Blog

食べ物レポート, 旅をする

帯広の真打は

帯広で何を食べると聞かれたら、迷わずカレーと答える。ほぼ全国区になった名物「豚丼」を差し置いて食べたいものが、カレーというのもなんだかさみしいものがあるが・・・・。この店のカレーは実に好物なので仕方がない。カレーは日本全国どこにでも有名店があるが、その名店を探し回ってあるくほどのカレー好きではない。
やはり、この帯広のカレー店が特別に好きなのだと思う。

帯広では郊外型の店がほとんどのようだが、街の中にも一店だけある。飲み屋が固まっている一角に近いので、おそらく締めの一品として人気があるのだろう。しかし、飲んだ後の締めにカレーというのは、締めラーメンよりヘビーな感じもする。

いわゆるどろっと系のルーカレーで、味は濃厚。辛味は後からじんわりと効いてくるタイプで、具材ゴロゴロ系ではない。どちらかというと全てが煮溶けている。ルーを楽しむカレーだから、ご飯は普通盛りを注文しても多めに感じる。いや、実際に盛りの量は多いはずだ。薬味はセルフで好きなだけ乗せる。いつも思うのだが、カレー屋で食べる福神漬けはどうしてこんなに美味いのだろう。

ルーの違いとトッピングのあるなしで多少変化するが、基本的にはカレー専業店だから注文するのに迷うことはないはずだが。これもいつものことで、まずはルーの選択には迷ってしまう。トッピングは、その日のお腹の減り具合で決めれば良いが、ルーの選択が悩ましい。たまたま今回はチキンカレーが売り切れていたので、迷いの選択肢が減っていてホッとした。それでも、結局は悩んでしまい無駄に時間がかかる。注文したのは、定番のインデアンルーだった。全く進歩がない。

チェーンのカレー店といえば愛知県出身のブランドが有名だが、どうも今ひとつ自分の好みとしっくりこない。カレーは家庭の数だけバリエーションがある食べ物なので、専門店のカレーだからと言って、必ず気にいるかというとそうでもない。うまいまずいというより、合う合わないの相性が大切な食べ物だ。
その点からして、このインデアンのカレーは相性ぴったりなので、できればお江戸周辺に出店してもらいたい。それが無理であれば、少なくとも同じ北海道内ということで札幌にお店を出してもらえませんかねえ、社長さん。
豚丼は札幌でも食べられるが、このカレーはわざわざ帯広に行かないと食べられない。それがちょっと悲しい。

食べ物レポート, 旅をする

いちごと生姜の甘いもの

今年の夏旅は、3年ぶりの高知だった。あれこれ考える前にとりあえず飛行機に乗って旅してみるのが良いなとつくづく思った。そんな高知の旅で、一番印象に残ったのはいちごのケーキというのも、これまた珍しい体験だと思う。

風工房のジンジャーエールといちごショートケーキ

久礼港の横にある道の駅が開いたのは5年ほど前だった。そこにおしゃれなカフェがある。イチゴを使った洋菓子のお店に併設されている。町の人ばかりではなく、わざわざ遠くからケーキを買いに来るファンもいるそうだ。
元々はイチゴ農家のおばちゃんたちが手探りで始めたお店だと聞いている。道の駅が開設された時に引っ越してきた。いまでは道の駅以外でも販売するほどの成功を収めているそうだ。
生姜農家と提携した商品も開発されていて、ジンジャーエールがおすすめらしいので試してみた。名前の通り、生姜がしっかりと感じられる飲み物で、まさにこれがジンジャーエールというものであるという感じがする。瓶詰めにされているジンジャーエルとは全く別物だった。
定番のイチゴ・ロールケーキと合わせれば、まさに至福の時間だ。隣の席では家族連れが、大盛りのパフェを楽しんでいた。美味しいお菓子は人を幸せにする力がある。地元でとれる夏イチゴはそろそろ終わりになるらしく、色々と新商品も開発中とのことだった。

