旅をする

根室駅でひとやすみ

根室駅に立ち寄ったのはこれが初めてだと思う。根室付近には二度ほど来たことがあるが、市内を通過しておしまいだった。若干の鉄分を含む身としては、やはり一度は見ておかなければいけない駅だ。それにしても最近気がつくことの多い、黄色い旧型の郵便ポストには何か意味があるのだろうか。

道東の鉄道の延伸については、JRの特急車内誌がたまたま特集していてお勉強になった。釧路港を核に石炭、硫黄、木材などの資源を積み出すためにすごい勢いで建設されたようだ。労働力は囚人頼りの時期もあったらしい。その釧路から根室にかけて伸びたのが花咲線。どうやら沿線の自然が素晴らしいようなのだが。

久しぶりに見た自動改札機のない改札口で、周りは「花咲線」のオンパレード状態。うーん、観光客だよりはわかるが、それならそれでもう少し情報整地したらどうかなあなどと考え込んでしまった。

夏休み前の時期ということもあり、ほぼ無人状態で、何やら映画のセットみたいな雰囲気で撮影が始まりそうな気配だった

それでも表側に回ってみると、座席にはソーシャルディスタンス表示がしっかりと貼ってある。今の日本の観光地は、ほとんどがこんな感じなのだろう。コロナ対策で役所の中にこもっていると、こんな光景を目にしたりはしないのだろうな。「祝!全通100年」はめでたいのだろう。ただ、このままでは110年を迎えられるのかを真剣に考えなければいけないぞとも思った。鉄道旅は好きなのだが、北海道に限れば鉄道より自動車移動の方が速かったりする。

根室名物といえば、納沙布岬に登る朝日、鮭と秋刀魚と花咲蟹かと、感慨に耽っていたが、そういえば昆布はどこに?と気がついた。昆布の絵らしきものが見当たらないぞと思ったが、どうやら波を表していると思しき白いヒラヒラしたやつが昆布を意味するのではないか。デザイナーさんの美意識では、黒い昆布はいけないようだ。
しかし根室駅の中には売店がない。駅弁を買おうと思っていたが、入手不可だった、どこか近くの土産物屋で売っているのかもしれない。駅前を見渡し土産物屋(観光センター)に入ってみたが見つけられなかった。駅弁マニアとしてはちょっと残念な根室駅だった。

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アジウリを見て思い出すこと

北海道では、この季節になるとスーパーの果物売り場でたまに並んでいる「あじうり」。一般的には、まくわうりとして知られているらしいが、北海道では夏の甘い果物として知られている。いや、いたと過去形で書くべきかもしれない。メロンが一般的になる前、夏の甘い果物といえば、アジ売りとスイカと決まっていた。さくらんぼが出回り季節と重なっている7月初旬が出始めで、お盆の時期、8月の中頃まで出回っていたような記憶がある。高価なメロンと比べても仕方がないのだが、アジ売りは安い分だけ糖度が低い。というより、より糖度の高い商品としてメロンが開発されたということだろう。果肉は緑がかった黄色で、ちょっと見では緑肉のメロンの色に近い。島があるところはスイカに似ているが、食感は柔らかいきゅうりといったようなもので、メロンのようにスプーンで掬って食べるのには向いていない。皮を剥きザクっと切ったものを楊枝でつまむと言った食べ方だった。小玉のスイカを細くした程度の大きさで、俵形をしている。皮は薄いが果肉の甘い部分は中心部付近なので、皮は厚めにむいた方が良い。

この「あじうり」を食べていた頃は、トマトがとてつもなく酸っぱくて砂糖をかけて食べていた。そして、トマトの青臭さが嫌いな子供が多かった。今の桃太郎と比べると、同じ品種とは思えないくらい、トマトは野菜臭かった。感覚的にはセロリーに近いものだった。とうもろこしも甘味が全然足りていない上に、皮が硬いせいで、たっぷり塩を入れゆでたものを食べていた。おそらくポップコーンの塩味に近いレベルで、一本食べると喉が渇くほどの塩分だったと思う。スイカも糖度が低めで塩をかけて食べるというのが一般的だった。さくらんぼもイチゴも今と比べて酸っぱくて甘さが足りない。たまにアメリカで食べたイチゴやトマトで、昔の味を思い出したこともある。つまり今や日本の果物は、世界の平均値と比べるととてつもなく甘い「何か」になっているらしいのだ。だから、そんな昔の味を懐かしんで味売りを食べてみるのだが、当たり前のように味売りも品種改良が進んでいるらしく、昔と比べてはるかに甘い。味売りの思い出にも裏切られる。歳をとってしまったものだという実感が残る。ちょっとほろ苦いあじうりだった。

