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高知 3景

高知駅改札口を入ると階段でアンパ◯マンチームがお出迎えしてくれる。ただ、この階段アートはおとなの視点だと、ちょっと高すぎて顔がしっかりと見えない。おそらく小学生以下の子供であれば、その身長からくる視点の高さがちょうどになるのではないか。ちょっと見上げる形でしっかりとキャラクターの顔が見えるのだろう。
ホームに上がるとテーマソングもかかっている。キャラクター・デコ列車は岡山発だが高知駅で停車している。なんとものどかな景色だ。
JRグループで四国と北海道は単独での生存が難しい状態になっている。稼ぎ頭の新幹線がないということもあるが、基本的にローカル線の客数が足りなすぎるということに尽きる。乗っている乗客は、地元民であれば交通弱者である高齢者と学生しかいない。となると外来者、観光客をジャンジャン乗せる仕組みが必要になる。子供向け列車はソロ観光客ではなくファミリー層を対象にするので、動員数の水増しが可能だ。まさに、アンパ◯マンは比較的小さい子供向けのキャラだし、うってつけの人気者だろう。

鉄道を廃線にしてバスに変えてみたところで、バス路線も維持できないほど地方の公共交通は弱っている。やはり観光客誘致が優先課題なのか。
東北では震災後に鉄道路線を改良してバスを走らせるようにしたBRTが新しい試みだが、これを喜んでいるのは「乗り鉄」くらいのものだろう。もう少し対象を広げることはできないか。いちばん効率良さそうなのは熱い(厚い)支持層がいるアニメキャラとのタイアップだが。完全自動化運転が当たり前の時代になると、鉄道路線は一種の高速道路のようになるので、鉄オタ、アニオタ向けに特化した再生が可能かもしれないなあとホームで考えていた。

高知名物田舎寿司は、作り手によりさまざまな変化があるようだ。いつも買うのは日曜市に出ているおばちゃんたちの店だが、スーパーなどの食品売り場ではほとんど見かけない。気になってイオン高知まで出かけてみたが、あのローカルネタ大好きイオンも、これには手を出していないようだ。トッピングに使われるミョウガとか筍がなかなか乙な味なのだが。酢飯にゆず果汁を使っていると、これまた爽やかな野菜寿司という感覚が強まる。
お江戸の寿司屋もお勉強に来てみれば良いのになあと思う。回転寿司チェーンの社長も食べてみれば新しいメニューが思い浮かぶかもしれない。自分の好みは薄焼き卵で巻いた巻物だ。

「土佐のおきゃく」開幕中にアーケード商店街に設置された畳とこたつ。日中はほぼ満席だったが、夜になると誰もいなくなった。おそらく飲むのをやめたわけではなく、飲み屋の営業開始でそちらに移動して行ったのだと思う。確かに、夜はこたつがあっても路上飲みは寒いからなあ。強者どもが夢の後、という寂弱感が漂っておりますねえ。

旅をする

カツオの町であれやこれやを思う

いつものカツオの町で、いつもの魚屋さん直営昼飯屋で切り立ての刺身で丼飯を食らうことになった。この店の注文システムは簡単で、まず魚売り場で食べたい魚、刺身を選ぶ。当然お目当ての一品は、その日の朝セリにかかった新鮮なカツオだ。その日の気分で叩きにするか、刺身にするかを選ぶ。カツオ以外にも、その日のおすすめ魚が刺身になっている。我が好物のウツボのたたきも並んでいる。
あとは、丼飯と味噌汁のセットを頼み食券(魚の番号)をもらう。名前を呼ばれたら、魚屋向かいの食堂に入り席につき、ご飯券と魚券を渡す。丼飯が来たら、ガツガツと食べる。満腹になり大満足する。以上だ。

