街を歩く

8月のコンサート

毎年8月に催される小規模のコンサートに通っている。家人が参加するこぢんまりとした弦楽グループの定例コンサートで、最初の頃はレストランを貸し切った程度のかわいらしいものだった。演奏者にも小学生が混じっていた。
それが今では、オーケストラの弦楽パートくらいの人数で演奏される規模になった。演題も最初の頃は、クラシック初心者向けのファミリーコンサートだったので、誰もが知っている定番の小品が中心だった。だが、今ではバッハなどの重厚な弦楽曲が中心なり、じつにクラシック「らしい」ものに変身している。
コロナの間は活動休止中だったが、それがパワーアップして再開された。今回は、地元でもそれなりなコンサートホールで行われたし、プロのソリストが参加する堂々たる演奏会だった。
地元のホールは、音楽の女神の名が冠されているだけあり、見る箇所にもよるが、どこぞの国の神殿風なデザインがほどこされている。演劇やオーケストラの演奏会が行われる大ホールと、クラシックや演芸の舞台となる中ホールがある。
個人的には、かなり見やすいホールだと思っているし、専門家に言わせると音の響きもなかなかのものらしい。

自宅から電車で一駅、歩く気になれば歩いて行ける距離に、このような文化施設があるのはなかなか幸せなことだ。ただ、近いが故についつい行きそびれることも多い。アフターコロナで再開されたエンタメイベントを再確認してみると、おやまあ………という低価格で開催されているものが多かった。今年の後半は、少し文化的に活動しようかと、交響楽団の演目を確認したり、寄席の演者を品定めしている。
ちなみに、このホール施設にはレストランも併設されているので、演目終了後にささやかな余韻を楽しむこともできるので、それなりに都会の気配もあるのだ。渋谷道玄坂や初台、半蔵門にある著名なホールで楽しむのと同じレベルで、日本文化の精華を味わうことができる。良い時代になったと感謝するべきだろうなあ。
おまけに、このホールの「友の会」に入ると、チケットが一回500円割引になる。年会費は、4回行けば元が取れるくらいだし、会員は優先的にスマホで先行予約ができるらしい。なんだか文化活動を楽しみながら、現代の商業主義的な側面も学べる、ありがたい施設なのだ。その上、隣は警察署なので、防犯は万全。

街を歩く, 小売外食業の理論

販促の技術

夏の王道、と言われるとなるほどなと思う。この販促用POPは、メーカーの営業担当者が作ったものが、それともスーパーの売り場担当者が作ったものか、立ち止まって考えてしまった。
企業ロゴが入っているから、スーパー担当者が勝手に作ってはいけないものだろうという気がするが、メーカーが黙認しているのかもしれない。
面白がって、2・3日ほど観察していたら、山盛りだった袋がだんだんと減ってきた。なぜか補充はされていないみたいで、山の高さがどんどん低くなってくる。
期間限定だから売り切れごめんなのだろうけれど、最後に残った一箱みたいなタイミングは陳列がどうなるのか楽しみだ。