街を歩く

二番煎じか 差別化か ちょっと微妙な

最近は出歩くことが減っているので、街で何が起こっているか、どんどんわからなくなっている。これは商売がら、ちょっと困ったことになるぞとは思うのだが。そんな「知らなかった」ことの一つが、この大衆酒場の復活だ。開き戸を開けるとカウンターがあり、丸椅子があり、安い酒と魚を目当てに常連客が集まる、みたいな感じだ。店舗の外観は昭和中期の大衆酒場を再現したかんじになっている。横浜のラーメン博物館を路面に引っ張り出してきたような感じだ。スシローが展開している寿司居酒屋は、その流行をバシッと引き当てたヒットコンセプトだと思う。が、当然それをコピーする商売も広がるわけで・・。今や、あちこちで寿司、天ぷらを中心においた大衆酒場風の店が大増殖し始めている。焼き鳥ではなく、寿司天ぷらを中軸に置くのは、当然ながら単価を高くするためだ。魚居酒屋は多店舗化が進みすぎると、魚の仕入れに障害が発生すると言われているが、成長途上ではあまり心配することはない。

この店は有名居酒屋チェーンの実験店なのだと思うが、コロナの拡大時期に開店したので、おそらく実験検証が難しいのだろう。もうしばらくメニューの開発、実験が付くような気がする。そして、今回試してみたのが寿司でもなく魚でもなく天ぷらでもない肉料理だ。「トンたん」も最近あちこちの居酒屋で目にすることが多い。ごま油と塩で食べるとんたんは臭みもなく、「あり」な食材だ。冷たいまま提供できるのもメリットがある。

名物塩煮込みがおすすめらしいので、それも注文してみた。寿司と天ぷらの店なのだから、煮込みといっても魚のアラ煮のようなものだと、勝手に思い込んでいたが、出てきたものは普通の内臓肉煮込みだった。モツ入り?、ありゃりゃ的な驚きもあったが、それはこちらの勝手な誤解で思い込みだからお店の所為ではない。ただ、これを名物にするってのはどうかなあという気もする。

杉玉で見た舟盛り丼みたいなものを期待していただけに、普通の大衆居酒屋的なメニューで攻められるとちょっと違和感がある。このあたりが、まだまだ実験途上ということだろうか。店内はコンビニ級の明るさで席も広めであり、女性も入りやすい。大衆居酒屋特有の昭和演歌的な薄暗さはないのが良いところだ。ただ、もう少しメニューの方向を絞り込んで、寿司と天ぷらを追求するのが良いのではないかと思う。実験店はあれこれ試すのが目的だから、それも仕方がないのかもしれないが。隣に杉玉などの競合居酒屋が開店したらどうなるか、という想像をしてみた。血みどろのバトルになりそうだ。居酒屋もコロナで痛めつけられて、次世代の戦闘が始まるわけで、そのための新技術開発競争はますます激しく続くのだろうなあ・・・。

街を歩く

日高屋 別バージョンの話

日高屋が多い宮駅前の横丁で変わった焼き鳥屋をやっているのは知っていたが、それの多店舗化に取り組み始めたらコロナになってしまった、という印象だった。いわゆる大衆居酒屋路線なので大変な状況だろうと思っていた。それでも、何とか営業しているのには頭が下がる思いがする。たまたま川越の街で、ランチ営業をしていた店を覗いてみた。ランチはナポリタンから肉汁うどんに変わっていた。店内に入って聞かれたのが、「飲みですか、食事ですか」というのが、微妙に心に刺さってしまう。昼飲みが主力業態になってしまったということだろう。

取り合えじ売り上げ貢献だということで、ランチの前にちょっと一杯にしようと焼き鳥を一皿(つくね)を注文した。焼き立ての焼き鳥は美味いものだ。最近はテイクアウト焼き鳥しか食べてないしなあ、などとぶつぶつ言いながら、追加で味玉とめんまセットを注文する。これはまさしく日高屋本体のものだろう。

