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ソロキャンあれこれ

平日のソロキャンプ

最近すっかりお世話になっている近場の公園キャンプ場だが、平日はソロキャンプサイトがガラ空きなので、すっかりお馴染みになった。愛用しているといってもよいくらいだ。秩父のキャンプ場も平日は混雑するほどではないが、それなりに人は多い。ここは穴場なのだ。
この公園キャンプ場は、ワーケーション(もはや懐かしい言葉になりつつある)対応なので、ソロサイトでもWi-Fiがしっかり使える。たまたま午後にWEB会議が入っていたが、なんとテントの傍でお仕事ができてしまった。ただ、頭上を通る軍用機がうるさい時間帯だったので(午後3時くらいは在日米軍、空自の定期便がやたらと飛んでいる上に、戦闘訓練終了で基地に戻ってくるらしい練習機も多い)、音声はミュートにしたままだった。
やはり実践してみるとわかるが、ワーケーションというのは霞ヶ関あたりに生息する、頭の中だけで作戦を立てる「現実逃避型お馬鹿さん」の妄想だろう。
興味本位でワーケーション対応と名乗っている施設を見に行ってこようかとも思うが、きっと官公庁主導型の施設だから、今でも「みんな、休暇にはワーケーション施設に来てね」などという訳のわからない宣伝をしているに違いない。
それを見たら腹立たしくなりそうなので、やはり視察はしないほうがよさそうだ。

新型天幕のお試しに来た

やはり官営施設は設備が立派だ。トイレはウォシュレット対応だし、ファミリーサイトの芝はハゲチョロ状態になったりはしていない。メンテナンスも行き届いている。最近のキャンプ場では標準装備らしいが、水回りも湯沸かし付きで温水対応だ。
焚き火で遊ぶには良い季節になったので、今年はあと何回かお世話になりそうだ。ただし、ワーケーションではなく単純にお休みの日の野遊びということで。

街を歩く

ローカルヒーロー再臨

自宅近くのパルコに大きな壁面広告が掲示されていた。そろそろ宣伝が活発化しそうな「埼玉だけ」大動員するだろうローカルヒーローの映画だ。第一作ではこのパルコ内の映画館(シネコン)が初回舞台挨拶に使われた。どうやら、この新作でも演者の挨拶が行われるらしい。
前作は、さいたまディスりまくりと言われていたが、実質的にはさいたま千葉決戦みたいな展開であり、一部の千葉県民にも楽しんでもらえたのではないかと思うのだが。
ニュースなどを見ていると、今回はなぜか全く地続きとは思えない琵琶湖保有県と争うらしい。前回と同様に、海なし県埼玉が琵琶湖まで地中トンネルでも繋げる計画なのだろうか。

正面の入り口を含めて、全面歓迎モードでローカルヒーローの再臨を待ち受けている。封切りの日に頑張って見に行ってみようかな。なんといっても歩いていける映画館だからなあ。お気楽の極みと言える。

ただ、このお気楽な施設も来年には閉鎖されてしまうから、この二作目が大ヒットして気を良くしたスタッフが(笑)、もし第三弾を製作するとしてもこの映画館では見ることができないのがちょっと寂しいぞ。

小売外食業の理論

近くの天狗が大改装していた

居酒屋受難の三年間が終わり、業界では大手を含めた各社が手探りで次世代コンセプトを生み出そうとしている。天狗はその中でも先行グループに入ると思うのだが、都内で展開を始めた新型の大型店を、郊外でも広げる気になったらしい。
居酒屋というより、酒も飲める大衆食堂という仕切りで組み立て直したのが特徴だ。メニューはご馳走ではなく、昔懐かしというか平成に生まれ育った世代には見たことがない「新メニュー」「昭和の絶滅種」みたいなものが並んでいる。
以前にも書いたことがあるが、デミグラソースではなくケチャップがかかったオムライスや、豚骨ベースではないラーメンなどがずらりと並んでいる。
これを見て高齢者は懐かしい、俺たちの青春時代だ、みたいな感激をしたりするのだろうが、それは全く的外れだ。対象者はあくまで平成生まれの若い世代であり、開発者はジジババに期待をしていないはずだ。
この懐かしの昭和的風景は、平成中期に広がったエスニック系料理(タイ飯など)と全く同じ文脈で語られるべきコンセプトだ。つまり、昭和レトロを懐かしむのではなく、まるで異郷に彷徨い込んで異世界を楽しむという感覚だろう。
たまたま「表現されている味」が現代日本に通じる親和性があるという程度で、日本的な「何か」にあたるのではないか。台湾料理が妙に和食に似ている味付けだなと感じることがある。それに近い。

