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ザギンで天丼

銀座のど真ん中、和光の向かいにある小路に一軒の天ぷら屋がある。外見を見るとスタンドバーか小洒落たカフェっぽい。が、なんとこれが天ぷらの老舗が出している実験店?だった。実験店と書いてみたが、実際には業態拡大のパイロット店舗みたいなものではないか。
たとえば、鳥唐揚げの全国チェーンがとり天の店を出しましたというようなものだ。そういえば、昔マクドナルドも三角サンドイッチの店を出していた時、こんなふうな見栄えの店だったように記憶している。なぜ、マクドナルドがサンドイッチを売るのだという質問に、野菜を使ったヘルシー……………みたいなことを社長さんが答えていた。今はすでに消滅したブランドだ。
外食をやる連中は皆同じようなことを考えてしまうと笑ったものだ。この天ぷらの老舗も、おそらくは次世代のコンセプトを手探りで検証中ということなのか。しかし、天ぷら屋が天丼の店を作るのはわかるが、その中に豚骨ラーメンを加えるのは「???」でしかない。正直にいえば、開発者に尋ねてみたい。なぜ、らーめん? と………

店内に入ると天ぷらを揚げる独特の匂いはするが、とんこつラーメン店で感じる、あの特殊な匂いは全くしない。おそらくスープの仕込みは別のところで行なっているのだろう。
ラーメンと天丼のセットを注文した。天丼は間違い無くハイレベルで満足するべき品質だ。素直に美味いと思う。ボリュームという点では、ご飯が少なめかもしれない。が、ラーメンとセットであればこれで十分だ。たまに食べる天丼は、実に蠱惑的な食べ物だと再認識する。
ラーメンは、これが豚骨スープかと思わせるほど淡麗、スッキリ系のスープだった。塩味も控えめ、ラーメン単体として食べると物足りない感もするが、これが天丼と合わさると意味のある味付けになる。天丼の油を流し出すようなスープと言えば良いのだろうか。確かに天丼に赤だしの味噌汁は似合わない。丼とセットで販売されることが多い豚汁は、天丼とは調和し難いし論外だろう。だとすれば吸い物系かというと、これもまた天ぷらとの相性が良いとも思えない。
食べてみてよくわかるが、スープは天丼に合わせて設計されていると思う。メニューでは単品ラーメンも注文できるが、このラーメン単独ではやはり味が物足りないということになりそうだ。
カウンター席だけで十五人ほどが入る小ぶりな店だったが、土地柄のせいか外国人客が半分以上で、日本人はいささか肩身が狭い。銀座で日本人が邪魔者扱い(笑)される時代が戻ってくるとは。
ニューヨークで食べるラーメンは20ドルを超えているそうだから、銀座の天丼ラーメンセットは、その半分以下の値段になる。外国人観光客が押し寄せてくるわけだ。開発途上国レベルに落ちぶれた「日本の落日」を象徴するような銀座の光景であります。

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バイバイ 埼玉な映画館で

自宅近くにあった(歩いて行ける)映画館が閉まった。最終日まで、このさいたまラブな映画は上映されていた。なんとなくこの映画を見てしまうと、映画館の閉館を認めてしまうような気がして、最終日まで見るのを我慢していた。
楽しく見終わった。いつもであれば空席が目立つ平日の午後だったが、満席だった。エンドロールが終わると、いきなり拍手の音が大きくなった。ちょっと涙が出そうになった。

元々のお話、コミック版原作は可愛げのないキャラたちのボーイズラブなお話だが、まあ原作を好き勝手にいじり回して、残っているのはさいたま自虐ギャグだけという感じなのだが、原作者も笑って許しているようで、実にお気楽に楽しめる。まあ、滋賀県と埼玉県の繋がりは、大都市周辺にありながら差別を受ける言われなき地方同士の共感ということらしい。それもまた納得できるが、今回は千葉が裏切り者扱いになっていて、そこにおかしみがある。千葉と同じ扱いを受けているのが和歌山だから、地域差別?が存在するという基本構造は東西で同じということだ。港区がなんじゃ、神戸や京都と威張るなやー、という映画だ。

