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街を歩く

競馬場は酒を飲みにいくところ

競馬場では、この人の気配が無くなったパドックが好きな場所だ。ここに観客も競走馬もいないということは、レースが始まる直前で、俄然場内に緊張感が高まっている時ということになる。
風景としては、綺麗なもので、おまけに色々と想像を掻き立てる場所だ。競馬場に行って馬券を買いもしない人間としては、競馬場の楽しみを競馬ファンとは違う視点で見つける事になる。

まず、競馬場の楽しみの一つとして、場内に入ったら最初にフードコートを目指した。これは仕事柄の興味もあるが、とにかく暑い日だったので飲み物が欲しいと思ったからだ。そして見つけたのが、このビールスタンドだった。
唐揚げとビールだけで商売をしているようなものだが、なぜか狭いカウンターの中でビール係と唐揚げ係がいるようで分業というにはあまりに無駄な気もしてしまう。きっとピーク時の備えた配置なのだとは思うが、これまた色々と職業的な視点で考え込んでしまった。ビールはサッポロ黒ラベルに決まりだ。苦いのがはっきりしていて札幌の気候によく会ううまいビールだ。

ビールを飲んで落ち着いたの後はスタンド内を散策したが、馬券を買う人たちの行列やら場内を移動する子供連れやら、なかなか障害物が多い場所だ。意外と短時間で消耗してしまった。久しぶりの人の波に疲れてしまった。すかさず休憩場所を探す。(この間も馬券を買うことはないので、こちらの方が邪魔者だという意識もある)

全国的には大阪の「風月」が有名だと思うが、こちらは全く関係のない札幌ブランドの「風月」だ。というか、札幌市民は東京や大阪で鶴橋風月を見つけると、札幌から支店が出ているんだと思う(正しくは誤解してしまう)くらい、札幌では有名なローカルブランドだ。お好み焼きと焼きそばのデファクト・スタンダードと言って間違いない。だいたいのひとにとって、高校生の頃に刷り込まれ、一生抜け出せない「沼」ブランドだと思う。

行列を作って注文するが、客席はそこそこ空いていて、席探しに手間取ることはない。ただ、昼過ぎには空席待ちの行列もできていた。競馬場で食べるお好み焼きはなかなか美味いものだ。特に、客席がオープンカフェ的な作りなので、気分的にはおしゃれな感じがする。

ただ、注文したお好み焼きが出てきてびっくりした。四角いお好み焼きは初めてみた。おそらく座布団くらいの大きさのお好み焼きを一度に焼いて、それをカットしたものが出されるのだと思う。周りのテーブルに一斉にお好み焼き配送が始まったから、一度に10人前くらいは焼きあがるのではないだろうか。
イタリアの学生街で、ピザを似たようなやり方で売っていたのを思い出した。その店は1m四方くらいの四角いピザを焼き、注文された重量に応じて正方形にカットして量り売りをしていた。ピザは5−6種類あるので、違うトッピングのピザなを100gずつ買うというような使い方をされていた。日本的にいえば、コロッケパンと焼きそばパンを買うみたいな感じだろうか。盛岡の福田パンのような感じだった。
お好み焼きとピザだから、粉物で焼き物という点では似通っている。作り手として、似たような発想になったのだと思うが、食べ物の世界でも平行進化というのはあるらしい。

すでにビールは飲んでいたので、これも地元札幌の日本酒メーカー「千歳鶴」を注文してみた。昔は、居酒屋でもこの1合ガラス瓶の銚子で日本酒(燗酒)が出てきた。当時ガラスの色は透明だったが、酒の飲み始めの時期だったので、とっくりではなくガラス瓶で出てくる酒は中身が確認できてなかなか合理的だと思っていた。
そのころは、一合といいながら、中身は7割くらいしか入っていない安居酒屋が横行していたので、正一合という言葉に意味があった時代だった。しかし、いつの間にか緑のガラス瓶銚子に代わっていたのだな。

お好み焼き以外にも、居酒屋使いとしては十分なメニューになっている。こういう「鉄火場」でありがちなぼったくり価格でもなく、普通の居酒屋価格だろう。やはり地場の外食産業は、普段使いのお客さんの目があるから、怪しい商売はできないに違いない。健全な商売人は、いつものお客さんを裏切らないという良い例だ。

テラス席のレストランと考えれば実に気持ちの良い場所だった。ちょうどレース場の反対側にあるので、ビールを飲みながらレース観戦というわけにはいかない。(そのような場所は某有名ホテルのレストランが入っていた)
ただ、競馬場に行って馬券を買わない変な人間にとっては、レストランの外に広がる札幌の景色、手稲山方向の緑を楽しむ方がよほど重要だ。
やはり、札幌の競馬場は夏の気分を楽しむ屋外レストランとして使うのが良さそうだ。(極めて個人的な感想で、本格的競馬ファンにこれを強制するものではありません)

街を歩く, 旅をする

最近の土産物?? 