エンタメ界でも某巨匠によって「ゴジラ」「ウルトラマン」「仮面ライダー」など、昭和の名優を使ったリメイク物がヒットしたが、あれも物語のベースを流用したが、今の時代に合わせた解釈で物語を再構成したのが面白かった。
オマージュでありトリビュートなのだが、それを理解できるのはオリジナルをリアルタイムで見てきた高齢者になる。
その過去体験がない世代にとっては、全く新しい魅力的なストーリーであり、そこから遡って原作・オリジナルを見るという、じいさんばあさんとは違う楽しみ方があるように思う。同じように、この「大衆食堂」コンセプトは、リバイバルではなく令和の新解釈として見るべきだ。

そういう意味合いで、このナポリタンは昔とは違うとか、クリームソーダにはさくらんぼが必需品だな、などと文句をつけるジジイ(ババア?)は相手にしても仕方がないのだ。やたら文句をつけたがる前期高齢者には耳を傾けない、それこそがこのコンセプトを成功させる秘訣だと思いますよ。

ちなみに、メニューの大半は「天狗」スタンダードなものを流用しているので、上手な組み立て方だと感心しました。

街を歩く

朋、遠方より来たる

青山でディナーなど、何年ぶりの事だろう

学生時代に習っていた漢文は意外と好みだった。あの書き下し文は格調高い日本語だなと感じていたこともある。2000年以上前に存在していた異才が書いたものを、今の時代に読めるというのもなかなか感慨深いことだった。
もうほとんど覚えていないが、いくつかは記憶に残っている名文もある。そのひとつが「朋、遠方より来たる、また楽しからずや」だったが、気になって確かめてみたら「朋あり遠方より来たるまた楽しからずや」だった。
なんと記憶のいい加減なことだろう、と笑ってしまった。おまけに、これは論語の一節だった。勝手に易経の一節だと思い込んでいた。こういうのを教養がないというのだ。
いくつ歳をとっても学ぶことは多い。

10年ぶりくらいで日本を訪れたアメリカの友人と会食をすることになった。まさに遠方から来た友人と、時を超えたような会話、昔語りをする。これは確かに楽しい。人の性というのは、千年や二千年くらいでは変わらないものらしい。古代中国の才人は誠に異人の心理をよく読み取っているのだ。

最近ようやく、椀ものの旨さがわかるようになった気がする

友人夫婦(夫はアメリカ人、妻が日本人)と会話をする時には、日本語と英語がちゃんぽんになる。久しぶりに使った英語だが、やはりしっかりと錆びついていた。異国語を話すということは、自転車のように一度覚えると死ぬまでちゃんと自転車に乗れる、というものではないようだ。
話し続けていると少しずつ勘は戻ってくるが、やはりもどかしい速度でしか話せない。英語(外国語)を使っての会話は、反射神経的に話せないとなあ、などと嘆いてしまうのだが、よくよく考えれば最近は日本語ですらおぼつかない。妙に間が開いた喋り方になっている気がする。すっかり脳細胞が減少しているせいだろう。


和食を楽しみながら、最近のあれこれについて話をした。やはりアメリカでもコロナは大変だったらしいが、テレビのニュースなどで見ていた悲惨な話とは程遠いようだった。やはり日本のメディアは「盛りすぎ」で扇情的に煽りまくっていたらしい。
友人が日本にいた時には決してやらなかったゴルフを始めた話であるとか、息子さんの現代風な行動あれこれを嘆いているオールドタイマーなお父さんぶりが微笑ましい。今の若い世代・息子さん世代では、性別をはっきりさせるHeとかSheは使わず、無性別のTheyを使うそうだ。単数・複数・性別がなくなる第三人称が普通になると、日本の英語教育はどう変わるのだろうか。久しぶりに生のアメリカ社会をのぞかせてもらった。

