街を歩く

秩父で酒蔵

秩父の街中、あちらこちらで見かけていたポテくまくんをついに発見した。秩父駅の改札近くに鎮座していたのを全く気づいていなかっただけだった。観察力が足りない。というか、人の視覚というものは見たいものしか見ないという特性があるのだと改めて気がつかされた。
ポテくまくん、よくよく見ればなかなか可愛らしいではないか。もっと人気が出ても良さそうだが。でも、食べられちゃう運命だからなあ。

その秩父駅から徒歩5分ほどの道沿いに造り酒屋というか酒蔵というか、シックな酒屋がある。恐る恐る引き戸を開けると薄暗い店内に日本酒がずらっと並ぶ。蔵元で酒販売をしていると、市中では見当たらない様々な種類の日本酒が並んでいるのが嬉しい。棚を一つ一つ見て回るのはなかなか楽しい体験だ。

店頭にぶら下がっている杉玉を見ると、お酒の出来具合がわかるらしい。これもまた、酒蔵に行く時の楽しみだ。昔、信州の酒蔵を訪ねた時に、屋外冷蔵庫に保管してある吟醸酒を振る舞ってもらったことがある。品評会に出品した特製酒だそうで、販売するほどの量もないということで、5年10年と冷蔵庫に置きっぱなしにしているそうだ。それを、たまに振る舞うことがある。新酒と比較して楽しんでもらうためとのことだった。
あちこちの酒蔵に行った時に、その話を思い出しては、蔵の周りに屋外冷蔵庫はないかと探してしまう。変な習性が身についたもので、この時も店の裏側に回って確かめたくなった。こっそり裏側に行ってみたら、そこは客向けの駐車場だった。

店頭にある木彫りの看板は、酒蔵のプライドが込めれれていると思う。電照式の明るい看板は酒蔵には似合わない。などというのは、勝手な言い分だとはわかってはいるが、木造の古い商家でひっそりと酒を売っている雰囲気が好ましい。
この日も秩父観光に来たと思しき夫婦(多分)が土産として何種類か買い求めていた。店主らしき方が、日本酒の特性を含め丁寧に説明していた。次の客も会計を待ちながらその話を聞いていた。こちらも片手に一本瓶をぶら下げながら、待ち続けていたが、待たされるのが気にならない。良い話が聞けたとさえ思った。コンビニでレジ前に2-3人並ぶとなんだかとても待たされた気分になるのと、全然異なる空間で違う時間だったのが不思議だ。
秩父の山奥にあるウイスキーの工場も一度見に行きたいとは思っているのだが、確か工場では販売していなかったような気がする。それがちょっと残念だ。見学もコロナの煽りで中止しているところは多いので、それも確かめてみなければいけない。ぶらっといって工場を見せてくれた山梨県白州や北海道余市のようなところが、また復活してくれると良いのになと、秩父の街を歩きながら思っていました。

街を歩く

居酒屋の定食屋シフトを考察する(長いです)

昭和レトロブームと平成生まれの関係について何度かに分けて考えてみたい。その第一回目として、居酒屋チェーンの新業態「居酒屋+大食堂」を素材にしてみようと思う。
この業態は首都圏でそれなりの規模と知名度を誇る「天狗チェーン」が久しぶりに送り出した新業態だ。一時期は郊外型ファミレス的出店をしていたが、それは失敗だったようでダイニングコンセプトは縮小していた。その後、小型化した簡易メニューの飲み屋天狗酒場を投入したが、最近では神田屋という新業態に鞍替えしているようだ。
その神田屋の展開と合わせて、食堂をイメージした大型店も店舗数を増やしている。「大ホール」という名称から想像してしまうのが、昭和のデパート大食堂やビアホールといった大型店舗だ。食券を買い勝手に空いている席に座り、ウェイトレスのお姉さんに食券を渡す。メニューは和洋中なんでもありで、アルコールとパフェが共存する老若男女が入り乱れる懐かしの飲食パラダイスだ。テーブルの上にはお決まりのように大きな急須に入った茶と湯呑み茶碗が置かれていて、お茶と水はセルフサービスだった。そんな昭和中期の記憶が残る世代はすでに50代を超えている。昭和後期にはデパート自体が消滅したので「大食堂」コンセプトは、平成生まれ世代には生まれる前の幻でしかない。