試作品として「炭入り」ケーキをご馳走になった。見た目は真っ黒だが、舌触りは滑らかであっさりとした仕上がりという感じだった。甘さも控えめで、炭粉の効用もあるらしい。濃い茶色のチョコレートケーキはよくみるが、真っ黒のケーキはインパクトがある。この試作品も既に新商品として発売されているはずだ。
漁師町のイチゴ・デザートというのは、なかなか微妙な感じもする。が、実食してみると、ケーキは繊細な味であり、かつ素朴な雰囲気を持つという素晴らしい仕上がりだ。鰹のたたきを楽しんだ後の、お口直しには最適だと思う。
この町で暮らせる人は幸せだろうなあ。

街を歩く

締めの蕎麦屋

長逗留した今回の札幌だが、最後に何を食べるか、ちょっと迷った。あれこれ考えてはみたが、絶対にこれだというものが見つからなかった。短期滞在であれば、いくつか思い浮かぶのだろうが・・・。
結局、いつもの蕎麦屋に行って、いつもの盛りそばにしようと思っていたのだが、いざ店に着いて注文すると気分が変わった。
しばらく食べていなかった納豆蕎麦を注文した。納豆とたくあんの千切りが乗った蕎麦は、お江戸ではあまり見かけない。ただ、これをビピンパのようにグチャグチャに混ぜて食べる気にはならない。納豆と蕎麦をつまみながら食べる。海苔と蕎麦をつまみ食べる。そんな感じでトッピングを別々に楽しむのが自分の流儀だ。
それが正しい食べ方?なのかどうかは知らない。納豆蕎麦の食べ方作法なるものがあるとも思えない。随分長い間、そうやって食べてきて、特段の不都合は感じていない。

このごま蕎麦屋は街中の支店がビルの再開発などでだいぶ減ってしまった。それでも自分の行動半径の中ではまだ何店か存続している。実は長年通っていながら、まだ食べたことのないメニューがたくさん残っている。少なくとも死ぬまでにはあれこれ試してみたいとは思うのだが。なかなか盛りそば以外に手が出ないのは、チャレンジ精神が足りなくなってしまったからだろうか。かわりネタで鮭チラシとかカニしゅうまいが載っていたりするし、海老天蕎麦もいまだ食べていない。
しかし、よくよく考えれば学生時代からずっとチャレンジ精神が足りていないので、盛りそばと納豆蕎麦しか食べていない。今更ながらと思いつつ、次回はカレー南蛮にしようかなとか思い始めた。そうだ、納豆蕎麦とダブルで注文してみるか。始める前から無謀な試みのような気がする・・・。

街を歩く, 食べ物レポート, 旅をする

名店は凛々しい

駅前の一等地と思ったが、人通りは意外と少ないので行列は目立つ

帯広の街を久しぶりにのんびりと歩いた。というか、飽きるほど歩いた。仕事の出張できた時は、夕方ホテルに入って、その後食事をするときくらいしか街を歩いていない。薄暗い時間だから記憶も曖昧だし、コロナの後でランドマークも変わっていたりする。
時間があるので街を行ったり来たりしたが、記憶していたより随分コンパクトな街だった。おまけに飲食店は閉店が目立つ。地方都市の中心部は衰退する一方なのだが、帯広も例外ではなくなったようだ。そんな帯広中心部に今でも行列のできる名店がある。

黙食は、観光客には厳しいか

お江戸でも老舗と言われている店は、店内が明るく清掃が行き届いていることが多い。蕎麦屋や天ぷら屋に、そういうこざっぱりとした雰囲気の店が多い。残念ながら町中華では、雑然とした、あるいは油染みた店が多いので、老舗とはいえ2度と行く気にならない店もある。
清掃だけではなく接客、客あしらいにも同じような気配がある。従業員の背筋が伸びたような姿、立ち振る舞いなど厳しい指導がなければ出来上がるものではない。神田の老舗そばで接客を受けた後、自宅近くのファミレスに行くと、その差は歴然だ。
その老舗の「凜とした」雰囲気が好きなのだが、この店も店内をマネージする女ボスがいて、的確に指示を出している。白い制服に身を包んだ若い女性従業員は、なんとなく看護師を思わせるキビキビした動きだった。昭和っぽい「優秀なる職業婦人」みたいな言葉が脳裏をよぎる。けして「キレキレのキャリアウーマン」みたいなカタカナ言葉は思い浮かんでこない。老舗の凄さは料理だけではないという証明だった。

