街を歩く, 食べ物レポート

クリスマスイブは焼き鳥で・・

つくねの名店  うましだったのだが

もはや去年の話になるが、おそらく生まれて初めての体験をしたクリスマスイブのあれこれを・・・。
サラリーマンとして働き始めてほぼ30年以上、クリスマスイブは「働く日」だった。若い頃は2•3日はろくに寝ないで働く日だった。三日間でほぼ半月分を売り上げる超がつく繁忙期で、そのまま年末年始になだれ込み正月明けにはひどい風邪をひいて寝込むのが恒例行事という、今であれば法的処理がなされるであろう昭和のブラック環境だった。あれを今やったら確実に死ねると思う。若いということは素晴らしい。
その後も、クリスマスは朝から夜まで働くのが当たり前だった。クリスマスイブのカップル狂騒曲みたいなニュースは、関係ない世界の話だと全く無視していた。それが、今回のイブはなぜか話の成り行きで、外で会食をすることになった。この時期であれば鍋料理かな、などと思っていたが同行者の強い要望で焼き鳥になった。クリスマスイブに焼き鳥とは、なんだかとほほな気分にもなる。

できれば、こんなおしゃれな外観のレストランで、妙齢の美人さんとワイングラスを傾けたい、などと思う歳でもなくなっていたのが救いだ。今回のイブの夜は、オヤジが三人で集まって仕事がらみの話をするという、全く世間的にはあり得ない展開だった。
イブに、オヤジ三人で、焼き鳥屋で、焼酎。いやいや、コレはないでしょうと言いたくなる、泣きたくなる、ぼやきたくなる。ほとんど罰ゲームに近い。おまけに三人の飲むペースが違うので、なかなかお開きにならない。うん、確かに今回のイブは記録には残らないが、記憶にはバッチリ残る特殊事態だった。

焼き鳥屋の代わりに入りたかったビアバーの店頭がおしゃれだった。最近は入り口ドアにベタベタ張られているあれこれ、カードやスマホ決済の利用可能ブランドだったり、東京都のお節介マークだったりがボードにまとめられていて見やすい。こういう細部に店舗マネージメントの力が見えてくる。この店の店長はさぞかし優秀なのだろうと感心した。

その隣にあったボードが、それ以上に凄い出来だった。思わず唸ってしまった。すごいコピー力だ。「2Fにも感動あり」と言い切る力はすごい。特に、「にも」が意味のある言葉だ。2Fにも、というからには、1Fは絶対的な感動があるということだろう。
危うくおっさんクラブで気が滅入りそうな怪しいイブの夜を、この店頭ボードの洒落っ気に救われた。年明け1番に、この店へ美味しいビールを飲みに行こう。

街を歩く

弘前駅のリンゴで考えたこと

弘前駅にはちょっと思い入れがある。10年近く前に仕事で弘前に行って、その時にたまたま買った駅弁が、駅弁行脚の引き金になった。その名駅弁を買ったときには、帰りの新幹線にちょっと小遣いを投入し、グランクラスに乗った。
グランスクラスは軽食と酒が出る。にもかかわらず車内で完食してしまった。津軽のおさかなだらけみたいな弁当だった。
残念ながら、その駅弁はもはや廃番になっているらしいが、それでも機会があれば弘前駅に出没して駅弁を探している。その駅弁探索旅をするたびに、この巨大リンゴオブジェにご対面することになる。
駅のオブジェとしては、このリンゴと会津若松駅の赤べこ、牛の印象が強い。石巻のサイボーグ009も感動したが、物としては、このリンゴが最強だろう。

弘前は、いうまでもなく江戸時代を通じて中心だった。明治期になっても文化都市として栄えていた。ただ、昭和期に入り津軽海峡、宗谷海峡を超えて樺太(現サハリン)に至る北方鉄路の要衝として青森が隆盛を誇った。津軽の中でも微妙な勢力争いがあるらしいのだが、それも今ではどうなのだろう。

桜で有名な弘前城だが、冬の間も雪に埋もれたお城が観光名所になっているようだ。個人的には雪の中を歩くのに嫌気がさすのだが、雪が珍しい地域からの客には、風情のある光景なのだろう。四季を通じて楽しみを見つける、イベントを行う、観光客を呼び込むというのは、近代都市の文化政策としてはとても正しい。人の往来がなければ町は衰退するだけだ。JRを使えば、青森から弘前は30分ほどの地下さだし、新幹線と連動すれば地の利も良い。リンゴ以外に何か名物ができれば、爆発的とはいかないかもしれないが弘前も観光都市として人気が出そうだが・・・。

