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道東の道の駅 あっけし

厚岸といえば牡蠣の町、北海道人ならストレートにこの答えが返ってくるだろう。本州人であれば、この地名がそもそも読めない可能性がある。北海道アルアルの語源がわからない難読漢字地名だ。「あっけし」と読む。語源はアイヌ語が訛ったもの。

この道の駅は比較的新しいはずで、コンセプトが「おいしい厚岸の食べ物を食す」なのだと思う。道の駅には珍しい海産物特化型で、かつ、レストラン特化型なので、グルメパークという名前はほぼほぼ適切だ。おまけに道の駅なのに街道筋から離れた小高い山の上にある。だから景色が良い。

厚岸の町は海沿いに開けている。港町であり漁港でもあり、町のあちこちに観光客目当てと思える牡蠣屋、牡蠣料理屋がある。観光客といっても、厚岸に来る目的は牡蠣を食べるか、牡蠣を買いに来るかなので、名所といえばこの丘の上からの光景くらいかもしれない。(自分が知らないだけで、どこかにビューポイントや観光スポットがあるのかもしれないが・・・)

かなりおしゃれな外観で、一階は土産物と軽食、2階には和洋のレストランに、バーベキュー・レストランがある。まあ、当たり前のことだが、牡蠣推しの店ばかりだ。

この定食全てが牡蠣展開というのは、見ていて気持ちが良い。牡蠣の名産地、宮城県松島や広島あたりの瀬戸内海でも、これほどの牡蠣推しレストランは見た記憶がない。ただ、この美味そうな牡蠣料理を食べるには、一人で運転してきてはいけないなあ・・・。誰か犠牲的な運転手を調達して、あるいはノンアルな運転係を見つけ出し、自分はビールとカキフライを堪能できるようにしなければ。

一階で見つけた、コカコーラの自動販売機がなんとも悩ましい。瓶のコカコーラはもはや天然記念物扱いではないだろうか。そもそも今の若い方は、コーラ瓶の栓が抜けるのだろうか。栓抜きは家庭内でもほぼ絶滅状態のような気がする。瓶の蓋を栓抜きに当て、一気に瓶を下向きにひねるという光景は、もはや高齢者の特技ではないか。しばらく、コーラを買う客が現れないかと観察していたが、全然来ない。今の若い世代には甘い炭酸飲料など、過去の遺物扱いで飲む気がしないのかもしれない。あれこれ想像しているうちに、ようやく、この自動販売機は高齢者向けのノスタルジーマーケティングマシンだと気がついた。実にほろ苦い気分になった。厚岸の道の駅は、いろいろな意味で罠が仕掛けられている。だめオヤジには鬼門だった。

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道東の道の駅 ねむろ

道の駅は自動車移動の旅ではいつもたいへんお世話になる。トイレと休憩がメインだが、たまに食事もとる。人間の基本的欲求、出す、飲む、休む、食べるが1箇所で解消できる。ありがたい場所だ。最近は施設が大型化しているし、町おこしの一環で風呂付きだったり、ペット用の施設があったり、農産物の直売所だったりとあれこれ盛りだくさんの施設にもなっている。

場所によっては、ご当地キャラ、ゆるキャラがいたりする。確かに、関連グッズ開発のためにもキャラは必要だ。それがご当地を代表する何かであればもっとよろしい。とは思うのだが、「泣きキャラ」というのは初めて見た。根室の道の駅は、実は風景を見るためのビュースポットに建てられている。白鳥が飛来してくる湖のほとりにある。だからスワンなのだろう。しかし、なぜ泣いているのか。

窓際にはこの辺りに生息する野鳥や野生動物の剥製が置いてあった。こういうものと対面できるということなのだろう。

確かに剥製の後ろに広がる原野と湖は、なかなか雄大なものだし、晴れた日に頑張っていれば多分見ることができる。(はずだ)

建物もすっかりおしゃれで、昔の道の駅の野暮ったさはかけらもない。根室と厚岸の間のトイレ休憩地点としてはちょっと根室に近すぎるが、道東の風景を楽しむ場所としては絶好だと思う。北海道の道の駅の中では、トップ5には入るビューポイントだ。

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日本で一番東のダム?

