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食べ物レポート

真っ当な食べ物

ひさしぶりに幸楽苑に行ってきた。これでも零細株主なので、毎年6月になると株主優待券が送られてくる。昔は紙の商品券みたいなものだったが、今ではデジタル対応でラインのクーポンに変わっている。ラインというアプリの特性上、ダウンロードしてから使わずに放置していると、画面のずっと下側に消えていって、いざ使おうとすると探すのが大変だ。という苦い経験を何度もして学んだのが、幸楽苑の電子優待券は、もらったらすぐに使ってしまうに限るということだ。

おまけに、今年の株主総会で、すでに引退したはずの先代社長が、社長兼会長で現役復帰した。おどろくべきことだ。ユニクロでも後継者に譲った経営を、結局は創業者が社長として復活した例もあるが、お家騒動ということでもないようだ。
要するに、二代目の社長は相当なキレものでなければ、後継者としては認められない。先代に足元を掬われるか、クビになるという運命が待っているということだ。これはヤマトの昔から政治の世界では当たり前で、戦国時代でも親子騒動は引も切らない日常茶飯事だった。お家が潰れれば自分の首も飛ぶ(物理的に)のだから、それは必死にならざるを得ない。それでも二代目が亡国の主人だった例は一山いくらの大安売りで存在する。
現代の経済社会でも、クビになる二代目の多いこと。最近では中古車販売の会社が、親子ともどもポイされたケースはちょっと珍しいが、創業者一族がクビになるのもよくあることだ。

さて、経営トップが変わって、店の運営は何か変わったのかと思ってランチの時間に行ってみた。席は満席だったので、なかなか繁盛しているみたいだ。ただ、家族連れは非常に少ない。高齢者カップルと単独男性が目立つ。オペレーションでは、水がセルフではなくなっていた。ただ、「二杯目からはご自分で」と言われた。これも珍しい対応だ。この一言を全員に言う手間を考えれば、昔のようにテーブルに水ポットを戻す方が合理的ではないか。
メニュー(タブレット)を見たら、随分とシンプルになっていた。色々あった「不思議系メニュ」がバッサリなくなっていた。価格ラインもシンプル化されている。この辺りが、新社長の最初のやり方、改善なのだろう。
冷やし坦々麺を注文した。見栄えはよい。立体感がある。味付けは濃厚というか、かなり濃い味に仕上がっている。同系統の冷たい麺である冷やし中華のさっぱりとした味と全く別方向で、胡麻の効いた濃厚スープが「濃い味」好きを取り込むだろうと思った。真っ当な商品という感じが強くする。この三年間の残念な新商品と比べると、その差は明らかではないか。

コロナの間は、やはり試行錯誤というか、迷走が続いていたラーメン業界だが、ようやく1000円越えに挑戦する「価格の天井」突破の取り組みが始まっている。その中で、低価格で高頻度客創出を狙っていた幸楽苑が、その昔の戦略に戻るのか、それとも高価格帯へ移行して新世界を目指すのか、ちょっと楽しみになってきた。
社長が変われば会社も変わるという典型例に見えるが、気になるのはその新社長の年齢くらいだろうか。生涯現役、の時代なのかもしれない。

食べ物レポート

お盆のファミレス その2

ファミレスの話の続きになる。最近、新メニューで登場したのが、居酒屋のつまみ的なハーフサイズの単品提供ものだ。通常のグランドメニュー商品が、価格を上げすぎて販売不振なのだろうと推測している。
対抗策として出現しているのが「鳥肉だけ」「つけあわせなし」「少量対応」の安く見えるメニュー導入だ。通常、この手の低価格メニューは追加の一品として、単価向上、売上点数増大を狙うものだが、明らかにその機能は果たしていない。
一番の売れ筋、値段がお手頃な商品であるはずの(あるべきな)、ハンバーグにあれこれサイドアイテムが盛りつけされたプレートが、1000円前後の高価格帯商品になり、販売数が減っているのだろう。
主力商品であるプレートの値段を下げるわけにはいかないので、苦肉の策で唐揚げ3個400円台にしてみたら、そこそこ売れてしまいました、的な結果になったようだ。おそらく想定外なことに、唐揚げ3個+ライスみたいな注文が大量に出てきたのではないか。
コロナの間に昼飲みを推進してみたら、ジジババの低価格居酒屋になり、結果的に平日ディナー帯の通常営業を邪魔することになってしまったようなものだろうか。低価格の追加品が値上げ効果を打ち消す、客単価を押し下げる存在となってしまったようだ。
これは典型的な自分勝手な読みで自滅するケースで、困ったマーチャンダイジングになりかかっているのではと疑っている。