全国どこでもあるようなイベントではなく、弘前に行かなければ味わえない興奮みたいなもの。見るだけではなく体験する。時間をかけて楽しむ。何度も訪れて楽しむ。その辺りが、令和の町おこしにつながるのではないかと、薄ぼんやりと考えている。

食べ物レポート

古典的商売に異業種参入

HISが旅行業以外の商売に手を出したのは一昨年の暮れの時期だった。旅行会社の発展としての外食業進出みたいな言われ方もされていたが、個人的には社長の趣味的なものではないかと思っていた。一号店は川越の町外れにあり、それもビルの二階というかなりすごい立地だった。売り物は打ちたての蕎麦と天ぷらということで、典型的な日本そば、古典的な商売をどのように企業化していくのか、なかなか興味がわいて、年の瀬にぶらぶらとみに行ってみた。その後半年ぐらい音沙汰なしだったが、一年たってみると都内のあちこちにお店が増えていた。どれどれということで飯田橋の近くに空いた新店をみに行ってきた。外観を見ると典型的な松の蕎麦屋だが、立地が面白い。ビジネスホテルの一階で、どうも朝はホテル宿泊客向けの朝食提供、昼は蕎麦、夜はちょい飲み居酒屋という三毛作になているらしい。なるほど、コレは旅行会社の発想だなと思った。

蕎麦は普通の、本当に普通のそば、普通にうまい。妙にこだわりがあって変形させるより、ストレートな蕎麦が良いだろう。都心で店を出すときは、この普通さを守ることがなかなか難しい。妙な差別化意識が先走り、変な蕎麦になって結局客層を狭めることになりかねない。お味を確かめるにはもりそばとかけそばを注文するのが良いのだが、この注文の仕方をするとお店の人が、こちらを怪しんで構えてしまうのは経験的にわかっている。どうしてもやりたいのであれば、まず森を頼み、一息置いてかけそばを頼むくらいだろうか。わさびがパック入りなのはちょっと不思議な感じだが、今や回転寿司でもわさびはパック入りが主流で、わさびを使うのはもはや少数派、あるいは変人に近いのだろう。つゆはちょっと薄口だった。お江戸の蕎麦つゆというより全国的な平均値といったところだろう。ただ立地がビジネスホテルなのだから、全国的平均値でも頷ける。

夜は天ぷらをつまみに一杯やる店になるようだ。三毛作ができる立地はなかなか見つけ辛い。ましてやホテルの一階に場所を取るのは、相当な条件交渉がいるだろう。その点、ホテルに対する誘客力を持つ旅行代理店であれば、それなりの影響もありそうが。普通の外食企業では、ちょっと手の出ない立地とも考えられる。この辺りが新規事業としての切り口になっているとすれば、なかなかの深慮遠謀ではないか。
次は、夜にそばでいっぱいやりながら考えてみたいものだ・

街を歩く

西新宿のクリスマス風景

ここ数年、クリスマス前後は晴天が続いているような気がする。コロナでの外出制限など、面倒くさい年が終わり少し開放感が出てきたクリスマスだが、人通りが元に戻ったと言えるほどではなかった。それでもあちこちにモニュメント的な造形物ができていたから、気分は上がり気味ということだろう。
オリンピック前後の自粛を迫りながら、イベントを盛り上げる「狂気の時期」はどこかに行ったようだ。総理大臣がクビになる程だから、やはりあれは社会的に、政治的に異常事態だったのだろう。
クリスマスから年末にかけては、狂気から覚め静かな動きをしているように見える。
将来、歴史の教科書に2021年東京オリンピックがどのように記載されるのか、実に楽しみだが、優秀な為政者が国難を鎮めたと書かれることだけはないだろう。無知で無謀な国と都の暴走行政と書かれるような気がする。

その暴政の元の都庁の周りに行ってみた。休日であり人でも少ない。クリスマス期特有の盛り上がり感やイベント感もない。本当に静かな街だった。都庁の周りには高層ビルが立ち並び、週末でも賑やかな場所だったはずだが、イベントもほとんど行われていない。よく見れはビルの窓の中も暗い。休日出勤するジャパニーズビジネスマンは撲滅されたらしい。個人的には良いことだと思うが、昭和、平成といつでも活気あふれるビジネス街として栄えていたはずの新宿高層ビル群エリアが、令和になってついにギブアップした感じがする。

