街を歩く

12月 都会の風景

赤と緑はお祝いの色だ

12月初頭、そろそろ忘年会が絶賛開催中の頃、池袋に行ってきた。池袋駅西側には東武鉄道駅と東武百貨店がある。東側には西武鉄道と西武百貨店がある。池袋のミニ・トリビアだ。
西武百貨店はファンドに買収され、ヨドバシカメラが開店することになり、現在改装中なので食品売り場は地下から7階に移動している。デパ地下ならぬ「デパなな」なのだが、食品を買いに7階に上がるのはうんざりするので、必然的に駅の西側にある東武百貨店に行くことになる。
ちなみに、品揃えは元々東武の方が良かったから問題はない。魚屋を考えれば、圧倒的に東武百貨店に軍配が上がる。個人的には日本橋三越の魚屋より良い魚が揃っていると思う。
12月になると百貨店の入り口は赤と緑で飾られる。これも年中行事だと理解しているが、それでも年の暮れ感は否応にもなく増してくる。時のランドマークみたいなものだ。

黒軍団の行進

新宿西口の飲み屋街も師走に入ると一斉に忘年会の客が押し寄せる。まあ、この街は年がら年中飲み会だらけの町だから、忘年会シーズンが特別ということもないし、とてつもないよっぱいが出現することもない。歌舞伎町とは違って比較的となしい街なのだ。
主客層が西新宿の高層ビルで働くサラリーマンだということだろう。繁華街の割に若者が少なく中高年が多い。それでも、居酒屋で大声をあげているおっちゃんたちが戻ってきたのはコロナ以降のことだが、最近は大声?を上げる女性グループが増えた気がする。オヤジは家飲み派に転向したのかもしれない。街の変化はこういった部分に現れて、店の姿もゆっくりと変化している。女性向きの店構えやメニューが静かに増殖している気がする。
ただ、男女ともに変わらないのは、着ている服がほぼほぼ黒で統一されていることだ。飲み会は冠婚葬祭ではあるまいにとは思うが、西新宿、そして東京駅八重洲あたりの飲み屋街はカラスの集団と思えるくらい黒一色だ。
バブルのころ流行っていた色とりどりのスーツが懐かしく思い出される。あの頃は、黄色とか緑とかピンクのスーツを「一般人」が着ていたものだ。

神室町 ミレニアムタワー……………

西新宿をとはうって変わり新宿駅東側、歌舞伎町界隈はカラス軍団がだいぶ減ってきて、原色のカジュアルウェアを着た若い衆が多い。ただ、それも海外から来た渡航者がほとんどで、日本人らしき若者はやはり黒志向のようだ。
ちょっと前に開業した新宿の新ランドマーク、歌舞伎町タワーでは飲食店店の撤退が相次いでいるらしい。ビルの高層階に泊まる海外客を当てにした、一風変わったレストラン街を作ってみたが、どうやらその思惑はうまくいかなかったということか。
ゴ○ラがランドマークのホテルは飲食店も含め好調らしいが、あちらは日本の有名チェーン店を投入したことがうまく行った要因のように思える。考えてみると、新宿に遊びにくる連中は都内在住者ではなく、北方埼玉や西方神奈川から遠征してくるものが多いだろう。JRや私鉄の沿線を考えれば明らかだ。
あるいは、お江戸に遊びに来た国内旅行者が渋谷や原宿と合わせて遊びに来る街だろう。だから、ナショナルチェーン、それも低価格ブランドに人気が集まるのもよくわかる。流石に歌舞伎町で初見の店に情報なしで入るのは(ネットで探索したとしても)新宿初心者にはハードルが高い。(新宿ベテランでも気が重いし、ハズレを引く確率は高い)
全国どこにでもあるチェーン店は、やはり安全牌として安定した人気に成るのだろう。少なくとも日本人観光客にとってはそういう価値、安全安心みたいんものがある。
それに、昼と夜で歌舞伎町にいる人種はずいぶん異なると思うが、その客層の見極めが商売には大事なのだろうなあ。ただ、外国人観光客がなぜ新宿に群れ集まっているのか、それがわからない。不思議だ。ひょっとするとビルの地下不深くに外国人専用の怪しい施設でもあるのか。まるでゲーム世界の設定だが……………

