Blog

街を歩く

老舗ラーメン屋で衝撃

北の街でラーメン屋に入ると出てくるのはサッポロビール優先か?を確かめるため、老舗中の老舗ラーメン店に潜入してみた。そこで発見した衝撃的な事実は……………

なんと、ついにラーメン一杯1000円時代になってしまったという事実た。原宿で見かけたブティック系ラーメン店は1000円を超えた値付けをしていた。それをみた時、「ああ、ついにこの時代が来たか」と思ったことはある。が、場所が場所だけにこの値段もしかたがないかとも納得した。
新興ラーメンチェーンで、全部盛りトッピングを注文すると1000円超えることは、いまや当たり前になったのでラーメン1000円越えは珍しくない。
しかし、お江戸と比べてそこそこ物価が安い北の街で、ついにプレーンなラーメンが1000円超えとは………
時代の変化をしみじみと感じてしまった。もう一つ衝撃を受けたこと、辛味噌ラーメンが追加になっていた。老舗も変化していかなければ生き残れない。
時代の変化とは、これだろう。味噌ラーメン発祥の店ですら、味噌から辛味噌にトレンドが移っているらしい。あれこれショックだった。

普通に醤油ラーメン

この店のラーメンは、表面を厚く油が覆っているので、湯気が立たないがスープはとてつもなく熱々の一杯だ。食べると危険レベルの熱さだが、そこが良いのだ。普通のラーメンを注文してもチャーシューがたっぷり乗っているので、チャーシューメンは頼んだことがない。しみじみとこのラーメンがうまいなと思う。自分の好みでもあるが(それを押し付けるつもりはなく)、いわゆる万人受けするスタンダードな「北の街醤油ラーメン」だ。

本来の目的はビールのブランド確認だったのだが、やはりサッポロだった。クラシックは良いのだが、缶ビールというのはちょっと寂しいかも。何よりも、ラーメンのボリュームが多いので、ビールと合わせるとはち切れそうな満腹感になる。ごちそうさまでした。

追加で一つ
隣に修学旅行できたらしい制服の女子高生二人組がいた。いわゆる西国訛りがあるので地元民ではないのは明らかだ。その二人が一つのラーメンをシェアして食べていた。コロナの最中であれば、ありえない光景だろう。箸をつける前に綺麗に取り分けて食べるのではなく、一人が丼で食べているものを、小丼に時々移し替えるというやり方なのだ。
しかし、カウンターの上にはコロナの名残でパーテーションが残されている。ラーメン専門店で一杯のラーメンをシェアするという食べ方も衝撃的だが、あの狂気のようなコロナ対策は衛生観念に何の変化も及ぼさなかったことが、もっと衝撃的だった。

街を歩く

文化の日なので考えたこと

ススキノの渋い炉端焼き居酒屋で飲んでいたら帰り際にビールをもらった。開店60周年なのだそうだ。店内カウンターの写真をラベルにして貼ってある。クラフトビールメーカーっぽいなと思って裏のラベルを確かめたら、なんとサッポロビールのものだった。大手メーカーがよくこんな細かい仕事をするなと思ったが、よく考えれば地元なのだから、こうした需要は多いのだろう。
お江戸界隈でもこんなサービスをやっているのだろうか。随分と昔だが、金婚式の写真、もちろん夫婦の並んだ姿をラベルにしたワインをもらったことがある。その方が支援していた、今でいう農福連携(農業と福祉)のワイナリーで作られたものだった。そこから連想してあれこれ考えてしまった。

このような記念品需要、つまり極小ロットでの生産になる特需商品は、生産効率を考えればとても間尺にあった商売ではない。大手メーカーは手を出さない分野だろう。だが、確実に需要のある隙間分野でもある。
メーカーの論理として、効率を追うために械化をするのが一番最初の経営努力だ。結果として、大量生産すれば価格も抑えられる。大量生産、大量販売が前提とされるものづくり、これが近代資本主義というものだ。
ただ、人手をかけても喜ばれるものづくりをする、商売をするというのが、大量生産の反対側に存在する。一点もののブランド品のような高付加価値商品で高価なものが典型的だ。

