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食べ物レポート

三色団子 北海道スタイル

九州で見つけた団子は、一つの串にごまあんとみたらしが上下に分かれてかかっていた。人生で初めて見た衝撃の品物だったが、その衝撃とは別に実に美味しく食べた。ひと串で二度美味しい、絶品だ。あれが自宅周りのスーパーで売っていたら、けっこうまめに買うのになあと残念に思う。そして、今回は北の街で、自分のイメージ通りの三色団子を見つけた。
ごまあん、みたらし、ねりあんがひと串ずつ入っている物だ。これこれ、まさにこれだとその場で喜んでしまった。

この三色団子はいつでも売っているわけではない。かと言って特定の季節に売っているわけでもない。なぜか、ある時突然売り場に出現して、いつの間にかなくなっているという「不思議」商品だ。
今回も、これを買って三日後には売り場から消失していた。何と「謎」の多い物だろう。全国あちこち旅をして、団子ばかり見て回っているつもりもないが、意外とこの3色別々串セットは見当たらない。ヨーカンパンのような地域特性があるのかもしれない。自宅周辺は焼き団子でそれなりに有名な地域なのだが、この手の三色団子セットは見たことがない。まあ、人生の一大事というほどのことでもないので、新種に気がついたらまた何か考えてみよう。

街を歩く

山菜そばとトースト

ひさしぶりに朝、駅の立ち食い蕎麦屋に入った。この朝の蕎麦を注文するときにはいつも迷う。馴染みの富士そばであればモーニング蕎麦一択だが、駅そばでは場所によって多少アレンジというか「推し」が異なっている。しかも、気がつかないうちにトッピングあり立ち食い蕎麦は五百円時代になっていたのだ。記憶しているきつねそばは350円くらいだから、コロナで外出自粛を強制されているうちに、何と200円ちかく値上がりしていたのだな。政府の支持度合いというか首相の人気度は、立ち食いそばの値段と反比例するらしい。(独断と偏見です)
大衆の一般色である立ち食い蕎麦や牛丼の値段が安定している時は、なんだかんだ言いながら政権の支持率は高止まりする。安倍政権が長持ちしたのは、この物価に対する肌感覚が良かったせいだろう。それでも消費税を上げて、いったんズタボロになった。現政権は、この肌感覚がない。きっと重症な皮膚病にかかっている。不人気なはずだ。まさに政権交代のチャンスなのに、野党も含めみんなダメダメらしい。政治屋が劣化したときは、必ず革命が起こるものだ。維新などと名乗るエセ革命派は論外だが、動乱の季節は近いような気がする。それを立ち食いそばから嗅ぎ分けるのは、至難の業だが(笑)

別の日に大手ファミレスチェーンで朝飯を食べた。トーストにゆで卵というシンプルの極みだが、なぜか朝にトーストを食べると胃もたれするという厄介な体質なので、バターなどは使わない。いちごジャムを薄く塗ってたべる。このトーストと茹で卵とコーヒーのセットは、とても長らく380円だった。感覚的には20年以上変わらない、物価の優等生だった。
それが何と500円を超えていた。値上がりをするのに文句をつけるほど常識がないつもりはない。ただ、値上がり幅がすごい。増税メガネのやつ……………成敗してくれる。と思うくらいには八つ当たりしたくなる価格だ。
朝から物価問題でヒートアップしてもなあ、と思っていたら連続で「値上げ」にぶち当たりあれこれ腹立たしく思ってしまう。この首相は歴史の教科書に、たった1行だけ書かれるに違いない。