歌舞伎町、いや神室町を舞台にしたゲームに登場したミレニアムタワーが場所こそ違え歌舞伎町に聳え立つ時代だ。なんとも不思議な気分になるが、ゲームの中の神室町には外国人観光客がほとんど出現しない。製作者がおもう理想の歌舞伎町らしい。

ちなみにそのゲーム 「龍が如く」シリーズはスピンアウト作品を入れると10作を超える、ドラゴンクエストに匹敵する人気シリーズだ。主人公である堂島の龍もすでに余生に入り、二代目主人公が跡を継いでいるが、舞台は新宿から脱出してしまった。それがちょっと寂しい。

もはや東京ではゲームの舞台すら成立しない「日本人以外の街」になりつつあるせいだと思う。そういえば、池袋を舞台にしたゲームは記憶にないが、あそこも北部はすでにチャイナタウンになっているしなあ。渋谷も歩行者の半分が外国人っぽいし……………

なりたくてなったわけでもないだろうが、すでに東京は国際都市なのだな。

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高知の名品はこれ?

個人的な好みは、茗荷の酢漬け、椎茸のすしでありますが、上段左二番目は確かイタドリ?

高知名物といえば、99%鰹のタタキという答えが返ってきそうだ。それくらい高知で食べる鰹は美味い、それに逆らうつもりはない。ただ、不思議なことに高知県民はカツオを食べまくるせいか、高知市内繁華街に鮨屋が少ない。ちょっとした大都市であれば繁華街には一丁おきに鮨屋があるものだが、どうも高知では少ない気がする。おまけに鮨屋のイチオシが蒸し寿司だったりする。
ありとあらゆる居酒屋、料理屋が新鮮な魚を出していることもあるし、おまけに居酒屋で握り鮨を注文する客も多い。土佐巻というカツオとニンニクを巻いた太巻は鉄火巻より人気があるみたいだし。

ただ、そんな高知の名物として個人的には推しまくりたいのが「田舎寿司」だ。基本的に野菜を煮付けたものがネタとして乗っている。鯖やアジ、白身魚の酢締めがネタになることもあるが、魚はほぼ例外だろう。
酢はゆず果汁を使っていることが多く、香り高く酢がきつめの酢飯になっている。酢飯好きなので、この田舎寿司のゆず酢飯だけ注文したいくらいだ。
写真の田舎寿司はたまたま空港売店で発見したものだが、お値段は550円とお手軽だ。高知市内で開かれる日曜市では、いくつもの店が田舎寿司を売っているが、だいたい一時間くらいで完売することが多い。朝10時くらいに日曜市に行って、とりあえず一番最初に買うものがこれだ。市場を一通り見た後で買おうとすると売り切れてしまうことも多いので、見つけたらまず最初に買うというのが、何度も市場通いをした結果として学習したことだ。
市内にあるスーパーで田舎逗子は売っているのかもしれないが、おそらく早い時間に売り切れてしまうのだろう。惣菜売り場で見つけたことがない。あのイ○ンモールですら発見できなかった。

地元では当たり前のものが、全国的には知られていないというのはケンミンショーの鉄板ネタだが、この田舎寿司がなぜ全国に広がらないのか不思議で仕方がない。ご当地名物を使った、〇〇地方・県版田舎寿司が生まれても良さそうだが。

北海道版であれば、ギョウジャニンニクの握りとかコーンかき揚げの握りとか、ポテサラとベーコンとか…………… いや、他人を当てにせず自分で作って売ってみるか。「北海道民」熱狂のよさこいソーランも、もともとは高知のよさこいのパクリだし。田舎寿司をパクっても高知の人は怒らないだろう。

