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街を歩く

銀座でおきなわみやげ

いきなり、突然に、何の関連もなく食べたくなるものがある。普段であれば、口の中の水分を全吸収する脱水系食品は好まない。クラッカーとか、スコーンとか、小麦製品で、かつ水分少なめなものがその典型だ。米粉製品で言えばソフト煎餅もそれに該当する。
その脱水系商品として類似商品であるドーナツも好んで食べはしない。なのだが、なぜか突然「沖縄のドーナツ、サーターアンダギー」が食べたくなった。人生の中で数えるほどしか食べた経験のない、レアな食べものなのだが。
近場のスーパーで普通に売っていると思ったが、スーパーを三軒回ってみたのに見つからなかった。仕方なく、オールドファッションなドーナツを買って食べたのだが、やはり口の中で感じる食感や味に納得できない。こうなってしまえば仕方がない。沖縄に行くぞ、となればすごい気合いなのだが、サーターアンダギーを買うためだけにそうはならない。
手近の沖縄、銀座にあるアンテナショップに行くことにした。そうして手に入れたのが、沖縄産のサーターアンダギー(プレーン)だ。全く知らなかったのだが、サーターアンダギーもフレーバー拡散が起きていて、同じ商品棚に「黒糖」とか「コーヒー」とか「紅芋」など何種類も並んでいる。
そこは、やはりオリジナルというか純正品志向で行くしかないので、プレーン(わざわざそう書いてある)を手に入れた。

子供のゲンコツ程度の大きさで、丸まったドーナツのような外観をしている。ガブリと齧り付くと、パラパラと生地がこぼれていく。思っていた通り、生地は水分が少ない。表面がドーナツのように砂糖まみれになってはいないので、ほんのりとした甘さだった。予想通り、口の中の水分はほぼ100%持っていかれる。究極の脱水系食品だ。
普通に美味しい素朴な味だった。これまであまり食べてこなかった理由は何だったのだろうと悩むほどだ。おそらく「脱水」のせいだと思うのだが、味は全く問題なしだ。しかし、この昔懐かしいお菓子が、なぜ手近なスーパーで売られていないのか、それも不思議なのだが。あんドーナツは売っているのになあ。

ちなみに、わした舘では軽食コーナーで揚げたてのサーターアンダギーも売っている。一つだけ食べるのであれば、そちらの方が良いかもしれないよ、とシーサーくんも言っておりました(幻聴かな)
やはり次は現地に行って、弁当屋でサーターアンダギーを買ってみよう。地元スーパーのジミーズでも売っていそうだなあ。

食べ物レポート

うどん屋で飲む

和歌山出身のお店らしい

昔の仕事仲間と久しぶりに恵比寿で会うことになった。地元民がよく知っている「たこ公園」の近くの店だという。勝手知ったる恵比寿なので、なにも考えずに出かけてみたが、予想外に店を見つけるのに手こずってしまった。ビルの入り口とGoogleマップの表示が違っていて、おまけにお店の入り口はビルの入り口と関係ない位置だった。
タコのオブジェがある公園のまわりを10分ほどうろうろしてしまった。ようやく辿り着くと、店内は若い方達でいっぱいだった。夜にうどんを食べにくるのがこんなに流行っているのかと感心してしまったほどだ。
自分の中には、うどんとそばの店はなかなか夜の商売が厳しいというイメージがある。だから大体の蕎麦屋は夜になると居酒屋化する。うどん屋は居酒屋んいはなりにくいのか、うどんすきのような「贅沢ごはん」に変身するという思い込みがあったのだが。
どうやら今では、軽く一杯飲んで「現代風トッピングうどん」を食べるというのが定番らしい。うどん屋が居酒屋化したというより、ビストロ化したという感じだろうか。

次は昼に行って素うどんを食べてみたいなあと思わせる一品だった

締めのうどんはすだちうどん、冷たいやつだった。ビジュアルも良いがサッパリ系の柑橘味で青ネギたっぷりなのが、関東圏ではみられない「違ううどん文化」だとわかる。ツルツルいける細麺がお腹に優しい。
太麺も選べるのだが、そちらにすると武蔵野うどんっぽくなるかもしれないので、あえて細麺にした。

料理の選択はお仲間に任せて、出されたものは美味しくいただくというお大尽な飲み方をした。最近は自分であれこれ料理を選ぶのは「一人飲み」の時にすれば良いと思っている。
年代の違う方たちとご一緒するときは、自分の好みではなく、彼らの好みを学ばせてもらうことにしている。そうでもしないと、注文するものは◯十年変わらないワンパターンになってしまう。人生、生きているうちはお勉強だ。