街を歩く

町中華で出会った好物と警察沙汰

半チャーハンとネギチャーシュー 普通に美味しい、好物なのだが

久しぶりに炒飯を食べようと、町中華のチェーン店に行った。昼のピークを外して行ったのだが、そのために面白い経験ができた。
店内に入ってカウンター席につくなり、男二人が大声を出して言い争いを始めた。面白がってカウンターの壁越しにのぞいてみたら、二人の高齢者が騒いでいる。一人はザビエルハゲというか頭頂部が輝いている。もう一人は短髪で全白毛だった。言い争いをしているから、周りの客がどんどんと逃げていく。離れた席に移るくらいであれば良いが、店から帰るものも出始めていた。自分の隣にいた客は、食べ物を完食しないまま帰って行った。明らかに営業妨害だろう。
言い争いを聞いていると問題は二点あるらしい。発端はザビエルハゲくんが携帯ゲームをしていて、いきなり白毛くんの方に体を寄せてきたらしい。おそらくゾンビ退治のゲームでもやっていて、いきなり出てきたゾンビに体がのけぞったという感じだろう。
それを迷惑に思った白毛くんが、一言謝ることも出来ないのかとザビエルハゲくんに文句を言ったら、ザビエルハゲくんが激昂して大声で罵った。この大声は自分も聞いていたが、罵詈雑言と言っていいほどの醜い喋りだった。
ザビエルハゲくんは、自分がジジイなのにゲームをするなと言われたと勘違いしたらしい。白毛くんは、ジジイなのにヒトに迷惑をかけても謝らないとはどういうことだ、とザビエルくんを諌めていたのだが。勘違い、すれ違いで騒動は大きくなるという典型だろう。これが一点目だ。
ここで白毛くんがブチギレて、まずは従業員に噛み付く。自分に迷惑をかける「怪しいやつ」を排除するのは店の責任だ、みたいなことを言っている。結局、ホールにいた従業員の何人かがクレームを受けることになる。これが二点目の問題で、お店からすると流れ弾というしかない。因縁をつける悪質クレーマーと判定したくなるだろう。
続いてザビエルハゲくんに矛先が向かう。謝らないなら警察を呼ぶと言い始めた。これにザビエルくんは何の反応をしないで無視体制。なので、白毛くんはその場で警察に電話をかけ始めた。その会話も漏れ聞こえてくる。白毛くんの主張は、大声で威嚇された、脅されたということのようだ。
暴力による肉体的被害ではなく、精神的な被害という論点で警察を呼んでいるらしい。暴力沙汰にはなっていないから、どうも警察が出動をためらっているらしく、それに苛立っているのが筒抜けで聞こえる。
結局、警察官が4名やってきて、ザビエルくんと白毛くんそれぞれに話を聞き始めた。別の場所でお店の従業員の話も聞いている。会話のあれこれが聞こえてくる。警察官は話を聞いて宥める方向で進めたいようだが、白毛くんが納得しない。

ザビエルくんは大声で怒鳴り散らしたのは嘘のように、丁寧な言葉遣いで警官に必死の言い訳をしている。が、聞いているとだいぶ話を盛っている。白毛くんは、高齢者としてあの横暴な言動、立ち振る舞いは社会に対して悪である。それを正さなければいけないと思い通報した、というよう方向へ話がすり替わっている。(感じがした)
警察が来た時点で、この客席周りには誰もいなくなるのだから、店としては明らかに迷惑な事件だろう。
自分はカウンターの壁の裏側という安全地帯にいるので、のんびりと注文した料理を食べつつ、周りで展開される会話に聞き耳を立てていた。なるほど、こういう具合に同じ状況が語る者によって全く異なる筋立てになるのだから、裁判は必要なのだろうなあと実感した。どちらが正しいか判定するのは、相当に状況証拠が揃わないと難しい。おまけに、今回はことの発端と、当事者の説明、言い訳が異なっている。警官も、こういう町の口喧嘩には慣れているのか、まともに取り扱うようには見えない。

平たく言えば、ジジイ二人が我を張り合い言った言わないの口喧嘩をして、周りに迷惑撒き散らしたというに尽きる。おそらく日本中でこんな光景が毎日のように見られるのだろう。歳を重ねて賢くなるどころか、小学生にも劣る馬鹿馬鹿しい罵り合いをするのが現代のジジイだと改めて思った。
酔っ払いではない「ランチ定食」を食べているジジイ二人の騒動を見ていて、何やらこの先の世界に絶望しかないような気がしてきた。こんなダメ高齢者の面倒を見てやるほど、高い代金はいただいていない町中華で、時間給いくらで働いている従業員さんには深く同情してしまう。

