からこれが作成されたのかもわからない。
女侍風でもある。が、歌舞伎に出てくる女形がモデルのようにも見える。背景にある赤提灯も居酒屋のものではないみたいだが、書いてある文字自体が意味不明だし。

IT各社のAI画像作成をあれこれ試してみると、画風というか絵作りにそれぞれ各社の特徴があるのがわかる。個人的にはWordPressのものが一番しっくりとくる。MS社の物はどうも低予算SF映画みたいでいただけない。

AIで作成された画像の著作権などについてもあれこれ議論が起きているようだ。商業利用に関してはまだまだグレーゾーンが多い用でもある。
が、こういうミスで誕生したキャラを再度作り出せなければ、商業利用にも持ち込めないかななどと思った。ツールとしての使い勝手と言えば良いのだろうか。群然の産物を追跡・再現する機能が欲しいものだ。
例えば、完全CGで3Dはモデルの動画を作成するツールみたいなものだろう。世に言われるフェイクニュースは完全合成ではなく、さまざまな個々動画の編集や修正で作るらしいのだが。これをゼロベースで作成するものができれば、映画制作とか俳優の必要性とか、あれこれ激変するのだろうなあ。それを使えば、ボーカロイド初音ミクの完全版ができそうだ。


しかし、どうすれば間違って生まれたもの・キャラを再現できるのだろうか。おそらく製造過程で自分が打ち込んだ文章がサーバーでログになって残っているのではと思うのだが、それを取り出す手段はあるのかなあ。

生成AIをAIで開発させて、それを何代か続けていくとまさに進化した「人工知能」が生まれるのではないかななどと思うのだが、おそらくその最初の用途はいつの時進化した代でも変わらない「エロス」方面になるのだろう。その最初のオプションが、自分好みのイケメン・美人ちゃんを作ろうみたいなものになるはずだと思う。


人の仕事を奪うAIみたいなことが言われているが、これは今の高齢者にITリテラシーが足りないものが多いだけのアレルギー症状だろう。そんな心配をするジジババは、AI社会が実現する前に往生しているはずだ。無用な心配というしかない。
それよりもここから先はAIを使用した若者たちが、AIとの付き合い方を自分たちで作り上げていので、放置しておけば良いのだと思う。スマホが急速に進化したのは、スマホを子供の頃から使った世代が開発に加わるようになってからだ。
ラジオしか知らない世代にテレビ番組が作れなかったように、AIを使いこなす世代からしか次世代のAI社会?を作り出すことはできない。
ジジババはうるさいことを言っていないで、静かに退場していけば良いのだが。それができないのが現代の「幼稚なジジババ」だから、余計にうるさがられるのにねえ。進化したAIにもきっと嫌われてしまうと思うぞ。

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恐竜の話

小学生の頃から恐竜が好きだった。当時の化石復元モデルをモノクロの挿絵で見ては興奮していた。学研の小学生向け雑誌「⚪︎年生の科学」には年に一度、恐竜特集が組まれていたのを覚えている。
以来、大人になっても恐竜の話が好きで、あれこれ科学雑誌の特集号などを買っていた。その継続的な恐竜学習を通じて時代、時代の恐竜の姿の変化を学んできたが、最大の変化は羽が生えたことだろう。1980年代から恐竜のモデルは激変し始めたのだが、その最初が鱗ではなく「羽」が生えているというものだ。つまり、恐竜はワニやトカゲのような爬虫りいの見かけでなく、鳥のように羽毛で覆われているというのだ。これは相当に衝撃的な「リアル」だった。
もう一つは二本足歩行をする恐竜は、ゴジラのように、あるいは襟巻きと影のように直立していないというもので、頭と尻尾を一直線に伸ばしてバランスをとる。横から見るとTの字ような形態になっているというものだ。

あの恐竜映画大作「ジュラシックパーク」シリーズでもサブキャラである小型恐竜ラプチルの走り方が、その新型2本足走行で描かれている。悪役?の大型恐竜もT字タイプで歩行している。

引用画像はNHKスペシャル 完全解剖ティラノサウルス のサイトからです

この手の情報をビジュアル化するのはNHKの独壇場だ。というか民間放送の各局では、この手の科学情報番組を作らないのは視聴率が取れないとの判断なのか、それとも作る能力がないのかは不明だが、せいぜいオカルト映像か、例のあれ系冒険フィクションとか、私は宇宙人に攫われた的な「トンデモ科学」番組くらいのものだろう。
だから年に2ー3作程度放送される恐竜研究の最先端は実に興味深い。特に最近放映のものは、確実に羽毛をまとった恐竜が描かれている。ティラノサウルスの羽毛はライオンのたてがみのように首周りを中心に生えているような描かれ方だ。

引用画像はNHKスペシャル 恐竜超世界 のサイトからです

高速走行をするラプトル系は集団生活をしているという前提で、、ダチョウののような形態で再現されているが、これはまるで某FFシリーズに登場する黄色チョコボとしか見えない。
羽毛の色を探る解析も進んでいるようだが、頭蓋骨の解析から「鳴き声」の再現すら行われている最先端科学技術の華が恐竜学なのだがなあ。

個人的にはNHKのいビジネスモデル、つまり法律で強制的に視聴料金を召し上げるというのは公営事業とは言えずではなく国営事業であり、第二の税金ではないかと思っている。現在の技術をすればスクランブルをかけた有料放送は当たり前に実現できるのに、それをしないのはやはり既得権にしがみつくダーティービジネスでしかないと断じる。
ただし、自分は金を払っても見たいと思う番組が多いので、間違いなく有料であっても払うし、これまでも払ってきた。少なくともCMを見ないで済むだけ、同じく有料なアマプラよりも良心的?かもしれない。
自分の視聴料が恐竜番組に生かされているとすれば、本望というものだ。

話はそれたが、恐竜学で最大の謎がまだ残っている。なぜ、恐竜は体長30mを超えるような巨大化に成功したのかだ。現存する陸上生物で最大のものは象だろうが、象を4匹くらい縦に連ねたよりも大きい恐竜が存在したのだ。

これを今年の特番でやってくれないものだろうかなあ。

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去年の4月はキャンプしていた

去年の3月は恒例の佐山智光山公園キャンプでシーズン員したはずが、なんとそれ以降一度もキャンプすることなく終わってしまった。あれこれ身近で面倒な用事ができてしまい、バタバタと一年が終わってしまった。
頑張れば2-3回くらいはキャンプに行けたとは思うのだが、なんとなく熱くなってきたなとか寒くなってきたなとか、雨が降っているなとか気候のせいにしていた。
今年は心を入れ替えて? せっせとキャンプでの遊びしようと思う。そこで道具の手入れがてら整理してみたら、なんだかいらないキャンプ道具ばかり目立つ。これも断捨離の対象として処分することから始めなくてはならないなあ。

今年使わない道具は、きっともう2度と使わないので年末にはドンと捨ててしまうことにしよう。本はすでにほとんど処分したが、自宅の屋根裏にしまってあったものがあることを思い出したので、これも年内処分。買い集めたDVDも年内にすでに処分する。バックアップ用に揃えたハードディスクも半分は捨てることにした。

今更ながら何もない暮らしが良いなと思い始めて、まず最初にやっつけるのは趣味の世界とはねえ。

とりあえず古いシュラフとマットを次回の粗大ゴミの日に処分します。はい。