次に会うのは東京と米国東海岸の中間点であるハワイにしようということになった。それまでに円安で爆上がりした渡航費用(古い言い方だな)を用意して、錆びついた英会話能力を磨き上げないといけないぞ、などと考えている。
ハロウィーン間近の青山は歩くのも大変なすさまじい人出だったが、平和な時代が戻ってきたのだとも実感できた。
しかし、海の向こうから来た友達と会うには、ちょっと暑い秋の日だったなあ。

小売外食業の理論

ファミレスの朝飯

ファミリーレストランはこの3年余りで随分と変化したように思う。コロナ対応であれこれやっていたことも、この半年ですっかり時代遅れというか、無用なものになっている。
最大手スカイラークでは、客席に設置していた電源を撤去している。客数不足でリモートオフィスがわりの需要を狙ったのだろうが、今では長居されるのが迷惑だと露骨に態度を変えている、そう理解している。変わり身が早いと前向きの評価をするべきなのだろうか。
必死になって推進していたはずのテイクアウトも、今ではすっかりお荷物扱いだ。喉元過ぎればなんとやらということらしい。100年に一度のパンデミックはもう自分たちの生きている間に出会うことはない、と考える経営者が多いということだ。
失敗に学ぶのか、失敗を忘れるのか、ごちらにしても知見として会社の知財化するつもりはなさそうだ。

コロナ時代の後遺症で原材料を含むコスト上昇、あまり健全ではないインフレが起こりその対応に追われている。この混乱状態を引き起こしている原因の一つだが、あまりにお粗末という気もする。
その混乱状態の中で、ランチを中心に低価格需要を取り戻そうという、言ってみればコロナの揺り戻しみたいな対応を取り始めたのが西国ファミレスの代表、ジョイフルというのは実に「らしい」と思う。全国チェーンでは、すでにスカイラークはサイゼリヤとのランチ戦争に負けた気配が濃厚だ。というかスカイラークが戦闘放棄したとも見える。だから、低価格帯での戦闘は西日本を中心としてジョイフルVSサイゼリヤという構図になりそうだ。これは外野から見る分にはちょっと楽しみだ。

バーガーチェーンのモーニングよりもはるかに安い

その低価格ファミレス代表ジョイフルが、朝食でも何やら怪しい企みを持っているらしい。このドリンク付きのトースト・ベーコン・野菜のモーニングセットは、大手バーガーチェーンの朝食メニューより安い。おそらく大多数の立ち食い蕎麦店よりも安い。
朝からガツンと食べたい客向けには、ランチのボリュームを超えるヘビーデューティーなメニューも用意されているが、軽くサクッと朝食をと思う客には、これで十分だろう。おまけに提供スピードがやたら早い。
朝の8時台なのに駐車場が混んでいるなと思ったが、やはり混むには理由があった。郊外型の店(周りは茶畑)でありながら客席の半分くらいが埋まっているのだから、朝食マーケットはこの先、一気に拡大するのかもしれない。某大手ハンバーガーチェーンも朝から混雑しているが、あちらは平均年齢が圧倒的に高い。というかジジババばかりだ。
ハンバーグ専門ファミレスのモーニングも盛り上がっているらしい。また視察に行こうと思うのだが、おそらくその原因は洋風・和風ファストフードが値上げをしすぎたせいだと思う。もはや牛丼屋は朝飯に使える価格帯では無くなっている。同じ値段を払うのであれば、居心地の良いファミレスの方を選ぶ客が増えたのだ。アフターコロナの時代の先駆けとして、今や、業種を超えた朝食戦争が起きそうな気配がする。

食べ物レポート

新商品を食べてみた

いつもお馴染みの埼玉県発の町中華、日高屋でこの秋の新作を食べてみることにした。似たようなラーメンは他のチェーン店でも販売しているから、ちょっとした食べ比べ気分だ。
肉そばの定義がどんなものかはわからないが、個人的にはチャーシューの代わりに豚肉の生姜炒めのような味付き焼き肉が乗っているものだと思っている。だから、ビジュアル的には茶色一色で、「そそられる」感じはしない。ところが、今回は黄一点(紅一点ではなく)でゆで卵の半分が乗っていて色気を出していた。ちょっと、やるなあ。
味付けは、シンプルな醤油味という感じだが、普通の醤油ラーメンとは違っている。最初に見たときは、サクッと食べていけそうだったが、思いのほか手強い原因は脂身の多い焼肉のせいだ。脂っぽさと量が多いことのダブルパンチで、胃袋にはなかなか厳しい。まあ、これが好きな人にはたまらない「肉感」なのだろう。普通に美味しくいただきましたけど、完食するまでは大変だった。

ポスターと同じビジュアル

その後で気分を変えて野菜炒めを食べようと思ったのだが、これまた急に気が変わりキムチ味のバクダン炒めにしてみた。
これもいつものことだが、バクダン炒めは作り手によって味も見栄えも全然違う。同じメニューでも店ごとに味が違うというのはチェーン店アルアルだが、バクダン炒めに関しては、店ごとどころか作り手によって全く変わるびっくり箱みたいなメニューだ。

茶色い野菜炒め?

