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三度目の薮半 その2

何故この店が東京にないのか………

小樽の名店で昼酒を楽しむ話の続きになる。前回来た時は雪の中の小樽だったが、今回は春にはまだ早い寒風吹き荒ぶ日だった、世間的には花見に行こうと騒がしいが、これでは5分で凍えるぞと思っていた。北国に春の訪れは遅い。夏が来るにはもっと時間がかかる。

以前から気になっていた「蕎麦もやし」のおひたしを頼んでみた。スプラウト系サラダにはたまにはいっている蕎麦の実もやしだ。蕎麦の打足がかかっているので、サラダというよりおひたしだが、蕎麦を食べたという実感はない。青臭い野菜の葉が際立つ食べ物だった。もやし感は全くない。蕎麦の実を買ってきて自分で育ててみようかと思うていどにはうまい。デパ地下の八百屋に行ったら売っていそうな気もする。もう少し大量にバリバリ食べてみたい。ごま油と酢で食べるとうまそうだ。

前回のカレー丼を注文するときにいちばん迷ったのがカレーせいろだった。地元の名品「武蔵野うどん」ではつけ汁として肉汁(豚肉の醤油味)が一般的だが、代わりつけ汁としてきのこ汁、鳥汁がある。しかし個人的にいちばん好きなのがカレーつけ汁で、そこからの連想でカレーせいろは絶対美味いはずだという思い込みがあった。
カレー丼を食べて、その思い込みは確信に変わっていたから、今回の注文はカレーせいろ一択しかない。

蕎麦をつまむと一掴みずつほどけてくる 名店蕎麦屋の匠の技だ
決して団子になって持ち上がることがない

予想通りの絶品だった。玉ねぎの甘みがカレーライスのルーを思い起こさせるが、やはり蕎麦屋のカレーは別次元の旨さだし、このカレーつけ汁はその蕎麦屋のカレーを超えている。蕎麦もうまいがつけ汁が絶品すぎる。つけ汁だけ別売りしてほしい。
おそらくこのつけ汁はカリカリに焼いたバゲットによく合う。厚切りトーストの中をくり抜いて、そこに流し込むとゴージャスなランチになりそうだ。とんかつをつけて食べるのも旨そうだし………と妄想が止まらない。
世の中にはまだまだ食べたことのない名品があるのだと、またもや思い知らされた。お腹をぺこぺこにして、大盛りのカレーせいろを頼み、申し訳ないが普通の蕎麦つゆを追加で注文する、というやり方がよさそうだ。カレーつゆと普通の梅雨を楽しみながら、締めの蕎麦にする。となると、流石に昼酒とはいかないので、夕方に準備万端整え、気合十分でそば屋での好物殲滅戦に挑む。
これしかあるまい。(武士モード)

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三度目の薮半 その1

ここしばらく札幌に来るたびに、小樽遠征をしてこの店に来ている。メニューにならぶあれこれを試そうとすると、一度の訪問では難しい。今回が3回目で、ようやくお目当てのものを試すことが完了した。まだ、うまそうなものは残っているが、それはこの先のんびり試していけば良い。(はずだ)

この店のお品書きは、ほとんど「本」だ。中身はメニューの名前が書いてあるだけではなく、いろいろな情報がたっぷり盛り込まれている。一冊もらって帰り、ゆっくり読み返してみたいくらいだ。プラスチックのカードケースに入っているメニュー一覧表みたいなものを見慣れていると、この「本」には目を奪われる。食べることの楽しみを、食べ物ではなく読み物で盛り上げるというのは、考えれば凄い努力だ。敬服する。

そば前に、熱燗をちびりとやりながら肴をつまむ。それも蕎麦屋的な感じでというと、このお品書きのラインナップになる。毎回あれこれ迷うのが悩みのタネだが、今回は初志貫徹「塩うに」にした。仙台の有名な酒場「源氏」でも、塩ウニが注文できる。地酒の浦霞によく合う名品だが、こちらの塩うにも、それに勝るとも劣らない名品だ。ちびちび舐めるようにして食す。飲む。食す。飲む。この単純な繰り返しで銚子を一本飲み干す。至極満足で、もうこれだけで帰っても良いくらいの気がしてくる。