この刺身売り場の横に、カツオの刺身製造における副産物、ちちこ(心臓)とはらんぼ(下腹部下の皮身)も売られている。どちらも焼いて食べると美味い。普通の魚屋には流通しないものだが、大量に鰹を捌いている店だけに、ちちこもハランボ新鮮なまま手にはいる。焼いて食べると美味い。間違いなく珍味だ。多分、この魚屋食堂の常連になれば、頼めば焼いてくれると思う。ただ、この量を一人二人で食べるのはなかなかしんどいだろうなあ。

今回のカツオは刺身だった。ちなみに魚を選んでくれたのは地元の友人で、刺身のコンビネーションは全くのおまかせだ。魚の名前も聞いたが、覚えきれない。地元の魚であることは確かだ。この店でアジとか鯖といった、一般的な魚の刺身を食べた記憶はないのだが、あえて友人がそういう普通の魚を選んでいないのかもしれない。この辺り、おまかせきりで怠慢の極みだと反省している。
食堂の待ち時間の間に魚を見ていたらオナガダイが並んでいたことがあった。次回はそれがあるか聞いてみよう。オナガダイはとても美味い魚だと、和歌山の漁師と知り合いになった時に教えてもらった。一、二度食べた記憶はあるのだが、味をさっぱり覚えていない。

次の日、朝イチのセリに連れて行ってもらった。魚のプロたちが十人くらい集まってカツオの前でゴニョゴニョ言っている。よくテレビで見かける威勢の良い大声での値付けがあるのかと思っていたから、なんとも拍子抜けしてしまった。
大きいカツオは一匹単位でせりをするらしい。10kgのカツオから、刺身は5kgくらい取れる。高知のカツオ刺身一人前は100-120gらしい。だからこの1匹がおよそ40-50人前になるようだ。

小ぶりのものは一匹ではなく箱売りになる。同重量のものが5-10匹程度カゴに入った状態でセリになる。この日はセリ値が高いとのことで、友人は入札しなかった。確かに値札がついているわけではないので、その日の参加者がどう考えているか、思惑で値段が決まる。

魚市場の裏に停めてあるカツオ船の横に行き、船の様子を説明してもらった。友人はカツオ船で一本釣りをしていた元・漁師でカツオのプロだから説明が細かく丁寧だ。話を聞けば聞くほど、別世界の感じがする。ただ、今では早朝に船を出して、早ければ夜には帰ってくる近海漁業に徹しているので、それだから釣りたてのカツオがセリに出るのだそうだ。
美味い鰹を食べるには、やはりこのカツオの町、中土佐町久礼に来るしかないのだなあと改めて思い知った。

街を歩く

葉牡丹 テレビのせいで難民化

高知の愛すべき居酒屋で、軽く夕食にしようと出かけたのは日曜の夕方、それも早い時間だった。ソロ飲みする時はピーク時間をうまく外すのがコツだ。早めにいって混み合う頃には帰れのがベストだろう。
混み合ってくると食べ物の注文が多くなり、出てくる時間が遅くなる。ソロ飲みする時は注文数は少ないが、お腹の都合に合わせて一つずつ注文することになるので、時間差が出てしまう。その対応が、ピーク前に行くということだ。ピークが終わった後に行っても良いのだが、その時はお目当てのメニューが売り切れてしまったりする。
今回は、タコ酢から始めることにした。イカ刺しにタコ酢は全国どこでも同じ味だといっても間違いない。タコの大部分ははるかアフリカからの輸入ものだ。国産のタコなど瀬戸内の港町や北海道の沿岸部くらいでしか楽しめない。タコ好きだかブランドだこをありがたがるほどのこだわりもない。ちょっと厚めに切ってあり、酢がきつめであれば「我が愛しいタコ酢」と言える。

そのあとはいつもの定番、串揚げ盛り合わせにした。串焼き盛り合わせの方も捨てがたいが、その日の気分であ「揚げ」と「焼き」のどちらかを選ぶことにしている。ソース2度づけ禁止の串揚げはすっかり全国に広がって、居酒屋定番メニューとなったが、串揚げのネタは店によって微妙に変わるのが楽しい。
定番はエビと豚肉だと思うが、こんにゃくとかうずらの卵とか、時に胃はびっくりさせられるものが混じっている。ソースの味を堪能するなら、やはり焼きそばより串揚げだろうなあと思うのだが、ソースの味も店によって微妙に変わっているから、ソースこだわりの人はもう少し厳しい判定をするのかもしれない。