べこ餅 2種

JR札幌駅の西改札を出て正面右側に、北海道産品を集めた見本市のような土産物屋がある。厳密にいうと、地場の人たちが普通に食べたりしているものもが並んでいるので、土産物屋というとちょっと違うかも知れない。
その菓子コーナーの一角に「べこ餅」がひっそりと並んでいた。以前にも書いたが、べこもちのルーツはおそらく岩手だ。岩手県からの北海道移住者が持ち込んだローカル菓子が、いつの間にか北海道全域に定着したのだと思う。北海道人の多数は、もはやこの菓子のルーツを知らないらしい。独自の北海道文化だと思っている。そんなものが北海道には無数にある。移民ゆえの劣等感や望郷感の裏返しで、「北海道独自」文化を言い募るのは、北米大陸の文化と似ているといえば言い過ぎだろうか。
さて、この菓子の名前の由来だが、黒白の二色が牛の色を想起させるから、べこ餅というのではと思う。米粉でつくる甘い菓子だが、一番近い和菓子はスアマだろうか。串団子の団子が甘く味付けされているという感じもする。
それが、どうやら北海道開拓開始150年を迎えて、進化を始めているらしく「くるみ入り」べこ餅が並んでいた。そのうち、ハスカップ入りとかラズベリー入りとか黒豆入りとか、急速にバリエーションが増えそうな気もするが・・・。おそらく大本命はチーズインべこ餅になるだろうと、密かな予想をしている。これは期待の土産菓子新製品だ。岩手ルーツの北海道育ち。まさに、北海道独自製品と呼べる一品・・・になってほしい。

旭川土産としては有名らしいのだが、これまで名前しか聞いたことがなかった。現物を初めてみた。知り合いからお土産に注文されたので探しに行ったのだが、簡単に発見した。なかなか面白い菓子だ。
一言でいえば「ぬれ煎餅」ならぬ「濡れクッキー」だ。生地がしっとりというか、ぐっしょりというかシロップでやわらかなくなった感じだった。丸々齧るより、指でちぎって食べるのが良さそうだ。味は、定番がチョコ、そして進化版がホワイトチョコ。その後にナッツブームで生まれたらしいアーモンドとラインが広がった。そして最近では、いよいよ真打ち登場ということでチーズが投入されたようで、全4種類野良インアップだ。四枚入りの小箱で販売されているのも、今風のお土産トレンドに合わせている。よく考えられた商品だなと感心した。
個人的にな思いだが、旭川土産としての一番は、りんごが丸々そのまま一個入ったパイがおすすめなのだが、どうやらテレビ放送に出たあとは売り切れが続いているようで、それは次回に調達するしかない。
お土産業界もそろそろ新潮流で業績回復を狙う時期だから、新製品が楽しみだなあ。

食べ物レポート

この一杯の充実感

今回は飛行機に乗る前から、この店のラーメンを食べる気で満々だった。何かきっかけがあったわけではないが、札幌に行って何を食べようかと思った時、ぱちっとスイッチが入った感じだ。
それも思い浮かんだ脳内映像は、白いスープの上に浮かぶ赤い梅干だった。ラーメンを味ではなく、色彩で思い出すというか、記憶しているというか、我ながら変な思考回路だと思うが、味ではなく色の記憶は忘れないものらしい。

この季節なので冷やし中華がメニューにあった。北海道的には「冷やし中華」ではなく「冷やしラーメン」と表記するところだが、それでもこの店の冷やし麺を見たのは始めてだ。おまけに、その隣には何やらヘンテコな(個人的感想です)名前のラーメンが載っている。この店は定番だけで十分戦闘力があると思うが、何か新しいことをしてみたいのかな。ひょっとすると、東京あたりの中華チェーンの影響なのかもしれないが、価格を見るともはやラーメンの域を超えそうになっている。これでいいのかなあ、と不安になる。