2021年「日本の混乱と狂気」と歴史にかかれるであろう一年が終わり、その元凶である東京の伏魔殿、都庁を見に行ったのは、ささやかながら歴史の証人になるつもりだった。
都庁の窓も真っ暗だったから、きっと休日出勤する人もいないのだろう。それはそれで平和の表れかもしれない。
民主主義国家で首長は選挙で選ばれる。馬鹿な首長が選ばれたのは、選んだ市民・人民が馬鹿なのだと言われてもしかたがない。馬鹿と言われる市民にならないよう、今年は精進しなければなあと、念頭のささやかな豊富であります。

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「無料の昼食」はありません

お正月に思うことを少々

Photo by Flo Dahm on Pexels.com

英語は中学高校と得意な学科ではなかった。それでも毎年4月になれば某国営放送のラジオ英語会話を聞いていた。いつも9月になると諦めてしまうので、毎年半年だけ参加する渡鳥イベントだった。
英語の授業では、英文法が苦手で、単語の記憶力も悪買った。ずっと苦手意識がある学科だった。それが高校2年にリーダー(英文読解)の先生に感銘を受け、いきなり原書を無理やり読む習慣がついた。
ちなみにこの先生の最初の授業で聞いたのが、英語ではなく中島敦の山月記で、まるまる朗読してくれた。英語の先生から、現代国語の授業を受けたのだから、それはびっくり体験だ。
多分、その尊敬する先生が原書で読む楽しさみたいな話をしたのだと思う。それにまんまと乗せられたわけだ。最初は中学生程度の英語で書き直されていたトムソーヤーの冒険、ハックルベリーフィンの冒険を読んだ。なぜか完読できたので、調子に乗って英文SFに手を染めた。新聞の英語は難しくて最初から諦めた。
その後、大学に行っているころは、翻訳が出ていないSFを中古のペーパーバックで何冊か読んだ。読んだといっても話の筋を追うのがせいぜいで、理解度は半分程度だったと思う。
その後アメリカ暮らしを一年ほどした時に、日本から持っていた本を読み切り、読むものがなくなり仕方なしに英語の中古本(ペーパーバック)を大量に読み漁った。活字中毒というのは恐ろしいものだと思い知った。活字であれば日本語でなくてもなんとかなる。そんな時期に覚えた格言というか箴言で、人生の役に立った言葉がいくつかある。

TANSTAAFL
There ain’t no such thing as a free lunchの略で、ハインライン作「月は無慈悲な夜の女王」に出てくる言葉だ。この本は我が人生ベスト中のベストSF作品だと思っているが、主人公たちの行動規範になる言葉でもあり、ハインライン哲学の根幹にあるものだろう。
意味は「無料の昼食はありません」というもので、語源はアメリカの飲み屋で酒を頼むと無料でランチが食べ放題だったことに由来する。タダのランチを提供する飲み屋は、酒が高いことが多いので、結局、高い酒代に食べ物代が含まれている。つまり、タダのランチなんてないのだよ、ということらしい。初めてこの言葉を知って以来、何かあると意識の底から響いてくる。タンスターフル、タダのランチはありませんと。
もう一つが、軍事SF 「孤児たちの軍隊」の中で見つけた言葉だ。

“The difficult we do immediately. The impossible takes a little longer.”

/Combat engineers thought alike

「困難」だったら、すぐにやって見せます。「不可能」だったら、もう少し時間がかかります。  ・・・訳者注 アメリカ陸軍工兵隊のスローガンの一部

というものだ。これはサラリーマンをやっているときに見つけたもので、面倒くさい仕事に巻き込まれた時は、ちらっと思い出していた。この言葉を実践するのは難しいんだよなあとぶつぶつ言いながら、やはりお仕事とはこうあらねばと自分を奮い立たせるためだ。我ながら感心するが、真面目に仕事をしていたのだなあ。

少なくともあまり読んだことのない仏典やキリスト教の新約聖書などよりSFの諸作が、よほど人生に影響を与えれくれているのは間違いない。今日も昼飯にはちゃんと代金を支払ってきたしね。

ご参考まで  月は無慈悲な夜の女王
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11748.html

孤児たちの軍隊 (言葉が出てくるのは4巻)
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11923.html