肉の枚数が一番少ないやつがこれ

丼飯の上に乗った豚肉四枚。濃い味付けで、米をうまく食べるために作られた料理だと思う。某お茶漬けのりの宣伝のように、一心不乱に米をかき込み最後の一粒まで完食して、腹をさすり満足する。そんな料理だが、完成度、満足度とも実に高いレベルにある。
どんぶりとしては決して安くはないが、価格に見合った価値、そして価格以上の満足感という意味で、やはり老舗の力は発揮されるのだろう。
「凛」としたお店はすっかり減ってしまい、代わりにフレンドリーでコンテンポラリーな店は増えた。それが悪いことだとは思わないが、寂しい気分であることも間違いない。

食べ物レポート

鳥せいの若鶏

帯広に行ったら(あるいは十勝のどこかに行ったら)寄りたい店がある。カレーのインデアンは絶対定番だが、もう一軒は「鳥せい」だ。初めて行ったのは鹿追町の支店だった。農協の方と実に楽しい酒を飲んで、その時、鳥のうまさに感動した。「鳥せいうまい」という、いわゆる刷り込みが起きた。以来、鳥せい=Must Go マスト・ゴーという連鎖記憶になっている。
その後、富良野の支店にも行った。同じように満足した記憶が残っている。ただし、どの店に行っても鳥を食べた記憶と旨かったという記憶が残っているだけで、何を食べたのかは覚えていない。これはほとんど鳥せいマジックとでもいうしかない。

今回はしっかり何を食べたか記憶に残そうと事前にサイトでメニュー確認をした。そうしたら、なんだかメニューの数が思っていたより少ないシンプルさだった。あれれ、という感じがした。やたらバラエティーがあると思い込んでいたようだ。

とりあえずビールではなく、熱燗を頼んだ。冷たいビールをぐびぐび飲むのも良いのだが、注文した鳥が仕上がるまでには時間がかかる。ビールを頼むと、鳥が来るまでに腹が膨れてしまいそうだ。

鳥半身の直火焼きが到着した。追加で注文したのはお漬物だけ。酒も最初に一口飲んだら、あとは黙々と鳥を食べる。まずはもも肉を食べる。仕事柄、鳥の骨の位置は熟知しているので、骨付鳥を食べる時には何の問題も感じない。どこをどういじれば骨が外れる、身がほぐれるとわかっている。元・鳥屋のとても稀に発揮されるライフハックだ。
もも肉を片づけたあとは、手羽をむしる。骨になるまでしゃぶり尽くす。そのあとは手羽元からその付け根の胸肉を食べる。実は、ここが鶏肉では一番うまいパートだ。個人的な意見かもしれないが、この胸のつけね根部分には、旨味成分を感じるアミノ酸の量が一番多いという科学的検証もされている。(・・・はずだ)
15分ほどかけて、皿の上には骨しか残らない。口の中の油を漬物でさっぱりさせて、鳥半身完食となる。しかし、次は何を食べようか、という気分にはならない。もはや満腹中枢が満足しきっている。ほぼ肉だけで腹が一杯になっているので、気分は肉食動物の食後に近い。要は、あとは何もしないで寝るだけという気分になっている。
ここでようやく気がついた。鳥せいでは鳥半身直火焼きを食べて、そこでエンドになっていたのだ。他にある串焼きなど食べるだけの余裕がない。胃袋の隙間がなくなっていたから、鳥せいのメニューには大満足と勝手に記憶が書き換えられていたのだろう。
疑問は解消できたし、満足度は高い。できれば自分のうちの近くに支店が出てくれないものだろうか。などと思いながら、ほとんど飲み残していた熱燗をちびちび飲んでおりました。

