
ふと気がつけば小樽の蕎麦屋には2年も行っていない。小樽近くの余市までりんごの買い出しに行ったのは去年の秋だったが、その時には南小樽にある市場に立ちよって終わりだった。市場隣のラーメン屋に入ってしまったせいで薮半ランチは諦めてしまった。
この店は外国人観光客にも人気で開店と同時に満席になる。行く時間を間違えると相当に待たされるので、いつもは開店15分前には出向くことにしている。蕎麦と合わせて酒も注文したいので、車で行くのは無理だ。JRで行くのだが、運が悪いと千歳空港から乗ってきた観光客に占拠された車内で一時間ほど立ちっぱなしになる。なかなか大変なところなのだ。
ただ、そばの代金の倍くらい交通費がかかるので、ふらちち蕎麦を食べにいくにはちょっと抵抗がある。良い店なのだが、頻繁に行かないのはそういう訳だ。これが自宅から徒歩で行ける場所であれば、月に2ー3回は行っているだろうとも思う。本当に良い店なのだ。神田の名の知れた老舗蕎麦屋よりも好みであるのは間違いない。そう言えば神田の蕎麦屋ももう何年も行っていないな。

開店時間になるまでは入り口の待ち席で品書きを眺めながら本日の出し物を検討する。これもマイルーティンみたいなもので、毎回ひとつは新しいものを試してみようとあれこれ眺めているが、最近は「いつもの注文」で良いかなとも思うようになった。
そもそも胃袋の容量が低下していることもあり、蕎麦を熱いのと冷たいの両方頼むとか、もりそばと丼と合わせて注文するかいう、あれこれ食べ比べてみたいという「挑戦的姿勢」はすでになくなっている。つまみ一品、蕎麦と料理を一品ずつというところでおさめておく。

座席と座席の間はゆったりとしたスペースになっている。隣の会話がぎりぎり聞こえてくる程度か。小上がりもあるが、そこに行きたがるのは外国人観光客だけのような気もする。小上がりは蔵を改造した作りなので外国人には珍しいのだろう。しかし、外国人が蕎麦屋に来て蕎麦を「すすれるのか疑惑」はある。こっそりと観察して確かめてみたいのだが、それはあまりに失礼か。などと考えていたら、隣の客が半島から来た人たちで、そうやら音を立てずにそばを食べている。隣国でも「麺を啜る」ことはないらしい。
まあ、日本人の多くはそばだけではなくスパゲッティーすら啜っているので、この蕎麦屋啜り食問題はあまり追及しない方が良さそうだ。
欧米系の人は音を立てて物を食うのは蛮人の風習と思っているので、蕎麦屋ではあまり見かけない。一度アメリカ人の友人を蕎麦屋に連れて行ったら、やはり蕎麦をもぐもぐと噛んでいた。郷にいれば剛に従えとはならないようだった。
アジア系の麺料理が存在する国でも、ズルズルと麺を啜っているのは見た記憶がないが、その辺りはあまり触ってはいけない文化的な何かがありそうだ。

さて、まずはサッポロクラシックを注文して一息。あとは順番にでてくる料理と酒を楽しむだけ。至福の時間が始まる。
と思っていたら、なんと隣席の半島系外国人観光客男性4人組がまあまあ騒がしい。声を顰めている(つもり)らしいので、ここは諦めるしかない。これが大陸系観光客であれば音量マックスで会話という絶叫を始めることもあり、そうなると我が身の不運を呪いながら店を出ることもある。今回はそこまでには至らず、めでたしめでたしだった。
個人的にに思うことだが、日本政府外務省あたりで’(或いはその外郭団体で)、外国人向け観光客に「日本人が嫌う行動一覧」みたいなマニュアルを発行・発信するべきではないかと思うのだ。一部の政党は日本人と外国人を選別するような政策を打ち出している危ない時代だ。外国人観光客がいつ危険な事態、排斥行動に会うことになるかも分かりはしない。
SNSで多発する飲食業での迷惑行為は決して例外ではない。飲食店による嫌がらせ?と外国人に対する選別感や否定的対応がいつか激化するか、危機管理としては重要だと思うのだが。
過剰な円安の進行で輸出産業は潤っているが、国内の観光資産を外国人に売り渡すのは、ある意味立派な?、いや、ふらちな形態の輸出事業だ。円安が止まらない限り外国人観光客は押し寄せてくる。
外国人排斥の臨界点を超えないようなコントロールを政府はなすべきなのだと思う。少なくとも輸出産業保護政策として政府が取り組むべき課題だと思うが、先の大戦以降は三流官庁と呼ばれる外務省にその知略はあるまいよ……………
と蕎麦屋で酒を飲みながら国際問題に思いを馳せておりました。