結局、冷やし中華のメニューを見て脳の中で変な回路がつながり、注文したのは冷たいビールだった。ラーメンが到着する前にぐびっと半分ほど飲めば、さぞかし熱いラーメンも美味くなることだろうということだ。

あー、これこれと思う。濃厚なスープに硬めの細麺というベース。それに胡麻とキクラゲの食感がコリコリ系なので、麺と絡むと食感のバラエティーが余計強くなる。チャーシューは焼肉というより煮豚で、それもトロトロに仕上がっている。濃厚なスープの中で、この食感違いの食材が混在している。単純にラーメンと言ってはいけない、実に計算が尽くされた麺料理だと思う。これが食べたかったのだ、と満足感は大きい。

カレーラーメンのメニューがテーブルの上に置かれていた。これも食べたら美味いとは思う。店主の力作なのかもしれない。でも、やはり注文するのは定番の塩味になってしまう。
もしこういうバリエーションを増やしたいのであれば、追加ペーストで味変みたいな方向にしてもらえないものだろうか。それであれば、きっとお試し注文するのになあ、と定番大好きオヤジラーメンファンは思うのであります。

旅をする

旅の始まりはいつもグッズ選び

ワークマンのソロキャン用ボストンバッグ 使い勝手良し

旅をするたびに、何がしか新しい道具、ツール、グッズを試すのが楽しみにしている。今回の旅グッズは新作ボストンバッグだった。ワークマン製でソロキャンプの道具を一式入れることができる大容量だが、キャスターと背負子がついているので、場面に応じてゴロゴロと引き摺り回したり、リュックのように担ぐこともできる。そして、機内持ち込みできる最大の大きさなので、航空機旅にも使いまわせるという優れものだ。ちなみに重量は通常のキャリーケースのほぼ半分という軽さだ。ワークマンのサイトを見ると、どうやら女子向けらしい。それを今回はお試ししてみることにした。3−4日の旅であれば楽勝な容量だろう。

みなとやの肉蕎麦はもはや出発前の儀式

旅の始まりに羽田空港で軽く昼飯を食べることにした。メニューは迷うことなくラー油蕎麦だ。ただ、空港価格というべきか「軽く食べる」というお値段ではないので、最初に食べた時は良かったが何度目かになるとちょっとお値段として厳しいかもしれないなあ。うまいけど・・・。

珍しく機内から写真を撮った。搭乗口から滑走路に出て離陸するまでの写真をあれこれとって見た。普段であれば、このタイミングはそろそろ昼寝を開始する頃だが、今回は空に飛び立つまで窓の外の景色を見ることにした。なんだか、気分は小学生が夏休みで祖父母の家まで一人旅をするような感じだった。

改めて見れば滑走路というのは実に広大なのだな、とあまり意識をしたことのない事実に気がついた。滑走の幅いっぱいに人が何人も広がって、滑走路の端から端まで異物が落ちていないか目視で確かめる作業の話を読んだことがある。この滑走路の広さを見ると、気が遠くなるような作業だと改めて思った。一般の人にとって2キロ近く直線を歩くという経験はないだろう。

そして、2時間弱のフライトのあと、JRで1時間移動すると、そこはもはや北国で爽やかな夏の日だった。夏の東京と札幌の一番の違いは、残念ながらもはや気温ではない。蒸し暑さだ。暑い日の札幌は首都圏の都市とほぼ同じ気温だ。だが、決定的に違うのは湿度で、首都圏のサウナ状態とは違う。からりとした暑さで、風さえ吹けば体感的には圧倒的に涼しい。日陰にはいれば、その暑さも一段と和らぐ。
夜になれば気温も下がり、窓を開けて寝れば快適快眠間違いなしだ。個人的な感想で言うと、日中の暑さは我慢できる。夜さえ涼しければ、そこは避暑地だ。
と言うことで、今年も北国での避暑計画を実行したのだが、あまり思惑通りにはいかなかった気もする。避暑第二弾はどこに行こうかと企む気力は・・・もうないなあ。

