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新宿三丁目の鮨屋

新宿三丁目に足繁く通っていた時期がある。東京最大の歓楽街である新宿歌舞伎町は騒々しすぎてあまり好みではないので、靖国通りを渡ることなくアルタ裏や新宿3丁目の飲み屋を好んでいた。中でもよく通ったのが老舗の鮨屋で、いつの間にか本店は立て直しになっていたが、本店工事中は支店に通っていた。
近くにある末廣亭で落語を聞いた後にぬる燗で一杯………みたいな気分の時に使うのが多かった。お値段もお手軽で飲み屋遣いのできる鮨屋だったが、最近はいささか調子が違う。どうもインバウンド対応に軸足を移したようで、すっかり足が遠のいてしまっていた。この日も入り口手前まで行ったのだが、なんだか入る気にならず、昼飯を握り鮨にしようと決めていたので他の店を探すことにした。

明治通りを新宿駅側に渡り伊勢丹の裏手にあるビルにもう一つのよく通った鮨屋がある。こちらは主に昼飯に使っていた。ランチの時間を少しずらすとのんびりと鮨をつまみにビールを飲むというような使い方だった。いつも一人で来る店で、友人と連れ立って来た記憶はない。
チェーン店の鮨屋の良いところは、誰とも話をせずにのんびりと鮨をつまめることだ。回転寿司は一人で楽しめるが、のんびり時間が過ごせる気はしない。食べたらさっさと出ていくのが流儀だろう。個人店では大将お任せのコースでも頼めば別だが、カウンターでぽつりぽつりと鮨を注文するのは、なんと話に気が引ける。
デパートにある鮨屋も比較的のんびり過ごせそうな気がするが、実はこの手の店は店内の会話がそれなりに騒々しい。隣の席から響いてくる甲高い声の会話には食欲が失せる。

ランチの鮨屋はセットメニューを頼むことが多い。お好みで注文すると、実は出てくるのが遅くなることが多いせいだ。二、三品注文すると、出てくるのがバラバラになることもある。現代資本主義の本分である合理性は伝統食の鮨屋ですら追求される時代だ。ピーク時間帯の回転率勝負であるランチタイムは、職人が分業制でランチメニューの大量生産にはげむ。
カスタマイズ注文する客など客としては論外、嫌なら出て行けくらいの嫌われぶりだろう。(勝手な想像です)
例外として許容される面倒な注文を考えてみた。ウニと鮑と大トロを10連続くらいで注文する客だろうか。某ハリウッド俳優、未来から来たロボット役で人気だった方は、新宿某所の鮨屋で鮑とウニを40貫づつ注文してそれを食べたらさっさと帰ったそうだ。
その話を聞いてから一度この真似をしたいと思い、食べ放題鮨屋でウニを10貫注文したことがある。元気に食べられたのは6貫目までで、そのあとは胃袋に押し込むのが苦行だった。一般ピーポーが著名人の真似をしてはいけないという教訓になった。

この日はセットメニューの鮨をゆっくりつまみ、少しぬるくなったお茶を飲み干して退散した。この歳になって鮨とアルコールは必然のカップルではなくなったのだと初めて気がついた。締めのお茶がうまいと感じるようになったとはなあ。今度は夕方にでも行って注文しながら好きな鮨を注文してみようか。

ちなみに座った両サイドは日本語を解さない国の方達だった。グローバルフードという単語が頭に思い浮かんだ。蛇足だが、松竹梅について英語で説明しているのを聞いて、なんとも間抜けな感じがした。レストラン向けに英語のメニュー説明マニュアル作ったら売れそうだな。
The best recommendation, The better choice, Good meal for you くらいな感じかなあ。

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新宿花園神社 酉の市 忘年会の夜に

忘年会に呼ばれることもめっきり少なくなった。こちらの歳のせいもあるが、コロナ明けから忘年会をやる人が減っている気もする。飲みたくない酒を飲まされる忘年会の「怪しいルール」が崩れ去ったせいだろう。良い話だと思う。酒は飲みたいやつだけで飲めば良い。飲みたくないものを巻き込むのは、一種のハラスメントだ。
だから今年の忘年会は3回限り。それもごくごく少人数でのこぢんまりとしたもので終わった。実に良いことだ。第一回目は西新宿の焼き鳥屋で久しぶりの焼き鳥と焼酎の組み合わせだった。ふと気がつくと、周りの客はほとんどが30代くらいで、なんとなく客層が若返った気がする。うるさいオヤジ連中がいなくなったのと、感染症を恐れる高齢者がいなくなったのだと気がついた。おそらくおっちゃんたちは家飲みに転向しているのだと思うが、家族に迷惑をかけていないかと心配にはなる。

