街を歩く

土産物を買いに行って考えた

札幌駅の改札を出たすぐの場所に、大きな北海道産物販売所がある。全道の各地から特産品、名産品、土産物が所狭しと並べられている。そのラインナップが、千歳空港の土産物とはずいぶん違っているので、たまに覗きにいく。
ローカル色が強すぎて、北海道人にしか理解できない食べ物が多いというのが逆に見物するには楽しい。
旭川の菓子屋が作っている、りんご一個がまるまるはいったパイのようなものを買いたいと思っていたのだが、テレビ放送されて売り切れが続いているらしく見当たらなかった。その旭川の新名物らしい洋風濡れクッキーとても言えば良いのだろうか、柔らかいサブレーが人気だそうだ。四個入りという少人数向けの入れ目で販売されていたが、今風のマーケティングだろう。大きい箱に入った義理土産はすっかり人気がない。このお菓子も、箱入りの横に一枚単位で販売されていた。お試し用というか、自分へのご褒美的な自分向け土産という新しいジャンルではないかと勘繰っている。同じ売り場で、菓子のバラ売り、一個売りが目立つので、観光客向けではない売り方の模索のような気がする。

北海道人はだいたい理解できるローカル菓子「べこもち」も今ではバリエーションが増えてようで、くるみ入りは初めて見た。大きさも昔と比べて小さくなっているような気もするが、べこもち好きであればついつい二種とも買いたくなるような仕掛けなのだろうか。
実はこの店の支店が東京有楽町にあり、東京のアンテナショップの中では屈指の高売り上げ店なのだそうだが、品揃えを見ると札幌の店の方が(本店だからなのか)、やたらマニアックというかこだわりの一品が多い。北海道人であっても、お土産に貰ったものを前にして首をかしげる程度にはレア系・不思議系なものも多い。帰る前日に、少し時間を掛けて色々と物色するのが正しいお店の使い方という気がする。

街を歩く

夏のガストをおためし

店頭訴求物が多すぎて何が言いたいかわからない 「痛い」店

ガストがパワハラで揉めているというネット記事を読んで、おやおやという気分になった。ファミレス業界最大手で、まさかの黒判定。パワハラ疑惑ではなく、運営トップを降格処分という真っ黒事案だった。まだまだ外食企業の闇は深いのだなとすっかり滅入ってしまった。

普通にファミリーレストラン?がご当地麺を売る時代

そこで、気を取り直してガストは夏キャンペーンに何をやっているかと、見学に行くことにした。結果はあれまあびっくり的な、何と「ご当地麺」というファミレスとは思えない商品群が・・・。
オペレーションの負荷は厳しいだろうなあ、などとついキッチンスタッフを同情したくなる。ジェットオーブンを通さない、トッピングの多いメニューは管理が難しいだろうと簡単に予測できるからだ。ブラック環境の土壌と言えそうな気がする。

居酒屋的なおつまみ

結局、推し麺を注文するのはやめた。麺好きなので、仕上がりレベルには厳しい評価をしてしまいそうだし、コスパを考えると「誠に残念」系メニューと判定する可能性も高いし。熟慮の末(笑)、すっぱり諦めた。今年のガスト夏キャンは、全く自分の人生とは無縁ということにしよう。
かわりに最近すっかり定着した昼のハッピーアワー向けメニュー、つまり居酒屋のつまみをいくつか頼んでみた。
一品目、冷やし鳥の味噌和えみたいなものは、ほとんど居酒屋のお通しだった。値段は横に置いておくとして、こういうものがファミリーレストランで堂々と出てくるのが時代の変化ということだろう。

居酒屋的おつまみだが 完成度がねえ

スパゲッティーナポリタンにチーズをかけて焼いたものは、つまみとして「あり」かなと思う。その量も軽食というよりもっと軽いのでつまみ級だ。居酒屋の洋風つまみとしては「可能性」が感じられる。
ただ、麺の熱さが足りない気がした。それ以上に、味が薄いのが気になる。これはベースのナポリタンの味が足りていないのか、追加で加えるソースを忘れた調理ミスなのかはわからない。食事として食べるにしても味が薄すぎるようだ。サイゼリヤ「煉獄の卵」の完成度には遠く及ばない。