旅をする

三笠でお宝

ちょっと長い前振りだが、自分の趣味、嗜好の範囲について、何やら関連の薄いものを浅く広く変なことばかりという指摘を受けた。確かにその自覚はある。仕事柄で食べ物関係はそれなりに詳しい。外食、食品関係は専門だから食材や味、レストランまで各地のバラエティーメニューを含め知識と興味はひろいし深い(はずだ)。
逆に、よくひとさまの話題に上るスポーツやエンタメ系は全く興味がないので知識量は幼稚園児にも劣る。野球もサッカーもオリンピックもスキーもスケボーもサーフィンも興味なしと断言できる。
偏った好みの題材としては、SF関連が小学生以来の一貫した大好物で、スターウォーズはいつも熱く語る自信がある。宇宙ものアニメもそこそこ詳しい。その延長で現代兵器や近代戦記もよく調べたりする。最近では戦国時代の軍制や兵制に興味がある。
正しい趣味(笑)では旅好きが高じて「鉄道」「神社仏閣」「名城」巡りが自分なりの王道・メジャーなところだが、それに加えて全然一般的ではない「ダム」巡りと、素人ウケしない「博物館」探訪がある。
特に博物館で好みの題材が「恐竜」と「航空機」で、これは国内だけにとどまらず海外にも足を伸ばしたくらいの筋金入り(自称)だ。スミソニアン博物館は圧巻で丸一日堪能したが、福井の恐竜博物館は世界で一番楽しいところだった。
その博物館好きとしては、傲慢にも北海道には面白い博物館はない、と思い込んでいた。それはとてつもない過ちだと今回は反省することになった。

北海道三笠市、昔は石炭産地として有名だったが、今では全て閉山しているはずだ。自分の記憶にあるミカサとは、アンモナイト化石が噴出する場所で小学生が社会見学で化石掘りに行くところというものだった。
だから、アンモナイト展示場があることは知っていた。ただ、不覚にも一度も訪れたことがない、というか行った記憶がない。学生の頃にどこかで大量にアンモナイト化石を見た記憶はあるが、それはこの場所ではなかったようだ。

展示室に入ってまずはびっくり、そしてそのあとは感動した。よくも、まあ、こんなに化石が勢揃いしてくれているものだ。掘り出した人も偉いが、クリーニングした人も偉い。人の手仕事は素晴らしい。という感動だった。

大型の化石は直径が1m以上のものがある。古代の海洋では、こんな大きな貝(のようなもの、貝モドキ)が泳いでいたのだ。アンモナイトは今のイカやタコの親類に近く、浮かびながらおよいでいたらしい。

アンモナイトも生息していた時期により殻の巻き方や大きさに違いがある。ただ、こうして一斉に並べられると、ただただ圧巻というか化石好きにはたまらない。どこかの博物館には、殻に歯形がついた化石も展示されているはずだ。高速で泳ぐアンモナイトを追いかける魚竜やサメの先祖、みたいな古代闘争シーンの絵柄が思い浮かぶ。

子供の時に、このアンモナイト化石を見ていたら、なんだか違う人生を歩んだような気もしてきた。ひまさえあれば山に入りこみ、ひたすら石を割り続けて〇〇年みたいなディープな世界だ。

今回のアンモナイト以外の学びは、三笠で出てきた恐竜化石の正体だ。でてきたのはティラノサウルス系の恐竜ではなく、恐竜の親戚の魚竜らしい。世の中には恐竜のことを大型のトカゲと思っている方も多いが、恐竜類と爬虫類は別系統だし、海にいる恐竜(鯨みたいな陸棲から海棲に戻ったもの)と、恐竜とは違う海棲爬虫類に近い魚竜みたいな差があることも知られていない。
まあ、恐竜類の進化検証はどんどん新しくなっていることもあり、10年前の知識が否定されることもたびたびある。最新の分析では、ティラノサウルスの表皮は鱗ではなく毛で覆われていたらしい。もふもふのティラノはあまり怖そうではないなから、ジュラシンクパークも新設に合わせて改作される(?)かもしれない。
そんな最先端の恐竜学の知識を得るには、意外と博物館が便利なのだということも、今回改めて学んだ。歳を取っても恐竜のお勉強は続けなければなあ、と思ったミカサ博物館でありました。

街を歩く, 旅をする

ススキノの風景 考察してみる

札幌ススキノのランドマークといえば、例のニッカウイスキーのおじさんということになるのだろう。その隣にあった商業ビルが立て直し中で、この前来た時は解体作業をしていた。と思っていが、今回は鉄骨が組み上げられていた。次に来る時は、外壁が仕上がっていそうな気がする。その工事中のビルの囲いに面白い広告看板がついていた。
普通に考えると、どこかのホストクラブの宣伝だと思ってしまう見かけだが・・・。

