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街を歩く

札幌で一番明るいカフェ

北海道庁前に広がる広場に面して、チョコレート専門店のイートインコーナーがある。これでもかと言いたいくらいの広い空間で、平日の午後であればほぼガラガラという、超絶にもったいないスペースなのだが、そこが最近のお気に入りだ。
大通公園に面したビル3階の喫茶店も日当たりがよく好きだったのだが、いつの間にやらオヤジ的サラリーマンが大量発生するうるさい店になってしまい、最近はすっかりご無沙汰になった。
その代わりの静かな読書スペースとして、この店の存在は貴重だ。

夏でもホットコーヒーを飲むのが習慣だ。アイスコーヒーはほとんど飲まないのだが、例外的にアイスコーヒーにアイスクリームを乗せたコーヒーフロートは、静かな読書の時に好んで注文する。
この店でもコーヒーフロートもどきはあるのだが、チョコレート専門店ということに敬意を表して、ダークチョコの冷たい飲み物を注文した。苦味があると書かれていたが、さほど苦味は感じない。というか、他の飲み物がスーパースイートなので、それと比較すると甘さ控えめというか、ちょっと苦いということらしい。これでも十分すぎるほど甘いと思う。
のんびりと広い空間を独り占めしていたが、いつの間にか満席になっていた。外ではキッチンカーが出動して、何やら夏のミニ・イベントのようなものが開催されていた。そうなれば、席を譲ってさっさと退散するべきだろう。
なかなかゆったりとして明るいカフェを見つけるのは難しい。喫茶店受難の時代だから、こういう店は長生きして欲しいのだが。

旅をする

秘境ダム 北海道筆頭はここだ

隣が町が運営する公園なので簡単に辿り着いた

北海道にあるダムをめぐる旅もおしまいになった。国や北海道の管理下にある一級ダムは観光がてらに訪れるダムファン向けに広報施設なども整備されている。そこに、ダムカードの配布ブーム?によって、国や地方自治体以外のダムを保持する会社がダムカードに参戦したため、来訪者など全く考えていない場所にあった秘境ダムにも行くことになった。
国や自治体のダムは管理者(職員)も常駐するところが多く、建設時に使われた資材運搬路が通勤用として整備されている。ごく普通に自動車でたどり着ける場所だ。

見た目はそっくりな屈足ダム

ところが、一般人が来訪することを想定していないダムには行くこと自体難しい。電力会社や電源開発(旧公社)が保持しているダムで、ここは人里遠くどころか、専用車でなければ辿り着けないところもある。栃木県の奥地にある東京電力のダムは、一般人が車で行くことはほぼ不可能だ。(車を降りて山道を熊の恐怖に耐えつつ歩いていくという手段はあるし、それを実践した猛者もいる)
そして、全くおかしなことだといつも思うのだが、そんな到達困難な場所にある「秘境ダム」のダムカードをもらうには、ダムの写真を撮ってこいという条件がついている。行き着けない場所の写真を撮ってこいというのか? と言いたくなる。

これまでもブツブツと文句を言いながら、それでも山奥の秘境ダムに入り込んできたが、今回は経験的に最大の秘境だった。最後の5kmは舗装道路ではなく、砂利道になっていた。現代の日本で未舗装の砂利道を走ることになるとは想像外の事態だった。おまけに車のナビもグーグル先生も役に立たないというか、目的地がはっきりしない。恐る恐るは走っていたら辿り着いたのが温泉だった。これも秘境温泉というしかない。一風呂浴びてみたくはなるが、そんなにのんびりもしていられない。この温泉には生きているうちにもう一度来ることはないだろうなと感じつつ、敷地周辺にはダムがみつからないのできた道を逆戻りした。温泉にたどり着いた分岐を、道が狭くて奥地に向かっている方向(だから、あまり行きたくなかった)に進み、もう少し走って辿り着けなければ諦めようと思ったところでようやくダムに到着した。