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飛行機の窓側席

出張で飛行機を使うことが多かった。年間30回以上乗っていたこともある。乗り降りの便利さをとり通路側席に座ることにしていたが、最近ちょっと心境の変化が起きて窓際席に座ることが増えた。
コロナ以降に起きた搭乗順番の変更が原因だ。以前は、後部席から全部席へ順番に案内されていた。ところが、現在は窓側、中間席、通路側の順で登場する。この違いで起こる問題は、席上にある荷物入れに手荷物を収納する時に、通路側席にすわると順番が後になるため、入れる場所がなくなっていることが多いことだ。何度か、自分の席から離れた場所に荷物を入れる羽目になり、これは面倒だと窓側席を取るようになった。

そのおまけで、窓の外の景色が見えるようになった。これまでは景色などどうでも良いと思っていたのだが、意外と楽しい。特に、羽田から西行きの便は陸上を飛ぶことが多く、眼下に広がる景色と脳内の日本地図を比べて、「おー、あれは〇〇川だな」とか、「いよいよ、紀州海峡が見えてきた」とか、思いの外楽しみがいがあるのだ。北行きではその楽しみは少ない。特に太平洋上を飛ぶ時は、進行方向右側席では海しか見えない。

今回は午後遅い便だったが、冬至の頃であり苫小牧上空で夕焼け空になった。ふと気がついて下を見ると、おやまあ、これはずいぶんゴージャスな景色ではないか。日中であれば殺風景な都市景観しか見えないが、夕方であれば一面の星ならぬ灯りが広がる。日没に合わせた上空飛行は、なかなかタイミングが難しいだろう。

千歳空港に降りればすでに日暮れ、そこから都心部まで移動して初めて気がついたが、一面の雪景色ではないか。空港からJRで移動する途中も市街地と畑が入り混じっているのだから、日中であれば雪に気がつくはずだが、車窓の外は夜の民だったので気が付かなかった。おまけにJRの駅から地下歩道を歩いていたため、地上に出るまで雪があるとは思っていなかった。
確かに季節はクリスマス直前。雪があっても不思議ではないのだが。なんだか突然の雪に動転してしまった。
たった二時間で別世界に来てしまった気分になる。確か先月の今頃は、半袖Tシャツでトロピカルな夜を楽しんでいたなと笑ってしまった。空と地上で良い写真が撮れた。

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オラフ

新しい年を迎え、一年が加速度を増して過ぎ去ったと改めて思いつつ。とりあえずは新年のご挨拶を。おめでとうございます。

さて、年末に北海道の実家に帰っていたが、一昨年と比べてはるかに雪が多い。おまけに寒い。同じ時期の街の様子を写真で比べてみたら明らかに雪の量が違っていた。すでに北海道の夏はお江戸の気温を超えることしばしばの酷暑であり、冬は冬で寒冷が厳しくなっている気がする。夏冬の温度差は50度を超えるのだからなんとも住みにくい場所というべきなのか。それでも冬の室内温度は常夏の半袖で過ごせる状態だから、案外と地元の人間は年中同じような温度環境で暮らしているのかもしれない。

そんな雪を羨んでいるものたちから雪だるまを作って写真を送れという依頼が来た。寒いので気が乗らないのだが、こればかりは断りきれない熱烈要望なので、震えながら外で雪像制作を開始した。しかし、あまりの気温の低さに雪が固まらない。パウダースノー、というのはこういうものを言うのだ。試しに雪玉を作ろうとしたが、握る端からサラサラと崩れていく。記憶にある12月は湿った雪で、雪だるまなど簡単に作れると安易に請け負ったことを後悔した。
家のベランダ部分に雪を薄くばら撒き日光で過ごしとかしたものを固めて、ようやく頭部分ができたが、それを芯にして雪玉を作ろとしても全くできなかった。
急遽、雪をかきあげ小山を作り、その上に雪玉を乗せて雪だるまの変形盤にした。なんだかんだで制作時間は一時間余りかかり、背中に汗をかくほどの運動になった。雪国の冬はこうして楽しむものだ、などと痩せ我慢をしてみたが、この歳になると雪遊びなどしんどいばかりだ。