どうもこれはホストクラブチェーンの広告ではなく、ススキの全体の人気取り作戦みたいなのだ。確かに、この2年半でススキノは散々な目にあっている。全国の酒場で似たようなダメージがあったはずだが、ススキノは札幌における飲み屋の寡占度が高すぎるから、ダメージも閉店数も極めて高い。

そもそも、平時であってもススキノはオーバーストアーで年間にどれだけの店が閉店していくかを知れば、コロナに対する抵抗力が微弱なのも無理はない。実際の経験として、10年も経てば自分の使っている店がほとんどなくなってしまうというのがススキノのリアルだ。
だから、自分の店の存続を願うだけではなく、ススキノという街を訪れる人が増えることも気にかかるのだろう。だからこれはなんだか切ない広告なのだ。

しかも、この三王子が語りかけるのは、女性とは限定されていないようだ。ジェンダーレス社会の到来という、社会変革の視点も合わせて持っているらしい。(勘ぐりすぎか?)
なので、王子の言葉が胸に響く「男・女・人間」はススキノに来てね。お酒を飲むだけではなく、美味しい食べ物もあるよ、というノンアルも含めたお招きなのだ。
全国の飲屋街でも似たような動きがあるのか気になるところだが、個人的な予測として、この手の感度の良い動きは札幌特有の先進性ではないだろうか。
こういう広告を作るアートディレクター、コピーライターとは、ぜひ一度ご一緒に仕事をしてみたいと思う。
昼間のススキノを歩いていて、酒を飲んでもいないのに色々と考え込んでしまった。

街を歩く

古代写真発見した お盆に思うこと

たまたま出かけたショッピングモールの広場で写真展をやっていた。何気なく覗いてみたら、なかなか楽しい写真が並んでいた。昔の札幌の街の風景だった。

どの写真も現在の札幌市内の風景が思い浮かばないと、見ても楽しくないだろう。明治の写真を見せらて、これは懐かしい光景だと思う人がいないだろう。1960年代の街並みを思い出せる人は既に老境に入って久しいはずだ。中高生が見ても、ふーん、何これで終わりそうなものだ。
だから、この写真展はよろよろと街にさまよい出てきた高齢者以外にとっては、古代の恐竜の復元図みたいなものだろう。などと、自分の歳を棚に上げて、ついつい笑ってしまった。企画した人と会って、開催意図をぜひお聞きしてみたいものだ。
などと辛口の意見を書いたが、展示場には80−90年代以降の懐かし写真もあったから、もう少し若い世代の方も懐かしさを感じられるようにはなっていた。

この写真展と同期するかのような、レトロ感漂うラーメン屋がモールの地下にあり、こちらはお気に入りの店なのでついつい思い出してしまった。気になって、つい店先まで行ったが、どうにもラーメン一杯を食べる元気が湧いてこないので、写真だけ撮って帰ってきた。ちょっと残念で、お店には申し訳ない。次回は必ず炭鉱ラーメン食べるぞ。
改めて思うが、確かに昭和中期は既に歴史的なものになっている。カメラが大衆化しはじめた時代なので写真自体は数多く残っているが、それを懐かしみ楽しめる人間がどんどん墓場の中に入っていく時期になったことも間違いない。懐かしの「古代写真」を簡単にみる機会は今後げって行くのだろう。少なくとも観客減少で開催は難しくなりそうだ。

街を歩く, 旅をする

小樽を逆サイドから歩く

JRの駅に貼ってあったポスターを見て、ふと小樽に行きたくなった。ただ、このポスターのような海の見える坂道からの光景を見たかったわけではない。海沿い、運河沿いの街を歩いてみたくなった。ちょっと変わった散歩をしたくなっただけのことだ。

観光客であれば小樽駅で降りるのだろうが、散歩客?なので、小樽の一つ前の駅で降りた。ここから小樽駅を目指すのは観光として見ると逆コースかもしれない。ただ、散歩道としては、小樽駅からの往復にはならないので、こちらのコースの方が良いと思う。
この駅は小高いところにあり、駅舎を出てから坂道を下っていくと、小樽の観光地のはずれにつく。オルゴールやガラス細工の店が並ぶ、小樽屈指の観光スポットだ。夏休みに入ると人出がぐっと増す。それでも平日の昼前であれば、混み具合もたいしたことはない。たまに聞こえてくる西日本訛りの日本語で、ああ観光客が戻ってきたようだと思う程度だ。あれほど蔓延っていた、外国語を話す観光客は壊滅したままだった。