「書き残すべき実績は何もないが、増税めがねと憎しみをこめてののしられた凡人政治屋だった」と。

食べ物レポート

いただきもの

寡聞にして国産アボカドが存在していることを知らなかった。たまたまいただいたものを見て、あやまあ、と思った次第。ともかく大きい。スーパーで売っているメキシコ・アボカドしか知らないので、アボカドのシュリについて知識がない、比べようもないが、持った感じはずしりと重い。また、皮の中がしっかりと硬い感触がある。
しばらく室内に置いておき、柔らかくなるのを待ってみた。毎日、皮を触り確かめるのだが、なかなか柔らかくならない。二週間ほどしてようやく少し押すと柔らかい感じがしたので、半分にして食べてみた。
身は柔らかいのだが、完熟アボカド特有の溶けて崩れるような感じはしない。すべすべの果肉がとろけるような感じだった。なめらかというのが一番当たっている。味は、思っていたよりもあっさり目で、サラダによく合う気がする。

スーパーで買ってきた普通のアボカドと比べてみた。子供のゲンコツと大人のゲンコツくらいの差があるのがわかる。
最近はデパートに行った時に国産アボカドを探してみるが、どうもお江戸では出回ってはいないようだ。貴重なものをいただいたことは間違いない。感謝。

食べ物レポート

カツカレー あれこれ

ここしばらくカツカレーを連続で食べた。それに深い意味はないが、時々カツカレーが無性に食べたくなる。学生時代の刷り込みでカツカレー=ご馳走という脳内方程式がある。だから、ちょっと疲れたなと思った時の飯は、あるいはちょっと頑張った後の飯は、カツカレーになることが多い。ほぼパブロフの犬状態だ。

自宅近くの洋食屋 サン のカツカレー とても普通でボリュームタップリ

見た目からして、これぞカツカレーというのが、自宅近くの洋食屋で食べるカツカレーだ。ルーがドロドロ系なので、最近のスパイス系カレーとは全く別物だ。ファストフード各社が提供する、さらりとスパイシーみたいなカレーとは全く別料理と言っても良い。
カツの肉は薄めだが、カツカレーの大事なポイントは「厚い衣」にある(きっぱり)と思う。その厚い衣をハフハフ言いながらカレーのルーで味をつけ食べるのが好きなのだ。中の肉はすでに痕跡程度の薄さでも文句はない。いや、確かに肉はおまけだ。
衣が十分に厚いと、カレールーに合わせて追いソースをかける。これが、何とも絶妙にうまい。カレーには追いソース派が多いようだが、カツカレーに関しては全面同意する。

新宿 はやしや 芸術的カツカレー

新宿にある馴染みの洋食屋では、カレーが少しスタイリッシュというかスープ的ななめらかさらさら系になる。カツは別添えという感じになるので、このカツをルーの海の中に投入して食べる。これが美味い。
カツカレーのライス抜きというメニューを仙台の居酒屋で見つけた時、何とこれを今まで知らずに人生を送ってしまったとは……………とものすごく残念に思った記憶がある。それくらい、カレーのルーとカツのペアは相性が良い。酒の肴ランキンで少なくともベスト5に入れたい。この店でもぜひカツカレーライス抜きを出してもらいたいものだ。
この店はレストランというか洋食堂でありながら、酒の肴になるメニューが多すぎるのが困りものだ(嬉しい)。イチオシはオムライスなのだが、2番目がカツカレー、3番目がミックスピザだ。昼の一人酒をやるには最強の食堂だ。もしライス抜きカツカレーで酒を飲むなら、冷たい日本酒が良い。二品目、三品目の魚も待ち構えている。野球で言えば先発、中継ぎ、ストッパーの完全チームが組まれている。しかし、それはまさに禁断の組み合わせ、飲み過ぎ決定の地獄コースだな。

ゴリラーマークのカレーが美味い 5・5!