ハニーマスタードは好物だが、日本市場ではウケ狙いとしても弱すぎる気がする

この日に注文したのは、鳥料理の単品を二皿だけだ。ドリンクバーなし、ライスorパンも頼まずに「鳥だけ」の注文だ。完全に業務上の試食モードになっている。当然ながら食事を楽しむというより、料理の品位確認、価格対比と批判的な視点になる。
タブレットで注文するから、「唐揚げ単品」のみを注文しても、「ごいっしょにライスはいかがですか?」 という呼びかけはない。
客の立場からすると面倒がなくて、それで良いとは思うが、店の立場からするとみすみす売り上げを引き上げる機会を喪失していることになる。
タブレット注文はオペレーション合理化の重要技術だ。ただ、販売技術としての推奨販売ができないという欠点を併せ持つ。合理化によるコスト削減と合理化による売り上げ低下は、大きな矛盾する課題であるが、現在進行形で拡大が続いている。
現時点で外食産業における機械化は、その両方に対応することはできない。合理化の最先端技術として一気に拡大している猫型配膳ロボットも、一台しか稼働していなかった。注文した料理は全て人の手で運ばれてきた。どうやら、ロボットもお盆休みを取るようだ。

これがサイゼ〇〇対策だとすれば評価できそうだが、単純に居酒屋の鉄板焼きメニューでは?

低価格帯ファミレスで圧倒的なオペレーション力を持つサイゼ〇〇と比べると、このスキレットタイプ鍋を使った鉄板料理は、明らかに見た目が貧弱だ。低価格居酒屋のつまみ料理としては成立するかもしれないが、ファミレスの客には受け入れがたいというか、無理な感じがする。鶏肉のグリルの脇には何もない空間があるだけ。彩り野菜もなければ、鶏肉自体も見た目の変化がない。
鉄板料理はビジュアルの変化をつけなければ、実に安っぽくなってしまう典型例だろう。これが許されるのは、低価格居酒屋の「一軒目〇〇」か「て◯ぐ」くらいだ。
インジェクションしたチキンは諦めるとして、鍋の底に溢れる油の多いのには閉口する。ソースも生煮え感が強すぎる。
何か料理としての設計が間違っているのではないかと思うほど完成度が低い。ただ1000店を超えるファミレスチェーンで、その手の失敗は考えにくい。となると、これは設計の間違いではなく、現場での加工や調理工程にミスがあるのだろうか。
あれこれ職業的な疑問は深まるばかりだが、所詮400円台の低価格メニューだし、目くじらを立ててクレームするほどのことでもない。普通の客であれば、次からはこの鉄板料理を注文しないか、あるいはもう少し感情的になっていれば、当分の間この店に来ないという静かな対応になるだろう。

アフターコロナの時代、客が戻り始めても現場の疲弊と混乱は一向におさまらないようで、経営者はこれを見逃しているのか、見放しているのか。それを聞いてみたいものだ。

食べ物レポート

お盆のファミレスで学ぶこと

見た目が貧弱すぎて、安価でもコスパを感じさせない?