ただ、この店では酒を頼むとそば味噌がついてくる。塩うにの後はそば味噌でもう一杯ということになる。塩ウニだけで帰るわけにはいかない。

酒を飲みながら、本日のメインである「ぬきシリーズの三番目」を注文することにした。「天ぬき」は老舗の蕎麦屋に行くとだいたい置いてある、蕎麦屋の肴としては定番だろう。かしわぬきもあちこちの蕎麦屋で注文できる。「ぬき」は酒の肴として具を食べると言うより「汁物」として出汁を楽しむ料理だと思うが、天抜きはコッテリ系、かしわぬきはあっさり系になる。そして、残しておいた三番目のぬきがカツ抜きになる。だが、これはカツそばのそば抜きではなく、カツ丼のお米抜きと言うものだ。東京の蕎麦屋ではカツ抜きではなく、カツとじとかカツ煮などと呼ばれていることが多いようだ。

登場したカツぬきを見ると、まさにカツ丼の頭という感じがする。味付けはかなり甘めだが、蕎麦屋の出汁が効いている優しい食べ物だ。揚げたてで熱々のカツの中身をフーフーいいながら食べ、合間に酒をちょいと飲む。これは昼酒として、相当な悪徳感がある。なんというか、蕎麦を食べるついでにちょっとつまみながらお酒も飲んじゃいました、という言い訳が通用しそうにない。
正々堂々と昼から酒飲んで何が悪い、ふん。という感じで開き直った上で、しっかり飲む時の酒のつまみだ。あまりに本格派の風情がある。おまけに、瓶ビールくらいであればもう少し言い訳のしようもあるが、塩うにに続いてカツ抜きとなれば、これは一言の弁明の余地もない。

やはり弁解の余地を残すには、普通にカツ丼を頼み、申し訳ないがご飯が全部食べきれませんでしたと、カツ丼の頭部分(つまりカツとじ煮)だけつまみ食いする。それしかない。しかし、食の有効活用として食べ残しは厳禁だ。この作戦には無理がある。
まあ、美味しいカツを食べながらそんなバカなことを考えていた。蕎麦屋の昼酒は一人でひっそりと、こんな妄想をしながら嗜むものだ。
蕎麦屋で一杯という飲み方は、街中で手軽にできる、お気軽な昼酒の典型だろう。だから、わざわざ小樽まで遠征する必要があるかといいたいが、やはり背徳感のある楽しみなので、隣町に行って密かにささやかにやる方が良さそうな気もする。

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焼き鳥でない方

北の街で、大衆焼き鳥の名門「串鳥」に行ってきた。いつもであれば、モッキリ(コップ酒)と焼き鳥で一杯というのが定番なのだが、なぜか友人と二人で示し合わせ、今日は「NO 焼き鳥」で行ってみようということになった。
たまたまスマホ注文システムに変わっていたこともあり、焼き鳥なしの注文も従業員の方に気兼ねすることなく簡単にできる。これが、対面注文であれば、焼き鳥なしはちょっと厳しいかもしれない。(こちらの心理的引け目が原因だ)
まずは野菜系でポテトサラダと辛いきゅうりを頼む。同行した友人はポテトフライとザンギだから、二人合わせると肉と野菜のバランスが取れている。(はずだ………)
お気楽に二時間ほど飲み、あっさり解散した。飲み終わってみれば、さほどおかしなことをした気分ではない。が、翌日になるとやはりちょっと申し訳ない気もしてきた。ハンバーガー屋に行ってポテトとコーラという注文の仕方はある。ハンバーガーなしでも通用する。蕎麦屋に行ってカツ丼を頼むのは全然アリだ。ラーメン屋で炒飯というのは、普通ではないが反則でもないだろう。しかし、焼き鳥屋でサラダというのは、なんというか収まりが悪い。

まあ、お店の方にお詫びの印とは言えないが、キュウリとポテサラの写真をインスタふうに撮ってみた。焼き鳥も美味しいけど野菜も美味しいよと宣伝するから、これで勘弁してください。

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日露戦争と戦費増税の関係?