結局、要望にあったアナ雪に登場するしゃべる雪だるま「オルフ」にはあまり似ていないのだが、送った写真で満足してもらったのでよしとしよう。ただ、一箇所ダメ出しが入り、鼻はにんじんでないといけないとのこと。依頼者は審美眼が厳しいのだよね。

雪国の皆様、雪が溶けるあたりまで我は冬眠いたします。

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一度はおいで 高知の漁師町

南国高知といえど冬はそれなりに寒い。ただ、夏の間は湿度が高くいつも海はもやっているように見えるが、秋から冬にかけて一気に空気の透明度が上がる気がする。高知西部の漁師町久礼で鰹の上がる漁港のそばから見る海は実に穏やかなものだ。

漁港の中には漁に出ていいない船が停泊している。お天気の良い日は必ず漁に出るというものでもないらしい。友人に聞いたところ漁師の世界も働き方改革が進み、鰹船も年間の休漁日が決められているそうで、なんとなく海の男がサラリーマンになったような気がしてびっくりした。

久礼湾は一度ヨットでクルージングをしてもらったことがある。湾内はそれなりに静かな海だったが、一度外海に出るとまさに太平洋ど真ん中で、黒潮が流れる大海原というものだ(そうだ)
調べてみると黒潮というのは時速15Kmくらいで流れているようで、これは自転車を結構早めに漕ぎまくった時の速さだ。古代の手漕ぎ船であれば、一旦黒潮に乗るとそこの中から脱出するのは相当に難しかっただろう。おそらく南方の民が日本列島に流れ着いたのは、黒潮に捕まってジタバタした結果なのかもなあ、などと思う。

そんな黒潮洗う漁師町に、名物スナックがあるから、美味しい鰹を食べるくるついでに立ち寄ると良い。高知県の観光ポスターにもなった賑やかなスナックで、しょっちゅう宴会で賑わっているが、ふらりと立ち寄った旅人も歓待してくれるはずだ。いまは昔となりつつある、昭和のスナックはかくありかしという見本のようなお店だ。
マスターと奥さん二人で切り盛りしているが、生粋の高知弁(久礼弁)の会話を楽しむのがおすすめなのだが、この高知弁がとてつもなく難度が高い。自分では日本語、英語に続く第三外国語と理解することにしている。ただ、その第三外国語も聞き続けて10年も経つとヒアリング能力が向上するので、今では日常会話には困らない(笑)

注文すれば名物ラー油味の焼きうどん(焼きラーうどん)のつくってくれる。(はずだ)ただし、この街にはほとんど宿泊施設がないので、飲んだ後の足を確保することが必須条件なのでご注意を。タクシーも10時前には運行停止になる。夏なら港で野宿というてもあるいが、他文化の大軍にやられると思われます。

今年の高知県観光キャッチフレーズ 「ど田舎」高知を楽しむを、そのまま体感できる良い街、良い店なのですよ。年が明けたら、またこの店、ロンドナーで新年のご挨拶をしなければ。

良いお年をお迎え下さい。

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琉球料理 四軒目  焼肉屋で肉なし?

