街を歩く

つくねと老舗と

単純だけに店の技術でうまさが際立つ 「つくね」

鳥のつくねは団子か、棒状なのか、正解はあるのだろうか。よく行く新宿の高級焼き鳥屋では棒状のつくねが出てくる。卵の黄身をつけて食べる、いわゆる焼き鳥というよりも鳥料理だ。ところが、これまたよく行く高田馬場のリーズナブル焼き鳥屋でも同じスタイル、棒状のつくねに卵の黄身で提供される。どうも、値段の高い安いで変わる訳ではないようだ。
新宿三丁目の焼き鳥屋では、この店と同じだんご三兄弟的な丸々とした鶏団子が登場する。まったく謎だ。大阪の梅田で有名焼き鳥屋に行った時に食べたつくねは、棒状黄身付きだったから東西食文化の違いでもなさそうだ。
鳥つくねの元祖という店がどこかにあるのかは知らないが、屋台の焼き鳥が進化して焼き鳥屋として店を構えるようになった過程で、アップグレードしたものなのかなと推測している。原型つくねは団子で、進化高級化したものが棒状つくねと想像している。そういえば、秋田の名焼き鳥屋でも棒状だったなあ。
まあ、どちらのスタイルも好物ではあるから、焼き鳥屋に入ると絶対注文する二品は、砂肝とつくねのペアになる。鳥に限らない焼き鳥屋(串焼き屋)で、もつ焼きなども出してくれる店だと、これにカシラやタンを追加する。ささみ焼きに梅やわさびを乗せたものも好みだが、こうなると焼き鳥というより鳥の創作料理に近くなるのだが、それはそれで楽しい。
つくねは単純に塩で食べるほうがうまいような気がする。そういえば最近は焼き鳥屋でタレを頼んだ記憶がない。どうしてだろう。

西新宿というか新宿駅西口を出て右側の一角、小田急ハルク北側にある飲み屋街は、この3年間で随分と代替わりをした。見慣れない店が増えた。その中で、古色蒼然というか泰然自若というか、名門の風格を感じさせる老舗焼き鳥屋は、昔の通りしっかり営業していた。それどころか夜の9時過ぎても、入店客がひっきりなしに訪れ、満席のため入店を断られていた。ちょっと前までは考えられないことだ。
老舗の力とはこういうところで発揮されるのだなとは思ったのだが、東京都の飲食業向け暴政に耐えこの3年間を生き延びてくれたことに感謝するしかない。

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雪が降った次の日の散歩

翌日の早朝の光景 昼過ぎには雪なしだった

先週末は、大雪が降るとテレビのニュース番組で散々騒いでいた。とりあえず用心してあれこれ対策をしてみたが、結果的には翌日の朝には雪が溶け始め昼にはすっかり消えていた。自宅の猫の額ほどの庭でも午前11時にはほぼ雪が溶けていた。
雪道用に長靴も用意していたが、使うことはないままに雪騒動は終わった。昼過ぎにまだ濡れてはいるが雪のない路面を確かめて散歩に出かけた。大雪が降るぞとメディアは騒いだが、いつもの狼少年情報だった。が、こういう予想は外れた方が良いので、腹を立てることもない。ただただ、テレビの発信する情報はやはり信用が置けないと思うだけだ。

