街を歩く

千葉の神社のこと

2年前の夏、関東一宮で御朱印をもらっていない取りこぼしていた千葉の神社に行った。ちょっと前であれば早朝から車で移動したはずだが、、自宅から高速を使って千葉の南端まで行くことを考えるとウンザリしてしまい、おまけに帰りの渋滞は想像を絶するのは明らかで(夏の海帰りで千葉県内の高速は徹底して受胎する)、JRとバスを乗り継いての日帰り旅行にした。

片道4時間以上かかるから日帰りとはいえ一日中移動している。昼食は立山駅前のパン屋で調達したパンを食べると言う、なんともハードな旅になった。この神社の拝殿は山の上にある。そこから房総半島沖の船の行き来を監視していたらしい。鎌倉時代のことだ。つまり、海上を遠くまで見張れるだけの高さがある。つまり、とても長い階段を登らなければならない。中断で二度ほど休憩をするほど長かった。一宮巡りをしていて、この陣はが一番肉体的にハードだった。神社の境内にある階段はせいぜい30段程度だから100段越えなど珍しい。

神社と呼ばれるのが一般的だが、中にはべっ各区の神社もあり「大社」とか「神宮」と呼ばれるものは格が高い。大社は祀られる神様の格が高いようだが、神宮は天皇崩御の後に祀られる神社で、数が少ない。千葉(上総)に香取神宮のあるが、鹿島神宮も近い。二社がある珍しい地域だ。
有名な神宮といえば奈良県にある橿原神宮、これは神武天皇を祀っているので日本史的には別格の神社だろう。あとは熱田神宮くらいだろうか。歴史的に一番近い時期が明治神宮だが、これは明治政府以降の革命政府の意向があり政治的色彩が強い。ちょっと他の神宮とは違う感じもする。

神宮の分布を考えると歴史的には千葉のあたりが古代日本では政治的に重要な地域であり、関東の玄関口であったことがわかる。千葉の一宮は政治的・軍事的施設としての色合いが強かったのが、他の國と大きく違っている。8月の暑さの中で古代史を考えるのは、なかなか楽しいものだ。

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