沖縄に仕事で行った商談会が無事終了した夜、沖縄居酒屋3連チャンの最終日は焼肉屋になった。が、とうとう最後まで焼き肉を注文することはなく、沖縄の家庭料理っぽいものを頼んでいた。最初の一杯はオリオンビールだが、そのあとは泡盛にした。

沖縄料理の定番中の定番らしい、ぐるくんの唐揚げ。この骨が硬い魚の唐揚げは、関東周辺で食べるアジの唐揚げとは似ても似つかない、小魚料理の典型だろう。限りなく素揚げに近いと思う。なんの捻りもないと言えばそうなるが、元来小魚料理とはあまり手をかけないものなのかもしれない。

ヘチマの味噌炒めは実にやさしい味だった。沖縄の野菜料理、それも味噌で仕立てたものはどれもやさしい味付けになる。味噌自体が甘めなのか、やんわりとした塩味というか、衒いのない素朴さがある。豆腐と合わせればなおのことだ。

これも沖縄の家庭料理の絶対定番らしいにんじんシリシリだが、脇役に回りがちな人参という野菜を主役に引き立てるのは実に素晴らしい。この細切りの人参を用意するために、大根おろしに似たシリシリ器が売っている。目の粗い物と細かいものの2種を見つけたが、細かいものの方がにんじんの甘味が出そうな気がする。卵と合わせてほんのりと出汁の味がする程度の薄味だ。最近のニンジンはすっかりマイルドで甘くなっているから、卵料理には向いている。これももう少し世に広まってもよさそうだ料理だなあ。

アグー豚の塩焼きはシンプルの極みだが、アグー豚自体が味の濃いものなので、柑橘果汁とよく合う。まあ、これは沖縄で食べるから感じるうまさなのかもしれないが。濃いタレをつけて食べるより、シンプルに塩で食べるのがよさそうだ。
沖縄の居酒屋では、日本全国どこでも並ぶ定番メニューがしっかりラインナップされているが、旅行者としてはついつい琉球テイストな料理ばかり注文してしまう。だが、ここに落とし穴がある訳で、実は名前は同じだが料理としては全然別物という「沖縄ショック」的な存在がある。それはまた別のお話として。

沖縄料理は体に優しい……………気がするなあ。

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琉球料理 三軒目

沖縄料理の店を探しにクリスマスムード漂うホテルからしばし歩いてみた。リゾートホテルの目の前には普通の住宅地が広がり、その中に飲食店が点在する。ちょっと不思議なまちづくりだ。公共交通機関に頼らない、自由に移動できる車社会だとこういうまちになるのだろう。大都会のように飲食店や居酒屋が密集するような場所は形成されないみたいだ。

入った店は焼き鳥屋らしいのだが、地元客に人気の店でほぼ満席だった。ただ、入り口で席を尋ねている時に、いきなりキャンセルがはいって幸運にも席がとれた。お店の人も一旦満席と断ってしまった後、10秒もしないうちに席が空きましたと苦笑いしていた。
結論から言うと、この店でも沖縄料理、それも野菜中心の注文になり焼き鳥の注文はしなかった。ひどい客だなあ。
名前は覚えていないが、緑の野菜と豆腐の白あえ料理が一番気に入った。どうも、沖縄の料理の名前は覚えるのが難しい。

確かこれは白身魚のフライだったか、豆腐の揚げ物だったか、写真は撮ったくせに覚えていない。覚えているのは、あっという間に完食したことだけだ。間違いなく美味かったのだ。だが覚えているのはそれだけで、どうも記憶能力が低下しているらしい。

これは別の席の客が注文したものが間違って運ばれてきたを写真に撮った。とうもろこしのかき揚げだが、自分たちが注文していないのでとりあえずお返ししたが、すぐさま注文した客がいないのであればそれを食べたいと申し出た。
まあ、当然ながら別テーブルの人が頼んでいたので、改めて自分たちが注文することにしたのだが、これがまたうまい。全国あちこちでとうもろこしの天ぷらやかき揚げは広がっているが、なぜかこの沖縄版かき揚げが一番美味く感じた。
沖縄のとうもろこしが特別うまいと言うこともないと思うが、(そもそも沖縄でとうもろこしは採れるのか?)これは絶品だった。沖縄料理は奥が深いなあ。