今回の学びは単純だった。
人は歳をとると劣化する、というのが現代日本では正しい認識なのだ。

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回転寿司で思うこと

小学生向けに書かれた道徳の教本みたいな……… 漢字にふりがなしなくて大丈夫?と言いたくなる

久しぶりに回転寿司に行ってみた。テレビでCMをすっかり見なくなっているなと思ったせいだ。一連の投稿騒動もおわったようで、悪いイメージを振り切ろうという企業側の努力もおさまってきているせいか。ただ、値上げ続きのせいですっかり「百円均一」とは言えなくなってしまった業態だから、何をアピールしているか確かめてみようという、ちょっと意地悪な興味だった。
結論から言えば、ネタアピールはもはや機能していないようだった。投稿事件よりも、売らない高級ネタを宣伝した悪徳?商法のダメージがきつすぎるようだ。えび、カニ、本鮪などのグルメネタのニュースが使えないようで、店頭はすっかり寂しくなっていた。
ただ、夏休みの時期のため店内は混雑していた。空席待ちをしていた中学生6人組が妙に印象に残った。ファストフードやファミレスではなく回転寿司に中学生がたむろするというのは、業態的に厳しい状況にあると判断してしまう。


ハンバーガーに代表されるファストフードや低価格帯のファミレスは、よく中高生の溜まり場になり、だいたいの場合はその集団が騒々しいこともあって、一般客を遠ざける原因になる。これは歴史的に何度も繰り返されていることで、たまたま時期によって餌食になる店やチェーンが変わるというのが業界での学びだ。
つい先日も、某ハンバーガー店が学校名指定で出入り禁止措置をとったことがニュースになっていた。子供は将来のお客さんになるので大事にするというのが外食企業での不文律みたいなものだが、子供と大人の中間世代は、どちらかというと商売の邪魔者という認識になるだろう。
回転寿司業界も、その荒波が押し寄せてきたということだ。ドリンクとデザートしか注文しないで長居をする客、支払額は500円に満たない客が、混雑時に延々と長居をされる。店長からすると、想像するだけで眩暈がしそうだろう。
今の回転寿司では、目の前にさまざまな道徳的注意書き、あるいは犯罪防止を目的とした警告が書かれている。
真っ当な人間であれば笑い出してしまうような文言が並んでいる。つまり、回転寿司業界はかなり重症なのだ

3個で150円という不思議な値付けで出されている、マグロの盛り合わせ

2個100円の皿は80種類以上あると店頭の広告に書いてある。それは嘘ではないだろう。ただ、一皿の値段が複雑化しているし、一個盛りの皿も増えた。注文してから目の前に皿が来ないと、何が何個出てくるのかよく理解できないメニューというのは、相当に病んでいる。
コロナの時期も順調に業績を伸ばしていた回転寿司業界だが、しばらくは大変な時代になるようだ。

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銀座でおきなわみやげ

いきなり、突然に、何の関連もなく食べたくなるものがある。普段であれば、口の中の水分を全吸収する脱水系食品は好まない。クラッカーとか、スコーンとか、小麦製品で、かつ水分少なめなものがその典型だ。米粉製品で言えばソフト煎餅もそれに該当する。
その脱水系商品として類似商品であるドーナツも好んで食べはしない。なのだが、なぜか突然「沖縄のドーナツ、サーターアンダギー」が食べたくなった。人生の中で数えるほどしか食べた経験のない、レアな食べものなのだが。
近場のスーパーで普通に売っていると思ったが、スーパーを三軒回ってみたのに見つからなかった。仕方なく、オールドファッションなドーナツを買って食べたのだが、やはり口の中で感じる食感や味に納得できない。こうなってしまえば仕方がない。沖縄に行くぞ、となればすごい気合いなのだが、サーターアンダギーを買うためだけにそうはならない。
手近の沖縄、銀座にあるアンテナショップに行くことにした。そうして手に入れたのが、沖縄産のサーターアンダギー(プレーン)だ。全く知らなかったのだが、サーターアンダギーもフレーバー拡散が起きていて、同じ商品棚に「黒糖」とか「コーヒー」とか「紅芋」など何種類も並んでいる。
そこは、やはりオリジナルというか純正品志向で行くしかないので、プレーン(わざわざそう書いてある)を手に入れた。

