食べ物レポート

仙台の居酒屋

ステイホームでiPhoneの中にある昔の写真をひっくり返していたら、なつかしの仙台で遭遇した居酒屋メニューが出てきた。うずらの卵のカレーまみれ、というかカレールーの中にうずらの茹でたまごを入れただけ?なのだが、これがむしょうに食べたくなった。
写真のイメージ換気力というのはすごいものだ。口の中に、このカレー卵の味が蘇ってっくる。この居酒屋では「カツカレーのご飯なし」、つまりカツにカレールーをかけただけのメニューもあり、これもお気に入りだった。仙台に行ったら牛タンより先にコイツを食べたい。

これを考え出した人は天才級の料理人だと思う

同じ店で食べたはずなのだが、写真を見ても思い出せないメニューもある。右側は多分ガリサバだったはずで、シメサバと生姜の甘酢漬け(ガリ)を和えたもの。左はキムチの和え物に見えるがチャンジャだったかもしれない。自分で気に入ったものを写真にとって記録しているはずが、写真を見ても思い出せないとは、実に悲しい。備忘録的に撮った写真にキャプションをつける方法はいくつかあるが、どれもなかなかめんどくさい。一番簡単なのはインスタで保存記録を作ることかなとは思うが。
できればAppleが「写真」の機能強化をしてキャプション付加機能をできるようにしてくれないかな。

ガリサバは自作でも美味しく作れる簡単メニューだが、市販のシメサバ(だいたい半身で販売している)だと出来上がる量が多すぎるので、やはりこれはお店で食べた方が良い。チャンジャは、市販のキムチの素と魚の瓶詰めを使えば、なんちゃってチャンジャができるが、これも出来上がり量が問題で、一口・二口といった酒の肴的な量を作るのが難しい。かといって、一度作っだものを何日も食べ続けるのも嫌だ。居酒屋料理の存在意義は、このちょっとだけ食べたい需要に応えてくれることだと思う。

旅をする

土佐手ぬぐい

ハンカチがわりに手ぬぐいを使い始めて、20年くらいになる。色々と使い勝手が良いので、出張先でのお目当ては、ご当地手ぬぐい探しだった。ご当地ながらのデザインが面白い。その中でも土佐手ぬぐいという、高知の手ぬぐいシリーズは柄が野菜や魚で、色使いも鮮やかな優れものだ。

実は土産物屋以外で手ぬぐいを手に入れようとするとなかなか大変だ。東京で言えば浅草の商店街から外れたところに専門店が一軒あった。いわゆるお江戸デザインでそれはまた風情があるのだが、あれは東京都民向けというより浅草観光客向けなのだろう。デパートの呉服売り場に行けば、風呂敷と並んで置いてあるはずだが、日本橋のデパートですら品揃えは少なめで、新宿のデパートではほんの片隅に置いてある程度だ。いかに、手ぬぐいというものが廃れてしまったかとも思うのだが。

吸水性が良く、洗って使い続けているうちに微妙に色が変わってくるのが楽しみだ。恥から糸がほつれてくるのを、ハサミで切り揃えるのも楽しみの一つだし。旅先では使用したものを洗って一晩干しておけば乾いている。使い勝手抜群だとおもうのだがなあ。そもそも、ハンカチというものの存在も、何やら色々とお作法があるようなことを、おしゃれな方のエッセイで読んだりしたので、微妙な反発感もあり手ぬぐい派に転向した。最近はすっかり旅に出ることも無くなったが、手ぬぐいのストックは10年分くらいあるので困ることもないだろう。それでも、高知に行って土佐手ぬぐいの新作を手に入れてみたいなあ。

街を歩く

セントラルパークもどきな池袋某所

数年前に撮った南池袋の公園の写真だ。確か南池袋にある飲食店を探しているときに、たまたま遭遇したというか、目の前に何やら広い空間が出現してびっくりした。地価も高い都心部でこんなひらけた空間があるとはと不思議に思った。商業施設とも思えないが、公園の端にはカフェというかテイクアウト店もあるようだった。