昔の居酒屋にはテーブルメニューなどなかった。壁に貼られた札と黒板が全てだった。

極端に言えば、江戸時代を模した和食屋であれ、昭和中期の大食堂であれ、どちらも想像の中にしか存在しないファンタジー空間だ。だから、現在の昭和レトロブームに対する評価は、昭和生まれの人間に聞いても役に立たない。昭和生まれの人間は懐かしさ、ノスタルジーに浸るだけであり、そこに登場するメニューにも当時の(記憶の中に残る当時の)忠実な再現性を求める。そして、違いを発見してはあれこれあげつらうという楽しみ方しかできない。昭和生まれにとって昭和レトロというコンセプトは過去に経験した、時間軸に連続性があるリアルな過去体験だから、そんな楽しみ方になる。平たく言えば、文句をつけることに楽しみを見出す、「痛いエンタメ」だ。(周りから見ても、その言動はかなり痛いたしい)
しかし、平成生まれにとって昭和レトロとは、たまに過去映像の中で見かける存在程度であり、共有する体験や空間ではない。これも極端に言えば、浦安にあるネズミの国の「なんちゃらワールド」とほぼ同義な、想像の中にしかない異空間だ。怪獣映画や戦隊モノに登場する世界となんら差異はないのだろう。
もっと言えば、外国人が見た日本世界みたいなもので、ブレードランナーに登場する未来の西海岸都市(たぶんLAの異形態)やブラックレインに登場する東京市のようなものだ。
だから、当然ながら、平成生まれの世代にとって、楽しい異空間、日本語は通じるが見たことのないデザイン、内装の店で、食べたことのないメニューを楽しむ。そうであれば、ディテールの再現性など気にしない。アメリカ人の寿司屋が、日本ではこんな寿司を売っているのだろうと想像して作った、西海岸発の新発想寿司みたいなものだ。エンターテイメントとしての食事空間とし、昭和らしさが感じられればコンセプトとして成立する。時代考証の正しさなど必要ない。
過去に実在した食べ物の再現性、正確性など誰も求めていない。ところが、昭和中期の過去体験がある昭和生まれが、その仮想空間に乗り込んでワーワーとリアリティーを前面に押し出し非難する。やれ、これは昔と違う。味付けがおかしい、食器が違う、内装が、ウェイトレスの制服が、云々云々。
コンセプトの理解ができないまま我が物顔に論評する。
この店はあなたのノスタルジーを満足させるために作られてはいないのですよ。そもそもあなたはお客の対象外ですよ。嫌なら他のどこかに行ってください、とはっきり言われないと理解できないのだろう。
まさに、昭和レトロを模した店とは、歴史テーマを掲げた「コンセプトレストラン」であり、手近なエンタメテーマレストランなのだ。形を変えたメイド喫茶みたいなものだと理解するべきだろう。
自分の同世代(昭和のリアル体験がある世代)から昭和レトロ空間に対する「再現性の低さ」や「時代考証の誤り」のような批判を聞くたびに、何かモヤモヤした感じがあった。そのモヤモヤ感を探るため、あれこれ突き詰めて考えていた。

マーガリンで炒めたナポリタン 銀のステンレス食器が昭和な雰囲気をだす

街から食事を出す喫茶店が消滅するとともに、人の記憶の中にしか無くなったメニューの典型が「ナポリタン」というトマト味の洋風焼きそばだろう。今では昭和レトロメニューの典型のように言われるが、平成生まれはこの食べ物をたまたま食べる機会がなかった。彼らが普通に手に入れられたのは、サイゼリヤで提供されるペペロンチーノやカルボナーラのパスタで、トマト味の洋風焼きそば。スパゲッティではなかった。「ナポリタン」はイタリアンレストランではほとんど提供されない、日本生まれの洋食だ。おまけにファミレスでも登場しなかった「絶滅種」だからなおさらだ。古くから続く洋食店では細々と提供されているが、洋食店も喫茶店に続く絶滅危惧種であり、当然ながら価格もファミレスをはるかに超える高級料理化している。老舗の洋食店で食事をすると、ちょっとしたホテルのレストランで食べるのと同じ金額がかかる。もはや洋食店は大衆がお気軽に使えれ場所ではない。

昭和の時代には、駅前にある大衆食堂の壁全面にメニューというか品書きがびっしりと貼ってあった。ファミレスとファストフードの時代になり、手書きの文字が敬遠され、メニューは手元で見る写真入りの冊子に変わった。

日本全国どこに行っても存在するシメサバは昔からの大衆メニュー

そんな平成生まれをターゲットにした昭和レトロを気取る食堂は、意外と昭和のメニューが少ない。典型的な居酒屋商品も並んでいるが、昭和の何度かにわたる居酒屋ブームに登場した時代の名物料理も全く存在していないようだ。
そもそも、冷静にメニューを見てみると、これは既存の居酒屋天狗からの流用品がほとんどで、その提供方法や価格が調整されているだけだ。贖罪の大冒険をしているわけではないから、店内のムードを買え、ちょっと加えた新メニューで目を二機つけると言う、極めてオーソドックスなリニューアルと見た方が正しいようだ。

昭和の高級品 生ハム

昭和世代にとっては、「超」がつくほど高級品イメージのあった生ハムも、今ではコンビニに並んでいる平凡な通常品だ。ただ、それがさらに盛り付けて出されると、何やら心躍るのは昭和世代の残滓みたいなものだろう。平成生まれにとっては、これよりもタコさんウインナー(赤いやつ)の方がよほどビジュアル的には喜ばれそうだ。