看板商品だった、山盛りポテトのハーフサイズ ちょっと不思議な感覚がする

ガストといえば、ハンバーグ¥380と山盛りポテトが「売りもの」だったと思うのだが、今やハンバーグはすっかり値上がりしてしまったので基本メニューとは言い難い。昔の看板メニューはもはやコスパが悪い凡庸なメニューになっていて、競合であるサイゼリヤと比べれば優劣は明らかだ。
もう一つの看板メニューであった山盛りポテトはまだ健在だが、どうも今では「山盛り」があまり歓迎されていないようで、ハーフサイズの「山盛りではない」ポテトが売られていた。個人的には、これくらいでちょうど良い量だと思っているが、コスパは明らかに悪くなっている。
外食企業で可変コストと言えば、人件費と原材料費になる。そのどちらも虐めなければならないほどガストは苦境なのだということがわかる。
ただ原材料の行き過ぎた低減は「詐欺的商品」「コスパの悪さ」で客離れにつながる。それはそれで困った問題だが、パワハラはもはや犯罪でコスト削減にはならない。経営者の自覚というか企業人として矜持の問題だと思うのだが。経営の問題が直轄的に店舗現場に現れるという、外食特有の事情ではあるのだが、このブランドは大丈夫だろうかと思ってしまう午後だった。

街を歩く

街の話題を二つほど

どうも時事ネタがなくなったせいか、メディアが一斉にコロナをネタに騒いでいる。相変わらずの高齢者に対する煽り、アジテーションでしかない。このメディアの悪癖は何とかなららにものかとしみじみ思う。ヨーロッパの地で続く戦争も、政治家の暗殺事件も全て消費し尽くして、ニュースをエンタメ化する。相変わらずの無能を曝け出す。自分で自分の首を絞めているだけだと思うのだが。
などと他人様のことをとやかく言っているだけでは、これまた同じ類型の人間になってしまうので、少し街歩きをして気がついたことを書いてみる。
抗原検査キットが千円を切る価格でワゴンセールというのは、これまたすごい光景だ。2年半近くになる対コロナ戦線で、これが1番の成果ではないか。行政も医療機関も信じられないという、世の人々のニーズ、これに極まるだ。2年前であれば行列ができて、おひとり様二個までみたいな制限販売だったろう。今では、一山いくらの商品で隔世の感がある。無料PCR検査にできる行列を見た時の感覚とはちょっと違うタイプの驚きだった。

この夏一番の外食企業ダメダメ事件といえば、スシローのおとり販売事件で、明らかに法的にアウトと認定された後も、続々と事件が続く異常体質があからさまになった。それをアザワラウかのように見える競合チェーンの広告を見つけてしまった。このポスターは翌日から始まる夏まつりの事前告知だ。何もこの時期にお騒がせしなくてもと最初は思ったが、よくよく見ていると面白みが込み上げてくる。次回予告と真ん中に一枚貼るだけで、かなり強烈な競合批判になっている。
あんたらはおバカさんだから、この一枚の紙を貼る知恵もなかったのね、と言っているようだ。まさに、店長の知恵ではなく本社の誰かが、ニヤリと悪い顔をしながら考え出したボディーブローだろう。競合の足を救うというより、倒れた上から足蹴にする強烈な一打で、こんなこと考え出す知恵ものはもっと競合いじめの悪いことを考えてほしい。応援したくなる。
街歩きをすると見えてくる世相というか、人の知恵というか、それが実に楽しい。メディアの探索力、洞察力はこういう部分を見つけ出すことに使われるはずなのだが。ネット検索で記事ネタを探すだけでは、無理なお仕事だろう。

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渋谷の風景

渋谷駅前、ハチ公がいる広場から時々写真を撮っている。新宿とは違った、その時その時の日本の文化がよく現れる場所だと思うからなのだが・・・。ところが、渋谷駅大改装計画が進んできて、ついに東急東横店が消滅してしまった。その裏側に建設中の高層ビルが見えてしまう。この解体工事が終わった後は、またニョキニョキとビルが生えてくるのだろうが、ここ一年くらいは渋谷の駅の向こうに青空が見えるらしい。
渋谷駅周りの高層ビル建築が完了するのはあと10年くらいかかるのかと思っていたが、そろそろ終わりに近いのか。この感じでは、あと3年くらいでおしまいになりそうだ。

