旅をする

記憶に残るラーメンが蕎麦の地「安曇野」に

2017年の記憶 #13 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

安曇野の近くに、松本の老舗ベーカリーの支店があり、そこにパンを買いに出かけた時の発見したラーメン店だ。安曇野といえば蕎麦の名店が揃っているところで、当然「今日のランチは蕎麦だ」と決めていたのだが、ロードサイドのラーメン屋の看板に釣られてしまった。駐車場に車を入れたのは昼のピークを過ぎたあたりだったので、竜車上も空きが目立つ。店内もそれなりに空いていたのだが、なんとなく「この店はいけるかも」という勘が働いた。そもそも最近では変わっているかもしれないが、長野ラーメン、信州ラーメンという言葉を聞いたことがなかった。やはり蕎麦王国でラーメン文化は弱小勢力なのね、と思っていたのだが、長野県で独立勢力が「信州ラーメン独立軍」として頑張る時代になったようだ。基本的に信州味噌を使った濃い味のラーメンが多いような気がする。

豚骨の味噌味という難しいジャンルで、予想以上にうまいものに出会ったぞ、というのが第1感だった。味玉に自信ありということだったが、これもしっかりと味が染み込んだ一品で、何より感動したのが大きな海苔の勇姿だった。ラーメンを頼む時、追加トッピングで海苔を頼むことも多いノリ好きとしては、この一枚海苔はまさしく感動ものだった。
ただ、食べ方が難しい。スープに浸かって柔らかくなった部分を食べ、残りの海苔をスープに漬け込み、柔らかくなったらまた食べるという繰り返し。ラーメンを食べていながら海苔に満足を覚えるのは初めてかもしれない。

ネットでチェックしてみたら、上田が本店らしく、このご時世でも元気に営業しているようだ。そうとなれば、今年の夏は安曇野で蕎麦とラーメンの連荘だ。

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真空調理は面白い、そしてうまい、ズボラ料理だ

2017年の記憶 #12 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

最近は真空調理とは言わなくなってきたようで、低温調理の方が一般的かもしれない。調理の技術としては「科学的手法」だが、原理は簡単なものだ。「真空」というように、まずは素材をプラスチックバッグに入れて脱気する。真空とまでは行かないが、袋内の空気を抜いて加熱時の温度ムラを避けるのが目的だ。そうした上で、スチームコンベクションオーブン、通称スチコンに入れて湿度100%の低温で加熱する。低温といっても60−80度程度で加熱するので、触ると火傷する程度には熱い。ただ、袋の中で加熱するので、食材の水分が流出しない。だからパサパサにならないというのが調理技法としては重要だ。
また、肉などではタンパク質が加熱による変性が起こるので、低温で調理することは肉が柔らかく仕上げられるというメリットもある。殺菌温度との兼ね合いもあるが、温度と調理時間の組み合わせでそこは対応可能だ。
スチコンはプロ仕様の時短調理器だが大型で、かつ高価だ。家庭料理用としてはスチコンの代わりに大型鍋にお湯を入れて加熱するヒーターが販売されている。最近では国産も増えて手頃な価格(10000円程度)で手に入る。自分が使っているのは米国産の輸入物だが、温度設定が0.5度刻みでできる。英語表記で良ければスマホの専用アプリと連動して時間、温度設定もできる便利さだ。基本的にアメリカ人はタイマー調理をするようで、煮込み料理もこれを使ってやるらしい。バッグに入れた原材料を鍋に放り込んで放置するだけなので、家庭料理としても究極に近いズボラ料理だ。ただ、プロにとっては、「時短」の切り札になる。ちなみに家庭料理としては温度設定を「だいたい」でやるのであれば、炊飯器の保温機能を使うという変形手段もある。むしろこちらの方が一般的かもしれない。