おそらく最近の規制が厳しいテレビではできない作品だっただろう。ネット系独自制作作品でも、この手のディストピア型のお話は、良い子が見てはいけませんという扱いになるのでなかなか実現が難しい。差別の存在を認めた上で、差別している層を嘲笑うという高等技なのだがなあ。
最近はアニメなどでも暴力シーンで出血することがなくなってきた。悪キャラは斬られるとキラキラしながらチリになり消滅してしまう。性と暴力は、ハリウッドをはじめとした映画業界からすでに放逐されている。東映任侠映画のリアリズムはもはや遠い過去のものになってしまった。
最近のジェンダー関連の話題を考えると、男女の「性」をエンタメで扱うのはもはや不可能だろう。その捌け口がBLや百合になっているような気もする。だから、この作品は地域差別をネタに差別するものたちを晒しものにする喜劇として成立している。流石にさいたまネタをドキュメンタリーにすると重すぎるだろうし。
時代が経てば、非常に貴重な「The last movie」的作品として語られるようになる、そんな気がする。
BLを基本設定におき、笑いの粉を振りかけた地方と都市の格差を、さらに上位視点から俯瞰している。差別するものが一番バカだと、ニンマリ笑っている存在は、原作者なのか、映画製作者なのか。まあ、自虐ネタで笑い転げている埼玉県民の姿を見れば、諧謔こそ社会の潤滑油だと思い知らされる。「ああ、これはあるある。まさに俺達がやっていることだ。」というのが、埼玉県人の本音だろう。屈折したユーモアはいつも心の中の毒を気づかせるが、その解消にも役立つものだ。

最終日に出かけた見たら、そこにはご当地狭山丘陵の主人「巨大猫型ばけもの?」がお出迎えしてくれた。やはり、メイとさつきを見送ったように、この映画館の最後を見送ってくれるということなのか。

Last day in シネパーク お出迎えはかのキャラだった

この映画館で観た映画はいったい何本あっただろう。開店から40年間と言われると、100本くらいは見たような気もするが。館内に貼られていた旧作のポスターをゆっくり眺めていたら、名前は覚えていても見ていない芸画がずいぶんたくさんあった。今ではレンタルで手軽に見ることもできるが、やはり映画は映画館で観たいなあ。これが郷愁というものなのだろうか。40年間、お世話になりました。

街を歩く, 食べ物レポート

洋食屋 万歳

すごい大盛りで、とてもシンプルな外見

最近はオムライスを食べることが多い。たまたまで歩いた場所で、たまたま洋食屋を見つけるからなのだが、どこに行ってもオムライスはうまい食べ物だと思っていた。ただ、比較的続けてオムライスを食していると、まだ食べた記憶に残っているせいで味の違いがわかる。ケチャップライスの微妙な味付けの差が大きい要素だが、意外と卵の暑さというか焼き加減にも左右される。フワトロ・デミグラソースという平成以降主流のオムライスは食さないのでよくわからないが、昭和レトロなケチャップオムライスにはそれなりの言い分がある。
ちなみに、この店のオムライスは薄味だった。個人的にはもう少しチキン多め、味付け濃いめが好みなのだ。ただし、卵の上にかかるケチャップは大盛りなので満足感がある。飯の盛りもたっぷりで、普通盛りなのに大盛り的サイズになっている。完食するのがきついレベルだった。

メニューは洋食系の定番がてんこ盛りに並んでいる。もしもう少しお腹に余裕があったらハンバーグは食べたかった。みんちカツと書いてあるものは、おそらくメンチカツなのだろうが、それはぜひ食べてみたかった。しかし一番心残りなのはスコッチエッグだ。これがメニューにある店は、それだけで3回通う価値があると思っている。ビフカツも西国では当たり前だが、お江戸界隈ではあまり目にしない名品だ。
実に魅力的な店だが、また訪れる機会はあるのだろうか。旅先の食堂は一期一会だからなあ。