お盆になると外食は夏の最盛期を迎える。特に地方都市は帰省で膨れ上がった家族連れが、普段よりはちょっとお高めの買い物をしてくれる。盆と正月というのは、掻き入れ時に間違いない。だから、当然ちょっとお高い贅沢系メニューがお盆限定で設定されるのは、業界常識だと思っていたのだが、どうやらそれはすでに過去のものらしい。
「夏のメニュー」をみてみたが、お高いメニューで目立っていたのは鰻丼くらいだ。ただ、これはすでに丼系ファストフードでは10年来の夏定番メニューであり、ファミレスで食べたいメニューであるかどうかは大いに疑問がある。ファストフードでのちょっとぜいたくな「孤食」として、鰻丼は成立する余地がある。すでに定番化した、夏の客単価増大メニューだろう。
最近では、それに和牛焼肉丼みたいな更なるアップグレード丼も登場している。本来ファミレスが狙うのであれば、そちらの方ではないかと思うのだが。
逆に定番メニューで目立ったのが「半量」にして値段を下げたメニュー群だった。これも狙いは、あれこれ色々食べたいというニーズに対応して、注文点数を引き上げるため、あわよくば通常メニューに追加として注文してもらいたい。単価、点数ともに引き上げようという目論見だろうとわかる。
しかし、ハンバーグを鉄板ではなく、皿に盛って出すとは、何か勘違いをしているようだ。明らかにチープに見える。
値上げのせいで1000円を超えるハンバーグ鉄板プレートを、あまりに高いと注文をためらう層ができてしまった。その価格不整合を感じる層が、しぶしぶ安い単品メニューに移行していくでは………と勘繰ってしまう。追加注文を期待した挙句、低価格品へ下方スライドされてしまい、客単価の低下を招いたとしても不思議ではない。

冷麺  彩り三元色は配置されているが……

「夏のメニュー」として堂々と正面突破しようとしたらしい、「冷麺」も値段とルックスのバランスが悪すぎる。もはやファミレスの王道とは何かを見失っているとしか言いようがない。
個人的に冷麺は好物だし、あちこちの焼肉屋では、勝手にランキングをつけるほど冷麺については一言持っているのだが、どうもコメントつける気にもならない。
もし、夏に冷たい麺を出して、おまけに高単価で販売したいのであれば、三輪そうめんや秋田稲庭うどんなど、高級麺を使用して豪華トッピングで食べさせるとか、冷やし中華発祥の地仙台の中華料理店のように、完全別トッピングで豪華版冷やし中華を作り出すとか、もっと違うやり方があるように思う。出雲そばや出石そばのような、少量多品種型蕎麦での展開もあるだろう。手間は増えるが、単価は上がるはずだ。

平成初期に、業界最大のファミレスチェーンであったスカイラークが、全面的にガストへの業態転換を図った。昭和のコンテンツであるスカイラークが、平成に合わせた新コンセプトであるガストに転換をしたという点で、当時の経営陣の危機感がよく理解できる。まさにガストの出現は、外食業界のパラダイムシフトだった。
そして、アフターコロナのこの時期、おそらく平成で疲弊したファミレスのコンセプトが、新しいパラダイムに移行するのだろう。今はその産みの苦しみの時期と言える。
コロナ後の混乱がおさまらないファミレス業界で、次の業界標準を生み出すのは誰になるのだろうか。少なくとも、ファミレス御三家と言われたビッグネームではないことは確かだ。
カテゴリーキラーとしてファミレスを追い落とす勢いだった回転寿司も失速しているし、洋物ファストフードは領域を広げるより自分の陣地を深掘りすることに決めたらしい。和風ファストフードは、まだまだ混乱したままだ。丼屋から定食屋への転換は、オペレーション負荷が高すぎると思うのだが。
じわじわと地方都市で勢力を広げる、郊外型喫茶店が、ファミレスに変わって次の時代の後継者になれるかもしれないと感じている。ただ、軽食に限定された商品提供とコスパの問題はある。車社会に特化して対応した立地は、逆に客層を選別する危険もある。
アフターコロナで再開するであろう、米国市場の研究とコンセプト移入もこの先の刺激材料になる。少なくとも、反面教師にすらならないファミレス群が、新しい時代のパラダイムに合わせて再構成できるとも思えない。となると、次代の主力を探す試みをサボってはいけないなあと自省している。
というのが、お盆の研究成果であります。