札幌の街を歩いていいたら、なんと「金神」様の展示会が近く催されるらしいとわかった、入場料もしっかり撮るし、チケットは前売り制だというから、かなりしっかりした展示会になるのではと思う。これはぜひ行きたいのだが、あいにくこのタイミングではすでに札幌にいない。無念だ。
東京開催にでもならないかと思うのだが、金神様のお話は北海道が以上に盛り上がっているだけのようで、東京開催は期待薄だ。
おそらく日本における少数民族問題を正面に取り上げた数少ないエンタテイメントコンテンツだけに、白老のアイヌ民族施設の建設にも少なからずの影響があったのではないかと思っている。日本の少数民族、非差別民族の話については、歴史的に見ると部落問題、近代においては大陸半島系民族の問題がさまざまな文学テーマとして描かれているが、アイヌ問題は明治政府成立以降に国家的差別事業として法制化されたわけだからなおさらタチが悪い。
エンタメ作品として完成度が高い「金神」様物語だが、アイヌ問題・北方先住民族問題への切り口としてはわかりやすい入門書だ。
アイヌのことはよく知らないという「内地人」には、物語を楽しみながら知見を深めて欲しいものだ。ちなみに、内地とはほとんど死語に近い「本州、四国、九州という日本国本土」を指す言葉で、対応する単語は外地になる。これは明治政府以降、戦争により獲得した植民地を含む日本列島外の領土を指し、北海道と樺太、朝鮮半島と大陸東北部を指す満州、台湾などが含まれる。だから、高齢の北海道人は東京周辺を含め「内地」と呼ぶ。
北海道に移民してきた内地人の大半は、故郷を追われ、あるいわ逃亡してきた「故郷喪失者」であったから、余計に内地という言葉には憧憬があったようだ。外地人の末裔として一言申し上げると、内地は内地で薔薇色の土地では無いのだし憧れる意味もないとは思うが。


ただ、外地を獲得するための領土戦争は多大な金が必要だった。「金神」様の隠し金も、それぞれの陣営がそれぞれの戦費として当てにした、戦争目的の資金獲得闘争だった。個人的には、土方たちの蝦夷独立運動には理念的に惹かれるものがあるが。先住民族であるアイヌを蔑ろにするという点では、帝国陸軍反乱分子達と変わりがない。
史実では、日露戦争後も止まらない領土戦争の戦費に当てられたのが「酒税」と「たばこ税」だった。その後、敗戦前の軍費の膨張は、単純な増税などでは賄いきれず、国家予算の数倍に及ぶ赤字国債の発行で賄われたが、戦争で負けで全て棒引きにされた。お国のためにと買った国債が全て紙くずになるという経験をした旧日本帝国臣民はすでに大半が亡くなっているから、この手の恨み話を聞くことは少ない。ただ、日本国政府が昔からどれだけ信用できないか、という点だけは語り継がれるべきだと思うのだが。

その戦費獲得の有力製品として活用されたタバコだが、実は当時日本の喫煙者はさほど多くなかったようだ。ところが、たばこ税を増強し、おまけにタバコを配給制にしたせいで、タバコを吸わない人間が配給品を手に入れて喫煙者になり、タバコ消費量が増加したという話を読んだことがある。なんと国家的に増税効率を上げるため、喫煙者の増加策を図ったということだ。
この辺りのマッチポンプ的手法は、日本人国家の専売事業というわけではなく、世界中どこでも行われている。アヘン戦争など、タバコではなくアヘンで行われた国家間の策略の結果だ。日本人政府が殊更悪逆というのは、歴史的に正しくない。日本人以外も、全ての国家が歴史的に、そして現在進行形で悪逆だというのが正しいようだ。