新宿御苑とか、神宮外苑とか、都心にもあれっというようなひらけた空間が存在するが、この南池袋の開放感には敵わないような気がする。随分前に行ったニューヨーク・セントラルパークは、上空から撮った写真を見ると高層ビルに切り取られた長方形の空間だということがはっきりわかるが、地面から見た景色というのは、この南池袋の光景と似ている。こういう開放空間を都心のあちこちに整備してもらえると嬉しいなあ、などと考えていたら札幌の大通公園や名古屋の久屋大通公園は、まさしくそんな感じだなと気がついた。やはり昔の人たちはなかなか偉かったのだなあ。

駅弁

ヘッドマーク弁当の話

駅弁が好きなのだ。その中でもピカイチだと思うのが、JRの特急電車ヘッドマークをデザインした「限定弁当箱」使用の駅弁だ。いつでも売っているわけではなく、夏や冬の行楽時期に期間限定で販売されている。駅弁大会でもお目にかかることはある。この北斗星の弁当亜h2年ほど前に大宮駅で販売していた。北斗星は予約の難しい人気列車だったので、乗車経験は3回ほど。上野から札幌行きが一回、札幌から大宮までが2回。家族旅行としてはなかなか楽しい経験だった。

3年前の夏に買った?ような記憶が

弁当箱代のせいか、駅弁としては破格の2000円だが、中身はそれほど(超がつくほど)豪華なわけではない。ごくごく普通の幕内的な取り合わせだった。これを電車の中で食べるか、持って帰って食べるかは、いささか悩むところだ。というのも、この弁当箱を捨てるわけにはいかないので、食べ終わったらすぐに洗いたい。列車の中で食べると、洗うのが難しい。なので、この日は散々迷った挙句、結局は弁当を2個買った。北斗星弁当は出張先のホテルで夕食にして食べた。

駅弁を買うときには、ときどきこんなふうに2食続けて駅弁になることが多い。何種類かある駅弁を一つに絞りきれず、2個3個と買ってしまう。もうこの駅に来ることは一生ないかもしれない、という強迫観念に襲われての防衛行動だ。ただ、この防衛行動をすると、その地の名物を食べにいく機会が駅弁に変わってしまうという究極の悪魔的選択でもあり、それを避けるため昼と3時のおやつに駅弁食べるしかないとなることも多い。駅弁道を極めるのは厳しいのだ。