書評・映像評

隠れたベストセラー ラノベの発行部数

ふと気になって調べてみた。 今年上半期のベストセラーだが、一位は村上春樹作「街とその不確かな壁」で、38万部だそうだ。現代日本文学の高みであることに間違いはない村上作品は、発売とともによく売れるのだなと感心してしまう。昔のように100万部は届かないようだが、それでもさすがの村上作品だ。
紹介記事はこちら ↓
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023060100096&g=soc

発行元の新潮社サイトはこちら
https://www.shinchosha.co.jp/special/hm/

Amazonに載っている表紙

そして、こちらがアニメ化、コミカライズされたラノベ作品だ。 本編全13巻+外伝 と合わせてシリーズ20巻になる。Webサイトで連載された小説が物理的に印刷された書籍になったもので、ラノベはだいたいこのコースで商業的成功を収めるようだ。ただ、こちらの累計販売部数は550万部を超えるらしい。発行部数を巻数のあたり平均値で考えると一作当たり28万部程度となる。村上作品と比べて一冊当たりの発行部数では劣るが、それが20巻出ているという時点で驚異的な数字だろう。

https://over-lap.co.jp/narou/865540550/

Amazonに載っている表紙

村上春樹新作は3000円近い高額本だ。大学の教科書とか、学術書的な値付けだが、それでもベストセラーになる。単行本は高すぎるので、文庫化を待ち望んでいる人も多いだろう。
かたやラノベ作品は700円台だから、高校生の小遣いでも買える程度。そもそも発行部数を比べることが間違っている、ジャンル違いともいえる。
ただ、23年上期ベストセラーリストには、愛読している磯田道史氏の歴史解説本や橘玲氏の現代社会考察などの新書も含まれている。新書版の本は概ね一冊1000円以下なので、価格的な部分を言えば、村上春樹新作が圧倒的に別格なのだ。
ことのついでだが、ベストセラーによく顔を出す時事ネタ的な本で言えば、今年のランキング10位に「安倍晋三 回顧録」が入っている。


ところが「発行部数」だけで見ると、ベストセラーリストには乗らないようだが、ワンピースに代表される人気長編コミックの発行部数は、いつでもこの村上春樹新作の部数を超える。人気コミック作品の新刊は、およそ50ー100万部に近い数になる。
そして、典型的な隠されたベストセラーであるラノベの人気作品も、10巻で累計100万部越えなどという作品、シリーズものはザラにある。リアルなベストセラーは、まさにコミックとラノベの中に埋もれている。
大型書店に行けばこのことは明らかなのだ。すでに文庫本の棚とコミックの棚を比べると、コミックが圧倒的に優勢だ。文庫本の棚を見ても、ラノベの占める比率は相当なもので(書店員の選択テイスト?によって比率は変わるのだろう)、明らかに時代ものよりは多い。
そして、文芸作品などと言われる単行本は、すでに絶滅危惧種的な扱いだ。馴染みの本屋数軒を回ってみても、単行本の棚数は文庫本と比較して1-2割程度でしかないし、並んでいる本の大半は、おそらく一年以内に返本されるだろうと思われるラインナップだ。そもそも売れる本はロングセラーになる前に文庫化されてしまうから、単行本の命はきわめて短い。


書店の立場から見ると、紙に印刷されたテキストが大好きなはずの高齢者が読む本より、若者しか読まない(読者対象が少ない)ラノベ?作品とコミックの方がよく売れるということだ。ちなみに、人口比で考えると、高齢者は若者の倍に近い読者人口になっているはずだから、時代物とラノベの比率はある意味でおかしい。
これを説明するとすれば、高齢者は人口が多いが、本を読むのは嫌いな活字否定派ばかりで、若者世代は人口は少ないが読者率は高いという解釈になる。
おまけにラノベのかなりの部分は電子出版で販売されている。それにもかかわらず書店での陳列面積は、ラノベが優先されている。つまり、日本の書籍業界は、予想以上に若者向けに対応しているらしい。
書籍離れと言われて久しいが、本当に書籍から離れているのは高齢者を中心としたオールドタイマーである、と言えるのではないか。
若者を中心として紙に印刷された本は買わない「新しい読者層」が育っていて、紙ではない新しいメディアで作品を読む「ニューリーダー」が形成されているのは間違いない。

