街を歩く

看板?店名? はやりものなの?

街をぶらついていると発見する面白いものに店名(看板)がある。この看板というか、のれんというか、見つけた時には嬉しくなってしまった。何を売っているのかすぐわかるのが素晴らしい。

ただ初めて見たときは「パン?」「パンダ?」と、ちょっぴり混乱した。カレーパンだ! であれば、何種類かのスペシャルなカレーパンが売っているのだろう。カレー・パンダであれば何か怪しい模様のパンダが売っているのか?などと想像してしまった。この時は開店前で、夕方カレーパンを買いに行ったら、全て売り切れていて、残念ながら実食できなかった。とても気になる。

どうやら、カレーパンに取り憑かれてしまったらしく、またまた出現した、もう一つの看板?
スープカレーの有名店もカレーパンを発売したようで、これまた美味そうな・・・カレーパンが並んでいる。次回は二軒とも試してみたい。しかし、札幌でカレーパン・ブーム発生なのか?

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冬の終わりの札幌で

この時期の札幌は雪がようやく溶けて歩きやすくなるが、気温はまだまだ低い。春の初めというより冬の終わりという感じがあっていると思う。その札幌のススキノという大繁華街で、それなりにランドマークとなっていた旧旧松坂屋、旧ロビンソン百貨店、その後はショッピングモールになったビルが消えた。よくみるススキノの街が低く見える。この場所には平成ガメラ第二部で、宇宙から飛来した植物系怪獣が成長して、ビルを破壊するというガメラシリーズ屈指の名場面のご当地なのだが・・・。ちなみに平成ガメラ札幌編にはあの北海道出身の著名俳優が、地下鉄のモブとして登場しているが、事務的な手続きミスでクレジットが出なかったという話を聞いたことがある。

ススキノの近くにあるもう一つの老舗商店街、狸小路にあったラーメン屋の前に荷物が積んであり改装かと思ったら閉店したようだ。確かに、この店は外国人観光客で混雑していたから、コロナの影響がもろに出たんだろう。外国人観光客が戻るのは何年先になるかとおもえば、店を閉める気になったのかもしれない。この店の跡は、一人焼肉店になるようだ。街の新陳代謝がひっそりと進むのだな。

3月の中旬では、完全な雪解けの時期には遠い。昼間降っていた雨が夜更けには雪へと変わってしまう。かの有名なポピュラーソングと同じだ。

この時期の札幌のあちこちには、こうした雪解けの「光景」が現在進行形で見られるのだが、ここまで溶けていると、およそ1週間くらいで完全に溶けるだろう。

ただし、大多数の雪解けの場所では、こんな具合に「黒い雪」が当たり前で、雪解けは嬉しいが、街の中はあちこちで、ちょっと汚れた感じに見える時期でもあり・・・。あちこちでは滑り止めにまかれた砂がじゃりじゃりという、なんとも微妙な季節だ。

あと一月もすれば、梅と桜とコブシが一斉に咲き出す、北国の春が始まる。そんな花咲き乱れる5月になったとしても、ちょっと寒くなれば雪も降るので、夜桜を見に行ったら、月も出ていて雪も降っていて、雪月花が同時に見える、なんとも花札みたいな光景に出会うこともある。まあ、それが北海道ということなのだね。

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秩父散策 おまけのおまけ

秩父神社の周辺のお店には、みやのかわ商店街と書かれた看板が店頭に下がっている。このみやのかわ商店街をぐるっと一巡りしてみた。実に面白い看板があり、思わずニヤニヤしてしまう。

「とうふ」と書かれた看板は歴史のありそうな豆腐屋さんだったので、そのものズバリというかわかりやすい。

豆腐屋さんの横にある、大人向けのお店の看板が素晴らしい出来栄えで「しょくどう」だった。たしかに食堂といえば食堂なのだろうなあ。この言葉遣いのセンスは、素敵というしかない。これ以外にも喫茶店や電気工事などのお店もあり、一つ一つ確認するのは楽しいものだった。

