街を歩く

吉野家の混乱ぶり

久しぶりに吉野家の牛丼を食べた。個人的には懐かしい味なのだが、今ではこの牛丼を注文するのがやたらと面倒くさくなっている。カウンターにあるタブレットで注文するのだが、注文の画面遷移が実にユーザー・「アン・フレンドリー」なのだ。昔であれば、「牛丼・並」の3秒で済んだ注文が、実にもたついてしまいヘタをすると数分かかるハメになる。主力商品であるはずの「牛丼」が、その他大勢の牛丼もどきやトッピング牛丼の群れの中に混じり込んで、全く見つけにくい。客を馬鹿にしているのと、思わず罵りたくなるほどだ。

ただ、弁明しておくと決して吉野家だけがダメなのではなく、ファストフード全体でタブレット注文システムの仕上がりは絶望的に酷い。使い勝手の良い注文画面を設計できているところは「ほぼ存在しない」と言い切れる。

大手のハンバーガー・フライドチキンチェーンはメニューが増えすぎたことと、クーポンの濫発により、注文途中ですぐに迷子になる。会計にたどり着けたらラッキーと言いたいくらいの迷路構造、だめっぷりだ。それでも主力メニューが単独で注文品できないとか、見つけられないということはない。チキンだけ、バーガーだけ買うのであれば、あまり面倒はない。ただ、サイドアイテムやドリンクなどのカテゴリーを跨いで追加注文をしようとするといきなり難度が上がる。クーポンの有無やセットの値引きと連動するからだ。これが一番イライラするところでもある。

吉野家は行き当たりばったりでメニュー拡大を進めた結果(と自分に思えるのだが)、カテゴリーを超えた商品が多くなりすぎた。メインの牛丼はトッピングオプションで複雑怪奇になっている。それ以外の鉄鍋系定食メニューーやら、カレーやら、しまいには麺類の季節提供などをはじめ、その入れ替え戦・在庫消化のためであろう敗戦処理メニューまで投入しているので、単品注文が直感的にできない。

セットの押し付け販売が強すぎるせいもある。当然、画面遷移は迷路かするので、結果的に行き止まりになったりする。ファミレスのタブレットより使い勝手が悪いファストフードなど、存在価値が疑われる事態だ。そして、吉野家の実態はファストフード業界限定で見ても最低で使いにくいダメ端末だ。(まあ、ファストフードはどこも似たようにダメダメばかりだけれど)

吉野家にとって、提供時間が「早い」はもはや過去の栄光でしかなく、「安い」とは程遠い値段となり、「うまい」についてはいささか疑問が残るメニューが増えすぎた。

どうした吉野家、と言いたい。その利益率の高さで業界を震撼させた、あの吉野家の強さはどこに行ったんだろう。今の吉野家のメニューを見ると、外食先進国である米国でテーブルサービスの大衆価格チェーン店がどんどん潰れていた時のことを思い起こす。同じ病にかかっている気がする。選択と集中は、いつの世でも勝利の方程式のはずだが。

今の吉野家に必要なのは、辛い牛肉つけ麺などではなく、値段は倍になるが三倍美味い牛丼という選択肢ではないのだろうか。

まあ、個人的に言っても吉野家の牛丼は価格と時間と味のバランスでコスパが良い食べ物だった。絶対値として美味い食べ物ではないが、やめられない、クセになる味であり、満足度の高い商品だった。その主力商品の価値が薄まっているのだから、やはり事態は深刻なのだと思う。それともすでに牛丼屋として生きて行くことを放棄したのだろうか。

どうした吉野家、がんばれ吉野家、来週も食べに行きたいと思わせてくれ。

今、吉野家が、あるいはファストフードが見習うべきは、テーブルサービスの成功者であるサイゼリヤとぎょうざの満洲だろうなあ。どちらもタブレットは導入していないがオペレーションレベルは高い

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