その散歩の帰り道に近場の電気屋に寄ったら、なんと年末まで品切れ状態だったゲーム機がなんの制約もなく買えるようになっていた。月末にはアマゾンの購入権付きメールが送られてきていたし、人気ゲーム機の在庫は積み上がっているらしい。
ネットでちょっと確かめてみたが、転売屋の設定価格が定価に近くなっているようだ。一時期は定価の3倍近い値付けをしていた悪徳業者が、在庫を抱えて売り逃げに大騒ぎということか。フリマサイトでも3ヶ月もすると定価割れでの販売になるだろうから、安物買いを狙うのであれば転売ヤーをぶっ叩くチャンス到来という感じだ。
ただ、今まで買えずに我慢していた人も、この機会を逃さずにゲットした方が良さそうだ。6月には絶対定番の人気大作ゲームが発売されるから、また瞬間的にゲーム機本体が品切れになるかもしれない。その前に普通の電気屋で普通に定価で買っておいた方が良さそうだ。
個人的には、この現象を見てコロナが終わったんだなという実感がする。ステイホームでのゲーム機需要急拡大と、ステイホームで生産工場、部品工場が稼働せずに、生産数が低減したことが原因の品切れだった。
おまけに、ソニーが貧乏国日本への供給数を絞り込んだため、日本市場で転売屋が暗躍する象徴的な商品だった。任天堂のゲーム機が一年以上前に販売正常化したのに、ソニー製品は遅れたままだった。この辺りも(個人的には)両ゲーム機メーカーにおける世界戦略みたいなことが影響しているはずだが、日本発企業が日本市場を見限るつもりだとすれば、その報いは必ず形を変えて直接的に襲いかかるぞと言いたい。歴史に学ばない経営者が率いる会社は本当に大丈だろうか。PS6はきっとゲーマーに見放されてしまうと思うが。

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街歩きで感動することもある

新宿駅西口にハズレにある横丁は、昭和中期の面影を強く残す飲み屋街だ。一時期は従業員がほとんど大陸系外国人に代わっていて、昭和の日本ではなくアジアンテイストの不思議空間になっていたが、ここさ年のコロナ騒動で昭和な雰囲気に戻っている感じだ。いくつかの店が閉まっていたが、そこに代替わりで新しい店もできている。なかなか商売熱心な方はいるものだ。
その商店街の入り口、大ガードのそばに一軒のどんぶりや?がある。その店頭でぶら下がっているバナーを見て、おもわずたちどまってしまった。ただただ感動した。久しぶりに「広告コピー」で涙を流しそうになった。このコピーを書いたライターさんとは是非ご一緒に仕事をしてみたい。
このコピーの「戦う」が意味するものは、決して競合との競り合いではない。もちろん客との戦いでもない。(最近は、変な奴らが客のふりをしてあれこれイタズラするので、真面目に悪質な客と戦いたいと思う企業もあるかもしれないが)
自分たちの商品を磨き上げる努力を、自己と「戦う」と表現しているわけだ。このストイック感がなんとも素晴らしい。心を打つ。

ただ、そのストイックな広告の横には、大特価なる、これまたわかりやすいお値段訴求があるのが、まあ、笑いどころであり微笑ましい。武士は食わねど高楊枝的に、思いの丈を叫んでみました。でも、お得な商品もあるから、食べに来てね。ということだ。個人的には、特価商品より、おいしくなっタレを試してみたいが。

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冬に雪はいらない

12月初頭の札幌 大通公園

テレビのニュースで大通公園で開かれている雪まつりの風景が写っていた。この写真の場所がまさに大雪像が安置?されるところだが、高さが10mにも達するゼ雪像を作成できるほど、公園の中に雪が降るはずもない。あの雪は、札幌南部にある山の中から移送してくる。山の中に置いておけば春には溶ける雪をわざわざ都心部まで運び込み、雪像を作った後に危険防止のため、また人手をかけて取り壊す。冷静に考えれば、なんだか人手とエネルギーの無駄遣いとしか思えない「おまつり」なのだ。
雪まつりの始まった当時は、そこいらに積もっている雪を使って雪像を作っていたはずなのだが、雪像の大型化に伴い、雪が建築資材のように周辺から「集められる」ものに変わって行ったようだ。大雪像の映像は「映え」シーンだから目にする機会も多いが、取り壊された雪像の哀れな姿を目にする機会は少ないだろう。4月になるまで、薄汚れた雪の小山があるのも、雪まつり会場である大通公園の真実だ。
北国では冬になると外出しなくなるので、屋外イベントは大事だという意見もあるが、この現代世界ではなんとも時代遅れな認識だろう。移動は車になり、とてつもない降雪、地吹雪のタイミングを除けば、冬だからといって行動範囲が狭くなることもない。郊外にできた大規模ショッピングモールは冬でも賑わっているし、モールの中は快適そのものだ。冬のモールは暖かさよりも雪のないところを歩ける快適さが好まれるのではないか。
札幌市内に地下街が広がっているのも同じ理由だろう。最近の北海道は夏に酷暑期が訪れるようになり、夏のモールは涼を求める「冷房難民」も多いようだが、それも盛夏の一時でしかない。つまり、モールの価値は雪の降る時期に発揮されると言って良い。(ここは、勝手に断言する)