ほぼ女性客で占められる盛りの良い洋食屋という存在は、やはり街のお宝だろうなと思う。世の男性が好むボリューム重視な定食屋と対極をなす「おしゃれだけど腹一杯になる」洋食屋とは、地域の文化度合いを示すものだ。
しかし、なぜお江戸ではこのコンセプトの店がないのだろうか。浅草で人気の洋食屋は、これに近いところもあるが値段と量が全然違う。ファミレスの普及が何かの要因だった可能性はある。もう少し、西国の洋食屋を調査してみなければと食い意地優先で考えております。

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二度目のチャレンジ

夜には入れなかった(訳あっって入らなかった)ラーメン屋も一夜開ければ行列も消えスルッと入れそうだった。あまり空腹ではなかったが、これはチャンスだと思い早めに昼飯を食べることにした。
店に入りラーメンが出てきた時には、またかなり長い行列ができていたので、たまたまの幸運だったようだ。

一目でわかる「濃い味」だった

見た目は激しく濃い。食べたら、やはり激しく濃かった。これに卵を入れて食べるとちょうどよくなるのではと思う、コッテリ濃厚味だった。今では全国のラーメン屋がこの系統に揃ってきているが、徳島が先駆者だったのだなと改めて思う。

ご当地ラーメンが進化した末に全国標準になるというのは、なかなかに素晴らしいことだ。支那そばと言われていた昭和初期のラーメンから(実際に食べたことはないが)現在のラーメンまで、その幅はあまりに広くかけ離れている。もはや同じ「ラーメン」という名で呼ぶのは間違いかもしれない。その分だけ、あちこちで独自ラーメンを楽しめる余地もあると考えるべきだろうか。ただ、名古屋の台湾ラーメンは地平線を超えた場所に届いたようにも思える。あれが、ラーメンだろうかと。

同じ国民食と呼ばれるカレーも似たようなところがある。日本におけるカレーのルーツは帝国海軍にあるらしいが、もはや海軍カレーの名を留めるるのは地方(旧軍港)都市で町おこしメニューになっているくらいのものだ。
個人的にはカレーの最終進化系?としてダムカレーを愛好しているが、立ち食い蕎麦屋のカツカレーのチープさも好ましい。やはり国民食として親しまれるものは、ありとあらゆるバリエーションが許されるのだろう。ラーメンに関しても、ご当地ラーメン的な変化は大好物だ。
次にご当地変化球ラーメンを楽しめるのは、淡路島の向こう側にある山陽本線周辺になりそうだ。関西圏のラーメンはもともと変化球多発地帯らしく、ユニークなものが多い。だから、ちょっと楽しみなのだなあ。

まず最初に試すのは姫路駅か。

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高松駅のうどん

うどん県というプライドはすごい ちなみに埼玉県もうどん県らしいのだが

初めて高松に来たのはもう随分と前のことだが、まだYS11というプロペラ機が現役で、高松空港が現在のジェット機対応になる前、もっと海の近くにあった頃だったと思う。羽田から二時間もかかる低空フライトだったことが記憶に残っている。ただ、旧高松空港の記憶はほとんどない。
まだ現役だった宇高連絡船で高松駅に着いたような記憶もあり、駅の中に立ち込めるうどんとつゆ、出汁の香りが高松の第一印象だった。だから、高松には連絡船で何度か来ていたのだろう。まだ瀬戸大橋が完成する前の四国は、なかなかに来るのに時間のかかる大変な旅先だったはずだ。

その高松駅構内にあったうどん屋は無くなっていた。高松駅が新しくなったときに消えてしまったようで、今ではスイーツの店がある。昔であれば、ここは駅弁屋の定番スポットだと思うが、もう駅弁を食べるほどの鉄道を使った長距離移動は需要がなくなったということだろう。高松発で一番遠いところに行く列車は、おそらく高知県の西、宿毛に行く特急だが、それでも三時間強といったところだ。

かわいい車体カラーの琴電

そのJR高松駅から徒歩5分ほどのところに琴電の駅がある。この駅はお城の堀の中にある不思議な駅だ。広島県三原の駅も駅構内にお城,城壁が取り込まれている奇妙な駅だったが、それよりももっと不思議な感じがする。駅のホームからお堀越しに石垣が見える。