最後の秘境ダム 糠南ダム

ダム自体はロックフィル式の簡素なダムだが、たどり着くのに苦労したこともあり満足感が大きい。ただ車をUターンするのも苦労する狭い砂利道で、秘境感は溢れまくっている。

このあと、街まで降りてドライブインでダムカードをもらうのだが、ダムに行った証明写真は見せずにもらえた。ありがたいやら、悲しいやら。そして、電源開発の担当者に言いたい。せめてダムのホームページには、もっと詳細な地図データを載せてほしい。
とりあえずこれで北海道のダム巡りはおしまい。

食べ物レポート

いつもの花まる

この店ももうすぐ駅改良工事で閉店するのだろうか

お目当ての回転寿司が従業員のコロナ発症で臨時休業となっていた。それは仕方のないことだが、口の中はもうすっかり鮨モードになっていて、他の食べ物を食べる気にならない。そうなると、困った時の花まる頼みになる。昼直前のギリギリのタイミングで、5分ほど待ち時間があったがなんとか無事に席を確保できた。

たまに食べるサーモンはうれしい

とりあえずランチなので鮨の前の注文は控えめで、最近お気に入りの一品だけ頼んだ。サーモンユッケと言っているが、サーモンの刺身を甘だれで食べるような感じだ。これは自宅でもお手軽に再現できる。ただ、その時には、少しお高いサーモンにするのが良さそうだ。スーパーで売っている安いサーモンだと、ちょっととろみが足りない気がする。
卵好きであれば普通の卵の黄身で、それほど卵にこだわりがないのであれば、量のバランスを考えるとうずらの卵が良さそうだ。胡麻ときゅうりは忘れてはいけない必需品で、味のバランスよりも歯応え、食感の変化を出すために重要なのだと思う。プロの料理とは、結局のところ、こうした小さなバランスとバリエーションの純烈組み合わせだと思い知らされる。素人はこれをサボってしまうから家庭料理の枠に収まってしまう。

圧巻のランチで 超まんぷく

ランチの定番は、微妙に値上がりしていた。茶碗蒸しは相変わらずレベルが高い。日替わりというか時間替わりの汁物も満足度が高い。全体としてお買い得なランチであることには間違いないが、値上げと同時にシャリ玉も大きくなった気がする。
自分の胃袋の大きさに変化はないと思うが、半年前には楽々食べ切れていたはずなのに、今回は腹が苦しい。ランチだし、ご飯大盛りサービスみたいな感覚なのだと思うが、シャリ玉の大きさ変える時はメニューに断り書きしてほしい。全国チェーンの回転寿司では、既にシャリ玉小さめを全商品で選べるようになっている。そのあたりのトレンドをお勉強してほしいのだよね。
花まるの鮨(うどんではない)を月に一度たべられれば幸せな人生だと思うのだが、東京の花まるは遠いし混んでるし、色々大変だから、札幌に行った時だけお世話になる。いつもの花まるは人生の宝というものだ。

食べ物レポート, 旅をする

小樽で蕎麦を楽しむ

小樽のぶらぶら散歩の目的地は、なぜか鮨屋ではなく蕎麦屋だった。たまたま目にしたネットの投稿記事が記憶に残っていた。ホームページで店の位置を確認してみたら小樽駅のすぐ近くなので、帰り際に立ち寄って軽く一杯やってみようという気になった。もちろん小樽の絶対定番である若鶏半身揚げは帰る前にテイクアウトでゲットする。ただ、あの揚げたての若鶏を他の店に持ち込む勇気はない。半径10mにいると、若鶏の匂いがわかる。少なくとも蕎麦屋の客に若鶏の匂いをさせるのは失礼だろう。

店内はテーブル席と座敷席に分かれている。よく見ると蔵の壁が座敷の中になる。どうやら石造りの蔵に増築をしたお店らしい。和ダンスや囲炉裏も飾りというより実用品の感じがする。

二枚鷹の羽の家紋はどちらのお家のもんなのだろうか。戊辰戦争後に移住してきたのであれば、東軍幕軍支配地だから、日本海沿いのどこかか東北だろう。調べてみたがよくわからなかった。