ダム巡りの旅というのは、田舎の山道をただただ走るだけなので意外とつまらないものだ。特にダムからダムへと移動するときは、ほとんど人里を通らないこともあり、道沿いにある道路標識には黄色で動物の絵が書いてある警告サインが目立つ。北海道のダムの場合は、それに加えてクマの警告が登場する。ダムから先に行くと熊と遭遇する危険地帯らしい。

だからなのか、よくダム下流側に設置されるダム公園が、この庶路ダムには存在しない。ダム下流域の公園はダム写真の絶好の撮影スポットになるのだが残念・・・。

ダムの上は自動車が通行可能なほどの幅もあるが、当然危険防止の観点から通行禁止。ダムマニアは必ず端から端まで歩くらしいが、いつもは面倒臭がって半分くらいまでしかいかない。ただ、今回は早朝にダム到着したので、管理の方が来るまでの時間に余裕があった。そこで、天端(てんぱ)を端まで行ってみた。そうしたら、そこにも熊危険と書かれた標識があり、自然の厳しさを学んで帰ってきた。

実はダムを見に行って感動するのは堤体(ていたい、ダムの本体のこと)そのものよりも、ダム湖の水面に映る光景かもしれない。ダム湖は大体が静水なので、まるで鏡のように周囲の風景を映し出す。見る角度によって写り込むものが変わるのが、なかなか楽しい。
日本で一番東のダムは、熊注意の警告を除けば静かなところだった。下流の街からダムにたどり着くまで15kmほどだったが、その間に10を超える牧場があったのが北海道らしい。が、すれ違った車はわずか一台だった。それもやはり北海道だ。珍しく、帰り際にダムに来た人に出会ったが、フライを使う釣り人だった。熊は大丈夫かと余計な心配をしてしまった。

街を歩く

日高屋の新店で酢豚

地元の駅前繁華街から日高屋が消えたのは去年だった。コロナでバタバタしている時期で、ビルの建て替えのため駅からちょっと離れたところに引っ越してしまった。さほどの距離でもないのだが、繁華街の外にあるマンションの一階という場所で、わざわざ行かなければならない不便さがネックとなって、すっかり足が遠のいていた。ところが、その繁華街にカムバックしてきた。おまけに隣の店は餃子の王将という、まるで決戦を挑むような立地で、埼玉中華の二大巨星「日高屋」の意地を見せつけてくれた。店内はカウンター席が多い。おひとりさま対応のコロナ対策店舗で、好感度はモテる。ただ、一人のカウンター席の中に調味料全品がセットされているので、卓上がちょっと窮屈ではある。一度に大量に注文せずに順番に頼めということなのだろう。タッチパネルで注文なので、いくら追加しても従業員を呼び出すことはない。お互いに遠慮しない関係は嬉しい。

そして、日高屋で初めての酢豚が登場。おそらく調理に手間のかかる料理だから、これまでは避けられていたらしい。町中華の絶対定番「酢豚」が導入されたのも、コロナによる売り上げ低減の対策だろう。日高屋のメニューの中では、頭一つ飛び抜けた高額商品(といっても600円程度なので・・・文句はないです)で、期待の新星というところか。おまけに、最近のメニューではピカイチだと思うバジル餃子3個を追加した。最近の日高屋はメニュー開発に元気がある。バジル餃子は酢醤油ではなく、レモン汁で食べるというのが良い。
酢豚は、特にこだわったところもなく普及品の体だが、日高屋はこれで良いのだと納得する。日高屋の商品は尖っていてはいけないのだ。普通にうまいが一番だ。酢豚にパイナップルやきゅうりや桃やキクラゲを入れるのは、高級中華店に任せておけば良い。ただ、個人的には、もう少したまねぎ増量してほしいが・・・。

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串鳥をオフ札幌で楽しむ

札幌を代表する飲食チェーンといえば、「串鳥」という答えが正解だと思う。札幌にもローカルのチェーン店はいくつかある。とんかつや日本蕎麦、ラーメン、スパゲッテなどで複数店を展開する企業も多い。夜のススキノでは綺麗なお姉さんの接客が売り物の隠れた大チェーンもある。ただし、知名度、店舗数でいえば串鳥がナンバーワンだろう。(いくつかの居酒屋チェーンがあったが、すでに本州資本に買収されているので除外する)その串鳥の札幌市外にある店が、地元の支持を受け盛況だ。飲食店としてはラーメン屋や蕎麦屋がありそうな郊外駅の駅前だが、ランチ営業もしながら、平日では夜も満席になることが多い。焼き鳥のテイクアウトもやっているが、おすすめは若鶏の半身揚げで、焼き鳥屋とは思えない専門店並みのクオリティーの高さだ。(失礼しました。でも、愛用させていただいてます)