下味をつけた豚塊肉でチャーシューを作ったが、これは肉の臭みが消えてうまく行った例だ。熱が通った後に袋を開けて、バーナーで焼き目をつければ完成度がグッと上がる。肉が柔らかいのでチャーシューというよりレアに近いソフトステーキのような仕上がりになる。蜂蜜ソースでもかけるともっと旨そうだ。ローストポーク(もどき)も一緒に作ってみたが、これはちょっと完成度が低い。豚肉の臭みがそのまま残るので、臭い消しを兼ねたソースが絶対に必要だ。ちょうど時期だったクランベリーといちごジャムを使い甘いソースを作ってみたが、これでも臭い消しには力不足だった。ニンニクたっぷりのガーリックベースにでもした方が良かったのだろう。
鶏肉を使えば、鳥チャーシューや鶏ハムが簡単にできる。肉が柔らかく仕上がる(まさにジューシー)ので、胸肉でももも肉でも良い。自分で作ったサラダチキンは、冷凍保存もできるので使い勝手が良いと思う。
低温調理をする時は豚肉、鶏肉の塊肉を適当に味付けして、一度に5−6袋放り込む。出来上がった後は袋のまま冷蔵庫や冷凍庫に放り込んで保存する。低温調理はズボラで多少の罪悪感は感じるが、役に立つ現代の料理技術だ(エヘン) ちなみに、自分で作ったサラダチキンは市販品の半分以下のコストなのでとてもお得。

食べ物レポート

諏訪のラーメンで大陸北方を偲ぶ?

2017年の記憶 11 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

中央高速諏訪インターを降りてすぐを諏訪湖方面に左折してしばらく直進、その後で諏訪大社に行くには左折する交差点を、右に曲がればすぐのところに、いつでも混雑しているラーメン屋がある。このちょっと変わった名前のラーメン屋に初めて入ったのは10年以上前だと思う。ハルピンという言葉にどんな意味があるのだろうと不思議に思っていたのだが、なんとそのまんまで「中国の都市」だった。店内にある「店名とメニューの由来」みたいなものを読んでみるとわかることで、あまり深い意味はないようだ。ハルピンという土地の特産物ということでもないようで、なんだか餃子の由来と同じようなことらしい。
ちなみに、焼き餃子は本場の中華料理体系の中では存在しないようだ。餃子のようなものは色々とあるが、水餃子が主流で日本的な焼き餃子は見当たらないらしい。台湾で現地の友人に教えられた中華料理アルアルだ。北京料理を含む北方系料理では棒状の焼き餃子のようなものはある。紅虎餃子房で売っている鉄板餃子はそれに近いものだと思っている。

そのハルピンラーメンだが、ニンニクを効かせた味噌ラーメンのようなもので、スープは濃厚だ。底に味噌がたまるのでよくかき混ぜて食べるようにとご指示がある。麺は細めの丸麺で、スープとよく馴染む。もっとがツン系のニンニクラーメンというものもあるが、それを食べると夜になって寝た後にシーツがニンニク臭くなるくらいの強烈さだから、食べる時には注意が必要だ。小さいご飯がついてくるので、最後は残ったスープにライスを入れて「追い飯」が楽しめる。ニンニクおじやといった感じだから、これはそれぞれの好みだろうか。半年食べていないとムズムズしてくる中毒性の高さがあり危険食品だ。この前食べたのは去年の終わり頃だったから、どうやら禁断症状が出始める時期になった。うーん、ハルピンラーメンさん、埼玉か東京の何処かに支店を出してくれませんか。お願いします。