この二作の表紙を見比べるとあれこれ思うことはがあるのだが、黒バックに文字という表紙と、色鮮やかな美少女イラストの表紙は、まさに今の日本における書籍と読者というテーマが露骨に現れていると思うのだ。

追記:たまに平日の図書館に行くと、溢れているのはジジ(なぜかババは少ない)なので、活字好きの高齢者、特にジジは図書館で無料の読書を楽しんでいるのかもしれない。それはそれで、本屋にとっては役に立たない読者層ということになるのだろうが。中古本販売のブック〇〇も、ジジの姿が多いなあ。

街を歩く

8月のコンサート

毎年8月に催される小規模のコンサートに通っている。家人が参加するこぢんまりとした弦楽グループの定例コンサートで、最初の頃はレストランを貸し切った程度のかわいらしいものだった。演奏者にも小学生が混じっていた。
それが今では、オーケストラの弦楽パートくらいの人数で演奏される規模になった。演題も最初の頃は、クラシック初心者向けのファミリーコンサートだったので、誰もが知っている定番の小品が中心だった。だが、今ではバッハなどの重厚な弦楽曲が中心なり、じつにクラシック「らしい」ものに変身している。
コロナの間は活動休止中だったが、それがパワーアップして再開された。今回は、地元でもそれなりなコンサートホールで行われたし、プロのソリストが参加する堂々たる演奏会だった。
地元のホールは、音楽の女神の名が冠されているだけあり、見る箇所にもよるが、どこぞの国の神殿風なデザインがほどこされている。演劇やオーケストラの演奏会が行われる大ホールと、クラシックや演芸の舞台となる中ホールがある。
個人的には、かなり見やすいホールだと思っているし、専門家に言わせると音の響きもなかなかのものらしい。

自宅から電車で一駅、歩く気になれば歩いて行ける距離に、このような文化施設があるのはなかなか幸せなことだ。ただ、近いが故についつい行きそびれることも多い。アフターコロナで再開されたエンタメイベントを再確認してみると、おやまあ………という低価格で開催されているものが多かった。今年の後半は、少し文化的に活動しようかと、交響楽団の演目を確認したり、寄席の演者を品定めしている。
ちなみに、このホール施設にはレストランも併設されているので、演目終了後にささやかな余韻を楽しむこともできるので、それなりに都会の気配もあるのだ。渋谷道玄坂や初台、半蔵門にある著名なホールで楽しむのと同じレベルで、日本文化の精華を味わうことができる。良い時代になったと感謝するべきだろうなあ。
おまけに、このホールの「友の会」に入ると、チケットが一回500円割引になる。年会費は、4回行けば元が取れるくらいだし、会員は優先的にスマホで先行予約ができるらしい。なんだか文化活動を楽しみながら、現代の商業主義的な側面も学べる、ありがたい施設なのだ。その上、隣は警察署なので、防犯は万全。

街を歩く, 小売外食業の理論

販促の技術

夏の王道、と言われるとなるほどなと思う。この販促用POPは、メーカーの営業担当者が作ったものが、それともスーパーの売り場担当者が作ったものか、立ち止まって考えてしまった。
企業ロゴが入っているから、スーパー担当者が勝手に作ってはいけないものだろうという気がするが、メーカーが黙認しているのかもしれない。
面白がって、2・3日ほど観察していたら、山盛りだった袋がだんだんと減ってきた。なぜか補充はされていないみたいで、山の高さがどんどん低くなってくる。
期間限定だから売り切れごめんなのだろうけれど、最後に残った一箱みたいなタイミングは陳列がどうなるのか楽しみだ。