旅をする

駅と空港とシンクロ

この広告を見つけたのが、札幌から埼玉に帰る直前だった。このお話「銀の匙」は好きなコミックだったので、展示会を見に行きたかったなあとつくづく残念に思った。今回は長逗留していたので時間はたっぷりあったはずなのに、帰る前日に気がつくとは、運がないというか縁がないというのはこういうことだろう。このお話はアニメ化もされたが、原作の少年コミックの出来が良かった。
難しくいえば、受験に挫折した優等生が、反抗と逃避の先として十勝の農業高校に進学する。そこで拗ねまくっていたはずが、いつの間にか農業体験を通し、友人たちのとの関係再構築で解放されていく。挫折からの回帰と成長という「少年コミック」の王道だった。簡単に言えば、農業大好き少年の誕生物語でもある。
そこで、あれこれ考えた末(札幌滞在を伸ばす選択肢もありだったが)思いついた。日程変更をして帯広経由で帰ることにしてみた。展示会は見られないが、現地?に行ってこの物語の舞台で同じ空気を感じるのはどうだろう。良い思いつきではないかと納得した。思考回路がどこかで飛んだような発想だった。

帯広まではJR特急利用で2時間程度。石勝線が開通して以降、本当に道東への移動は楽になった。おまけに高速道路も開通したので、帯広は自動車移動を含めて札幌からは日帰り圏になった。東京であれば新幹線移動で仙台に行くのと同じ感じかなと思う。

朝早い特急とかちで帯広に着いたのは、まだ午前中だった。これまた鉄道旅お約束の駅名表示を写真に撮って気がついた。よく見ると記憶にないのが隣の駅名だった。北海道の駅名を全部覚えているわけではないが、聞き覚えがないのはなぜだろう。

高架ホームを降りた駅の一階には、観光案内所があり、幸福駅をモチーフにした可愛らしいものだった。ただ、幸福駅のブームは昭和中期だったはずで、今ではどんな人たちが幸福駅(跡地)を訪れるのだろうか。そもそも幸福駅の存在を知っているのか?などど、あれこれ疑問が浮かんでくる。
ひょっとすると幸福駅は今でもインスタ映えする風景として、再ブレイクしたのかもしれないな?などとあれこれ勘ぐってしまった。

北海道各地のJR基幹駅はおおよそリニューアル、再構築が完了している。札幌駅を筆頭に函館、旭川、帯広などJRの各駅は現代風の商業施設に代わった。ただ、逆にレトロ感を残している釧路駅や小樽駅の方が、個人的には好ましいのだが。
屋外温度計の目盛りがプラスは30度代というのは理解できる。北海道の最近の夏は暑いからだ。しかし、マイナスが30度代というのは、北海道でもあまりないだろうなあ。この街が夏冬で温度差が60度近くあるということで、いやはや、すごいことだ。

帯広からの帰りは、帯広空港からになる。便数が千歳便ほどの数はないので空港内もどちらかというとのんびりした雰囲気がする。大都市圏以外にある各地の空港もこんな感じがする。

北海道の馬というと道産子と呼ばれる日本原種に近い小型の馬を想像することが多い。が、実際に北海道で一番活躍したのは骨太で体格の良い農耕馬であり、競馬で見るサラブレッドのような、すらっとした走るための馬ではない。
爺様が生きていた頃は、馬を飼っていた。本物の馬を間近に見る機会があった。うっすらとした記憶でしかないが、北海道であっても馬の現物を見て育った世代の最後だろう。そんな農耕馬のレプリカ?が空港の入り口に展示されていた。
札幌で見損ねた農業高校生のお話の展示会を、一コマだけだが帯広空港で見ることができたような気がした。帯広でのシンクロ率はそこそこ高かったようだ。
でも、9月になれば「こちら」で展示会が見られるのだ。もう一度、現地に来るべきなのか? 悩ましいなあ。

