街を歩く

龍馬ラブ 溢れる土地で

高知県高知市最大の繁華街は長いアーケードになっている。週末ともなれば行き交う人も増えるが、平日の昼下がりであれば人影もまばらだ。そんな通りをのんびりと歩くのが好きなのだが、いつも気になることがある。天井から時期に応じて色々な垂れ幕が下がっているのだが、この時期は高知人の嗜好がよくわかる。
日本全国の街にそれぞれ誇るべき郷土の偉人は存在するだろうが、この高知ではある人物への偏愛がすごい。「龍馬のふるさと高知」などと一大形容詞になっている人物は他にいるだろうか。明治新政府成立後、旧徳川政権に連なる政治家・文化人はほぼ排斥された。その中でも郷土の偉人として残ったのは、新撰組の土方歳三くらいだろうか。
生まれ育った北の地は、基本的に流刑地であり国防のための開拓地であったから、そもそも土着の偉人がいない。地域史で習った偉い人は内地から来た人だった。(北海道は外地扱いだった)
明治政府を築いた功労者もほとんどが反乱と暗殺でいなくなり、明治後半まで生き残ったのは長州の伊藤と山形くらいだろうか。不勉強なので伊藤、山形が郷土がどこかも知らない。おそらくその街では偉人として譴責を讃えられているだろうが、〇〇のふるさととまで言われているだろうか。

おまけにどうやら11月は龍馬の生誕を祝うらしい。〇〇さんの誕生日をみんなでお祝いするのは、お釈迦さまとイエス様くらいしか思いつかない。ひょっとしたらアメリカ合衆国初代大統領など誕生日が記念日になっていそうだが、それ以外だと王様の誕生日くらいだろう。
この国でも天皇誕生日は祝日になっているが、この高知の熱狂ぶりはそれに匹敵しそうな気配すらある。

戊辰戦争という暴力革命の結果を見る前に暗殺された龍馬の無念を高知の人々が悼み、その生前の功績を讃えようというのは理解できる。明治政府に対して反対する自由民権運動を率いた板垣よりリスペクトの度合いが遥かに高いのは、龍馬の無念さへの思いなのかなあ。
これに匹敵する偉人と言えば、やはり薩摩の西郷隆盛くらいだろうか。この二人が生き延びていたら、明治政府の方向も少しは違っていたのかもしれない。少なくとも世界を相手に戦争するようなバカ国家にはしなかっただろうと思いたい。

高知人の龍馬ラブと同じくらい、高知人の愛しているものが喫茶店のモーニングセットらしく、小さな町の喫茶店でも飲み物+100円で、こんな立派な朝ごはんが食べられる。大手外食企業は見習って欲しいものだ。
高知人の愛する龍馬と喫茶店のモーニングは全国に広げるべき文化遺産といいたいぞ。

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琉球の名城

世間的には聖夜でございますが、すっかりその手の世俗的イベントから超越する「オヤジ族」なので、今日も平常運転であります。さて、

お城の下では11月も後半だというのに真っ赤な花が咲いていた。気温は25度、沖縄の冬は暖かい。雪のない土地で暮らしたいと思っているだけに、沖縄は理想的だ。ハワイというのも良い土地だったが、残念ながら日本語圏ではない。沖縄県も地元の言葉は難しいが、公用語?として日本語が通じる。食文化も日本食とニアリーイコール、ほぼほぼ同じだ。いや、飯という観点だけでいうと沖縄の方がより健康的で上質な気もする。

沖縄の城は琉球が統一されるまでの戦争時代に構築されたものが多いようだ。海洋国家であった琉球だけに、海の見える丘に築かれている。ただ、中世から江戸期に至るまで日本各地で築かれた戦国仕様の山城とはちょっと趣が違う。
沖縄には日本100名城、続100名城に認定された名城が5ヶ所もまるので、城好きにとってなかなか魅力的な場所でもある。ちなみに名城認定された城は、当然ながら全国に均一な分布をしているわけではない。どちらかというと戦国期の名残もあり、西国に偏っている感じはある。もちろん、日本に併合されてから日の浅い北海道でも、「アイヌ民族」の建てた城が加えらているので名城の存在しない地域はない。基本的に各県最低一城は配置されている。まあ、名城認定とは忖度の塊みたいなものだ。