そこからちょっと離れた場所にある居酒屋の前で、なんともありがたい説明書きを発見した。なるほどなるほどと感心してしまう。どうやらこのお店では、この6品を食べさせてくれるらしい。ずりあげうどん以外は食べたことがある。秩父名物、完全制覇まであと一息ということがよくわかった。ちなみにわらじカツ丼は三枚載せを注文した経験がある。あまりのボリュームに途中でギブアップしたくなるほどで、完食するまで、死にそうな目にあった。秩父名物はボリューム注意だ。みそポテトは某ハンバーガー店で全国発売して欲しいくらいのうまさだ。

それにしても。秩父は楽しいなあ。

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町歩きの楽しみ 秩父散策のおまけ

なんとも魅力的なパン屋を秩父の街で発見した。

有名な手作りコッペパンという主張に、「知らんぞ」とツッコミを入れたりしないのが大人の嗜みというものだとは思う。おそらく秩父の人には広く知られているのだろう。コッペパンという言葉時代、最近では死語に近いような気もする。わかる人にはわかるで良いのだ。

創業96年は確かにすごい。創業は昭和元年か大正15年か、どちらにしてもそれだけ続くのは老舗のパン屋だろう。日本一うまいコッペパンあるよというところは、客の立場ではなかなか魅力的だが、同業のパン屋からすれば色々と言いたいことはあるだろう。知る限りでも盛岡の某有名パン屋さんとか、横須賀の某老舗パン屋さんとか滋賀の某老舗パン屋さんとか・・・。

コッペパンを注文してみようかと店内を覗いたら残念なことに誰もいない。休憩中かもしれないので失礼した。次回はもう少し早い時間に行ってみよう。

秩父の街はあちこちに古き良き時代の建物が残っているが、こちらはその中でもおすすめの一軒で、電話が局番なしだった時代からあるのだろう。素晴らしいの一言に尽きる。

店内も覗かせていただきたいくらいだが、このステンドグラスの窓がなんとも言えない。立てた頃は実にモダンな建物だったのだろう。店主のセンスの良さが偲ばれる。

秩父の街は歩き回るのに程よい広さで、路地裏歩きも楽しめる。夜に来たらどんな顔を見せてくれるのだろう。

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ぶらりと町歩きで

札幌の昔の大繁華街狸小路を歩くと、いつも何がしかの発見はあるのだが、この何十年間か一度も気が付かなかったビヤホールの正面に立つおじさん。こんな像があったかなあ。

この入り口の落ち着いた感じは、歴史を感じるビヤホールとして実にわかりやすい。中も落ち着いた昭和の感じが溢れるお店のはずだが、何やら改装した風でもあり。

これは一度確かめに行かなければとは思ったが、開店前で店内も暗い。やはり黄昏時に再訪するべきなのだろうなあ。しかし、ビールを飲みにいくにはまだちょっと寒さの厳しい季節だ。ひと月くらい後の方が良いか、などと思案中。サッポロクラシック、うまいのだろうなあ。

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街角の面白いもの 

こんな時だからこそと言われると、なんとなくわかったような気もするが、実は何を言いたいのだろうと勘ぐってしまう。推測するに、集まって会食をするのはよろしくないので、一人で、かつ短時間で食事を済ませることをお勧めする、というような意味合いのではと。

黙食もわかるし、クイックなお食事も賛成する。時代に合わせた「ものの言い方」はあるものだなと感心したのだが、そういえば立ち食いそば、最近はあまりたべていない。わざわざ食べにいくものではないと思っていたが、このご時世では「今日は立ち食そば食べよう」と決意していく場所になったような気もする。

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秩父に行こう おまけ

西武秩父駅から御花畑駅に行く途中にある小ぶりなラーメン屋が、いつみても行列ができていて、とても気になっていた。ネットで調べることもサボっていたのだが、その道の方達には相当有名なお店らしい。

