街を歩く

外食DX考察 デニーズ

デニーズはアメリカンで小洒落た朝食の店という思い込みがある。お江戸に出てきた頃、北海道には存在しなかった「シャレオツでカジュアル」なレストランという刷り込みがされてしまった。すかいらーくよりはデニーズだよな、などとなんの疑いもなく思い込んでいた。そのデニーズがラーメンやら、マグロ丼やらを置くようになり、すっかり足が遠のいてしまった。業界知識もそこそこあるので、業績の浮き沈みに合わせて経営トップが交代し、その度にメニューから商品提供方法までガラッと変わるのが特徴の会社でもある。ビジネスの連続性と言う意味で外食としては異色なブランドだと言う認識があり、多少批判的になっていたたこともある。ただ、ロイヤルホストがホテルで食べる洋食だとすれば、デニーズはなんでもありの大衆食堂ではなく、カジュアルなレストランというイメージがあるので、大衆食堂化は残念だったのだ。
それでも、アメリカンな朝食はデニーズという「イメージ」が自分の中では固定化されている。確かに卵の料理法をあれこれ頼めるのはデニーズだ。サニーサイドアップではなくターンオーバーでと頼めるのは、ここしかない。(まあ、ロイヤルでもたのめばやってくれるとは思うが…………)

久しぶりにわざわざデニーズに朝食を食べに行った。メニューブックを見て、ああ、昔に戻ったのだなと思った。グランドメニューと朝食メニューが一冊になっていたからだ。要するに、メニューブックは全時間、起きっぱなしになり、時間帯によってメニューブックが変えられることもないということだ。これは従業員に対する負荷が下がる。オペレーションの改善だ。だが、客から見ると昼しか提供していないメニュー、朝食の専用メニュー、そして朝食時間帯には提供されないであろう定番メニューが混在した情報となっている。簡単に言えば、見るのが面倒臭い。いらない情報が多い、となる。
これがデニーズ式のアフターコロナ対応なのかと、いささか残念になった。メニューブックが一冊になった以外には、店内に何も変化がない。アクリル板の間仕切りはある。各テーブルに電源コンセントは設置された。しかし、セブン&iグループ全体で無料wifiサービス 7スポットを停止したので、wifi接続はやたら面倒くさい手続きが必要になった。一言で言えば、デニーズはアフターコロナ対応でサービス低下を起こしているということになる。
注文用にタブレットを置かないというのは、それなりの理屈があるのだろう。7グループの一員だから、情報投資をケチっているとも考えにくい。注文は従業員が取りに行くというスタイルを重要視しているのかもしれない。ただ、その従来のスタイルを守るということと、今の客が求めているものとのチグハグさが感じられる。

メニューブックの中身がどう変わっているのかは、運営方法に対する興味とは全く違うので、ここでは語らない。ただ、大きな方向感としてハンバーグを主力に野菜とバランスの取れた食事に戻るようだ。また、和食や丼に偏りすぎた商品を洋食寄りに戻していくつもりらしい。多少なりとも変化する意思は感じられる。ただ、それだけで、現在の価格帯(ファミレス業界では高め)を正当化できるほどオペレーションが磨き込まれているか。そのあたりが成否の鍵だろう。
対顧客でのDXは感じられない。ちょうどテイクアウトメニュー(冷凍調理品)の販売が始まっていたが、店内のどこを探してもその手の表示・展示が見当たらない。(メニューブックの中には書いてあるが)物販をやる気があるのか、販売ノウハウが足りないのか、その辺りも今後の確認事項だろう。

