街を歩く

締めのラーメンで地域性を考える

かなり長くなった北の街滞在だが、今回は蕎麦屋に行くことが多かった。いつもは空港で締めのビールを飲むためにビアホールに行くのだが、今回は体力不足というか蓄積疲労というか、ビアホールに行く元気もなく、蕎麦屋で軽く一杯という気分にもなれず、結局はラーメンで締めることにした。
空港のラーメン道場は北海道各地の名店が集結しているのだが、意外と味噌ラーメン専門店は少ない。札幌出身の店が2軒、十勝の店が一軒がみそ専門店だ。ただ、このラーメン道場各店は味噌、塩、醤油の定番は全店が提供しているから、味噌専門店でも塩ラーメンは食べることができる。
専門店というより、どのラーメンが一番得意かという差だと思えば良いのだろう。それが北海道的おおらかさであり大雑把さでもあるのだが。

この店の本店は、確か北の街の南部山間部にあったはずだ。はずだというのは、本店に行ったことがないからで、車で近くを走っている時に誘導看板を見た程度の記憶しかない。ニューウェーブな味噌ラーメン専門店は豚骨ベースで味噌たっぷりの濃厚なものが多いが、この店はその先駆けだったと思う。
味噌ラーメンでは珍しくチャーシューが乗っているが、実はチャー主も渦巻き型の薄切りタイプとサイコロ状にカットした角切りタイプの2種類が使われている。(角切りはスープの中に沈んていた)
ひき肉と野菜炒めトッピングという札幌味噌ラーメンの伝統は守っているので、この新旧混合レシピーが人気の秘密なのではないか。
締めに食べるラーメンとしてはちょっとヘビーだったが、北海道的ソウルフードはまたしばらく食べることができないのでありがたく噛み締める。お江戸には北海道から進出してきた店がたくさんあるから、北海道フードが食べられないことはない。ただ、おそらく気温と湿度と空気の匂いの違いのせいか、お江戸で食べるものは「北海道風テイスト」に感じてしまうことが多い。その「風な味」の典型がラーメンとジンギスカンだ。
逆にいえば、お江戸周辺発祥の無国籍的な料理、例えばナポリタンや黒カレーのような都会で生まれ育った食べ物は、北海道で食べてもピンとこない。料理の地域性、地域適合性みたいなことは、それなりに考えるべきだろう。レシピーだけで料理の味は決まらない、そんなことをうすぼんやりと考えながら、味噌ラーメンを食べ終わって実に満足しておりました。次は南区にある本店まで行って食べてみよう。きっと味が違うに違いないと期待して。

街を歩く

インフレの時代 あれれな結末

高級ネタの真イカ

またイカの握り寿司が食べたくなり、のこのこと行列のできる回転寿司(郊外型)に出かけてしまった。この店が人気の秘密はシャリとネタのアンバランスにある。つまりネタが大きすぎるところにあるのではないかと常々考えている。実食するとわかるのだが、握り鮨を口に放り込みもぐもぐしていると、コメから先になくなっていく。ネタが大きいので、口の中に残るという感じになる。
お江戸にいるうるさい鮨の評論家に言わせると、あれこれ難癖つけられそうな自分の分析だが、このネタ大きめ鮨はいつ食べても美味いと思う。理屈は抜きで旨いもん勝ちだ。
特にマイカは肉厚で、甘みがあり歯応えもガツンとくる優秀品だ。わざわざ食べにくる価値がある、並んで待つ価値があるといつも感心するのだが、ふと気がつくと一皿の値段がずいぶん、いや、驚くほど上がっている。マイカはすでに大衆ネタから高級ネタの仲間入りをしていた。ちょっと悲しい。いや、とても悲しい。

昔は、サバが5割くらい大きかったような(大袈裟な)記憶がある
(あくまで記憶です)

