街を歩く

埼玉二大中華対決 料理ではない話 

埼玉の二大町中華チェーン「ぎょうざの満洲」と「日高屋」がコロナ対策で全く正反対の対応をしている。どちらが正しいなどというつもりはさらさらないが、あまりに正反対なので面白くなってしまった。満州は酒提供をする。ただ、接種証明を見せろ、というのが条件で、これが埼玉県のご意向というやつだ。

平日の午後、昼のピークが終わり空いた頃を狙い、オペレーションを確認してきた。ラーメンとビールという注文をすると、すかさず接種証明を・・・と言ってきたので、スマホの画面を見せてチェック完了。おそらくラーメンだけだったら、普通に注文が通るのだろう。

埼玉中華対決

おなじ町中華でもちょい飲み需要で人気の日高屋は、バッサリと酒提供禁止としている。無条件に止めているのは、おそらく「ややこしい」客が多いせいだろう。オヤジが何人かで入ってきて、ビールなどを注文して、接種証明を確認しようとすると、そのうちの一人か二人し証明をみせず、残りは接種証明を持っていない状態を想像すればわかることだ。
絶対騒ぎが起きる。酒を出せ、出さないの問答が起きる。そのようなカオス状態が毎晩発生することは店にとっては悪夢以外の何物でもない。自社の客層を的確に把握しているというべきか。(逆に満洲では、それほど酒呑みが多く無いのだろうか。あるいは、ややこしいオヤジが少ないのかもしれない。)

そういうクレーマー予備軍のオヤジたちは、日高屋を追い出されて、酒が飲める満州に流れて行くのだろうか。そして、そこで接収証明を出さず、きっちり店を追い出されて、埼玉県知事を恨んで暴れるという展開が考えられる。ただ、所詮は酔っ払いオヤジの暴走だから、放っておけば良い。県警の手間は増えそうだが。
しかし、これは埼玉県内だけで起きる現象で、都内や近県では同じ看板を上げた店でも、この問題は起きないのだと思うと、ちょっと悲しい。「埼玉県エレジー」というしかない。なにより、埼玉県が県内企業を優遇もせず、逆に県内でいじめている構図と見える。
この先に県が郷土愛だの、地元品・県産品愛用など語り始めたら、さっさと引っ越してしまおうかと思う今日この頃。

「クズな行政」という言葉が頭の中で繰り返される。

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店頭の楽しみ方

街をぶらぶら歩き、いろいろなお店の前にある「看板」を取るのが楽しみだ。思わず「座布団一枚」と言いたくなる気の利いたフレーズを見つけると、なんだか1日得したような気分になる。逆に、これ書いたやつ出てこい、俺が指導強いてやる、と偉そうなことを思うくらい下手くそな看板もある。書き手の想いが上手に出ているものを見ると思わず入ってみたくなる。逆に、これは上司に命令されて嫌々書いているなというのもわかるので、そういう店には近寄らない方が良いと思っている。
そんな「看板ウォッチング」で、最近のベストは「あと3歩」の焼肉屋さん、これ一択だ。看板を見ながら通り過ぎ、写真を撮りに戻ってしまったくらいの「名コピー」だ。今年はこれを超えるものに出会えるとも思えないくらいの秀作。

これも不思議な看板で、ビルの奥にジンギスカンやがあるという「誘導看板」。確かにビル通路の奥まったところに店があるとは、普通に歩いていてもわからない。ただ、この看板は日中はよく見えるが夜になるとどうなるのだろうと、ちょっと気になる。可愛い羊の絵が描かれているが、なんだかこいつを食べるのかと思うと、ちょっとためらいも出てきそうな・・・。ジンギスカン好きとしては、近々せひこの店に行かねばならない。と決心したのは看板のおかげです。

まさに「痛い」看板だった。気持ちはわかる。うまいものを、制限なしで、今日だけ限定で、自分を甘やかしていいのだよ、と悪魔の囁き。痛風に悩んでいない人には、クスッと笑える表現だろうが。
でも、本当に痛風の人には笑えない冗談のようなものだろう。社会的には多少余裕を持ってブラックジョークを受け入れる土壌が欲しい。だが、これはブツブツいう人がたくさんいそうで。著応戦的といえば挑戦的。無難な表現が多い、外食業の広告としては度胸がある。
まあ、痛風になるのは贅沢で暴飲暴食が原因と思う人が多いらしいので、そこを逆手に取ったとも言えるかなあ。どうせなら、プリン体総量〇〇g (1日の取得制限量の〇〇倍) とか書いてみるとい手もあるか?