今回もその期待を裏切らず、これまで見たことがないハイレベルのものが出てきた。バクダン炒めは、基本的にキムチ味なのでルックスは赤い(はずだ)。肉の量はその日によって違うが、キムチが多めの場合は肉が少なくなっている気がする。
今回は、まず赤くない。おまけにキムチ味は薄めで辛味も控えめ。そして、肉の量が通常の倍くらい入っているような感じがした。肉野菜炒めの、肉増量バージョンといった感じだろう。今まで食べた中でも、一番の変わり者だった。
ただ、バクダン炒めの「日によって変わる味」を非難するつもりは毛頭ない。逆に、今日はどんなのが来るだろうと毎回楽しみにしている。しかし、その予想を超えるものが出てくるとため息が出る。(ほほう、今日はここまで来るのか、これはほぼ北極まで来た感じだな、などと感心させられるからだ)
町中華の楽しみ方はいろいろあるが、一つのメニューを食べ続けると、初めてわかる(たどり着ける)奥義があるのだ。(奥義習得者として威張らせてもらおう)

でも、奥義を極めるのに気を取られて食べすぎた。

旅をする

すすきの マティーニ・ナイト

スタンダードなマティーニ うまい

北の街で有名な老舗のバーに来たのは半年ぶりだった。前回はかなり渋めのアイラモルトを飲んだ記憶がある。今回も、例のヨードチンキ臭い酒を飲むつもりだったが、ふと気が変わりカクテルにしてみた。ついた席がカウンターで、シェイカーを振るバーテンダーの姿が目に入ったからだ。
あまり深く考えず、マティーニにしたのは口当たりの良さと、本格的なカクテルにしたいかったせいだ。カクテルのお作法として、冷えたカクテルグラスについた水滴が、滴り落ちる前に飲み干すのだそうだ。そんなカッコ良いことを、教えてくれた先輩はいない。そもそもバーに連れてきてくれるような小粋な先輩に出会ったこともない。バーは全て一人歩きで覚えた。
この飲み方もカクテル関係の本を読みあさった時に覚えたことだ。確かに水滴がこぼれるほど時間が経つと、冷えたカクテルがぬるくなる。それはまずい。

ウォッカマティーニ・オンザロック アメリカのバーでは普通に頼める


お江戸のバーでそんなことを考えながら、くいくいと3杯ほど違うカクテルを飲んでいたら、年配のバーテンダーに呆れられたことがある。やはりカクテルはビールのようにグビグビ飲むものでもないのだ。

二杯目は、ウォッカベースのマティーニをロックにしてもらった。味変という意味もあるが、カクテルグラスで飲む二杯目はちょっと酔いが厳しい。ロックで少し薄まったものの方が優しい気がする。
マティーニといえば世界的に有名な大英帝国の諜報員が好んで飲む酒だが(映画の中で)、あのレシピーはかなり特殊で、バーに行って頼むものではないような気がする。相当にスノッブな飲み物だ。あの女たらしの情報員はただのアル中オヤジなのかもしれない。しっかりとしたバーでは諜報員スタイルのレシピーでも作ってっくれるはずだが、気恥ずかしくてそれを注文したことはない。

強めのカクテル二杯で締める夜は、なかなか深いものがあったのだよね。

旅をする

そばフェス 会場を見てきた

大通公園でのイベント、そばフェスは今年が初めての開催とのことだ。北海道は日本有数のそば産地だが、国産蕎麦はなかなかお値段が高いので、国産蕎麦粉を使った蕎麦はもはや高級品だ。北海道産蕎麦粉など滅多にお目にかかれるものではない。それをイベントでやってしまおうというのは、なかなかの心意気ではないか。
似たようなイベントとして長野県松本で行われる蕎麦祭りがある。今年で17回を迎えたようだ。松本城のある公園で全国各地の有名蕎麦処からも出店される賑やかなイベントで、コロナ前は毎年のように通っていた。蕎麦フェスも同じように長く続いて欲しいものだ。