続いて我が絶対定番であるしめ鯖を注文する。出てきた品物を見ると鯖がちょっと小さくなった気がするが、その分身が厚みをましたようだ。この店のしめ鯖は自家製らしく(北海道のローカルすしチェーンは大体が自家製しめ鯖のようだ)、大手全国チェーンで提供される「しっかり工場で作りました」的なものとは歴然と違う。
日本海側の各地にあるローカル鮨チェーンでも、大概は自家製しめ鯖を出しているので、これは日本海沿岸圏特有のすし文化なのではないかと疑っている。(笑)
工場製の「シメサバ」は酢が効き過ぎている。単純に酸っぱすぎる。しめ鯖は塩で締めて酢で洗うのだから、酢の味は控えめであるべきだろう。お江戸で自家製しめ鯖を楽しむには、高級鮨屋に行くしかないが、北海道では回る寿司屋で大丈夫だ。この差も大きいなあ。

大好物なので、これだけを5皿くらい食べても良いと思うさばしそまき

そのあとは、サバの巻き寿司を注文する。いつもであれば最低2皿は注文する、これまた我が絶対定番ネタなのだが、今回は一皿だけにした。こちらも、大衆ネタだったはずの鯖系鮨が高級ネタに昇格して値上がりしていた。ちょっと悲しい。

鯖系巻物に新作が登場していた。なんと、サバのハラミを巻いたもの、それも裏巻きにしたものがデビューしていた。これはぜひ試食しなければと、通常版を一皿、新作を一皿頼んで比較調査をした。結論として言えるのは、どちらも美味い。ただ、ハラミ使用と言われても通常版との差はほとんどわからない。(自分がバカ舌の持ち主だというだけのことかもしれない)
そして、問題にしたいのは新作が5割程度お値段が高いことだ。明らかにインフレ時代に生まれる対応策、つまり新商品投入による値上げの典型例だろう。そこがちょっと残念だ。
値上げをするには中身の原料を変えるだけではなく、見栄えも変える必要があるので裏巻きにしたのは理解できる。ただ、味はもう少し定番から変化させた方が良いかなあ。
あとは、定番は醤油で新作は塩で食べようと提案して食べ比べ商品に変えてみるとか。もう一息、細かい芸が欲しいところだ。ただ、こんなことを言い出すのはよほどの鯖好きしかいないから、放置しておいて良い愚案だと思う。

最後に、これぞ北海道ローカルの極地、新香巻きを頼んだ。以前にも書いたことがあるが、北海道では中身が奈良漬の巻物を新香巻きという。お江戸あたりでは、新香巻きといえば中身が大根の漬物(黄色いたくあんもどき)が入っているものが多い。そもそも野菜入り巻物でポピュラーなのは新香巻きではなくかっば巻きだろう。
結局、この日は握り2皿、巻物3皿の注文だった。昔であれば全部百円皿の超低価格注文だったはずだが、今ではイカも鯖も高級魚扱いになり、お値段は倍くらいになっていた。もう2度ど来ないというほどの値上がりではないし、味が変わったわけでもないから、相変わらず満足度は高い。ただコスパがちょっと悪くなっただけだ。観光客であれば笑って見過ごす程度の値上がりだし、今やインフレの時代だからと諦めるしかない。できれば値上がりに合わせて接客要員なども調整してくれれば良いと思うことにしよう。
そういえば他の店でも鮑は5割近く値上がりしていたから、サバ系握りの値上がり額は順当なものかもしれない。ただ、インフレ時代には逆張りの成功者が出てくる時代とも考えられる。そのうちに値上げのなかった(できなかった)平成時代にノスタルジーを感じる世代を対象にした、新しい業態が開発されそうな気がする。キャッシュレスの時代に、ワンコイン、1000円札一枚ポッキリといった、これまでに使用されてきた安さのキーワードが変わるのも間違いない。新しいキャッチフレーズ、新しい販売方法がどうなるのか楽しみだ。外食産業の新しい息吹が生まれるかもしれない。と、インフレを肯定的に考えることにしましょう。