などなど、街を歩くと楽しい発見がゴロゴロしてますよ。

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全国チェーンの埼玉対応はさまざまで

mだ憤りが収まらないのでコロナ対応の話を続ける。おそらくこれが埼玉県で普通の対応だと思う「検査パッケージ」ポスター掲示でほぼ通常営業可能というもの。県の担当者や知事からすると、まさに要求通りということだろう。自画自賛しているはずだ。
ただ、結局のところ時短営業だし、心理的要因で普段賑やかな店ほど客数減少を起こしているようだ。串カツのテイクアウトもなかなか魅力的だけど、やはり、あの「わいがや」空間が人気なので、客が減るとあまり楽しくないのかもしれないなあ。だから、応援に行く気にはなるのだが。

立ち飲み業態は、確かに大打撃というか、コロナ対応がむずがしい業態の典型だろう。酒を片手にしゃべるというのが商売の基本で客の来店動機だから、友人としゃべりたい人にとって「黙飲」しかできないのであれば、店に行く意味もない。「政府、自治体からの要請」という文言に無言の怒りが込められている気がする。

居酒屋業態でも、休業するところはあるのだなと、ちょっと意外だが、「措置終了日まで」という部分が、政府を信じていないというのがあからさま。実際に、三週間延長になったから、この不信感は正しかったというべきだろう。

個人的な興味で、あちこちの店の掲示物を写真に撮ってみたが、ジャーナリズムを名乗るライターや出版業の方は、歴史の教科書を書き残すためにも、こうした記録を丁寧に残しておくべきだと思う。
先の大戦になぜ日本が踏み込んだのか、という記録・検証が足りないのは、開戦を煽った新聞・雑誌などのメディア・出版業界の負目なのだから。コロナ感染下で危機をあおり扇動しかできないメディアには無理な要求かもしれないが・・・。人に厳しく自分に甘いメディアの特性といえばそれまでだが。

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埼玉の特殊事情の現場 ブツブツ言いたいぞ 【続き】

首都圏の4自治体で埼玉県だけが特殊な対応をとっている「まんぼう 酒対応」で、とりあえず営業する店舗の方たちはそれぞれ法規制に従った対応をしている。簡単に言えば、全国チェーン店の多数が「埼玉県、面倒でうるさいから酒やめた」で、ファミレス・ダストフードを中心に酒提供をしていない。
ところが個人店、中小企業はそうもいかないので、埼玉県独自で実施している「検査パッケージ利用すれば酒提供可能」ということに対応して何とか酒営業を継続するようだ。

ところが客の立場からすると、どの店では酒売っているか、売っていないかが実に分かりにくい。県の指導は、当然ながら規制することに意味があるので、客の利便性など考えてもいない。
まあ、この時期に酒なんか飲むんじゃねえ、という「官製」の命令だから、下々のことなど考えているはずもない。それでも、面倒臭い「ど・埼玉」対応を考えてくるチェーン店もあり、店頭に行って一つずつ確認してみないと、何が何やらわからない。地方自治体の独自性を、こんな時だけ主張するのも、どうしたものかと言いたい。たった一年前は首都圏1都3県で同一対応をすると威張っていたのをすっかり忘れているらしい。頭が悪いのを健忘症のせいにしているのかと言いたい。「塩対応」「クズ反応」だと、個人的には憤激している。

どうも掲示物制作が間に合わなかったらしく、なじみの居酒屋では情感溢れる段ボール紙に手書きの注意書きがあった。思わず涙が込み上げるほどの「切なさ」が溢れていたので、とりあえずお店に入ってみた。当たり前だが、ちゃんと接種種証明(スマホ)を確認された後でようやく入店できた。店内はガラガラだった。おそらく「スマホ不得手」の高齢者は、この接種証明をスマホで提示というだけで店に入る気力を無くすだろうなあ。

