
まだ大覚醒の頃の話だが、当時付き合っていたガールフレンドのいとこがアメリカからやって来た。女の子二人で、どちらも小学生だったと思う。二人ともアメリカ生まれアメリカ育ちで日本語は話せない。
なぜか、その二人の面倒を半日ほど見ることになった。母親が用事があり出かけてしまうのだが、その間に面倒を見る英語が話せる人間がいないということだった。
こちらが英語を話せると勝手に思い込まれてしまったらしい。英会話の講義はとって入るが、それで英語が話せるので、世の中に英語で苦労するものはいないだろう。おまけに昼飯代を渡されると、二人を連れてどこかへ行けと追い出された。
まあ、子供好きなのでなんとかなるだろうと鷹を括っていたが、相手はアメリア歌人の女の子で、おそらく人生で一番話好きな年頃だろう。日本の世界が面白いのだろうか、ノンストップでアレは何、これはなにの連続だった。念のために持っていた辞書など役にたつはずがない。
結局、身振り手振り、鳴き声、モノマネなど語感に訴えるジェスチャーが最強兵器だと理解した。ただ、これが通じるのは単語まで。例えば、腹が減ったとか歩き疲れたとかトイレに行きたいとか、まとまった表現になるとあまり通用しない。例えば、お腹を抑えても腹が減ったのか腹が痛いのかがわからない。
そんな半日の間で覚えた言葉くを一つだけ鮮明に記憶している。目が回る → I am dizzy というのだ。二人の前で立ったまま数回転してフラフラと歩く姿を見せて教えてもらった。そのと時におそらく自分はこの言葉は一生忘れないと思ったが、その通りで、今でも覚えている。
後に、英語を覚えるには英語を喋るガールフレンドを作るのが一番だと教わったのだが、やはりそれは正解だろう。この時の小学生二人は、まさに熱心にこちらがわかるようにお話しするガールフレンドだった。学校の授業などより数十倍効率の良い勉強法だ。
ちなみに学校ではなく、体験で、つまり街頭で育った頭の良いやつをStreet smartというのだが、確かに人生に役立つという意味では、そいつには敵わないなと思う。
この時の経験が生かされるのは、それから5年くらい後のことだ。