軽くいっぱい飲んでランチにしたので滞在時間は約1時間。その間に入ってきたランチ客は3人。カウンターやテーブル席に距離を置いて、黙食する一人客だ。この現実を見た上で、酒禁止令だの営業時間短縮だの決めるつもりはないかと、政府や県の役人に言いたい。役職の偉い奴(人間的にはずいぶん劣化しているだろう)は絶対に現場を見ていないだろう。普通に街を歩いていて失政の証拠を見せつけられるというのは、かなり不幸な時代なのだと思う。

街を歩く

川越街歩きの気づき

所用で川越の町に来た。川越は江戸時代から続く武蔵国の要衝なので、古い街並みが観光名所となっている。ただ、街の中心部は東武東上線とJR川越線が接続する「川越」駅と西武新宿線「本川越」駅を結ぶ商店街が閉めている。ローカル百貨店も構えている、地方中核都市の賑わいだ。個人的な経験で言えば、東北や北陸中国の県庁所在地以上の賑わいはある。平日昼でもかなりの人出がある。その商店街もこのコロナの影響で店が閉まったり開いたりしているから、通りの左右をキョロキョロみながら歩くのはなかなか楽しい。そしてふと気がついたのが、街灯の下に垂れ下がる広告幕だった。「回転、しない、寿司」。気分は、あれれ・・・となった。

その先にある店頭看板で答えはわかった。確かに魚べいの寿司は開店していない。タッチパネルで注文すると目の前の配送レーンの上をビューっと寿司皿が走ってくる。他人の注文は目の前を通り過ぎていくので、他の回転寿司屋のように間違って皿を取ることもない。まさしく鮨屋の原点、ジャパニーズ・ファストフードだ。上手な広告だなと感心した。

商店街の中の一棟まるまる居酒屋だったビルは、全店退去済みでテナントゼロという惨状だったが、そのすぐそばに最近はやっている「昭和の大衆居酒屋風」な店が開いていた。この店が以前何であったかは思い出せないのだが、多分飲食店だったはずだ。それにしても新店のくせに、この2回の壁の古びた感じ、脇看板のオンボロ感など演出が上手い。入り口に下がる暖簾も含めて、こういう意匠をあえてやる時代なのだなと改めて知らされた。それにしても「肉汁巻き」というのは見慣れない言葉だ。「茹でタン」の意味はわかるが、そうそうお目にかかる料理ではない。レモンサワーが流行しているのは知っていたが、フルーツサワーとはこれまたちょっと流行の先っぽい言葉だ。神は細部に宿るというが、この店先を見ただけで、そんな気がしてきた。

苦戦している居酒屋も、アイデア出しだけは頑張っているなという、実に感心しながら笑ってしまったポスターだった。ようやく職場の集団接種が始まったくらいなので、居酒屋利用の中心世代は、まだまだワクチン接種が始まっていない。にも関わらず、2回接種完了で一円(おまけに税込)でドリンク提供というのは、該当者がほぼゼロという、何やら詐欺っぽい、ジョークっぽい話だ。

確かに医療関係者であれば、2回目接種完了しているはずだから、対象ゼロではない。高齢者も政府の言うことを信じれば、今月中には2回接種完了するらしいので、65歳以上であればこの一円ドリンクはありかもしれない。ただ、2回接種完了の証明書って一体何?と聞きたい。確か海外旅行にいく時には、たいへんめんどうな手続きをすればもらえることになる(・・・らしい)ので、それを使えということか。まあ、本気なのかジョークなのかは知らないが、日本政府を裏から馬鹿にする「GJ !!」と褒めてあげたい。商売が苦境の時こそ、これくらいのシャレを効かせて頑張って欲しい。自分も接種2回完了証明書がもらえたら、ぜひ一円ドリンクを堪能させてもらおうじゃないか。

食べ物レポート

川崎名物が川越に来た?