コースの注文だったので、実はうどんに辿り着くまで、あれこれと料理が出てくる。懐石っぽい料理の組み立てだった。なるほど、こうすれば「うどん屋」でも酒が楽しめるのか、と感心した。(今更だが)
恵比寿の街もゆっくりと変化しているのを実感したタコ公園の夜だった。

街を歩く

高知の柑橘 ぎっち、うまいき

「ぎっち、うまいき」が正しい高知の言葉遣いであるか自信はないのだが、聞きかじりの高知弁学習では「たいへん、おいしい」というような意味があったと思う。発音的には「ぎーっち、うーまいきぃ」を早口で言う感じだろうか。英語的なイントネーションが高知弁の特徴であるとも感じている。高知弁は英語に続く第二外国語と思い聞き覚えていたものだ。

最近、柑橘果汁を調味料としてよく使うようになった。スーパーで簡単に手に入るレモン果汁は、あまり香りが好みではないので、スダチやカボスなどの果汁をあちこちで探しては買い漁っている。
地域により栽培されている柑橘の種類が違うこともあるが、それ以上に果汁に加工する工程で味の差が出るようだ。
高知県はゆず、すだちの生産量は多いはずなのだが、それほど「柑橘産地」として有名ではない。その高知県に直七という超ローカルな柑橘がある。確か高知県西部、宿毛周辺だけで採れるすだちの変異種だったと記憶している。
その直七果汁を、一時期仕事で使っていた。自家製ドレッシングにこれを使うとすだち以上の強い香りが立つからだ。商談をしたのは高知県の地産外商課(当時)経由だったと思うが、極めて希少な柑橘なので問屋ルートに商品が乗っていなかったためだろう。そんなことをふと思い出して、高知県アンテナショップまで足を伸ばしたら、今でも販売していた。
これを使って食べる鰹のタタキはとてつもなく美味いのだが、お江戸で手に入る鮮度の落ちた鰹では楽しめない。「カツオ」の魚体が固く締まっている鮮度の良いものでなければいけない。豊洲市場経由のカツオでも、例えそれがお江戸近くの千葉産であれで焼津産であれ、すでに身が柔らかくなっているものがほとんどだろう。まして、海なし県埼玉で手に入る鰹は、残念ながら何とも言い難いレベルだ。(これでも高知県と仕事で関わりがあったこともあり、なかなかカツオにはうるさいのだ)

カツオやとれたての魚と合わせる柑橘果汁として、これはもっとローカルな品種「ぶしゅかん」の果汁も発見した。
「仏手柑」と漢字では書くはずだと記憶していた。が、この漢字表記の柑橘類はどうも高知県の「ぶしゅかん」と違う発音で「ぶっしゅかん」と読むらしい。ネットで調べた情報では、『仏手柑』は柑橘の一種らしいがバナナの房みたいな形をしている。
「ぶしゅかん」は現地(高知県中西部)では庭先に植えてあって、実がなればそれをもいできて使うという「自分のうちにある当たり前」のもののようだ。高知の知人にはわざわざ金を出して買うほどのものでもない、とも言われた。
そのぶしゅかんの味だが、これは柑橘果汁としてかなりクセの強いものだと思う。柑橘特有のシトラス香に加えて、一種独特な青くさい香りがある。搾汁の時に皮に含まれる成分が移るのだろうか。ただ、その香りがたまらないとも思う。
しかし、このひと瓶は柑橘果汁として相当にお高い部類に入るので、気軽にお試しできる価格とは言えないが、白身魚(タイとかヒラメ)にはよく合う。レモン果汁よりは絶対に美味いと(個人的に)思っているが、どこにでも売っているわけではないのが難点だ。

そんな高知産品を販売している高知県アンテナショップは、入り口でちょっと大人めな(青年というよりおっさんくさい)龍馬さんがお出迎えしてくれるが、今は某連続朝ドラで「まきのさん」が熱烈展開中ということもあり、若いお二人も一緒にお出迎えしてくれている。

少し暑さがおさまったら、また高知県アンテナショップで隠れ名品を探してこよう。有名なお土産用和菓子もバラ売りするようになって、なかなか商売上手になったのですよね。あまり広くはない店内にギュッと押し込まれた大量の商品が、何やらドンキ〇〇っぽい賑わいを醸し出しております。