街を歩く

アートと桜と夕日と

北の大都市は市内を南北に走る川沿いに広がる平野部に町が形成されている。市街中心部は川の西部にある。官庁街を含め川の西側が北海道開拓の推進基地だった。川の東部は大都市と合併するまで財政的に豊かな町だった。独自に私鉄が建設されるほどで、いわば官庁都市とは一線を画す半独立地域だった。
そのため、現在の大都市中心部とは異なる、古い都市部が形成されていた。ただその旧市街も今では地下鉄が施設され、影も形もなくなってしまった。旧私鉄沿線には住宅地がダラダ田と広がり、「大都市」の郊外地域になってしまった。
その旧都市部の中央に小高い丘がある。丘の上にはそれなりに歴史のある神社が分祠されてきたのだから、当時の街の勢いがわかるというものだ。
ちなみに北の大都市を開拓した親玉が京都を模した市街形成を目論んだこともあり(ただし京都とは東西反転した形で実際は開発された)、大きな神社は西側にある山の麓に造られた。それに向かいああうように旧都市部では川を挟んで東側にある小高い山の上に神社を造ったのだろう。神社の配置を見ると東西の町が相当な対抗意識を持って開拓に励んでいたことは間違い無いだろう。
その小高い丘を天神山と呼んでいる。昔はりんご畑だったところだと記憶している。今では、リンゴの木などほとんど見かけない。目立つのは中高層のマンションばかりだ。

その天神山(多分高さは50-60mくらい)から、都心部を見るとそれなりに良い景色がひらけている。この時期は、山のあちこちに咲く桜が満開の手前だった。ただし、気温は低く震えるほど寒い。桜も満開になるまでさぞかし時間がかかるだろうと思わせる。この前日にはパラパラと霰も降っていた。

市内で桜の名所といえば、西部にある山麓の神社周辺と決まっている。例年ゴールデンウィークあたりに桜が満開になるので、なぜか桜の咲く公園で(それも神社の横で)寒さに震えながら桜見物と称しジンギスカンパーティーをやるのが、この季節の風物詩のようになっている。過去3年は、感染予防のため屋外でありながらジンギスカンは禁止だったはずだが。今年はどうなっているのだろうか。
こちらの山の桜は、そういう意味では地味な名所ということになる。何度か桜の季節に来てはいるが、ジンギスカンをするパリピは見たことがない。今回は友人が野点で茶会をするというので午後に来てみたのだが、とてもお茶を楽しむような気温ではなかった。

桜を見たのはほんの5分ほどで、あとは別に設営されていた室内会議室で歓談と称して、日本酒の品評会をしていた。花見という名目の飲み会になってしまったが、それはそれで日本人的な正しい生活様式だ。
感染症対策として提唱された「新しい生活様式」(笑)だが、そんなものはもう飽き飽きしているので、破壊された「昔の生活様式」が復活してくるのが楽しみだ。桜を見に来たはずが、一番綺麗だなと思ったのは山の端にかかる夕焼けだったのはご愛嬌。
ちなみにこの施設は、世界中のアーティストに開放されているコミュニケーション・宿泊施設だそうで、アーティストの方は長期滞在をしてみるのも良いだろう。非・アーティストである我が身はたまに夕陽を見にくるくらいがちょうど良いかな。

街を歩く

インフレの時代

お気に入りの喫茶店で一休みできるのは幸福なことだ

晴れた日にはお気に入りの喫茶店で、公園を見下ろしながらのんびりとコーヒーを楽しむ。午前中、それも遅めの時間が客もまばらで良い具合だ。グループ客がいなければ会話の声も聞こえてこない。窓際のカウンター席に座り、パソコンを開いてあれこれ書き込んでみる。
一昔前はネタ帳に濃い鉛筆であれこれ書き込んでいたものだが、今ではすっかりキーボード愛好派になってしまった。ノートパソコンも軽くはなったが、それでも1kgは超える重量だから、タブレットに外付けキーボードという軽量な組み合わせもよく使う。デジタルフリークというつもりもないが、「情弱」などと言われるほどのキーボードアレルギーとは無縁だ。
ちなみに、この喫茶店では札幌市のFreeWiFiが使える。ただし、電波強度が弱すぎるのでかなりイライラすることにもなる。観光都市のくせにデジタル対応の予算をケチっているなあ、と内心ではバカにしているが、首都圏でもオリンピックが終わった後、あちこちでWiFiサービスが打ち切られている。中央政府に取り繕いこびへつらう日本の地方行政としては、この手の「言われた通りやってますよ、とりあえず」的なやり方が手慣れた技と言うべきだろう。