沖縄では首里城、中城城、今帰仁城、座喜味城、勝連城がラインナップされている。どこも世界遺産認定地なので、資料館も併設されている。恵まれた城だ。

琉球時代の城の特徴を上げるとすれば、石垣が曲線を描いていることだろう。戦国期に築城された城の大多数は石垣を持つが、基本的には直線で構成されている。琉球の石垣は微妙なカーブを描いた曲線仕様で、それも土地の高低に合わせているのかと思ったが、そうでもない。おそらく設計思想が、大陸から入り込んだものなのだろう。

石垣に近づいてみると、積み上げたた石に窪みがあるのが見える。サンゴが固まってできた石灰岩なのだそうだ。石灰岩は加工が容易なので、整形された石が隙間なく積み上げられている。戦国初期の山城では天然石をあまり加工せず積み上げているので、隙間だらけの石垣になっているのとは大違いだ。

石垣に通用口を作りその上をアーチ状に石を積み上げるのは高度な建築技術だ。ローマ帝国時代の水道橋などではよく使われているから、技術的には大昔から知られてた技法だが、それを取り入れた建築物を日本ではほとんど見たことがない。おぼろげな記憶を辿ると長崎の眼鏡橋くらいしか覚えていない。
日本を代表する大規模建築物といえば、神社か寺だが、そのほとんどは木造だ。日本国内では石造の建築物といえばは城の石垣くらいだが、そのほとんどが直線で構成されている。おまけに、堀に囲まれているから城内への通行のために橋を渡すのだが、防衛上の観点から橋は木造になっている。(敵に攻め込まれたら橋を落とすという意図がある)

だから、石造りのアーチを見るだけでも、沖縄の城巡りは価値があるなあ。

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飯屋で一杯のはずが

今回は細長いオムライス 前回は少し丸みを帯びた形状でした

高知に行って時間があれば必ず立ち寄る居酒屋がある。昼から空いている使い勝手の良い店だが、当然ランチタイムにはランチセットがある定食屋になっている。その中でもいちばんの高級品がオムライスだ。これより高いメニューは店名のついた弁当、松花堂弁当っぽいものになる。それはまだ未見だが、オムライスは何度も食べている。面白いのが食べるたびに微妙に味が違うことで、おそらく何人か作り手がいるのだろう。ただ、オムライスを延々と食べ続けているとわかる程度の微妙な違いなので、一般客にはそこまでのこだわりはないと思う。
形状、使用している油、多分マーガリンの量、ケチャップの量などで味が変わる。比較的オムライスとしては薄味なので、その差がわかる。
ただし、いつでも美味しくいただいているので文句はない。

ところが、ランチメニューを食べている客の間に昼飲み、それもぐいぐい行く派が一人おきくらいに座っている。だから、席に着くと最初に聞かれるのが「飲み? 食事?」なのだ。なんとも高知らしい気がする。
今回もオムライスを注文した後に、ムラムラと飲みたい欲望が突き上がってきて、ついついぬる燗を注文してしまった。オムライスを肴に飲む日本酒は、まさに昼酒、背徳のうまさだった。

串焼きは目の前で焼いている熱々

オムライスを半分ほど食べたところで、隣の客が食べている串焼き盛り合わせに目が入ってしまい誘惑に負けた。腹が大部膨らんでいるのだが、ついつい気前よく盛り合わせを頼んでしまった。
昼から個人的な大宴会モードに突入し手嶋っった、と反省。隣に座ったお姉さんが悪いのだと思う。コップ酒の後ハイボールに切り替え、オムライス小盛り(特注)と焼き鳥、湯豆腐的なフルコースを一人で楽しんでいたのに釣られてしまった。

なんとも蠱惑的な店だが、次はランチタイムは避けたほうがよさそうだ。酒を飲むならやはり夕方からが健全のような気がするし、酒付きランチはその後の午後が辛い。ちなみに、たまに平日はお休みなので来店時には注意しましょう。