旅をする

白石城で考えた幕末動乱と未来の林業

白石城は戊辰戦争で発生した一連の東北戦闘の最終段階で重要な地となった。文化的歴史的価値があるはずだが、結局明治政府による反対勢力弾圧措置で廃城となった。それを昭和の最後の時期に復活させるプランが始まり、築城当時のままの方法で再建されたとのことだ。先の大戦で空襲で焼けた城とは扱いが随分違う。
個人的に明治維新という言葉が嫌いで、あれはまさしく西国動乱だと思う。西日本の反徳川諸藩で貧乏な下級武士たちが起こした暴力革命だろう。政治的意図は言い訳で、自分たちの成り上がりを革命に求めただけだ。自藩を巻き込み自身の成り上がりをかけ、東国にある徳川政権を倒した。西国諸藩は関ヶ原の恨みを晴らそうとしたという話もよく聴くが、貧乏下流武士はそうではないだろうと思っている。要は、自藩の上級武士も含めて金持ち階級に対する怨嗟の塊が暴発しただけで、それに同調した貧乏人が暴力革命の担い手だった。そして、反対勢力の親玉、徳川慶喜という最後の将軍が腰抜けだっただけで、動乱から革命が成立してしまった。
明治新政府で、成り上がった下級武士のほとんどが暴挙とでもいうべき振る舞いをした。明治政府の汚職の多発はその典型例だろう。その反乱軍で起きた内部反乱が南西戦争ということになる。暴力革命を起こすような連中は、内輪揉めもまた激しい。フランス市民革命の党派争いと同じことが、日本の明治初期に起きた。歴史は繰り返すというか、所詮、人の暴力反応など世界のどこでも起きる相似形でしかない。
その明治の西国大乱も、最初の10年くらいで革命の大物(笑)たちは、みんな暗殺や戦争でいなくなり、小物だけが生き延びて明治から昭和に向けて暴走を続ける。成り上がりだから、貴種としての振る舞いもできず、仕方がなしに天皇を担ぎ上げ、その権威によりかかる暴政を敷いた。その結果が日中戦争から、太平洋戦争に続く一連の愚かしい戦時行動で、結局は国を滅ぼした。
その戊辰動乱の亡霊が昭和20年の敗戦で一掃されたはずなのに、その後も40年近く東北の名城の再建話が進まなかったあたりが、この国の持つ宿痾とでもいうべきものだろう。戦後の民主日本でも総理大臣は西国出身者が続いた。平成最後の総理大臣も長州閥だった。東北では一連の凄惨な戦闘が起きたこともあり、戊辰戦争150年回顧展のような催し物が行われていた。同じ時期、鹿児島では明治維新150年記念と大きな看板が出ていた。平成のご時世でも、明治期におきた動乱の傷跡は、その歴史的認識に地域差を生み出している。動乱の発生地では、旧態依然たる日本を改革した扱いらしい。動乱のとばっちりを受けた東国では、あきらかに冷ややかな意識だ。令和の世では、それがどうなることだろう。150年以上前のことはわだかまりなくなっていくのだろうか。個人的には、犯罪人が流されて、或いは逃亡して形成された新興地北海道の生まれなので、その手の歴史的感覚は極めて希薄だ。ただ、西国動乱・戊辰戦争で没落したそこで諸藩がお殿様ごと移住した場所が北海道には何箇所かあり、そこではいまだに恨みが残っているのかもしれない。

白石城再建は築城当時の工法で再建するというプロジェクトだったようで、城内部では木造建築のありさまが見られる。この天然木の組み合わせと造作は美しいものだ。石積みの幾何学的な造形美とは違い、何やら人の手の力を感じる美しさだと思う。梁や柱に使われる大木がすっかりなくなってしまったので、もはやこの手の木造建築は不可能なのだそうだ。その辺りは国産木材を使った集成材の活用でなんとかできないものか。少なくとも杉と檜は70年物が日本中にゴロゴロしていて、花粉症の元凶なのだから、国費投入で是非対策をしてほしいものだ。


百億円くらい投下すれば、林業ロボットによる完全無人化された伐採事業が可能になるのではないか。大型農業機械のような植林と伐採が同時にできるロボが開発できると思うのだがなあ。切り倒した材木を枝を払い背中に担いて山を降りる6足歩行の運搬ロボットとか(スターウォーズに出ていた帝国側のアレみたいなやつ)、伐採監督用の大型監視ドローンとか(デザインはアダムスキー型円盤を希望)、給電用の太いケーブルを腰につけた人型汎用林業建機みたいな世界だ。

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連休は静かな暮らし

パルコ諸王正面入り口前から見た、人の歩いていない休日

埼玉県の西にある所沢の町の片隅に、なぜかパルコがある。さすがにパルコなので集客力あります。駅から徒歩ですぐなので、パルコに向かう道はそれなりに人の流れがあるのだが、今週はひとでがガタ減りしていた。普段の平日より少ないかもしれない。5連休の4日目ということもあるかもしれないが。それでもドトールコーヒーはほぼ満席だった。近くのファミレスなどはどうだったのだろう。すっかり街歩きも面倒くさくなり、自宅から半径300mを歩くだけで終わった1週間だった。2話でソロキャンプみたいな話がネットで盛り上がっていたが、なんだかそんな気分にもならず。心がすっかりやる気を失っている。これが自粛効果みたいなものか、人のやる気を着実に潰していくのだなあ。
テレビも見ない、本も読まない、Amazonミュージックで延々とクラシックを聴くという5連休だった。みんながこれをやれば、確実に経済も死ぬななどとも思うが、正しく政府と埼玉県の行政の自粛矯正に応えた1週間だった。