蕎麦屋おすすめの日本酒を熱燗で注文した。蕎麦屋のお作法として、当然のようにそば味噌がつけられてきた。これを豆一粒くらいの量をつまみ酒を飲む。どちらかというとお江戸の飲み方なのだと思うが、それを小樽で実践する。おそらく、お江戸の蕎麦屋で修行した方が小樽に店を開けたのだろう。その時にお江戸の流儀をそのまま持ってきた。それが通用するほど小樽は当時の日本の先進都市だったという証明だ。

ちなみに札幌の蕎麦屋で、日本酒を注文したらデフォルトで蕎麦味噌がつく店は、極めて少ないはずだ。蕎麦味噌の代わりに柿の種がついてくる店は何軒か知っている。

そして、最初の注文は「塩ウニ」。「汐うに」と書くこともあるが、ウニを塩でつけただけのシンプルな食べ物だ。仙台の老舗居酒屋でこれを肴に浦霞を飲むのが楽しみだった。それ以来、塩ウニをメニューに発見すると半自動的に注文してしまう。
魚屋で塩ウニを探してもなかなか見つからない。煉ウニ製品はそれなりに出回っているが、塩ウニは作る人が少ないのか、鮮度維持の問題があるのか。とにかく、レアものなので、みたらゲットだ。

うまいものは見た目も美しい もはや芸術

お江戸の老舗では当たり前に注文できる天抜きは、天ぷらそばのそばを抜いたもので、蕎麦つゆに浸った天ぷらの衣を楽しむものだ。油が出た蕎麦つゆも美味い。それの変化形が柏抜きで、柏そばのそば抜きのはずだった。ところが、この店のそば抜きは、それとはまったく別格の「つゆ料理」になっていた。和風スープというべきかもしれない。汁物で酒を飲むというのは、なかなか贅沢なことだ。懐石料理でも汁物が独立した一品であるように、良質の汁物は十分にお値段をとれる。蕎麦屋で蕎麦が付け足しになるという困った現象にもつながるが、美味いものは美味い。

次は食べてみたい「うにとじ」蕎麦 でも、これも「抜き」で注文してみたい

お品書きを見ると蕎麦粉が2種類ある。地粉と普通粉で、いつもの蕎麦屋が食材にこだわり気取ってるなという「悪評」を避けたいということらしい。いつもの蕎麦も、店主こだわりの蕎麦もありますよという、優しい考え方だ。
どうにも蕎麦屋を始める人の中に一定量存在する、求道者というか宗教家というか、蕎麦を神聖視する方達にはついていけない。一杯3000円するそばを食べに行ったこともあるが、その差や価値を理解できるほど自分の舌は繊細ではないし能力不足だとわかっただけだった。
とりあえず、今回は初回ということで、普通の粉のそばを頼むことにした。

普通の粉のそばは普通に美味かった。蕎麦つゆはお江戸の下町系で出汁が強く主張している好みのものだった。蕎麦つゆにネギを入れて、ネギとそばを一本ずつつまみにして飲むのがお江戸のいなせな兄さん流儀みたいな文章を読んだ記憶がある。そんなことをしていたら蕎麦が乾いて団子になるだろうと思ったら、案の定、乾いたそばには日本酒をパラパラ振りかけてほぐしながらつまむのだそうだ。
そんなことを思い出しながら最初はそばを一本ずつつまんだが、ひとしきりそば通を気取った後は、一気に啜って完食した。
小樽の蕎麦は鮨よりうまいとは言わないが、味わうべき名品であることは間違いない。いいお店だった。

食べ物レポート

札幌で博多推し サバ三昧

競馬場で暑さに負けて思考能力が低下し、さっさと帰ることにした。軽い熱中症だったような気もする。ボーとしているので会話をする気も起きない。それでも冷房の入っているレストランでしばらく涼んでいたら、どうにか頭が働き始めた。なぜかそこからまっすぐ帰らずに一軒の居酒屋に立ち寄る羽目になった。いまだに理由がわからない。熱中症ボケだったのだと思う。
その店は売り物が鯖という珍しいお店だった。店内で話を聞いてみると、鯖の店というより博多の名物を食べさせる店だとのこと。なるほど、餃子と鯖の意味がわかった。