そして、そろそろ締めにしようかと思っていた時、何やら座っているカウンター席の周辺が忙しくなった。自分の右側の5席が空席のままになり、カウンターで予約客が来るのかと思っていた。
ところが、酒も飲まないまま通路をうろうろする人間が現れ、店主との会話が聞こえてくると、どうやらテレビ版ぶみの撮影が入るらしい。そのスタンバイのタイミングでもこもこと店に入ってきてしまったようだ。
やれやれ面倒なことになったと思っていた。さっさと飲んで帰ろう。撮影のガヤにされるのは真平ごめんだ。おまけにVTRが回り始めたら、勘定して帰るのも難しくなる。なんと、本日の主演者が座る席はレジの真ん前なのだ。
などと考えていたとこで店主が「お兄さん、気にせずゆっくりしてってね」と声をかけてきた。ご好意はありがたいが、窮屈な酒が嫌でソロ飲みしているので、一気に注文した品を平らげ退店することにした。
酢豚の一気喰いをしたのは生まれて初めてで、食べている最中に汗が出てきた。
そんな慌ただしい中、主演者は高知生まれの居酒屋愛好家だという話が聞こえてきた。うーん、高知生まれなんでしょう?もうこの店何度も来てるでしょう?なんで、今日なの?とうらにがましく考えていたのだが、この日は土佐のおきゃく開催日だった。
ああ、それに合わせたのかと納得したことはしたのだが。
俺の平安な居酒屋ライフを返せ、と言いたくなった。滞在時間、約40分。まあ、こんな日もあるか。店を出たらまだ外は明るかった。

ふと気になり営業時間を確かめてみた。なんだか営業時間が変わっているような気がする。記憶が歪んでいるのかもしれないが、以前はもっと長かったような気がする。ほとんど24時間営業みたいな感じではなかったか?おまけに定休日もある。
うーん、おそらく高知の酔いどれジジイの人口が減少しつつあるから、時短営業になったのだろうか。次回来る時は、人が飯を食べたり酒を飲んだりしない時間、午後3時くらいにすれば安全圏ではないかなと、心のどこかにメモしておくことにした。

ホテルに帰る途中で見つけた、別の居酒屋の店頭看板に目が止まった。地元の酒飲みには当たり前のメニューかもしれないが、これはかなりレベルの高い高知ローカルグルメのラインナップだった。
初級観光客にはちょっとレベルが高すぎるかもしれない。ドがつく定番のカツオがない。カツオの次といえば、うなぎ、ウツボ、シイラあたりかと思うがそれもない。マイゴという貝の選択も渋すぎる。おまけにトップはなすのたたきという、B級どころかS級グルメではないか。ちなみにSはSecret シークレットのSだ。

次回はこの店にチャレンジしてみなければなるまい。と、固く決意しました。ほとんど八つ当たりですけど。

旅をする

日本で一番愛されている神様

高知の話が続いている。

高知県で「おきゃく」とは宴会を意味するらしい。毎年、春になると「土佐のおきゃく」と呼ばれる大イベントが行われ、街の中心部がそのまま大宴会場になる。高知一の繁華街でも路上になぜか畳とこたつが持ち出されて、ここで勝手に酒を飲むのが許されているらしい。

誰かが使ったことが明らかで、安心してしまう

高知市で中央公園と言えば誰でも分かる街のど真ん中にある場所がイベントスペースになっている。お祭りのように出店が出ているが、その大部分が酒とつまみを販売している。飲料メーカーの直営店もある。街を上げての全開宴会モードだった。市民バンドが続々登場して、幅広いジャンルの音楽演奏が行われる。なんか、すごい……………