なぜこんなことを考えたのかというと、たまたまタバコが吸える飲み屋に入り、友人がタバコを吸い始めた時に、何やら見慣れないパッケージが目に止まったからだ。箱の上の赤い部分は、うっすら記憶があるタバコのブランドだと気がつき、その下に書かれた「薬品の効能書き」のような文章に度肝を抜かれてしまった。
確か、以前はパッケージの横にひっそりと書かれていた「タバコは体にあまり良くありませんよ」的なやんわりとした文言はとうの昔に廃止されたらしい。
商品名やブランドロゴよりも大きく書かれた警告文、それも読んでびっくりの健康被害協調型の警告文は、時代が変わったものだという気にさせられた。しかし、ここまで書いて購入者を脅しても。まだたばこ税を徴収したいかと呆れてしまう。やはり日本国政府は恥知らずの税金強盗だと改めて確信した。
そして、その恥知らずの代表者、世襲3世首相が、軍費のために増税すると言っていたが、その一部がたばこ税であることを思い出した。日露戦争の時代からクズ政治屋の頭の中は同じ構造らしい。そんな下衆どもは「金神」様の祟りに遭って滅してしまえ、とうっすら酔った頭で考えていた。この長い文章のきっかけは、「金神」様ではなく悪税への憤りだった。


極めて個人的な意見ですが、このタバコのパッケージは世のデザイナーの誇りを打ち砕いてしまう「祟り」みたいなものですねえ。

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札幌的な風景

ベタな写真だが、札幌大通り公園の景色だ。相変わらず札幌の空は曇っていることが多いが、雪も溶けようやく遅い春がやってきたという感じがする。空気はとてつもなく冷え込んでいて、これでも春かと言いたくなるのだが、街のあちこちでは桜が咲き始めていた。
大通公園で解体作用中だった、東京オリンピックの迷惑施設というかマラソンのスタート地点付近のアレやこれやがようやく姿を消した。あのガラクタが残っている間は、オリンピックの負の記憶がなくなるはずもないと思っていたが、ようやく雪解けと共に消え去ったようだ。

札幌の春の話題としては、日ハムの球場がオープンしたことだろう。なぜか札幌市から出て行った日ハムの思惑は、ビジネス的になかなか面白いのだが、新球場のレギュレーション違反など開幕前から話題が豊富で、人気と期待は高まる一方らしい。あとは、日ハムがリーグ優勝まで何年かかるかみたいな話題もあるようだけれど、ベースボールビジネスとしては優勝前から大成功しているかんじがする。
ただ、今日のネットニュースで動員数が少ないと指摘されていた。満員御礼のプラチナチケットだと思っていたのだが、まだまだ空席があるらしい。それでは、一度くらい見物に行ってみようかと思い始めた。

最近の札幌的な話題として(個人的には)興味があったのが、地下街の休憩施設が閉鎖されたというニュースだった。冬でも暖かい地下街の休憩所が、無料「街飲みスペース」として騒ぎになったらしい。コロナも収束して飲みに行くのも普通な時代になった気がするこの時期に、なぜ街飲みだったのか不思議で仕方がないが。まあ、SNSでの暴走動画と似たような、世間を騒がせて楽しむという試みだったのか。それとも、単純に貧乏な酒飲み会だったのか。

ぶら下がっている警告板を読むと、なるほどと思う説明になっている。ただ、この白い布で覆われた設備は、現代アートのオブジェのように見えるから、札幌市の担当者は美的センスがあるのかもしれない。こういう白覆いのあれこれが地下街のあちこちに並んでいると、ひょっとしたらSapporo地下街が美的空間、歩く美術館みたいなものに変身できるのではにないかなどと思うのだが。
相変わらず札幌の街は、あれこれ賑やかなことだと感心してしまった。街歩きは発見と仰天にあふれていて、なかなかやめられない。