やはり雪は楽しむものではなく、面倒なものなのだ。大量に雪が降る東北や北海道の北日本、そして日本海側の地域では、雪は台風並みの自然災害に近いと思うのだが、なぜか積雪量の少ない地域の方々は、雪に浪漫を求める傾向にある。その度合いは、全く雪の降らない南方の国から来る外国人観光客になると激しさを増す。
昔の仕事相手に赤道直下の国から来る人たちがいて、なぜか冬になると日本に出張したがっていた。おまけに、東京で会議をやるのではなく、北海道で集合しての会議を望まれる。はっきり言って迷惑だった。雪が嫌いな人間を、雪深いところに呼びつけるとは、まさに蛮行というしかない。
などとはっきり言えるわけもなく、雪まつりの季節は札幌のホテル予約が難しいとやんわり断るのだが、それではお前の分も南の国の旅行代理店で予約してやるという、なんとも親切ではあるが、あまりに鬱陶しい対応をされたこともある。もう、勘弁してくれよという気分だった。
寒いのは我慢できる。おそらく耐性もある。しかし、雪は嫌いだ。歳をとるごとにどんどん嫌いになる。これは、人類のDNAに刷り込まれた本能的な忌避感ではないかと思うが、どうも人類の幼生体は雪が好物らしいので、この先に愛すべき幼生体が身の回りに出現すると、雪で遊びたがる事態は容易に予想できる。いささか困った状況だ。雪を嫌ってばかりもいられなくなりそうで、消極的ではあるが「雪対策」を考えるべきだろうかと、悩んでいる今日この頃であります。

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駅名 どこいった事件

ビッグサイトに展示会を見に行った帰りに電車を待っていた。ボーっとしながら駅名看板を見ていたら見たことのない駅名が書かれていた。いつから駅名が変わったのだと驚愕した。りんかい線が経営破綻して、駅のネーミングライツを売り出したのか、などとあれこれ考え始めた。が、りんかい線はJR系の鉄道会社だったはずだから、千葉県の某私鉄のような経営問題があるとも思えない。慌てて、ホームの看板をいくつか確かめてみた。

やはり、他の看板は慣れ親しんだ駅名だった。それでは、あの新駅名看板は、ひょっとすると駅名看板に見せかけた広告か?とも思ったが、それにしては宣伝文句のかけらもない。あれこれ悩んだときは、とりあえずネットで検索と新駅名を探してみたら、すぐに結果が出てきた。アニメとのコラボ企画らしい。それに文句をつけるつもりもないし、関係者は面白がってやっていると思う。都内にアニメの聖地巡礼地があっても良いだろう。
しかし、できればキャラの等身大ボードくらいは設置して、コラボ企画をもう少し周知徹底できるようにしてほしいなあ。せめて改札口周辺には、主人公を含む主要キャラのキャラボードは欲しいぞ、などと思ってしまった。
ただし、自分で気がついていないだけの可能性も高い。駅の入り口や改札口周りをしっかりと観察してもいないから(普通、電車に乗る時に駅の入り口チェックなどしないだろう)、どこかにキャラボードが設置されていた可能性もある。
まあ、大都会東京のありふれた日常光景の中に、スッと差し込まれたびっくりシーンということで済ませることにしよう。
ちなみに、下のリンクでイベントの説明を発見しました。
https://www.tokyo-odaiba.net/event_tourism/rinkai_20anniversary/