街を歩く, 食べ物レポート

札幌の真ん中で 古きもの

札幌市内中心部、ランドマーク中のランドマークであった4丁目プラザが現在建て直し工事中だ。それでも、4プラ・プライドとでもいうべきか、工事中の囲いに「4」のマークがある。これは粋な計らいというものだろう。

その向かいのパルコだが、開業当初の「文化」を売り物にする商業施設として持っていた、テーマ性というか思想性は、もうかけらもないのかと言いたくなる。俺のパルコを返せと言いたくなる最近の変容ぶりだ。確か、札幌のスターバックス一号店をオープンしたのはパルコだったと思うが、あのイベントが最後の抵抗だったのだろうか。
おしゃれだったレストラン街も今では回転寿司が入るようになってしまうのだと嘆きたくなる。それも郊外ではローカル回転寿司に押しまくられているナショナルチェーン店なのか。他人事ながら、なにやら無念な気がする。吉祥寺のパルコでは回転寿司を許せるが、札幌ではやめてくれというのは、我ながら自分勝手だなと思うのだが。

そんな都心部でのあれこれ、自分勝手な感想を腹に収めたまま、ちょっと町外れの超伝統居酒屋に出かけた。変わらないものを感じたくなったせいだ。だから、これも超定番の料理を食べることにした。

基本的にこの居酒屋は酒を飲むところのはずだが、蕎麦や飯が充実しているので、締めとは思えない「ガッツリ定食」を食べている客を見かけることがある。串カツは、飯にも酒の肴にも合う万能料理だと思うが、世の居酒屋では意外と提供するところが少ない。それだけに、この店の串カツは名物になるだけの値打ちがある。
ところが、この店にによく行く友人から「串カツが名物というが、それは本当か?」と聞かれた。どうやら、この店の常連客は、串カツを名物とは思っていないらしい。
何やら不思議な気がした。しかし、やはり名物で良いと思う。昔ながらの豚肉と玉ねぎが交互に挟んである、カリカリ衣の串カツは偉大だ。最近チェーン店で普及した、一口サイズの大阪串カツとは違い、まさしくご飯のおかず系の一品だ。
頼めばソースも出てくるが、ここは自分スタイルで醤油をかけて食べる。昔から醤油で食べるトンカツが好物だった。串カツもソース味は捨て難いが、やはり好みは醤油味で、タルタルソースなどという軟弱系は使わない。
まあ、時代の流れと共に昔風のスタイルは廃れるし、それを維持しようとすると頑固者とか意固地とか言われるのも仕方がない。自分がそんな言われ方をする歳になるとは思っていなかったが、これも人の世のならいというもので、そんなことを言っている君たちもあと何十年かすると同じ羽目に会うのだよ、と心の中で悪態混じりに呟くのであります。串カツには冷の日本酒がうまい、というのも古いかな。

立て直しが完了した4プラでは何が楽しめるようになるだろう。

旅をする

小樽をそぞろ歩きする

映画に出てきそうな光景だが、これは歴とした小樽駅構内の建造物だ。まあ、正直なところ、映画のセットのような感じではあるのだが。復元というかレプリカというか、どちらにしても観光客を喜ばせる良い演出だ。
観光都市に演出は欠かせない。街をどう見せるのかは、映画の監督や舞台の演出と同じ創造的なお仕事だろう。

小樽駅は昔ながらの低層ビルで、これが背の高い駅ビルになると観光都市としての景観を破壊するのは間違いない。現在も小樽駅前に立つ中層のショッピングビルやホテルが、どれだけ駅前の景色を邪魔しているか、小樽市の観光担当は都市計画を見直しした方が良いと思う。
隣の大都市札幌では、街の成長を放置したため景観地区すら作れなかった。観光業を育てるグランドデザインがない街の典型だと思っている。観光客が勝手に抱く北海道幻想にただノリしてるだけで、北海道への観光客を募るイベントなどもまだまだ足りない。その反面教師ぶりを小樽市は学ぶべきだろう。