それにしても桜の季節だというのに寒いのはなんとかならないか。

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アンダーグラウンドな立ち飲み屋

札幌のメインストリートである駅前通から10mほど入ったところのビルに、ひっそりと美容室の入り口がある。その美容室の入り口を地下に折れて潜っていくと、鉄の厚い扉の向こうに日本酒の立ち飲みバー(実際には座席があり座れる)がある。冷蔵庫に入っている日本酒の一升瓶を取り出し、会計をして一杯の日本酒を購入する。注文するのではなく、購入する。酒をグラスに注いでもらうと、その日本酒の一升瓶を自分で冷蔵庫まで戻さなければならないルールだ。
よくある酒屋の角打ちとはちょっと違うスタイルだが、文句をつけるほどの不便さはない。飲みたい酒を飲みたいだけというスタイルだから、立ち飲みフリースタイルとでも名付けるべきなのだろう。酒の種類は一定ではなく、その時その時で仕入れた「旨い酒」が並んでいる。

酒のつまみとしてはお通しがつけものなどセルフサービスで食べ放題だ、ガリをつまみに冷い日本酒を飲むのは、なかなか乙なものだ。酒飲みの心を掴むつまみも販売している。定番は北海道らしく、ニシンの切り込みだ。ニシンを細く切った物を塩辛にしているのだが、麹が入っているので甘辛くなっている。イカの塩辛よりも酒の肴には向いている気がする。
アンダーグラウンドな店(物理的に)の割に、店内は明るく清潔な雰囲気なので、日本酒を少量ずつ楽しみたいという方には向いている。場所がものすごくわかりにくい(他人に説明するのが難しい)ので、ネットで検索して事前調査するのが重要ですね。「裏・たかの」で情報は出てくると思う。一人のみには最適な場所かも………

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飲みに行ったはずなのに

北の街では立ち飲み屋は珍しい。おそらく座って飲んでも安い店が多いせいだろうと思う。ふと思いついて立ち飲み屋をたずねてみたら、まだ昼の営業中だった。仕方がないので辺りをぶらぶら散歩してからもう一度と思ったのだが、それまでの暇つぶしに本屋に併設されているカフェで本を読み始めたら、おやまあ………なことに一時間以上も本を読み耽ってしまい、待ち合わせの時間に遅れそうになった。当然ながら立ち飲み屋に行く時間は無くなった。
どうも最近、こう言うしょうもない失敗というか、時間管理のミスが多くなったような気がしている。まさに、前期ボケ症候群みたいなものではないかと我が脳髄を疑ってしまう。

こんな感じものを肴に一杯やりたかったのだが。結局、そのあと待ち合わせた友人とぶらぶら歩きつつ店を探し、いつもの焼き鳥屋に突入した。なぜか焼き鳥は一本も注文せず、酒とサラダと唐揚げで最後まで。焼き鳥屋で焼き鳥を注文しないというのも初めてだった。なんだか調子の狂う今回の旅だが、これからはこんなピントハズレな行動を楽しむべきなのかもしれないなあ。
おまけに今回はしめパフェを堪能するつもりだったのに、すっかり忘れて帰ってしまった。うーん、なんだかなあ。

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カップ麺の話

左上 co-op 右上 イオン 左下 西友 右下 ヤオコー(ライフ)

小麦製品が値上がりしているのは明らかでパンや麺類が一斉に1−2割値上げしている。典型的な安売り麺であるカップ麺の低価格版を比べてみようと、近くのスーパーやコンビニで買い集めにまわってみた。
改めて売り場を回って理解したのだが、いわゆる丼型のカップ麺は高額ということだ。ご当地ラーメンコラボ製品であれば三百円を超えるものもある。逆にスタンド型のカップ麺は比較的安価な品揃えになっている。一番安価なものでは百円(税別)を切る。
いわゆるPB製品なのだが、販売者が流通側になっているのはイオン製品だけど、他は製麺メーカーが販売者で、それぞれのスーパーは特殊銘柄の製品を仕入れて売っているという体裁だ。このエセPB的な手法はなかなか面白い。推測するに全製品を全量買い取ることが前提で製造するのがPBだと思っていたが、買取責任を持たない(つまり販売者になっていない)一般商品、ただし行面のラベルだけは自社ブランドの体をしてみせる、不思議な製品が主流だということがわかった。製造業との駆け引きで、このあたりが決まるのだと思う。買い手の力が強ければ、こういう便宜的なPBも成立するらしい。
元々、自社調達の原材料化を進めることでコスト削減を業務として行った経験からすると、なんだか反則っぽい気もする。まあ、それが流通の支配力というものだろう。ちなみに、写真の4社の製品は百円前後だった、