ドロドロ系カレーの代表といえば、金沢発祥のカレー屋に間違いない。神田界隈のオシャレ系カレーとは質が違う。世界が異なる。雑居ビルの地下とか、飲み屋ビルの2階とか、こんなところに飯屋を作って大丈夫かという場所に店がある。
ただ、熱烈な信者がいるので不便な場所であっても通い詰める客がいるようだ。今まで行った店はでは、どんな不便な場所であっても昼時は待たされる。行列ができている。ある意味中毒性が高いカレーなのだろうと思う。
トレードマークはキャベツの千切りだがこれに福神漬けをのせると、カレーと合わせて「無限メニュー」になる。カレー→キャベツ→福神漬け→カレーの無限ループが完成する。
この店の基本トッピングはカツだが、他にも選択肢は多い。ただ、やはり定番の薄め(肉も衣も薄い)カツが良いようだ。それをおかずとして酒を飲む、という暴挙を試みるのも悪くはない。

この店は酒飲みには優しくないが、ビールを清涼飲料水のように飲むことを勧めているらしい。出てくるのが缶ビールという割り切りもすごいが(ちなみにガストもそうだった)、実はこれにとても感謝だった。
アサヒの生ジョッキ感は二度ほど買って試してみたが、そのありがたみが全くわからなかった。泡がうまく立たないせいなのだが、どうやら冷却しておくことと静止状態に置いておくことが、良い泡の発生条件らしい。今までは、スーパーで買ったものをブンブンふり回して持っていったキャンプ場で飲んだため、泡の発生が不適切だったようだ。
今回は、これぞまさに神泡という仕上がりで、確かにこいつは美味い。カレーを食べに来て違うこと、有益な人生の知恵を学べるのは一石二鳥と喜んでもいいだろう。

カレー天国日本は良いところだなあとしみじみ思う。ちなみにハワイでは日系人が伝えて変形、進化した現地的カレーがある。小さな食堂などでカレーを見つけたら食べてみると良いが、あれはほとんど別物、ハワイアンカレーなるものに進化しているので、違う意味で感動する。カツはローカルでもkatsuと書いてあったりします。Chicken “Katsu” curry みたいな感じですねえ。

街を歩く

久しぶりの狸小路散歩

誰でもわかる立体感版

桜の季節にはまだ早い札幌で、外国人観光客が溢れると思っていた狸小路ががら空きだった。どうも、インバウンドな観光客は桜を求めて南下しているらしい。街の中が静かでありがたい。
以前も書いたことだが、札幌駅周辺が新幹線乗り入れのための改良工事と称して大閉店している。昼も夜も飲食店が超満員だ。そこから玉突きで狸小路界隈まで外国人観光客がうろついているのだが、英語メニューなど置きもしない「堅物」店舗も多いので、ちょっと渋めの店だと外国人がいない(入れない)ことも多い。
オーバーツーリズムに関して、現場の意見を拾うメディアは少ないが、店主からは基本的に歓迎勧される。単純に客数が増えるからで客に日本人も外国人も関係ない。払ってくれる金が円である限りだが。
マナーや接客の面倒から、現場の従業員は否定的な意見が多い。要は、面倒臭い客で、たまにキレてくる厄介者が多いからだろう。できることであれば「日本人限定」と張り出したいくらいの肌感覚の従業員も多いようだ。経営者と従業員の意識ギャップを放置して置けるほど、飲食業は人手が足りているとは思えないのだが。
狸小路を歩きながらそんなことを考えていた。たまたまなのか、何とびっくりな立て看板を見つけた。日本人向けではないらしい。日本語は僅少だった。何というか、中途半端な……………
個人的にはこの店には入りたくないぞ。とも思わせる不思議看板だった。

カフェといえば、その近くには最近閉店してしまった老舗のクラシック喫茶、名曲喫茶店があったのだが、音楽系の喫茶店として再興したらしい。名前が何だか微妙な感じもするが。六本木にあるかの有名店と……………関係はないよなあ。以前の名曲喫茶時代の音響システムが残っているのなら、一度行く価値はある。ここは、日本人以外配送もないと思うのだが。

エスニック系食堂といえば良いのか、コロナの間に開いた店が模様替えをしていた。確か最初はタイ料理の店だったような記憶があるが、ベトナム料理の店だったかもしれない。コロナの間は一度も開店しているのをみたことがなかったせいだ。
どうもタイ+ベトナムで再調整するようだ。タイとベトナムは隣同士の国だが、料理は微妙に違っているような気もする。大丈夫だろうかと思うが、そこはエイヤっと乗り越えるのだろうか。東南アジア的エトスで健闘を祈る。ただ、この店はどうみても日本人向けの気がする。