小樽駅から海岸沿いにある運河に至る道は、こうした観光案内がおかれている。そぞろ歩きを楽しむためのガイドとして重宝している。隣の街もこれは見習ってほしい。ただ、今のご時世はスマホのマップアプリの方が10倍役に立つかもしれないが。

小樽市内には石造の古い建物があちこちに残されている。今でも現役で使われているかどうかはっきりしないが、取り壊されることはなさそうだ。建物の前に設置されている「このビルは旧〇〇社が使っていた・・・・」みたいな説明文を読むと、持ち主は金融関係が多く、いかに当時の小樽が金融の街、つまり商売の街だったのかがわかる。
日本海は決して裏日本ではなく、大陸貿易との表航路だったということだ。このあたりの認識は東京中心の明治政府でも持ち合わせていたはずだが、いつの間にか日本海航路は見捨てられた。東海道ベルト地帯には良港が少なかったはずだが、おそらく「船」の性能向上のため、太平洋側航路が比較的安定して使えるようになったからだろう。
日本海沿岸地域を「裏日本」と呼ぶのは、明治政府とそれに引き続く敗戦後の民主日本がおかした、文化的経済的蛮行というべきだろうか。東海道ベルト地帯は空襲で都市が焼き払われたこともあり、歴史的景観を保存できなかった。結果的に産業都市地帯であるのは、観光地帯になれなかったことの裏返しということだろう。焼け野原に文化を再建するだけの余裕がなかったとも言える。

木造の建物も数多く立ち並ぶ観光ストリートでは、ガラス細工の店が賑わっている。沖縄でも米軍統治時代に、コカコーラの空瓶を原材料に始まった沖縄ガラス製品が、今ではすっかりおしゃれな観光土産になっている。小樽のガラス製品も、もともとは漁業で使う網の浮き玉製造が始まりだった。今は実用品ではなく美術工芸品が並んでいる。技術の進化というより、商売のやり方を変えたということだ。

ノスタルジーと現代的なデザインが入り混じった、不思議なガラス製品が建物ごとに並んでいる。似たような製品でも、建物ごとにテーマが異なり、微妙にデザインが変わっている。隣り合った建物をハシゴしてみて回る仕掛けが心憎い。

今回は、涼しげな音色の風鈴を手に入れた。お江戸の風鈴とはデザインも違い、音色も違う。ちょっと低めな高音(変な言い方だが)がする。お江戸の金魚の絵が描かれた風鈴(自分の思い込みイメージ)はチンという金属的な高い音がする。小樽の風鈴は、それよりも少し低音で、もう少し響きが長い気がする。チィ〜ンン みたいな感じだろうか。
風鈴は手作りだから、ひとつひとつ音色が違うので、デザインと実際の音を聴き比べてお気に入りを選び出す。その過程がまた楽しいものだった。
そぞろ歩き、散歩の楽しみとは、こんな細々とした作業?の組み合わせにあるのだね。

書評・映像評

シンクロニシティー

シンクロニシティーという言葉をたまに感じることがある。共時性と訳されるようだが、関係のない二つのことが意味を持ったように同時に起きること、みたいな理解をしている。偶然の一致という方がわかりやすいかもしれないが、そこに偶然ではない何か意味がありそうということだ。
今年の夏のシンクロニシティーは、たまたま読み始めた「歴史小説」と「コミック」だった。小説の方は積読のまま2年以上放置していた。コミックは題名を勘違いして、一巻目を手にしてしまった。読み始めたのはほぼ同時期で、しばらくして同じ場所の物語だと気がついた。

コミックはすでに連載が完結し、今年アニメ化された作品だった。舞台は和歌山県北部、和歌山と淡路島の間の海峡にある小島だった。小説の方は、最初の舞台が広島と愛媛の間につながる瀬戸内の島で、村上海賊の本拠地だったが、話の流れで大阪南部でおこる本願寺戦争に移る。そこで登場するのが、泉州海賊の一味。その本拠地は淡路島の向かいにある和歌山北部で、海峡の島を通る商船を商売の種にしている。