琴電駅のユニークさはなかなかのものだが、昔々宇高連絡船が健在だった頃は、連絡船から降りて琴電で金毘羅参りに行く観光客も多かったのだろう。金毘羅様は琴電でも、JRでも行けるので、その使い分けはなんだったのかと、これまた不思議に思う。おそらく、高松城跡の見学とセットになったツアーでもあったのではないか。連絡船でついた足でお城を見学して琴電に……………みたいなコースだ。

駅前で見つけたうどん屋

今回の高松は弾丸ツアーの途中下車なので、持ち時間は少ない。それでも駅周辺でうどんが食べられないかと駅ビルを探したが、なんと駅ビル内には全国チェーンの蕎麦屋しかなかった。この蕎麦屋,香川の人は使うのだろうかと心配になった。高松に来た余所者だけが入るレストランみたいな恐ろしい想像をしてしまった。確かに、香川県で蕎麦屋を見た記憶はない。
駅前の広場から少し離れたところで、ようやく一軒のうどん屋を見つけた。いわゆるセルフサービスの店だが、この提供スタイルは某うどんチェーンが全国に広めたので、もはや一般常識的な提供方法だろう。
行列に並んでちまちまと進む。注文場所にたどりつくと、まずうどんを頼む。熱冷、麺の量、つゆなどを指定すると、すぐにうどんが出てくる。そこから、天ぷらなどのサイドメニューを好みで皿に取り、最後に会計というスタイルだ。
初めて高松でうどんを食べる時,このスタイルがよく理解できていなくて、うどんを出してくれおっちゃんにモタモタするなと怒られたような記憶もある。

かけうどん(小)は麺が一玉だった。香川県のうどん屋に小盛りとか半盛りは存在しない。一玉は小、1・5玉が中、2玉が大、3玉が特大という感じだった。ちなみに自宅近くの武蔵野うどんも似たような玉勘定になっている。地元の名店では、半玉単位での注文が可能で、2.5玉も注文ができる。蕎麦でこういう玉単位での注文をしたことはないが、わんこ蕎麦であれば10椀で1玉分だったのではなかったかなあ。
讃岐うどんを食べるときはゲソ天と決めているので、注文に迷いはない。自分であげ玉とネギをドバッとかけて一気にうどんを啜った。10分近く並んで手に入れたうどんは、完食するまでほぼ1分だった。
讃岐うどんは出汁が勝負と思っているが、確かに本場で食べる讃岐うどんは出汁が美味いものだ。炭水化物だらけの食事と批判されそうだが、かけうどんと天ぷらの組み合わせは人類種の本能に刻まれた「うまさ」の構成要素を全て満たしている完全食品だ。これを美味いと思わない人間は、人類亜種と言われても仕方がない。
美味しいうどんを食べると、人類学まで思考が及ぶ。やはり讃岐うどんは知的興味を掻き立てる、すばらしい完全食品だ。

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1000日目になりました

20166年に撮った渋谷の桜

もうすぐ桜の季節ですねえ。

このブログは文章の練習で書き始めたのだが、今回が連続1000回目になる。とりあえず目標にしていた数字には到達したが、上手い文章が書けるようになったとは思えない。回数は達成したが、目標は達成できないというなんとも無残な結果になってしまった気がする。
眼高手低という言葉がある。文章を読むとついつい粗探しをして、この文章はなっていないなどと批判するが、いざ自分で書いてみるとその批判にも届かないほど文章が下手くそだということだ。見る目は高いが書く手は低いという意味のはずだ。まさに、その言葉を実感した日々だった。
比叡山の高僧は1000日お山を歩く修行をするそうだが、凡種である自分は全く物書きの悟りを開くこともなく、ただただ時間が経っただけだった。

今年は2月から春めいてきて、おそらく一月もしないうちに桜が咲き始めることだろう。桜の季節になると竹内まりあの歌う「人生の扉」を思い出して、つい口ずさんでしまう。人間、歳をとるのも悪くないよと歌っているのだが、その歌詞がなにやら身にしみる歳にもなった。