昔アルバイトをしている時に、よくお使いで買い出しに行かされた「市場」だが、当時も市内繁華街では食料品店がなくなっていて、貴重な買い物場所だった。その市場がどんどん変わっていった。肉屋がなくなり、そこが蕎麦屋になり、八百屋が消えた後はおでん屋になる。みたいな変化を続けて、今では個性的な居酒屋、食堂が並ぶ飲み屋横丁に変化してしまった。
ここもコロナの間は死んだふりをしていたようだが、今ではふらっと入るのも難しい人気店になっている。狸小路のあちこちが似たような変化を起こしているが、街が生まれ変わるにはどうやら30年くらいかかるらしい。

確か夏祭りにはライブ演奏ステージになっていた空き地が、ついに正式に「空き地」になったらしい。札幌都心部では珍しいまとまった広さの土地だが、狸小路はすでに大量のホテルが出来上がっているので、この場所がどうなるか興味深い。少し中心部からは外れているので(400mほど)、下北沢の芝居小屋集合体、小さめのライブスペース複合体みたいなものができないかなと思う。

鳴物入りで開いたススキノ角のビル、狸小路駅前通り角のビル、どちらも驚くほどつまらないビル、商業施設になった。どうも、この街の商業施設デザイナーたちはもう少しお勉強が必要なのではないか。
狸小路の活用は、全国的に見ても都心部再生として面白いプロジェクトだと思うのだが。ビルを建てるのではなく、その場所を活用して人を集める、楽しませる空間づくりとしてプロデュースする。そんな感じだろうか。やはり天才が必要なのだろうね。

街を歩く

三軒 並んで身内合戦

札幌狸小路4丁目、それなりに人通りは多い場所だが、そこに山岡家が三軒並べて店を作った。もともとのオリジナル山岡家は札幌で豚骨ラーメンを広めた立役者で市内の各地に店舗がある。知名度も高い。
その山岡家が、冬の間にゴソゴソと工事をしていた店は隣にある味噌ラーメンの店になった。隣のテナントが空いたから拡張してみました的な、小ぶりな店だった。開店したら行ってみようかと思って工事を見ていたのだが、すでにしっかりと客が入っていた。人気店になったらしい。
ところが、何とその隣にもう一つ違う店が開いていた。煮干しラーメンの山岡家だ。看板もトレードマークの赤地ではない、白黒バージョンだ。確かに、世の中には魚介スープ+豚骨スープのW仕立てラーメン屋は多い。それをやってみたくなったのだろうか。しかし、わざわざ別系統のブランドを立ち上げる必要があるのだろうかとは思う。それも並べて建てるとは……………

この光景はなかなかすごいものがあるなあ。牛飯松屋ととんかつ松屋が並んでいるのはたまに見かける。しかし、この3軒並びというのは吉野家とすき家と松屋が並んでいるのよりインパクトがある。

なんか好きだなあ。次回は、順番に試してみよう。

旅をする

名物品はうまいものか?

高速バスで長時間移動すると、2時間おきくらいに休憩がある。運転手の疲労問題対策だと思うが、それ以上に乗っている乗客が旅に飽きてしまうからではないかと勘繰っている。
高速バスの旅は本当に景色が変わらず単調だ。当たり前のことだが、高速道路は人が通りもしない(できない)不便の山の中を走っている。用地買収を考えると山の中にしか作れなかったというのが本当の理由だろう。それでも初期に作られた名神や東名はまだマシなほうだ。多少共平地を走ることもあり、景観の変化がゼロということはない。ところが建設年度が新しくなるにつれ、山とトンネルばかりの道になる。だから休憩で止まるSA/PAの大半は車線の反対側に聳え立つ山を見るくらいのものだ。例外的にビューポイントはあり、当然人気スポットになっているところもある。お江戸の近くであれば中央道諏訪SAがその筆頭だ。海沿いで言えば東名の由比PAが良い景観官承知だし、浜名湖SAのなかなかのビューポイントだろう。
四国の高松から松山にかけて走ると、ぽつりぽつりと良い景色の場所があるが、瀬戸内ナンバーワンスポットはやはり瀬戸大橋からみる瀬戸内海の広がりだろう。しまなみ海道は、その道の名とはちょっと異なり意外と山の中をはしる。通過していく島内では山道ばかりだからだ。トンネルと抜けるとちらりと海が見えてまたトンネルに入るみたいなイメージがある。