福岡の鯖といえば、一択で決まる「ゴマ鯖」だ。福岡名物と言われればあれこれ思い出す。明太子やとんこつラーメンなどはもはや全国的知名度がある。ただ、個人的な好みで言えばこいつに限る。全国あちこちに鯖の名所はあるはずだが、このゴマ鯖を博多以外で見かけたことがない。鯖の生食といえば、どこでもしめ鯖になってしまうからだろう。

メニューを見ても「サバ推し」なのは一目瞭然だが、この鯖も石狩湾で獲れたものではなく長崎から仕入れているのだという。店主のこだわりというものだが、凄い執念というか、たかが鯖、されど鯖なのだろう。

しめ鯖は薄く切られたスタイルで、これもちょっと普通のしめ鯖とは違う感じがする。締め加減はたいへんお上手だった。酢で締めるのではなく塩で締める本格的なしめ鯖で、これは確かに美味い。
ちなみに、札幌の回転寿司屋でも自家製しめ鯖を出す店は多いが、やはり酢がきついところが大半で、そこと比べればこちらの仕事のうまさが引き立っている。

鯖ガリは、しめ鯖と生姜の甘酢漬けをあえたもので、日本酒の肴としては申し分ない。自分のうちでやっても美味いが、市販のパック済みのしめ鯖はやはり酢がきついので、これほど上手には作れないだろう。
昔むかし、自分で釣ってきた鯖をしめ鯖にして食べたことがある。あれも美味かったが、やはりプロのお仕事の方がよりうまい気がする。

全開のサバ攻勢に、何か日本酒のおすすめはとたずねたが、予想に反して福岡の酒はないようで、それでは自分のお気に入りにしようと新潟の名酒にした。ただ、この日本酒選択は良くもあり悪くもありで、軽く一杯飲んで帰るという目論みは消え去り、サバを肴にしっかりと飲んでしまった。日中に続いて体を酷使できるほど若くはないのだがなあと反省しながらついつい飲んでしまう。やはり熱中症の高師匠だったのだろう。
次回は、鯖の嵐に巻き込まれず餃子かもつ鍋にしてみよう。

街を歩く, 旅をする

狸小路 ウエストサイド

札幌の中心地にある狸小路は東西1kmほど伸びる昔ながらの商店街だ。時代に応じてテナントが変わり、街の顔も変わる。1丁目から10丁目まで伸びているが、通常の商店街としては6丁目までがギリギリで、7丁目からはだいぶアンダーグラウンド、サブカル的な気配の店が増える。それ故に夜遊びするなら7丁目だと思う。狸小路からはみ出して、周辺にも個性的な店が散らばっているので、気に入った店を見つける楽しみがある。
その7丁目で見つけたのが、本屋なのかカフェなのかよくわからない店だった。今回は時間がないので店頭を見るだけだったが、次回は是非店内に突入してみたい。東京都内に最近出現した有料図書館みたいなものではないかと推測している。ネットで調べれば「どんな店」なのかはわかるのだろうけれど、やはりこういう怪しい店は自分で行って試してみたい。

看板のおしゃれさが大事だなあ、と思わせるデザインだった。しかし、最近はこういう日本語なしのアルファベットだけという看板が増えたなと感じる。ただ、逆に〇〇食堂とか〇〇屋とか、むかしながらのストレートな店名も新店には多いので、現代的な言語感覚みたいなものは許容度が広いのだと思う。

コロナで止まっていた夏のお祭りも今年はあちこちで再開しているようだが、狸小路の狸祭りも今年はほぼ全開で盛り上がるみたいだった。昼から店頭に屋台を出してビールの販売、つまみの販売などが始まっていた。賑やかな街は楽しい。