それでも緊急事態宣言は延長されるらしい。札幌ではオリンピックのテストマラソンやってから蔓延防止の申請をするという、なんとも不可思議な対応。このような下心が見え見えの行政が夏まで続くのかと思うとウンザリする。

街を歩く

気になるコンビニの話を2題

一つ目は酒販売の張り紙を見て気づいたこと。コンビニで酒販売をやめろと叫ぶ都知事のプンスカぶりに笑っていたのだが、実際にそれに同調するかのように、色々と対応が発生しているらしい。路上呑みが去年のパチンコバッシングのように、メディアを賑わしている。最近の自粛という名の規制の中で、人の集まるところは・・・営業やめてくれと行政がぶうぶう言っているが、まるで去年のパチンコ屋騒ぎの反省がない。科学的根拠を示さずに文句だけ言っている感しかしない。路上呑みの良い悪いについては個々人の感じ方だが、取り締まる法制の整備もなく、何かを禁止するのは行政として憲法違反に近い暴挙だと思う。ためならダメな根拠を示して法なり条例なりを策定すれば良いのだが。それをサボるからウンザリするのだ。などと一人で文句をつけていたら、コンビニの酒販売うんぬんに便乗して?警察が未成年への酒販売の取り締まりを強化しているようだ。コンビニで成人確認をしっかりしていないということで、従業員も含め店主が事情聴取されたらしい。コンビニレジは酒タバコを買う時は、「私は成人です → YES」と、レジのボタンを押さなければ会計できないシステムがある。警察はこの自己申告システムでは不十分だというのだろう。

コンビニでは酒とタバコの売り上げ比率が高いので、そこを規制されるのは痛い。だから、チェーン店内で情報が一気に拡散して、この面白い貼り紙が出現したのではないかと推測している。確かに日本の酒に対する規制は緩い。アメリカでは酒を飲む場所に入る時には身分証明を見せなければ入店すらできないという厳しい規制を敷いている(州によって多少違うが)。40歳を過ぎたときでもパスポートを見せなければ入店できなかった経験がある。日本でも酒についてそれくらい厳しい規制・やり方をするというのなら、法で決めても良い。すでにタバコでは購買許可カードがなければ買えない、購買免許必要物あつかいだ。酒もその仲間入りするだけで、文句を言うのは世の中の酒好きだけだろう。ただ、そのためにはしっかり法整備をして欲しいものだ。都知事のヒステリックとも聞こえる叫びで酒販売を規制できると思って欲しくない。
ただし、健康増進法でタバコの規制もあちこちで骨抜きにされたので(国会議事堂内ではタバコが吸えるのは行政府ではなく立法府だからという怪しい理論をご存知か)、酒が購入免許制になっても、抜け道はたくさんできるだろうとは思う。所詮、日本の行政なんてそんなものだろう。
しかし、コンビニのこの反応は素早い。ほぼ条件反射と言って良いくらいだ。手書きというあたりで、本部の対応というよりフランチャイズの横連携・独自情報網が活躍したのかと思う。文面も何やらすごい。「行政/警察の要請により」とか「本部の指導により」とか、一切確認作業の実施理由を書いていない。年齢確認をどうやるのかも書いていない。何よりこの張り紙の裏側にある酒が見えないのは、酒メーカーからすれば相当気になるというか、迷惑な話だとは思うが。ただ、そこに酒メーカーが文句はつけられないだろうし、とにかく色々な意味で目から鱗がポロポロ落ちるような張り紙だった。