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四国ローカル線

時々無性に辺境の(笑)鉄道に乗りたくなる。たとえば、北海道石勝線を特急ではなく普通列車で乗るとか、中国地方の日本海側から瀬戸内側繋ぐ山間路線であるとか。青春18きっぷの時期は、そんな超ローカル路線にジジババの乗り鉄が殺到している。
しかし、オフ期であれば高齢者乗り鉄も少ない……………と思っていたのだが、なんとジジババ団体と遭遇してしまった。ローカル線なのに車内はものすごい騒音だった。ガハハとキャハハが交錯する、酒を飲んでいないはずの乗客が狂乱状態になっている。
一二位に数本しか運行していない愛媛県宇和島から高知県窪川まで走る予土線の車内の出来事だ。どうやら愛媛県県境付近にある温泉施設までに日帰り旅行を企てた集団らしい。コロナの時期には家に逼塞していた高齢者が、今では「やかまし集団」として活躍中なのだ。静かに慎ましやかな乗り鉄旅を楽しんでいる我が身としては、なんとも言い難い世の中の「世知辛さ」だ。小学生の社会見学でもあるまいし、周りの迷惑を考えろと言いたいが、そんなことに気がつく賢者は加齢と共に消滅するらしい。
それでも顕在化を過ぎると、狂乱のジジババ集団が下車したこともあり静けさを取り戻した。車内には乗り鉄と思しき人が三組。たまに席から立ち上がり車窓から写真を撮る程度、静かなものだ。

高知県に入り四万十川沿いを走る路線だから、時々清流が目に入る。よく見ると川底が見えるほどの透明度で、確かに日本に残された最後の清流という形容詞は当たっている。
終点近くになり、なぜか手前の駅で長めの待機時間があった。車内にトイレがついていないので、トイレタイムということみたいだが。

いろいろとローカル線に乗ってみたが、二時間を超える長距離路線でトイレなしの列車を運用しているのは、このJR四国予土線以外に出会ったことがない。乗客不足で経営難に直面しているJR四国の窮状は度々ニュースなどでも目にするが、鉄道離れの原因は、「トイレなし」の列車運行を強行する営業体制にもあると思う。運輸サービス業の根本的な欠陥、問題ではないかと思うのだが。所要時間を考えると、トイレのない飛行機に乗って東京から沖縄まで飛ぶようなものなのだが、JR四国の経営陣はそれを想像することができないらしい。

ちなみに福島県会津若松から新潟県小出に通じる只見線は、予土線によく似た山間ローカル線だがトイレはついている。(はずだ)
JRが分割されてサービス向上がなされたのは間違いないが、サービス低下のまま放置されている路線もあることはあまり知られていないかも。次は北の果て、三陸鉄道の旅をしてみよう。きっとトイレはついているはずだ。

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首里城で蕎麦を食う

沖縄の焼き物はそのどっしりとした手触りと独特の色使いが好ましい。有田焼のような薄手で繊細な紋様を描いたものは芸術品として飾っておくが、日常遣いにするにはちょっともっったいない。その点、沖縄の焼き物は毎日の食卓に乗せたくなる質実剛健さがある。青と黒のコントラストが良いのだ。益子焼の民藝封筒はちょっと違うが、手に馴染むという点、実用性の高さは素晴らしい。

などと首里城にある土産物店兼レストランであれこれ沖縄名物を見繕いながら昼飯の算段をしていた。そこで見つけたのが味噌味の沖縄そばだった。これまで何度か沖縄そばは食べているが、味噌味は見たことも聞いたこともない。

昼のピークを過ぎていいたこともあり店内は空いていた。客席はまばらに埋まっていたが、よく見ると日本人は自分一人だけだった。なんだかなあ、すごいことだ。

メニューを見ると味噌味が全面的におすすめメニューになっている。ただ、今回の沖縄旅一食目だけに、極々スタンダードなものが食べたい。特に、名物料理の味変えバージョンには過去何度も痛い目にあっている。観光客相手の店は特にその「はずれ」率が高いから要注意なのだ。精神的安定のためにはハーフサイズを二種類頼めるようにしてくれると良いのだが。そこまでは親切でない。ちなみに、埼玉が誇る武蔵野うどんの店では、つけ汁を二種類に増やすサービスがある。たとえば、肉汁ときのこ汁とか、カレー汁と野菜汁といった具合だ。当然、つけ汁の量は半分程度になっている。あれはぜひ全国の麺屋さんに見習って欲しい。

結局、迷いに迷った末に、普通の味のソーキそばを注文した。鰹出汁の効いたシンプルなそばに、こってり系の骨付き肉を乗せたソーキそばが好物だ。三枚肉の甘辛に似たものを乗せた沖縄そばも良いが、やはりソーキの魅力には勝てない。