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かどや

ハーフサイズにして正解だった 正統たいめし

宇和島の鯛めしというものを寡聞にして五十歳を過ぎるまで知らなかった。田町にできた宇和島の有名料理店の支店で初めて食べて、とても感動した。コメの旨さが染み渡る飯だなと思った。その後、再度食べる機会もなくずっと忘れていたのだが、昨年松山に行った時に鯛めし屋の支店があり、その前を通りかかり突如として「鯛めしの味」を思い出した。その翌日、ランチで鯛めしを食べようと思ったのだがなんと休業日で諦めた。
しかし、鯛めしに対する熱望の思い?は捨てがたく、なんとか宇和島の本店でリベンジを果たした。人生の宿題をやっつけた気分だった。
鯛めしは、白飯の上に鯛の切り身とタレに生卵を溶いたものをかけて食べる、いわば変形豪華版卵かけご飯だ。鯛TKGと略してみるのもありか(笑)

本店は駅前通りにあったのだが、100mほど引っ込んだ場所に移転していた。予約もせずに開店と同時に駆けつけてみたのだが、店内の席はほぼ半分が埋まっている。人気店なのだ。一人客も多く、カウンター席に案内された。
シックな店内は居酒屋というより高級和食店という雰囲気で、なかなか趣がある。地方の名店とはこういうものかと感心した。

手書きのメニューをのぞいていると、何やら見かけないものを発見した。本日の主役鯛めしの前に、軽く試してみようと思い注文したのが「ぜい塩茹で」だ。名前を見ても全く想像ができない。チャレンジするしかないとは思うが出てくるまではドキドキしていた。

見た目は貝のようなものだが、おそらく亀の手の親戚筋ではないか。亀の手は青森で食べたことがあるが、カニの一族のような味がした。ただ、この「ぜい」は、なんとも微妙な味しかしない。表現するだけの語彙がないのが悲しいくらいだが、薄味の甲殻類系の味だったような……………
片っ端から食べてみたが、やはり頼りない味しか感じない。なんとも難度の高い食べ物だった。何度か食べるうちに味の違いがわかるようになる、そんな食べ物のような気がした。
他にもあれこれ注文したのだが、どれもうまい。カウンターの奥で働く職人のキビキビした姿は、もう一つのご馳走だった。良い店だ。

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琉球料理 第二夜 しゃぶしゃぶ

お仕事先のメンバーと合流しての沖縄飯はホテル近くのしゃぶしゃぶ屋だった。リゾートホテルの近くにありながら、幅広い幹線道路をわたるといきなり住宅地になる。その住宅地の中のあちこちにバラバラとレストランがあるのはなんとも異様だ。
確かに大都会の繁華街のような、道の両脇にずらっと飲食店が並んでいるというのも、ある意味不思議といえば不思議なことでもあるが。
隣が立派な邸宅とでも言いたい家の横に、そのしゃぶしゃぶ屋があった。外観はかなり良さげに見えた。こういう店は予約なしだとなかなか入れないのだなと思っていたが、たまたま一席だけ遅い時間の予約があり、その時間までであればということですんなり入れた。

沖縄料理が初めてというメンバーはあれこれ事前に調査してきたようで、まず手始めにミミガーからスタートした。なんとも渋い選択だ。このコリコリした食感は好みだが、出てくる量が前菜というより主食級で、これだけでお腹が膨れそうだ。お江戸の沖縄料理屋で見慣れた量は一体なんなのかと思う。少なくとも自己推定でお江戸版の3倍くらいの量だ。

その後も色々と野菜料理を中心に注文したのだが、忘れてはいけない沖縄料理の定番を最後で気がついた。ジーマミー豆腐、つまりピーナッツの豆腐だ。豆腐と言われているが、大豆製品の豆腐とはちょっと違う。弾力があり、硬めのグミみたいな感じだ。中華で登場する杏仁豆腐の硬いやつみたいなものだろうか。これも店によって味が全然違うので、どこの店に行ってもとりあえず注文したくなる一品だ。
甘めのソースをかけて食べるのだが、これはほとんどデザートなのだ。ただし、酒にも合うとは思う。