ビルが撤去された跡地に臨時のステージが出来上がっていた。ドラムセットだけ置かれていたが、夕方からはライブが始まるらしい。ステージ前のテーブルは審査員席みたいだが、なんだかおかしな光景だ。

7丁目の端っこにあるラーメン屋で遅い昼飯にした。カウンターだけの狭い店だが、昼時はいつでも満員だ。おまけに、この店は女子率が高く、ラーメン好きの体格の良いおっさんと細身の若い女性が並んでいる光景は、これもまたシュールなものだ。入り口から中を除いて空き席があるかを確かめる。店内がかなり暗いので、一心不乱にラーメンを啜っている男女の姿が、何やら宗教的儀式のようにも見えてくる。

この店のラーメンは、数ある札幌のラーメンの中でも、相当にユニークな部類に入るだろう。スープに混じっている香草の香りが微妙にエスニック感を出すのだが、ベースは魚介出汁だ。長ネギの代わりに玉ねぎが入っている。海苔は歯ごたえがガツンとある岩海苔で、麺はもちッとした細めだ。
なんというか、パーツのひとつひとつが札幌標準からはみ出している。ところが、ラーメンとしての完成度は高い、不思議な味わいで、これもまた狸小路7丁目にふさわしい独自性だろう。
3回食べたら旨さがわかる、というタイプのラーメンだ。カルト系とでもいうべきだろうか。もうしばらく通って様子を見なければと思っている。東京でもあまり見かけない尖ったスタイルなのだが、そこが良い。観光客向けではない狸小路のお話であります。

街を歩く

札幌駅で見つけた レアもの

札幌駅にある大きな北海道物産販売店で、頼まれ物の土産品を探していたら、おやまあ的な珍しグッズを発見した。これには、おそらく北海道特産品という意味もないだろうし、製造者もそのような意図は持っていないはずだ。なんか作って見たら地元ではそれなりに定着しています、という感じのあれこれだ。
一つ目は「生冷麦」で、確かにこれはありそうながら、なかなか現物は見つからないという品物だ。素麺の本場というのは日本中に何ヶ所かあるが、冷麦の名産地は記憶になり。それくらい地方色がない食べ物のような気がするし、そもそも食べ物として特徴がない。腰がない干しうどんというのが、一番良くできた説明だろうか。
ところが、この生ひやむぎは腰があるらしい。ネットで見ると稚内の豆腐やさんが作っているようだ。稚内という地、豆腐屋という職業、どちらも冷麦とは縁遠い気もするので、これは開発者の意地みたいな物なのだろうか。

もう一つは、テレビ番組でもたびたび紹介された袋入り調理済み焼きそばだ。「ゆで」と小さく「やきそば」の上に書いてある。これは袋に入れたままで、袋上部を切り取り開けた口からもぐもぐ食べるらしい。
味はついているから、そのまま食べられる。それは良いとしても、せめてレンジアップくらいしないのかとか、具材はなにも入っていないのかとか、ツッコミどころは満載だが、これも地元では人気定番商品らしい。具なしのインスタントラーメンとしては究極の完成形である「チキンラーメン」みたいな物だろうか。
どうやら、そのゆでやきそばがヒットした延長線で開発されたような石炭焼きそば・(ゆで)は、なぜか黒い。石炭と書いてあるからイカ墨調理ではないだろ。しかし、通常の「黒い」で使うのはイカ墨か竹炭だ。この石炭焼きそばは、竹炭の代わりに石炭を使った食べ物なのだろうか。とても気になる。

地域物産販売店を出たあと、ホームで気がついたのは立ち食い蕎麦が営業中だったことだ。コロナの間は、いつも閉まっていた。札幌駅の立ち食いそばは数限りなくお世話になっているが、ここ10年ほどは食べた記憶がない。夜遅いと営業が終わっている。早い時間だと列車待ちの時間で蕎麦をかきこむことも無くなった。
それでも、店の周りに充満する「出汁」の匂いを空腹時に浴びせられると、それはそれはたまらない凶器攻撃になる。中途半端に時間待ちがあり、中途半端に腹が減っていると、たちまち泥沼にハマったように注文してしまう。
そして、食べるたびに「ああ、しまった」と思ってしまう。また、やられたと思う。自制心のなさを後悔する。まさにホーム上の悪魔的存在だ。