石造の倉庫や洋館を改造した土産物店は、隣の大都市札幌にはないもので、歴史の風格みたいなものを感じる。小樽が昔は経済の中心地だったことの証だろう。こういう歴史的建造物をただ保存するのではなく、再活用する術はもっと他の町でも活用されると良いのだが。

そんな小樽の筆頭名物が「若鶏の半身揚げ」だと思っている。テレビ番組でよく流れる海鮮丼みたいなものは、道外から来た人に任せておけば良い。どう考えてもぼったくりとしか思えない高額丼を平気で食べることができるローカルピーポーなど存在しない。少なくとも自分には無理だ。
若鶏半身揚げは、庶民のご馳走だ。冷静に考えると、某フライドチキンチェーンのチキンよりお高いのだが、なぜかお買い得感がたっぷり感じるのは身贔屓でホームタウンならではの「盛った評価」だという自覚はある。
しかし、美味いものは美味い。ただ、駅からちょっと離れたところにいきなり半身揚げの自動販売機を発見した時は、ここになぜ?という疑問でいっぱいになった。
それでも衝動的に半身揚げを買ってしまいそうになったが、今日は帰りに揚げたてを買って帰るのだという散歩のルール(?)を思い出してなんとか止めることにした。

半身揚げの横には、揚げ物オンリーみたいな自販機も並んでいた。一体、こんな人通りも少ないところで、何を考えて設置しているんだろうとは思うのだが、きっと現地の人の中には、わざわざ買いにくる客がいた入りするのだろう。
ちなみに、この自販機に書かれている手作り惣菜NAMARA Eは、なまらいーと読むのだと思う。なまら(とてもの最上級)良いにかけた言葉だろう。オヤジギャグとして割り引いて考えたとしても、だいぶレベルが低いが、笑ってしまった。

小樽の洋菓子店ルタオと北一硝子が作る商店街というか買い物ストリートは、年々延長していくようだ。このままで行くと小樽駅前まで切れ目なく繋がる気もする。まさに健全な観光地は増殖していく。

北一硝子は小樽運河観光の最大スポット兼ランドマークだから、基本的に小樽観光の起点と思って良いだろう。漁具の浮き玉や石油ランプの製造会社だったものが、今では北海道屈指の一大商業施設になっている。

工場見学もできるらしい。すごいことだ。ただ、夏は暑いだろうなあ。

知らないうちに札幌の名喫茶店可否茶館もここに出店していた。確かにオシャレ感覚で言えば、札幌の街をはるかに超える場所だけに納得の立地だ。

昔の貿易会社や金融関係の建物が、こうした土産物屋に変更されている。昭和の中期には古くなったと無造作に立て替えられたり、壊されたりしていたが、今では観光施設としてしっかり再生されている。

こんな風景を眺めながら20分ほど歩くと小樽の街中になる。屋根のかかったアーケード街はだいぶくたびれた感じもするが、それも今では小樽観光の重要パーツとして働いている気がする。
旧倉庫群を明治、アーケード商店街を昭和の遺産としてテーマに合わせてデザインし直すと良いのになと思うが。観光都市としてのグランドデザインを描くのは市の責任だろう。都市デザインがどこまで考えられているのか。地方都市にとって税金の有効活用とは、街を甦らすことに尽きると思う。それに反対する人も少ないだろうに。

一駅分のお散歩だが、古き商都を歩くのは気持ちが良い。微妙に坂のあるところが、街の表情の変化につながっている。札幌市内中心部は凸凹のない完全平面なので、坂道のある街に行くと不思議な感覚になる。
旅先と言えるほど遠い街ではないが、散歩の気分が変わるのが嬉しい。ぶらぶら街歩きを兼ねて、年に何度かは訪れたい街だなあ。  

街を歩く

札幌競馬場 20年ぶり?