西武新宿線本川越駅近くに「ニュータンタンメン」の店が開いていることに気がついたのは去年の年末だった。久しぶりに食べに行こうと思っているうちに、緊急事態宣言やら蔓延防止・・・やらで行動制限時期になり、ようやく先週になって川越に行った時に昼飯を兼ねて川崎名物?を食べることができた。

川崎のスーパーローカルチェーンである、ニュータンタンメンを初めて食べたのは6−7年前だと思う。人伝に聞いた噂を頼りにわざわざ川崎の街の外れにある「本店」まで行ってきた。担々麺ではなくカタカナで、それもニューがつくタンタンメンだ。いったいどこが違うのか興味津々で川崎まで行ったのを覚えている。初心者向けに見た目と味はポスターで説明されていた。簡単に言えば、辛いスープにニンニク挽肉卵炒めが載っている、という感じだ。

それと変わっているのが、焼き肉が同時に提供されている。どちらかというと、焼肉を食べた後に、締めでこのニュータンタンメンを食べるというのが正統派らしい。普通の焼肉屋で冷麺で締めるようなものだ。だから、卓上に焼肉ロースターが置いてあった。今回は、焼肉はパスで、辛さレベル中辛を選んだ。

現物が目の前に出てきて、あー、これこれと昔食べた時の記憶が戻ってきた。ポスターの写真よりも明らかに赤が強い。ぱっと見でトマトソースっぽく見えるが、匂いはガツンとくるニンニク臭だし、なんとなし目がしょぼしょぼする強烈な何かが立ち上ってくる。ただし、食べてみるとそれほど辛くない。卵の甘味で辛さが抑えられている感じがする。逆にスープの塩味が感じにくい。卵とニンニクに打ち消されてしまっている。食べ進むうちにじわっと舌が辛味に麻痺し始めるので、余計に味がわかりにくくなっている。顔にうっすらと汗が出てきたので、確かに辛味・カプサイシン効果が出ているのだが、ヒーハーいうほど辛さを感じないのが不思議だ。

川崎の名物店舗が、なぜ埼玉県川越に出店したのはよくわからない。浦和大宮をすっ飛ばして川越というのは実に不思議な気がする。きっと川崎で修行していた職人さんの実家が川越なんだろう。個人的には、この辛いラーメンは、あの有名な赤いタンメンより好みなので、ぜひ埼玉県で複数展開してもらいたいと思う。次回は、ビールと焼肉の締めで食したいものだが、どうやら8月お盆の終わるまで、また禁酒令になるらしい。この国の政治屋たちの頭の悪さは辟易するしかないが、次にこの店にくるのは、ビールが解禁になる夏が終わったあたりになるのだろうな。

食べ物レポート

らーめんのマーケティング ビジュアルと味はどっち?

らーめんのマーケティング的考察の続きになる。くどいようだが、ビジュアルと味だと、湯煎されるのはビジュアルだというのが結論になる。上の写真は台湾ラーメンと称して売られているもの。名古屋味仙の本物台湾ラーメンのビジュアルとはあまり似ていないが、ビジュアル要素は満たしている。表面全体に広がるニラの緑とニンニクミンチの赤茶色だ。台湾ラーメンは名古屋付近では色露なバリエーションがあるようだが、見栄えに関してはあまり変化がない。平面的なビジュアルに尽きる。担々麺も似たような感じに見えるが、台湾ラーメンの方がニラの緑が多いだけ見栄えは良い。ちなみに台湾ラーメンの味を支配するのは、ニンニクミンチの強烈なニンニク臭なのでスープの味や麺の味などはほとんど埋もれてしまう傾向にある。それだけに差別化の要素としては味の変化、例えば辛味や出汁の変更の効き目が悪いのは明らかだ。兎にも角にも、ニンニク味が全てというガツン系食品で、ニンニク控えめとした瞬間に台湾ラーメンのアイデンティティが損なわれる。台湾ラーメンの進化はビジュアル的に行われるべきだろうと思う。

つけ麺もビジュアル変化のつけにくい代物で、麺の太さを変える、使用する小麦を変え麺の色を変えるなどの色変化はある。煮卵を乗せたり、メンマを極太に変えたりというトッピング変化もある。ワカメやほうれん草を乗せて色変化もある。しかし、どれもあまり魅力的ではない。すると残りはスープの色変化が残される。下の写真の魚介出汁と醤油だしのWスープセットはつけ汁の味変化を狙ったものだろうし、これはそれなりに功がありそうだが、実際に自分の前に並べられるとスープの色があまりにも似ているので、そこに興奮が湧かない。もったいないことだ。通常の2種類に色変化をつけた白汁とか赤汁とかをキャンペーン期間限定で出せば良いのにと思う。そもそもこのWスープセット自体が増量型バリューキャンペーンの仕掛けで、手抜きといえば手抜きなのだが、ビジュアル的にも味編的にももう一工夫欲しかった。