ダークローストのブラックコーヒーは本当に好みの味

濃いめのブレンドをゆっくりと楽しむには、ダメダメ行政の悪口を考えるに限る。他人様の悪口を考えていると、こちらの心も貧しくなるが(悪い考えには悪く染まってしまうからなあ)、クズな行政を頭の中でいたぶっていると気分は水戸黄門的な正義感に満たされてくる。健全とは言えないが、お手軽な娯楽だ。少なくとも自分が正義の味方に思えるのはささやかながらの快感だろう。
眼下に見える公園がオリンピックマラソンの会場だったことを思い出し始まった、行政批判の連想ゲームだった。去年まで放置されていた施設が撤去されていたから思い出した、オリンピックのドタバタ騒ぎに対するお役所仕事への嘲笑というところだろうか。
おそらく脳内麻薬(倫理高い、社会意識高い系な微少物質)が溢れてきて、俺が正義だと思い込み独善的な自己陶酔に浸ってしまう。正義の味方的境地になってしまうと、どこかにすけさん・かくさんはいないのかと思い始める。世直し願望が大きくなっているのだろう。あぶない、すっかりあぶない人モードだ。
ただこの日の妄想はもう少し膨らんだ。この脳内麻薬依存症、正義の味方症候群になると、そこからテロに至るまでは、かなり距離が短いのではと思ってしまった。テロリストの頭の中は、きっと自分勝手な正義感と倫理観が溢れていて、それが宗教的な法悦に近いものになっているのではと想像してしまう。自分が感じたものの数倍、数十倍の脳内麻薬に酔いしれているのではないだろうか。脳内麻薬は基本的に自給できる?薬物だから、依存度がどんどん増していくだろう。あぶない人から危険な輩になるまでは、案外簡単なのかもしれない。のんびりとした朝のコーヒーがテロ思考に結び付いてはいけないぞと反省し妄想を止めるため店を出ることにした。
ただそこで、ちょっとだけテロリスト的な思いに駆られてしまった。原因は伝票に書かれていたコーヒーの値段だ。たった半年で、3割近く値上がりしていた(記憶モードです)。令和はインフレの時代なのだと改めて感じた。
政府はインフレの責任を取れと言いたくなった。あと一歩インフレが進めば、コーヒー一杯が50円値上がりしたら、俺は革命軍に入ってやる、と脳内の過激派がけしかけてくる。村上龍著作のタイトルを思い浮かぶ。今や日本の人口の1/3が高齢者だから、ジジイがテロリストになる時代なのかもしれない。令和は革命の時代になるかもしれない……………
インフレ時代のあぶない妄想です。

街を歩く

なんとなく違和感が

駅の改札脇に大きく貼られていた津軽観光の誘致広告だが、なんとなく違和感を感じた。確かに北海道新幹線で函館から青森まではほぼ1時間。函館から青森までは海峡を連絡船で渡って4時間かかっていたのだから、確かに近くなった。1時間の移動であれば、ほとんど隣町だ。そもそも青森と函館は海峡を挟んだ海峡文化圏であり、言語的にもほぼ同じというか同一地域だろう。北津軽と南津軽程度の差しかないと思う。
違和感の原因は札幌から函館までの距離と時間にある。在来線特急で函館まで行くとほぼ4時間かかるはずだ。同じ地方自治体の中にあるのだが、札幌函館間は空路で移動するほど距離がある。(ちなみに、札幌釧路間も空路移動する距離がある)
つまり、函館青森は隣町だが、函館に行くのは大旅行ということだ。奈良観光キャンペーンで、京都に行ったら奈良は隣町なんだよ、すぐ近くだから京都のついでに寄って行こう!! みたいな感じだろうか。
札幌函館が遠いのは、北海道民みんな知っているよね、だからそこんとこは黙っているけどさ……的なチート感がこの「待ってるよ。津軽」には存在している。
個人的には、青森も函館も好きな街なので、遊びにおいでと言われればホイホイ行ってしまいそうだ。函館までの特急もビールを飲んで軽く昼寝をして目が覚めたら函館だった、という感じの素敵な鉄旅になる。全く文句はない。
その上、昼には函館で鮨を食べ、それから新幹線でひとっ走りして、夜には津軽三味線のライブハウスで青森の銘酒を楽しむなんてこともできる。
ただ、宣伝文句通りに「キガルに、ツガルへ」を体感するには、北海道新幹線が札幌延伸するまで待たなければいけないだろう。その時になれば札幌青森間は2時間を切るはずだから、確かにお気軽な鉄道旅になるはずだ。早く新幹線が通れば良いのだが、なんだかトンネル工事が遅れいているらしい。残念。