子供のゲンコツ程度の大きさで、丸まったドーナツのような外観をしている。ガブリと齧り付くと、パラパラと生地がこぼれていく。思っていた通り、生地は水分が少ない。表面がドーナツのように砂糖まみれになってはいないので、ほんのりとした甘さだった。予想通り、口の中の水分はほぼ100%持っていかれる。究極の脱水系食品だ。
普通に美味しい素朴な味だった。これまであまり食べてこなかった理由は何だったのだろうと悩むほどだ。おそらく「脱水」のせいだと思うのだが、味は全く問題なしだ。しかし、この昔懐かしいお菓子が、なぜ手近なスーパーで売られていないのか、それも不思議なのだが。あんドーナツは売っているのになあ。

ちなみに、わした舘では軽食コーナーで揚げたてのサーターアンダギーも売っている。一つだけ食べるのであれば、そちらの方が良いかもしれないよ、とシーサーくんも言っておりました(幻聴かな)
やはり次は現地に行って、弁当屋でサーターアンダギーを買ってみよう。地元スーパーのジミーズでも売っていそうだなあ。

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高知の柑橘 ぎっち、うまいき

「ぎっち、うまいき」が正しい高知の言葉遣いであるか自信はないのだが、聞きかじりの高知弁学習では「たいへん、おいしい」というような意味があったと思う。発音的には「ぎーっち、うーまいきぃ」を早口で言う感じだろうか。英語的なイントネーションが高知弁の特徴であるとも感じている。高知弁は英語に続く第二外国語と思い聞き覚えていたものだ。

最近、柑橘果汁を調味料としてよく使うようになった。スーパーで簡単に手に入るレモン果汁は、あまり香りが好みではないので、スダチやカボスなどの果汁をあちこちで探しては買い漁っている。
地域により栽培されている柑橘の種類が違うこともあるが、それ以上に果汁に加工する工程で味の差が出るようだ。
高知県はゆず、すだちの生産量は多いはずなのだが、それほど「柑橘産地」として有名ではない。その高知県に直七という超ローカルな柑橘がある。確か高知県西部、宿毛周辺だけで採れるすだちの変異種だったと記憶している。
その直七果汁を、一時期仕事で使っていた。自家製ドレッシングにこれを使うとすだち以上の強い香りが立つからだ。商談をしたのは高知県の地産外商課(当時)経由だったと思うが、極めて希少な柑橘なので問屋ルートに商品が乗っていなかったためだろう。そんなことをふと思い出して、高知県アンテナショップまで足を伸ばしたら、今でも販売していた。
これを使って食べる鰹のタタキはとてつもなく美味いのだが、お江戸で手に入る鮮度の落ちた鰹では楽しめない。「カツオ」の魚体が固く締まっている鮮度の良いものでなければいけない。豊洲市場経由のカツオでも、例えそれがお江戸近くの千葉産であれで焼津産であれ、すでに身が柔らかくなっているものがほとんどだろう。まして、海なし県埼玉で手に入る鰹は、残念ながら何とも言い難いレベルだ。(これでも高知県と仕事で関わりがあったこともあり、なかなかカツオにはうるさいのだ)

カツオやとれたての魚と合わせる柑橘果汁として、これはもっとローカルな品種「ぶしゅかん」の果汁も発見した。
「仏手柑」と漢字では書くはずだと記憶していた。が、この漢字表記の柑橘類はどうも高知県の「ぶしゅかん」と違う発音で「ぶっしゅかん」と読むらしい。ネットで調べた情報では、『仏手柑』は柑橘の一種らしいがバナナの房みたいな形をしている。
「ぶしゅかん」は現地(高知県中西部)では庭先に植えてあって、実がなればそれをもいできて使うという「自分のうちにある当たり前」のもののようだ。高知の知人にはわざわざ金を出して買うほどのものでもない、とも言われた。
そのぶしゅかんの味だが、これは柑橘果汁としてかなりクセの強いものだと思う。柑橘特有のシトラス香に加えて、一種独特な青くさい香りがある。搾汁の時に皮に含まれる成分が移るのだろうか。ただ、その香りがたまらないとも思う。
しかし、このひと瓶は柑橘果汁として相当にお高い部類に入るので、気軽にお試しできる価格とは言えないが、白身魚(タイとかヒラメ)にはよく合う。レモン果汁よりは絶対に美味いと(個人的に)思っているが、どこにでも売っているわけではないのが難点だ。