とりあえずこの後も、日々生きていく中で感じた面白いことや腹立たしいことをあれこれ書いていくつもりだが、次の目標を定めてみよう。駄文ではあるが1000回も書くと、少なくとも10万字くらいにはなる。10万字と言えば、長編小説三冊分くらいだから、単行本にすれば枕になるほどの厚みにはなるはずだ。宝、もう少しテーマを絞って、ひとまとまりの「本」もどきを書いてみることにしよう。
それが、今年の春からの目標ということで。

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高級お宿の朝ごはん

ふたな島が見える東側

高知中西部の街の話が続いているが、このカツオの町に一軒の高級旅館がある。部屋数が少ないこともあり、予約はなかなか取れない。お値段もそれなりで、このご時世であればインバウンド客に占拠されそうな気もするが、高人気が幸いしてか(どっちにしても予約は難しいのだが)館内は静かなものだ。しっとりとした雰囲気がする良い宿だ。たまに自分へのご褒美として、こういう宿に泊まると人生も満更ではないなと思う。
小体な宿だが、太平洋を見下ろす小高い山の上に建てられているので、部屋から土佐湾を見下ろすことになる。全室オーシャンビューだ。朝日が昇る頃の景色が一番美しい。
温泉浴場も海が見える絶景風呂だが、そこには露天風呂があり、何と海水風呂になっている。肌に傷があるとピリピリしみるが、風呂から上がった後の体はなぜかすべすべになっているような気がする。

昇る朝日を見たら朝食の時間

この旅館の夕食はカツオを含んだ地場の海鮮料理が豪勢に並ぶらしいのだが、夕食は食べたことがない。(大体、その時間は友人たちと居酒屋で飲んだくれているからだ)
だが、朝飯はいつも満喫している。朝イチで露天風呂に入り、体を清めた(?)後に、厳かな気持ちで朝飯に立ち向かう。
なるほど、これが日本旅館の朝飯である、と言いたくなる正統派ストロングスタイルな朝飯だ。関東圏では朝飯によくアジの干物が出てくるのだが、あれは個人的に好みではない。朝食に出てくるアジは小ぶりで身が薄いから、焼きたてでないと実に固い。旨みが感じられない。
日本も西国に来ると朝食の中身は東国とはかなり変化している。干物がアジからサバに変わっていることが多い。ほかにも、納豆がついたりつかなかったり、海苔が焼き海苔だったり味付け海苔だったりという変化もある。だから、西国に旅行すると朝飯が実に楽しみだ。

この宿の朝食はちょっと多すぎるかなと思う量なのだが、眼下に広がる太平洋を見ながらのんびり食べると、不思議と完食してしまう。ああ、きっと今日もいい日になるという気がする「完全朝食」だ。
あまり知られていないらしいが、高知はお茶の生産量が日本屈指で、一時期は(たぶん今でも)静岡にお茶を大量に輸出していた。日本の法制度尾の面白いところだが、高知産茶葉を静岡でブレンドして製造すると静岡茶になるらしい。だから、茶葉の生産量と「お茶」製品の製造量は一致しない。今では表記法が変わってそのあたりの面白いことがなくなっているかもしれないが。
おまけに狭山茶の生産地に住んでいるので、ほとんど静岡茶など飲んだこともないから、静岡茶のあれこれを語る資格もない。
それはさておき、高知県で飲む高知産のお茶は美味しい。日本茶好きであれば、産地の差をあれこれと楽しむのかもしれないが、こちらはそんな素養もない。ただただ、美味しいと満足している。食度のお茶をお代わりして飲むのはまさに至福のときだ。

個人的な宿泊予算をかんがえると、相当に高級な宿に泊まってしまったが、良い宿に泊まると良い時間が過ごせる。特に、朝風呂朝飯を楽しめることこそ、旅館にお泊まりのお約束ではないか。
大都市の星付きシティーホテルに泊まり豪勢なモーニングビュッフェを楽しむのも良いが、やはり高級旅館の静穏さの方が好ましい歳になりましたねえ。