もう一つは、大阪のセブンイレブン騒動で、フランチャイズ契約を破棄され、裁判で係争中のセブンイレブンの敷地内に簡易型のセブンイレブンを建てたというニュースだ。業界ナンバーワンのセブンイレブンが、法的に係争中の案件で強硬な姿勢をとったことに呆れ果てた。少なくとも見せしめの意図があるように思われる。全国のセブンイレブン・フランチャイズオーナーに対する恫喝のようにも思える。本部に逆らうと、こんな目に遭うぞと。
フランチャイズ運営をしている個人オーナーの幾分かは反発するだろうなと思う。そもそもコンビニ業界は巨大化しすぎて、政府からは睨まれている業態だろう。大手3社の社長が経産省に呼ばれて個人オーナーとの関係について説教食らったのをもう忘れたか。個人オーナーいじめはメディアに乗らない程度にこっそりやれよ、などと笑ってニュースを見ていたら、なんとセブンの広報担当者が喋る姿も映った。地域住民の方の開店要望にお答えした、などと曰っているではないか。いやいやびっくりだ。大阪のあの地域のどれくらいの方が、セブン本社に「うちの近くに店を開けてくれ」などとコメントを送りつけるものだろう?セブンイレブン関係者くらいしかそんなことは思わないような気がしてならない。

全国でセブンイレブンが最後に開いた沖縄県で、早くセブンを開けて欲しいという話があったと言われれば、そうかなと思う。しかし、大阪ですよ。ローソンが強い地域・マーケット、大阪ですよ。政府の官房長官発言と同程度の信用しかないでしょう。

たまたまゴールデンウィークにちょっと個人的に反応した、コンビニ・トピック2題。成長が止まった業態で、企業の劣化が始まっているなあ、などと考えてしまった。

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台湾パイナップル食べた

最近話題の台湾パイナップルが近くのスーパーに入荷していた。人気らしく、おひとりさま一個限定との注意書きがあった。大陸チャイナの台湾いじめのせいか、妙に人気があるらしい。ネットニュースで読むと、台湾からの大陸向け出荷は生産量の1割くらいのようで、その部分を日本の流通が買ったらしい。

お値段は、この消費税表記が変わった時期にもかかわらず税別価格¥498と大きく書いてある。隣に並んでいるフィリピン産パイナップルが¥298なので、ちょっとお高い高級品扱いだった。

1日ほどおいて、ラベルの裏側に書いてある説明通りカットした。芯まで柔らかくて食べられるというので、芯は取らないことにしたのだが、それが正解だった。じつに甘い、そして柔らかい。ハワイのドール農場で食べたとれたてパイナップルは酸味が強く、現地の知人に勧められて塩をかけて食べた。塩で酸味が中和されるというのだが、これは沖縄から移民してきた日本人がスイカの食べ方をパイナップルに応用したのではないかと疑っている。とにかく、それくらい酸味が強い。
ところが、この台湾パイナップルは酸味が実にマイルドで、缶詰の砂糖シロップ漬けパイナップルを食べているのかと思うくらい甘い。こんなに甘い果物といえば、最盛期のメロンくらいだろう。糖度18度とかいうハイレベルだと思う。

台湾の方には何やら申し訳ない気分だが、大陸チャイナと台湾の揉め事のおかげで美味しいパイナップルが食べられた。これを機会に、是非定期的に台湾パイナップルを店頭に並べて欲しいものだ。ひょっとすると昔懐かしの台湾バナナも復活するだろうか。遥か昔、小学校の遠足で持って行った台湾バナナは、おやつの数量制限の中に入らなかった貴重な甘みだった。などと思い出に耽ってしまった「台湾」パインナップル体験だがステイホームのご褒美かな。

食べ物レポート

牛丼食べた

先週外出した時、昼食の時間が10分しかなくて、ちょっと迷ったのだが牛丼にした。それも、個人的定番の吉野家ではなくすき家だった。すき家の牛丼は、街道沿いにある一軒家タイプでよくお世話になる。周りに飲食店がない、あれっというところに出店していることが多いが、逆にそのせいで客が集まっているような気もする。「逆張り戦術」が機能しているのか。吉野家は車で移動するときには店がみつからない。駅前でマクドナルドの3軒隣みたいな場所が多い気がする。