確かにビッグサイトは、ある種の趣味の持ち主には戦略的重要拠点だからなあ。

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東京にある東京アンテナショップ

東京ビッグサイトの東館西館をつなぐロビーに、面白い店がある。東京都のアンテナショップらしいのだが、しばらく前に見た時は東京都の離島、伊豆諸島の名産品を置いていた。八丈島の焼酎がお家あった。都内の酒屋でも見かけたことがない島焼酎の印象が強く残っていた。その店が、随分とファッショナブルな店に置き換わっていて、入り口にはけばけばしいと言うかふくふくしいというか、大きな熊手が飾られている。酉の市で手に入れようとすると30万円とか50万円とか言われそうなビッグサイズだ。その店の中に入ると東京の名産品?が販売していた。ただ、その商品ラインアップがなんとも怪しいというか、楽しい。どうも品揃えが日本人向けには思えない。

たまに自由が丘界隈に行くと、ついつい買ってしまうなボナだが、これが東京名物と言えるのは相当の高齢者ではないかなと思う。全国的に知られた銘菓なのだろうか。仙台の「萩の月」や、京都の「生八橋」のようなお土産の絶対定番かと言われるとちょっと微妙な気がする。ただ、個人的には東京土産として購入頻度が高いのは、このナボナと浅草の芋きん、目黒の揚げ饅頭だ。どれも美味いと思うが、日本全国で知られているとまでは言えない「知る人ぞ知る名品」というものだと思っている。
ビッグサイトの展示会に参加する人、来場者のほとんどは東京周辺に在住するものだと思うが、全国からこれを目当てに出張視察に来る人もいるから、まあ、こういう需要もありだろうか。確かに、お台場周辺には土産物屋はない。観光名所だったビーナスフォートもなくなったみたいだし。

そのあと見つけた限定品が、なんと斬新なデザインのラベルだと驚いた、ビッグサイト限定日本酒「東京ビッグサイト」だった。真面目な酒なのだろうが、これはやはりウケ狙いで酒好きな友人へのお土産か、などと笑ってしまった。
ただ、ビッグサイトは外国人視察者もそれなりの数が来る。ひょっとすると、そちら向けの国外受けしようとした黄金色なのかもしれない。日の丸が散りばめられたデザインよりは良いだろうし、桜吹雪に富士山みたいなものは……………最近では受けないのではとも思う。

逆に、日本人外国人問わず、ある種の思考の方達には熱狂的に支持されそうな「梅酒 特別仕様」が売られている。デザインもすごいが、お値段もすごい。梅酒を馬鹿にするつもりはないが、これは国産シングルモルト級の価格だ。
百年梅酒というのも気にな理サイトで調べてみたら、100年貯蔵熟成した梅酒ということでは似ないようだった。それでも極上品のようで、なんとなく一度試しのみはしてみたい気がする。ただ、このパッケージで買うときはそれなりの気合いというか勇気がいりそうだし、家で飲むにしても一人でこっそり飲むべきだろうなあ。

ビッグサイトはここしばらく連続していく予定なので、次はもう少し時間をかけてじっくり東京名品を眺めてみよう。

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ビッグサイトで展示会

ビッグサイトに来るのは随分と久しぶりな気がした。長い間、2月のビッグサイト展示会は年間の定例行事だったのだが、コロナの間は展示会自体がお休みになっていたり、こちらが出かけるのを躊躇ったりしていたので、感覚的には随分間が空いたような気がしている。国際展示場駅から10分ほどかけて歩いて行く間に吹き付ける湾岸の海風は相変わらず冷たい。
今年はコロナ前と同じくらいの人出にもどったようだ。

入り口付近に、年内の展示会予定も貼られている。開催者も今年は気合が入っているのだなと、思わず笑ってしまった。館内に入り辺りをせかせか歩いている出展者、視察者を見ると、こちらも戦闘モードというかお仕事気分になってくる。展示会は同業者、関連業界の企業が集まってくるので、いわば仲間内の世界なのだが、それだけに専門領域というかプロ仕様の仕事場という感じがする。こちらも気合を入れて視察してみようと力が入る。久しぶりな展示会のせいで入れ込み気味なのだ。