旅をする

思い出のハワイ

カイルアビーチ

ハワイ、オアフ島に一年くらい住んでいたことがある。仕事をしながらハワイ暮らしとは羨ましいと知人には言われた。最初の2ヶ月ほどで飽きてしまった島暮らしだが、後半の半年はすっかりロコ生活にもなれ、南の島の暮らしが好きになっていた。だから、冬になるとハワイ暮らしのことを思い出す。懐かしくなる。
当時はネットもない時代だったので、日本との情報は隔絶されていた。日本語の活字に飢えて、ハワイの日本語新聞を購読していた。ワイキキに行けば、カード会社のオフィスにある日本人観光客向けフロアでは日本語の新聞や雑誌が読めた。休みの日にはよく利用させてもらった。
今であれば、ネットで日本にいるのと同じ情報が手に入るから、なんの問題もなさそうだ。本は電子書籍で、ゲームやビデオもダウンロードで済ませる。この環境だったら、2−3年は行きっぱなしでも良いと思う。

そんな懐かしのハワイ暮らしで、とてもお世話になっていたハワイ製ドリンクがこの2種類だった。ちょっと前、偶然にディスカウントスーパーで見つけた。便利な世の中になったと思う。ハワイ旅行に行ったときには、よく手土産で買ってきたものだが、今では日本国内で、それも埼玉県の片隅で手に入るのだ。
グアバは現地ではスーパーの食品売り場でたまに見かけた。パッションフルーツはどこかのレストランで食べた記憶がある。ハワイといえば、パイナップルよりグアバの印象が強い。
このドリンクは現地ではいくらで売られているのだろう。当時は1本50セントくらいだった。今回は埼玉県で160円(税込)で買ったので、現地だと1ドルくらいだろうか。調達先ができたので、これからは自宅でハワイ気分になれる。

5年前にハワイに行った時の写真を引っ張り出してきた。ハワイ州のことをAloha States というようだ。アローハな国ということだろう。Alohaの発音はカタカナで書くと、アッ、ローハァみたいな感じだが、こんにちは、さようなら、久しぶりみたいな、歓待の挨拶がごちゃ混ぜになった感じで使われる。だから、どこにでも、何にでも、Alohaの文字がある。
ワイキキの賑やかさと離れたところに、南の島暮らしがあるのだが、コロナが終わったらハワイの友達にAloha!を言いに会いに行こう。お土産は、彼らの大好きな草加せんべいだ。

ガジェット

縁起物

無事に年が明けました。おめでとうございます。

毎年正月を迎えると「めでたさも中くらいなりおらが春」という小林一茶の句を思い出す。しみじみと思うほどのことでもないが、まさに自分の実感という感じがする。宗教に熱心でもなく、縁起を担ぐわけでもないのだが、それでも折にふれ神社でお参りをしたときには、お札をもらったり、御神籤を引いたりもする。縁起物といいう言葉は、なかなか綺麗な日本語だと思う。日本人の宗教観のおおらかさみたいなものだろう。八百万も神様がいると天竺から50や100の神様が到来してもびくともしない。砂漠の一神教の厳格さからすると、ほぼ野蛮人としか思えないかもしれない。まあ、一神教の世界が人類にとって正統で標準というわけでもないだろう。

年末の酉の市の熊手

だから、験担ぎであまり深く考えずに縁起ものを調達している。ただ、神棚も仏壇も持たないので、デスクの上の壁際に置いてある。神様も住環境の悪さに閉口しているかもしれない。熊手もよくよく見ると、お値段の割には作りが簡素で、おまけに日本製でもないようだ。まあ、日本の神様だから、縁起物がどこの国で作られても寛容に諦めてくれるとは思うが。流石にぼったくりというわけにもいかず、これもご縁が回っていくためのしきたりみたいなものだと思うことにしている。仏教であればお布施の一環みたいなものだろう。

しめ飾りも、なぜか毎年玄関先に飾っているのだが、その1週間前は家のものがクリスマスリースを飾っているので、ささやかな我が家も年末年始はインターナショナルな環境にある。どの辺りで砂漠の一神教の神様がお引き取りになり、どのあたりでこの国の八百万の神様が団体でいらっしゃるのかは定かではないが、25日の深夜なのではないか。
今では100円ショップで売られている正月用品だが、縁起物にも価格破壊の波が押し寄せている。何やら、実に日本的な風景なのだな、などとおもいながら、あまり華美ではないものを選んできた。500円も払うと実に絢爛豪華なしめ飾りになるのだが、あまりゴージャスすぎるのもねえ。やはりめでたさは「中くらい」で良いと思う新年であります。

食べ物レポート

今年の「うまし」なラーメン

恵比寿 おいしいラーメン(自称)