今回も西武秩父駅から秩父神社を目指して歩いていると昼前ということもあり、長い行列ができていた。ところが帰り際、午後3時くらいに通りかかると、なんと誰も並んでいない。ひょっとしてと店内を覗くと二組しかいない。営業は4時までなので、ちょうど一息ついたというか客が途絶えた時間だったようだ。これはラッキーとカウンターに席を取った。ただ、その後注文したラーメンが届くまで、あっという間に満席になったので、本当にラッキーなタイミングだっただけだろう。食べ終わり店を出たらまた行列ができていた。

そして、注文したのが定番の珍達そばだ。醤油味のスープで、長ネギと豚肉のあんかけが麺の上に乗っている。一口目はめちゃくちゃ熱い。スープはさっぱりとした薄めの味だが、ネギのあんかけと食べるとハフハフしながら味わうので、これくらいが超と良い感じだ。麺はツルツル細めストレートな感じ。店名の由来に何かある気もするが、今回はわからずじまいだった。これにパクチーを乗せると今風のアジア麺みたいな仕上がりになるだろう。行列に並んでいる人も若い方が多かったようだ。あえて言えば、清湯麺。長く続いた人気店にこんな感じのさっぱり麺が多いようだ。おいしいものをいただきました。

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秩父に行こう その5 街角の風景を拾いまくり

秩父神社の参詣路にある洋館は、これまた典型的な和洋折衷というか、瓦屋根のカーブが美しい。お医者さんのうちだったのだろうけれど、「風と共に去りぬ」に出てきたアメリカ南部の邸宅もこんなふうに見えた。本物はもっと大けれど。ただ、雨樋はついていないような気もする。

秩父駅には売店らしきものがなく、横に土産物屋が併設されているためなのかもしれないが、ちょっと面白いものを発見した。ニュース君、これはすごい。この新聞のラインアップが系列無視というかなんと言えない。3日とスポニチは系列のはずだが。東京新聞の系列スポーツ紙(東京中日スポーツ)は無視して、朝日新聞系の日刊スポーツが入っている。埼玉県では読売新聞のシェアが高いが読売は本誌もスポーツ紙もなし。そして、埼玉新聞という希少新聞がセットされている。なんとも、素晴らしい新聞社選択。いったいどこがこの機械を設置しているのだろう。毎日新聞か?秩父鉄道か? 

秩父駅の駅前は、おそらく商店会の定めなのか。お店の先に丸い看板がかかっている。この風格のある豆腐屋には「とうふ」とかかっている。なんともアートな看板で綺麗なものだと思ってみていたのだが、豆腐屋の横のピンクの看板「ローザ」さんが気になった。このお店の看板はどうなっているのかと探してみたら、「しょくどう」とひらがなで書いてあった。なんとなく、なるほどねえ、と納得した。この丸い看板の制作者かデザイナーか、天才的なセンスを持っているのだ。一度仕事をご一緒したいくらいの感動だった。

街をぶらぶら歩くときの楽しみは、こんな風に「へんなもの」を見つけることにあると思っている。秩父の街は楽しい変なものだらけ(街の人には失礼に聞こえるかもしれないので、わるぎはないのですと謝ってきます)なので、何度でも行きたくなる。

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所沢駅 空中公園 再確認してきた

所沢駅ビルの3階にあった線路の展示物が気になり、もう一度確認しに行った。早とちりだったので若干の訂正を。

どうやら旧所沢駅(木造)駅舎付近にあったものをメモリアル展示しているらしい。

旧東清鉄道で使われていた米国カンブリアアイアアン社製の鉄の柱。旧所沢駅でホームの屋根の柱として使用されていた、と書いてある

そして、このY字型の鉄の柱が、所沢駅でも使用されていたが、元々は満州(ポリコレ的に言えば旧満州とか書かなければいけないのだろうけれど)のどこかにあった米国製の鉄製建材ということでした。

なので、多分線路も含めた鉄建材、鉄部品のほとんどは日本製だと思われるが、柱は米国製という些かややこしい展示物だった。あちこちの説明プレートを読みとかなければ理解できない、パズル展示(勝手にそう思っているだけですよ)なので、鉄分の高い方によく研究して欲しいものだ。