そんな山とトンネルの連続を見飽きると休憩時間が実に楽しみになる。休憩の原則「出すと入れる」だ。つまりトイレに行き出すものを出し、売店で入れるもの、食べ物や飲み物を補給する。その時に、できればご当地限定のような珍しいものを手に入れたいと見て回る。それが実にたのしい。
ただご当地ものは現地人は誰でもわかるが、余所者には全くわからないという特性があり、商品の前で「これは一体どういうものなのか」と悩むことも多い。この「とりかわ」は、その典型例だった。レジ前に名物とかかれたPOPがあり、商品が山積みにされていた。とりあえず買ってみるかと思える安価なものだったから、中身を吟味もせず一つ手に入れた。
そのままカバンの中に入れて二、三日忘れていた。気が付いたのは帰りの飛行機の中、本を読もうとカバンの中を探っていた時だ。結局、ガーリック風味というのが気になり機内で食べるのはやめておいた。自宅に戻り食べてみると、これは確かに密閉空間で食べるのは傍迷惑になりそうな強いニンニク味だった。我が常識を褒めてあげたい。
味は、軽い塩味で鶏皮のチップスとでもいうべきだろう。カリカリ揚げた鶏皮だと思う。なんとも捻りのない名前だが、その名前の通りの商品なので文句のつけようはない。ただ、自分の人生でもう一度食べる機会があるかというと微妙だ。

高速バスの旅は、こんな非日常的な一期一会もあるので、なかなか楽しいのだが尻は痛くなるのが難点だな。

旅をする

海賊の美術館

ベストセラー小説のモデルになった石油商人が作った美術館が門司港にある。アメリカでは事業に成功すると財団を作りさまざまな支援事業に乗り出すのが、一種の社会的債務とされているようで、貪欲の商売をし悪辣に金稼ぎをしたとしてもそれを還元することで許される。そんなふうな社会らしい。
この国ではその辺が上手にできない。やりたくても、下から足を引っ張るものが多いせいもある。やっかみから悪口まで、ありとあらゆる負の感情の投擲が行われる。まあ、品性が人として欠けている、あるいは永遠に発展途上にある人がやたら多いということだけかもしれない。
効果と言われる芸術作品を購入するには莫大な金がいる。ただ、その金は芸術家の生業を助け、また次の作品を生み出す元になる。誰かが高い値段で買ってくれなければ、芸術作品は簡単に生まれないのだ。制作に一年かけたとして、それが100万円でしか売れなければ、制作部材を揃えることなどの費用を考えると、その作家の年収は100万円を切ることになる。
いくら好きな道とは言え年間100万円以下で暮らしていけるものか?だから、美術品、あるいは芸術家の育成にはパトロンが必要だ。良いねで買ってくれるお客さんが必要だ。
それを社会的成功者が務めるのは、極めて当然なことだと思うのだが。なぜか一億円の壺を買う金があるなら、交通遺児にその金を渡せなどと主張をする自称正義派が出現する。それでは壺を買うのをやめて、交通維持ではなく母子家庭の支援に金を寄付しようとすると、「母子家庭支援団体ではなく、俺の応援する(俺が運営する)交通遺児支援団体に金を寄越せ」となる。もはや、ゆすりりたかりでしかない。
誰がどこに金を使おうと、その人なりの社会還元で良いはずだし、使い道は勝手に決めるべきだ。