店を出て歩き始めたところで、本日は酉の市だと気がつき、なんと西新宿から歌舞伎町の端まで大遠足をすることになったのだが、区役所通りから先の歩道が恐ろしいほどの大渋滞を起こしている。金曜の夜という条件も重なっているのだろう。やたらと若い衆が多い。
酉の市は宗教的行事というより、庶民のイベントという色彩が強いから若い世代が集まってくるのは不思議ではないが、それにしてもこれほどの混雑を見たのは初めてだ。歩きながら缶入りのアルコール飲料を飲んでいるものも多い。お祭りに御神酒はつきものだが、飲み歩きというのはちょっとどうかなとも思う。なんだか渋谷のハロウィーン大集合と同等の扱いにされてしまったのかもしれない。

行った時間も遅かったせいで、熊手もほとんど売り切れていた。験をかついで熊手を求める人、商売人はもっと早い時間にお参りに来るのだろう。
こんな混雑している時に足を向けたのが間違いだったと後悔したが、この辺りにたどり着くまで一時間ほどかかっている。神社のお参りに並ぶといいうのもすごいことだが、明治神宮の初詣みたいなものか。結局、這々の体で逃げ出した。

花園神社の裏手には新宿ゴールデン街があり、こちらも人で溢れていた。ただ、歩いているものの大多数が日本語を話さない観光客で、実に不思議な感じがする。ゴールデン街の飲み屋はどこも小さく狭い。カウンターだけの店も多く、カウンター内の従業員と会話を楽しむというのが、この町の楽しみ方であり、ある種独特なお作法だと思う。だが、日本語が不自由では会話の楽しみが成立するのだろうか。カタコトの日本語や英語、身振り手振りで楽しむということなのか。それはそれで新しいゴールデン街の作法なのかもしれない。楽しく過ごして金さえ払えば誰でもお客さん、でいいのだろう。まさかゴールデン街が世界文化遺産として継承される……………そんなことあるわけないし。

そういえば神社の参詣客にも少なからず外国人観光客が混じっていた。明らかにイスラーム系な団体も見受けたのだが、確か砂漠の一神教では、唯一神以外の神を認めないのではなかったか。では、神社に何をしにきたのだろうとあれこれ不思議に思う新宿歌舞伎町の夜だった。

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ミュンヘン市の不可思議さ

北の街で冬の風物となった感があるミュンヘン市は、すでに20年近く続いている。コロナの間はお休みしていたが、また元気に開催されるようになった。北の街で最大の冬イベントは知名度の高い雪まつりがメインとなっているが、観光客の過剰増大(オーバールーリズムというやつ)とか、大型雪像の制作依頼先である自衛隊との関係悪化とか(自分としては、どうも市役所の対応がタカビーなのではと疑っている)、あれこれ運営方法も含めた問題があるようだ。
ごくごく個人的な話をすると、雪まつりは夜に行って10分眺めて、あとは居酒屋に転がり込むためのイベントだと思っている。北の街では厳冬期であっても居酒屋の中は常夏の温度環境だ。

大通り公園全体を使う雪まつりとは異なり、ミュンヘン市は2丁目だけを使うこぢんまりとしたイベントだが、その分飲食施設が大量出店するので、冬の屋外立ち食いという何とも奇妙というか、よくやるよねという、摩訶不思議なイベントになる。
ただ、さすがに雪国育ちの面々はとりあえず屋外の寒さには強い。そして、わざわざ厳冬期に訪れる物好きな観光客は寒さこそがご馳走らしいので、これまた屋外耐寒飲食を我慢強く楽しんているようだ。

平日昼でこれほど人が出ているのは実に不思議な光景だ。北の街の繁華街は大半が地下道で結ばれていて、当然のことに地下道を歩けば雪で滑る危険もなく、暖房が入ったぬくぬく快適な地下通路を歩くものが多い。駅から大通りをつなぐ「チカホ」は、どの時間帯も通行人で溢れている。屋外を歩いているのは、寒さ体験が目的の観光客くらいだろう。