10月下旬、新蕎麦の時期の開催は、北の街でもギリギリのタイミングだろう。この時期を過ぎると、外では蕎麦を食べる気が起きないほどに冷え込む。

この時期は一斉に紅葉が進む。一週間あれば街の彩りが変わるほどだ。ただ、今年はたまたま暖かい天候に恵まれたようで、大通公園を歩いていると軽く汗ばむくらいの気温だった。ただし、その3日後にはダウンを着て歩く人もいたので、気温が急激にアップダウンしていたのだけれども。

蕎麦を食べるにはチケットを買い、それぞれの産地が出しているブースで蕎麦を手にいれる。今年が第一回なので、どの店の蕎麦(どの産地の蕎麦)を選ぶかの情報が全くない。
記憶の中にある蕎麦の名産地といえば、幌加内、江丹別、新得(北海道的難読地名で、ほろかない、えたんべつ、しんとく)だが、そこからも出店されている。
蕎麦という料理は簡単そうで、実は蕎麦とツユの合わせが難しい。蕎麦はうまいがツユがね……………という店も多い。特にツユの味は絶対的な美味さというものが存在しないようだ。地域の好みで味が違っている。昆布出汁が強かったり、甘味が強かったり、あるいは塩味控えめであったりするので、地方によってはこれが蕎麦つゆなのかと思うほどの変化がある。だから、自分の好みを押し付けてもいけない。
個人的には、お江戸の蕎麦屋はやはり味が濃過ぎる気がする。味のバランスとしては「長野県中央部 松本付近」の蕎麦とツユの組み合わせが良いと思うのだが、それも個人差というものだろう。経験的に北海道ではツユに特徴がある蕎麦店・地域は少ないように思う。

この時期なので、テントは風除けの覆いがあり、なんと室内には石油ストーブが設置されている。耐寒設備としてよく考えられているとも思うが、なんだか避難小屋での緊急食堂みたいだなとちょっとおかしくなった。
全体的に働いているスタッフがほぼ全員、若い方だったのも意外だった。偉そなおっさんもいないし、確かに蕎麦祭りというよりそばフェスという言葉が似合っているスタッフだった。

蕎麦と酒がセットで売られているので、蕎麦以外にも酒のつまみ対応の出店があるのが嬉しい。ただ、夕方からここに来て酒を飲むのは、相当に防寒対策をしたとしても覚悟がいる。おそらく震えながら蕎麦をたぐった後、暖房の効いた居酒屋に逃げ込んで二次会ということになるのだろう。まあ、それも北国の「寒い」秋の楽しみ方というものか。

個人的には、夏の公園ビアガーデンよりも楽しみ甲斐があ流と思うけれどね。

食べ物レポート

鮨ランチは、満腹でした

北の街でお昼に密会?する?には好適地 よくお世話になってます

北の街でランチをやっている鮨屋は多いが、ビジネス街で週末にランチ営業している店は貴重だ。週末に人と会う時にはよくこの店を使うのだが、個室があるので密談向きなのだ。
本店は昔から、夜の遅い時間にお世話になっているが、昼時であれば駅前通り沿いにあるこの店を使うことが多い。意外と外人観光客が押し寄せてこないところも気に入っている。近頃では珍しい喫煙可能店なのだが、思いの外タバコの匂いはしない。

ランチセットは実に大盛りな組み合わせで、まずは茶碗蒸しとそばが出てくる。これがアペタイザーらしいのだが、これまではランチセットを頼んたことがないので、このボリューム感は知らなかった。