出光美術館は芸術品に造詣が深かった創業者が集めた収蔵品を一般公開するようになったそうだが、これも素晴らしい社会貢献だろう。

世の中で金の使い道を明らかにしないでぼったくることが認められているのは、政府及びその手下の地方自治体だけだ。これほど横暴で凶暴な組織はない。反社会勢力と言われる暴力団が、この悪行を小規模にしてまねてみると、たちまち組織自体が壊滅するほどの刑罰と組織封鎖を受ける。
だから、社会貢献活動とは、官に対する民の示威行動、俺たちが成し遂げた成功の成果を見てみろ、というのが正解のような気もする。お前たちは権威と暴力で金を巻き上げる。俺たちは、商品とサービスという満足度で金を巻き上げる。どっちが偉いかは、ひとめみればわかるだろう、へん?  という感じだろうか。

出光創業者が空の彼方からそんなことを聞かせてくれた、と勝手に思い込んでしまった。良い反省の場所だった。

街を歩く

歴史的建造物の使い道

旧門司港税関を博物館として再利用していた。この国は先の大戦であちこちの街が焼かれ失われた歴史的建造物は多い。昭和の戦後時代、復興の名の下にやたら安っぽい新築物件を濫造したせいで、そもそも歴史的に存在できるような建物がなくなってしまった。東京駅前にある中央郵便局の建て替え騒動を思い出せは、歴史的建造物を保存しようとすると膨大なエネルギーが必要とされる。政治的なパワーまで発揮しなければ止まらないこともある。
まあ、その逆のケースとして、みんながやめようと言っているオリンピックを強行してクビになる首相もいるし、そのオリンピック施設の恒久利用を約束していた都知事も、維持条件が厳しすぎて追及を受ける羽目になっている。まあ、いくらいじめられても逆ギレするか、🙈こと言いましたっけととぼけるだけだからなんの効果もないのかもしれないが。
同じように、もうやめようと言われると意地になって強行開催しようとする万博推進知事もいるし。東西二大自治体首長が、シンクロしたようにあほまる出しの政策推進をするとは、この国の先が知れる。首相も馬鹿なら知事たちはもっと阿呆なのだ。
馬鹿なイベントやら建物ばかり作るのであれば、せめて歴史的建造物の活用くらいしっかりやってくれと言いたくなるのも無理はないだろう。その稀有なモデルが旧門司港税関ビルだと思う。

建物の中にくどくどとした展示物はほとんどない。屋根まで吹き抜けの空間を楽しむだけの施設だ。これが良い。採光と照明のバランスが考えられているのだろう。おそらく夜に来るとまた違った印象があるはずだ。久しぶりに良いものを見せてもらった。

それでもスポンサーである「税関」のアピールも多少なりとはしたいようで、隅っこの方にこじんまりとした展示があった。官製ゆるキャラもいるに入るのだが、これはどこかでみた記憶が……………いや、官製なのだ。違法コピーというはずがない。他人の空似だろう。ただ、名前がカスタム君とある。税関だからカスタムなのか、税関向けに「カスタム」したせいで、他人の空似状態になったのか?
ちなみに、一気にリアルになってしまうのが押収した不正コピー品(偽ブランドもの)の実物展示で、これはもっと別のところで晒し者にしたほうが良いような気もするが。

旅をする

空港の話

日本にある空港のほとんどは利用したつもりだったが、まだいくつか未利用の空港がある。北海道であれば女満別や稚内など道北の空港で、これはその辺りでの仕事がなかったせいだ。1日の発着便数を考えると旭川空港から車移動したほうが便利がよかった。
島根県の石見空港や秋田県大館空港も利用したことはない。離島となればそもそも行ったことがないので、まだ未利用の空港は20ヶ所以上あるはずだ。
そんな未利用空港の一つを制覇する機会があった。山口宇部空港だ。ただ、この空港が山口市と近接しているかというとかなり怪しい。空港のネーミングはリアルな地名というより、一種の商標みたいなもので冠された名前は地名とは限らない。