左 ローソン 右 セブン

コンビニ大手3社を比べようと店を回ってみたら、ファミマは自社カップ麺(低価格版)は販売していない。ローソンは百円商品だった・そしてセブンはなんと二百円近い高額品しかなく、これではN B品である日清カップ〇〇より高い。なんともおやまあという気分になった。セブン強というべきか。ただ一般的にはPB品が廉価品であるという認識があるだろうから、セブンに行ってNB品より安いと思い込んだまま、高いPB品を買ってしまうといううっかり消費者もそれなりにいそうだ。
ネーミングは醤油ラーメンが2社、賞ヌードルが4社だから、やはり業界の元祖製品にそれなりの敬意が払われているのかもしれない。

製造メーカーを確かめると製麺メーカーの品もあるが、こんなメーカーがカップ麺を作るのかと初めて知ったところもある。本当は全6品を食べ比べて味の品評会でもしてみなければいけないとは思うのだが、それはちょっと別の機会にしたい。多分、味はどれもこれも同じような気がする。
ちなみにNBのカップ〇〇はスーパーの特売でも138円、通常であれば150円を超えるので、100円を切る値付けのPBは確かにお安い感じがする。
たまには、こういう目的意識を持った価格比較調査をやるのも、インフレ時代の腹いせには面白いかもしれない。ただ、買い回った6個のカップ麺は明らかに無駄遣いをしたと言う気もする。心して昼飯の友として完食しよう。

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ようやく出会えた新潟麺

コロナの最中に行ってみたいと思っていた店が何軒か積み残しになっている。ダラダラと続いていたコロナ騒動の間は、こちらの都合が悪かったり、お店が休業していたり、なかなか出かけるタイミングが取れないまま放置してしまっていた。
そんな中の一軒が、新潟では有名な中華チェーンの関東進出一号店だった。自宅からは比較的近いのだが、埼玉県は県の東西をつなぐ交通機関が壊滅的に微弱なので、なかなか行くのが面倒くさい場所「大宮」地区にある。ふと思い出したのが良い機会だと1時間ほど運転して訪店することにした。
ネットで調べた場所は、鉄道高架下の空間で、駅からの距離が遠いこともあり、通常であれば駐車場になるような場所だ。効果の下にお店が一軒、すっぽりと収まっている不思議な作りだった。昼時ということもあり外には席待ちの行列もできていた。

看板商品らしい 五目うま煮麺

新潟はローカル・ラーメン激戦区で、地域ごとにご当地ラーメンが乱立する戦国時代らしい。その激戦地のラーメンチェーンだけあり、どこのご当地ラーメンとは書いていないが、新潟各地の有名麺はしっかりと押さえている。周りの注文を聞いていると、煮干しラーメンが優勢な感じもするが、ここは初志貫徹で「五目うま煮麺」にした。メニューにはこのチェーンの最高傑作と書いてある。
首都圏の中華料理屋では広東麺と呼ばれるあんかけ麺だ。
熱々な餡の下には中細のストレート麺とあっさり系の醤油スープが収まっていた。普通にうまい。スープのあっさりめな感じが、最近ではすっかり見かけなくなった端正な麺料理という印象を強くする。
気温の低い時期であれば、このラーメンが人気である理由もよくわかる。一杯1000円越えのラーメンが当たり前になりつつあるインフレなご時世で、これまた随分コスパの良い価格設定だった。首都圏で限定しても、二桁の店舗はすぐに出店できそうだなとは思うのだが。