そんな高知産品を販売している高知県アンテナショップは、入り口でちょっと大人めな(青年というよりおっさんくさい)龍馬さんがお出迎えしてくれるが、今は某連続朝ドラで「まきのさん」が熱烈展開中ということもあり、若いお二人も一緒にお出迎えしてくれている。

少し暑さがおさまったら、また高知県アンテナショップで隠れ名品を探してこよう。有名なお土産用和菓子もバラ売りするようになって、なかなか商売上手になったのですよね。あまり広くはない店内にギュッと押し込まれた大量の商品が、何やらドンキ〇〇っぽい賑わいを醸し出しております。

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交通会館の霧

銀座で買い物をした後、有楽町から山手線で移動した。その時に、ちょと寄り道をして沖縄わした舘に立ち寄った。以前は、銀座一丁目にあったお店が移転してきたのだが、銀座アンテナショップ集団で売り上げワン・ツーの最強ツートップ、北海道と沖縄が通路を挟んで並んでいる。なかなか壮観な光景だ。
その交通会館だが、東京都民であればパスポートをとりにくる場所なので、かなりの人が訪れるのは間違いない。アンテナショップが混むのも無理はない。
自分ごとでいうと残念ながらパスポート取得は埼玉と神奈川だったので、ここにパスポートを取りにきた経験はない。そもそも有楽町はあまり縁のある土地でもないので、アンテナショップに来る時くらいしか立ち寄ることもない。
最近では駅近くで横川の釜飯が買えるようになったので、釜飯が欲しくてくることはありそうだ。
その交通会館の前で、なにやら怪しい煙が出ているのを見てわざわざ近づいてみると、煙ではなく霧だった。防暑対策のミスト噴霧らしい。その効果を体験してみようと、ミストの下まで行ってみたが、感覚的に涼しいと感じることはない。
おそらく気化熱で周辺の気温が多少下がっているのだと思うが、体感的には暑いままだった。真昼だともう少し違う感覚になるのかもしれない。
個人的な意見を言えば、通路に打ち水でもしたほうが涼しくなりそうな気がするが、その人手が足りないのだろう。ここは日本のロボット工学の粋を集めて、お江戸職人仕様の打ち水ロボットを開発するのはどうだろう、などと思ってしまった。
ともかく、そんなことを妄想するくらい暑いのだから、東京はすでに「熱帯」認定するべきだろう。「歩くと危険」とか、「よるな、くるな、熱帯注意」とか、「来ちゃダメ、絶対。真夏の東京」とか警告が必要なレベルだ。少なくともこの時期の日本で一番危険な場所の一つだろう。

わした館の前では、シーサーがお出迎えしてくれるのだが、交通会管内の通路はそれなりに涼しいので、以前の店舗で野晒しにされていた時期より、はるかに涼しいだろう。キャラにも暑さ対策は必要だよね。

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京都ラーメンに出会う

この赤い看板のラーメン屋は、千葉市あたりに行った時よく目にしていた。名前もすごいが、やはり赤白の強力な店舗外観が昼でも夜でも目立つからだ。ただ、店舗前を車で通り過ぎるだけで一度も立ち寄ったことがない。名前のイメージから「二郎系がつんラーメン」だと思い込んでいた。
その店が自宅近くに開いたので、新規開店時期をずらしてオープンの賑わいが落ち着いた頃に、つまり運営力がついて商品の品質も適正化された頃、昼のピーク前に行ってみた。
視察をするときには、ピーク時の運営力を見るためにあえて行列に並ぶということもあるが、その店の地力を見るには昼のピーク前が良いと思っている。ピーク前であれば売り切れ商品もなく、従業員にも余裕があるからだ。

事前にブランドサイトを確かめることもせず予備知識なしで店に出かけた。店頭に立っている幟を見て、初めて自分の理解が間違っていることに気がついた。なんと二郎系ではなく、背脂ちゃっちゃ系ラーメンだったのね。と我ながら自分の不見識に笑ってしまった。
また、全部のせラーメンが税込みだと千円を超えるのも、今風のラーメン価格だから文句はないのだが、1000円越えの商品を店頭で推すというのがちょっと意外だった。