コロナ拡大が始まった2年前は、ちょうど禁煙対策が法的に強制された時期にあたる。その前の中途半端な分煙設備が取り除かれないままだった。つまり開口部があり喫煙室側から煙がダダ漏れの分離壁がそのまま残っている。これを見て思い出した。禁煙席にいながら流れ出してくるタバコの煙で臭いのが嫌で、デニーズに行かなくなったのだ。改めて見ると分離壁の横にポスターが掲示してある。なんだか分離壁にへばりついた変な位置だなと思ったが、よくよく見ると分理壁設置前は壁の中央位置にあったのだろう。そのポスターを撤去もせずに「壁」を作った後も、ポスターの位置を直しもしないで貼りっぱなしにしていたということらしい。
そして、2年前に完全禁煙にした後でも、分離壁は撤去もされず残したまま。ビフォー・アフター比べてみても、なんということでしょうだ。おそらく店内に分離壁を設置するときに本社の施工部門担当者が、図面だけ見て場所を決めたのだろう。そして設置工事前、後の現場確認作業をしていない。だから、ポスターの位置のおかしさに気がつかない。店長やスーパーバイザーもこの店内調度のおかしさに気がつかないか、あるいは本社のやっていることだから文句はつけないようにしようなのか。どちらにしても、「変な店」が残っているのは確かなことだ。
なんだか、デニーズのアフターコロナは前途多難のような気がしてきた。普通の店を普通に運営することからやり直さなければいけない。これは相当にハードルが高い「業務改革」だろう。現場が疲弊しているのも確かだろうし、現場を見ない習慣ができているのも恐ろしい。

卵にトーストという「当たり前の朝食」が、当たり前に出てきて、普通に美味しいのはやはりレストランとして重要なことだ。今回も美味しい朝食だった。卵の出来はさすがだ。
今の朝食時間帯のデニーズは、なかなか仕事をするのに居心地の良い空間であることは間違いない。ただ、もう少し客が戻ってきて活気がある店になった方が、「食事空間」としての居心地が良くなりそうな気がする。それはDXとは無縁の良いオペレーションがもたらすものなのではないか。

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沖縄的シニカルさに乾杯

銀座の端っこというのが正しいかどうか。沖縄のアンテナショップのある界隈は、各県のアンテナショップが集まっているプチ租界的な感じがある。その中でも、やはり風格があるというか王者の気配を見せているのが、このシーサーにまもられている「わした館」だろう。
5世紀あたりから始まった大和朝による日本統合戦争には関わりなく、中近世まで独立王国を保っていた琉球王国の守り神も、こうしてみるとずいぶん愛嬌がある。古代日本を舞台にした八咫烏対シーサーみたいなファンターがあれば面白いのになあ、などと妄想してしまう。それくらい、日本離れした「生き物?」だと思うのだが。

そのわした館の地下に、ゴージャスな泡盛売り場がある。東京ではここが一番泡盛の品揃えが多い場所ではないか。沖縄本島、離島を含めた沖縄各地の地泡盛?がこれでもかと並んでいる。独特の匂いがある泡盛は、人によって好みがあるようだが、自分のお気に入りは石垣島の「八重泉」だ。これがイチオシで、二番はない。
たまたま推理小説を読んでいたら、主人公の探偵が八重泉を愛飲していると書かれてあり、興味本位で一本試し買いしてみた。それ以来、ずっと八重泉にハマっている。石垣島まで買い出しに行ったこともある。
ただ、百貨店の酒売り場程度では置かれていることは少ない。かなり品揃えにこだわりのある本格酒屋でたまに見つけることがあるくらいだ。だから、銀座に来て荷物が少ない時は、わした館でこの酒を仕入れることにしている。
この時も八重泉を見つけ、一本手に取ろうとしたら、このPOPが目に飛び込んできた。
世の大多数の酒飲みは、この一言に心が動揺するだろう。「いや、俺の場合はそんなにひどくないはずだ、いやいや、そんなはずはないだろう。まあ、言い切る自信はないけど、ない、と信じたい。ないはず、だろうなあ……………、でももし、ダメだったとしたら、すまん、許してほしい」
なんとなく、こういう弁明とも言い訳ともつかない「心の中の独り言」が聞こえてきそうだ。
それとも「八重泉」には、何か特殊な成分が入っていて、こういう残念な人に変わってしまうのだろうか。うーん、いかにもいかにも……………微妙だ。