今年から、お通し代100円いただくことになりました、すみません、と入り口のポスターに書いてあった。コロナの後遺症だなと同情したが、おすすめの串5本セットを頼むと100円以上値引きしてくれる。ハッピーアワーの時間延長もしてくれる。などなど。お通し代を帳消しにするくらいのサービスも実施中で、さすが串鳥と感心した。豚しそ巻と新生姜の豚巻(食べかけ)は好物なのだが、しそまきは割引セットに入っていたのでお得なお買い物だった。
昔はススキノで串鳥の空いている店を何軒か探し回るのが当たり前だったが(今でも金曜日にはそうなる)、ススキノ以外の住宅地でも串鳥が増えたこともあり、週末に行けばファミレス化している。子供の頃から、じいじばあばと一緒に焼き鳥屋に行く経験をしたら、大人になっても串鳥ファンになるという、まるでマクドナルドのような経営戦略だ。
一度、札幌市民の串鳥接触率を調べてみたいものだ。おそらく、ここ一年で札幌市外から移住してきた新参者を除けば、ほぼ100%ではないのかな。ちなみに東京都内では荻窪と吉祥寺にあるので、串鳥が懐かしくなればちょっと足を伸ばしても良いかなあ。でも、緊急事態宣言と言う禁酒令(それしかできないのかと侮蔑するクズ政策)では、行っても仕方がないか。

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大通公園がたいへんです

これは7月上旬に撮った写真だが、札幌の夏の名所「大通公園」が、コロナとオリンピックの二つに責められて大変な状況だった。今頃は、会場も公開されてマラソン開始を控えているはずだ。

札幌市中心部に広がる大通公園は季節に応じていろいろなイベントに使われる。冬の雪まつり、夏のビヤガーデンがその代表だが、春秋にもイベントが詰め込まれて、年中なんらかのお祭りが開催されている。そのお祭りの間の期間は、散歩をするにはちょうど良い空間でもあり、観光客、札幌市民合わせて、まさに都市公園の典型的な風景だ。ところが、今年はフェンスとバリケードで封鎖された異形な空間になっている。

公園の中心部である4丁目、5丁目がこの有様で、物々しさと合わせて馬鹿馬鹿しさすら感じてしまう。テロ対策という意味合いもあるのだろうが、反対派にデモや集会をやられるのを避けるということなのではと邪推してしまう。イベントには反対運動が付き物だとは思うが、市民の視点から見れば「なんだかなあ」という気分になるのではないか。

オリンピックパラリンピックが終わった後も1ヶ月近く封鎖は続くらしい。問い合わせ先は組織委だから、何を問い合わせても無視されるか、返事が来るのは来年の今頃になるだろう。それくらい信用のできない組織ときめつけるほど、あれこれやらかしてくれているからなあ。なんだか、9月の会場封鎖期間中に、オリンピックの記念碑でもできそうな怪しさもある。札幌が再度の冬季オリンピックに立候補するとして、そんな怪しげなものを作ると、今回のオリンピックのドタバタが古傷として残るようで逆効果だろうと思う。

封鎖空間を西に一丁ほど歩けば、そこはいつもの大通公園の姿なのだ。しかし、観光客もいないコロナ空間なので、これはこれで異様な光景であるのだなと、無人の芝生を見て思った。普段であれば、この芝生には親子連れが座っていたり、若い学生達が元気に話していたりするのだが。
今年の大通公園はたいへんです。

街を歩く

札幌のあれやこれや

ベンチに座って見上げるテレビ塔

7月の札幌は北国の短い夏を楽しめる大切な時期だった。だったと過去形なのは、ここ10年くらい7月8月は高温期となり、下手をすると東京より気温が高いという酷暑が続くことが多い。札幌に避暑に来たつもりが東京より暑かった経験があまりにも多すぎる。それでも、湿気の少ないカラッとした気候でもあるので、やはり札幌にいくのは7月前半がおすすめだ。