つまり、このイベント会場に登場する客を考えると、かなりの割合で「非・雪国」居住者がいるはずだ。一般的に雪の上を歩いて転ぶ人間はほとんどいないが、雪が圧縮されて固まる、つまり氷板状になると実に滑りやすい。スケートリンクを普通の靴で歩くと簡単に滑って転ぶが、この会場のように圧雪の結果で氷板になった場所は、スケートリンクのように平ではなく微妙な凹凸があり、スケートリンクより明らかに、そして余計に滑りやすい。
雪国居住者は冬になると「冬靴」に履き替える。冬靴の特徴は防寒性もさることながら、裏面ソールに滑り止め加工がなされていることだ。車で言えばノーマルタイヤとスタッドレスタイヤの違いみたいなものになる。
だから、氷板上の道路でもそれなりにスタスタ歩く。ところが、非居住者の中には、なんと「夏靴」のまま無防備状態で、この危険な場所に挑むものが多いらしい。

ちなみに圧雪状態のツルツル道路で滑ると、まるでアニメに出てくるバナナの皮で滑った状態になる。滑ったあと、体は水平になり空中に浮かぶ。足は空に向けて上方45度くらいまで跳ね上がり、視線はまさしく空を見上げることになる。そこからほぼ垂直に落下して背中を地面に直撃させる。尻から落ちればまだ救いようがある。尻の打撲はそれなりに痛いけれども、その後の歩行は可能だ。ただ、だいたいの人は受け身が取れないので、背中を強烈に打撲する。運が悪いと反動で後頭部も打ち付ける。失神するほど痛いらしい。
昔、東京の知り合いがすすきのの盛場と真ん中で転び肋骨を3本ほど折った。だから、写真に写っているようなツルツル路面には近づいては行けないのだ。危険が危ない。

ただ、真剣に思い悩むのだが、なぜ観光協会や市役所の観光担当の者たちは、この会場をロードヒーティングにして根本的な安全対策を取ろうとしないのだろうか。今年初めてやるイベントであれば費用対効果とか、来年やるかどうかわからないとか、非対応の理屈は通りそうだが、すでにこのイベントは20年近く続いている。おまけに、その間には東京オリンピックのマラソン開催を押し付けられて、公園周りはあれこれいじりまわしたはずだ。その時についでに改良工事をすれば、あの金に汚いオリンピック委員会(JもIも)ですら資金援助してくれたのではないかなあ、などと思ってしまうのだ。

誰かが転倒事故で死ぬまで何もしないのかな。雪の降らない南の国から来た人が事故に遭えば、深刻な国際問題にもなりそうな気がする。官の世界は狂気のワンダーランドに違いない。

ちなみに、北海道で最初にコロナが公式に発生(認定)したのは、雪まつり会場の管理事務所だったと記憶している。暖房のため密閉、乾燥、混雑、例の三密条件を完全に満たしていた環境だ。今の管理事務所がどう変わったのかみてみたい気もするが、窓開放で極寒地獄になっているはずもなさそうだ。
それに、雪まつりの混雑に乗り込むのは気が進まない。今年はインフルエンザが大流行しているそうだが、転倒事故と感染症拡大、どちらが怖いのかねえ。少なくとも転倒事故は人災だと思う。

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小料理屋と居酒屋の違いとは

小鉢ではなく一口サイズを何種類かというのも洒落ております

古い友人と年に3-4回、気になる居酒屋巡りをしている。有名どころ、老舗、新進気鋭の店など、その時々でお当番が店を選ぶ。参加者の歳も歳なので洋風居酒屋とか肉系居酒屋みたいな選択はほとんどない。どちらかというと渋めの店が多い。
そうした渋めの店、特に料理自慢の店であればコスパが良いとまではいえないが、みたことのない料理が出てきたりするので、大抵は満足して変えることになる。個人的に思うことだが、「良い店」の条件はお通しの質の高さだ。
しょうもない居酒屋ではもやしの茹でたのがお通しとして出てきたりする。あるいは工場で大量生産された業務用ひじきの煮付けだったりする。それには実に落胆する。もう2度とこの店に来るものかと思う。お通しなど出さずに個別料理の料金をあげれば良いのだと思う。