たまたま競馬好きの友人に誘われて、暑い札幌競馬を見に行くことにした。競馬場ではパドックを回っている馬を見るのが一番楽しいような気がする。競走馬も性格が色々で、この準備段階から鼻息が荒そうな馬もいれば、走る気なんてないんだよという気だるい雰囲気を漂わせる馬もいる。それを見るのはなかなか素敵な経験だ。馬券を買うために興奮している人を見るよりよほど良い。

競馬場の中に観音様がいるというのも初めて知った。お供えが人参というのは、いかがなものかという気もするが。天寿を全うできる競走馬は数少ないだけに、人の娯楽のために頑張ってくれたお馬さんは手厚く供養してあげるべきだろう。しばらくここにいたが、誰も拝みにはこなかったが・・・。

ひょっとするとパドックを回っている競走馬より、この人の群れをヒューマンウォッチングする方が楽しいのかもしれないなと思わせる光景だ。ギャンブルという魔物の凄さというか、人間の遊びにかける情熱がひしひし伝わる。と言えばカッコ良いが、ギャンブルはギャンブルだから、自分のお金をかけている分だけ仕事よりよほど真剣みたいだ。

ゴール前の直線に広がる芝生は、ほとんどピクニック広場に変身しているなあ、と感心しながら見て回っていたら、本当に弁当持参でくつろいでいる人たちがいた。競馬場の楽しみ方も色々だ。
確かに札幌市内の都心部にこれほど広大な敷地があるのだから、競馬開催日以外にも野外活動の場として開放してくれないものだろうか。レース場内の空き地でクラシック・コンサートでもやれば、競馬に対する世の中の見方も変わるかもしれないのに。あとは、ウマ娘ではなくヒト娘をリアルに走らせてみるとか、コスプレレースにしてみるとか、違った楽しみがあっても良いかもしれない。良いお天気の中、あまりにも暑すぎて変な妄想をしてみた。

駅弁

駅弁 伝統 美食?

函館の駅弁が札幌で手に入る。なんとも不思議な感じがするが、札幌駅の大きな土産物屋で札幌の駅弁ではなく函館の駅弁を販売している。どうやら、朝一番で移送してくるらしい。昼前には売り場に何種類かの函館駅弁が並んでいる。
前々から気になっていた、「みがきニシン」の入った駅弁を今回は選んでみた。みがき弁当と書いてあるが、これは身欠き鰊(干したニシン)を甘辛く煮たものを指しているようだ。
二心を甘辛く似たものが乗っているニシン蕎麦は京都あたりでよく見かける。江戸期の日本海航路全盛時代に生まれた「ニシン物流」の落とし物だ。ところが、ニシンの物流発信地である北海道では、ニシン蕎麦をあまり見かけない。そもそもニシン料理が少ない。塩焼きと切り込み(ニシンの塩辛)、それに昆布巻きの中身くらいしか思い浮かばない。
北海道日本海側の地域では、ニシンは売るものであって食べるものではなかったのだろうか。だから、この弁当は原住民の土着食というより、観光客に対してのイメージ戦略メニューみたいなものなのかもしれない。

弁当の蓋を開けると、数の子と身欠きニシンが前面に敷き詰められている。駅弁らしいというか、シンプルというか。ただ、この全面におかずを敷き詰め、下の白飯が隠されて見えないタイプの駅弁には名品が多い。山形米沢の「牛肉どまんなか」や広島宮島の「あなごめし」など、この系統の絶品だ。どちらも、ただただ無言で飯をかきこむうまさ、究極の駅弁のひとつだ。
だからこの「みがき弁当」もルックスからすれば期待値は高い。最初の一口を数の子から行くかニシンから行くかちょっとだけ迷う。やはり、ここは「みがき弁当」なのだから、「みがきニシン」の煮物から始めたい。
実食すると、身欠き鰊の煮物は甘さは控えめで、身はほろほろと崩れる柔らかさだった。もう少し固いかなと思っていたが、現代的なアレンジでは柔らかさが重要だろう。味付けも昔食べていた「甘辛い濃厚味」ではなかった。上品というか薄味というか・・・・。個人的にはちょっと物足りないような気もするが、意外とこれが白飯とはバランスが良いような・・・。微妙なところだ。
続いて数の子を食べる。これもプチプチ感が命の数の子だが、しっかり歯応えがあり満足できる一品だった。ただ、これも予想外に塩味が控えめで物足りない気もする。強い塩味のおかずで白飯を大量に書き込むというスタイルは、もはや遠い昔ということらしい。
一番塩味が強かったのが大根の漬物だった。やはり、函館の漁師風な味つけはすっかりマイルドになってしまったらしい。港町の駅弁といえば、カニやイクラや鮭といった海鮮大スターに占拠されているが、この身欠き鰊のような渋い役で固めた古典作品は捨て難いよな、などと最後に取っておいた漬物を齧りつつ、感慨に耽るのでありました。身欠きニシン、うまし。