札幌の観光名所、大通公園では夏の間だけ、とうきび屋台が出現する。焼きトウキビと茹でトウキビが楽しめる。トウキビはとうもろこしの北海道表記だ。商品名にトウキビと書いてあれば、北海道生産品である可能性が高い。おすすめは焼きとうもろこしだ。茹でトウキビは自分の家でも簡単にできる。焼きトウキビを公園のベンチに座って一本平らげ、その後は市役所のロビーに行く。
ロビーのはじにある喫茶コーナーで出てくるコーヒーが、いかにも喫茶店らしいストロングな味で、これも札幌での楽しみだ。最近のカフェで出てくるなんとかラテが苦手なせいもあり、コーヒーも味が選べる時は、いつも苦くて濃い味にしている。

市役所で一息入れたら、そこから地下街に潜り込み、軽く散歩をする。東西に伸びるオーロラタウンと、南北に伸びるポールタウンのつながるあたりに、障害者の作った様々な雑貨や食品を売っている店がある。そこをのぞくのも楽しみにしている。ここではブックカバーとか便箋などをよく購入する。あとは焼き立てパンも好みなのでたまに買い込む。今回は、店の中で「札幌黄」という札幌特産のタマネギの販売ポスターを見つけた。札幌黄は甘みが強く、一時期は北海道タマネギの代表的存在だったが、新品種に置き換わりほぼ絶滅していた。それを最近復活させた農家の方達がいる。これも新しい農業の試みだと思うが、一口応援してみようか・・・。札幌鬼はカレーによく合うのだ。

大通公園下の地下街から、札幌駅を繋ぐ地下歩行空間(何とも愛想のない名前だが)で札幌駅を目指す。晴れた日には地上を歩くが、雨が降ったり、雪が降ったりすれば地下道が便利だ。今回は、外があまりに暑いので地下に潜ってしまった。

札幌駅に直結する地下商店街には飲食店が立ち並ぶ一角があり、そこのカフェでたまにコーヒーを飲む。ここはコーヒーの味で選ぶのではなく、一休みするのにとても便利な場所だからだ。自分の中で、喫茶店とカフェの使い分けははっきりとしている。喫茶店は好きなコーヒーを飲むためにわざわざいく場所、カフェは一休みするための空間。その便利な場所のカフェで売っているのが、ロイヤルの冷凍食品で、なるほどなあと感心した。
このカフェはロイヤルの系列店だったのかという発見と、カフェで個食の冷凍食品販売は相性が良いなあという感心だった。手指の消毒をする時に必ず目に入る場所に、商品ポスターがあるというのも商売が上手い。
街歩きをするといろいろな発見があるものだ。

街を歩く

炭オヤジというラーメン屋?

札幌市中心部、狸小路という東西に広がるアーケード商店が最近復活しつつある。昔からの店が相当潰れて、その跡地に外国人観光客向けのドラッグストアーが大増殖していたのが、この一年以上続くコロナの被害でドラッグストアーがどんどん閉店している。そこに色々と新しい店が開店している。街の変化、新陳代謝が進んでいるということた。コロナのせいで活性化されていると言う不思議な状況が生まれた。
その狸小路の西側、7丁目、8丁目界隈に小ぶりな飲食店がたくさん開いて、ちょと小洒落た飲食地域になってきた。その中で、赤星というラーメン屋の社長が居酒屋を開けた。居酒屋なのだが、なぜか昼はラーメンを売っている。姉妹店というよりは、いとこ店という感じだろうか。夜は海鮮居酒屋で焼きもの中心に、刺身などあれこれ。そして、昼はラーメンを出すという、変わった二毛作のような感じの店だ。

午後3時まではラーメン屋、3時を過ぎたら居酒屋になる。その店に2時ごろに入って酒を飲ませてくれるかと聞いたら、簡単なつまみはできるのでどうぞ、ということになった。締めにはラーメンを食べる気満々だったのだが。結局、酔っ払い特有の短期性健忘症で、ラーメンを食べるのをうっかり忘れて帰ってしまった。店長に申し訳ない。