食べ物レポート

うまい団子は伊那にある

2017年の記憶 #10 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

自宅周辺は、旧武蔵国でいうと東西でいえば西寄りになる。南北で言うと中央部といった場所になる。東京都の23区外は武蔵国の南端にあたる。埼玉県はほとんどが武蔵国だが、北部の熊谷から深谷にかけては、上州とミックス化が進んでいる。つまり、The武蔵国みたいな場所にあたる。
戦国期を通じて城はなかったが新田義貞の合戦場跡がある。北条氏の関東制覇で注目を浴びた河越城夜襲(川越)の跡も近い。それなりに昔はいろいろあった場所のようだ。台地の上なので田んぼはない。だから畑作と茶栽培が盛んになった。そのためなのか、うどんと団子が名物になっている。たまに地元の有名店で焼き団子を買って食べるのだが、なかなかうまいものだと思っていた。しかし、うまい団子の定義が根こそぎ変わってしまったのは、長野県伊那の団子屋体験をしてしまったせいだ。超絶的に美味い。多分、誰が食べてもそう感じると思う、絶対王者的団子だ。普段は自分の食べ物の好みを押し付けることはしないが、この団子だけは「推し」といいたい。従って、地元の団子は(自分の意識の中では)万年二位から脱出できない。
この伊那の団子屋は注文してから団子を焼き始める。出来立て、焼き立てを持ち帰ることができるのだが、その場で食べることもできる。いつもの注文の仕方は、焼き立てをその場で2−3本食べ、10本を持ち帰りにする。持ち帰りはその時にある味違いの種類(餡子とか醤油とか)をほぼ全部混ぜ合わせる。この店の御亭主曰く、日持ちはしないということなので、持ち帰った団子はその日のうちに全部食べ切る。だから10本の団子が、その日のディナーになるということだ。
テイクアウトで冷めた団子も、世間水準で言えば超優良品質なのだが、旨さを堪能するためには焼き立てをその場で食べるに限る。これを食べると人生が変わる、というくらいの代物だ(と自分では思っている)

伊奈で中央高速を降りて、市街地を抜けて住宅地がまばらになる町外れの畑の中みたいな場所にある。それでも周りは住宅地なので、何軒もの住宅に囲まれている。車のナビではドンピシャな場所に辿り着けない。大きな看板があるわけでもないので、お店を探し当てるのはなかなか手間暇がかかる。何度行っても行くたびに迷ってしまう。それでも行く価値はある。団子のために高速飛ばしていく価値がある。気がつけば2年ほど行っていないが、今年はぜひ行かねば。

「伊那」「団子」で検索すれば出てくるので、ご興味があればどうぞ。

旅をする

戸隠神社と蕎麦

2017年の記憶 #9 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

戸隠という地名を知ったのは、半村良の伝記物のどれかだったように思う。古代日本の鬼伝承について読んだ本でも、長野県の山奥の地、戸隠、そして鬼無里(きなさ)が舞台となっていて、一度行ってみたいと思っていた。初めて戸隠に行った時は、長野からやたら細い山道を通ってたどり着く辺鄙な場所で、山里という感じを強く持った。その後、何度か訪れる機会があったが、やはりいつも山奥の場所だと思った。車で行けばそれなりに簡単に着くが、昔は徒歩でここを登ったのかと思うと、信仰心というのはすごいものだなと改めて感じる。戸隠神社は自分の中でも好きな神社のベスト5の中に入る。何度もお参りに訪れる価値があるところだ。ちなみにお気に入りの神社は、秩父の三峯神社、長野の諏訪大社下社、奈良の三輪神社、熊本の阿蘇神社など。ちょっと古びた感じがお好みの神社だ。

世間一般的には「戸隠」というと神社より蕎麦の方が知名度が高いような気もする。自分でも戸隠神社参詣の楽しみの一つは、蕎麦を食べることだ。ただ、この門前町の蕎麦屋は平日だと休んでいる店も多いので、蕎麦を食べるつもりなら週末に行くべきだろうと思う。お目当ての蕎麦屋が休みだと、ちょっと残念な気分になるからだ。この日は初めての店を「見た目」と「駐車場」で選んだ。店選びの理由なんて、食べ物の旨い不味いだけでは決まらないという典型だ。特に外観、ファサードは観光地の場合、とても重要だと思う。単純にお目当ての店が休みだったから、まあ戸隠だったら、どこの蕎麦屋でも旨いだろうという理由のない安心感もある。だが、実はこれが正解だった。良い店を見つけるには、多少の運も必要だということらしい。