渋谷駅ハチ公口?から山手線外回りに乗るため階段を登ってきたら、正面にはアニメ映画のキャラがお出迎えで、これまたすごい広告だなと感心した。実に渋谷らしいとも言えるか・・・。ただ、その広告下のスペースを使って、「駆け込み乗は・・・」というJRのいじましい努力の方が、余計に感心してしまった。
エヴァで目を引いて、小判鮫のようにメッセージを送る。涙ぐましい。おまけに、とても目立つ配色の黄色と黒だし、枠線は蛍光色だし、いろいろと手作り感満載だし。なんだか、JRが本当に民営化したなあと思うのは、こういう手作り掲示を見た時だ。費用対効果とか、限られた予算とか、訳のわからない上司との交渉とか、規則で規制しようとする本社との戦いとか、本当に色々な背景事情が想像できてしまい、涙が出そうになる。
エヴァの戦いのように、今まさに地球が、人類文明が滅びようとする時にも、規則で縛り付ける上司や官僚やダメ教師はいるのだろうなと、思い起こさせてくれる「都会の良い風景」だった。
渋谷の駅を歩いているだけで、人類の戦いに思いを馳せる事になる。渋谷はあいかわらずで凄まじくエキセントリックな街なのだね。

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新宿の風景

新宿東口にあるヨドバシカメラは、時代を移す鏡だと思う。その時の消費者の関心の高さ、つまりよく売れる商品を1階に並べ、階数が上がるごとに商品の人気度合いが落ちている、という見方をしているのだが。
コロナの間で起こった変化は、つまるところ新宿にインバウンド、海外観光客が来なくなったことが主因だと思っている。日本人客に普通に売れる商品は何か、ということでこの2年間何度か売り場が変わった。最初に起きたのは、高級一眼レフを主軸にしたカメラ売り場が一階から無くなったことで、その代わりに一階の主になったのがコードレスイヤホンを中心とした携帯オーディオだった。
それが(つい最近らしいが)、一階の主がスマホになった。同時に、2階3階にあったパソコン、テレビなどの映像系機器が最上階方面へ追いやられた。エンタメ系家電が追放され、おうち時間の増大に伴う家庭内家電、つまり調理や掃除洗濯といった毎日使うものに重心が移ったらしい。
そして、ヨドバシカメラの見立てではインバウンド観光客は当分のあいだ商売相手にならないということみたいだ。
スマホ館だった隣のビルは時計館になってしまったし、カメラ売り場は隣のゲーム館に移された。花形商品が脇役にされた気分だが、おそらくこのヨドバシカメラの見立ては時代認識として正しいのだと思う。

そのヨドバシカメラで黄昏系売り場になったオーディオ系商品だが、ついにシステムコンポ(スピーカーとアンプとCD/ラジオなどの音源装置が組み合わさったもの)は売り場ごと消滅で、西口本店のオーディオ専門コーナーに行かなければならないらしい。もはやシステムコンポは化石商品の認定を受けたというしかない。
そのオーディオコーナーにまさかのラジカセが新発売されていた。音源はカセットデッキとラジオだけでCDは不可だ。なんだか50年前くらいに売っていたものと同じに見える。FMのバンドは広いので、最近のAMラジオがワイドFM化したものは聴ける。
カセットテープの音源をUSB、SDにダビングできるというのが現代的機能だが、もうすでに昔のカセットテープなど全部捨ててしまった。つまり、これを買っても聞くための音源がない。カセット付きのシステムコンポも捨ててしまった。
時代は変わるものだとしみじみ思ってしまう。まあ、カセットテープが現役だったのは1990年代前半くらいまでだから、いまや現物を見たこともない人たちの方が多くなってきているのだね。

