
写真を見ればわかるが、明らかに馬が大きい サラブレッド系だろう
日本在来種より速く走れるはずだが、鎌倉時代どころか戦国時代ですら存在していない馬種だ
前回は会津で馬刺しを食べた時の話だったが、それで馬について思い出したことがある。そもそも日本の馬は大陸から半島経由で西日本に持ち込まれたはずなのだが、馬の放牧に適した場所は阿蘇や南九州各地にあったらしい。当然、馬の繁殖を得意とする種族は裕福になった可能性がある。
ただ、古代ヤマトにおいて騎馬戦という戦闘形式がなかったようで、おそらく高位軍人の移動手段くらいだったのではないか。古代ヤマトが唐帝国と新羅に半島戦で完敗した以降に騎馬戦力の充実が始まったらしい。その頃の馬の主産地は現在の群馬県から福島県あたりに移っていたようだ。古代ヤマトにとって東国は有力馬産地として厚遇した。
その古代日本の馬産地の名残が、今の馬刺し産地になっているのだと個人的には納得している。ただ、現代の日本にいる馬は明治以降に軍馬として輸入されてきた大型馬が主流で、アラブ系の大型種だ。一般的に見かける馬は競馬馬とその放出された馬がほとんどだろう。
北海道で細々と飼われている農耕馬はもっと大型で足も太い。競馬馬のように早く走るために改良された馬とは異なり、ヨーロッパで農耕と軍役に使われたものだ。ただ、映画などで騎乗シーンが出てくる時は、洋画邦画のどちらも見た目の良さのためかいつでもサラブレッド系の早く走る馬がほとんどだ。リアルではないのだ。
さて、馬刺しの産地(笑)で生産されていた馬は、ヨーロッパ系の農工場でもなく、アラブ系の軍馬でもなく、東アジアの伝統的な馬、つまり小型種だった。現在では飛騨や与那国で飼われている小型の馬だ。大型馬の肩高は人の背丈に近いものだが、日本在来の小型馬1m程度、つまりポニーと呼ばれる馬程度の大きさだ。成人男子の平均身長が150cm代であった古代日本では小型馬の方が使い勝手は良かったのかもしれない。
ただ、映画で見るような大型馬が一斉に爆走するような迫力はない。かの有名な武田騎馬軍団も現代的な視点で見ればちょっと情けないかもしれない。
鎌倉で行われる流鏑馬(騎乗からの弓射)や京都の葵祭で行われる馬の競争も、現在は大型馬が使われているから、あれは史実とはちょっと異なるイベントだろう
ただ、モンゴル民族による世界征服は、この小さな馬にまたがって行われていたので、小さいから能力に欠けるということはないだろう。現在的な大型場に見慣れていると、小さな馬に人がちんまりと乗っている微妙な違和感はあるが。
ちなみに、この史実を忠実に習い蒙古馬を使ってモンゴル民族帝国の勃興機を描いた映画がある。「蒼き狼」(角川映画だったはずだが)を見ると、小さい馬の騎馬戦が見られるので興味がある方はご覧ください。
馬刺しから連想する古代ヤマトとモンゴル帝国、実に雄大で歴史的なテーマでありますよ