定番の酸っぱ辛い沖縄産チリソース??をかけて途中で味変。いや、実に満足したが、やはり味噌味が気になる。もう一回首里城に蕎麦を食いに行くしかないみたいだ。

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高知の聖地で起きている戦争

高知市最大の観光名所とはどこか。これには異論が色糸とありそうだ。龍馬ラブな高知県人であれば太平洋を望む龍馬像がある桂浜を推すだろう。歴史好きであれば現存天守閣のある高知城がイチオシに違いない。しかし、大多数の高知市民が、「あーあ」とか「うーん、そうやね」と渋々いうのがひろめ市場だろうと思う。
テレビの観光番組でよく取り上げられる、昼から飲んでる高知市民の姿はあまりに有名だ。ただ、高知市民のために弁明しておくと、昼から飲んでいる客のほとんどは観光客で、最近はその観光客の大半が外国人だ。
まあ、だから昼飲みをしようと出掛けて行っても、席が空いていることはほとんどない。マスメディアがやらせをしているとまでは言わないが、高知市民が昼のみをしようとしても、かなり難しい状況だとは思う。

そのひろめ市場の入り口がなかなかビールメーカで賑やかだ。「股間とうまい辛口」とはドライビールの本家が言っているが、その隣では「赤星」とクラシックビールを推しているライバルがいる。個人的には赤星が好みだ。

「たっすいがはいかん」と言っているのは本にもなった高知県の新興勢力メーカーだ。ちなみにたっすいがはいかんとは、中途半端にしてはいけないとかしっかりやり切らないといけないみたいな意味らしい。このニュアンスは生粋の高知人でしかわからないものらしいので、正確な意味はお近くの高知出身者にお尋ねを。
そしてプレミアムビールで一世を風靡したメーカーは、まさかのハイボール押しだった。確かにこの女優さんで四国のハイボールを一大勢力に立ち上げたのは間違いないが、一人だけビールから逃げ出した感はある。

ビールメーカの宣伝戦略はそれなりに金もかけた大作戦なので、この辺りの対比は面白いのだな。

まあ、どんな酒を飲んでも酔っぱらってしまえばみな同じという感じもするし、お開けにこの時期は招き猫がワインの新酒推しをしていた。

高知県民の酒に対する鷹揚さ、懐の広さと思っておこう。しかし、市場内のどこでヌーヴォーが売っているのだろうか。まさか、市場内にある酒屋で瓶ごと買う? いや、ありそうだな、高知だし。

街を歩く, 食べ物レポート

お江戸のラーメン

西新宿にあったサンマ節ラーメンの店がいつの間にか増殖してお江戸のあちこちに系列店、暖簾分けが増えていた。
池袋東口の裏路地のポツンとある店を発見したのは、たまたま馴染みの蕎麦屋を探していた時のことだ。探していた蕎麦屋は潰れていて、居酒屋に代わっていた。ラー油蕎麦を久しぶりに食べたかったのだが。
この店も西新宿本店には足繁く通ったものだが、最近はすっかりご無沙汰していたので、えいやっと気合を入れて久しぶりにサンマ節ラーメンを食べようと店内に入った。入り口にある券売機は最新鋭のものだった。ただ、これが実にわかりにくい。コロナ中に開発された店内飲食、店外持ち帰り両用機は大抵が使い勝手が悪い。いかに機器開発側の頭が悪いかを見せつける仕様だ。開発者出てこいと言いたくなるくらいのダメ仕様だと思う。一番ダメなのは複雑化したデジタルキャッシュ対応で、ここがストレスを最大にする部分だ。
興味のある方は、この店に行って体験すると良い。なかなかストレスフルな経験ができる。ちなみにお店の従業員の対応は素晴らしい。店がダメなのではなく、機械がダメなのだと、明言しておく。

チャーシューうまし おかわり欲しいが……………

魚介系ラーメンの元祖だけあって味に文句はない。それなりに腹がげっていたからいっきに食い終わると思っていた。ところがだ、記憶にあるより遥かに麺量が多い。(ような気がした)
おそらく加齢による胃袋容量の現象だと思うのだが。完食するのに苦労した。
おそらくだが、昨今のつけ麺の隆盛により汁麺も麺が太めになり、標準的な麺量も増加しているのではないか。都くんこの店は最近流行りのチャラ系ラーメンではなく、質実剛健の極みに位置する。
次回はもっと腹を減らして最良戦したいものだが、チャーシューメンは避けておこう。トッピングなしの素ラーメンで良いかもしれない。
まあ、そう思わせるくらいお気に入りのラーメンではありました。池袋で美味いラーメン屋見つけるのはなかなか大変なのですよね。行列ができる店がうまいとは限らないし……………