注文はタッチパネルでというアフターコロナの標準オペレーションだった。タッチパネル内部の動線は、まずまず一般的なものだ。昔ながらの紙メニューブックも置いてあるから、タッチばネル・タブレットアレルギーの客にも救いの道は残されている。
メニュー選択ではいくつか異なる味を選ぶことができる。辛味噌味に心が惹かれたが、それは次回に注文することにして、まずは「標準品」を頼むことにした。
しかし、背脂が乗ったスープを見るのは何年振りだろう。今になっては、なつかしいというほどのオールドファッションスタイルに見える。
薄切りのチャーシューにメンマというシンプル構成は、平成初期に大流行した背脂ちゃっちゃ系の標準スタイルだ。食べて見るとなつかしさも感じるが、普通にうまい。細めの麺と塩味が強めのスープがよくあっている。最近の主流、豚骨と魚介だしのWスープとは対極にある味だが、これは好みの味だ。
しかし、丼の中に色気がほとんど感じられない。緑も赤も黄色もない。そういう意味では麺とスープで勝負というストイックスタイルとも言えるか。現代ラーメンのビジュアル受け狙いとは一線を画している感じがする。

イチオシらしいサイドメニューのチャーハンを追加で注文した。これはシンプルな塩味で、普通においしい。ラーメンと合わせて食べるにはバランスが良い薄味の仕上げだ。チャーハンを単品で頼むと、もう少し違う仕上げをするのかもしれない。
個人的には、町中華でチャーハンを肴にビールを飲むというおっさん飲みをよくやるようになったので(だいぶ、体に悪いという自覚はあるが)、酒の肴的にたべるには塩味が薄いと感じる。
逆に言えば、一般的な町中華のチャーハンが塩味が強すぎるのかもしれない。ラーメンのお供にはこれくらいの味がちょうど良いのだと思う。これまた個人的には皿の横に紅生姜がついていてくれると嬉しい。卓上には、黄色い沢庵の細切りが付け合わせで置かれていたが、あの真っ赤な紅生姜に郷愁を感じてしまう。
美味しいラーメンランチを食べて満足した。あと、一・二度は残りのメニューを試すために来ることになると思う。そのときには餃子も試してみよう。

ただ、この日に一番驚いたことは、ラーメンの旨さではない。この店の駐車場の奥に、埼玉県ではそれなりに名前の通った高級卵屋の販売店があり(これが道路からは奥まりすぎていて存在がわからない)、おまけに自動販売機で卵や卵使用のお菓子が売られていることだった。
この卵屋は自宅からも相当に離れた場所に本店があるため、これまでは卵を買うために一大決心をして、一時間ほど車を運転しなければならない、目的を持った買い物をする必要があった。それほどのブランド力・魅力がある卵なのだ。
今ではすっかり値上がりしている卵だが、スーパーで1パック買う値段が、この店では卵一個に相当する。つまり、この店で10個入りのパックを買うと、スーパーでは100個の卵を買える。看板にある「自称世界一美味しい」は、なかなか正しいと思っているのだが、お値段も世界一?かもしれない。
ラーメン屋さんには申し訳ないが、この卵を買うついでに、また何度もこの店のラーメンを食べに来るような気がする。

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メロンパン行脚 その3?

あちこちのパン屋に出入りして、変わりメロンパンを探している。いざ探し始めると、意外と変形メロンパンは見つからないものだとわかった。オーソドックスな丸くて表面がカリカリのメロンパンがほとんどだ。変わりメロンパンと言っても、生地を多少変えているくらいで、形状をいじることは少ないらしい。
ところが、渋谷にある高級スーパーで見つけたラグビーボール的なメロンパンは、なかなかの変形振りだった。このスーパーでは日替わりで全国各地から人気のあるパンを集めて、曜日ごとに販売している。だから、行く日によって並んでいるお取り寄せパンは異なる。たまたま火曜日がこのメロンパンの日だったらしい。兵庫県加古川市のパン屋さんが製造しているが、地元神戸ではおなじみのスタイルらしい。