ただし、安くて便利な大量生産品と手作りの高額品、そのどちらとも異なる「手間暇をかけることに意味があるもの」を作り出す第三の道があるのではないか。それは安くもないし大量にもできない製品になる。
例えば宅配便会社の会長が引退した後に始めた、知的障害者を従業員とした製パン業のような事業の形がある。この事業の生み出すものは、一つではない。結果的に美味しいパンを社会に提供するのだが、一番大切なことは障害者に普通の賃金を支払う事業体を生み出したことだ。最大の製品は社会的な雇用の受け皿作りだろう。
社会全体の中で弱者も共に生きる術を生み出していく。はみ出しもの扱いされている者を受け入れる場をビジネス的に成立させる。ボランティアではなくビジネスだからこそ永続させることができる。これまで不遇な扱いを受けてきた社会的弱者に対して、自立のための手段・職を作り出すことを目的とした、第三の事業形態だ。
大量生産で作られ安いか買うでもなく、こだわりの高価な一品を買うでもなく、社会を支えるために買う。近代資本主義の進んだ先に生まれる「共生支援」事業体とでもいうべきか。農福連携はその典型的な形なのだと思う。

人口が減り社会を支える仕組みが急速に変わっていく、この先の日本では必要な考え方のように思う。働き手が減り高齢者の活用などという戯言を言う前に、農福連携のような仕組みづくりを考える政治家(政治屋ではない)はいないものだろうか。
ここまで円安が進めば、日本へ出稼ぎに来る外国人労働者は激減するはずだ。究極の人減らしにつながる多機能ロボットの開発にも、あと20年くらいかかるだろう。アトムは2000年ではなく2050年くらいに生まれるはずだ。「共生事業体」は、その隙間をつなぐことができるのではないだろうか。

一瓶のビールをきっかけに少しマジめなことを考えてしまった。

街を歩く

街角の風景 あれこれ3題 

ソフトドリンク自販機の側面に描かれている

夜景文化発祥の地、とは知らなかった。他の夜景で有名な都市、例えば神戸とか函館では、この札幌の主張に対してどういう言い分があるのか聞いてみたいものだ。夜景の認定組織はあるように記憶しているが、夜景文化となると認定組織はないだろうなあ。
ただ、この推しスポットは全部行ったことがある。それも、同行者ありで。若い頃は、あれこれ煩悩に紛れて活動していたのだなあ、と遠い目で空を眺めてしまった。
ちなみに藻岩山中腹にある、夜景を見るためだけ?に存在する、照明のないバーには一度も行っていない。ぜんぜん予約が取れなかったせいだ。今更行く気にもならないからそれはそれで良いのだが………

警察署の隣で、ビルの解体工事が続いている。夏に来た時は、ビル全体が見えていたが、もう3階分くらいの高さしかない。作るより壊す方が簡単なのだな。
来年には解体終了するだろうが、その後また基礎から積み上げてビルの再建設が始まるはずだ。ここには、日本一SDGsに逆らったビル建築現場として記念碑でも残しておくべきでは、などと考えます。

これもまた不思議な表現で、今では喫煙者の中にも二種族がいるのだなと理解した。被差別者?の中にも、より差別される一族が存在するとは………
ただ、ピクトグラム(イラスト)が、喫煙者でもよく分からんのではないかというほど一般的ではないのに笑ってしまった。電子タバコの接種器?は、TVCMで見たお尻の病気の薬に見える。
ともかく、ある種の切実なニーズがあるということはよくわかった。

街を歩く

ごま蕎麦と天ぷらで

北の街で都心部のあちこちにあったゴマ蕎麦屋の支店が、ビルの建て直しなどの影響でどんどん減ってしまい、ちょっと困った事態になっている。それでも、学生の頃から通っている店はいまだに健在で、そこでちょいとそばをたぐる気になった。
長めの散歩をした後なので、休憩も含めての蕎麦タイムになったが、注文するのはいつものもりそばだ。
冷たい蕎麦の王者といえば納豆そばであると信じている。昼に食べるのはこれに限ると思っているのだが、サラッと行きたい時にはやはり「もり」になる。そばを楽しむには、シンプルなものほど良い。料理としての蕎麦であれば、カレー南蛮やおかめそばだろう。豪華さを味わいたい時には、天ざるとか鴨せいろになる。ただ、もりそばはつゆと蕎麦の真剣勝負なので、店の格はここに出ると思っている。腹に余裕があれば、森戸かけを順番に頼む。かけそばの方が出汁の具合がわかりやすい。