そしてこの空港は、我が新税の経験に照らし合わせても最貧弱なアクセス寛容にある。公的交通機関を使った場合、全く不便だ。羽田空港の利便さは例外として、大多数の地方空港では発着便に合わせてシャトルバスなどが整備されている。
この空港はそれがない。近隣の大都市下関からは、予約制の乗合タクシーがあるが、当日利用はできない。空港に隣接する宇部市の繁華街からはシャトルバスがあるが、そもそもその繁華街にアクセスする交通機関がJR西日本のローカル線で山陽本線(これも1時間に一本という低頻度路線だが)での乗り換えが必要だ。おまけに接続が悪い。
シャトルバスに乗り換えるくらいであれば、そのまま列車に乗って数駅先で降りると空港ビル入り口まで徒歩10分くらいだ。せめて駅名を宇部空港前にでもしてくれれば良いのだが、そのような斟酌は全くなく「地名」駅だ。
では、旅行者はどうするのだろうかというと、空港前に自家用車で乗り付けるのが前提となっている。確かに多くの地方空港は広大な駐車場を備えている。同県在住者にとってはそれが最大の利便性確保だろう。し・か・し・だ。観光客の足を全く無視している。レンタカーを使えば良いというのは、随分と傲慢な考え方だ。
単純に観光客を締め出そうとしている、無視しているとしか思えない。観光客誘致をインバウンドに頼るしかないほど、地元の観光振興策が貧弱、脆弱で整備がされていない。知恵もなければ努力もしないと酷評したいところだ。なぜ、こんな場所がNYTに上位で選ばれたのだろうか。不思議だ。
そんなことを考えながら、空港最寄りの駅から歩いてみた。良い天気で歩くのには気持ちが良い。空港脇の公園からは大勢の地元民があれこれと楽しんでいる歓声も聞こえてくる。せめて駅からタクシーにでも乗れれば良いのだが、そもそもタクシー乗り場すらない。やはり観光施策が変な県だと思う。

飛行機の搭乗時間と鉄道の運行時間が全くマッチしていないので、ギリギリの時間だと駅から走らなければならず、そうならないように余裕を持てば空港内で3時間待ちになる。
のんびりと食事でもしようと早めの時間に出かけたら、なんと空港での手荷物受けつけ開始が搭乗時間の1時間前という、これまた変則的に遅い対応で、空港内を荷物を抱えたまま歩き回る羽目になった。
それでも、食堂を見つけ何を食べようかとメニューをみていたら、サンプルケースの中にアニメキャラのフィギュアが置かれている。店長の趣味かと思ったが、それにしてもやたら体数が多い。このアニメの登場地(出撃地)に山口県があったか?と思い返しても記憶にない。そもそも、こいつらは富士山の麓に陣地を構えていて攻めてくる敵をギリギリ防衛する力しかなかったではないか。

不思議に思い空港内を彷徨して発見した。やはり宇部市がの街コラボみたいなことをやっていたのだ。饅頭や煎餅になっていたようだ。関係者の誰かがこの地域の出身者だったのかもしれない。

空港限定グッズも販売されているのだから、相当に力が入ったキャンペーンだっただろう。ただ、その努力は認めるが、空港で大騒ぎをする前に考えることがあるでしょうと言いたい。短期間滞在型の日本人国内旅行客に対しては交通機関の整備対応が第一で、移動の利便性を整えなければ旅行の目的地として最初に「不便」と決めつけられ落とされてしまう。
少なくとも山口県に隣接する各県では空港アクセスや都市間移動にはそれなりの利便性を確保している愛媛県、広島県、福岡県、このどこでも空港に行く足で困ったことはない。もっと高域に広げて岡山県、鳥取県、香川県、高知県全て同じように発着便と連動した都市間交通はできている。

商品が売れないのには売れないわけがある。観光地が流行らないのは、やはりそれなりのわけがあると、観光行政、業界の人は考えないものなのだろうか。