餃子3個セットというのが、この店の標準メニューらしい。周りの注文もほとんどが餃子3個セットだった。ラーメンに餃子という組み合わせは、ラーメン店で単価引き上げ策として絶対条件だが、それを一皿5ー6個で500円というような売り方をする店が多い。これも店と客の知恵比べなのだが、個人的には一皿の単価を抑えて、注文率を100%に近づけるという方策が正解のような気がする。ラーメン激戦区出身のせいか、このあたりのマーチャンダイジングがお上手のようだ。
この餃子だが、久しぶりに食べた「ニンニクガツン系」で、3個食べたら口の中がニンニクで占拠されてしまった。ラーメンと合わせて食べるにはちょっと強烈だが、マイルド系のスープとはこれくらいでちょうどよいのかもしれない。

次は煮干し系を試してみたいのだが、お店が遠すぎるのだよねえ。

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昭和は遠い日の誘惑

赤提灯は昭和の象徴?

最近、恵比寿での用事が頻発?して何度も通っている。コロナの間にはほとんど出向かなかった夜の恵比寿に久しぶりに出没してしまった。恵比寿の街のあちこちで、昔用通っていた店がなくなっていた。それは仕方のないことだとは思う。店主が年配者どころか後期高齢者みたいな老舗が多かったから、そろそろ代替わりをするか、それとも店をたたむかというタイミングだったのは間違いない。街の新陳代謝と考えるべきだとは思う。閉店して残念だなとは思うが、これまでお疲れ様でしたと感謝したくなるような閉店の仕方でもあった。
しかし、依然として元気に営業中の店もある。その何軒か存在する「元気に営業中」の店にちょい飲みしに行ってみようかと、街をぶらついてみた。結局選んだ一軒は駅前に近い、おそらく恵比寿でも一番の老舗に近い焼き鳥屋だった。生まれて初めて恵比寿に来た頃から、すでにこの店は存在していた。今の恵比寿駅ビル「アトレ」ができる前は、恵比寿とは実に鄙びたまちだった。この街にはまともな本屋がないのかと嘆いていた頃だ。昭和中期のテイストが、その頃からまるっきり変わらない。
というか開店当時は、それなりに現代的な店だったのではないかと思う。昭和中期には、木材を多用した山小屋風の内装とか、お蔵を改造しました的な和風デザインが多かった。共通するのは照明の暗さだ。昭和中期とは、薄暗い店がスタンダードだった時代とも言える。

一人で入ると、たまたま焼き場の前のカウンター席が空いていた。見慣れた店長(多分)の顔を見てホッとしたが、初めて来た頃は若くて元気だった店長も、今ではすっかり落ち着いて店を仕切っている。むかし焼き場にいたおじじは、やはりもう引退したのだろう。
普通に焼き鳥を4本注文し、普通に酒を頼む。飲み食い終わったらさっさと勘定して帰る。一人飲みを始めて身についた習慣だ。昔は、終電間近まで延々と騒いでいたこともあった。それを思えば随分変わったものだと、我ながら感心する。この店本来のスタイルに自分の歳がようやく追いついたということなのか、とカウンターで飲みながら気がついた。

あれこれ考えながらカウンターの上に置かれている調味料を眺めていたら、なんだか色々と注釈がしてある。コロナの間は卓上の調味料類撤去がルールだったから(これも誰が決めたことなのだろう)、営業を元に戻してみたら客が調味料の使い方をわからなくなったのかと笑ってしまった。
コロナで起きた変化が元に戻る、あるいは新しい形にもう一段変わる。今はそんな時期のようで、ふらりと一人で飲み屋に入ってみるとなかなか楽しい発見がある。2-3人の小集団だったグループ客も、最近では5-10人で飲んでいるのをよく見かけるようになった。
そういえば、路上飲みの話もすっかり聞かなくなったし、あれは貧乏人の路上パフォーマンスみたいなものだったのかもしれない。どこで飲んでも酔っ払いとは、世間様に迷惑をかけがちなのだなと思いながら店を出た。