なんだか色のバランスが取れていないような気もする

ランチセットは松竹梅があるのだが、値段とともに鮨の貫数が増えるので、松を頼むと食べきれない量になる。おまけにシャリ玉も大きめなので、よほど腹ペコでない限りは竹で十分だ。
昔は松竹梅の梅(つまり安い方)を頼むと、鯖とイカとタコが入っていた。好物のネタを食べるには松とか竹を注文してはいけなかったの。その記憶を頼りに、とりあえず安いセットものを注文してイカとサバをゲットし、そのほかに食べたいものがあれば単品追加をしていた。
今回も竹を頼めばイカやサバくらいは入っているものだと思っていたら、何とどちらも見当たらない。おやまあ、鮨ネタのランキングはとうなってしまったのだろう。
北の街来てまでわざわざマグロを食べる気もしないし、かといってサーモンは鮭とは違い、すでにほぼ完全輸入食材だ。日本中どこで食べて同じ気がする。マグロとサーモンが主役とは、地元民にはあまり気にならないのだろうけれど、こちらにはおおいに気になるネタの組み合わせだった。食べるのであればイカと鯖は追加注文するしかない。
時間をかけて完食したが、予想通り動くのが嫌になるくらいの満腹感だった。追加など考えたくもない。おまけに、何と食後にコーヒーが出る。鮨にコーヒーねえ、と思いつつも初めて鮨屋でコーヒー飲んでみたら、意外と本格的なものが出てきた。酸味が強いのでモカが多めのブレンドらしい。このコーヒーのこだわりはすごい。が、鮨の後に残る味としては微妙な感じもする。ただ、これが北の街ではビジネスランチとして成立しているのだ。うーん、なるほどね…………という感じがした。

たまには好きなものを食い散らかすのではなく、定番ランチを試してみるのもお勉強になるなと思った。でも次回はランチセットではなく単品注文するぞ。

旅をする

この葡萄が食べたいからの妄想

種アリなので不人気らしいが、

お江戸の周りではほとんど見かけない「キャンベル」と言うブドウがある。小樽周辺ではこの葡萄を栽培する一大産地があるので、地元では一般的な葡萄だ。糖度はとても高い。巨峰などの大粒ブドウよりよほど甘味があると感じる。(糖度を測ったわけではないのであくまで感覚的なもの)
このブドウを使ってワインが作られているのだが、仕上がりがちょっと甘めというか,ワインというより葡萄酒という言葉が似合う。ワインは葡萄で味が決まるのだが、ヨーロッパ系のワインとは随分と違っている。
甲州や信州でも地元特有の葡萄を使ったワインが製造されているが(こちらが日本ワインの本場だ)、出来上がったワインは酸味がキリッとしたヨーロッパ系ワインに近い味がする。

ワイナリーの社長に聞いた話だが、同じ品種でも土地によって葡萄の味は微妙に変わるそうだ。だから、いくつかの畑で取れた葡萄を使って原酒(原ワイン?)を作り、それをブレンドすることで味に幅を持たせる。フランスのボルドーなどは、数ある名シャトーでそのブレンド技術が一子相伝みたいなものになっているらしい。
だから、このキャンベルという葡萄を使ったワインも、もう少し幅が広げられるのではないかと、ずっと思っていた。

葡萄の栽培はまさに惜しげもなく人手を投入することが必要な農業らしいが、生の葡萄を売るのではなくワインに加工することを起点として、高付加価値を生み出す「新型農業」の取り組み方にかえられないだろうか。
最近では夏の気温上昇のせいで、本州の葡萄産地がじわじわと北上しているが、そのため北海道で葡萄栽培をはじめるワインの作り手も増えている。
生の葡萄であれば、移送の問題(移動中に粒が落ちてしまう)がある北海道は首都圏向け販売には不適地になる。キャンベルがお江戸で食べられないのも、まさにそれが原因だ。だが 、ワインという加工品にすれば輸送問題は心配無用になる。

どうも葡萄農園も跡継ぎ問題が深刻なようなので、一時期はやったクラフトビールで町おこしより、カリフォルニアのワイナリー的に6次化された農業・工業・商業複合体ビジネスを北の大地で生み出せないものかと思った。
農業福祉連携法人にして、社会的弱者の自立支援と徹底した機械化による効率追求を合わせて行う。収益あるビジネスにして永続化させる。補助金で持たせるのではなく、儲かるから続けられるというのが重要なポイントだ。ちなみにカリフォルニアのワイナリー経営は社会的経済的に大成功した「成り上がり者」が目指す最終ゴールらしい。日本の金持ちも、北海道でワイナリーを持つという夢・理想を抱いてくれないかな。

何を食べても酒がらみのビジネスしか思いつかないというのは、我ながら呆れてしまうが、地域おこしというより北海道という土地だからできるビジネスとして大規模ワイナリーを……………という妄想をしてみました。