沖縄ではやはり現地の流儀に合わせて泡盛だなと、ご当地泡盛の残波をロックで注文した。ついつい飲みが進み、目の前には三杯のグラスが並んでいるのだが、これは琉球グラスで厚手のロックグラスだった。色違いのグラスで出してくるお店の心意気が素晴らしい。
流石に四杯目に手は出せなかったが、次のグラスの色は何色だったのだろう。
全国あちこちに工芸グラスの名産地はある。江戸や薩摩切子のようなほとんど芸術品もある。ただ、切子は壊すのが怖くて実用品にはならないと思うが、それでも自宅には薩摩切子のぐい呑みがある。飲まずに見るだけだが……………
その点、琉球グラスの厚ぼったい重量感のある手触りは、実に実用的なものを感じさせる。特に、ロックグラスに似合っている。初めて沖縄に来た時に琉球グラスの工房を見学に行って、この琉球グラスの材料はもともと米軍が持ち込んだコカコーラの空き瓶だったと聞いて驚いた。今でもコーラの瓶のリユースと言うことはないだろうけれど。
琉球グラスのルーツはさておき、今では洗練された薄手のデザインで、ファッショナブルな製品も多い。それはそれで素晴らしいものだが、やはりこのボテッとした厚手のグラスが良いなあと思う。沖縄の第二夜は料理もさることながらグラスに感動してしまった。

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沖縄料理 第一夜

沖縄那覇市中心部から少し離れた場所にできた「新都心」は、ちょっと沖縄離れしているまちづくりだった。沖縄離れというか、日本離れといってもよさそうだ。米国西海岸風とでも言えば良いのだろうか。町自体が歩行者を相手にしていない車移動を前提とした広々とした区画になっている。道幅の広い道路のあちこちに飲食店などが散在している感じがなんともアメリカンだ。ゆいレールの駅を降りたら生きなり免税店があったりするので、外国人観光客仕様なのだろう。

そんな一風変わった街で夕食を食べようとするとショッピングモールのレストランがフードコートが便利だが、それはちょっとなあと思い、街中を彷徨ってみた。ただ、飲食店の間の距離がそれなりにあり、みて回るだけで結構な時間がかかる。
ようやく見つけた良さげな店に入ったら、地元客と観光客が半々くらいの感じで実に賑やかだった。
沖縄といえばこれでしょうという料理もメニューの上には並んでいたが、ふと目についた料理が気になりついつい注文してしまった。イカの味噌炒めだ。沖縄でイカ量が盛んなのかどうかはわからないが、東シナ海に浮かぶ島なのだから海産物には不自由しないだろう。まさか、北海道からイカを取り寄せているはずもないだろうしとは思ったのだが。
結論から言えば、甘めの味噌で味付けされた大ぶりのイカは確かにうまい。ただ、沖縄感はあまり感じない。それでもお江戸の居酒屋で登場するこぢんまりとした皿ではなく、ドカンと盛り付けられた一皿には感動する。
野菜で増量することもなく、ドーンとイカの存在感があるのは実に素晴らしい。

やはり地元の酒をと思い泡盛を頼んだら、これまた端正な器が登場し、すぐに出てくる島豆腐の冷奴でチビチビと始めたのだが、豆腐とイカで満腹になってしまったのは計算違いだった。もう一品くらい食べてみたかったのだがなあ。ボリューム満点のサービス精神が逆に仇になった感もある。沖縄は一人飲みにはあまり優しくない土地なのだなと思った。居酒屋よりスタンド割烹みたいな小ぶりの料理を出す店を見つけなくてはなあ。