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沖縄 那覇市役所のあたり

国際通りの入り口には守護神シーサーが睨みを利かせている。九州南側は気温が高い日本の一地方という感じがするのだが、沖縄は明らかに南国感がある。あちこちで見かけるシーサーもその南国感を増幅している。

南国といえば、やはり椰子の木だよなあと短絡的に思ってしまう。椰子の木の並木は河内や宮崎などでも見かけるが、やはりハワイ的というかリゾート感を強める椰子の木は、沖縄でしかみられない気がする。単純に生まれ育った場所が北の果ての大地だったから、椰子の木など写真でしかみたことがなかった「南へのあこがれ」のせいだろう。

四角いサイコロ状の建物が通り沿いにずらっと並ぶ。たまにホテルなどの大きい建物があるが、不揃いな建物が観光情緒を掻き立てる。大都心に立ち並ぶ高層ビルの伶俐さとは一線を画した人のぬくもりみたいなものを感じる。
ハワイにある古い街並みもこんな感じだった。歴史的建造物などというつもりもないが、街並みの良さというのは全国各地の観光地でも認識され保護の対象となっている。都市の景観、街の見応えというのは時間をかけて守るべき遺産だろう。

その国際通りの端にある那覇市庁舎がなかなか秀逸だ。造形だけをみると中央アメリカにある古代文明の跡のようにも見える。マヤ、アステカ文明が築いた神殿ピラミッドにフォルムが似ている。そして何よりすごいのが、窓際に延々と緑の植栽が置かれていることだ。ぱっと見にはビルが植物に侵食されたようにかんじすらする。おそらくエコ仕様なデザインなのだろう。向かい側にある沖縄県庁が直線的な現代建築なので、その対比はなかなか面白い。市庁舎デザインコンテストなどがあれば、最終週候補の一角には入ると思う。

市庁舎の横に小さな公園があった。言われはわからないが、「愛する人」たちのためのパブリックスペースらしい。

噴水ともモニュメントともみて取れるふしぎなぞうけいぶつがあった。これが愛の形なのだろうか。夜になれば若き(老いた?)恋人たちが愛を語るのか。日中は母と子が、父と子が愛を確かめるにはちょっと遊びがなさすぎる気もする。あるいは戦争のない平和な世界を祈る「人類愛」を確かめるための場所なのかもしれない。のんびりとした沖縄の雰囲気には諍いよりも愛が似合っている気がするが、那覇市役所の隣はいささか喧騒が過ぎるようだ。どこか、もう少し静かなビーチあたりに「愛の公園」があっても良さそうな気もする。

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マキシ あたりをそぞろ歩き

那覇国際通りのエンドにあたる?牧志駅から階段を降りて辺りを見回すとちょっと面白い。国際通り側は賑やかな観光地の土産店が並ぶ。反対側はマンションなどの高層住宅が立つ住宅地域だ。駅の表裏で街の性格が違うというのはよくあるが、駅の右左で変わって見えるのは珍しい。

牧志公設市場周辺のいかにも路地裏的な商店街は、ともかくみて歩くだけで楽しい。このナイスボディーなマネキンさんに、これまたとびっきりユニークなネズミキャラクターを組み合わせると、なんともシュールな造形になる。このセンスは沖縄人特有のものなのだろうか。
お隣の馬頭キャラもキモカワというより怖カワ?? なんともすごいびじゅあるだなあ、

ネットではありそうな店名だが、リアルにこの看板を見るとなんとも微妙な感じがする。「いいもの」は自分が想像している通りの「いいもの」なのか。沖縄言葉で「いいもの」とは違う意味があるのではないかという疑いもある。うーん、沖縄はワンダーでデンジャーな雰囲気に満ち溢れている。

これも謎に溢れた看板だった。左から「紅芋カリカリ」とある。商品は簡単に想像できるが、〇〇かりかりはどこか遠い北の方の名物ではなかったか?続いて、「沖縄限定」シーサーだが、これもツッコミどころ満載で、そもそもシーサーは沖縄にしか存在しないのでは?ひょっとして台湾シーサーとかフィリピンシーサーとかあるのかなあ。
そして最後は「ホタルガラ」だ。周りに描かれているイラストから想像するとホタル的なデザインとかも用のことみたいだが。しっかり店内を覗いてみるのだったなあ。 