「初心者注意」というのも親切そうで、これまたずいぶんな言い分に聞こえる。それでも与那国島の泡盛と比べれば、まだずいぶん度数が低い。マイルド級だ。与那国の泡盛は、アルコール度数がとてつもなく高いので火がつく。危険物なので飛行機の機内持ち込みに制限がある。
一口試して、これは「並」の人間が飲める代物ではないと学習したものだ。だから、この度数くらいであれば、まだまだ人の飲み物と我慢できそうな気がする。
それよりも気になるのが、隣の「無礼講なんて・・・」という言葉だ。これは社会階層的に下層で虐げられているものの、心の叫びだろう。サラリーマンで言えば、ベテラン課長にいじられる新人ヒラ社員的な、会社カーストの最低に生息するものの叫びに聞こえる。
テレビドラマの中だけにしかいないと馬鹿にしていた、「俺の酒が飲めないのか?!」と迫る上司に初めて出会った時は、世の中には人外の化け物が本当にいるのだと思った。歳をとったらこうなりたくないという「ダメ人間」の実例を見たのもそれが初めてだった。人として尊敬に値しないどころか、その存在が悪だろうと学んだのもその時だった。今、振り返ってみれば、絶対にこいつより偉くなって正しい生き方を指導矯正してやろうと思わせてくれた、ある意味人生の恩人で反面教師だったような気もする。
どうも、泡盛を愛する沖縄人にも、同じような苦汁を味わった人がいるのだろうなあと、ほろ苦い仲間意識を持ってしまった。そんな時は、シークワーサー果汁を入れた「八重泉」で、ほろほろ酔うのが良さそうだ。

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土産物で考察したこと 2

10年以上前から不思議だったのだが、なぜか北海道土産の準定番に「おかき」が入ってきている。生チョコレートとかポテトスナックであれば、とりあえず北海道ものとして納得できる。しかし、米菓子がなぜ?とずっと思っていた。仕事の資料を調べていて、ようやく気がついた。
北海道は今や日本の米の主産地になっている。昔は味は不味いが量だけたくさん採れるみたいな評価だったが、温暖化の影響なのか西日本の米の食味が落ち、北海道では新品種の投入も続き「質」「味」「量」の三拍子が揃った米の名産地になっている。ところが、そのうまい米が売れ残っているのも現状の課題らしい。
おそらくその辺りの「大人の事情」で、米菓子を北海道観光名物・土産物に仕立てようという陰謀?があるのだと推理した。当たっているかどうかは想像にお任せする。
先行して発売された名物おかきは、「エビ」「カニ」「ホタテ」などの海産物フレーバーだった。冷静に考えればスーパーで買うと100円程度の量しか入っていないおかきが500−600円という「観光地価格」で売られている。そこに付加価値、納得感を与えるには北海道限定感を出すしかないだろう。
北海道といえば・・・と連想ゲームをして、その中でもお高い物を選ぶ必要がある。ステロタイプなものは既に出尽くしているようだ。前述のカニ・ホタテ・エビは当然として、味噌ラーメン、ジンギスカンなどの料理や、コーン、ポテト、カボチャなど変わり種もどんどん登場して、どんどんいなくなっていく。ほとんどアイデア合戦というしかない。
そんな競争の果てに出てきた究極な感じがする「極め物」を見つけた。「北海道昆布おかき」「北海道チーズおかき」だ。大事なのは「北海道」という枕詞だろう。つまり、この「北海道」をとれば、全国どこで売っていてもおかしくない「普通」のものになる。
おまけにどちらも国産米100%使用としている。ところが北海道産米とは入っていない。ちなみにおかきや煎餅の原材料である米は、安価な輸入米が使われることがほとんどなので、国産米使用というのはそれなりに評価できる。しかし、北海道米を使わなければ、北海道米問題の解決にはならないのではと気になるところだ。
昆布は北海道産らしいが、北海道以外で昆布が取れるところはあるのだろうか、というささやかな疑問も浮かぶ。東北地方北部のどこかでとれているのかもしれない。鮭は日本海側では新潟県、太平洋側では茨城県北部までとれるから、昆布もどこかで採れているのではないか。あるいはロシア産昆布とか中国産昆布があるのかもしれない。羅臼昆布は名産だが、ちょいと海を越えた対岸の国後島でも当然ながら昆布は取れるだろう。ロシア人が昆布を好んで食べるかどうかは知らないが、蟹と一緒に送られてくるのかもしれない。勉強が足りていないのであくまで憶測だ。
チーズも、北海道産チーズなのかどうか、表記上はわからない。北海道は国産チーズの拠点であるのは確かで、三大乳業メーカーも大きなチーズ工場を北海道各地に持っている。北海道産チーズであることを否定できないのだが、確かめようもない。
そんなことをあれこれと考えてしまった。
店頭で山積みにされていたから人気商品なのだと思う。土産に買うので、なにも考えずに買ってしまった。その人気の土産物の裏側に、宣伝広告やら社会問題やら生産調整問題などがたっぷり詰まっているらしいことを想像して、帰りの機内でなんだかなあと思いながら飲んだコーヒーは、かなりほろ苦いものでありました。