牛丼は、紅生姜と唐辛子で赤く染めて食する

牛丼は30代後半で卒業する人が多いと聞いたことがある。多めの飯と牛バラ肉のボリュームが年齢的にキツくなるのが理由らしい。確かに牛丼喫食回数が減ったのは確かだが、それでも月に一度くらいは食べても良いような気がしているので、まだ未卒業者らしい。生まれ育った北の町では牛丼屋が定着せず、東京に出てくるまでほとんど食べたことがなかった。そのせいなのか、東京付近(笑)に出てきて外食店店長をしている間は、人様の10倍くらい牛丼を食べていた記憶がある。最長で50日くらい連続で食べていた。体の中の半分は牛丼とフライドチキンでできていたと言っても嘘ではないと思う。それくらい食べ続けると牛丼の味の違いがわかるようになる。煮込んでいる時間により、あっさり目から超濃い目まで、ずいぶん具材の味が変わる。濃いめの味の日は「今日はきっと暇なんだろうな、自分の店も暇だったしな」、などと外食景気のバロメーターみたいなものだった。逆に玉ねぎがまだ味がついていないパリッと硬めの時は、「おやおや、忙しすぎて仕込みが間に合わなかったか」などと思っていた。
後年、吉野家の部長さんに店長時代の汁だく話を聞いたことがある。客から「にいちゃん、汁だくで」と頼まれると、「はーい、目一杯汁だくで、マニュアル通りでお出しします」みたいな口先だけの汁だく対応をしていたと笑っていた。今は本当に汁だくにするらしいが。

確かに若い時は、牛丼が安くて美味いと感じる時期があるだろう。牛丼のヘビーユーザーは週に3回、4回と通うらしいので、十円の値段差があればブランドを乗り変えるという。当然、大手3社は価格だけに限らず味のこだわりも含めて、外食業界で1番の激戦区であることに違いはない。その牛丼チェーンの競争に思いを馳せながら、すき家で食べた牛丼は何やらほろ苦い味がした。個人的な事情でしかないのだが、ついにご飯が完食できなかった。具とご飯半分でお腹いっぱいになった。寄る年波には勝てない、ということを牛丼で実感させられるとは、やれやれというしかない。

面白コンテンツ

SONYからAPPLEの時代

2年ほど前に物欲に負けて、これが最後のPC購入などと言い訳をしてAPPLE製ハイエンドマシンを手に入れた。画面の広さは作業性に圧倒的な差をもたらすと実感した。以来、ノートPCは単純なテキスト入力機に成り果て、それならクロームブックでも良いかよ思っていたら、今やクロームブックの低価格機が2万円代と昔のワープロ時代を考えれば夢のような話になっている。
(ワープロを見たことも聞いたこともない世代が増加中なので補足すると、白黒液晶画面がついて10行くらい入力できて、記録はフロッピーディスクという今や消滅した媒体を使った、テキスト入力(キーボード)と簡易的な印刷機能がついて20万円くらいした古代の事務機器。今では一般的なラベルプリンターのようなものだが、それより機能的には劣る)


それで、iMacの話なのだが、目の前にiMacとコンポのスピーカーを並べて音楽をかけながら仕事をしていると、どうやらiMac+Amazon Musicの方が、コンポ(sony製、Walkman接続、HD搭載モデルの中級機)+CDより、明らかに音質が良い。コンポの買い替えを考えていたが、やめることにした。


古いWalkmanはとうとう画面が見えなくなり(音は出るので、完全損壊ではない)渋々新型に買い替えたが、容量が16Gで、これならiPhoneの方がマシだと若干後悔している。iPhoneは128Gモデルだから、持っているCDその他の音源を全部入れても余裕だ。

かくして、長年愛用してきたsony製品はApple社の駆逐されてしまった。何やら個人的には20世紀から21世紀に変わったことの象徴のような気がする。

https://www.apple.com/jp/imac-27/