小説もコミックも早いテンポで話が展開する。ハラハラドキドキの良質のエンタテイメントだが、どちらも主人公は若い女性で、それも性格的に突き抜けているというか元気印が歩いているような「豪傑姫」だ。周りの男が霞むような存在感がある。

コミック「サマータイムレンダ」は、ごくたまに少年ジャンプが生み出す極めて良質の物語で、現在ダラダラと超長期化しているダメな連載(これも初めの頃は良質エンタメ作品だったのになあ)とは決定的に異なる。どんでん返の連続で、スピルバーグ作品を見るような疾走感がある。

和田竜作品「村上海賊の娘」はコミック化もされているが、これは是非とも実写版で映画化してほしい良質の時代劇なエンタテイメントだ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/306882/

夏休みの読書感想文が宿題だった時代に、こんなエンタメ作品があれば、感想文を書くのも楽だったのになあとしみじみ思う。この歳になってとは思うが、本を読んでその舞台になった場所に行ってみたい(いわゆる聖地巡礼というやつだ)と思わされた。
良い作品には読み終わった後も惹きつける魅力があるということだろう。アニメの放送が終わってしばらくしたら、この島を訪ねてみるのも良いかと思う。今の時期は、アニメファンに囲まれて小さな島めぐりをすることになるのでちょっと気が引ける。冬になってからひっそりといくのが良いのかもしれない。
今年の夏のシンクロニシティーは、良い旅の始まりにつながることを期待しよう。

街を歩く, 食べ物レポート, 旅をする

富良野で味噌ラーメン 初体験

旭川のラーメンは札幌のラーメンと違う。どこが違うと言われると、ちょっと困るが、スープは魚介系のことが多い。麺は多加水でもちもちして、硬めの麺のことが多い。スープの表面をたっぷりと油が覆っている。このあたりが旭川ラーメンの特徴だろうか。札幌の味噌に対して旭川は醤油というのもよく聞く話だ。
その旭川ラーメンの店が、富良野にあった。富良野には延々と仕事で通っていたのだが、ラーメンを食べた記憶は全くない。だから、今回は富良野でラーメン初体験ということになる。富良野にご当地ラーメンというのもなさそうなので、ここが富良野のラーメン・スタンダードと考えて良いのかも知れない。定かではないが・・・。

メニューを見ると、定番は醤油みたいだが、そこがはっきりしない。店名のつく熊っ子ラーメンを頼めばよかったのだろうが、この具沢山のラーメンは意外と苦手なのだ。あれこれ迷っても仕方がないので、困った時の味噌ラーメン、できれば野菜追加ということで「味噌野菜ラーメン」を注文した。

普通に美味しいラーメンで、文句をつけるところはない。まさに味噌ラーメンのゴールデン・スタンダードだった。個人的嗜好として、海苔増量、めんま増量などは試してみたいところだ。
最近では豚骨味噌ラーメンが主流になりつつあるラーメン界で、こうしたシンプルな味噌味は好ましい。いや、大好物だ。満足してごちそうさまだった。

食べ終わって気がついた壁の張り紙。おそらくコロナ前のバスツアー全開時期に、向かいのフラノマルシェに来たツアー客があれこれトラブったせいだろう。北海道弾丸ツアーであれば、滞在時間20分ということもあるらしいので、ラーメン注文して食べられないということもあったはずだ。それも今や昔の騒動という気がする。そのうち、また観光客が戻ってきたら、この張り紙も役に立ちそうだ。

ちなみに札幌〜旭川は東京〜静岡みたいな距離感で、ぎりぎり日帰り可能圏だが、札幌〜函館は東京〜名古屋に近いので日帰りはほぼ不能。札幌〜釧路は一泊の行程にしても厳しものになる。それを函館インで旭川経由釧路行きみたいな弾丸ツアーが存在するのが「北海道・団体旅行あるある」。道民はそんな移動はしないけどねと思っていたら、高速道路が伸びたのでかなり日帰り範囲が広がっているそうだ。