フグヒレは入っていない……………

サワーやハイボールなどの炭酸系アルコール飲料が主体のご時世に、日本酒の熱燗を注文すると銚子ではなく、フグのひれ酒を出す時の湯呑み茶碗で出てきた。これにはは、すっかり感心してしまった。おそらく銚子という低利用頻度の専用備品を用意するのが嫌になった(合理的な判断ではあるとも思うが)のだろう。オカンをするのもレンジアップの時代だから、通常の銚子では安全上の懸念もある。レンジアップした場合、銚子の上部、首にあたる部分がとてつもなく熱くなる。昔ながらのお湯でオカンをつけると、胴体の部分は熱く、首の部分は比較的低温であるのとは正反対だから、昭和世代のオヤジは銚子を保つときに首部分を持って「アチチ」と叫ぶハメになる。
湯呑みで缶をつければほぼ全体が暑くなる。
そんなことを考えて、昭和レトロな店の作り方やあり方をあれこれと想像していた。確かに「天狗」と言うチェーンは昭和の時代にも、ちょっとアッパーなイメージを抱かせる明るく小綺麗な店だった。それを、平成生まれにあわせて「令和モデル」にアップリフトする、アフターコロナに合わせてチューニングした店を作ろうとしているのだ。本業を捨てて唐揚げ屋や焼肉屋に逃げ出した他チェーンとは違うアプローチだが、個人的にはこちらのやり方がスマートで好感が持てる。

街を歩く

コッペパンの専門店@秩父

店頭に「有名な手作りコッペパン」と自ら書いている、プライド高きコッペパン専門店に普通のコッペパンを買いに行った。コッペパンと聞いて思い出すのは、学校給食に出ていた「あまり美味くない食べ物」だ。どうも学童期の嫌なトラウマの一つになっていて、大人になってからもコッペパンを好んで食べることはない。
ただ、全国のあちこちにコッペパンの美味しい店は存在していて、岩手県の福田パンには本店までわざわざ出かけて食べに行った。あれを食べてコッペパンの苦手意識が薄れたのは間違いない。横須賀にあるコッペパンの有名店にも何度か足を運んだ。横須賀市民が愛する老舗パン屋だけに、確かに美味い食べ物だった。
最近では、コンビニ各社がコッペパンを推しまくっている。多分、学校給食でまずいコッペパンが出なくなったせいで、トラウマ持ちの子供が減ったからだろうと邪推している。
この秩父のコッペパン専門店は、店の前を何度か通ったことはあるのだが、店内を覗いてみるといつも売り切れだった。今回は午前中ギリギリに間に合うように来てみたのだが……………

しかし、この手書きのPOPはものすごい迫力がある。模造紙に書いてガムテープで貼っているのだから手作り感100%だが、その分だけ気合というか売る気というか、ものすごい迫力が出ている。創業99年というのも、実に力がある。来年になれば創業100年、ついに営業期間3桁突入という凄さだ。この100年近くの間で、原料も変わればパン焼き釜(オーブン)も何度か代わったことだろう。それを乗り越えて味を維持してきたのだから、まさに人間国宝級の快挙ではないかと思う。

さて、店内に入り注文しようとした。最近流行りのあんバターも取り入れたラインナップなのだが、お目当ての⑦ジャムや⑧ピーナッツはすでに売り切れだった。というか、このシンプルなコッペパンは全て完売。残っていたのは、ここには載っていない、サラダパンなどの調理系コッペパン・グループだけだった。
ポテトサラダが入ったサラダパンは好物なので、それに文句をつけるつもりはない。実に美味しくいただいた。おまけに、レーズンパンのようにパン生地に小豆が練り込まれたあずきパンを、強く勧められ買ってみたが、それもまたなかなか美味しい。最近、普通に売られるようになった豆パン(甘い豆が入ったパン)と同系統のものだが、レーズンパンより好みかもしれない。うましだった。
しかし、ジャム入りコッペパンが食べられなかったのは相当に悔しい。次は開店直後の朝9時に買いにいかなければ、などと思ってしまったのだが、よくよく考えると、トラウマ持ちのコッペパンを買うために早朝から電車に乗るのもなあ……………
これはちょっと検討してみなければいけない微妙な案件だ。秩父の山奥へキャンプに行った帰りにでも立ち寄ることにしようかなあ。ただ、それだとまた売り切れていそうな気もする。悩ましい限りだ。

街を歩く

Foodexに現代神話を感じる??

黒いビジネススーツが大復活していた

Foodexは、食品業界の見本市みたいなもので、年に一度のお祭り騒ぎという認識をしていた。以前の会場は幕張メッセで、1日かけてわざわざ出かけるプチ旅気分を感じる展示会だった。それがコロナの間は中止になり、今回から東京ビッグサイトにお引越しとなった。幕張メッセに行く思いをすれば、ビッグサイトははるかに近い。おまけに残念ながらプチ旅気分はすっかり消滅してしまうから、(個人的には)ビジネスモードが著しく強まる。昔であれば大量の名刺を持ち、ビジネススーツに身を固め、いざ戦闘仕様で出撃という感じだった。
それに合わせてというわけでもないが、今回はすっかりピクニック気分で、服装もピクニックに行くような格好になり(歩きやすい格好が重要)、名刺は要求されなければ渡さないという、ビジネスパーソンとしては堕落し切った対応でよしとしている。会場で営業活動に励んでいる企業の方から見ると、あまり付き合いたくない不良客だろう。それでも、親切に話しかけてくれる営業担当の方たちには素直に感謝する。