街を歩く

町中華で出会った好物と警察沙汰

半チャーハンとネギチャーシュー 普通に美味しい、好物なのだが

久しぶりに炒飯を食べようと、町中華のチェーン店に行った。昼のピークを外して行ったのだが、そのために面白い経験ができた。
店内に入ってカウンター席につくなり、男二人が大声を出して言い争いを始めた。面白がってカウンターの壁越しにのぞいてみたら、二人の高齢者が騒いでいる。一人はザビエルハゲというか頭頂部が輝いている。もう一人は短髪で全白毛だった。言い争いをしているから、周りの客がどんどんと逃げていく。離れた席に移るくらいであれば良いが、店から帰るものも出始めていた。自分の隣にいた客は、食べ物を完食しないまま帰って行った。明らかに営業妨害だろう。
言い争いを聞いていると問題は二点あるらしい。発端はザビエルハゲくんが携帯ゲームをしていて、いきなり白毛くんの方に体を寄せてきたらしい。おそらくゾンビ退治のゲームでもやっていて、いきなり出てきたゾンビに体がのけぞったという感じだろう。
それを迷惑に思った白毛くんが、一言謝ることも出来ないのかとザビエルハゲくんに文句を言ったら、ザビエルハゲくんが激昂して大声で罵った。この大声は自分も聞いていたが、罵詈雑言と言っていいほどの醜い喋りだった。
ザビエルハゲくんは、自分がジジイなのにゲームをするなと言われたと勘違いしたらしい。白毛くんは、ジジイなのにヒトに迷惑をかけても謝らないとはどういうことだ、とザビエルくんを諌めていたのだが。勘違い、すれ違いで騒動は大きくなるという典型だろう。これが一点目だ。
ここで白毛くんがブチギレて、まずは従業員に噛み付く。自分に迷惑をかける「怪しいやつ」を排除するのは店の責任だ、みたいなことを言っている。結局、ホールにいた従業員の何人かがクレームを受けることになる。これが二点目の問題で、お店からすると流れ弾というしかない。因縁をつける悪質クレーマーと判定したくなるだろう。
続いてザビエルハゲくんに矛先が向かう。謝らないなら警察を呼ぶと言い始めた。これにザビエルくんは何の反応をしないで無視体制。なので、白毛くんはその場で警察に電話をかけ始めた。その会話も漏れ聞こえてくる。白毛くんの主張は、大声で威嚇された、脅されたということのようだ。
暴力による肉体的被害ではなく、精神的な被害という論点で警察を呼んでいるらしい。暴力沙汰にはなっていないから、どうも警察が出動をためらっているらしく、それに苛立っているのが筒抜けで聞こえる。
結局、警察官が4名やってきて、ザビエルくんと白毛くんそれぞれに話を聞き始めた。別の場所でお店の従業員の話も聞いている。会話のあれこれが聞こえてくる。警察官は話を聞いて宥める方向で進めたいようだが、白毛くんが納得しない。

ザビエルくんは大声で怒鳴り散らしたのは嘘のように、丁寧な言葉遣いで警官に必死の言い訳をしている。が、聞いているとだいぶ話を盛っている。白毛くんは、高齢者としてあの横暴な言動、立ち振る舞いは社会に対して悪である。それを正さなければいけないと思い通報した、というよう方向へ話がすり替わっている。(感じがした)
警察が来た時点で、この客席周りには誰もいなくなるのだから、店としては明らかに迷惑な事件だろう。
自分はカウンターの壁の裏側という安全地帯にいるので、のんびりと注文した料理を食べつつ、周りで展開される会話に聞き耳を立てていた。なるほど、こういう具合に同じ状況が語る者によって全く異なる筋立てになるのだから、裁判は必要なのだろうなあと実感した。どちらが正しいか判定するのは、相当に状況証拠が揃わないと難しい。おまけに、今回はことの発端と、当事者の説明、言い訳が異なっている。警官も、こういう町の口喧嘩には慣れているのか、まともに取り扱うようには見えない。

平たく言えば、ジジイ二人が我を張り合い言った言わないの口喧嘩をして、周りに迷惑撒き散らしたというに尽きる。おそらく日本中でこんな光景が毎日のように見られるのだろう。歳を重ねて賢くなるどころか、小学生にも劣る馬鹿馬鹿しい罵り合いをするのが現代のジジイだと改めて思った。
酔っ払いではない「ランチ定食」を食べているジジイ二人の騒動を見ていて、何やらこの先の世界に絶望しかないような気がしてきた。こんなダメ高齢者の面倒を見てやるほど、高い代金はいただいていない町中華で、時間給いくらで働いている従業員さんには深く同情してしまう。