最初からお目当ての外食関連の展示に行くのは気が引けるので、ちょっとよそ見をしてみることにした。地域振興プロジェクトという名称に惹かれて、展示ブースの一番端まで行ってみた。全国の地方企業があれこれ賑やかに集まっているのを期待したのだが……………

なんだか最近流行のビジネス用語がたくさん並べられている説明がある。言葉は多いが中身がよくわからない、典型的などこかの「官主導」企画らしい。少なくとも自分にとって、3つのDXとは謎の呪文でしかない。Linked Cityは日本語にすると何になるのだと突っ込みたい。そもそも情報で繋がるいうのであればConectedの方が英語的にはわかりやすいのではないか?などと、看板の前で考え込んでしまった。しかし、何度読み返してみても、何をしたいのかよくわからない。仕方なく、わからないまま中に入ってみた。もっとわからなくなった。
そのあと、本日の目的地であるレストラン業界向けの展示ブースに移動し、コロナの間に止まっていた感のある色々な技術が進んでいるのを確認できた。これはよくわかる。すごくよくわかる。相手もこちらも専門用度で話し合える。プロの会話だなと、ついつい話し込んでしまう。
やはり展示会は。自分の守備範囲をよく考えていかないと、ただただ頭の中に???が浮かび、歩き疲れるだけのダメなアクティビティーになることが理解できた。
この日の歩数は15000歩、久しぶりにがっつり歩いたので、体のためには良いことをしました。

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早くも始まった円高還元に見る日本政治のあれこれ

アフターコロナは値上げの時代、そしてその反動は半年から一年で出る、と言っていたのだが。近くのスーパーで、さっそく円高還元セールが始まっていた。半年どころか、年が明けて一月もしないうちにだ。
確かに、日銀の口先介入(?)で円は一気に高騰した。というか、円ドルのレートが150円台まで行ってしまえば、輸出産業の儲けよりも原油輸入の損の方が大きくなるという、単純な経済原理だろう。為替だ、金利だ、国債だと、経済学者は精緻に入り乱れた要素をあげつらい解説しようとするが、やはり「オッカムの剃刀」を一振りすれば、ことは落ち着くところに落ち着くということではないか。
これからはゆっくりと円高が続いて、安倍政権末期の安定レートに至るのではないかと思う。どこの国でも長期政権が続く時は、為替変動が少なくなると記憶している。国内の政権基盤が強い(たとえそれが独裁政治であれ)と、国外も含めて通貨は安定するのは、歴史を振り返ればよく起こっている現象だ。ただ、弱小国家の長期独裁政権では、経済無視の政治が続くのでハイパーインフレが起きたりするが、その場合は革命なり政権交代で事態が収まる。
現・自民党政権は、そういった歴史的観点から見て、安倍長期政権の後釜としては力不足なので、為替の乱高下が発生したと見るべきだろう。政治の無策や無能な政治屋は、国民の災厄というしかない。その被害は、まずは物価という身近な経済現象として現れる。歴史をふりかえれば、今の日本は、大正デモクラシーで浮かれた後の昭和恐慌みたいな感じだろうか。昭和初期には、政治家テロも起きたし、軍備増強と増税が始まるのは、まさに昭和はじめの狂気な政治的状況に似通う。結局、敗戦に至る長い愚かな政治が続き、国民はそれに熱狂し失望した。敗戦という外部からの革命を受けても、愚かしい政治屋が一斉に廃棄されたためか、昭和中期は経済繁栄の時代になった。その結果、昭和の中期にはキングメーカーとして精力を誇る元首相が生まれヤミ将軍などと呼ばれていた。この時期狂乱物価などと言われる時期もあったが、賃金は上がり市民は豊かな経済のおこぼれに預かっていた。概ね、小市民が幸せを感じる時代だった。そして、平成の経済沈没があり、小市民は豊かさとは関係ない暮らしになった。貧乏になった平成日本が令和の時代になり、キングメーカーを狙っていた最長政権保持者が突然いなくなった。これからは、おそらく短期間で小物政治屋がくるくる変わる時代になるのだろう。平成前半の、日本が救われない時代が再来するに違いない。