街を歩く

交通会館の霧

銀座で買い物をした後、有楽町から山手線で移動した。その時に、ちょと寄り道をして沖縄わした舘に立ち寄った。以前は、銀座一丁目にあったお店が移転してきたのだが、銀座アンテナショップ集団で売り上げワン・ツーの最強ツートップ、北海道と沖縄が通路を挟んで並んでいる。なかなか壮観な光景だ。
その交通会館だが、東京都民であればパスポートをとりにくる場所なので、かなりの人が訪れるのは間違いない。アンテナショップが混むのも無理はない。
自分ごとでいうと残念ながらパスポート取得は埼玉と神奈川だったので、ここにパスポートを取りにきた経験はない。そもそも有楽町はあまり縁のある土地でもないので、アンテナショップに来る時くらいしか立ち寄ることもない。
最近では駅近くで横川の釜飯が買えるようになったので、釜飯が欲しくてくることはありそうだ。
その交通会館の前で、なにやら怪しい煙が出ているのを見てわざわざ近づいてみると、煙ではなく霧だった。防暑対策のミスト噴霧らしい。その効果を体験してみようと、ミストの下まで行ってみたが、感覚的に涼しいと感じることはない。
おそらく気化熱で周辺の気温が多少下がっているのだと思うが、体感的には暑いままだった。真昼だともう少し違う感覚になるのかもしれない。
個人的な意見を言えば、通路に打ち水でもしたほうが涼しくなりそうな気がするが、その人手が足りないのだろう。ここは日本のロボット工学の粋を集めて、お江戸職人仕様の打ち水ロボットを開発するのはどうだろう、などと思ってしまった。
ともかく、そんなことを妄想するくらい暑いのだから、東京はすでに「熱帯」認定するべきだろう。「歩くと危険」とか、「よるな、くるな、熱帯注意」とか、「来ちゃダメ、絶対。真夏の東京」とか警告が必要なレベルだ。少なくともこの時期の日本で一番危険な場所の一つだろう。

わした館の前では、シーサーがお出迎えしてくれるのだが、交通会管内の通路はそれなりに涼しいので、以前の店舗で野晒しにされていた時期より、はるかに涼しいだろう。キャラにも暑さ対策は必要だよね。

面白コンテンツ

Amazonでたまに出会う喜び

Amazonでおすすめリストを次々とクリックして商品サイトの海を渡り歩いていると、たまに面白いものに巡り合う。ネットサーフィン(古いな)ならぬ、Amazonサーフィンだ。
何が面白いと思ったかというと、親戚の誰かが登場しているようなタイトル名だった。まるで従兄弟やその子供たちが主人公であるかのようなタイトルになっていたからだ。
佐藤さんとか鈴木さんとか、圧倒的に同姓の数が多い「姓名」が書名になっている本は見たことがない。政治家や実業家の解説本ではたまに見かける。「政治家田中〇〇の野望」みたいな感じだ。実業家であったり、スポーツ選手、アスリートの場合もよく見かける。ところが、小説のタイトルになった姓名で思い出せるのは「岬一郎」くらいだ。
話を戻すと、この親戚みたいな名前の主人公は悪徳公務員らしいではないか。そこに食いついてしまった。現代の公務員に悪徳者がどれだけいるのかはわからないが、水戸黄門の時代から「悪代官」は雑草のごとく無限に生えてくるので、「悪代官、後の悪公務員』はいつの時代もなくならなかった。
その悪代官の直系子孫とでも言うべき悪徳公務員の一員である市役所職員の話だというのだから、面白いに違いない。そして、現代の黄門様がどんなパターンで出現するか興味津々なのだ。
くどいようだが悪徳公務員は人類の生存とともに必ず発生する種族的原罪みたいなもので、撲滅するのは難しい。現代でもメディアで盛んに報道される(大抵は誇張され、悪者として姿が強化されているが)、公務員を筆頭に、国会議員、地方議会議員、官制エセ企業集団(某独立なんちゃら法人)など、悪もの集団は日本の人口の1割を超えるのではないか。
だから話のネタに困るほどの絶滅種になるはずがない。不滅性を備えた、人類最後で最強の集団と考えるべきだろう。そもそも善良なる公務員の方が、すでに天然記念物扱いして良いほどの希少種族だろうと個人的には思っている。(皆無ではないと信じたい)
ともかく、おいしそうな悪徳公務員の話らしい。ワクワクする。タイトルだけで、こんなにそそられる本に出会ったことがない。