メニューをマーケティング戦略に合わせて構築するのは定石だが、その第一歩が味変ではなくビジュアルにあることを理解しようとしないのは、業界的にはずいぶん出遅れていることになる。そして、これはテイクアウト対応商品ではもっと重視すべきことなのだが、ないがしろにされている気がしてならない。その話はまた別稿で触れたいと思う。

街を歩く

自粛明けの風景 ビュッフェの姿

西武所沢駅の改装が終わった後、増床された部分に開店したライオンズの応援レストランは、コロナに直撃されてしばらくお休みしていた。それでも去年の暮れ辺りにはぼちぼちと営業していたが、ビュッフェスタイルの提供なので苦戦していたようだ。スポーツバー形態だから、アルコールストップというのも厳しい条件になったのだろう。久しぶりに覗きに行ったら、新しい対応を始めたらしい。

要はビュッフェ料理の持ち帰りを始めたのだが、これは運営的には相当難度が高い。スーパーや惣菜店が軒並み自分で料理を取るビュッフェスタイルを放棄して、全面的に個包装に切り替えているこのご時世に、挑戦しようとする意気込みは素晴らしい。今度はその実態を覗きにいかなければとおもった。横に並んだ「アルコール解禁」のボードもほのぼの感があるが、レオくんがカット失敗した女の子のように見えるのが残念。このご時世なので奥さんも登場して夫婦二人の絵柄にしても良いのでは。まあ、ライオンズキャラはレオくんしかみたことないので、奥さんの使用許諾は取れていないのかもしれない。

たまにはライオンズ応援に球場にでも行ってみようかと思うが、ひょっとして20年ぶりくらいになるだろうか。西武ドーム改めメットライフメドームも改装したそうだし。

街を歩く

西国の和菓子に思うこと

たびたびお世話になっている地元の元・西武百貨店、現西武所沢SCは、IYグループがずいぶん力を入れて改装して、結果として撤退することになった西武百貨店の成れの果てだ。なのだが、結果としてSCに代わったせいでテナントが変わったことが成功した。家電のビックカメラや無印良品などの人気専門店がそれぞれワンフロアーを占めるようになり、昔よりよほど活気がある。所沢駅から二階の歩行者デッキで繋がったことで、2階がいわゆる正面売り場で、女性用化粧品などが並ぶ。普通の百貨店であれば、1階に当たるところが2階になっている。となると、1階が地下食品売り場扱いで、ベーカリーや和洋菓子売り場になる。その一角に、全国の銘菓を集めて販売するコーナーがある。たまに見回りに行くとあれっというようなものが売っているのだが、今回はびっくり度が違った。浅草亀十のどら焼きは前にも見かけた。わざわざ浅草に買いに行っても買えない代物が地元の百貨店で山積みされている光景は、コロナのインパクトを見せつける衝撃だった。ところが、今回はその亀中のどら焼きよりも破壊力がある光景だった。京都の阿闍梨餅が本当にザルの上に山盛りになっていた。100個以上はあったと思う。京都の阿闍梨餅は本店でも行列ができるらしいが、京都駅のデパートで、朝から晩まで行列ができる有名おもたせ菓子だ。最近の京都土産といえば、阿闍梨餅か、そのすぐそばの売り場でこれまた行列のできている551の豚まんと決めている。その阿闍梨餅が山盛りで、おまけに周りにいる客が誰も気が付かないから取り放題だった。埼玉県西部の片隅では、古都の銘菓も浸透していないらしい。何やら悲しい。東京では月に一・二度、日本橋三越、高島屋あたりで販売されているような記憶がある。京都から武蔵国のそれもはてまで流されてきたのがなんとも不憫だ。