居酒屋業界で一般的な利益増収法がお通しだ。客単価3000円の店でお通しという名のサービス料を取り、利益率を10%引き上げるという姑息な営業形態は一体いつの頃から定着したのだろう。
ファストフードやファミレスでお通し代とかサービス料とかいう名目で、同じようなことをしたら間違いなくその店は潰れると思うのだが。ハンバーガーを注文したら自動的にピクルス三切れがついてきて、料金は300円取られたという事態を想像してみると良い。三日も営業すればSNSで大炎上するだろう。その乱暴な詐欺的商法が通用しているのが居酒屋だ。
そもそも居酒屋のおよおしというのは、注文した料理が出てくるまでの場つなぎ的な小鉢だったはずで、店主のうでの店どころだったはずだ。それは料金を取るようなものではなく、店側からの心遣い・サービスだったのだろう。手の込んだ技の光る小品が、いつの間にかぼったくりの象徴になってしまうとは嘆かわしい。
だからこそ良い居酒屋ではお通しに金を払う価値があるものが出てくる。お値段に見合った価値がある逸品ということだろう。

さて、そんな価値ある居酒屋と、これまた街でよく見かける小料理屋との違いがよくわからない。酒に重きを置けば居酒屋、、料理に重きを置けば小料理屋なのだろうか。小料理屋といえば寡黙な板前と愛想のいい女将みたいな連想をしてしまう。ただ、経験的にブスッとした板前・店主の店に入ったことはあるが、愛想の良い女将のいる店に入った記憶がない。きっと小料理屋とはどこかに隠れている都市伝説的名店なのだろうな。
今回の居酒屋は味も素晴らしいが、見栄えに重きを置いている感じがする。日本の懐石料理がフランス料理に影響して革命を起こしたのは有名な話だが、いまではそのニューベルキュイジーヌが日本料理に影響を与えている。懐石料理の様式美がフランスで拡散解放され、日本に里帰りしてきたら、和風の発想を離れ自由奔放な新・和食が生まれたという感じだろうか。この一皿、豚角煮なのだがまさにフレンチだった。

油淋鶏風の鶏唐揚げもすっかり日本では定着した感があるが、鶏唐揚げに緑をアレンジするのはかなり斬新だろう。甘酢系のタレとネギはよくあうが、味のバランスより彩りの効果が高いように思う。
器と料理の関係をしっかりと追い詰めるのが小料理屋で、大皿料理をすくって出すような無頓着さが居酒屋の良さなのかもしれない。見栄え重視か味重視か、はたまた価格重視かによって居酒屋から小料理屋の色合いが決まるのだろうか。
ぼてっとした陶器の器は親しみやスサや気軽さを演出するし、多彩の色を施した磁器であれば流麗とか洗練といったシャープなイメージになる。シンプルな白い磁器プレートであれば、まさにフレンチ的な料理の彩りを映すのキャンバスといったイメージになる。器と食べ物の色は強い関係をもつ大事な要素なのだ。
そう考えると、この店は洗練された居酒屋っぽいということになる。居酒屋と見せながら、小料理屋的な質の高い料理を出す。人気店になるはずだ。

この店は高田馬場駅からそこそこ坂を登ったところにあるビルの地下にある。飲食店には不向きな立地だが、この日も予約で満席だった。飲食店の売り上げは立地8割とよく言われるが、たまには立地の悪さを跳ね除け「店の力」で繁盛する。素晴らしい店主の力量であり努力の賜物だ。
ただ、こういう素晴らしい店は「俺でもこれくらい簡単にできる」と素人に勘違いさせてしまう魔力がある。プロの力量はさりげない部分の合体として隠されている。それに気がつけないから素人なのだが、勘違いして完コピすれば繁盛店を作るのくらい簡単だと思うのだろう。そこがそもそも間違っている。素人は完コピすらできない。似て非なるもの、似てはいるが決定的に三流なしろものしかできない。
飲食店の廃業率が高いのは、そういう無自覚な冒険者というかお馬鹿さんが多いからだ。アマチュア野球で地区予選敗退程度の実力しか持たないのに、プロに挑む者はいないだろうが、飲食業界ではそういう無謀が罷り通る。開店即閉店という高い授業労を払ってようやく学ぶ。脱サララーメン屋、脱サラ蕎麦屋など死屍累々の荒野だ。