ヨドバシカメラで現代消費文化の考察をした後、もう一つの現代文化を視察に行った。どうやら映画のヒット作が続いているらしい。海外の大作もなるほどだが、あれも前作をリアルに見た世代はそろそろ墓場に足を踏み入れる年に近いななどと思ってしまう。
そして、どうやら映画館がイチオシしているのは女性5人グループのキャンプ・アニメで、なんだか妙にコロナの時代にあった出し物だなとしみじみ思ってしまった。ここ最近の大ヒットといえば、エヴァンゲリオンの最終編だったが、あれもリアルで放映していたのは20年以上昔で、完結編が出るまで喉に骨が刺さったような気分の元・若者がいかに多かったかということだろう。
コロナ前に深夜枠でヒットしていたソロ・キャンプが題材のアニメが、コロナの終わりに劇場版アニメとして完結するというのも、やはり時代性だと思う。もはやアニメは子供の見るものというディスニー以来の伝統からはみ出して、いろいろな大人が色々な好み、テイストに合わせて鑑賞するエンタメになった。この先も映像制作技術の進化に合わせてアニメがどこまで進化していくのかと期待するが、その進化はアメリカではなく日本で起きて欲しいものだと、ちょっとだけ思った次第。

街を歩く

老舗な楽屋

地下鉄新宿三丁目を降りてすぐ、新宿末広亭の裏通りに当たる場所にある「楽屋」は喫茶店だ。赤提灯だけ見ると居酒屋にしか思えないが、歴とした喫茶店だ。

扉を開けて階段を上がった二階にお店はある。この扉を開けるのがなかなか難しいというか、ふらっと立ち寄る雰囲気ではない。末広亭に出演する芸人さんたちが楽屋がわりに使っているという話を聞いたことがある。

入り口には、お店に入りやすいように説明書きがあるというのも、入店する難度の高さの証明だろう。それにしても、うどんや蕎麦が出てくる「純喫茶」というのは初めてのような気がするし、そもそも純喫茶という単語も死語に近い。若い世代ではわからないのでは。

メニューを見るとお値段もそれなりというか普通というか、場所柄を考えると高くはない。気になるのは昆布茶日本茶がメニューに堂々とあること。これは昭和中期に喫茶店メニューとして死滅したと思っていた。まだ注文できるのだということに感動した。
それよりも気になったのが、うどん・そばになかにある「つづみ」というもので、これは一体どんなものだろう。月見はあるから、卵以外の何やら丸いものが二つのっている?などと、頭の中は疑問符だらけだが、あえてそれを注文する勇気もないな。

店内はとても明るい。新聞や本を読むのい不自由ない。純喫茶といえば、店内が薄暗く、怪しい商談をする場所問いいったイメージがあるが、この健全さはなんといえば良いのだろう。個人的にはものすごく好きで、いつもこういう明るい場所を探している。おそらく新宿では唯一と言ってよさそうだ。

テーブルの上には当たり前のように灰皿があり、おしぼりが最初に出てくる。ブラックコーヒーの味は、昔懐かしい酸味と渋味が強いものだった。シアトル系コーヒーが全盛となった平成に、日本中から消えていったコーヒーの味だと思う。エスプレッソではなく、濃い味のコーヒーが飲みたいのだと思っても、今やどこにも無くなってしまった「幻のコーヒー」に限りなく近い。
多分、軽井沢にある茜屋珈琲店本店では今でも飲めるのかもしれない。銀座とか日本橋の古い喫茶店を丹念に探せば見つかるかもしれない。でも、新宿、渋谷、池袋という東京西部では見つかりそうもない。
貴重な一軒をとして、個人的な歴史遺産に認定しておこう。ここにくるときは一人に限る。そして、次に来るときは、謎のつづみうどんとビールにしよう。

街を歩く, 旅をする

龍馬推しの街で気がついたこと

久しぶりの高知で、ちょっと気張ったランチを食べようと川沿いのお店まで歩いて行く途中で見つけた。モニュメントというか道標というか、有名な懐に手を入れた坂本龍馬をデフォルメした面白いデザインだ。この町は、とにかく龍馬推しなのだなとわかる。龍馬は大河ドラマで有名になった高知人ナンバーワンだと思うが、ナンバーツーがいないくらいダントツの知名度だろう。