この店は蕎麦つゆをケチらないのが良い。そばをザブンとつゆにつけても足りなくなることはない。蕎麦の名店は全国あちこちに多いが、胡麻を練り込んだ蕎麦はあまり見かけない。そういう意味でこの店は貴重な蕎麦屋なのだ。最後に蕎麦湯でつゆを割って楽しむのを覚えたのもこの店だ。蕎麦湯を飲みながらぬる燗で締める。

歳をとって覚えたのは、そばにはぬる燗という注文の仕方で、これはビジネスタイムのランチではない時にできる楽しみ方になる。流石に仕事の時の昼飯では、和風ファストフードとして蕎麦屋を使うから、酒はなしだ。
最近では、蕎麦屋の楽しみは蕎麦なのかぬる燗なのか、微妙になってきたが……………
蕎麦が来るまでチビチビと酒を舐めている時間が楽しい。

いつものゴマ蕎麦屋の後は、立ち飲み屋に寄ってみる。この店は小樽の有名食堂が出した支店で、焼き鳥とおでんを楽しめる。おでんもうまいが、おでんの出汁が染み込んだ大根を天ぷらにしたものがお気に入りだ。最初の注文をぬる燗と大根の天ぷらにして、後はのんびりあれこれ考えながら注文する。凝った料理は置いていないが、酒飲みの肴としてはよく考えられているラインナップだ。自宅の近くにこんな店が欲しい。

ちなみに歳をとったから淡白なものばかり食べているのかといえば、全くそんなことはない。枝豆に冷奴で肴は十分という「オヤジ・ジジイ」もよく見かけるが、全くそんな嗜好になることはない。まあ、好きなものを好きなだけ食べるのが幸せというものだから、枝豆に冷奴を否定するつもりはないが、決して同調はしない。
飲む時に肴をシェアするのも嫌なので、同行者が食べたいといえば一皿ではなく二皿注文する。もうあれこれ周りに気を使うのも飽き飽きしていることだし。

一人飲みにこだわるのは、案外とこれが理由なのかもしれない。わがままなのは間違い無いと思う。

街を歩く

行列のできる自販機

JR札幌駅の改札口を出たところで、長い行列ができていた。気になって行列の後ろまで確かめに行ったら、何と愛用のサンドイッチ屋が駅の中に自動販売機を置いたらしい。昼のピークはとっくに過ぎただろうという時間だったが、その時点で十人くらいが並んでいた。
案内板を見ると、どうやら一時間待っても買う人がいるらしい。住宅地の外れにあるなじみのサンドイッチ屋がすごい人気者になっていた。
実はこの店の本店も、いつ行っても行列ができる繁盛店だ。普通に10−15分は待たされる。夕方に行った時には30分近く待ったこともある。だから自動販売機でも待ち時間があるのは不思議ではない。
行列の理由は、メニューの種類が多い、お値段が安い、作りたてで美味しいとまさに三拍子揃った優れものであることだ。

行列の長さを見ると、商品補充の回数が多いのもよくわかる。しばらく並んでいる人たちを見ていたが、だいたい三個ほど買う人が多い。お土産なのかもしれにない。自分で食べるのであれば3個は多いだろう。具沢山のボリューム満点なサンドイッチだ。これを食べるとコンビニでサンドイッチを買う気がなくなるほどの逸品なのだ。バッグから白い買い物袋を取り出す常連らしき人もいた。

夜も更けてくると流石に客も減るのか、商品がたっぷり入っていたが、昼頃にはほとんど在庫がなくなっている。面白いのはサンドイッチが何の法則性もなく並んでいることだ。たまごサンドやポテトサンドなどは人気商品なのだが、何段にもわたってバラバラに置かれている。上段のポテトサラダが売り切れていても最下段に残っていたりするので、よく注意して在庫を確かめないといけない。つまり商品を選ぶのに時間がかかる。この辺りは改善してもらいたいなあと思うが、そうなると売り切れるのが早くなりすぎて、補充の頻度が増えるから忙しくなりすぎるのを避けるためではと、勘繰ってしまった。売れすぎも困ったものらしい。
帰りの電車に乗る前にこの自動販売機を覗き見する癖がついた。タイミングが合えば行列が途切れていることもあり、夜食がてらに一つ、二つ買うのには都合が良い。
しかし、この行列のできる自動販売機の人気はいつまで持つのだろうか。次に見に行く時までにも、おそらく行列が途切れることはなく、二台目の販売機が設定されているような気がする。