悪代官はお話の最後で成敗されるのが世の東西を問わず小説の定石というものだが、このお話ではどうなるのだろうか。はたまた悪の限りを尽くして小市民たちを悲嘆の苦しみに陥れる逆パターンだろうか。
何度見ても題名だけで、実にドキドキしてしまう。この本を買うのは良いが、読んでしまうとこのドキドキワクワク感が終わってしまうので、ぽちっと押して注文するのを躊躇ってしまう。
このポチっとの一歩手前で迷うのも、Amazonショッピングの楽しみなのだが。三日ほど迷って(楽しんで)、結局ポチッとしてしまった。が、届いた本はまだしばらく読まずに積んでおく本にすることにした。

Amazonにやられて書店が減っているのは確かで、自宅周りで(自宅周辺の繁華街を含めて)書店は激減している。新宿や渋谷、池袋といった大繁華街ですら、本屋はどんどん減っている。(Amazonだけのせいではないと思うが)
書店でタイトル(背表紙)を見ながら、あれこれ考えて(妄想して)本を探す楽しみは、もはや希少体験になりつつあるが、それを日本一の巨大書店Amazonで楽しむことができるように、サイトを改造してもらえないかなあ。
Amazon内の散歩ツールは「おすすめ・リコメンド機能」の発展系で作れそうな気がするのだが。VRゴーグルを使った擬似体験は全く希望してないので、そこのところは間違えないで欲しい。

参考までに、この本のAmazonアドレス  https://amzn.asia/d/7wf32i7

発行元である小学館のアドレス https://www.shogakukan.co.jp/books/09453029


食べ物レポート

西新宿で焼き鳥

昔の仕事のお仲間と7年ぶりで飲むことになった。間にコロナの3年があるとは言え、こちらはすっかりジジイ化が進んでしまった。若かった後輩もオヤジ化していたから、時の経つのは残酷なものだ。
その頃よく使っていた焼き鳥屋に久しぶりに訪れた。空間の使い方が上手い店だと思っていたが、流石にアフターコロナ仕様に改造するにはもう少し時間がいるようだ。居酒屋業界も業績が急回復しているらしく、すでにコロナ前の水準を超えているとの声も聞くが、こんな時こそ店舗設備の対応を考えて欲しいものだ。
コロナ流行拡大直前に店内での喫煙制限がかかったことで、スモークフリーの清浄な空間のように感じるが、実はこのあたりがコロナ時期の客数減少のせいで検証が終わっていない。いささか気になるところだ。

焼き鳥の盛り合わせを頼み、はふはふいいながらたべるのはなかなかの至福体験だった。注文は同行者に任せていたせいで食べた後に気付いたのだが、けっこうな高級地鶏串を食べていたのだ。美味いわけだ。
付け合わせのゆず胡椒ソースも美味かった。やはり美味いものにはそれなりのお値段を払わなければいけない。たまに食べるのだから、そこをケチってはいけないぞ。という典型的なお料理だった。

海苔がかかっているだけで期待値が上がるという海苔フリークなので、焼き鳥(つくね)に海苔が巻いてあったり、細切り海苔がかかっていると興奮してしまう。これも期待を裏切らない、海苔のうまい焼き鳥だった。

手羽先唐揚げは、もはや全国区の食べ物になっているが、やはり名古屋スタイル、それも全国チェーンになった某〇〇ちゃんではなく、名古屋ローカルのタイプが好みなのだ。
そして、どうやら全国へ広がっていった名古屋スタイルの手羽先唐揚げは、その名古屋2大チェーンのどちらとも違う、ユニークな汁だく系が主流になったらしい。最近、あちこちで食べる手羽先から揚げは、みんなどっぷりとつけだれに漬け込んだウェットタイプが多い。
タレをつけた後、フィニッシュで網焼きするということもないようだ。頭のなかを「変質と拡散」みたいな言葉が通り過ぎていくが、それはあっさりと無視することにした。料理は変化を続けて、元とは全く異なる状態になって定着することが多い。


手羽先界の未来は、ルーツである名古屋スタイルから羽ばたかなければいけない。(手羽だけに)などと、いけてないギャグを思いつきながら、手羽先の骨までしゃぶっておりました。

街を歩く

京都ラーメンに出会う

この赤い看板のラーメン屋は、千葉市あたりに行った時よく目にしていた。名前もすごいが、やはり赤白の強力な店舗外観が昼でも夜でも目立つからだ。ただ、店舗前を車で通り過ぎるだけで一度も立ち寄ったことがない。名前のイメージから「二郎系がつんラーメン」だと思い込んでいた。
その店が自宅近くに開いたので、新規開店時期をずらしてオープンの賑わいが落ち着いた頃に、つまり運営力がついて商品の品質も適正化された頃、昼のピーク前に行ってみた。
視察をするときには、ピーク時の運営力を見るためにあえて行列に並ぶということもあるが、その店の地力を見るには昼のピーク前が良いと思っている。ピーク前であれば売り切れ商品もなく、従業員にも余裕があるからだ。