自戒の意味も込めて申し上げる。立地の悪さを跳ね除ける力の持ち主は千人に一人くらいしかいません。そういう店主はほとんどが100店を超える大企業に成長していくものです。決して「素人」は真似をしないように。

街を歩く, 旅をする

セルフサービスの居酒屋

たたきのタレもまで 魚屋自家製特選タレ

足繁く通う高知県の漁師町で、魚屋の大将と二人で酒を飲むプチ忘年会をした。いつもはそれなりに混み合っている行きつけの居酒屋が、さすがに忘年会シーズンだけあり大人数パーティーがいくつも入っていて、店主が料理の注文を取れなくなっていた。とりあえず酒だけ頼のむと、魚屋の大将が何やら店主と交渉している。どうやら料理の手が回らないので、魚を持ち込むと言っているらしい。それなりの持ち込み料は払うということで決着がついた。
そして5分後、魚屋大将が自分の店からカツオ、大庄五人前を持ち込んできた。鰹の刺身と鰹のたたきのコンボだ。この一皿、居酒屋で注文すると軽く3000円は超えると思うが、とりあえずのつまみとしてはあまりに豪勢な「お通し」だった。二人で食い切れるはずもなく、最後の数切れは白飯に乗せてかってドンにしようと思ったくらいだ。これが、去年の12月、鰹のくい納め儀式となった。

おでんは大将のこのみで決まり 猟師町だからと言っておでんに鰹が登場したりはしない

鰹とお通しを食べながら、簡単に頼める料理としておでんが出てきた。というか、魚屋の対象がおでんの鍋から勝手に自分でとってきた。セルフサービスの極みだった。この日は大人数パーティーの料理が出揃ったのが二時間後、そこから自分たちの注文ができるようになったが、すでに鰹の食べ過ぎで満腹状態となり、腹にたまらないような簡単なつまみだけ注文した。これだったら、さっきでもすぐに出せた世、みたいな会話があったが、それはそれ。
セルフサービスの居酒屋というのは、案外楽しいものかもしれない。

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忘年会 パート2 時代の変化

昔々、サラリーマンをしていた頃の仕事仲間と忘年会をすることになった。忘年会パート2になるが、会場は古巣のオフィスがあった渋谷区恵比寿の飲み屋街だった。確かこの店は定食屋だったと思っていたが、今では昼は定食、夜は居酒屋の二毛作になっているらしい。
少なくともコロナの後に生き残ったのだから人気店なのだろう。この町でも、馴染みの店はコロナの影響でだいぶ閉店してしまった。

定食屋ということで気軽な料理が出てくるのだとばかり思っていたが、なかなか都会的なアレンジの料理、つまり手は混んでいるが量は少ないという小洒落たコースになっていた。確かにコロナ時代から生き残るために、「映え」がする料理に転身したらしい。
元々この店の売り物は肉じゃがのような煮物と秋刀魚やサバの焼き魚だった記憶があるので、出てくる料理全てが目新しいというか、びっくり仰天してしまうレベルの変身だった。そして、締めは土鍋ご飯という洒落のめしたものだった。店も客層もここまで買われるとは驚きだ。
飲み放題付きコース料理というのが平成で定着した都会スタイルの飲み方だとすれば、そこに懐石風なアレンジを加えた和洋中折衷料理、特にビジュアル重視というのが令和の標準になったようだ。面倒くさい会社の上司が混じったの宴会はすっかり拒否できる時代になり、自分の気のあった仲間・友人と楽しむのが目的となれば、当然記録に残せる、SNSに投稿できる食事スタイルが重視される。
シェアする鍋料理の人気が落ち、一人鍋に変わる。刺し盛りが消えで銘々分をとりわけする「見栄えの良い」カルパッチョに変わり、一匹まるごとの焼き魚ではなく骨がない切り身が焼き物になる。出てくる料理を見ながら、変化の意味を考えていた。
時代に迎合するということではなく、こういう変化を無意識に取り入れた店がコロナの時代の後に生き残ったのだなと改めて思った。

最後に一言申し上げると、土鍋飯を出すのであれば事前にお米にはよく水を吸わせておいてほしい。土鍋飯は芯の残った炊き上がりになりやすいのだ。日本の米飯にアルデンテは成立しないと思うそ。