街を歩く

水族館のあるビル

繁華街にできる新しい商業ビルに水族館ができると聞いて、実はとても楽しみにしていた。博物館も好きだが、動物園や水族館も好きだ。特に水族館は哺乳類に生まれて来たことに喜びを感じる、そして異種族との差異を強く感じる場所だ。魚屋に並ぶ魚とはまた違う視点で「お魚」さんを眺めることになる貴重な場所だ。
相当に期待して入った新・水族館だったが、どうも自分のテイストというか好みとはちょっと違っていた。大人の水族館、エンタメを廃した水族館らしい。現代的な設計思想についていけない。やはり、トドに餌をやるような水族館が自分には似合いらしい。

その新・水族館は商業ビルの4−6階にある。地下2階から3階までは商業施設だ。地下はフードホールとドラッグストアで、最近の商業ビルとしては定石的構成だった。2−3階も個性的な雑貨店が入り、いわゆる都市型高感度ストアが装置されている。

問題は一階で見つけてしまった。このビルは狸小路と駅前通りの交差する場所にある。北の街では1・2を争うベスト立地だ。個人的な感覚で言えば、高級ファッションブランドが路面店を出すのであればこんな場所だろう。最盛期のアップルもこんな場所に自社ストアを開けていたはずだ。
そんな場所がガランと空いたままになっている。ビルのオープンから3ヶ月も経ち、まだテナントが埋まっていないとはびっくりだった。

どうやら北の大都会でも、まだまだ商売は厳しいのかと感じさせられる光景だった。向かいにある安売りの殿堂は、とても賑わっていたから客は戻ってきていると思うのだけれど。
出店するための従業員採用が難しいというのが、どうもテナントが埋まらない原因ではないか。人手不足の解決策は、長期的には子供をふやす、短期的にはロボットを増やすしかない。ここまで円安が進むと外国人労働者は日本で出稼ぎするメリットがないから、この先は外国人労働者も量的期待はできないように思う。対策は限られているはずなのに、サービス業では動きが遅い。バブル後の平成不況で人減らしをした企業ほど回復できないようだ。因果応報。

これまでとは違う意味で街の風景が変わっていく、その先駆けみたいな光景なのだなと思いましたよ。

街を歩く

野球場観光に行った

新ドーム球場は観光スポットらしい

基本的にスポーツ観戦に対する関心が人一倍薄い。野球、サッカー、バスケットボール、陸上に水泳や体操、その他もろもろ。ほぼリアルタイムにライブ観戦することは無い。どのスポーツもそこそこルールは知っているので、テレビで見てもゲームの運び具合はわかる。野球やラグビーはルールがよくわかっていなと楽しめないものだが、そういう意味で観戦しないわけではない。学生時代は体育会系スポーツをやっていたのだが、どうもその反動なのかもしれない。エンタメコンテンツとしてライブが好きではないのかもしれない。
相当昔になるが、例外的に後楽園ドームへ何度かゲームを見に行ったことがあるが、それもゲーム観戦ではなく、中にある飲食店を視察するためという、なんとも邪道な目的だった。

実家のある街に出来た新球場もちょっと遠いが歩いて行ける距離にありながら、一度も行っていない。これはあまりに怠慢な人生では無いかと反省して、平日の夕方にぶらりと出掛けてみた。ゲームのない日でも、飲食店は営業しているらしい。ボールパークと言っているので、カリフォルニアにあるネズミの王国や映画セットで有名なスタジオ街のように、入り口まで続くアーケードや商店街がある人工的な町が出来上がっているのだと思っていた。
そんなものは存在していなかった。球場周辺はこの先も開発が進むそうなので、あと2・3年待てばそれっぽい町ができるのかもしれない。少なくとも現時点で存在しているのは、球場前の駐車場(ゲーム時は利用不可)周辺にあるドッグランとキャンプ施設、そしてフィールドアスレチック的な施設だった。成長し続ける街として期待することにしよう。でもベースボールを見に行くことはなさそうだ。テレビで映像を見る限り、スタジアムが満員にならない日はあるようなので、ゲームを見るのはあまり難しくなさそうだが。チケットをどこで買うのかもしないしなあ。