どうやら二週間にわたって週末イベントが行われるらしい。ステージの内容も盛りだくさんというか、バラエティー・ショー的な賑やかさだった。

この「土佐のおきゃく」を司る大明神がいる。明神様だから悪者を追い払い、弱気を助ける正義の味方のはずだ。つまり、酒飲みの正義?を守る守護神らしい。日本には八百万の神様がいる。その中には酒の神もいる。酒造りの神もいる。だから、800万柱の神様の中には、酒飲みのための神様がいても不思議ではない。それを発見した高知人は、なんとも素晴らしい嗅覚を持っている、と感嘆するしかない。

で、その神様のありがたいお姿がこれだ。下半身に出っ歯ているコブは、どう解釈すれば良いか意味深だが……………
取り合えず、全身が桃色になる程、たっぷりと飲まれているらしいお姿だ。おまけに目も回っているようだし。まさに、酒神の極みと言って良い。

ありがたい酒神の縁起についてきっちりと説明があった。ちなみに、この会場内には「べろべろの神様」のおみくじを引ける場所が設置されている。そこで、おみくじを引くと(購入すると)、これまたありがたいお神酒ががいただけるのだが、そのお神酒が例の下半身のコブから出てくる。これはちょっと誤解を招くというか、お下品なとSNSで叩かれそうな怪しさだ。まあ、酒の神様だからね。あまり細かいことは気にせずに。

会場の真ん中にドカンと桟敷がしつらえられていた。ここはステージの真ん前で、酒を飲みながら演奏を楽しめる特等席だが、どうも客の大半は演奏も気ずかずに飲んでいるだけのようにも見える。いや、決してそんなことはないはずだと思うが。
おまけに、なぜか酒席であるはずなのに子供がたくさんいる。これも高知流な英才教育の一環なのだと理解することにした。
ベロベロ大明神を崇め奉まつる高知人育成プランとしては、極めて正しいと同意する。子供に酒を飲ませろという意味ではない。酒を飲むと、人はどう変化するのか、それを幼い時から学びとることは、のちに大人になってから正しい人の道を歩むための導となるであろう、と大明神様がおっしゃっているのだな。

いやー、高知良いとこ一度はおいでだが、どうもそれは3月が良さそうだ。

食べ物レポート

かまぼこ屋ですよね?

どうも伝統の味は隅に置いてあったような気がする

高知県高知市、繁華街の端っこの方にある蒲鉾屋を見つけた。お店の前がやたら活気があるので気がついたのだが、店頭に並ぶ商品を眺めていたら、なんだか不思議な気分になってきた。

この店はかまぼこ屋と看板に書いてある。かまぼこといえば白くて板の上に乗っている魚のすり身製品だ。厚めに切ってわさび醤油で食べると極上な肴になる。ただ、蒲鉾屋では魚の練り製品を販売する以上、主力は蒲鉾よりもすり身の揚げ物ということは理解できる。いわゆる、さつま揚げやじゃこ天のようなお手軽お惣菜系食品だ。

ところが、この蒲鉾屋で店舗の前面にグイグイと押し出しているのが、なんとアジフライに代表されるフライグループだった。魚の揚げ物だからかまぼこ屋としてはギリギリの線かあ、仕方がないよなあ、と思ってみていたら、コロッケだの鳥唐揚げだのお惣菜人気商品が勢揃いしていた。

カキフライの横にはミンチボールなる珍品が並んでいた。どうもメンチカツの中身を小型ボール状にして揚げたものらしい。とりあえず買ってみた。食べてみると、これはなかなかに美味い。なぜ、世の中の惣菜屋でこれ(あるいは類似品)を売っていないのだろうかと、実に不思議になるほどの名品だった。メンチカツを揚げる方が手間が少ないということだろうか。でも、これはコロンブスの卵的な商品なのではないか。