その道案内の写真を撮った後で、なんの気無しに見上げたらマンションの壁にもすごい案内というか広告があった。歩道にあるのは歩行者用、壁にあるのは自動車用なのか。それにしても、すごい執念だなと思う。なんとしても、人を龍馬の元に連れていこうという、強い意志が感じられる。
これに似た過去の偉人に対する熱量の高さは、鹿児島の西郷さんくらいだろうか。少なくとも町中にその人名が冠された場所やお店があり、銅像が大量に街の中に溢れているという条件に当てはまるのは、坂本龍馬と西郷隆盛くらいしかいない。
お江戸を戦火から救った勝海舟やその他の幕臣は、明治政府からすると敵扱いなので、お江戸に幕臣偉人像は皆無だろう。お江戸を首都化した徳川家康の像も東京周辺では見た記憶がない。
山口に行けば、高杉とか桂という明治政府成立の功労者、そして伊藤、山形という明治政府成立後の権力者の像がどこかにあるのかもしれない。が、観光名所になているのかわからない。(少なくとも記憶にはない)京都の新撰組の方が、コアな観光客を惹きつけているような気がする。どちらにしても、高知で最大の著名人は坂本龍馬さんなのは間違いないだろう。

そんなことをつらつら考えながら、コロナ前はよくお世話になっていた(ランチで)料亭に行ってきた。この手の業態はコロナで最大被害を受けたので心配していた。営業しているか心もとないので、前日に電話で確認したほどだが、無事お店は開いていた。

ランチは御膳一択と言われたが文句はない。高知の名産品が残さず放り込まれた「県外人仕様」にしてくれたようだ。ランチとしてはボリューム十分すぎる。味は保証付で、これまで何度も足を運んだが期待を裏切られたことはない。
ただ、ちょっと残念なのが、アルコールのリストから日本酒が消えていたことだ。土佐は酒豪県なので、地元の日本酒蔵がたくさんある。うまい料理には地酒を合わせて土佐気分を盛り上げたいと思うのだが、どういう理由なのかお昼は日本酒がなくなっている。これもコロナの後遺症なのだろうか。

料亭料理の美しさは、料理の素材以上に、器の色と組み合わせだと思う。立体的な造形美で、これは家庭で再現することは難しい。土佐名物と言われる皿鉢料理にしてもプロの盛り付けの技がなければ、ただの料理がてんこ盛りになった手抜きにしか見えないだろう。和食屋の懐石弁当とコンビニの幕内弁当の違いみたいなものか。
「映え」が評価される時代になり、誰もが自分で写真に撮って料理の美しさをしっかりと味わうようになった。料理人は味以上に見栄えを考えなければいけないのが、平成から令和にかけて変わった「仕事の掟」だ、などと鰹のタタキを食べながら思っておりました。
高知料亭、またまた良いランチを楽しんだが、一度は夜も来てみたいぞ。

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高知駅で一休み

高知駅 高架になっている駅ホームを覆う木造の屋根が美しい

高知空港からJR高知駅までは連絡バスで20分ほど。昔は40分くらいかかっていたが、高速道路と接続したバイパスができたせいで時間短縮した。高知の繁華街であるはりまや橋付近にも停車する便利の良さだ。初めて高知に来た時は国鉄時代で、旧高知駅はほとんど印象に残っていない。それからしばらくしてJRになってから駅の高架化工事、改装工事が行われて、今の美しい高知駅になった。
JRのあちこちの駅を見てきたが、ここ高知駅と金沢駅が美しい駅のワン・ツーだと思う。復活した東京駅丸の内側のレンガ建も趣があるが、現代美術的な造形美は高知駅だと思う。

鯨の尻尾

その高知駅の改札内には、これまた高知らしいというか、なんとも駅には不似合いなオブジェがさりげなく置かれている。昔だったら改札口を出たあたりにガラスケースに収められて飾られていそうなものだが。「歓迎」ではなく「歓鯨」なのだから、高知に来たら鯨を見に行けよということか、鯨を食べろということか・・・。

ホームに登る階段のアート

高知市内はあちこちにアンパンマンのアート作品がさりげなく置かれている。境港のように鬼太郎一族オンパレードにはなっていないが、市内のあちこちにある〇〇パンの皆さんを探すのは楽しい。その第一歩がこの改札からホームに上がる階段だ。
ただ、これは高松方面から来るアンパンマン列車に乗ってくると、気がつかないまま改札を出てしまう。高知駅からアンパンマン列車に乗ろうとすると、その時初めて目に入る仕組みなので注意が必要だ。おまけに、エスカレーターで楽をしてホームにあがろうとするとこの階段の脇を通りぬけなければならない。楽しむには「足」を使わなければならない。まあ、小さい子供であれば元気だから問題ないだろう。孫を連れたジジババにはちょっときついか。