埼玉全県でこうなっているのかはわからない。また、この後に県が何らかの「お店にやさしい」対応なり指導なりをしたのかもしれない。コロナ感染が始まり最早2年目。何もわかっていなかった一年目とは違い、科学的検証も進んでいるはずなのに、合理的、論理的な説明や分析もしない。魔女狩りのように特定業種をいじめて自分達の責任は果たしたつもりらしい「県」の対応は(国対応もだが)、歴史の教科書に「くず」「無能」と書かれるのは間違いないと思う。
ただ、歴史の教科書に書かれている明治以降の現代史は、決して教えてはいけない教育界のタブーらしいので、教科書に書いてあっても教えられることはないからどうでも良いのだろうな。
第二次大戦で国を滅ぼす戦争を始めて、オマケに戦争に負けた政治屋を咎めないのであれば、歴史を学ぶ必要などない。戦争に負けるのも、パンデミックに負けるのも、同じようなものだろうからね。

街を歩く, 食べ物レポート

2月の満洲は麻婆豆腐

ぎょうざの満州 2月メニュは辛麻婆豆腐

今月の満州 月例メニューは「辛い麻婆豆腐」で、これは試してみなければと、イソイソ本店に出かけた。確かに、満洲の定番麻婆豆腐は甘めというか辛さがないというかマイルドなものだ。だから、ちょっと不思議な、わざわざ「辛い」とこだわる麻婆豆腐に興味があった。
家庭でつくる「麻婆豆腐の素」が普及したせいで、すっかり日本の麻婆豆腐は「お子様」向けの甘いものに変化したと思っている。本場四川で食べたことはないが、大陸で食べた味と比べると、似たような別物であるのは間違いない。パンダとレッサーパンダの違いくらいはある。インド料理屋のカレーと家庭のカレーの違いような「差」はある。
どちらが上だとか、うまいとかいうつもりはない。麻婆豆腐もカレーも家庭料理には子供を許容する優しさがあり、専門店で食べればそれなりに大人の味が楽しめる。料理とはそれでいいのだが、なぜか町中華の麻婆豆腐は家庭の味に寄り添っているのだ。甘めの麻婆豆腐というか辛くない麻婆豆腐の存在が不思議だ。だから、町中華でも麻婆豆腐は甘いので、ラー油をかけて味変がデフォルトな食べる食べ物というのが我が認識だ。
そして、今月の満洲「辛い麻婆」だが、確かに辛味はアップしている。それでも追いがけでラー油が欲しくなるので、中辛といったところだろうか。できれば、これを定番にしてもらって、麻婆 甘辛が選べるようにしてもらえないかなあ。

普通にうまい 日高屋の麻婆豆腐 

などと、麻婆のことを考え続けた挙句、日高屋に行って麻婆を頼んだ。比較してみようと思ったのだ。そして結論はシンプルだった。日高屋の麻婆は満州より辛味がアップしている。が、満州の「辛い麻婆」ほどではない。要するにマイルド系麻婆だった。これはこれで酒の肴として食すに良さそうだ。ラー油をかけると味変可能で楽しい。こうなれば、麻婆を連続的に食いまくって「王将」「大阪王将」「ばーみあん」辺りを攻めてみようか。でも、どコマ「甘い麻婆」なのは間違い無いだろうなあ。

日高屋 おすすめは半ラーメン

麻婆を楽しむにあたり、個人的なおすすめとして日高屋の「半ラーメン」をお勧めする。添え物として食べるにはジャストサイズだ。満洲も麺少なめラーメンがあるが、お値段がそれなりなので、お買い得感があるのは日高屋。
ただ、この発見も、ランチで高齢者が連続4人、半ラーメンを注文しているのが気になっていたからだ。自分で半ラーメンを試してみる気になったのは食い気からでは無い。
おそらく半チャーハンと同じ発想でできた半ラーメンだと思うが、全く別の客層、別の利用動機でヒットしているようだ。追加の半ラーメンではなく、食が細った高齢者にちょうど良い量という需要だ。
この辺りが、量・ボリュームの変化で世代別攻略法があるという典型だろう。甘い麻婆豆腐と量の少ないラーメンに、新メニューを考えるときのヒントがあるような気がする。町中華は学びの場なのだ。