売っているところがかまぼこ屋だとしても……………うまいものはうまい。

さらに驚いたというか笑ってしまったのが、イカの足とイカゲソ(小)が別物として売られていることだ。イカ好きとしては、両方試してみなければと、これまた一つずつ買い込んでしまった。個人的にはいかの足がお買い得だと思う。

あれこれ買いたいものが並んでいるが、一人で食べるのだから注文しすぎてはいけない。それでも、気になるものはある。例えば、このキクラゲの天ぷらだ。キクラゲを揚げて食べるのかと驚いた。だが、何やらうまそうな気がする。
初見ではあるから、これは注文するしかないか。などと、自分にあれこれ言い訳をしながら結局は揚げ物を三人前ほどの量で買い込んでしまい、今日の晩飯はホテルで揚げ物パーティーにしようと諦めた。
このあと、コンビニに行って各種調味料も調達したのはいうまでもない。高知の魅力的な蒲鉾屋にドハマリしてしまったが、後悔はない。(きっぱり)

やはり高知は良いところだ。

食べ物レポート

たいのらーめん

高知市内の繁華街にある一軒の店がずっと気になっていた。一見しただけだと、まるでおしゃれなコンセプトショップ、流行りの雑貨屋的な外観だが、歴としたラーメン屋だ。
おまけに、なぜ高知でカツオではなくタイのラーメンなのだと、何年も悶々としていた。なゆたという名前も気になる。おそらく、「那由多」のひらがな読みなのだろう。那由多は仏教用語が源のとてつもなく大きい数字を意味している。味わいがとてつもなく複雑で……………みたいな意味合いを持たせているのかもしれないが。

店頭には大きなメニューボードが出されている。これを眺めれば、店内で何が食べられるかすぐに分かる親切設計だ。鯛でとった出汁がスープベースらしい。塩味推しでもあるようだ。おそらく端正なスープだろうと予測できるが、それをつけ麺にするというのもすごい。

たまたま、店の前にいた時に中から数組の客が出てきた。つまり、席が空いたということだ。ちょっと腹が減っていたせいもあり、ついふらふらと入ってしまった。券売機で食券を買うシステムだったが、鯛塩ラーメンのボタンが大きくなっているので、迷わず「看板商品」を頼んだ。余分な追加は無しで、ラーメンと対決する(エヘンエヘン)
スープは予想通りの澄んだもので味は淡麗なものだった。昨今のラーメン業界では珍しい。鳥スープですらぐつぐつ煮込んで白湯にするのが現在のはやりだ。ストレートな中太麺がよくあっている。
そして感嘆するべきは、チャーシューの仕上がりだった。豚肉特有の臭みはキレイに消されている。タイのスープと喧嘩をしないバランスの良さだ。すごい食べ物に出会った気がする。しかし、相変わらず疑問は解消されない。なぜ、高知で鯛?
次はつけ麺を食べに行かなければなあ。

街を歩く

大山で飲む 土曜の昼下がり

東武鉄道網の東側路線がおしゃれなカタカナ路線名に変わっても、相変わらず無骨な名前で頑張っている東武東上線だが、名前だけは聞き知っている大商店街のある「大山」に初めて出かけた。
お江戸の中にはアーケードの長さが数百メートルに及び大商店街がいくつかあるが、なぜかこの「大山ハッピーロード」にはいったことがなかった。特別深い意味があるわけではなく、なんとなく行きそびれていたのだ。
ただ、他の有名商店街には外食企業が新コンセプト業態を出店することが多く、その視察に行っていた。大山には、記憶にある限り新コンセプト店が出店していない。多分、そのせいだろう。

駅の改札を出るといきなり大きなパン屋があった。なんとも魅力的な店構えなので、ついふらふらと入ってしまったが、店内には客席がありそこでパンを食べる人も多いようだ。喫茶店的軽食の場として繁盛している。しかし、この横には日本最大のハンバーガーチェーンの店があり、そこを抑え込んだ形で繁盛しているのだから、それはすごい実力なのだ。駅前でいきなりびっくりさせられた。