改札脇のカフェ 昔だったら立ち食い蕎麦屋がある位置だった

高知に3年も来ないうちに、駅の中も色々と変わっていた。改札横におしゃれなカフェができていた。以前からカフェだったかなと記憶を辿ってみたが定かではない。とりあえず高知駅内には飲食スペースが少ないので、この場所は列車の時間待ちを含めて便利だ。コーヒーでも飲みながら発車時間まで待たせてもらおうと思ったが、ちょっと小腹が減っていたので、スタッフおすすめのモーニングを注文してみた。
ただ、注文したそのすぐ後、11時からは普通に食事ができるので、後から来たおばちゃんたちはうどんだのカレーだの本格的な軽食(?)を注文していた。本日の日替わりはキーマカレーという声が聞こえてきて、ちょっとだけ残念な気分になった。隣のおばちゃんが食べていたうどんも美味そうだった。

ハニーなトーストセット

久しぶりに食べる喫茶店のモーニングだが、スタッフイチオシの胡麻ハニートーストにしてみた。小さめの野菜サラダとヨーグルトになぜかワカメスープがついている。飲み物はホット、コールドで色々選べる。普通のトーストセットもあった。ただ、胡麻ハニーは初めて食べる味で、甘さと胡麻の香りが絶妙だった。これは家でもやってみようと思う不思議なお味だ。
高知駅で甘いトーストを食べることになるとは思いもよらなかったが、想像していない体験をすることも旅の楽しみの一つだ。「高知ならではの「もの」ばかり漁っていても町を楽しめない。その町で普通に食べられている今まで見たことのないもの、そんなものを探すのも良いものだ。などとのんびりモーニングセットを楽しんでいたら、高知駅名物駅弁を買うのを忘れてしまった。
これはやりたくない旅の失敗だった。あー、カツオ飯食べ損ねた。(高知名物のかつお飯は家庭料理なので、なかなか食べられないのですよ)

街を歩く

大都会で一杯

迫力のある入り口看板

池袋のセルフ飲み屋「大都会」に半年ぶりに出かけてみた。ちょい飲みするにはお気楽な店なのだが、ここしばらく都合の良い時間に池袋に行くことがなかった。たまたま池袋にいても土砂降りだったりして、タイミングが合わないことが多かった。

久しぶりにふらりと立ち寄ったのだが、あまりにも暑い日だったので、冷たいビールとか冷酒とかの選択肢もあるはずなのだが・・・。いつもの通りおつまみ付き晩酌セットを頼んでしまい、酒はついつい熱燗にしてしまった。酒が出てきてから、あちゃーと思ったが遅すぎるというものだ。
今更ながら冷たい酒を頼めばよかったと反省しても遅すぎる。冷蔵庫から「冷水」を取り出してきて、猪口で一口ちびりと酒を飲むと、冷水を一口。これを繰り返しているうちに、そこそこ酔いが回ってきて、冷たいビールに変える気力も失せた。
隣の席にいたサラリーマン3人組が威勢よく話しているのが聞こえてくる。聞くつもりもなかったが、暴力的な声量なので会話が手に取るようにわかってしまった。
営業成績と嫌な客への文句と上司の批判。サラリーマンの話題とはきっと1000年前から変わっていないのだろうと思わせる、鉄板な居酒屋トークだった。
これはコロナが終わった証明みたいなものかな、などと思ってしまった。だが、それにしても午後の早い時間から、これほど気合を入れて飲んでいるサラリーマン3人組は一体どんな会社で働いているのだろうと、そちらの方が気になった。
結局、そのやたら元気に酔っ払っているサラリーマンに当てられて、飲む気力を無くしてしまい早々と退出した。
次に行く時は気温に気をつけよう。特に飲み物の温度に注意しよう。それともう一つの注意事項は、座る席をカウンターのはずれで周りに誰もいないところにするのが良さそうだ。昼から気合の入ったサラリーマン達が、ちょっと眩しいというか、近寄りたくないというか………