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埼玉の特殊事情がたいへんです

埼玉県の特殊禁酒事情はあまり知られていないはずだ。日本国政府が検査パッケージ利用をしないと言っているのに、埼玉県だけがこれを使うと言っている。
埼玉県でオミクロン株「埼玉限定変異体」でも流行しているというのなら特殊事情として認めても良い。あるいは、埼玉の風土病みたいなもので、埼玉在住者だけがDNAに変化を受けて、オミクロン株耐性に支障があるとか、埼玉県の空気を吸うと感染度合いが重症化するというなら、埼玉独自対応もあるだろう。
ところがそんな説明を「県」はしない。論理的説明もなく、隣町の東京都東村山市では不要なことを、県境を跨いだ瞬間に要求する。その混乱をほぼ全面的に飲食店に背負わせる。次の選挙を見ていろよと言いたくなる飲食業者は多いはずだ。
そんな混乱の中で、一番分かりやすいのが、この「制度利用店」という赤いポスターだが、どうもこれも県統一デザインではないようだ。

埼玉の県鳥?らしきコバトンという鳥型の県キャラがいるのだが、この「・・・・・安心宣言飲食店プラス」というステッカーが貼ってあり、「検査パッケージうんねん」という赤いポスターが掲示してあると酒が飲めるらしい。
ところが、この「コバトン」ステッカーを貼っていない店も多い。赤いポスターは少数派だと思う。まんぼう延長がきまったから、ひょっとすると赤いポスター掲示も増えたかもしれないが。
そのうちに、この例が拡大して酒の飲める店は「赤」「青」のポスターが掲示してあるとか、「黄」ポスターは高齢者入店不可とか、「緑」はジェンダー差別お断りとか、「黒」は喫煙可能だとか、まさしく色々な規制ができそうな気もする。それならいっそうのこと、店頭にQRコードでも掲示してもらって、スマホで入って良いかどうか確かめるようにしたらどうか。
自治体DXとか言って、率先して埼玉県はやりそうだが。そうなったら引っ越すしかないなあ。

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新宿感動 再確認の巻

去年の暮れにおっさん3人クリスマスイブを迎えるにあたり、発見したおしゃれなお店にぜひいってみたいと思っていたが、早々と念願を叶えることができた。2階の感動を味合わせてもらいたいと「二階席」を要望し、めでたくゲットした。一応、入店時に「二階席にも感動があるようですが、一階席はもっと感動しますか」と聞いてみた。ところが、あっさりと一階にも二階にも感動ありますよと返されてしまった。うーん、ノリツッコミの呼吸が欲しかったなあ。などと思いながら、2階に行けば窓の外は新宿の歩行者を見下ろすおしゃれ席だった。なるほど、これが感動の素だろうか・・・。

新宿駅東口を出てすぐの場所なので、もっと席が狭いファストフード的な店内かと思っていたら、予想以上に余裕がある。軽く一杯という使い方もできるが、ちょっとゆっくりと時間を過ごすにも問題ない。想定外の居心地良い空間だった。

こんな時はビルスナーではなくエールに限ると、黒ビールを頼むことにした。東京も下町では黒ビールの人気があるそうだが、山手線西側では黒ビール人気はそれほどでもないような気がする。ただ、冬になると無性に飲みたくなるのも黒ビールだ。

ガーリックソースを塗ったバゲットとアヒージョの組み合わせは、濃い味の黒ビールによく合う。黒ビールの後には、切り替えたハイボールですっきりと・・・。普段はちょっと敬遠気味だったビヤホールというかビヤバー?だったが、次は一人呑みで行ってみようかと思った。
しばらくして、怪しい黒服、襟にきらきらバッジをつけたジジイ連中が入ってきて、露骨に聞こえてくる賄賂と利権の話にすっかり辟易して退散した。次回行く時は、録音機(言い方古いなあ)持っていって、録音データを文春に送ってやろうと「黒い企み」を思いついた、新年早々の出来事でありました。
どうやら、これが2階で味わえる感動らしい。