事前にブランドサイトを確かめることもせず予備知識なしで店に出かけた。店頭に立っている幟を見て、初めて自分の理解が間違っていることに気がついた。なんと二郎系ではなく、背脂ちゃっちゃ系ラーメンだったのね。と我ながら自分の不見識に笑ってしまった。
また、全部のせラーメンが税込みだと千円を超えるのも、今風のラーメン価格だから文句はないのだが、1000円越えの商品を店頭で推すというのがちょっと意外だった。

注文はタッチパネルでというアフターコロナの標準オペレーションだった。タッチパネル内部の動線は、まずまず一般的なものだ。昔ながらの紙メニューブックも置いてあるから、タッチばネル・タブレットアレルギーの客にも救いの道は残されている。
メニュー選択ではいくつか異なる味を選ぶことができる。辛味噌味に心が惹かれたが、それは次回に注文することにして、まずは「標準品」を頼むことにした。
しかし、背脂が乗ったスープを見るのは何年振りだろう。今になっては、なつかしいというほどのオールドファッションスタイルに見える。
薄切りのチャーシューにメンマというシンプル構成は、平成初期に大流行した背脂ちゃっちゃ系の標準スタイルだ。食べて見るとなつかしさも感じるが、普通にうまい。細めの麺と塩味が強めのスープがよくあっている。最近の主流、豚骨と魚介だしのWスープとは対極にある味だが、これは好みの味だ。
しかし、丼の中に色気がほとんど感じられない。緑も赤も黄色もない。そういう意味では麺とスープで勝負というストイックスタイルとも言えるか。現代ラーメンのビジュアル受け狙いとは一線を画している感じがする。

イチオシらしいサイドメニューのチャーハンを追加で注文した。これはシンプルな塩味で、普通においしい。ラーメンと合わせて食べるにはバランスが良い薄味の仕上げだ。チャーハンを単品で頼むと、もう少し違う仕上げをするのかもしれない。
個人的には、町中華でチャーハンを肴にビールを飲むというおっさん飲みをよくやるようになったので(だいぶ、体に悪いという自覚はあるが)、酒の肴的にたべるには塩味が薄いと感じる。
逆に言えば、一般的な町中華のチャーハンが塩味が強すぎるのかもしれない。ラーメンのお供にはこれくらいの味がちょうど良いのだと思う。これまた個人的には皿の横に紅生姜がついていてくれると嬉しい。卓上には、黄色い沢庵の細切りが付け合わせで置かれていたが、あの真っ赤な紅生姜に郷愁を感じてしまう。
美味しいラーメンランチを食べて満足した。あと、一・二度は残りのメニューを試すために来ることになると思う。そのときには餃子も試してみよう。

ただ、この日に一番驚いたことは、ラーメンの旨さではない。この店の駐車場の奥に、埼玉県ではそれなりに名前の通った高級卵屋の販売店があり(これが道路からは奥まりすぎていて存在がわからない)、おまけに自動販売機で卵や卵使用のお菓子が売られていることだった。
この卵屋は自宅からも相当に離れた場所に本店があるため、これまでは卵を買うために一大決心をして、一時間ほど車を運転しなければならない、目的を持った買い物をする必要があった。それほどのブランド力・魅力がある卵なのだ。
今ではすっかり値上がりしている卵だが、スーパーで1パック買う値段が、この店では卵一個に相当する。つまり、この店で10個入りのパックを買うと、スーパーでは100個の卵を買える。看板にある「自称世界一美味しい」は、なかなか正しいと思っているのだが、お値段も世界一?かもしれない。
ラーメン屋さんには申し訳ないが、この卵を買うついでに、また何度もこの店のラーメンを食べに来るような気がする。

街を歩く

メロンパン行脚 その3?