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朝の渋谷

だいたい二ヶ月に一度、早朝の渋谷に出かける。その時の気分で朝食メニューを変えるのだが、腹ペコの時はそばか牛丼、軽く食べたい時はセルフ珈琲店でモーニングセットを頼む。特に、カイザーサンドというちょっと変わったバンズを使ったサンドイッチは珍しいので、これをよくたのむ。見栄えもそうだが、味もあっさり系のミックスサンドであり、なんとも都会的な雰囲気がある。まさにシティーライフを感じる、というと言い過ぎか。レタスではなくベビーリーフを使うあたりの演出が心憎い。

そんな早朝の渋谷駅を、いくたびに写真を撮ることにしている。東急百貨店が解体されてどんどん低くなっていくのを見て、なんとも物悲しい気分になった。生まれて初めて一人で東京に来た時、昼飯を食べたのが東急百貨店の食堂だった。渋谷の街を一人歩きして、一人飯を食べるのに恐怖していた頃だ。思い出しても赤面もののウブさだなあ。
妙に見晴らしの良くなった渋谷駅東横口だが、ここも渋谷駅北口とかに名称が変わるのだろうか。
だいたい駅舎の壁面看板は一ヶ月おきくらいで変わっているようなのだが、イベントの告知とか映画の公開告知などが多い。今回はなんと「文字広告」で、それも「悩んでいます」と来たものだ。なんの広告だがよくわからないが、インパクトはある。ただ、それでは広告として働いていないのではないか。素朴な疑問だ。

悩んでいますの隣は、おそらく芝居の告知だと思ったが、これもよくわからない。なのでネットで調べてみたら、なんと韓国人の女性アイドルグループだった。この手の知識が根本的に欠如しているので、まったく、かけらも、微塵も、想像できなかった。
最近では人気アイドルでもテレビにはほとんど出てこない。露出は基本的にネットだから、テレビでの垂れ流し情報にすら自分の網に(笑)引っ掻からない。おっちゃん族はこの手のニューウェーブにはまったく乗れない。
自己弁護をすれば、物ごころついてからずっと、アイドルグループを知らなくても人生はともかく無事に生きていけるさと嘯く程度だ。唯一関心を持っていた芸能関係者は引退間際の百恵ちゃんだ。


ちょっと勘繰てみると、一昔前であればこのような駅前の大きな看板で広告を出せるのは某アイドル大量雇用事務所「J」 くらいしかなかったはずだが、あの事件の後ではまだ社会的に納得してもらえる状況ではないのだろう。屋外広告など火に油をそそ舞踊な物だ。
それ以外の大規模刻々主となると携帯キャリアー3社、大手飲料メーカーくらいしか思いつかない。この規模の屋外広告をできる企業はそうそうない時代だ。ネット広告とは異なり、従来型メディアは効果測定が難しいためだ。今のご時世、ハリウッドの大作映画でもこの手の広告は難しそうだ。できるとすればスターウォーズ10くらいだろうか。

早朝の渋谷で日本経済を考える。貴重な時間だったなあ。(負け惜しみです)

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南国土佐でメリークリスマス

南国土佐は雪が降らないと思っていたが、たまには雪が降るらしい。ただ、何日も雪が残るということもなくすぐに溶けてしまうそうだ。その高知市内の中心地とも言える中央公園にライトアップされたツリーがあった。12月も中頃で、お江戸であればこのツリー見物に大勢のカップル(若いとは限らないが)集まってくるはずだ。
ところが、高知市民の関心はあまり高くないのか、公園内にいたカップルはわずか一組、それも制服姿の高校生カップルだった。うーん、なんとも言えない。週末であればもう少し集まってくるのだろうか

その人の気配がない公園を歩いてみた。最初はよくわからなかったが、いきなり正装のサンタクロースに出会った。どこのおっちゃんが公園で何してるのだと怪しんでいたが、見誤ったことを反省した。しかし、できればサンタクロースもライトアップしてあげてほしい。遠目にはまるで不審者なのだ。

公園の周りの樹木もライトアップされてなかなか素敵な光景なのだが、実はこの後ろ側にもうひとり不審者がいた。なんと上半身裸でサーフボードを抱えたサンタクロースだった。確かに、南半球オーストラリアでは12月が真夏なので、サンタクロースは薄着?だと聞いた記憶はある。が、裸なのだよ。12月の日本では似合わない寒々しさだと思うが、高知はサーフィン・スポットが多く、冬でもサーフィンする人は多いというから、サーフィン愛好者向けの特別サービスなのかもしれない。
しかし、夜の公園で出会うにはちょっと怖いサンタクロースだったなあ。高知人のユーモア感覚は、いささか理解し難い部分もあるのだねと思い知らされた。まあ、あと二ヶ月もすればこの場所も恒例の屋外大宴会場に変わるのだから、あまり気にしすぎないことにしよう。