コロナに明け暮れた2年間だった。自粛強制の外出禁止令や禁酒令の発令など、やはり政府は馬鹿なのかとの思いを強くした、民主主義政府の典型を学んだ2年でもあったように思う。ただ、民主主義政治とは「良い政治」が行われる政体ではない。独裁という権力暴走で、普通の人が捕まったり、強制労働させられたり、殺されたりしないための政治形態だ。「最悪を防ぐ政体」であって「良い政治」が期待できるわけではない。だから、おバカな政府は民主主義の正当な結果と諦めるしかない。ただ、そのおバカな政府のせいで、ラーメンを食べる機会が減ったことには、ぶつぶついうしかない。だから、今年のうまいラーメンを選出をしようとしてもサンプル数が少なすぎるので、いささか無念なのだが・・・。2年間、ほとんど食べる機会がなかった「神座」の「おいしいラーメン(自称)」が、今年の二番候補になった。今ではすっかり希少になった「清湯」的スープと、腰の強い麺は時々無性に食べたくなる。トッピングが白菜というのもユニークだ。星三つ。

新宿 アゴだしラーメン

新宿歌舞伎町の端っこにあるカウンターだけのラーメン屋「たかはし」が、やはりぶっちぎりで一番に認定。顎出しの濃厚スープ(これで塩味スープだ)と、もっちりとした麺の絡みぐらいが最高で、おまけにチャーシューは2種類。低温調理の柔らか焼豚と煮豚の対比が素晴らしい。太メンマも好みだ。いつも忘れてしまうが、これに海苔を追加トッピングするべきなのだ。

札幌のラーメン店も二店ほど加えたいが、今年は札幌に行く機会も激減したので、もっとうまいお店が開いている可能性もあるなと思い、今年の北海道ランキングはなしにした。来年は、もっとラーメン探検ができますように。

食べ物レポート

銀座の広島 目的外利用でした

銀座一丁目のあたりには、各県のアンテナショップが集中している。有楽町の交通会館はまさにアンテナショップ密集地帯だが、銀座一丁目も相当な数だ。沖縄、高知、石川、山形、茨城、そして広島だ。
店構えもそれぞれに特徴があるが、意外感のあるのはこの広島県アンテナショップで、ぱっと見は高級雑貨店のような雰囲気がある。見た目が、ひろしま、ひろしましていない。(広島のイメージが思い浮かばないというのもあるのか)沖縄ショップは表に大きいシーサーがお出迎えしてくれる。高知ショップは坂本龍馬が見張りをしている(歓迎しているのかもしれない)。広島は、何がお出迎えしてくれると、しっくりくるのだろう。牡蠣・もみじ饅頭のゆるキャラではないだろうなあ。

広島といえばまず連想するのがお好み焼きで、その次が牡蠣、3番目が厳島神社という感じだろうか。だから、「レモン推し」されるとちょっと不思議な感じがする。
確かに瀬戸内の島でレモンを作っているのは知っていたが、広島県という意識がなかった。なんだか、瀬戸内海の島は全部、香川と岡山みたいな思い込みがあるせいだ。

その広島県名物で最近よく耳にする「つけ辛麺」を食べようと意気込んで広島県アンテナショップに乗り込んでみたら、なんともう一つの広島名物「汁なし坦々麺」に変わっていた。
どうやら調べたネットの情報が古かったらしい。当てが外れてしまい、まっすぐかえろうとおもったが、せっかくここまできたのだからと思い直して汁なし坦々麺に挑戦することにした。
最近ではあちこちで坦々麺屋を見かける。当然、ほとんどの店で汁なし坦々麺も食べることができる。すでに汁なし坦々麺は広島を飛び出し全国区商品になっているようだ。
ただ、広島名物汁なし坦々麺に限らず、油そば、汁なしそばの類をちょっと苦手としている。個人的な偏見だが、あまり旨いと思ったことがない。たぶん、濃い目の辛いタレと麺のバランスが好みではないのだろうと自己分析している。もっと、汁だくにしてくれればなあと、油そばを食べながら、いつも思っている。

いささかためらいながら、いざ食べることに決めて注文しようとしたら、なんと選択肢はほとんどない。基本は辛さを選ぶ、麺の量を選ぶだけ。お店の方から、おすすめのランチセット、温玉と小ライス付きを勧められ、なんとなくそれにしてしまった。席について2分ほどで注文した品物が出来上がった。早いのはありがたい。その二分間待っているうちに満席どころか外に行列ができていた。人気店なのだ。