あちこちのパン屋に出入りして、変わりメロンパンを探している。いざ探し始めると、意外と変形メロンパンは見つからないものだとわかった。オーソドックスな丸くて表面がカリカリのメロンパンがほとんどだ。変わりメロンパンと言っても、生地を多少変えているくらいで、形状をいじることは少ないらしい。
ところが、渋谷にある高級スーパーで見つけたラグビーボール的なメロンパンは、なかなかの変形振りだった。このスーパーでは日替わりで全国各地から人気のあるパンを集めて、曜日ごとに販売している。だから、行く日によって並んでいるお取り寄せパンは異なる。たまたま火曜日がこのメロンパンの日だったらしい。兵庫県加古川市のパン屋さんが製造しているが、地元神戸ではおなじみのスタイルらしい。

このツルっとした表面は、見栄えに関わらずいつものメロンパン的な味がした。ただ、パンの中に白餡が厚さ1cmくらいで収まっている。普通によく食べるあんぱんのように、中身の半分以上があんで占められているという感じではない。生地の方が圧倒的に優勢だ。
食べると口の中でビスケット生地の甘さと白餡の甘さがミックスされるので、なんとも不思議な甘さになる。これが粒あんやこし餡であれば、食べた切り口が白黒に混じった見栄えになるので、あまり美しくないのかもしれない。見た目を考えての白餡なのだろうか。とにかく初めての味で新鮮な体験だった。
メロン味のクリームを入れたメロンパンは最近よく見かけるが、白餡入りは初めてだし、あんことメロンパンという組み合わせも想像の外にあった。色々なことを考える人がいるものだ。次に神戸に行く機会があれば、何軒かパン屋さんを巡ってみようと思う。白餡入りのパンが、あれこれバリエーションとしてあるのかもしれない。

たまたま、高級スーパーの売り場の近くで、これまた別な高級スーパーのPB商品が置かれていた。その「別の高級スーパー」では、スコーンのような、一般的なパン屋ではあまり販売していない種類が人気のようだ。ただ、スコーンやビスケット(お菓子ではない方)のような口の中の水分を全吸収する食べ物は苦手なので、スコーンの代わりにシナモンロールを買ってみた。
デニッシュのような、ブリオッシュのような柔らかくて甘めの生地と、控えめ甘さの味付けがバランスよく仕上がっている。
よく売られているシナモンロールは、アメリカ的なというか暴力的な甘さのものが多い。たっぷりのアイシング(砂糖でコーティング)で、パンを食べているのか砂糖を食べているのか錯覚するほどの甘さが、シナモンロールの特徴なのかもしれない。それはちょっと苦手というか、食べるのにも勇気と覚悟がいる。だから、こういうシンプルで控えめな甘さのシナモンロールがあると、実にホッとする。
まあ、食べ物の好みは人それぞれなので、誰かに強制するものでもない。自分の好みの味を探し出して、それを楽しめば良いのだ。同じ日に見つけた二軒のスーパーで、これまた全く性格の違うパンを発見して楽しむことができた。お江戸の街の良さは、こんな利便性にあるのかもしれない。
ちなみにこの日は別のパン専門店でクイニーアマンを買っていて、1日では食べきれないから買うのを諦めたパンも何種類かある。多すぎる選択肢は、贅沢な悩みにつながる。これがお江戸のよくないところでもあるのだなあ。

食べ物レポート

立ち食いそば名店の支店

お江戸の街には立ち食い蕎麦屋が多い。絶対的な人の数が多いから、大忙しで食事を済ませたい人の数も多い。ハンバーガーなどの洋風ファストフードや牛丼に代表される丼飯も、早く手軽に食事をしたいというニーズに応える業態だ。当然、お江戸にはその手の店がとてつもない密度で広がっている。
全国各地の大都市、中核都市でもファストフードはそれなりに展開はしているが、やはりお手軽飯屋の存在感はお江戸が一番だろう。そのなかで、やはり個人的な嗜好を言えば、お手軽に手早く食事ができるという点で、立ち食い蕎麦屋が最上位にランキングされる。老舗の蕎麦屋よりも利用する回数が多いかもしれない。
その立ち食いそば屋だが、老舗と言われる店はお江戸の東側に多い。江戸城の東側は昔からのビジネス街ということもあるのだろうが、八重洲、日本橋、神田あたりの伝統的な?ビジネス街ほど有名な立ち食いそばが多いような気がする。
逆に比較的新興ビジネス街である西新宿や渋谷あたりでは、名店と言われる店は少なく、いわゆるチェーン店が多いようだ。
その日本橋の老舗立ち食い蕎麦屋が、2年ほど前に西新宿に支店を出した。わざわざ日本橋まで行かなくても、新宿でこの店のそばが食べられるのはありがたいことだ。