何やらアステカの神殿のような趣もある……………現代の商業神殿かな

ビッグサイトの正面を真面目にみたことがないなと気がつき、おもむろに写真を撮ってみた。そうすると、これは現代の神殿ではないかと感じてしまった。金儲けの神様たちが、ごっそりと集まっている、金ピカ族の神殿だ。だが、金儲けの話を横に置いても、かなり荘厳なデザインだったことに改めて感動してしまった。
やはり、普段の視点をちょっとずらして、立ち位置を変えてもの事を斜めから見直すという作業は必要だ。神殿詣で久しぶりにビジネスの基本を思い出したのだが、それにしては本人の自覚があまりに足りない。コロナの間にすっかりダメなビジネスパーソンに落ちこぼれてしまったようで…………… 無念だ。

展示場の館内は、驚くほど大量の人で溢れていた。入場券を手に入れるための行列もすごい。おまけに、こういうところではまさに人々の本音が見えると思うのだが、もはや行列に並ぶ人たちには「間隔を開けて並ぶ」という概念は無くなっていた。前の人との距離はピッタリと密着とまではいかないまでも、息のかかる距離しかない。
コロナは終わったのだ(人々の意識の中では)と改めて気付かされる。まだ世の中で一定の割合の方は、コロナ怖いと思っているはずだが、そういう人はこのような混雑する場所には出現しないだろう。結局、コロナが怖い人は自発的に「いつでもステイホーム」を実践するグループになる。大多数の一般人は、3年前の行動パターンに復帰する。完全復帰は、夏頃になるのだろうが。
そんなことを考えていたら、また一つ思いついた。識者と言われる人が最近よく口にする「社会分断」だが、それは他人に強制されるばかりではなく、自分で自発的に社会から分離する集団も存在するということだ。アフターコロナでは、「コロナ怖い」と「コロナは終わった」という二大勢力が軋轢と騒動を引き起こす。これが、最大のコロナ後遺症かもしれない。パンデミックは社会を分断し続ける可能性があるという学びだ。それが端的に現れるのが、マスク論争だろうとは容易に推測できる。
たまたま今は花粉の大量発生時期だから、マスクは必須な来場者も多いのだが、来年はマスクなしの開催になるだろうし、会場の中と外で来場者がどう変化するのかが楽しみだ。

会場内は撮影禁止だったが、写真を撮りたいほどの印象的な展示もなかったので、出展ブースの感想も特にない。良くも悪くも平凡な内容のブースが多かったのは、コロナ後に世の中がどう代わっていくのか様子を見ている感じだからだろう。
帰り際に「東京アンテナショップ」によって、ジョーク土産を買ってきた。「東京ばな奈」ではなく「おだいばばな〜な」なのが、なんともおかしい。さすが、オタクの聖地だけある。東京駅の土産物店では、ちょっと販売が難しそうだ。
ちなみに、中身のお菓子は、バナナ型の人形焼みたいなものでした。

街を歩く

ひっそりと駅名変更告知

東京ビッグサイトに、また展示会を見にいく機会があった。そこで、国際展示場駅の中を探索してきた。前回の、駅名変更の謎を確認してみようと思ったので、一階にある改札口付近を中心に探し回ってみた。
しかし、改札口付近には何も見当たらない。改札口からかなり遠くにある壁面にポスターが大量に貼っている掲示板コーナーみたいなところがあり、そこに例の「謎」の証があった。
まずは校名がひっそりと書かれた、りんかい線全体の絵が一枚。渋谷から直通18分というメッセージが微妙に効きそうなのは、やはりビッグサイトを聖地と崇めるコアなファン集団の属性だろうか。
りんかい線直通の大規模駅は渋谷の他にもたくさんある。「新宿」から20分とか、「池袋」から25分でも良いではないか。いや、それをいうのであれば「赤羽」から40分?とか、「大宮」から60分でも良いはずだが、やはり渋谷以外の場所は魅力が薄いのだな、きっと。
新宿が舞台であれば「深夜食堂」、池袋が舞台であれば「池袋ウエストゲートパーク」など名作もあるが、聖地巡礼集団にはダメなのか。赤羽であれば、迷エッセイ漫画「東京都北区赤羽」もあるのだが。大宮が舞台となる作品は……………思いつかない。「翔んで埼玉」でも大宮描写はあったかなあ。

そして、これが大本命の駅名変更告知?だった。期間限定で実施されることがわかる……………のかな?
それとよく見るとりんかい線全線とのコラボらしいので、他の駅にもこのような企画が動いているのかもしれない。ただ、それを確かめる元気はない。その手の努力は、聖地巡礼を行う「使徒」に任せるべきだろう。