町の中は一面に球場讃歌みたいな雰囲気があり、なんと赤いはずのポストまで色が変わっていた。チームカラーが焦茶なのだろうか。これも野球を見ていないので全くわからない。F villageと書かれているが、Fはチーム名であることはわかる。
ちなみに駅の構内では大型ジョンが設置されていて、パブリックビューイングもできるらしい。(あくまで、「らしい」で詳しくは知らないが、狐ダンスの映像を見た記憶がある)
駅前はまだ賑わいが足りないが、現在建築中の駅前ビルができればレストランなども入るのだろうし、街の活性化はもう少し時間がかかるようだ。しかし、名前がVillageだから、村おこしが街おこしにつながるという、なかなか不思議な現象だなあ。

旅をする

北の大地とローカルフード

LCCの便で北の街にやってきた。チェックインの時に座席指定はしないまま適当に席が決まる設定を選んだら(これだと1000円くらい安い)、窓際の席になった。普段は窓席を選びはしないので、何やら新鮮な光景が見えた。
山の際まで畑が続いている。アメリカの畑は飛行機から眺めると、視野の全部が同じ色だった。(地平線まで全部とうもろこしとか全部小麦とか、とにかく単色だった)
北の大地でも収穫が終わった10月ともなれば(日本でも同じように)、土の色で一色になる。畑の区画は小さい物でも100m四方くらいだから、隣のうちまで歩いていこうという気が起きないほどの広さだとはわかる。

それでも空港に近づき高度が下がれば、それなりに工場や住宅が現れてくる。北日本最大の空港都市は自衛隊の主力基地に併設されているから人口も多い問はたくさんあるから、空輸できるような高価な工業製品の製造にも向いている。まだまだ人口は増えそうだ。とはいえ、今の住宅地のすぐそばには原生林が広がっているのだから、やはりここは日本の中でも異郷に近い。ライフスタイルもアメリカンな気がする。

空港から JRで20分ほどの小都市に実家があり、駅近くのスーパーに寄ってみた。いきなり、ドがつくほどのローカルフードにお出迎えされた。普段生息している埼玉県ではまずお目にかかることがない。
「ほっけ」のフライだ。おまけに大きい。ホッケの身

は比較的淡白なのでフライにするとうまい魚だと思うが、残念ながら小骨が多い。それを気にしなければ、ホッケフライは安いし腹がふくれるボリューム感もある。貧乏人の味方だとずっと思っていたが、いつの間にやら貧乏人向けではないお値段になっていた。学生時代には丼飯とホッケフライが一番安い定食だったのだがなあ、とため息をついてしまった。
そしてホッケフライの横に並ぶのは鮭フライで、これもお江戸界隈ではまず見かけることがない。弁当のおかずであれば焼き鮭はありふれているものだが、鮭フライはまず登場してこないはずだ。おまけにホッケフライと変わらないほどの大きさで、値段も同じとは。ホッケが出世したのか、鮭が落ちぶれたのか、なんだかこれも微妙な気分になる。昔は、鮭こそ魚の王様だと思っていたのだがなあ。

みてわかる通り、一面の茶色なので、鮭もホッケもビジュアル的な要素はかけらもない。エビフライのようなルックスの違いもない。この茶色を見て中身の味を想像するには、北の大地で生活した経験が必要だろうと思う。転勤や入学で移住してきた南方日本の人たちには、なかなか得難い経験になると思う。
ちなみに、この鮭フライ、ホッケフライ、どちらもたっぷりソースをかけて食べるとうまいと思うのだが、醤油でもなかなかいける。最近の食べ方ではマヨ醤油で食す新人類も大量にいるらしい。

ホッケも干物オンリーではなく、使い道を考えると面白い料理素材になるのかもしれないなあ。

食べ物レポート

20周年のラーメン屋にて

ホームセンターに所要があり、そのついでに立ち寄ったショッピングモールで、今まで見逃していたいというかすっかり気にも止めていなかったラーメン屋が、開業20周年記念の特製ラーメンを売っていた。
ラーメン屋の10年平均生存率は1割程度らしいから、この店は20年営業という実に素晴らしい結果を残している。こちらの勝手な思い込みで、何代か代替わりしているのだろうと思っていたのだが、このショッピングモール開業以来ずっと営業を続けている「老舗」だった。お見それしました。
そこで反省の意味も込めて、20周年ラーメンを食べることにした。