普通にもりそばを注文しようと思ったが、追加すればつゆが何種類かセットになるようで、信州名物のくるみダレも合わせてセットにした。東京のビジネス街で頼む(それも老舗ではない普通の街の蕎麦屋)の蕎麦は、サラリーマンの定番昼飯だが、食べてもあまり感動はない。腹を満たした、必要に応じて食事をしたという感じがする。(決してまずいとは言わないが)
ところが、ちょっと都会を離れた鄙なところで食べる蕎麦はご馳走感がすごい。この差はいったいなんなのだろうといつも思うのだが・・・。長野はあちこちに(山の中、田舎の畑の脇など)蕎麦の名店がひっそりと存在している。そんなところのそばを、ハシゴしてみたいものだ。

街を歩く

焼きそばではない焼きスパを銀座のはずれで

2017年の記憶 #8 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

銀座のはずれにある首都高速下の商店街?の端っこに当たる場所に、カウンターだけの小ぶりなスパゲッティの店がある。昼時は長い列ができるが、食べる客のスピードが速いこともあり、意外と待ち時間は短い。それでも、やはり昼のピークはずらして行ったほうが良いとは思う。世間的にはパスタと呼ばれる麺料理だが、その調理方法を見ていると明らかに焼きそばではないかと思ってしまう。カウンターから調理しているところが丸っと見えるからだ。茹で上げてある麺をガバッと大きなフライパンに放り込み、炒める、さらに炒める、ちょっと調味料が入り、また炒める。ソースと絡めてという感じではない。定番ナポリタンを頼めば、赤い焼きそばに見えてくる。

ナポリタンと並んで人気なのが、この見た目の黒い醤油味で、メニュー名は店名と同じだ。これは間違いなく箸を使って食べる食べ物だ。もぐもぐと噛みしめるべき麺料理で、腹を満たすために食べるという食事の原点を感じる。一見するとソース焼きそば風だが、これはスパゲッティ料理だ。食べている途中でナポリタンも食べたくなるが、2食を食べ切れるほどやわな麺料理ではない。剛直、という言葉が合うガツンな食べ物だ。目一杯腹を減らして、いや、もっともっと限界まで腹を減らして食べに行きたい。その時は2食食べられるかも。

旅をする

岩国で戦国アウトドア

2017年の記憶 #7 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

岩国市の近くの山の中にある、屋外エンタテーメントレストラン「いろり山賊」をテレビの番組で見て、一度行ってみたくてたまらないと思ったまま数年がたった。青春18きっぷ西日本の旅のゴールはここにしようと決めた。岩国からでは1日で東京まで戻れないので、帰り道はどこかで一泊しなければならない。仕方なしに戻れるところまでを帰り道にした。名古屋泊になった。名古屋飯は好物なので文句はないが、青春18切符の旅は行き当たりばったりだとアクシデントも起きる。名古屋までなかなか遠い。
さて、この山の中の屋外レストランだが、日本にはなかなか存在しないエンタメ系レストラン。アメリカではあちこちにあるが、東京や大阪ではこの手の店はほとんどない。屋外で露天の掘り炬燵に入って食事をするという経験はなかなかのものだと思う。屋根はかかっていたが雨の日にはどうするのだろうと気にはなった。それはそれで楽しいのかもしれない。室内にもテーブルはあるが、晴れていれば寒かろうと暑かろうとお外で食べたい気分になる。もう一つ不思議なのが、屋外の席のあちこちにビールの自動販売機があること。酒は自販機で買ってねということらしい。