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札幌市役所18階

おそらく最近値上げしたらしい価格の上書き(?)から察するにもっと安かったのだね

最近、機会があれば役所飯を楽しんでいる。市役所などにある職員向け食堂は、たいていが一般客にも開放されている。そして、12時のピークを外せばそこそこ空いている。快適空間とは言い難いし学生食堂っぽい雰囲気はあるが、それをカバーするのがお値段の安さだ。
札幌市役所は地下に大食堂があり、そこの食事はコスパ抜群だが、味はまあまあといいう感じ。昭和時代の学生食堂のような底辺?な味ではない。一般の飲食店程度のレベルにはある。
ところが、市役所18階にある中華レストランは、まさにコスパ抜群のうまい中華が食える。18階は一般職員が働く場所ではなく、市議会関連の施設が入っているから市議会議員向けのアッパーな店という位置付けなのだろ。
メニュー入り口脇の壁に貼られていて、注文するには食券を買う。定食も種類が多いが単品料理を注文して昼飲みも推奨されている(笑)ちなみにこの施設は市役所内のため閉店時間は18時と早く、原則的に夜飲みはできない。予約した団体であれば多少変更は聞くらしい。


市議会議員が会議と称して昼酒を飲む場所として設計されたはずであり、一般市民による監視の目が届かない穴場なのだと、一人ほくそ笑んでしまった。面白いことに、中華単品の中にたぬき蕎麦が紛れ込んでいる。おっちゃんかおばちゃんかわからないが、年配の議会議員が脂っ気の多い中華を嫌い熱烈陳情、いや強請した結果ではなかろうかと、これまた黒い笑いが込み上げた。

この値段を見よ。単品全品700円。中華の一般的な料理はもれなくカバーされている。「官」の表現を使えば、「一般市中価格」(なんと差別的な響きがある官僚言葉であることか)をはるかに下回るリーズナブルというより、とてもお安い価格だ。物価高のご時世、これはもはや絶滅危惧種と言って良い。おまけに税込表示だ。
エビチリがトップにあるのは、北海道ではエビが安いせいだろうかと思うが、その隣がジンギスカンというのはいかにもいかにもだ。おまけにかに玉はないがえびたまチーズなる異様なメニューがある。うーん、これも北海道らしいのか?
お江戸ではこんなメニューは見たことがない。えび玉だけではなくチーズ入りというところが北海道アレンジといものだろうか。

注文したのは日替わり定食の一番高いやつ、C定食950円 税込だ。おそらく町の中華料理屋で頼めば1500円 税別くらいは取られそうだ。麻婆豆腐とエビチリがサイド扱いで、メインはホタテとエビの炒め物。これが予想外にうまい。なぜ定番にしないのかと思うくらいうまい。デザートは杏仁豆腐なのでほぼパーフェクトな定食だ。
次回はラーメンも頼んでみたいが、我が中華の絶対定番である酢豚も必須メニューだし、当分このスカイレストランに通い詰めてみようか

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12月 都会の風景

赤と緑はお祝いの色だ

12月初頭、そろそろ忘年会が絶賛開催中の頃、池袋に行ってきた。池袋駅西側には東武鉄道駅と東武百貨店がある。東側には西武鉄道と西武百貨店がある。池袋のミニ・トリビアだ。
西武百貨店はファンドに買収され、ヨドバシカメラが開店することになり、現在改装中なので食品売り場は地下から7階に移動している。デパ地下ならぬ「デパなな」なのだが、食品を買いに7階に上がるのはうんざりするので、必然的に駅の西側にある東武百貨店に行くことになる。
ちなみに、品揃えは元々東武の方が良かったから問題はない。魚屋を考えれば、圧倒的に東武百貨店に軍配が上がる。個人的には日本橋三越の魚屋より良い魚が揃っていると思う。
12月になると百貨店の入り口は赤と緑で飾られる。これも年中行事だと理解しているが、それでも年の暮れ感は否応にもなく増してくる。時のランドマークみたいなものだ。