そんなことを考えていた夜に、久しぶりのバーに繰り出し珍しい酒を飲んだ。多分、この3年間はこの酒を口にしていないはずだ。それなりに酒の銘柄を揃えてあるバーでなければなかなか飲めない「ヨードチンキの匂い」がする強烈な一杯を楽しんだ。
口に含んだ瞬間グワっと鼻に抜ける強烈かつ凶暴なモルトの香りは、酒の初心者には楽しむことが全く無理な代物だろう。酒飲みでも中級者程度では、暴力的に迫るこの酒には痛烈な拒絶反応が出ると思う。相当な手練れな酒飲みでなければ近寄ってはいけない。せめてラフロイグくらいの軽めから始めるのが大事な手順だろう。
と、一応忠告だけはしておきますので、この後は自己責任でお試しくださいと、隣の席に座った同行者には話した。口の中が地獄になる体験というのはなかなか貴重なものです。絶対に悪夢の体験になるという期待は裏切らない(はず)銘酒であります。飲んだ後の感想は聞かないことにしている。

おまけで、テキーラを注文した。この酒と同じような感じのものがあるかとマスターに尋ねたら、これですかねえと出てきたボトルは、何やらスッキリ系に見えたのだが。一口飲むと、これはまたモルトとは違う地獄の香りがしてきた。モルトがヨードチンキとすれば、こちらはセメダインだった。うーん、まだまだ酒の世界は知らないことばかりで奥が深いと感じた。しかし、酒を飲むのは楽しみの場であり、決して修行の場ではないのだがなあ。
昼に感じた違和感が、夜には違う意味で増幅された1日だった。

街を歩く, 食べ物レポート

タイムスリップ感をあじわう

札幌の副都心と言われる新札幌地区にあるラーメン店を贔屓にしている。そのあたりに行く機会があれば、だいたい立ち寄ることにしている。昔っぽい味のラーメンが売り物だ。店内は昭和中期のおもちゃや看板などが陳列掲示されていて、いわゆる昭和レトロ推しな店だ。
今では消失した炭鉱町の名物食堂で提供されていたラーメンを復刻しているから、まさにThe 昭和 で間違いない。
ただ、今回も懐かしラーメンを食べにいったら、店頭看板の上に貼られた「昭和の良き時代の店です」という文言にちょっと引っかかってしまった。別に文句をつけるつもりはないのだが、昭和の最終期や平成生まれの人にとって、昭和とは自分の記憶にない未体験時代だろうから、江戸時代とか鎌倉時代と同じ程度の「想像の世界、時代」でしかないはずだ。そうなると昭和が良き時代だったと思えるのだろうか。
知らない時代=良い時代にはならないだろうし、そうなると自分たちの親や祖父母が生きていた時代の話を聞いた結果、昭和は良い時代だったのねということになるのだろうか。
リアルに昭和を生きてきた世代、昭和初期生まれ、昭和中期生まれの世代は、今やすっかり高齢者層であり、ましてやその大半は後期高齢者、要介護高齢者ではないか。その世代にとって昭和が良い世代かどうかはそれぞれの思いがあるだろうが、少なくとも自力で外出が難しい世代であり、昭和を懐かしむために外出するのは難しい人が多いことは推測できる。
そうなるとリアル昭和を知っていて、それにノスタルジーを感じる世代は客層として極めて少数になるのではないか。
とすれば、経営上の課題として考えるべき主たる客層は、やはりリアルな昭和を知らない世代になるであろう。かれらが昭和に感じるものはノスタルジーではなく、タイムスリップ感、自分の知らない日本を体験してみたいという気分ではないだろうか。加えて言うと、昭和リアル体験のない世代にとって、昭和世界とはハリポタ的なファンタジー世界、ドラクエ的なRPGゲームの中に登場する仮想世界みたいなものではないのかと思う。
そんなことを看板の前で立ち止まり考え始めてしまった。まったく「いかん、いかん」だ。我は時代の考察をしに来たのではなく、ラーメンを食べにきたのだぞ、とセルフツッコミをした上で自己反省をする。