この日は、たまたま閉店直後だったので、中の灯りはついているが販売は終了していて、実にホッとした。特急列車の待合せの時など、テイクアウト容器に入れて車内に持ち込む乗客もたまに見かける。あれは、周りの客にとっては強烈な反則技だろうなと思うのだが、コロナのためか、そういう車内飲食も自粛ムードのなっていたらしい。
駅弁すら食べるのに遠慮がいる時代になるとは、まさかこの店の社長も思いもしなかっただろう。札幌発函館行き特急に乗り込み、かけそばと駅弁と缶ビールを持ち込んで、車内で一人宴会をするというソロ旅の楽しみも、すっかり控えなければならない雰囲気なのだろうか。
ホームの駅そばがなくならないように、乗り鉄ファンの皆様にはぜひ応援をお願いしたいなあ。

旅をする

フラノマルシェ ふたたび

北海道では夏・冬ともに人気の観光地富良野に、おしゃれなショッピングモールが開いたのは10年近く前のことだと記憶している。仕事で頻繁に富良野を訪れていた時代には気にもとめていなかったが、冷静に考えるとこの場所はすごいところだと改めて思った。人口2万人の地方都市でこの規模の商業施設が維持できるとは、富良野という街のブランド発信力がすごいのだと感心する。

このトマトのキャラは全く記憶にないので、最近登場したのだろうか。富良野がトマトの産地だったということを初めて知った。にんじんと玉ねぎの産地であるのは知っていたけれど。いつからトマト産地になったのだろう。

人口2万の町にスタバはない。しかし、スタバを超えるおしゃれなカフェはあった。ベーカリー併設だが、空間が広くとられているので居心地が良い。スタバより店内が明るいので、自分としてはこちらの方が好みだ。
どうやら観光客は忙しくて、カフェでのんびりすることもないようだった。反対側にある建物はフードコートになっていて、そちらには若い観光客が行列を作っていた。

カフェとファストフードと土産物店・地域物産店という組み合わせは、典型的な「道の駅」パターンだが、富良野には道の駅がない。民間商業施設が、道の駅の役目を果たしているというべきか。いや、本来は民間施設が道の駅のような働きをして、自動車移動の利用客を取り込まなければいけないのだろう。
残念ながら施設の建設費用を公的補助に頼り、運営ノウハウが足りないまま寂れてしまう道の駅も全国でたくさんみてきた。官営事業であったJR(旧国鉄)もNTT(旧電電公社)もJP(旧郵便局)も、民間化されてからまともな商売をするようになった。個人的には、道の駅も運営会社を完全に民間して、ブランド育成をする本部機能を作り、もっとまともなサービス業に転換すれば良いのにと思うのだが、その実例がまさにこの「マルシェ」なのだ。
コロナの2年間をどう対応してきたのかを思うと頭が下がるが、インバウンドに頼らない観光産業として、関係者にとって学ぶべき点は多いのではないか。美味しいコーヒーを飲みながら、そんな難しいことを真面目に考えておりました。

街を歩く, 食べ物レポート

つなぐ横丁ではしご酒

札幌駅西側の高架下は現在新幹線工事のため改装が始まっている。5丁目はすでに閉鎖され、愛用の店も無くなってしまった。6丁目はまだ健在で、「つなぐ横丁」も元気に営業していた。札幌駅で落ち合った年長の友人と、このつなぐ横丁を訪れた。
屋台が立ち並ぶ横丁の雰囲気を模しているので、簡単にハシゴ酒ができるのが良いところだ。一軒目は博多の屋台風の店で博多名物とハイボールを楽しんだ。隣にあるたこ焼きとハイボールの店も気になったが、二軒目は松本からやってきた焼き鳥屋にした。