このツルっとした表面は、見栄えに関わらずいつものメロンパン的な味がした。ただ、パンの中に白餡が厚さ1cmくらいで収まっている。普通によく食べるあんぱんのように、中身の半分以上があんで占められているという感じではない。生地の方が圧倒的に優勢だ。
食べると口の中でビスケット生地の甘さと白餡の甘さがミックスされるので、なんとも不思議な甘さになる。これが粒あんやこし餡であれば、食べた切り口が白黒に混じった見栄えになるので、あまり美しくないのかもしれない。見た目を考えての白餡なのだろうか。とにかく初めての味で新鮮な体験だった。
メロン味のクリームを入れたメロンパンは最近よく見かけるが、白餡入りは初めてだし、あんことメロンパンという組み合わせも想像の外にあった。色々なことを考える人がいるものだ。次に神戸に行く機会があれば、何軒かパン屋さんを巡ってみようと思う。白餡入りのパンが、あれこれバリエーションとしてあるのかもしれない。

たまたま、高級スーパーの売り場の近くで、これまた別な高級スーパーのPB商品が置かれていた。その「別の高級スーパー」では、スコーンのような、一般的なパン屋ではあまり販売していない種類が人気のようだ。ただ、スコーンやビスケット(お菓子ではない方)のような口の中の水分を全吸収する食べ物は苦手なので、スコーンの代わりにシナモンロールを買ってみた。
デニッシュのような、ブリオッシュのような柔らかくて甘めの生地と、控えめ甘さの味付けがバランスよく仕上がっている。
よく売られているシナモンロールは、アメリカ的なというか暴力的な甘さのものが多い。たっぷりのアイシング(砂糖でコーティング)で、パンを食べているのか砂糖を食べているのか錯覚するほどの甘さが、シナモンロールの特徴なのかもしれない。それはちょっと苦手というか、食べるのにも勇気と覚悟がいる。だから、こういうシンプルで控えめな甘さのシナモンロールがあると、実にホッとする。
まあ、食べ物の好みは人それぞれなので、誰かに強制するものでもない。自分の好みの味を探し出して、それを楽しめば良いのだ。同じ日に見つけた二軒のスーパーで、これまた全く性格の違うパンを発見して楽しむことができた。お江戸の街の良さは、こんな利便性にあるのかもしれない。
ちなみにこの日は別のパン専門店でクイニーアマンを買っていて、1日では食べきれないから買うのを諦めたパンも何種類かある。多すぎる選択肢は、贅沢な悩みにつながる。これがお江戸のよくないところでもあるのだなあ。

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日本語能力を考えさせられた

このポスターを読むと、日本語能力について考えさせられた。ツッコミどころ満載で、病院の中であきれるやら、情けなくなるやら、笑い出したくなるやら、なかなか貴重な経験だった。

まずは、今まで通り保険証を持参してください。とは、どういう意図なのだろう。マイナンバーカード持参では医療が受けられないということなのか。何だか医療拒否を匂わせているようにもにも見える。
吹き出しに書かれている文章も「保険証がなくても(登録済みの)マイナンバーカードがあれば医療は受けられます」が正しい表現であるような気がする。実際、保険証を持っていくのを忘れた時に、マイナンバーカードで医療を受けた経験がある。その時は、便利だなと思ったものだ。

保険証がなければ資格認定ができないことがあります。これはおそらくそうなのだろう。これまでも使われていた保険証の確認機器は設置されているはずだから、マイナンバーカードで「健康保険未登録」扱いになった場合は救済される。これは政府、行政の手落ちを非難しているのだが、その論理に間違いはない。