街を歩く, 食べ物レポート

いつものランチ 新宿アルタ裏

ポークソテーとコロッケのランチ

新宿アルタ裏にある雑居ビルに、お気に入りの洋食屋と居酒屋がある。ランチは洋食屋、夜の飲みは居酒屋でと使い分けている。ビルの5階というちょっと不便な立地で、おまけに一階はゲーセンなのでエレベーターに行くまでに相当賑やかな空間を突っ切らなければならない。
それでも新宿では貴重な洋食屋で、オムライスを食べたい時は、ほぼこの店一択になる。洋食屋と言いながら、在りし日のデパートの大食堂的なメニューなので、焼き魚定食もあればステーキもあるという賑やかさが嬉しい。
いつもであればオムライスを頼むところだったはずが、たまたま隣の席についた若い女性客がオムライスを注文して、その注文を聞いた従業員がそのまま自分の注文を取りに来てしまった。「じゃあ、こちらもオムライス」と定食屋のノリで注文すればよかったのだが、なぜか若い女性とメニューがかぶるのは・・・などと躊躇ってしまった。普段はあまり頼まないポークソテーを頼むことにした。コロッケをセットにしたのは気まぐれだ。ランチのセットなのでライスにスープがついてくる。お値段もリーズナブルだった。
注文したものを食べて予想外だったのは、コロッケが手作りらしいカレー味だったことだ。ランチにセットでついてくるコロッケだから、業務用冷凍品に決まっていると決めつけていた。その先入観が見事に裏切られた。
これが出るのであれば、コロッケ定食を頼んでも良いかもと思ったほどだ。付け合わせについているマカロニサラダも好みなので、次はコロッケとマカロニサラダをどちらも単品で頼んでみようと思ったほどだ。
ポークソテーはデミグラスソースで仕上げている本格的なものだ。洋食屋のポークソテー、チキンソテーはどの店もソースに工夫を凝らしているので、その店の味が楽しみなメニューだが、こちらはオーソドックスな味付けで十分に満足した。
ただ、これもランチセットではなく、単品で注文すればよかったなと後悔した。単品だと、肉が二枚になる。セットでは一枚だけなので、食べ終わるとなぜか中途半端なところでお預けを食らったような寂しさが残ってしまう。どうもオムライスから浮気をしたバチが当たったようだ。それでも新宿の真ん中にあるレストランで食べるランチは満足度が高い。