焼き鳥番長という。つけだれで焼き鳥を食べさせるなかなか珍しい店だ。焼き鳥については色々とご意見のある方が多いのだが、このツケダレ焼き鳥はぜひ一度ご賞味いただきたいものだ。埼玉県東松山の辛味噌をつけて食べる焼き鳥(焼きトン)もうまいが、このつけだれは相当な実力者だ。地元ではスーパーで販売されるほどポピュラーだそうだ。

塩で焼いた串をつけだれに自分でつけて食べる

番長発祥の地は上田らしい。つなぐ横丁本店は松本にあり、そこにも一度食べに行った。次は上田本店に行ってみなければ、などと店長との話を聞きながら思った。会話は相当な時間続いた。屋台的な店の良いところだろう。

信州の酒を特別に置いているというので、日本酒を注文した。一番のおすすめはなんとワイングラスで出てきた。それ以外の銘柄も特製徳利というか片口もどきで提供される。ノンベイの趣向をそそるにくい演出だった。ついつい値段も聞かず注文したので、会計の時にちょっと痛い思いをしたが、それもまた屋台な飲み方経験だろう。

大信州は、東京の酒屋でもなかなか手に入らない。札幌ではレアというか希少種だろう。地元の酒蔵を贔屓にした店が、屋台横丁の中に何軒もできてくれると、いながらにして全国漫遊みたいな気分になれるはず。はしご酒の聖地として長く続いて欲しいものだなあ。

食べ物レポート

たまには高級店で焼き鳥

この店は本当に美味しいと思います

焼き鳥は大衆酒場であるべきだ、などと偉そうにいうつもりはない。料理としては串に刺した肉を焼くというシンプルなものだが、直火で焼き上げるというのが家庭ではなかなか難しい。だから、どちらかというと専門店で食べる類の料理だ。
そのあたりはラーメンや蕎麦と似ている。簡単な食べ物でありながら、プロの技を感じる。そして、自分の家で作ったものより、プロの店が圧倒的にうまいという「技術優位」の料理だ。
ただ、その技術の上に素材の力を載せてくると、大衆料理が高級料理化してしまう。屋台の簡便食だった握り寿司が、いつの間にか銀座の高級店になってしまうというのが典型例だ。だから、一旦高級化した大衆料理は、必ず反動で再大衆化という価格破壊コンセプトに逆襲される。銀座の接待向け寿司屋に対する反発は、回転寿司チェーンの興隆という結果になった。
ただ、焼き鳥屋にも似たような動きがあるかというと、これがちょっと違ってる気がする。確かにお高い焼き鳥屋はあるのだが、たくさんあるわけでもない。やはり庶民の味としての感性が「お高い」店を嫌がるのだろう。逆に低価格焼き鳥ははどんどん拡大してチェーン店化することが多い。北海道の串鳥、大阪の鳥貴族など、それぞれの地域では大ブランドだ。

つくねが芸術的

それでも、たまに高級焼き鳥屋に行ってみると、あれこれ学ぶことも多い気がしている。たとえば、店内に煙がこもっていないとか、客層にカップルが多いとか、若い層は少ないとか、当たり前のようなことだが低価格チェーンとは違った景色が見える。
つくねが柔らかくうまいのは高級店の特徴だ。鶏肉も肉自体がうまい。焼き鳥以外のメニューに刺身があったりする。ただ、こういう店を使うときは一人で来るのはよろしくない。やはり、商談をするとか、いろいろお世話になった人と会うとか、それなりの理由が必要だ。
一人焼き鳥は自分の好きなものを好きなだけ頼めるのが良い。しかし、こうした高級店で社交的な活動をするのであれば、飲み物との取り合わせとか食べる順番とか色々と考えなければならない。それを苦行と見るか、生きていく上での修行と考えるかが、高級店を楽しむ境目かも知れない。
まあ、本音を言えば高級店は何を食べても美味しいから、一人飲みに行きたいのだけれど、接客レベルが高すぎて一人客を黙って放っておいてくれない。それが困る・・・というひねくれ者なので。