街を歩く, 小売外食業の理論

マクドナルドの時間

地元の駅前にひっそりと佇む感がたっぷりもマクドナルドがある。赤と黄色の看板がドカンとあげられている、ここが街の正面だよという風格たっぷりのマクドナルドの店とは違う。まあ、一応マクドナルドなんですけど、よろしければどうぞという控えめな感じだろうか。
景観条例が厳しい古都や旧城下町などでは、こういう渋めの外観に強制されているが、地元の街は西武グループが支配する人工繁華街なので、赤、黄、緑など原色の看板で溢れかえっている。そこに観光都市のような「ハイソ」なルックスのマクドナルドがある。違和感しかないのだが………
そして店内を覗き込むと、もう一つの違和感がより強く感じられる。店内は最新式のレイアウト、注文カウンターがあり、コロナ対策のガードボードもそれなりの高さのものが設置されている。法的基準をはるかに上回る、マクドナルド対応というべき「完璧さ」だ。
違和感の原因は、その最新鋭対応客席にいる客の、半数以上が高齢者だということ。それも大部分が後期高齢者っぽく見える。マクドナルドといえば、高校生大学生がたむろして、ドリンクとポテトを前に喋りまくっていたり、教科書を広げて試験勉強していたりする都市型コミュニティースペースみたいな感覚があった。特に、平日の午後は若者集団に占拠されているものという思い込みがあった。
ところが、なぜか自分よりも年齢が上としか見えない高齢者の集団があふれている。それもほとんどが一人で、ジジ・ババのおしゃべりグループは見当たらない。マクドナルドが日本に一号店を開けてから50年近くが経つ。当時は流行の最先端を追いかけていた二十歳の青年が今では70歳を超えるのだから、マクドナルド一筋50年というツワモノ高齢者がいても不思議ではない。が、そのツワモノがなぜか大量発生している不思議空間だった。スズメ百まで踊りを………ではないだろうが、二十歳で覚えたマクドナルドが忘れられないか?

全国のマクドナルドが高齢者愛好店になっているのかもしれないと思うと背筋がゾクゾクする。確かに、その兆候はあった。郊外型の小型店舗に行くと平日午後なのに駐車場は満車、客席は空席待ちになっていて、店内はジジババが目立っていた。コロナ前のことだった。
近場の大型郊外店でも二階席は半分ほど子供専用に仕切られていて、ファミリー優先だったが、残りの半分のテーブル席が新聞を読むジイさんで占拠されていた。確かに、マクドナルドは朝早くから空いている。昼のピークを除けば、客席には比較的余裕がある。コーヒーを頼めば、セルフ式の喫茶店やカフェなどよりはるかに安い。
おまけに、コロナ拡大の後遺症というべきか、いわゆるキャッシュレス対応を筆頭に、完全禁煙、Wi-Fi設置など店内に長居しやすい環境整備が進んでいる。これは学生やサラリーマンなど、いわゆる現役世代対応だったはずだ。
それにもかかわらず高齢者の愛好場所になったのはなぜだろう。おそらく高齢者天国だった図書館が長時間滞在をさせないようになっていることも原因の一つだろう。昼カラのような高齢者愛好施設が、コロナで使いにくくなったことなどもありそうだ。何より家にこもっていた高齢者が、大量に外にで始めたせいで、その姿が目立つようになった。色々な要因が複合して、マクドナルドの溜まり場化を推し進めているような気がする。
1990年代、アメリカ中西部の都市郊外でマクドナルドに行った時に、似たような光景を見かけたことがある。地元の人間が、マクドナルドは高齢者が飯を食べにくる場所だよと言うのを聞いてショックを受けた。まさに、それが令和の日本で出現している。
マクドナルドを若者に返せなどと言うつもりは全くない。ただ、日本の人口の1/3を占める高齢者が、自然発生的に集まる場所がマクドナルドになるとは、誰も予想していなかっただろう。
行政がこれに気が付けば、社会福祉政策も変わるかもしれないが、おそらくそれに気がつくころには既に高齢者の大量消滅期に入っている気もする。行政より先に、マクドナルドが「そこ」に気がつき、対応を始める方が早いだろう。高齢者向け専用バーガーが出現する日も近いのか。テーマは、歯に負担をかけないとか、喉に詰まりにくいとか、高齢者特有のニーズに対応する頃になるのだろうな。
マクドナルド=デイケア施設と言うのは、ちょっとしたブラックジョークだ。それでも、マクドナルドの看板に「マクドナルド・プラス」とか「マクドナルド・プレミアム」とか、「マクドナルド・シニア」とかいう高齢者専用マークがつくのは、そう遠い未来のことではない……………気がする。