靖国通りを挟んで歌舞伎町を見る

今ではすっかり定着した、おひとり様用カウンターは靖国通りに面した窓際なので、目の前は歌舞伎町のさまざまなビルが見える。ちょっと前までは外国人観光客で溢れていたドンキ前も、今ではすっかりおとなしくなっている。
そのドンキの先に高層ビルがニョキニョキと生えてきて、今では竣工寸前だ。コロナですっかり静かになったてしまった歌舞伎町も、密かに新陳代謝が進んでいるようだ。ゴジラ・ヘッドのホテルビルと並んで、新宿ツインタワーなどと呼ばれるのではと思いつつ、洋食ランチを楽しんだのでありました。

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土産物で考察したこと 1

あちこちに旅をして地域の土産物を買うと、その時期やその地域の文化や社会問題に突然ぶち当たることがある。土産物を買うのに政治問題など意識したこともないが、たまたま今回は頼まれた物を買うので、間違いがないようパッケージをしっかりと確かめたせいで気がついた。
「ぽてコタン」という商品名だが、最初は何も気がつかなかった。コタンはアイヌ語だ。集落・村という意味だったと記憶している。つまり英語のポテトとアイヌ語のコタンから作られた造語の商品名だ。じゃがいもと玉ねぎが集まった・・・みたいな意味を込めているのだろうか。コロナの感染拡大が始まった頃に開園した、北海道白老のアイヌ文化伝承施設「ウポポイ」のロゴがあしらわれている。北海道を挙げてのアイヌ文化復興支援みたいなことらしい。
日本国政府が重い腰を上げ、アイヌ民族を先住民として認め、その文化保存に渋々乗り出したのは画期的なことだと思う。国連機関に非難されたことがきっかけだとはいえ、何も認めない、やらないより100倍マシだ。北海道が舞台の大人気コミック「ゴールデンカムイ」のヒットのせいで、北海道限定のコラボ商品も数多くある。(サッポロビールのコラボビールはなかなか良かった) 
北海道内では好意的なムードが広がっているような気がする。ただ、それが道外観光客に伝わるものかどうか。小さな積み重ねが社会を少しずつ変えていくと期待するしかない。SDGsもカーボンニュートラルも大事だが、こうした足元にある問題にも目を向けていこうという「社会的に正しい企業行動」は是非続けてほしいものだ。
ただ観光土産のほとんどに、こうした社会問題を考え始める「サイン」やら「提案」やら「支援」やらがあると、それはそれでちょっと息苦しいかもしれないなあ。

ウポポイとは「おおぜいで歌うこと」という意味だそうだ。白老にある文化施設のホームページに書いてある。
https://ainu-upopoy.jp/facility/upopoy/

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いつものランチ 日高屋

日高屋でランチにしようと思い、ふらりと近場の店に入った。季節限定商品もあるが、新作メニューが出ていない時にはマイ定番として爆弾炒めと半チャーハンを注文することが多い。ここ数年、冬場になると登場していたキムチチャーハンは、今年は登場しなかった。キムチチャーハンがあればそれにするのだが・・・。
爆弾炒めはキムチ味の肉野菜炒めのようなものだとが、見た目の赤さほど辛くはない。野菜炒めに白飯という組み合わせは、若い頃食べすぎたせいもあり微妙に避けたいメニューだ。ただ、町中華で野菜を食べたいと思うと、野菜炒め以外見当たらない(ことが多い)。だいぶ譲歩して八宝菜くらいだろうか。ただ、あの塩味のあんかけ料理があまり好みではない、という全く個人の嗜好の偏りもあり、野菜料理の選択肢が狭くなる。
だから、日高屋では爆弾炒めを連発してして食べることになるのだが、食べるたびに微妙に辛さが変わっているので(多分キムチの仕込み度合いのせいだと勘繰っているのだが)、毎回毎回、今日の辛さはどうかな?と楽しんでいる。辛さ控えめに感じた時には、ラー油を追いガケして味変するのも楽しみだ。
そして、半チャーハンを辛さ中和剤として合間に食べる。日高屋の炒飯は、意外なことに薄味なので、フルサイズ食べると食べ飽きてしまうが、半チャーハンであればちょうど良い。
ありがたいことに、半チャーハンを頼んでも、スープがついてくる。実は、この町中華定食におまけでついてくるスープが好物なのだ。できればラーメン丼で出してもらいたい。別料金でも注文したいと思っているが、どの店のメニューを見ても「中華スープ」などというものはない。具材が入った、卵スープとか、キクラゲと筍のスープとかになってしまう。飲みたいのは、チャーハンや餃子定食についてくる、醤油ラーメンの麺抜きみたいな具なしスープなのだ。一度勇気を出して、聞いてみようか。「チャーハンについてくるスープを大盛りにしてもらえますか」と。
まあ、町中華で飯を食べるということは、こんな好き勝手な妄想をしながらマイ中華メニューを楽しむことなのだと思うのですよ。