阿闍梨餅とどら焼き白餡を手に取り世の諸行無常を嘆いていたら、なんと隣の棚にこれまたびっくりな名家を発見した。鳥取県倉吉市の団子は、茶会などで使われる和菓子らしいのだが、知人が倉吉在住で、たまに土産にもらっていたもの。東京ではまずお目にかかれないレアものだ。そして、山口のういろうがその隣にあった。ういろうといえば名古屋名物という連想が働くが、山口のういろう亜はいくらになるか。それよりも柔らかい。どこかでういろう製造が名古屋と山口に枝分かれしたようなのだが、山口ういろうは東京で目にすることは稀だろう。そんな西国銘菓が武蔵国まで流れてくるというのは、IYグループの営業努力というより、コロナで壊滅状態に陥った和菓子業態の必死の努力、売り込みなのだろうと思う。本来は東日本まで物流を伸ばすつもりなどなかっただろうに・・・。甘いお菓子を食べながら、何やらほろ苦い気分になった。そういえば、北海道の菓子メーカーからも頻繁に通販注文のおすすめが来るようになった。甘いものを食べて切なくなるとは困った時代だ。

食べ物レポート

らーめんのマーケティング ビジュアルとは

ビジュアルの良いサンプル

ちょっと専門的な考察?をしてみたい。業務的にはマーケティングという領域の話だ。飲食業における迷信に、「うまいものは売れる」という宗教的な信念に似たものがある。確かに、まずいものは売れないは真実だろう。しかし、うまいから売れるは間違いだ。正確に言えば、うまいからといって売れるものではないが正しい。「うまい」は売れるための必要条件ではあるが、十分条件ではない。もう一つ付け加えれば、売れているものがうまいと評価、定義されるというのが一番正しいと思っている。国民食と言われるラーメンでも、それがまさしく真実だと思う。そして、売れていると言われる人気店のラーメンの共通項は極めて単純だ。味の評価ではない。重要なのはビジュアルだ。ビジュアルの要素を因数分解すれば、大きく目立つチャーシュー、大振りのメンマなどのトッピング、薬味のネギはごくごく薄く切り山盛りに、スープははっきりとした色を見せる。スープも醤油の黒、味噌の茶をストレートに見せるのは不利。この要素を十分に満たしているのが、上の写真で、辛味噌ラーメン(普通)。一番特徴的ななのはチャーシューについた焼き目だろう。肉の旨さ感を醸し出している。スープの赤は辛さを強調しているが、実はあまり辛くない。写真には見えないが、辛味噌を別添していて好みに合わせて追加してねというスタイルだ。大さじ1杯くらいの辛味噌を全投入したら、なかなかの辛い味になったが、辛味噌なしであればちょい辛いかだった。

昔ながらの、当たり前なビジュアル

下の写真のラーメンは、多分誰もが普通の味噌ラーメンと思う見え方だ。スープも一眼見てわかるミソスープだし、みた瞬間に味が想像できる。そして想像通りの味付けだった。味噌ラーメンに炒めたもやしというのも、もはやステロタイプを通り越し骨董品的なものだ。だが不要不急それがまずいかというと、そこそこ満足の言う雲のであることも多い。いってみれば定番の強みだが、見栄えは古臭い。ただし、これを「昭和の味噌ラーメン」とか「味噌ラーメン 古典派」とかのネーミングでのノスタルジーをそそる等やり方をすれば、マーケティング的には「あり」になる。しかし、その場合でもトッピングなどの立体感や色彩感の変化をつける、別添の味変要素、たとえば辛味噌、甘味噌、もろみダレなどを考えるなどの差別化アイデアは必須だろう。

ちなみに、上記写真のラーメンは(個人的には)どちらもうまいと思う。ただ、繁盛店にするためには工夫というものが必要で、「見た目」の変化は店主が思っている以上に重要なはずだ。特殊な素材にこだわったり、小麦にこだわったりするのも良いが、普通の客にその差を見分けられることは少ない。店主の無駄なこだわりを理解せよと客に求めるのは、やはり悪手だと思う。ビジュアルの変化は10人いれば9人くらいがわかるようにする策にする。そこは比較的簡単にできるはずなのだから、味にこだわる努力の半分くらいはビジュアルに力を注ぐべきだと思うのだ。

ラーメンという差別化の難しい、ユニーク商品とMe Too商品が混在する業界ではマーケティングが重要な時代なのだ。