街を歩く, 食べ物レポート

美味しいご飯はオムライス

高知県の老舗洋食屋にずっと行きたいと思っていた。はりまや橋からひろめ市場に向かってアーケードを歩いていく途中で、ちょっと左折するバス通り沿いにある。店頭には大きなメニュー写真があるのですぐわかる。多分、この店を初めて見かけてから10年くらいたったはずだ。何度か店の前には来ているのだが、なぜか不思議なくらい臨時休業にあたってしまい、一度も入ることができなかった。
今回は臨時休業になりそうもない日曜日に目標を合わせてきた。そのせいで、ようやく店の中に入ることができた。めでたしめでたし。そして、注文するものは店に入る前から、いや、10年前から決めている。オムライスだ。
店内に入ると、ちょっとした高級感がある落ち着いた雰囲気のレストランだった。老舗の洋食店でよく感じる品の良いおもてなし感というか、ハレの日感だ。家族の大事なイベントのたびに通ってくる定番のお店、とでもいえばいいだろうか。クロスのかかったテーブルが非日常感を演出する。最近のファミレスは下駄履きで行けそうなお気楽食堂だが、こういう店はスーツで来なければいけないと思ってしまう。凛とした佇まいを感じてしまうのは、昭和生まれのノスタルジーみたいなものかもしれない。ホテルのレストランとはまた違う。背筋を伸ばしてご飯を食べようみたいな感覚がある。

メニューを開けると本格的な肉料理も並ぶ「正しい洋食」レストランだった。高知県はお江戸と比べて物価、特に食べ物関連の値段は2割ほど安く感じる。その感覚でメニューを見ると、これは相当にお値段の張る店だとわかる。
オムライス単品を食べれば良いと思ってきたのだが、ちょっと他のものも食べたくなってしまった。となれば、天使のエビフライを頼むしかない。ただ、天使のエビフライって何だ? 羽でもついているかのか? それとも頭にリングが乗っているか?

しばらく待つと、端正なオムライスが出てきた。比較的グラマラスなボディーのオムライスだ。ケチャップはたっぷりとかかっている。まさに自分の好み通りだ。ケチャップが少ないと、中身が美味しくてもちょっと悲しくなってしまう。オムライスとは中身のチキンライスにケチャップを加えた濃厚味にして食べるのが「通」だと勝手に思っているせいだ。だから、断じてデミグラスソースのかかったオムライスは支持しない。
しかし、この一品は本当にフォトジェニックな美しさだ。オムライスとして理想的なフォルムというべきか。卵焼きも焦げひとつない、完璧なルックスを保っている。

試しに中を割ってみた。中も美しい。チキンライスのオレンジ色と卵の黄色の調和が、目に優しい。インバウンドでやってくる海外観光客よ、これぞ日本が誇る洋食の最高峰「オムライス」だ。心して食せ、そして感動せよ、日本の食文化、そのきわみがここにある、と興奮して説教したくなるほどだ。
まあ、でもオムライスの名店はインバウンドからはひっそりと隠しておきたいのが本音なので、決してそんなことは言いません。

サイドとして出てきたエビフライも熟練の仕事だった。ただ、天使の意味がやはりわからない。ひょっとしたら、自家製タルタルソースのことなのだろうか。タルタルソースも、至極うまいと感じた。このソースでもう少しフライが食べたくなった。
食後、実に満足しながらも、次に来れるのはいつになるのだろうと不安になる。我が身にまとわりついている「臨時休業」にぶち当たる悪運を、どこかでお祓いしてこないと、またお休みの日に当たってしまいそうだ。