黒軍団の行進

新宿西口の飲み屋街も師走に入ると一斉に忘年会の客が押し寄せる。まあ、この街は年がら年中飲み会だらけの町だから、忘年会シーズンが特別ということもないし、とてつもないよっぱいが出現することもない。歌舞伎町とは違って比較的となしい街なのだ。
主客層が西新宿の高層ビルで働くサラリーマンだということだろう。繁華街の割に若者が少なく中高年が多い。それでも、居酒屋で大声をあげているおっちゃんたちが戻ってきたのはコロナ以降のことだが、最近は大声?を上げる女性グループが増えた気がする。オヤジは家飲み派に転向したのかもしれない。街の変化はこういった部分に現れて、店の姿もゆっくりと変化している。女性向きの店構えやメニューが静かに増殖している気がする。
ただ、男女ともに変わらないのは、着ている服がほぼほぼ黒で統一されていることだ。飲み会は冠婚葬祭ではあるまいにとは思うが、西新宿、そして東京駅八重洲あたりの飲み屋街はカラスの集団と思えるくらい黒一色だ。
バブルのころ流行っていた色とりどりのスーツが懐かしく思い出される。あの頃は、黄色とか緑とかピンクのスーツを「一般人」が着ていたものだ。

神室町 ミレニアムタワー……………

西新宿をとはうって変わり新宿駅東側、歌舞伎町界隈はカラス軍団がだいぶ減ってきて、原色のカジュアルウェアを着た若い衆が多い。ただ、それも海外から来た渡航者がほとんどで、日本人らしき若者はやはり黒志向のようだ。
ちょっと前に開業した新宿の新ランドマーク、歌舞伎町タワーでは飲食店店の撤退が相次いでいるらしい。ビルの高層階に泊まる海外客を当てにした、一風変わったレストラン街を作ってみたが、どうやらその思惑はうまくいかなかったということか。
ゴ○ラがランドマークのホテルは飲食店も含め好調らしいが、あちらは日本の有名チェーン店を投入したことがうまく行った要因のように思える。考えてみると、新宿に遊びにくる連中は都内在住者ではなく、北方埼玉や西方神奈川から遠征してくるものが多いだろう。JRや私鉄の沿線を考えれば明らかだ。
あるいは、お江戸に遊びに来た国内旅行者が渋谷や原宿と合わせて遊びに来る街だろう。だから、ナショナルチェーン、それも低価格ブランドに人気が集まるのもよくわかる。流石に歌舞伎町で初見の店に情報なしで入るのは(ネットで探索したとしても)新宿初心者にはハードルが高い。(新宿ベテランでも気が重いし、ハズレを引く確率は高い)
全国どこにでもあるチェーン店は、やはり安全牌として安定した人気に成るのだろう。少なくとも日本人観光客にとってはそういう価値、安全安心みたいんものがある。
それに、昼と夜で歌舞伎町にいる人種はずいぶん異なると思うが、その客層の見極めが商売には大事なのだろうなあ。ただ、外国人観光客がなぜ新宿に群れ集まっているのか、それがわからない。不思議だ。ひょっとするとビルの地下不深くに外国人専用の怪しい施設でもあるのか。まるでゲーム世界の設定だが……………

歌舞伎町、いや神室町を舞台にしたゲームに登場したミレニアムタワーが場所こそ違え歌舞伎町に聳え立つ時代だ。なんとも不思議な気分になるが、ゲームの中の神室町には外国人観光客がほとんど出現しない。製作者がおもう理想の歌舞伎町らしい。

ちなみにそのゲーム 「龍が如く」シリーズはスピンアウト作品を入れると10作を超える、ドラゴンクエストに匹敵する人気シリーズだ。主人公である堂島の龍もすでに余生に入り、二代目主人公が跡を継いでいるが、舞台は新宿から脱出してしまった。それがちょっと寂しい。

もはや東京ではゲームの舞台すら成立しない「日本人以外の街」になりつつあるせいだと思う。そういえば、池袋を舞台にしたゲームは記憶にないが、あそこも北部はすでにチャイナタウンになっているしなあ。渋谷も歩行者の半分が外国人っぽいし……………

なりたくてなったわけでもないだろうが、すでに東京は国際都市なのだな。