二番目に、保険証を見せていただく方が、手早く、簡単に済みます。と書いてあるが、これは正しいことだろうか。つまり、健康保険証には顔写真もなく、身分証明書としては、パスポートや運転免許証より明らかにレベルが低い。本人の顔写真なしでの認証は、昔々の紙でつくられた保険証時代からの名残だとおもわれる。しかし現代では明らかに証明書としては、不整備で不適切なもので、なりすましが簡単にできる欠陥品と言っても良い代物だ。
ただ、なりすましで被害を受けるのは「保険を支払う」機関であり、医療機関ではない。(なりすましがバレると払ってもらえないのかもしれないが)
なりすました本人は健康保険なしで正規患者として保険医療を受けられる。事実上の詐欺行為であるが、その詐欺行為で得をする。なりすまされた方も、実際に支払いをすることはないから損害はない。医者も、なりすまし詐欺者も、まりすまされた被害者も、誰も被害を受けない。
だから、保険証が簡単よと言い切る。勘繰れば、「なりすまし詐欺」の助長とも受け取れる。ただ、社会全体では医療保健の膨大な赤字が問題になっているので、なりすまし詐欺問題は、もっと慎重に取り扱うべきだろう。
ちなみに医療機関で、健康保険証以外を用いた二重の身分確認は、要求されたことがない。初診であろうが再診であろうが、なりすましは簡単にできるなといつも思っていた。なりすましには保健機構が医療機関に対して支払わないとして、医療機関での本人確認作業を厳格化するように牽制すれば、またこの話は変わってしまうだろうが。

三番目の紛失による被害は、それこそ余計なお世話だろう。紛失して被害を被るのは銀行など金融機関のキャッシュカードやクレジットカードの方がよほどひどいハメになる。
マイナンバーカード紛失でおこる被害は、ネット上で本人確認の必要な手続きをなりすまされるようなケースだろうか。たかが医療機関の協業組織に心配してもらうことではない。警察が本腰を入れて警戒している「振込詐欺」の方が、よほど注意すべき国民全体の関心がたかい犯罪だろう。まだマイナンバーカードを使った重大詐欺事件が記憶にないだけだろうか。

そして一番笑ってしまったのが、四番目の一文だ。これは日本語として意味をなしていないのでは? とすら思う。マイナンバーカードの取得は任意です。これは事実を言っているだけなので問題はない。それに続く文章が、何の接続詞もなく、私たちは保険証の廃止に反対していますとある。
反対であることの意思表明に文句があるわけではない。ただ、マイナンバーカードの任意取得とどう文意がつながっているのだろう。
現代国語の試験問題であれば、おそらく不適格文章とされるだろうと思うほどだ。そこで、この文章の意言い換えを考えてみた。
「ゾウは哺乳類です。私はカメが嫌いです。」こんな感じだろうか。この例文であれば、二文の間に、「カメは爬虫類です。私は爬虫類が嫌いです。」というようなツナギ文が必要だ。
このポスターで言えば、「マイナンバーカードの取得が国民全員に義務付されなければ」がツナギ文として最低限は必要だろう。
あるいは、国民皆保険を保障するという意味を論点に加えたいのでアレば、「マイナンバーカード取得が国民全員に義務付されても、現在のマイナンバーカードシステムでは医療事務に不正や不備が発生するため、マイナンバーカードシステムの改善作業や不正防止措置が完全に出来上がるまで」と付け加えるべきだろう。


要するに、医者の団体として、マイナンバーカードを使えと言われて高い機械を買ってみたが、あれこれ間違いが起こると事務作業も増えて面倒臭いし、おまけに自分たちが医療費を取りっぱぐれる可能性もありそうなので(こちらが本音か)、昔のやり方に戻せということみたいだ。
医療を受ける立場である患者に対して、何らかの配慮があるようには読み取れない。少なくとも、現在の現役医師は昭和後期以降に医師免許をとった受験戦争の勝ち組であり、間違いなく「秀才」ばかりのはずだ。このようなロジック破綻した、はたまた文意が不備な文章のおかしさを理解できないはずがない。となると、このポスターを作った協会事務局の日本語能力不足なのだろうか。事務局のせいにするのは、権威主義的団体、政党や行政関連団体では常道手段だ。
こんな怪しい日本語のポスターを見ると、お医者さんたちは大丈なのか?と疑ってしまうので、ポスターを作り直してくれないものかと、コロナのワクチンを打った後の待ち時間でぼんやりと考えていた。
医師である友人の顔を思い出しながら、これもアフターコロナの落とし物かなあなどと思っていた。