商店街の駅前付近は全国チェーンの店に占拠されていたが、ちょっと離れたところに渋い店を見つけた。まだ現役のようで、中に入ってあれこれ注文したくなった。「甘味」という文字は神田の裏通りの店でも見た記憶がある。まだ現役の言葉だ。しかし、「大学芋」がメイン商品の看板は、すごいというしかない。これは日を改めて再挑戦しなければと、固く決意した。(おおげさな……………)

この日の目的地である焼き鳥屋は、東上線を挟んで反対側の商店街にある。駅から少し離れた小路にあった。長い付き合いがある友人との居酒屋巡り、それの週末昼のみ編、第1回だった。午前中から開店するようだが、店内に他の客はいない。貸切状態で申し訳ないと思いつつ、愉快に過ごさせてもらった。

メニューを見ると焼き鳥屋と言うより鶏料理屋だと思うが、なかなかユニークな品物が並んでいる。あれこれ注文してすっかり堪能した。一つ残念だったのは、ごはんものの中に発見した「伊勢うどん」を注文し忘れたことだ。多分、これは例のお伊勢参りで有名な伊勢うどんだと思う。それを、居酒屋の締めで出す、それも板橋区で出すというのがなんとも素晴らしい。
そして伊勢うどんの隣には「ハムカツバーガー」が並んでいる。実にシュールな光景ではないか。よくよく見るとハムカツバーガーの反対側の隣には、茶亀麺なるなんとも奇妙なものが載っている。
どちらも試してみたい。これは、ソロで再訪決定だな。ただ、一人昼飲みは時間を調整しないと、悲惨な目に遭いそうな気もするので要検討だ。

チューリップの唐揚げが名物らしいのだが、それ以外の定番商品がどれもこれもうまいもので、ついつい品数が増える。池袋西口周辺もディープだったが、大山も負けずにディープな場所だった。恐るべし、板橋区。

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豊後国 で八幡様

八幡様を祀る神社が一番多いそうだ。ただ、そもそもの八幡様は古事記などには載っていないようで、九州における地方神だったらしい。ヤマト朝は侵略した地域の地方神を吸収合併していった征服王朝なので、八幡様もその吸収された神々の一族、それも最古のものだったようだ。
その八幡様の本拠地が宇佐八幡宮だが、九州各地に分祀された八幡様の一つがここ柞原八幡宮になる。山の上にあるので昔の人はお参りするのも一苦労だったのではないか。

拝殿に至る山道はかなりの急勾配な坂道だった。ただ、山の上に駐車場があり、この坂道を登らなくてもお参りできるようになっていた。ありがたいことだが、参拝者が高齢化しているのだなとも思った。

拝殿は渡り廊下の先にあった。一度靴を脱ぎ、拝殿までの廊下を歩いていくのが新鮮だ。

神へ祈るまでの道を心落ち着けながら歩く、みたいな意味があるのだろうか。たまたまお祓いを受けている方がいたので祝詞が聞こえてくる。ありがたやありがたやな気分になった。

古代日本で広まった八幡信仰は九州が端緒らしい。寺院の守護神として寺と併立されることも多かったようで、仏教に多くいるヒンドゥー系神族だとずっと思っていたが、どうもルーツは異なるようで、大陸渡来系神族ではあるが半島からの移民がもたらした半島系氏族の神のようだ。古代ヤマト朝では、主力メンバーに半島系氏族は多数いたので不思議なことではない。そもそも大陸諸国と比べて後進国であった古代ヤマトがなぜ半島に出兵するほどの肩入れをしたか。鉄利権の確保というより、半島から移住してきた氏族の要請、つまり故地の回復であったり、親族への支援であったりに負けたせいと考える方が自然だろう。