確かに、こういう駅の備品というのはホームから降りて(落ちて?)、立入禁止区域に行かなければ、一般人はまともに見ることができない。相当貴重なもののような気もするが、さらっと駅ビルの上に置いているのも、よく考えればすごいことだ。鉄道博物館に行けば触ることもできそうな気がするが、あれはあれで「大きなお兄さん」たちが涎を垂らしそうになりながら取り囲んでいたりするから、この平和な屋上公園くらいが良い子にはちょうど良いかもしれない・・・。

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秩父に行こう その2 パリー食堂

西武秩父駅の隣は秩父市役所で、そこから秩父鉄道御花畑駅はほんのすぐそばだ。御花畑駅から秩父駅方向に進むと商店街があり、そこは秩父神社の参詣路なのだろう。秩父神社は秩父駅から向かうと神社の裏手につき当たる。やはり神社の正面はこちら側なのだ。秩父の街の中心部は鉄道路線からちょっと離れた旧街道になる通り沿いになる。明治時代に敷かれた鉄道は、駅が町外れに作られることがほとんどだった。秩父の街の外れに秩父神社があり、その先に駅ができた。秩父駅は典型的な鉄道建設期の場所ということになる。西武鉄道の秩父駅は昭和中期に出来上がったもので、秩父駅と直接接続しなかったのは当時の街の形成と関わり合っているはずだ。

秩父鉄道御花畑駅と西武鉄道秩父駅から続く、秩父神社の門前町で参道に当たる通り沿いには、レトロというしかない古びた建物が現存している。それどころか現役で使用中のものも多い。

秩父で一番お気に入りのパリー食堂は、まさに現役中の現役バリバリだ。テレビの旅番組でも度々登場しているが、なんといってもこの表構えが良い。2階も客席になっているので、昔は宴会くらいやっていたのだろうと思う。店頭のガラスショーケースの中が、これまた懐かしいメニューが並んでいる。町の食堂で定番といえばラーメンとカツ丼だろう。まさしく丼とラーメンが並んでいる。

これまで何度も行ったにも関わらず全く気がついていなかったが、入り口の横にプレートが貼ってあり、なんとここは有形文化財認定されていたのだ。いやいや恐れ入りました。すごいなあと素直に感心した。でも、食堂ではなくカフェ・バリーなのね。

いつも注文するのは迷わずオムライスなのだが、今回は町の食堂っぽいものにすると決めてきたので、まずラーメンにした。味噌ラーメンもあったが、そこはブレずに醤油ラーメンにする。出てきたラーメンはルックスからして、The 昭和なのだが、味も昭和そのままで、スープはすっきりとした野菜出汁の感じ、麺は細めでツルツル。メンマに、なると、薄めのチャーシューとこれまた昭和の定番ぞろいだった。ほうれん草がちょっとしたアクセントで個人的にはこれにお麩と海苔が乗っていればパーフェクトだ。昭和の味(勝手な思い込みだが)を満喫した。

そして、いつも来るたびに気になっていた単品料理のうち、個人的な絶対定番の酢豚を注文したのだが、量はたっぷりすぎるくらいで、ほぼ二人前ある。中華料理店ではないはずのパリー食堂で、単品料理に中華風が多いのは、きっと開店当時の流行というかおしゃれで高級な食べ物が中華料理だったのだろうなと、これまた勝手な推測をしてみた。
秩父神社の参詣客で賑わう中、カフェーとして高級料理を出して人気だった、みたいな感じか。今時の流行で言えば、原宿表参道裏あたりの小洒落たカフェーで食べるパンケーキとかビーガンメニューみたいなものではなかったか。きっとカフェ・パリーは昭和初期の、大正ロマンの全盛を受けたさぞかし洒落た店だったのに違いない。そう思えば、あのオムライスのオシャレ感にも納得できる。しかし、酢豚とオムライスはいささか落差があるなあ。

秩父駅と西武秩父駅の間が面白い