掘り炬燵の席から炉端に移してもらった。注文した食べ物が山賊おにぎりと山賊焼(鳥のももを串に刺して焼いたもの)だが、確かに見た目からして山賊が山の中のアジトで焚き火で焼いた的な感じがプンプンする。手掴みでワシワシと食べると気分は山賊の子分くらいにはなる。山賊焼は店に入ってすぐの大きな囲炉裏に串を刺して大量に焼いていた。ヤマメの串焼きを焼いているのはみたことがあるが、鳥のモモ焼きが10本以上ぐるりと輪を描いて刺さっているのを見ると、何やら勇壮な気分になる。山賊の宴会だ。車を運転して行ったのだが、ナビの位置が微妙にずれていてずいぶん迷ってしまった。最寄りのJRの駅からタクシーで行くのが正解かもしれない。夜に行けば篝火でもっと気分が盛り上がりそうだ。ここは大人の遊園地なのかもしれない。

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高野山で昼食難民

2017年の記憶 #6 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

高野山といえば、思い出すのは「孔雀王」だ。高野山で修行したモンスターハンターが妖怪と戦うというコミックで、式神使いのサブキャラが結構渋い。呪を唱え印を結ぶ、和風ヒロイックファンタジーの走りだったと思う。だから、高野山は自分のイメージの中で妖怪と戦う密教戦士の総本部みたいなものだった。そしてとてつもない秘境で平民がいくには果てしなく遠い「秘境」と思い込んでいた。近しいイメージで言えば、長野県戸隠とか鬼無里といった山奥の地のもっと山奥盤というところだ。

それでなんとなく遠すぎていけないと思い込んでいたのだが、ちょっとネットで調べてみたら、小学生が遠足で行けそうなくらいの場所らしい。拍子抜けしてしまった。そこで、関西神社巡りの中に1日日程を追加して、南海電車で高野山の麓までちょいちょいとついてしまった。そこから高野山の上まではケーブルカーで、これまたちょいちょいと・・・。ケーブルかはなかなかのイベント感のある乗り物だった。頂上駅では駅員さんが案内してくれて、町の中央というか寺院複合体の中心部、つまり本山まで行くバスに乗り込んだ。事前の下調べが足りずに、どこにいけばわからなかったボンクラ旅行者に駅員さんが丁寧に説明してくれ。親切な町だ、という印象が強い。

金剛峯寺前に立ち、ささやかに感動した。おお、これが妖怪ハンター養成所か。などと不謹慎なことを考えながらお参りする。思っていたよりもこじんまりした感じがするが、京都にある巨大宗派の本山と比べるのがおかしいのだろう。こちらは密教修行のための本山で、京都にあるのは政治的示威が必要な教団本部だから違いがあって当然だろう。関東、西国、四国の札巡りが終わるとお礼にここにくるそうだ。その後、バスを乗り継ぎあちこち回って高野山をすっかり堪能したのだが、昼時を過ぎてそろそろご飯を食べようと思ったら、どの食堂も満員で空席待ち。平日であっても高野山は大量の参詣者が押し寄せてくるらしく(季節が初夏ということもあり)、完全に昼食難民となった。あまりの空腹に耐え金、コンビニで買ったアメリカンドッグをベンチで食べることになった。(弁当やおにぎりもほぼ売り切れ状態だった)
やはり罰当たりなことばかりを考えていた報いだろう。次回はもっと崇敬の念を持って再訪したい。そして、忘れずに食事の予約もしておこう。