当然、コラボグッズのポスターもあった。これは重要な資金源なので、絶対に掲示が必要な案件なのだが、そもそもグッズはどこで買えるのだろうか。駅構内に販売所が見当たらなかったのだが。ひょっとすると改札を出たところにあるコンビニ店で、特設コーナーがあるのかもしれないと気がついたのは、家に戻ってきてからだった。
まあ、鉄道コラボの企画が動くということは、コロナが終わった証拠みたいなものだから、歓迎すべき「善き事」なのだ。全国のアニメ聖地巡礼も復活しているようだし、世は全てこともなしな平和が戻ってきた。

街を歩く

銀座でお買い物@熊本館

銀座界隈に散在する各県のアンテナショップを巡るのは、都内散歩のお気に入りコースだ。ショップの位置はだいたい頭に入っているが、その時々で仕入れたいものが変わるから、日によって巡回コースは変わる。一番のショップ密集地帯は有楽町の交通会館だが、銀座の目立つ場所にある大型店舗や裏通りにひっそり存在する隠れ家的店舗もある。一応、関東の近県からも出店しているので、日によってあれこれテーマを決めた楽しみ方はある。新橋や日本橋にもショップがあるので、全部回ろうとすると一日掛の大遠足になる。
当然ながら、首都圏の付属品である?埼玉、千葉、神奈川のアンテナショップは見当たらない。用があるなら直接来いと言うことだろう。
この三県の産物は東京駅に行くと、東京土産の中に一括りにして置かれているものも多い。草加せんべいなど浅草人形焼の仲間扱いだし、崎陽軒のシウマイも横浜名物とは思えない「東京もの」ぶりが目立つ。千葉のピーナッツ製品は、流石に東京のお土産感はなく独自色があるような気もする。それでも東京湾岸にある某ネズミノクニは、名乗りは東京〇〇だが、住所は千葉だし……………

今回発見した小袋(左側)は100円 右が普通サイズ


銀座のアンテナショップのお気に入りの一つが「熊本館」だ。ここでよく購入するのが、醤油(九州独特の甘い濃厚醤油)と、名品いきなり団子(饅頭の中身が芋の餡)の二品だが、売り切れていなければければ買ってしまう洋菓子がある。熊本では老舗洋菓子店スイスの「リキュールマロン」だ。
熊本館ではチルドで売っているが、通販であれば冷凍配送される。サバランに似た、リキュールにどっぷりと漬け込んだアルコール菓子(笑)で、ウイスキーボンボンよりももっとストレートなアルコール感がある。酒に弱い人であれば、ひとつ食べるとかなりの衝撃を受けるのではないか。
食べた感じで言うと、仙台名物萩の月に似た感じのふわふわ生地が甘さたっぷりで、そこに焼酎をたっぷりかけたと言うかドボンと漬け込んだようなものだ。実際には焼酎ではなく洋酒(リキュール)につけ込んでいるのだろう。
これを食べながらウイスキーを飲むと、実にお手軽に酔っ払うのは間違いない。それだけアルコール量が多いので、一般の人が食べるのには「強すぎる」せいなのか、今回は小さいサイズのものが販売されているのを見つけた。試しに小さいサイズのものを買ってみたが、あまりにも一口サイズなので、満足感に欠けるかなと思う。だが、お酒の苦手な人にはコチラ程度でちょうど良いのかもしれない。ジャストサイズというやつか。あえて形容すると、普通サイズが「ドボンとお酒」感があるが、小さい方は「ほんのりお酒」程度だ。微妙に作り方が違うのかもしれない。
手土産に持っていくには、この小さいサイズが良いのかもしれないなとようやく気がついた。

熊本といえば辛子蓮根と馬刺しみたいなイメージがあるが、洋菓子もレベルが高い。食は文化度を表すと思っているので、熊本は文化都市としての水準が全国トップクラスなのは間違いない。

街を歩く, 旅をする

観光スポットではないやり残し

秩父鉄道、御花畑駅のそばというより、ほぼ構内と言いたい場所にある喫茶店がなんとも怪しげな魅力を振り撒いていた。午前中はまだ開店していなかった昭和レトロ喫茶店(自称)だったが……………
喫茶店とは朝から開店するものではないかと思う。モーニングサービスは、もはや完全に日本語化した喫茶店文化ではないか。なのに昼直前でも開店していない。今日は休みなのかと思ってしまった。

午後になり、再び店の前を通ると営業していた。メニューボードやブラックボードが出ていたので、どれどれと眺めて見た。なんと、レトロな喫茶店というからクリームソーダとかホットケーキとか懐かしいものがのっているメニューを期待していたのだが、そんなものはかけらもなかった。
この店は、メニューから見ると確実に昼からやっている飲み屋だ。(それに文句はない、逆に大変ありがたい) お値段はかなりリーズナブルだし、料理?も(つまみも)あれこれ揃っているようだ。ついふらふらと入ってしまいそうになる。
しかし、どうも店の中からかなりの大音量な会話が聞こえてくる。おそらく常連客がいて、何かの冗談にガハガハと笑っているのがわかる。そこに、一見客として入り込むのはちょっと気が引ける。
これは、次回まわしかなと腰が引けてしまった。もう少し遅い時間であれば、そして飲み屋と割り切れば、勇気を振り絞ることなく入っていけそうな……………気がする。
しかし、何時開店なのだろう。お昼12時開店だとすると、喫茶店としてはずいぶん朝寝坊な店だし、居酒屋としては相当に早起きな店だ。