今回の学びは単純だった。
人は歳をとると劣化する、というのが現代日本では正しい認識なのだ。

街を歩く

回転寿司で思うこと

小学生向けに書かれた道徳の教本みたいな……… 漢字にふりがなしなくて大丈夫?と言いたくなる

久しぶりに回転寿司に行ってみた。テレビでCMをすっかり見なくなっているなと思ったせいだ。一連の投稿騒動もおわったようで、悪いイメージを振り切ろうという企業側の努力もおさまってきているせいか。ただ、値上げ続きのせいですっかり「百円均一」とは言えなくなってしまった業態だから、何をアピールしているか確かめてみようという、ちょっと意地悪な興味だった。
結論から言えば、ネタアピールはもはや機能していないようだった。投稿事件よりも、売らない高級ネタを宣伝した悪徳?商法のダメージがきつすぎるようだ。えび、カニ、本鮪などのグルメネタのニュースが使えないようで、店頭はすっかり寂しくなっていた。
ただ、夏休みの時期のため店内は混雑していた。空席待ちをしていた中学生6人組が妙に印象に残った。ファストフードやファミレスではなく回転寿司に中学生がたむろするというのは、業態的に厳しい状況にあると判断してしまう。


ハンバーガーに代表されるファストフードや低価格帯のファミレスは、よく中高生の溜まり場になり、だいたいの場合はその集団が騒々しいこともあって、一般客を遠ざける原因になる。これは歴史的に何度も繰り返されていることで、たまたま時期によって餌食になる店やチェーンが変わるというのが業界での学びだ。
つい先日も、某ハンバーガー店が学校名指定で出入り禁止措置をとったことがニュースになっていた。子供は将来のお客さんになるので大事にするというのが外食企業での不文律みたいなものだが、子供と大人の中間世代は、どちらかというと商売の邪魔者という認識になるだろう。
回転寿司業界も、その荒波が押し寄せてきたということだ。ドリンクとデザートしか注文しないで長居をする客、支払額は500円に満たない客が、混雑時に延々と長居をされる。店長からすると、想像するだけで眩暈がしそうだろう。
今の回転寿司では、目の前にさまざまな道徳的注意書き、あるいは犯罪防止を目的とした警告が書かれている。
真っ当な人間であれば笑い出してしまうような文言が並んでいる。つまり、回転寿司業界はかなり重症なのだ

3個で150円という不思議な値付けで出されている、マグロの盛り合わせ

2個100円の皿は80種類以上あると店頭の広告に書いてある。それは嘘ではないだろう。ただ、一皿の値段が複雑化しているし、一個盛りの皿も増えた。注文してから目の前に皿が来ないと、何が何個出てくるのかよく理解できないメニューというのは、相当に病んでいる。
コロナの時期も順調に業績を伸ばしていた回転寿司業界だが、しばらくは大変な時代になるようだ。

街を歩く

銀座でおきなわみやげ

いきなり、突然に、何の関連もなく食べたくなるものがある。普段であれば、口の中の水分を全吸収する脱水系食品は好まない。クラッカーとか、スコーンとか、小麦製品で、かつ水分少なめなものがその典型だ。米粉製品で言えばソフト煎餅もそれに該当する。
その脱水系商品として類似商品であるドーナツも好んで食べはしない。なのだが、なぜか突然「沖縄のドーナツ、サーターアンダギー」が食べたくなった。人生の中で数えるほどしか食べた経験のない、レアな食べものなのだが。
近場のスーパーで普通に売っていると思ったが、スーパーを三軒回ってみたのに見つからなかった。仕方なく、オールドファッションなドーナツを買って食べたのだが、やはり口の中で感じる食感や味に納得できない。こうなってしまえば仕方がない。沖縄に行くぞ、となればすごい気合いなのだが、サーターアンダギーを買うためだけにそうはならない。
手近の沖縄、銀座にあるアンテナショップに行くことにした。そうして手に入れたのが、沖縄産のサーターアンダギー(プレーン)だ。全く知らなかったのだが、サーターアンダギーもフレーバー拡散が起きていて、同じ商品棚に「黒糖」とか「コーヒー」とか「紅芋」など何種類も並んでいる。
そこは、やはりオリジナルというか純正品志向で行くしかないので、プレーン(わざわざそう書いてある)を手に入れた。