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成田でうなぎ

2017年の記憶 #5 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

首都圏では一番訪れた機会が多い町が成田だと思う。勤務先があった恵比寿は毎日通う場所だったし、帰りがけにいっぱいやるため新宿には立ち寄ることが多かった。そうした日常的な街と違い所用があるから、わざわざやってきたという感じがするのが成田だが、厳密にいえば成田の町ではなく成田空港に来ていた。空港を訪れた回数でいえば、羽田空港の方がはるかに多いが、羽田は感覚的に「駅」なので通過点意識しかない。成田空港は「駅」というより、長旅の始まり、第一チェックポイントみたいなところがあ理、意識の上では「街」だった。
そのせいで、あれほど有名な「成田山新勝寺」のお不動様にお目にかかったことがないことに気がついたのは、タモリの出演する某テレビ番組をみたときだった。そこで、青春18切符の残り、最後の一回分を使い成田に行ってみることにした。東京駅から千葉で乗り換え成田駅までは、なかなか乗りご耐えるある距離だ。この頃から御朱印集めを始めたこともあり、日帰り旅としてはなかなかの充実ぶりになった。お不動様を拝んだ後の楽しみは、「うなぎ」。

最近ではますます高級品化してしまった鰻だが、どうやら成田詣に鰻はつきものらしい。門前町をぶらぶらと歩いていると何軒も鰻の店が目に付く。事前に調べていた有名店も、平日ということでスルッと入れた。店頭で鰻を捌いているのが覗き見できるのが、新鮮さを感じさせる。鰻重は上品に食べるものではないと勝手に思い込んでいるので、熱々の鰻をご飯と一緒にガツガツと勢いよく食べる。江戸時代はまるぎりにしたものを焼いて食べたようだが、この開きで焼くスタイルを考えだした職人?は偉大だ。東京に出てきて初めて食べた鰻にびっくりしたのはもうずいぶん昔のことだ。蒲焼といえば秋刀魚の蒲焼の缶詰しか知らなかった地方出身者にとって、うなぎとは本の中でしか知らない、何やら怪しげなうまいものの代表だった。今では自前で注文できるようになった、我が身の立身出世(大袈裟な・・・)の印みたいなものだ。一年に何度か無性に食べたくなり、今日は鰻を食べるぞと勇んで外出することもある。名古屋のひつまぶし、諏訪の鰻の名店、そして高知の四万十産鰻、どれもこれもうまいものだ。今年の夏は鰻三昧してみようかなあ。

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お伊勢参りでかき氷

2017年の記憶 #4 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

伊勢神宮入り口にある参詣者向けの商店街というか、門前町というか、土産物や食べ物が楽しめる一角がある。人工的に作られた商店街なのだが、それも随分と時間が経ってすっかり「町っぽく」なっていた。伊勢名物、あんこ餅の「赤福」の社長さんががんばって旗振りをしたそうだ。赤福は本店は実に大きく立派な建物だったが、この「おかげ横丁」の中にも何店か出店している。当然、赤福のあんこ餅を食べる人で賑わっている。ちょっとした順番待ちも起きているので、違う場所に行ってみたら、そこでは「かき氷」を食べている人を見つけた。5月下旬の暑い日だったせいもあり、何やらとてつもなくうまそうに見えて、急遽あんこ餅からかき氷に変更した。

柔らかなかき氷に抹茶味のシロップがかかっていた。少し食べたところで、氷の中にあんこの芯があるのに気がついた。気になって「芯」を確かめてみることにしたら、何やら相当な大きさのあんこ塊が出てきた。氷を食べて、キーンとしてくる頭を、温かいお茶で宥める。箸休めというかスプーン休めにあんこ玉を少し食べる。かき氷が何段階か進化した、ラスボス級かき氷だった。
やはり和菓子の老舗が考えることはさすがだ。物価とか、洗練とか、かき氷には似つかわしくない言葉が浮かんでくる。歴史のある街は違うなあと感心した。この街は、少なくとも江戸中期から300年以上、伊勢参り観光客を相手にしてきた、凄腕の観光業者集団だから「接待商売」のレベルが違う。北海道の自然を全面に押し出した「考えなしの素材提供」と比べれば、その巧妙さのレベル違いは歴然だ、などと文化的考察に浸りつつ、かき氷を堪能した後は「赤福」を追加してしまった。伊勢商人の観光技に完敗だった。