寒い時期であればかけそばをたのむところだが(そして、追加別添でかきあげをたのんだりする)、この時期はやはりもりそばだろう。合わせてたのんたのは「岩下の新生姜」天ぷらだ。
昔、各地の天ぷら事情を調べたことがあった。もともと南蛮渡来の揚げ物料理「天ぷら」が全国に広がっていく過程で、それぞれの地方で独自な天ぷらネタが生まれたようだ。
天ぷらの代表といえば「海老天」みたいな感じもするが、地域によってはエビ以外が主力であることも多いようだ。豚肉を揚げた肉天なども、なかなか上手いものだが、やはり天ぷらの系統としては異質な感じもする。お江戸で言えば白身魚の天ぷらがかなりの人気ものだ。歴史的に有名な天ぷらネタといえば、やはり家康が好物だったらしい鯛の天ぷらだろうか。
そして、どうやら大阪南部発祥、大阪南部限定らしいのが紅生姜の天ぷらだった。この紅生姜の天ぷらから派生したのが紅生姜の一口串揚げらしい。デパ地下で紅生姜天を扱っているいるのはどこだろうと、関西一円で調べた時の知識だ。その時の調査では大阪北部には紅生姜店の文化が存在しないらしいとわかった。摂津と河内では食文化が違うということのようだ。
ご当地ネタということでは、全国にそれぞれ異なる「すごいもの」もあるが、それはまた別の機会に。
今回は、おそらく紅生姜天が系列進化したであろう「岩下の新生姜」が素材だった。この生姜の漬物が全国区であるとは思わないので(多分関東ローカル、せいぜい広がっても東日本圏ではないか)、お江戸で増殖しつつある新興勢力という感じがする。
新生姜は紅生姜と異なる味付けの漬物だが、揚げた時の色味が異なる(赤くない)ので天ぷら素材としては面白い。
ちょっと試してみようと注文したが、「まあ、生姜だし、こんな味だよね」という、まったく予想を裏切らない普通に美味しいレベルだった。
蕎麦の仕上がりも良かったし、いつものように感動したのがそばつゆのうまさだった。お江戸の老舗蕎麦屋では実に強烈な味、塩辛いものが多いが、それとはちょっと異なる。都会人が、蕎麦をつゆにたっぷり漬け込んで食べるために作られた「つゆ」だと思う。蕎麦通で意気を気取るひとには、違う評価があるかもしれない。
ただ、今では立ち食い蕎麦を食べる人の中心は、あまり肉体的な仕事をしないオフィスワーカー、サラリーマンが多いので、これくらいの味のバランス(お江戸の老舗蕎麦屋と比べると塩味控えめ)が良さそうだと思う。

実は、今回はお腹の減り具合もあり注文を諦めたのだが、この店のイチオシは「蕎麦」ではなくて「カレー」という意見もあるようだ。そのカレーについては、こう書かれている。「本格的和風インドカレー」と。
これもまた微妙で解釈が難しい日本語だ。本格的という言葉はは、和風にかかっているのかインドにかかっているのか。おそらく「和風インドカレー」が本格化しているはずはないと思うのだが。
説明文を読む限りでは「本格和風」なインドカレーなのかもしれない。ただ、本格和風ってどんなものなの?と思うし、形容詞として使っていいものかという疑問がある。
「本格和風」の後に、あれこれ言葉を繋げてみればわかる。「本格和風」+ハンバーガー、ホットドッグ、ピザなど洋物を並べるとなんとなくありそうな気もしてくる。逆に、「本格和風」+ぎょうざとか、ラーメンとか、うどんとかではしっくりこない。ありそうでなさそうなのが、「本格和風」+チャーハンや、天津飯、焼きそばなどだろうか。
蕎麦を食べながら、そんなことを考えていた。次回は、本格和風インドカレーだ。

街を歩く

日本語能力を考えさせられた

このポスターを読むと、日本語能力について考えさせられた。ツッコミどころ満載で、病院の中であきれるやら、情けなくなるやら、笑い出したくなるやら、なかなか貴重な経験だった。

まずは、今まで通り保険証を持参してください。とは、どういう意図なのだろう。マイナンバーカード持参では医療が受けられないということなのか。何だか医療拒否を匂わせているようにもにも見える。
吹き出しに書かれている文章も「保険証がなくても(登録済みの)マイナンバーカードがあれば医療は受けられます」が正しい表現であるような気がする。実際、保険証を持っていくのを忘れた時に、マイナンバーカードで医療を受けた経験がある。その時は、便利だなと思ったものだ。

保険証がなければ資格認定ができないことがあります。これはおそらくそうなのだろう。これまでも使われていた保険証の確認機器は設置されているはずだから、マイナンバーカードで「健康保険未登録」扱いになった場合は救済される。これは政府、行政の手落ちを非難しているのだが、その論理に間違いはない。