簡単なつまみに含まれるのは「豆腐類」、全品OKとのことだったので、スタミナ豆腐というものを注文した。スタミナだからキムチが乗っているのかな?とか、ニンニク山盛りだったらどうしようとか、あれこれ考えていた。東京の十条で、ニンニクの効いたみそ味の豚汁みたいなものがかかった熱い豆腐を食べた記憶がある。それを思い出したからだが。結局。出てきた豆腐は冷奴で、ネバネバ系、つまりオクラや納豆がトッピングされているというものだった。これはまた想像と随分違う。ふと思いつき、ビビンパのようにぐちゃぐちゃにかき混ぜて、どろっとした粘度の高い半液体をスプーンですくって食べた。これは麻婆豆腐とも違う、ねばねばドロドロの豆腐料理?になるので、初体験に近い。不思議な食べ物だった。

そして、お約束のラーメンを忘れて、締めに頼んだのがザンギ、鳥の唐揚げ北海道スペシャルだ。最近は北海道人でもザンギと鳥の唐揚げの明確な違いが分からないほど、鳥の唐揚げの侵略が進んでいる。しかし、ザンギは一口食べた時、ああこれはザンギ、とわかるシロモノのはずだ。ニンニク生姜醤油味がベースなので、最近の鳥唐揚げとはとても似ている。
この店のザンギは昔ながらの?衣が薄めのもので、好みにバッチリとあっていた。個人的には、鳥の唐揚げとは東京に出てきて、ホカホカ弁当店で売っていた鳥の唐揚げ弁当が原体験だ。世の中にはザンギと違う味の鳥の唐揚げがあることを知った最初の衝撃。文化の地域差を知らされた一撃だった。以来、数十年、居酒屋に行くと鳥の唐揚げを注文し続けたが、やはり北海道外で食べる鳥の唐揚げと、北海道内で食べるザンギは似て非なるものなのだという感覚は強い。ただ、若い店主がやっている店では、そのザンギと鳥唐揚げの差がどんどん縮まっているのも事実で、文化の拡散と変質みたいな。

そんな世間に背を向けるように、この店では正統派ザンギが出てくるので、今後も贔屓にすると決めました。はい。

駅弁

釧路の駅弁

久しぶりに釧路駅から特急で札幌まで移動することにした。楽しみといえば駅弁に決定と思い込んでいたら、なんとお目当ての鯖と鰯のほっかむり寿司が売り切れ。予約しておけば取っておいたのにと販売員の方に言われたが、後の祭りだった。エビやカニの弁当はあるのだが、どうもそこには興味がいかない。ちょっと頭を冷やすため駅の中を彷徨いてみたら、おやきの店を発見した。

世間で二番めにオイシイと言われても、一番はどこなんだと突っ込みたくなる、おもしろ系看板。ここは以前は喫茶店だったのではないかと思うが、記憶が定かではない。ずっと昔には本屋だったような気もする。
さて、「おやき」とは北海道では今川焼き、大判焼きのような物を指す。たい焼きが丸くなった、中にあんこやクリームが入った例の焼き菓子だ。北海道語だと信じていたが、某県民紹介番組で青森の言葉だと解説されていた。へー、と思っていたが、青森からの移民に伴い北海道でも「おやき」が定着したらしい。ザンギとおやきは北海道ごと確信していただけに、ちょっと意外な気もする。この店の向かいはコンビニ店になっていた。キオスクはすっかり土産物屋に変わっていた。釧路駅の中は自分の記憶にあるものと全く変化していた。10年ぶりだったしなあ。

釧路駅は改札口を入ると、地下通路で隣のホームと繋がっている。昔の札幌駅もそうだった。確かに冬を考えると、線路上の橋では寒いだろうな、と妙に納得する。根室方面、網走方面にはこの地下通路を渡った隣のホームから発車する。一番ホームは札幌行きの特急専用みたいだ。

釧路で買うはずだった、2個の駅弁のうちの一つが、この牡蠣の駅弁。一つは車内で食べ、もう一つは晩飯にするはずだったのだが。残念ながらいわし・サバは売り切れで、まぼろしの弁当になってしまった。次に釧路に来る機会があるかどうか考えると、本当に幻になりそうだ。やはり、若い頃にしっかりと試しておくべきだったと後悔したが、それもだめオヤジのぶつぶつになってしまった。