ただ、店名が難しくてなんと読めばいいのかわからない。よくよくメニュー板を見ていたら「ラピタ」と読むようだ。なんとなく某有名アニメに出てくる空の城に似ているなと思ったが、あちらはラピュ◯、だからちょっと違うだろう。何か、意味があるのかもしれないが、わからんものはわからん。まあ、店名はあまり重要ではないので追求は諦めた。選ぶメニューは一択で、20周年記念特製味噌ラーメンだ。

炒めた挽肉を食べるための穴あきレンゲも一緒に登場。

野菜が乗っかっている味噌ラーメンは、何とはなしに懐かしいスタイルだ。20年前には、こんな味噌ラーメンを販売していたのかもしれない。
そして、レンゲの上に乗っているショウガは、味変用の追いショウガなのだが、これも行列のできる某有名店のスタイルだから、その有名店の関係者なのかもしれない。普通に美味しい味噌ラーメンで、これは二十年間食べていないことを後悔した。随分と失礼したものだ。

お詫びの印にほろよいセットを頼んだ。最初に味卵とメンマが運ばれてきて、後から餃子が出てくる。ほろ酔いどころか、ビールもう一本と言いたくなるガッチリ呑みましょうなストロングスタイルだった。繰り返すが20年間一度も利用したことがない、そしてそれを後悔するほど良い店だった。
ちなみに、出てくるビールはサッポロだった。ラーメン屋ではサッポロビールが出てくる法則はここでも証明されたようだ。個人的にはクラシックが好きなので、黒ラベルよりもちょっと嬉しい。
次からは必ず立ち寄ることにしようと決めた。次回はオーソドックスに醤油ラーメンにするか、変化球で辛味噌にするか。そんなことを悩みそうな気がする。良店。

食べ物レポート

馴染みの焼き鳥屋でルーティン

いつもの焼き鳥屋にいくと、いつものようなルーティンになる。カウンターでだけ注文できるというコップ酒、これをモッキリというのだが、まずそれを注文した。これまで無料でかつ無条件に出てきた大根おろしは、「食べるか食べないか」を聞かれるように仕組みが変わっていた。ロス対策(大根おろし嫌いがいるらしい)なのか、コスト削減なのかは定かでない。そして、もう一つのサービス品である鶏スープは、ポットで出てくるように変わっていた。セルフスタイルだと提供速度が速い、つまりオペレーションの合理化だ。大根おろしにかける北海道産醤油と焼き鳥にかける一味唐辛子を並べてみた。これが、この店で焼き鳥を楽しむ時の基本5点セットになる。これを並べるのが、我がルーティン。

この店はお通しが出ないので、というか大根おろしと鶏スープがお通しみたいなものなので、焼き鳥が出てくるまでスピードメニューを勧められる。ただ、個人的には居酒屋で出てくるスピードメニューの代名詞、枝豆が嫌いなので(冷凍枝豆を長時間放置して解凍したものは枝豆と呼びたくない)、ここしばらくはトコロテンの上に鶏肉が乗っているものを注文することにしている。
このトコロテンは予想外に美味い。酒の飲み初めにはツルッと行ける食べ物が向いているように思う。これをメニューに加えた人に深く感謝したい。Good Job !!

生姜つくねと生姜の鶏肉巻きと砂肝

コロナの間は、醤油も唐辛子も卓上から隠されていたのが悲しかった。(頼むと出てくる)やはりコロナは異常な事態だったのだとおもう。いや、振り返れば異常どころか過剰でヒステリックで非科学的な対応ばかりだったような気がする。もしコロナの時に押し進められた対応が、衛生的に正しいのだとしたら、それは今でも継続されるはずだ。名残惜しげに置かれているたアルコール消毒スプレーも、いまではすっかり見かけなくなっている。入り口での検温やらスプレーの目視確認やら、あれはなんだったのだろう。
結論として、醤油と唐辛子が今では卓上に置かれている。復活した。誰が悪いとは言わないが、あのテレビでヒステリックに騒いでいたおじさんやおばさん(日本人で高学歴で40ー50代の男女多数)は、いまでも恥いることもなく平気で暮らしているのだろう不思議。言論の自由とありがたいものだ。流言蜚語ですら言論の自由に守られる。
焼き鳥屋の唐辛子が語る社会の真実だ。

コラボ商品なのか、「岩下の新生姜」の豚肉巻き

そしていつも注文する生姜の豚肉巻きを食べ、本日の焼き鳥は終了。これも焼鳥屋のルーティンですよ。