この化石もどこかで展示されているのだろうと思うが、不勉強で場所は知らない。秩父郷土歴史館とか秩父博物館みたいなものがあるはずだとは思うが記憶にない。秩父観光をするにしても、もう少し下調べをしないといけないと反省する。
ただ自分で調べるより、道の駅で聞くか、西武秩父駅前の観光案内所で尋ねる方が早いかもしれない。思い返すと、自分の旅のスタイルには「誰かに何かを聞く」という当たり前のことが欠けているのだな。今更ながら気がついてしまった。誰かに場所を聞いてパレオ君に会いに行こう。これも次回の宿題だ。

そして、次回の最大宿題、絶対達成目標、マスト案件は御花畑駅立ち食いそばで「きのこそば」を食べることだ。どうやらきのこそばは、立ち食いそばの中でも最高級ランクにあるようだし楽しみだ。ついでに味噌ポテトの食べ比べもしてみよう。ただ、この立ち食い蕎麦屋も開店時間を確かめておかなければいけないぞ。定休日があるかもしれないし。

この怖い警告看板は、秩父線のとある駅にかかっていた。最近、鉄オタの暴走がよくニュースで取り上げられているが、こんなもの、「警告」が設置されるほど鉄オタは暴れまくっているのか。単線で山の中をすり抜けるように走る西武秩父線は、写真撮影のスポットが限定されているので、線路内に立ちいる悪い奴もいるのだろう。ただ、警告の内容をよく読むと、どうも不埒な撮影ではなく車体への落書き(渋谷あたりでよく見るビル壁面の落書きみたいなものか)のようだ。
そうだとすると、明らかにイタズラというより器物損壊で犯罪だな。線路への立ち入りも犯罪だが、これはもっとタチが悪い。この駅も一度降りて散歩して確認して見たい気もする。こちらは野次馬根性での覗き見なので、宿題というにはほど遠いが。

街を歩く

街の光景 昔と今とが混じり合う

古い民家や商店を改装して甦らせることが当たり前になってきた。エコだ、SDGsだと騒ぐ前から「再生」という言葉は、若い世代を中心に「普通の考え方」になっている。その普通の考え方になれていないのは、逆に団塊世代やその上の世代ではないだろうか。長年そんな疑問がある。古い建物を壊して新築するのは善なり、という概念が根強くあるのは、敗戦後に焼け野原から復興した記憶のためだろうか。
築100年の建物といえば、1920年代に建築されたものにあたる。つまり、大正時代に建てられたことになる。大正年間でも関東大震災の直後に建て直された建築物であれば、そろそろ100年建築ということだ。関東圏では東京を中心に関東大震災で街が一度なくなってしまったところが多い。その後、東京は大空襲でもう一度街がなくなっているから、古民家改装の元になる「古い民家」自体が少ない。
大戦中に起きた大地震と空襲で、名古屋も似たようなことになっているはずだが、名古屋は古民家改造のレストランがたくさんある。京都は空襲も大地震とも無縁だったから、まだまだ町屋が残っていて町屋改造旅館とか食堂、蔵を改造した雑貨店など街がオシャレな変化をしている。東京の壊して建て直す文化とは随分違う。
都市の景観の問題も、一度焼け野原になった街では古いものを守ろうにも、守るべきものがなくなったという状況が関わっているはずだ。だから、東京の街には景観マネージメントがない。そんなノーマネージメントな首都圏で、秩父はどうやら街に残された古い建物を活用する術があったようだ。確かに秩父の街で散見できる木造の一軒家は「映え」がする。

そうした改造古民家、古商店に合わせて作ったであろう壁面看板も、今ではすっかり色褪せて良い風格を示している。時間が作り上げる落ち着きみたいんものだろうか。これも新しく作り替えると、やはりちょっと違和感が出てくるのだろう。あちこち、消えた文字を修正すると、それはそれで「足跡」が残って風合いが増すのだろうし。

一見すると資料館・歴史館のような感じだが、中は営業している現役の店舗だ。タウンマネージメントなるカタカナを使うまでもなく、街の中での活動拠点を残していることが、結局は街の活性化につながる。建物ありきとは言わないが、なんでも新しくすれば良いということではない。
古い民家を壊して、駐車場と貸しビルにするのは時代の感性にそぐわなくなった。古い街並みを残すことは高齢者のノスタルジーではない。若い世代の倫理観や価値観が「壊して作る」から「再生する」に移っていることを、地方都市で権力を握るジジババが理解できているだろうか。中央政界の魑魅魍魎は、それを理解しようともしないが。新幹線の駅を誘致する前に、手をつけるべきことだと思うのだが。駅ができても魅力のない街には誰も来るはずないだろうに。国会議員には、「それは俺たちの仕事ではない」と言い出しそうな連中ばかりが揃っているようだ。
しかし、街の再生事業は、そこにかかっているような気がしてならない。