そして八幡様が全国に広がった経緯も考えてみれば面白い。宗教というものは、普及するとともに必ず構成神族がインフレーションを起こすようだ。仏教ではヒンドゥー神族をブッダの周りに配置して複層なブッダ・システム世界を作り上げた。その行き着いた先が曼荼羅絵になる。おまけに精神世界と物理世界の二重構造に仕立てるという入念さだ。
ユダヤ教から派生、展開したキリスト教でも、唯一神を崇めるのが宗旨なのに、なぜか神界において主神周りには複数序列をつけた天使族を配置している。天使は神の眷属とも、準神族とも言える超絶能力と権能の持ち主だ。日本でも同じようなことが起きている。
古代ヤマト朝が征服部族の神々を取り込み、その先にはなんと仏教の神族まで取り込んだ上で自分たちの神族と合体させる。融通無碍というよりも出鱈目な神世界を作り上げている。それをなんとか整合させようとしたのが古事記だったのだろう。
大陸で初めての統一王朝が出来上がり、文化面で文字の統一もなされて500年以上が経ち、大陸から遠く離れた後進国でもようやく文明の精華である漢字の読み書きが流暢にできるようになった。そんな片田舎の小国が、なんとか大陸の文明国に肩を並べたと言い張るために頑張ってしまったのが、「古事記」「日本書紀」という大編纂事業だった。それが当時の政権にとりどれだけ経済的負担が大きかったかということは、正式に続編が作られなかったことからも分かる。歴代の大陸王朝が滅びた(滅ぼした)前王朝の歴史を国家事業として記録していた。それの真似をしてみたが、あまりに大変なので一回で懲りてしまった。それが古代日本の限界だったのだろう。
それでも、宗教は政治と支配に使われることが多い。その時、必ず起こるのが「便利化」だ。なんでも神様のせいにして暴政を正当化する道具になる。
宗教とは人類が神を発明して以来変わることなく一貫して支配の道具だった。だから、きっと八幡様が日本中に広まったのは、権力者の道具として一番使い勝手が良かったからなのだろうなあ。天皇とその周辺が握っていた政治を、成り上がりの武家が奪ったあたりから八幡様は全国に広がっていったようだ。静かにお参りを済ませた後でそんなことを思っていた。

街を歩く

The last night, PARCO

2月29日で閉店したパルコの最終を見届けにいった。店内にはほとんど商品がないのに、大量の客がゾロゾロと歩いている。もはや買い物をする気はないのがわかる。ただただ、なくなるものを惜しんで歩き回っているのだ。祭りの後の寂しさみたいなものだろう。

バブルな時代が始まる時期の開店だった。二つの建物をつなぐ空中回廊がおしゃれだった。その下の自由通路はトレンディードラマ(もはや死語だな)のロケにも使われていた。元気な昭和の最後の頃、パルコが文化の発信拠点を自負していた頃だ。

閉店直前には写真を撮るものが溢れていた。ちょっと異様な喧騒状態だった。所沢は西武鉄道、国土計画グループの本拠地であり、西武流通グループ(セゾン)がまだ元気だった頃、企業城下町として集中的に開発が進んだ。所沢駅前には西武百貨店、そして西武新宿線、池袋線の両方で所沢駅から二駅ほど離れたベッドタウンに日本一巨大な西友とパルコが配置された。パルコも最盛期には年商200億円近くあったようだ。
パルコ開店の年に生まれた子供が今では40歳の中高年になっているのだから、やはりこの地域のランドマークとして定着していたのは間違いない。

その閉店騒動があった翌日の朝、ごった返していた人影はあるはずもなく、朝イチで始まった撤去工事の最初はPARCOの文字看板を外すことだった。建物はそのまま健在だし、覆い壁も設置前だから今にも開店しそうな気がする。

ただ、自由通路は障壁で塞がれていた。店内では撤去作業をするテナント従業員の姿も見える。それをみて初めて、ああ、本当に閉まってしまったのだなと思った。諸行無常、万物流転。気分はすっかり琵琶法師になってしまった。

歩いて行けるパルコには本屋と電気屋とCDショップが入っていた。それがなくなってしまう。買い物がとても面倒くさくなる。いや、もう趣味の買い物は全部Amazonでいいかという気もする。これがパルコ閉店の理由だったのだと改めて気がついた。

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豊後国で味噌ラーメン?