たかがバナナではあるが、されどバナナというか、典型的な輸入商品であるバナナの値段で世界が見えてくるというのも言い過ぎか。
ただ、このバナナ、以前の値段と比べても安くなっていない気がするのだが。バナナ好きなので、他の果物や野菜の値段は覚えていないが、バナナの値段だけは記憶にある……………

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西新宿 飲んべいストリート復活

新宿駅西口を新大久保方向に北上すると、西新宿の飲み屋街がある。小田急ハルクの裏側の一角と言えば良いだろうか。そこには昭和から営業している渋い居酒屋が数軒あるが、よく通っていた店が焼き鳥の名店ぼるがだ。店内は薄暗い。複数で行くと2階の広間に案内されるが、一人のみだと一階のカウンター前になることもある。焼き鳥に日本酒を冷でというのがに合う店だ。ここしばらく営業しているか気になっていたが、元気で開けているようだった。ちょっと時間が早く、焼き鳥を焼いている姿は見られなかったが。夏の夕暮れ時に、この店の前を歩くと、焼き鳥の煙でもうもうと煙っている。個人的には、なんとなく西口の象徴的な店という気がする。夏が近づいたら、また来ることにしよう。

そこから徒歩1分にある居酒屋がこの日の集合場所だった。にほ飲酒の品揃えが良いと聞いていたが、店に入る前から「推し」銘柄がたっぷりと押し寄せてくる。階段脇のポスターを見ていたら今日はやはり濁り酒にするべきだろうと思った。濁り酒は冬のご馳走だと思うが、甘口なので飲み過ぎ中だ。一杯でやめる勇気が重要。

店内に入るとこれまた大量の銘柄札が並んでいる。飲んだ記憶があるものが半数くらいで、東日本の酒が多い。伯楽星を置いてある店は珍しいなと思うが、それ以上に豊盃は幻級で、都内どころか蔵元である青森でもなかなかお目にかかれない。日本酒ラブに溢れた店だ。今後は我が新宿の本拠地にしようと真剣に思う。食べ物メニューを見ても、基本的に日本酒に合う料理が並んでいる。どうやらとても良い店を紹介してもらったようだ。
しかし、歴史がある店だということだが、なぜ今まで存在を知らなかったのだろう。ちょっと人生を損した気分になる。店内は酒好きで溢れていた。賑やかなオヤジの居酒屋と思っていたら、女性客も結構多い。

日本酒に揚げ物は合うかなあとちょっと気になったとフライ料理だったが、これはなかなかに逸品で、酒も魚もうまいと感心した。西新宿の居酒屋はコロナ前のように賑わっていたが、これが本格的な復活なのか、もう少し時間がかかるのかもしれない。
入り口に貼ってある東京都のレインボー認定マークが、今更ながら当てつけがましいというか、行政とは無能者の集団だから気をつけろとい戒めであるように見える。意味のないことに意味を持たせるという意味なのだな、などと笑わせてくれた。このマークが東京都の暴政と歴史の教科書に書かれるのはいつの頃だろう。キリシタンを人別する道具だった踏み絵(最近は別の意味合いがあったとされているらしいが)と同レベルで記録されるのではないかと思っているのだが。
レインボーマークがあるから安心して飲める店、などと思っている呑んべいオヤジ(一部はおばさんも含む)は世の中にどれくらいいるのだろうか。
昔懐かしい店内の居酒屋風景にホッとしながら、そんなことを考えていました。しかし、良い店です。来週、また行こうとも思っております。

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立食い蕎麦のバージョンアップ?