ちょっと前まで、このような反戦平和ポスター的なものを見ると、おやおやまたレフトウィングの方たちが叫んでいるのだな、などと思ってしまった。ただ、今は少し違ってきているような気がする。普通の町内会、商店会の方たちが、素直におかしいものはおかしい、と言っているのだと理解できる。
地方都市の商店街に掲げられていることの意味は大きい。ウクライナ問題にかこつけて増税しようとする頭の悪い職業政治屋たち(心の歪んだ人たちだろうなあ)とは、根本的に違う想いだろう。青と黄色がウクライナの国旗の色だということくらいは、この1年間で覚えた。この国旗の色は、青空を背景にするとよく目立つ。地には平和をだな、と本当に思う。そぞろ歩きをする商店街でも、こんなふうに今の世界を見直すきっかけはある。観光スポットとは言い難いが……………

西武秩父駅から帰ろうとして見つけたのが、昔の特急のヘッドモデルだった。なんだか微妙なしろものだ。ある種の鉄オタであれば喜ぶだろうが、一般人にはわからないかもしれない。特急の顔紹介と一緒に、ブラタモリ風に秩父の鉄道開設事情を説明するとかできないものか。
そもそも西武鉄道は、秩父から山を突き抜けて軽井沢まで通じる一大リゾート鉄道開発を目論んでいたという伝説もぜひ公開してほしいものだなあ。でも、もしそれが完成してイラば、軽井沢まで直通電車で行けたのに。残念だな。

街を歩く

ポテくまくんに会いたい??

秩父神社参道、その一番神社寄りにあるお菓子屋がずっと気になっていた。ただ、オヤジが一人で菓子屋に入るのになんとなく照れがあり、いつも店の前を通り過ぎていたのだが、今回は意を決して入ってみることにした。クルミのお菓子が売っていないかなと思ったのだ。秩父はクルミが名産品らしい。そばを食べる時にもクルミのつけだれが使われる。
店頭にはテレビ番組で放映されたという張り紙がたくさんあった。確かにコロナの時期は、屋外ロケが主体の番組作りが増え、特にローカル私鉄、つまりあまり混雑していない路線を使った番組が多かった。秩父鉄道は関東近郊で一番お手軽に使えるローカル線だったから取材も増えたのだろう。
鉄道番組、旅番組で秩父鉄道と同じくらい目にしたのが大井鉄道、東武鉄道の北部方面路線、北陸の旧JR系路線、そして伊豆鉄道だった。この路線は四季を通うじての景色が流れていたから、ずいぶん慣れ親しんだ気がする。

さて、くるみ菓子を探しに入ってきたが、店内で気が変わった。このお店のスターであるらしいポテくまくんのお菓子を調達することにした。最近のローカルキャラ、ご当地キャラではアニマル系が人気者のようだが、大先輩である熊本県のクマキャラが知名度では群を抜いている。非公式で私設キャラでありながらほぼ千葉県船橋市公式っぽい不思議キャラは、最近露出が減っているようだが、ネット記事で読むと業務多忙で体調が思わしくなく業務量を調整しているとのこと。人気がありすぎるのも大変で、何事もほどほどが良いということか。
熊本県くまキャラは、確か影武者もいて何人(何頭?)かの複数ローテーションだったはずだ。人気者はそれなりに体調管理が必要だろう。
このポテくまくんの実在モデル(きぐるみ?)はお目にかかったことがない。自宅のある埼玉県郊外都市のキャラは、駅前で何度か手を振っているのを見た記憶があるが、それ以外の埼玉県ご当地キャラは存在感が希薄だし見た記憶がない。コロナのせいでイベントも減り出動を控えていたのか。
春になれば秩父市のイベントに出動していそうな気がする。武甲山近くの公園では芝桜が有名だが、今年は芝桜ではなくポテくまくんを見にいってみようか。ただ、その時期は花粉がひどい頃なので屋外イベントは避けてきたのだが、意を決してポテくまくんに会いに行くとするか……………
しかし、このお菓子、ポテくまくんではなく、その「おなか」なのだね。美味しくいただこうとは思うが、なんだか食べることに罪悪感も感じるネーミングだなあ。

街を歩く, 旅をする

路地を歩いて店探し

街歩きが楽しいところは、特徴あるお店が多い。思わず中を覗いて見たくなる雑貨店や、今日の昼ごはんはここにしたいなと思う食堂などが、街の中に適度にばら撒かれている。そんな感じのする街が、散歩というか、ぶらぶら歩き回るのに向いている。
秩父の街中には古い住宅や商店を改造したようなお店があちこちにある。一軒だけポツンとあるのは店主のセンスの良さということになる。ただ、街中のあちこちに洒落た店が見つかるのであれば、それは街の感性が高いということだろう。
人気の観光地は、もともとセンスの良い街並みがあったわけではない。大多数の場所では、昭和中期に個々の店がバラバラと立て直しをしたり、昔の店を潰してビルに変えたりしたので、街並み景観が不揃いになってしまった。その後、店主たちの高齢化などで閉店する店が増えてシャッター街に成り果てる。昼でも暗いゴーストタウンへ一直線だ。
それとは逆に成功した商店街や町は、まず最初に景観、街並みの整備に手をつけている。そこに小江戸とか小京都という形容詞をつけるのは常道手段だが、〇〇の街というキャッチフレーズで新味を出そうというのもよくある。
ただ残念なことに、愛とメルヘンの町だの、綺麗な環境と夢の町だの、やたら抽象的な意味なしフレーズを使うことも多く、それは逆効果でしかないとも思うのだが。
秩父は昔からの観光地なので、下手なキャッチフレーズはいらない。不揃いな街並みを仕立て直していくことは大切だが、一つ一つ光るお店があるのだから、それが増えていくだけで良い。そんな魅力的な店を探して歩くのが楽しい街だ。