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いただきもの 高知県おもてなし課(元)

高知県で農産物を仕入れたことから、ご縁が続いている高知県観光振興部観光政策課おもてなし室から送られてきたお茶とコーヒーのサンプルが4種類。見た目はおしゃれでシックなものだった。
以前はおもてなし課だったが、おもてなし室に降格?されてしまったのがちょっとさみしい。「おもてなし課」は映画化もされていた高知ブランドの一つだけになあ、と残念に思う。
それはさておき、お茶はブレンド茶で、ハーブティーの親戚みたいなものだった。あまり知られていないようだが高知県はお茶の大産地で、静岡にも輸出?され静岡ブレンドのキーパーツになっていると聞いたことがある。
できれば、静岡で加工用に使われるのではなく、高知ブランドで売りたいのだと、高知県山間の町で農業に関わる人に聞いたことだ。
来年の某国営放送朝番組で高知県が扱われるそうだ。その牧野先生に関連してのお茶なのだろう。個人的には(普段はあまりお茶を飲まないのだが)、なかなかシャレオツな気分になる素敵なものだと思う。何しろパッケージが相当にシックだ。伊勢丹三越のハロッズの横においても負けない気がする。
一緒に送られてきたコーヒーは、高知となんのゆかりがあるのかはよくわからないが、パッケージの裏にある「コーヒーの淹れ方」を読むと、高知人的センスが読み取れる。曰く、コーヒー粉末にお湯を注ぎ10−20秒蒸す間は、遠く高知の風景などを思い起こすと良い、とすすめている。
高知の街をぶらぶら歩くと、あちこちに気の利いたセリフが書かれた看板や広告を見つける。センスの良い街だと思う。そんな高知気質みたいなのが、コーヒーのパッケージにも現れているようだ。
日曜市の猥雑な賑わいや、ひろめ市場の昼飲み天国状態を見るにつけ、この町はラテンな人たちが住んでいるのだなあと思っていた。優れもののデザインが溢れていることも考え合わせると、高知は日本で一番イタリアンな場所なのかもしれない。それも南部のとびっきり明るい街、ナポリに似ているような気がする。
ナポリであったマリオみたいなおっさんを高知のカツオ名人たちに合わせてみたいな、などと高知ブレンドコーヒーを飲みながら考えておりました。

街を歩く, 小売外食業の理論

ファサードの魅力と吸引力

札幌狸小路の話を長々と続けているが、実は今回の札幌探索で一番気になった店を狸小路で発見してしまったのが原因だ。何度も書いているが、狸小路の西端は建物がどんどん潰れて、駐車場になったりホテルになったりしている。新陳代謝が激しいと言えばそうかもしれないが、新しくできるレストラン、食べ物屋のほとんどは新築ビルに入居するわけではない。古くて小ぶりなビル・建物にひっそりと開店するのがほとんどだろう。
だから、ビルの2階にある店舗も多い。数少ない狸小路歩行者を店内に引き込むべく、外観のデザインやpopなど工夫している店が多い。だから、都心中心部を歩くより狸小路のはずれを歩く方が、今の札幌で店をやろうと思う若い衆の意気込みが感じられると思っている。そんな街歩きの中、数ある新進気鋭の店舗群の中で、一番目を引いたのがこの店だった。
ちなみに「点と線」は某有名推理作家の出世作の題名と同じだ。何か、その小説と関係があるのかもしれない。勘ぐれば、点と点をつなぐ線みたいな意味で、つながりとか共生などを考えているのだろうか。店名だけであれこれ考えさせられてしまう。