二番目に、保険証を見せていただく方が、手早く、簡単に済みます。と書いてあるが、これは正しいことだろうか。つまり、健康保険証には顔写真もなく、身分証明書としては、パスポートや運転免許証より明らかにレベルが低い。本人の顔写真なしでの認証は、昔々の紙でつくられた保険証時代からの名残だとおもわれる。しかし現代では明らかに証明書としては、不整備で不適切なもので、なりすましが簡単にできる欠陥品と言っても良い代物だ。
ただ、なりすましで被害を受けるのは「保険を支払う」機関であり、医療機関ではない。(なりすましがバレると払ってもらえないのかもしれないが)
なりすました本人は健康保険なしで正規患者として保険医療を受けられる。事実上の詐欺行為であるが、その詐欺行為で得をする。なりすまされた方も、実際に支払いをすることはないから損害はない。医者も、なりすまし詐欺者も、まりすまされた被害者も、誰も被害を受けない。
だから、保険証が簡単よと言い切る。勘繰れば、「なりすまし詐欺」の助長とも受け取れる。ただ、社会全体では医療保健の膨大な赤字が問題になっているので、なりすまし詐欺問題は、もっと慎重に取り扱うべきだろう。
ちなみに医療機関で、健康保険証以外を用いた二重の身分確認は、要求されたことがない。初診であろうが再診であろうが、なりすましは簡単にできるなといつも思っていた。なりすましには保健機構が医療機関に対して支払わないとして、医療機関での本人確認作業を厳格化するように牽制すれば、またこの話は変わってしまうだろうが。

三番目の紛失による被害は、それこそ余計なお世話だろう。紛失して被害を被るのは銀行など金融機関のキャッシュカードやクレジットカードの方がよほどひどいハメになる。
マイナンバーカード紛失でおこる被害は、ネット上で本人確認の必要な手続きをなりすまされるようなケースだろうか。たかが医療機関の協業組織に心配してもらうことではない。警察が本腰を入れて警戒している「振込詐欺」の方が、よほど注意すべき国民全体の関心がたかい犯罪だろう。まだマイナンバーカードを使った重大詐欺事件が記憶にないだけだろうか。

そして一番笑ってしまったのが、四番目の一文だ。これは日本語として意味をなしていないのでは? とすら思う。マイナンバーカードの取得は任意です。これは事実を言っているだけなので問題はない。それに続く文章が、何の接続詞もなく、私たちは保険証の廃止に反対していますとある。
反対であることの意思表明に文句があるわけではない。ただ、マイナンバーカードの任意取得とどう文意がつながっているのだろう。
現代国語の試験問題であれば、おそらく不適格文章とされるだろうと思うほどだ。そこで、この文章の意言い換えを考えてみた。
「ゾウは哺乳類です。私はカメが嫌いです。」こんな感じだろうか。この例文であれば、二文の間に、「カメは爬虫類です。私は爬虫類が嫌いです。」というようなツナギ文が必要だ。
このポスターで言えば、「マイナンバーカードの取得が国民全員に義務付されなければ」がツナギ文として最低限は必要だろう。
あるいは、国民皆保険を保障するという意味を論点に加えたいのでアレば、「マイナンバーカード取得が国民全員に義務付されても、現在のマイナンバーカードシステムでは医療事務に不正や不備が発生するため、マイナンバーカードシステムの改善作業や不正防止措置が完全に出来上がるまで」と付け加えるべきだろう。


要するに、医者の団体として、マイナンバーカードを使えと言われて高い機械を買ってみたが、あれこれ間違いが起こると事務作業も増えて面倒臭いし、おまけに自分たちが医療費を取りっぱぐれる可能性もありそうなので(こちらが本音か)、昔のやり方に戻せということみたいだ。
医療を受ける立場である患者に対して、何らかの配慮があるようには読み取れない。少なくとも、現在の現役医師は昭和後期以降に医師免許をとった受験戦争の勝ち組であり、間違いなく「秀才」ばかりのはずだ。このようなロジック破綻した、はたまた文意が不備な文章のおかしさを理解できないはずがない。となると、このポスターを作った協会事務局の日本語能力不足なのだろうか。事務局のせいにするのは、権威主義的団体、政党や行政関連団体では常道手段だ。
こんな怪しい日本語のポスターを見ると、お医者さんたちは大丈なのか?と疑ってしまうので、ポスターを作り直してくれないものかと、コロナのワクチンを打った後の待ち時間でぼんやりと考えていた。
医師である友人の顔を思い出しながら、これもアフターコロナの落とし物かなあなどと思っていた。