いつも日帰り旅なので、秩父の街に泊まることはないのだが、それでも夜の居酒屋、小料理屋などには行ってみたい。このお店、昔の商店を改造したように見える。ここには夕暮れ時に入って見たい。「秩父めし」というだけであれこれ想像してしまう。地酒は秩父錦か武甲正宗か、あるいは秩父のワインや地ウイスキーということもあるだろう。適度に退色した店名垂れ幕が良い味を出している。

わらじかつを酒の肴にするのはボリュームがありすぎてちょっとしんどいが、枚数少なめにしてもらって、カツをちびちび食べるのはアリかもしれない。秩父名物のくるみだれで、太めゴワゴワの田舎そばをつまむ(決して手繰るのではない)のも捨てがたい魅力だ。
できれば季節の山菜天ぷらなどを注文したい。最初は塩で、少し時間が経って衣がシナっとなった後はくるみだれで食べるとうまそうだ。

ぶらぶら街歩きを続けていると、これまたおしゃれなファサードの店を見つけた。ぱっと見では飲食店に見えない。表に提灯がかかっているから食堂なのだろうとあたりをつけて、店の前から覗いて見た。ガラス窓に貼っている写真から、どうやらピザ屋らしい。ただ、おしゃれな外観なのだからガラス窓にはあれこれ貼らない方が、すっきり見えてアッパー感が出ると思うのだが。その代わりに店頭にブラックボードを置いたりして、おしゃれ感増幅すると良いのになというのが勝手な感想だ。
ただし、白い提灯は街のイベントものらしいので、イベントが終わればファサードも変わるのかもしれない。やはりここも、夕暮れ時に再訪すべきだなあ。

入り口脇に掲げられた小さな店名がすごく素敵だ。Wood Fire Pizza は、日本語にすると石窯焼きのピザということだ。石窯は火力安定のためガスにすることが多い。ただ、本物の薪を使うと(つまりWood Fireになる)木の焼ける匂いが生地に移り実にうまい食べ物になる。石窯ピザのうまさは、実は薪の香りが移ることにある。熱効率がとか、遠赤外線がとかいう前に、薪の燃える匂いが移った食べ物が、人類のDNAに刻まれた原始の記憶を呼び戻すのだと思っている。
この店のピザが食べて見たいな、と素直に感じたのだが、あいにくと営業してはいなかった。それは実に残念。

秩父神社の参道に並ぶ商店街も、平日の人影はまばらだと思っていたが、この2月の寒い時期にも関わらず結構な観光客が歩いていた。おまけにジジババの神社参詣ではなく、若いカップルが多い。パワスポブームということだろうか。それとも古い街並みが若者を惹きつけるのか。
秩父のパワースポットといえば、三峯神社と秩父神社のTwo Topは見逃せない。鎌倉時代から続く秩父札所巡りも、一大パワスポイベントだ。
頭の悪い高齢者が騒いでいる「日本の伝統を守れ」云々でいう伝統とは、大体が明治以降の100年程度しかない古来の伝統とは言いがたい軽い伝承や行為が大半だ。500年続く伝統行事なの数えるほどしかない。ましてや家庭内の序列など、江戸後期に出来上がったものでしかない。
おまけに明治の権力者は貧困武士の成り上がり者が多いので、幼少期には伝承行事に参加していないため(参加させてもらえなかったため)、上流階級が行なっていたあれこれに過大な憧れがある。その系譜を継ぐ、戦後生まれの(これまた)成り上がり者の騒音にはうんざりする。頭悪い奴の戯言としか思えない。
お前たちがピーピー騒がなくても、今の若い世代は自分たちの感性で古くからある日本のものを楽しんでいるだろう、とダメ出ししてやりたくなる。愛国だの道徳だのいう連中が、一番不道徳で自己愛が強く、おまけに自己陶酔しているナルちゃんなだけだと思うのだが。
閑話休題。その秩父神社参道の脇道に、これまたうまそうな蕎麦屋があった。路地に入ったところにある店は、それだけで「うまそうな店」「秘密の一軒」的な期待が高まる。この参道は何軒もの蕎麦屋がある蕎麦屋ストリートだが、この店が一番魅力的に見えるのは、やはり路地のマジックなのかもしれない。
民家改造の旅館も新しくできていた。コロナで苦しんだ観光地も、新しい動きが始まっているのだな。