どうやらカレー屋さんが始めたラーメン店のようだが、「新しい麺料理のカタチ」と真面目な宣言をしている。デザインセンスはなかなか優れものだと思う。ただ、ラーメンが退色しているように見えるので、その点は気になる。
ああ、このラーメン食べてみたいなと思わせる説得力がある。コピーもシンプルだが力強い。このデザイナー、センスがいいなあと感心した。

入口横メニュー看板も一点豪華主義といいうのが良い。ついついフルメニューを乗せたくなるのが入り口看板だが、その誘惑をしっかりと退けている。いいぞ、いいぞと思う。
おまけが、地面に置いた行灯だ。夜になり灯りが入れば、これは実に効果的だ。この手の地面に置く行灯は京都先斗町や東京神楽坂でたまに見かける。夜に特化した「ハイセンス」POPだが、使い方が難しい。それをラーメン店でよくやり遂げたものだ。
次回の札幌では、この店を外すわけにはいかない。店内の姿にも期待が高いが、おそらくラーメンのビジュアルも相当にハイレベルでフォトジェニックな仕上がりになっている気がする。
レストランは見た目が8割、ということを理解している人は少ない。見栄えが悪いが味はうまい食べ物など、極めて稀な存在で天然記念物級のレアものだ。それと同じで、レストランの良し悪しは入り口で8割方決まっているものだ。初めて入る店は入り口で決まる。嫌な感じがしたら、決して中には入らない。意外とお店をやっていながら、このことに気がついていない店主・経営者は多いようだ。うちの食い物はうまいはずなのに、なぜか客が来ないという傲慢な店主は、入り口で客を惹きつけないどころか排斥していることに気がつかない。その意味でこの店は必見の一軒だと思う。

繁盛店を作るには、店名とファサードがとても重要なのですよ。 

街を歩く

人生の落とし穴を発見した

何気なく見かけた一枚のポスターが人生を変えてしまうこともある、という怖いお話だ。JRの切符で入場券だけを集めた全集が15万円くらいで発売されるという記事を読んだ。今の切符はペラペラの薄紙だが、その入場券全集の切符は昔の固いもの、硬券だという。コレクター魂がぐらっとくる悩ましく怪しい企画だ。しかし、これはしっかりと諦めた。あれこれ断捨離をしている中で、物を増やしてはいけない。
はずだったが、たまたまJR北海道で似たような企画を実施している。それが、このポスターだった。
単独駅の単独企画だったら、「記念に一枚買ってみるか」で済む話だ。ただ、このポスターに書かれているNO.84に気がついた。少なくともNO.1からNO.83まで存在することは明らかだ。
おそらくJR北海道管内の駅をめぐるスタンプラリー的なものに違いないことも推測できる。危険すぎる。買ってはいけないだ。同じように、たまたま見かけた関東道の駅のスタンプラリー本に釣られて3年がかかりで完全走破した経験者だ。
翌日ネットで「北の大地の入場券」を検索してしまった。確かめてみれば、まさに「沼」企画だ。北は稚内から東は根室まで、南は函館どころか津軽海峡を越えて青森県いまべつまで企画に入っているのだ。
JR北海道の路線図と見比べてみると、要所要所の駅が対象で、それも一旦下車しなければ買えない仕組みになっている。例えば、旭川で降りて次の目的地は遠軽経由北見みたいな飛び飛びに進むしかない。特急を利用して乗り継ぐにも、特急の発車間隔は少なくても2時間程度の間隔がある。(東海道新幹線の5分おきみたいな発車間隔で北海道鉄道旅行は無理だ) つまり、1日にゲットできそうな入場券はせいぜい十枚、道北、道東に行けば1日五枚も難しいだろう。全部で82駅・94種でコンプリートするとのことだが、最低でも1週間かかりそうだ。おまけに過疎地域では駅が無人化していて、切符を買うには地域の公共施設、近隣にある道の駅などに行かなければならない。
無理ゲーというしかない。適当に札幌近郊の何枚かを手に入れてお茶を濁すというのもありかなと思ったが、一枚買えばそこから先は地獄行きの特急コースだろう。全駅コンプリートすれば表彰状がもらえるらしい。
いや、そんなのいらない。この話も記憶から消し去ろうと頑張っている。それなのに、いつの間にか全国JR時刻表をひっくり返し、乗り継ぎなどを確認してしまう自分が怖い。
夏の青春18切符発売は7月だ。その次は冬の青春18切符が12月発売で、完全制覇賞の締め切りは来年2月末。危険があぶない。
「北の大地の入場券」詳しくは ↓