子供のゲンコツ程度の大きさで、丸まったドーナツのような外観をしている。ガブリと齧り付くと、パラパラと生地がこぼれていく。思っていた通り、生地は水分が少ない。表面がドーナツのように砂糖まみれになってはいないので、ほんのりとした甘さだった。予想通り、口の中の水分はほぼ100%持っていかれる。究極の脱水系食品だ。
普通に美味しい素朴な味だった。これまであまり食べてこなかった理由は何だったのだろうと悩むほどだ。おそらく「脱水」のせいだと思うのだが、味は全く問題なしだ。しかし、この昔懐かしいお菓子が、なぜ手近なスーパーで売られていないのか、それも不思議なのだが。あんドーナツは売っているのになあ。

ちなみに、わした舘では軽食コーナーで揚げたてのサーターアンダギーも売っている。一つだけ食べるのであれば、そちらの方が良いかもしれないよ、とシーサーくんも言っておりました(幻聴かな)
やはり次は現地に行って、弁当屋でサーターアンダギーを買ってみよう。地元スーパーのジミーズでも売っていそうだなあ。

食べ物レポート

うどん屋で飲む

和歌山出身のお店らしい

昔の仕事仲間と久しぶりに恵比寿で会うことになった。地元民がよく知っている「たこ公園」の近くの店だという。勝手知ったる恵比寿なので、なにも考えずに出かけてみたが、予想外に店を見つけるのに手こずってしまった。ビルの入り口とGoogleマップの表示が違っていて、おまけにお店の入り口はビルの入り口と関係ない位置だった。
タコのオブジェがある公園のまわりを10分ほどうろうろしてしまった。ようやく辿り着くと、店内は若い方達でいっぱいだった。夜にうどんを食べにくるのがこんなに流行っているのかと感心してしまったほどだ。
自分の中には、うどんとそばの店はなかなか夜の商売が厳しいというイメージがある。だから大体の蕎麦屋は夜になると居酒屋化する。うどん屋は居酒屋んいはなりにくいのか、うどんすきのような「贅沢ごはん」に変身するという思い込みがあったのだが。
どうやら今では、軽く一杯飲んで「現代風トッピングうどん」を食べるというのが定番らしい。うどん屋が居酒屋化したというより、ビストロ化したという感じだろうか。

次は昼に行って素うどんを食べてみたいなあと思わせる一品だった

締めのうどんはすだちうどん、冷たいやつだった。ビジュアルも良いがサッパリ系の柑橘味で青ネギたっぷりなのが、関東圏ではみられない「違ううどん文化」だとわかる。ツルツルいける細麺がお腹に優しい。
太麺も選べるのだが、そちらにすると武蔵野うどんっぽくなるかもしれないので、あえて細麺にした。

料理の選択はお仲間に任せて、出されたものは美味しくいただくというお大尽な飲み方をした。最近は自分であれこれ料理を選ぶのは「一人飲み」の時にすれば良いと思っている。
年代の違う方たちとご一緒するときは、自分の好みではなく、彼らの好みを学ばせてもらうことにしている。そうでもしないと、注文するものは◯十年変わらないワンパターンになってしまう。人生、生きているうちはお勉強だ。

コースの注文だったので、実はうどんに辿り着くまで、あれこれと料理が出てくる。懐石っぽい料理の組み立てだった。なるほど、こうすれば「うどん屋」でも酒が楽しめるのか、と感心した。(今更だが)
恵比寿の街もゆっくりと変化しているのを実感したタコ公園の夜だった。