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はりまや橋でテレビクルー発見

土佐の高知、という言い方がある。これはちょっと気にかかる言い方だが、現行の地名で言えば高知県の高知市と高知がダブってくる。ただ、旧国表記で言えば土佐国の高知の御城下ということになる。同じような言い方になるのは駿河国の駿府、甲斐国の甲府みたいなことか。織田信長のように、国を取るたびにお引越しをした場合は新都建設になる。美濃の岐阜城下がその典型だ。土佐の高知もこちらに近い。
そもそも、高知は山内一豊が高知に入国した時、新しく作り上げた城と城下町で成り立ちは比較的新しい。奈良平安時代から続く国府のような伝統ある(伝統のありすぎる)街とは違うので、都市計画に沿った開発が行われた、いわば江戸時代のニュータウンだ。
そのニュータウンのおへそになるような場所が「はりまや橋」らしい。お江戸でいえば日本橋みたいなものだろうか。そう考えると、土佐の高知のはりまや橋……………というフレーズは、お江戸日本橋と同じか。

このはりまや橋が、夜になるとライトアップされている。昼間に電車が通り過ぎるビジネスタイムな時間帯に訪れると、がっかりする名所だななどと思うのだが、夜になればその雰囲気がガラリと変わる。こじんまりしているからこそ風情が出てくる。
ただ、この時間、高知市民はどこぞの店の中で酔いしれているのか、橋の周りには誰もいない。ちょっと勿体無い気もする。

そんな、夜の始まりくらいの時間に、黒づくめの怪しい集団が歩いていたのは、はりまや橋横にある帯屋町アーケードだった。一見してすぐわかるカメラとマイクを持ったこの集団、どうやら獲物を探しているらしい。ここは、我が大好物テレビ番組「秘密の県◯ショー」で、必ずインタビューをしている場所だ。
インタビューに応じる面白人間、高知市民を探しているように見える。ただ、休日の高知市は夜が早い。人出はすでに少ない。ここからはりまや橋の反対側方向に向かえば、おそらく歩行者はまばらにいるが、その大部分が酔っ払いになってしまうので、アーケードの中を素面な通行人をを求めて彷徨っているのだろう。
次回の「愉快な高知県民」のテーマは何なのだろう。放映が楽しみだな。

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池袋の魚

友人3人で開催している定例居酒屋飲み会の会場が池袋だった。昼から飲める大衆店をチョイスしてお江戸の街をあちこち彷徨っている。池袋の北側にある店は、何とも風情のある店だった。メニューはいわゆるお江戸スタンダードで、目新しいものは何もないが、どれこもれも安定の品質だ。長くお江戸界隈で暮らしている人間には馴染み深い。
その店でしこたまホッピーを飲んだ後、珍しく二軒目に梯子してみた。二軒目は海鮮居酒屋で、魚を焼いて食べるという、これまた普段はあまりしないことをした。
確かにメザシは焼き立てがうまい。魚のすり身も焼いて食うとうまい。普段やらないことをすると実に楽しい。お江戸の池袋で魚三昧とは、何とも珍しいことだった。

この日は池袋の百貨店をぶらついていて、たまたま発見した「変わりのり弁」を買ってしまった。まさに、池袋で魚尽しだった。そもそも、すり身屋で買うのは、揚げたての練り物が多い。イカ天やごぼう天なども揚げたてのものはうまいし気に入っている。しかし、そのすり身屋でのり弁が売っているとは驚いた。
確かにのり弁といえばちくわの天ぷらと白身魚フライが定番だから、すり身屋で作れないこともないのだが。

ただ、すり身屋ののり弁は、定番おかず二品が若干変形していた。白身魚フライの代わりに豆腐のメンチカツが入っていたが、これは確実にグレードアップ版と言える。ちくわ展もさりげなく、存在感を示している。それ以外にも、おかず盛りだくさんの豪華のり弁だった。
ただし、よく見ると、漬物以外はほぼ揚げ物で、基本的には魚だらけだった。添えられていたのが醤油やソースではなく天つゆというところが、いささか上級感を醸し出している。天丼のような賑やかさは抑えた上で、しっかりと自分たちの個性を主張している。よく考えられている弁当だ。
実食の結果は、非常に満足度が高く満腹になる優れものだった。これはまた買ってみたいと思い。なぜか、池袋というお江戸の辺境で魚づくし、すり身を堪能する日だった。