座った席の真前に、「正しい食べかたマニュアル」があった。おすすめの通り、お作法に従って混ぜ混ぜして、追加で山椒をかけ、温玉につけながら食べた。山椒の痺れ感がたまらない。ただ、やはり味が薄い気がする。また、氷入りのお水は最重要な脇役だということに気がついた。大量に水消費する食べ物だった。カレーを食べるときより大量に水を飲んだ気がする。

ランチセット 並み盛り

麺を完食した後、マニュアル通りに米を丼に投入し、後掛けのたれと酢を垂らした。鷹の爪も放り込んだ。ただ、間違って量が多すぎたが、取り出すこともできないので、一気に撹拌した。見た目は非常に悪い。料理として出されたら脱力しそうだが、セルフ混ぜなので気にしない。

正直にいうと、この混ぜ飯が抜群にうまい。麺よりもこちらが気に入ってしまった。できれば、TKGに続く第二の混ぜ飯コンセプトとして独立して欲しいくらいだ。小さい茶碗に入った白飯、味付き飯などが5種類くらいあり、トッピングで鶏そぼろ、オカカに鰹フレーク、海苔に錦糸卵が良さそうだ。後は薬味に、ネギ、山椒、生姜等々がついていて、タレが甘い醤油、出汁醤油、味噌タレ、にんにくタレみたいなラインナップにする。大きめのどんぶりでかき混ぜては食べていくと、段々に色々な味が混合されていって・・・。と、業界初のまぜまぜご飯屋のコンセプト開発をしてしまった。

おそらく広島式汁なし坦々麺は、2度3度と食べて味に慣れていけば好物になるのだろう。大阪発のラーメンも慣れるまでに時間がかかった。慣れるには時間と回数が必要な食べ物は多い。何度食べても慣れない博多のうどんみたいなものもあるが。
食の多様性は重要だ、食のダイバーシティーだなと、満腹感に満たされながら銀座で広島を楽しんだ。

食べ物レポート

新宿の居酒屋で楽しむ

かわはぎ 肝醤油で旨し

どうも生来の天邪鬼みたいなところがあり、盛り場で酒を飲む時は、なぜか中心を外すことが多い。新宿でよく酒を飲んでいるが、歌舞伎町で飲むことはほとんどない。誰かに誘われて行くことはあっても、自分で歌舞伎町に足を向けることは少ない。すすきの界隈で飲むことは多いが、この道を渡った先がすすきのみたいな場所がほとんどだ。仙台でも国分町で飲むことはなかった。仙台駅前の小路の店が好きだった。
今回の新宿も、靖国通りを渡らずに新宿駅寄りの雑居ビルにある居酒屋を選んだ。

金目鯛 だったかなあ? あげ銀杏もうまい

12月だというのに予約もしないでふらりと入ったら、ほぼ満席。ここ一年では見なかった光景だ。コロナ前は予約も取れない人気店だったので、ようやく元に戻ってきたということか。おうち時間に飽きたオヤジたちがふらふらと吸い込まれてくる。それでも、大声で話す客は少ない。隣のサラリーマンの声が店内にやたら響いていたのは、いわゆる雰囲気がわからない、空気が読めないと言われる「ダメオヤジ」認定者だからだろう。
流石に居酒屋で黙食とは言わないが、声の大きさには随分気遣っている人が多いようだ。それにしても、綺麗に盛り付けられた刺身をみたのは本当に久しぶりな感じがする。

あれこれ注文したときについていた、飾り物でちょっと遊んでみた。色味を考えて料理を作るのは基本の基だが、こうして集めてみると日本料理は色彩美だなと思う。

ちょいと季節外れな感じもするが、今年の秋には食べ損なっていた松茸の土瓶蒸しを注文した。居酒屋では食べたいものを食べたいように食べるというわがままを貫き通してきたつもりだが、最近は最初に汁物にすることが多い。
単純に嗜好が変わって、出汁の効いたスープや汁が好きになったので、健康のためとか悪酔いしないようになどと殊勝なことを考えているわけではない。ただ、最初に暖かい液体をお腹に収めると、酒がうまく感じるような気がするからだ。
焼酎を飲む時も、以前はロックオンリーだったが、最近はお湯割りを頼むことも多い。やはり、歳をとって胃袋の頑強さというか耐久性が落ちていることを、体が正直に発信しているのだろう。こんなことを考えながら、居酒屋で飲めるのはありがたいことだ。