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飯田橋界隈 恋愛の神社らしい

東京大神宮

九段下から飯田橋界隈は、駅からすぐ近くの場所ばかり行っていたので街歩きをしたことがない。東京の街は地下鉄、JRともに駅間距離がさほどでもないから、一駅二駅くらいは歩いての移動が可能だ。逆に歩いてみないと、地理感覚が身につかないようにも思う。
東京都心西部地域、目黒から池袋にかけては折々歩いているので、そこそこ土地勘もできた。大地震の後、どうやって自宅まで帰るかが問題らしいが、少なくとも東京都内西部域からであれば、何通りでも帰り道の検討はつく。しかし、皇居周辺を含む東部域であれは、かなり怪しい記憶しかない。だから、秋葉原から神田、九段下、麹町、飯田橋、四谷から新宿にいたるまで、中央線沿線の繋がりで東京都心部の東西横断はしておくべきだ思う。
そんなことを考えつき、九段下近くから飯田橋、市ヶ谷と歩いてみた。そのついでに、今まで行ったことのなかった東京大神宮に立ち寄ってお参りした。どうも恋愛成就の神様らしいが、今更お世話になることもなさそうなので、見当違いを承知で商売繁盛をお願いしてきた。それでもバチは当たらないだろう。

街歩きをする時の楽しみの一つは、飲食店を含む面白看板を探すことだ。麻辣湯という文字は池袋で見た。酸辣湯麺は好物でよく食べるが、その「酸」がない麺料理のことかと想像してみる。すごく辛そうだ。水が大量に必要になるに違いない。でも食べてみたい、誘惑に駆られてしまう。
隣の「あらごし団」は、なんとなく意味はわかるが、何があらごしなのかなと疑問が湧く。普通は「あらごし果汁」みたいなつぶつぶ感のある液体を指す言葉なのではと思うが、「あら+ごし」という九州の言葉の合成?を疑ってみたり・・・。そもそも「あら」とか「ごし」という単語の記憶があるわけでもない当てずっぽうだ。

歩いているといきなり広場が出現した。この規模であれば普通は公園にするような気もするが、何かの理由があって「広場」で放置されているのだろう。都が地上げをして、この先は周辺も回収して何かにするのかもしれない。青山の児童館建設で地域住民が揉めていたことを思えば、収容した土地を広場として放置するという策もあるだろう。地域住民が高齢化して消滅するまで処分を決めないでおく「住民と揉めない長期戦略」なのかもしれない。義務を果たさず権利を追求すのは、都市住民だけでない。もはや国民的運動とでも言いたいぐらいだ。土地問題は利権が絡んでいるから「専門家」が砂糖にたかるアリのように集まってくるせいもあるだろうし。「専門家」ホイホイが必要な時代だろう。

JR飯田橋西口に出る途中に青森県のアンテナショップがある。たまに青森産の日本酒を調達す流のに立ち寄っているが、銀座周辺のアンテナショップ密集地帯を離れてポツンと一軒あるのが不思議といえば不思議だ。原宿にも新潟県のアンテナショップが単独でポツンある。銀座は家賃が高いから不採算なお店が多いと聞くが、青森県や新潟県の場所選びの理由は知りたいと思う。
この後、法政大学キャンパスと靖国神社の裏を抜けて市ヶ谷まで歩いた。頭の中で、駅と駅、点と点で結ばれていた九段下から飯田橋界隈がようやく道で繋がった。歩くというのは重要だなと再認識する。次は市ヶ谷から四谷経由で新宿あたりまで。あとは四谷で分岐して北側を攻めてみることにしようか。北ルートのゴールは多分高田馬場だな。東京歩き旅?も面白いものだ。