随分前に大分駅に来た時は駅全体が工事中だった。今回来てびっくりしたのは、実に大きな駅に生まれ変わっていたことだ。個人的に思うことだが、JR東日本は駅を作るのが下手くそだ。正確にいえば、見栄えの良い駅が作れない。駅の風格というかデザインがダサダサすぎる。
評価できるのは東京駅、それも丸の内駅舎くらいだろう。明治時代の雰囲気で再現したのは素晴らしい。その目の前にある中央郵便局も立て直しの時に、時の総務大臣が元の雰囲気を残せと息巻いたおかげで、シックなものに仕上がった。同じ丸の内サイドで丸ビルを筆頭に高層ビルが立ち並ぶ光景は、皇居の周辺にあるから席のたいせの空襲を生き延びた、明治以降のビルを踏み潰して作られたものだ。そこをかろうじて踏みとどまった東京駅も、天皇行幸の際の乗り込み駅であるから原型を保たれたにすぎない。(勝手な推測です)
八重洲側の東京駅を見れば、そのセンスの無さははっきりとしている。東北新幹線の各駅は、まるで同じ設計図で作ったような見栄えの悪さだし、首都圏大都市駅も実にセンスが悪い。大宮駅、宇都宮駅、福島駅、仙台駅と新幹線主要駅を並べてみるとはっきりわかる。中央線で言えば八王子駅と立川駅、おまけに吉祥寺駅。みんな同じ顔ではないか。横浜駅に至っては、日本のサグラダファミリアだ。美しい建築という意味ではなく、いつまで経っても工事が終わらないということが共通点だ。この先100年は工事が続きそうだ。
それと比べてみればJR九州はなかなかセンスが良い。これまでいったことのある駅で、ナンバーワンは金沢駅、ナンバー2は高知駅だが、大分駅はナンバー3と認定しておこう。現代建築でありながら、鹿児島中央駅や長崎駅の終端感はなかなか良い。

ただ残念なことに、大分駅の駅名が小さい。デザイン重視なのだろうと推測はできるが、このサイズは小さすぎだろう。

その大分駅前にある繁華街で面白い看板を見つけた。九州味噌ラーメンなる言葉は聞いたことがない。九州のどこかで味噌ラーメンが名物だった地域があったかなと、九州の北から南まで県別に記憶サーチしてみた。結果は、「ない」だ。
いや、どこかに存在しているのかもしれないが、自分の記憶にないだけの不勉強モードかもしれない。
ただ、この字体、看板を見るとなんとなく千葉発祥の味噌ラーメン集団のものに似ている。おそらく、千葉の味噌ラーメン集団で修行して地元大分に帰ってきたというようなことではないか。

そこで味噌ラーメン(野菜増量)を注文してみた。なんとなくみたようなルックスだ。食べてみると安心の味噌味だ。つまり食べたことがある味なのだ。どうやら推測は当たっているらしい………
九州ラーメンは豚骨ベースが多いはずだが、今では日本のラーメン屋のほとんどが豚骨ベースを使用しているし、千葉発祥だろうが長野発祥だろうが、所詮、美味い味噌ラーメンはある一定の味に収束していく。
すぐれた味の味噌ラーメンが全国で多発的に並行進化したとも思えないので、いわゆるインスパイアー系としてコピー商品が広がるか、あるいは暖簾分けで本店の味が全国の地方都市へ伝播していく。それは決して悪いことではないし、味の良し悪しは客が決めることだ。
なんとなく入った「九州味噌ラーメン」の店で、あまり九州らしさは感じ取れなかったが、普通に美味しく食べられたのでなんの問題もない。それよりも、味の均一化、ナショナル化、グローバル化みたいなことに考えが広がって、ちょっとワクワクしてしまった。ニューヨークで売られている一杯3000円のラーメンも、やはり同じような味なのだろうか。などと、考えてしまった。
大分は学びの街だな。