夏の日差しのせいか、それとも大量の降雨のためなのかアーケードの屋根が厚いようで、この商店街の中は昼でも薄暗い。それが「怪しさ」を一層増してくれる。怪しい看板と怪しい店が立ち並ぶマキシあたりは、実にエンタテイメントな路上テーマパークみたいなものだ。大好きだな、この街。

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国際通り そのグローカルな魅力

典型的なグローバル仕様の看板

那覇国際通りは、沖縄県庁から牧志公設市場まで続く観光ストリートだ。正確にいえばゆいレール県庁前駅手前から、牧志駅までの間になる。その国際通りの中間点くらいにある「日本語」のない看板がランドマークだ。
世界最大のハンバーガーチェーンの看板から日本語表記が消えて久しい。最近は黄色いMの字だけで済ませることも多い。欧州の著名な装飾品企業もデザインされた意匠だけしか使わなくなっている。ブランドの浸透に応じて字数が減るというのは世界的な現象のようだ。日本でも伝統的な「家紋」などは簡略されたブランド・アイコンとしてはるか昔から確立している「定番」だ。
そのM社の看板の下に、M社と似たようなデザインで看板を置いているのは韓国系のステーキハウスらしい。もっともハングルは読めないので推測だ。こういう看板を見ると、まさに国際通りの名に恥じないと思う。

その近くに民謡ライブという看板を見つけた。日本各地を旅した経験でいうと、民謡ライブの店は実に数少ない。記憶にあるのは青森県津軽地方くらいだ。国際通りには民謡ライブの店が何軒もある。歌って踊るのが好きな県民性が発揮されているからか。それにしても、沖縄地料理とは初めて目にする単語だ。伝統料理とか家庭料理などはあちこちで目にするが。「地」料理とはねえ。
意味はわかる。ただ、江戸地料理とかヤマト地料理など聞いたことはないから、これは美しい造語だろうか。

どがつくくらい日本的な、それも昭和の風情がするな看板

同じ系統の看板を見つけた。沖縄ハイボール、それってどんなもの?と気になる。黒糖が入った真っ黒なハイボールとか、パイナップルで黄色くなっているものとかを想像してみた。意外とうまそうだ。その連想でゴーヤのしぼり汁のハイボールが浮かんできたが、これはいけない。どう考えてもハイボールというより漢方系の代物で、飲む罰ゲームみたいな気がする。
ただ、これもよく考えると「沖縄ハイボール」の酒場ではなく、沖縄の「ハイボール酒場」なのかもしれない。どちらが正しいのか、入って確かめるしかなさそうだ。

今やなくなってしまった ローカル色ゆたかな ”たばこ”の文字

日本全体がスモークフリー社会に変わっている最中、もはや見かけることもない看板に出会った。すごいインパクトだが、タバコの販売店ではないようだ。昔々はタバコを売っていたのかもしれない。
うろ覚えの記憶だが、沖縄が日本に返還される前、沖縄には専売公社(古い名前なので知らない人も多いだろう、現在のJTの前身)の魔の手が伸びておらず、タバコ製造販売は民間企業が行なっていた。返還後もしばらくは沖縄ブランドのタバコが販売されていたようだ。その当時のたばこ屋さんなのだろうか。この看板だけ譲って欲しいと思う。

これが極め付け The 昭和時代 と言いたくなるローカル看板 もはや絶滅危惧種的存在だ

まさに飲み屋街入口の看板だなと見つけた瞬間に思った。夢の街竜宮城で今宵もしこたま飲みまくれ、というお誘いが聞こえてきそうだ。社交街という言葉自体が蠱惑な響きを伝えてくる。ここも、夜になったら歩いてみたいところだ。今ではすっかり見かけなくなったネオンサインが現役のような気がする。

ちょっと南方アジア風な看板

この看板、不思議で怪しいキモカワ系だ。看板を見ただけでは何を売っている店なのかよくわからない。牧志店あるから、他にも支店があるのだろうか。ミージャとは沖縄の言葉でどんな意味があるのだろうか、とても気になる。

固めのゴシック調はやはいr昭和中期の感じがする

その隣にあったのが島唄の店で、沖縄民謡と島唄は違うのだろうか。多分、違うのだろうな。こちらは地料理ではなく普通に沖縄料理と書いてある。
那覇国際通りはもっと時間をかけてゆっくりと、おそらく一週間くらいかけてあちこちの店を回ってみないと、その良さが体験できないと思うのだが。とりあえず、看板を眺め歩くだけでも楽しいものだった。