街を歩く, 小売外食業の理論

ディッシャーズ 再訪

びっくりドンキーの新型店舗が開店後一年を経過したので、再訪しようと思っているうちに夏が終わってしまった。オリンピック騒動と長期化した緊急事態宣言ですっかりやる気を無くしていたせいだ。
年内にはなんとかしなければと、新宿までのこのこ出かけてみた。年末の週末なので人出は少なく、店内に客もまばらだったが、この店の真価は平日ランチだろうから、日にちを変えるべきだったと反省した。
基本的には究極の省人化がコンセプトのようで、店内で従業員と対面接触するのは注文した商品が運ばれてくるときだけ。言葉を交わすこともほとんどない。

タッチパネルで注文するのだが、基本のプレートにサイドアイテムや量の調整をすることで自分の好みに仕上げることができる。ハンバーグ五枚乗せとか、飯大増量とか、ガツン系には楽しみなオプションで作成できる。ただ、その分だけお値段は上がっていく。
ソースにカレーが選べるというのは、ちょっと嬉しい。ハンバーグにカレーはかけたくないが、ご飯にちょっとカレーという組み合わせができる。会計は右下にある番号札で、会計機で行う仕組みだった。

橋、ナイフやフォークも木製に代わっていた

ナイフやフォークなども基本的にはセルフサービスになっている。食器が木製に変わっているのは脱プラスチックということだろう。この辺りの最新SDGs対応は、流石に西新宿のオフィスビルというロケーションのせいだろう。けっして某・元環境相のせいではないと思いたい。新宿高層オフィスビル内にあり、SDGsを唱えている会社ばかり入っているビルだから、周りの店でも同じような対応をしているのかもしれない。

カレーソースをつけて1000円程度、西新宿オフィス街では平均的な価格かもと思うが、これが繁華街立地で出店するとちょっと微妙な値付けかもしれない。ファストフードとしては高すぎる。ファミレスとしてみると、妙に接客サービスが足りない気もする。ファストフードとレストランの中間形態、つまりファストカジュアルと考えれば納得がいくコンセプトだ。非対面接触型の店内飲食主導モデルとしてみれば、完成度は著しく高い。
ただ、アフターコロナを見据えて作った店ではないと会社が言っているので、これをうまく発展進化させた「アフターコロ型」をみてみたい。おそらく現在手薄なテイクアウト専用メニューの充実などを踏まえたものになるのだろうが。

現在はピザを導入して夜のちょい飲み需要、パンケーキを入れてティータイムの実験をやっているようだが、本命はハンバーグのテイクアウトではないのかと思う。
あらためて定点観測すべきコンセプトだなと思いながら帰ることになった。気になる店舗でありますよ。

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店内野菜工場は究極の選択か

東京世田谷のスーパーが、店内に野菜工場を持っているという話を聞いて、ノソノソと見学に行ってきた。週末ということもあり店内はそこそこの混雑ぶりだが、10分ほど見ていた間に、この野菜を手にした人は少ない。確かに、いわゆる香草なのでキャベツやレタスのようにどんどん売れるわけではないだろう。

ルッコラとパクチーとバジルが売っている。コレは相当料理を選ぶ野菜、香草だが売っているところが少ない希少野菜だと思う。東京世田谷では当たり前に売られていても不思議はないが、埼玉県某市であればなかなか珍しい。この見学の後地元のスーパーに行ってチェックした。バジル、ルッコラ、パクチーとも置いてある店は一店だけだった。香草は文化の象徴なのか。少なくとも「わさびルッコラご飯」という発想が出てくる時点で、文化の次元が異なるような気がする。首都圏内でもこの差なのだから、全国で比べるとどうなることか。

この小工場のコントロールはどうなっているのかと調べてみたら、店舗の関わりは全っくないらしい。ドイツの会社が遠隔でコントロールしていて、種まきと収穫を日本の出先会社、代理店?が週に1−2回の頻度で面倒をみているそうだ。へーっと感心してしまう。
ついに農業はグローバルになったのだ。スーパーの野菜売り場が全部工場になり、完全地産地消の時代はもうすぐそこまできているような・・・。

なぜ日本の企業がこういうプロジェクトで成功しないかのアンチ・テキストになりそうな気がする。しかし、ドイツからリモート管理とは。地球が狭くなったということをスーパーで学ぶ時代だ。