東京でサラリーマンをやっていると、この店のお世話になることは多いと思う。都内には有名な立ち食い蕎麦屋のチェーンは複数あるが、東京山手線東部では小諸蕎麦、西部であればこの富士そばにお世話になっていた。
東京で働くようになって駅前の立ち食い蕎麦と牛丼屋の多さにびっくりしたが、店の数が多いことはそれだけ需要が多いことを意味する。立ち食い蕎麦には寝坊をした時の朝飯や、残業食で随分とお世話になった。
ただ、コロナの最中から主力客であるサラリーマンがリモート勤務になったりしたため営業的にはなかなか大変だったようだ。このコロナの3年間で立ち喰い蕎麦屋の廃業はかなりあったようだし、チェーン店でもメニューの改変が進んでいる。表の看板で見るように、そばの店から天ぷらや丼推しに変わってきている。最大の変化はラーメンがジワリと勢力拡大していることだ。

普通の醤油ラーメンもあるのだが、個人的なお気に入りは煮干しラーメンだ。ぱっと見では豚骨系の白いスープに見えるが、味はしっかりと煮干しの出汁になっている。青森の煮干し中華そばに近い感じがするが、あれほど魚臭くはない。都会のマイルド系という感じだろうか。具材はシンプルというか、おかめそばのトッピングを思い出す和風テイストな感じもある。チャーシューが昔懐かしなペラペラなので、それもまた「味」というものだろう。個人的には厚切りチャーシューよりも薄切りの方が好みなので不満はない。いちばん頑張っているのはワカメで、蕎麦よりもラーメンスープの方が、よく似合っている気がする。この煮干しラーメンは一部限定店舗のメニューだったはずだが、全天に広がったのだろうか。富士そばは個店でのメニュー拡散がすごいので、全店共通メニューはそれこそ限定的だ。煮干しラーメンはいまだに都心部だけなのかもしれない。
蕎麦屋のラーメンが人気の高い山形県で、蕎麦屋のラーメンを食べると、蕎麦と中華そばの文化的ミックス具合がよくわかる。一時期、和風ラーメンなる怪しげなものが流行っていたことがあるが、蕎麦屋のラーメンはそれとは違う気がする。蕎麦屋のラーメンは「出汁を使った麺文化」という点で相性が良いと思う。麺の違いがバリエーションになる。だから蕎麦屋のラーメンは成立する。しかし、うどんとラーメンは同じ小麦麺製品なので同居が難しい。うどん専門店でラーメンがメニューに載っているのはみたことがない。逆にラーメン屋で蕎麦が同居している例は少ないというか、有名な店はほとんど記憶にない。(北海道の山頭火で蕎麦の麺があるくらいか)
蕎麦屋のメニュー拡張機能はすでに麺や丼の取り込みで保証されている。麺である蕎麦を飯に置き換えることで、メニュー拡張はほぼ自動的に可能だ。だから、立ち食い蕎麦チェーンが「蕎麦とラーメンと白米飯」を提供する次世代の大衆食堂に進化する可能性は大きい。おまけに立食い蕎麦は最初から、カウンターでの商品受け渡しという省人的コンセプト設計だ。
立食い蕎麦屋の好敵手である牛丼屋のメニューがやたら複雑化していて、おまけに値頃感を失うほどの値上げが続いている。現在の牛丼屋が取る基本戦略は、新商品投入=価格上昇の構図で、いずれ限界が来るだろうとは思う。だから、それを横目で見ながら立ち食い蕎麦チェーンはあれこれ画策しているようだ。そのうち、「牛丼が本業の店」よりもうまい牛丼が立食い蕎麦屋で出現しそうな気もする。「牛丼食べるのなら○○蕎麦がいいよ」みたいな評判が生まれそうだ。牛丼屋VS立ち食い蕎麦屋の決戦は、蕎麦屋の方が優勢な気がする。
演歌のかかる店内で、最後まで残しておいたメンマを噛み締めながらそんなことを思っていました。