牡蠣の出汁で炊いた味付きご飯の上に、牡蠣が6個乗っているだけという極めてシンプルな見栄えだ。付け合わせも本当にお印程度の卵焼きと漬物なので、まさにこれは牡蠣ご飯を食べるだけの豪速球弁当だった。名物駅弁にはこのパターンが多い。山形の牛肉ど真ん中とか、広島の穴子弁当もこのシンプルのっけご飯パターンだが、どちらもうますぎるくらいうまいので不動の定番人気弁当だ。
うまい駅弁をまた食べたいと思っても、その街を訪れる機会がなければ食べるチャンスはほとんどない。百貨店で開催される駅弁大会や地方物産展に僅かな期待をかけるのがせいぜいだろう。よほど親しい知人がいれば「東京に来る際に買ってきて」と頼むこともできるが。都合よく知人が好物駅弁の街に死んでいることなど、まさしくレアケースで、まぐれでしかない。
一期一会とは駅弁のためにあるような言葉だなあ、などと牡蠣をつまみにビールを飲んでの感想だ。この弁当は、是非また食べたいのだが、駅弁大会にでてきてくれるかな。

旅をする

釧路の変貌がちょっと悲しい

釧路の話をもう少し続ける。釧路市民でこの店を知らない者はいないと言われるレストラン「泉屋」は、初めて釧路に行った時に知人に連れられて以来、数十年愛用している。釧路末広町という大繁華街(当時は本当に人混みが凄かった)で、休日であれば空席待ちをするほどの超がつく繁盛店だったと思う。いわゆる洋食屋なので、メニューは豊富だし肉料理主体なので、若い時代は本当にガツガツと食べ、腹一杯でうまかった記憶しかない。

この泉屋の最強メニューがスパカツで、ミートソースのスパゲッティの上にカツがどんと載っている。今思えば洋食屋であればどこで売っていても良さそうなメニューなのだが、当時はどこにもなかった?ので、他の店で食べた記憶はない。まだ、ファミリーレストランの普及期前で、喫茶店でランチセットを頼むのがオシャレっぽい時代だった。スパゲッティーは喫茶店で食べるものみたいな感覚だった。おそらく、喫茶店ではカツをあげることが面倒くさかったのだろう。そういえば喫茶店ランチにカレーはあってもカツカレーはなかった。
スパカチを食べるには釧路に来て泉屋に行くしかない、とまでは言わないが、それくらいインパクトのあるメニューだった。熱々の鉄板でソースがジュージューしながらテーブルの上に置かれると、思わずゴクッと唾を飲み込んだものだ。生まれて初めての「シズル」を感じた時だったと思う。

その末広町の真ん中にオシャレな百貨店があった。丸井今井釧路店は、飲食店や酒場が取り囲むように立ち並び、釧路地域の商業中心として輝いていた。しかし、いつの間にか百貨店は閉店し、その後に商業ビル化したが、それも閉店してしまったようだ。今やシャッターで閉じられた廃ビルのようで、自転車置き場に変わっている。このシャッターの前を、札幌のススキノを上回るような数の若い人たちが歩き回っていた、などとは想像もできないだろう。夜の8時過ぎには歩道から人が溢れて車道を歩いていたものなのだが。

この親子のブロンズ像はいつ頃できたのだろうか。全く記憶になかったが、おそらく街頭整備でアートが喜ばれた華やかな時代の生き残りなのかもしれない。お母さんの視線が実に良いのだが。

元百貨店の前が放置自転車置き場になるのは、街のスラム化につながる。アメリカの地方都市で、これと全く同じようなことが起きているのを何度も見た。スラム化は犯罪から始まるのではなく、大型ゴミの放置という街の維持機能の低下から始まる。
釧路市役所の方々、ぜひここを見つめ直し、考え直して欲しいと思う。一度スラムになれば、街を取り戻すのには膨大なコストがかかるというのもアメリカ社会が実証している。自分の好きだった街が、劣化していくのは辛いものがある。都市中心部の再開発とまでは言わないが、景観維持、環境維持は市民の財産を守ることにつながる。是非ご検討を。