  https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20220428_KO_ticket.pdf

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狸小路@deepでラーメン

狸小路7丁目を勝手に狸小路@deepと称している。もちろん某有名小説のもじりだ。狸小路7丁目・8丁目界隈には、いわゆる尖った店が多い。大体の店が小降りで、客席数もあまり多くない。ただ、熱烈な常連客がいて経営を支えているという感じがする。フリの客には入りにくいというか敷居が高い、コアなファン向けの店が集合している。札幌でもDeepな一角というのに間違いはないと思う。
このDeepさこそは、チェーン店のコスパの良さだけがお店の評価基準ではないという証明なのだが、コアなファンの店は、言い換えれば一見さんお断り的なムードもある。商売として広げるには、そこを突破しなければならないはずだ。だが、どこの店も「ひろげる」ことに興味がなさそうだ。どちらかというともっと深掘りしていく感じがする。
長年食い物業界に携わってきたこともあり、その手の一見さんお断り的ムードには免疫があるというか、根っから無視してしまうことが多い。特に最近のアフターコロナ世界では、店主の客あしらいを含め混乱が続いているので、一人飯、一人飲みはヘイっちゃらだ。店主がごねたら、何も注文せずに出て来れば良い。(注文していても出てしまう時もあるから、だいぶ厄介な客だという自覚はある)

友人から聞かされていた、狸小路7丁目のラーメン屋には一度行ってみようと思いつつ随分時間が経ってしまった。どうも店主こだわりの商品に、コアファンが信奉してしまったカルト的ラーメン店らしい、と勝手に思い込んでいたからだ。
たまたまランチに行こうと思った店が臨時休業だったり、長期休業中だったりしてランチ難民になってしまった。そこで不意に思い立って、昼のピークを外しこの店に出張ってみた。
不思議なラーメンだった。スープに潜む香草の味が独特で、ラーメンのスープというよりエスニック系な感じがする。ただ、パクチーではないようだ。セロリをメインにしてブーケガルニ的な何かだろうと思う。比較的とろみの強いスープだが塩味は控えめで、ネギのカットが大きいこともあり、やはりラーメンというより濃厚スープを食べている気がした。
おそらく、2度3度と繰り返すことで、だんだんハマっていくタイプの料理だと思う。岩のりをスープに入れてちょっとふやけた状態で食べる。これがまた気に入ったところだ。ラーメンの結構としては、スープの主張が強すぎる気もするが、確かに美味い「麺料理」だった。次に札幌へ行くときには、何度か通い詰めることになりそうだ。
ちなみに、この店の隣は、これまたユニークな「ジンギスカン屋」で、そちらも捨て難い。ラーメンとジンギスカンのハシゴは、あまり想像したくないが。