今回は3種類ある昭和の醤油ラーメンのうち、初代が作っていた元祖なラーメンにしてみた。当然、リアル昭和体験があるから、「そうそう、この味だよね、なつかしー」と感動しながら食べてしまう。メンマではなく支那竹が乗っていると言いたい。赤い渦巻きのナルトが乗っているが、昔より厚切りだと感心した。昔は輪切りのゆで卵が一切れだけ乗っていたが、今では丸々一個乗っているのが嬉しいと言いたい。チャーシューは明らかに昔のものよりうまい。しっかりと肉々しい味がする。そして、北海道ラーメンの絶対的トッピング「お麩」が乗っているのが実に懐かしい。などなどノスタルジー的な感激どころが満載なラーメンなのだ。
ただ、やはりこういう楽しみ方はリアル昭和体験世代の特権というか、罠のようなもので、昭和を知らない世代には楽しみようがない。今後滅びゆく種族を相手にしたノスタルジー商売はどうにもお勧めできないなと思う。
だからこの店はノスタルジーではなく「タイムスリップ感」を売り物にして、長く営業を続けていて欲しい。滅びゆく世代の一員としてそんなことを思うのだが、美味しいラーメンを食べるには余計な情報でもあるようだ。
次に来る時には、2代目が作ったというラーメンと給食セット(アルミの弁当箱に入ったライス+おかずセット)にしよう。

ちなみにセルロイドやブリキのおもちゃというのは、もはやどこにいったら売っているのだろうか。全国チェーンの駄菓子屋でも見かけないなあ。Amazonあたりで売っているのかな………

街を歩く

コロナの落とし子

京都の名物お菓子といえば、生八橋と短絡的に思っていた。高校生の時に行った修学旅行以来の刷り込み記憶だ。30代になり仕事の関係で京都に訪れることが増え、いろいろと現地の方に教えてもらい、お土産のレパートリーが増えた。その中でいちばんのお気に入りがスグキ(丸のまま)の漬物で、これは日本の発酵文化として一つの頂点であるとまで思っている。
これに続く発酵ものといえば、飛騨高山で売られているカブの千枚漬けだろうか。あえて加えると北海道のニシン漬けが古くなったものくらいだ。
ただ、京都の菓子という観点で言えば、「阿闍梨餅」(あじゃりもち)に尽きる。京都駅横の百貨店でも、この菓子の販売店はいつも長蛇の行列で、新幹線の時間に余裕がない時は諦めるしかない。

もちっとした皮の部分がうまさの秘訣だろう

その阿闍梨餅だが、お江戸でも日本橋の三越、高島屋などでは週に一回程度販売されることがある。ただ、ここでも人気商品らしくあっという間に売り切れるらしい。日本橋に和菓子を買いに行き、おまけに行列までして買いにいくというのもゾッとしないので、基本的には諦めているのだが。
ところが感染症拡大期、さすがの京都も観光客が激減して土産物屋も大変だったようだ。当然、人気の和菓子屋もあれこれ対策が必要だったことは理解できる。その結果、なんと自宅近くにある元・百貨店の諸国名物販売コーナーに月に何度か全国の名物菓子が並ぶようになった。その中に、これまた驚異というしかないのだが、阿闍梨餅がラインナップに入ってきた。
どうも埼玉のハズレの街では阿闍梨餅の知名度が低すぎるのか、行列して買う必要はない。ワゴンの上に山盛りの積まれているので、個数制限もない。欲しいだけ買える。これは本場の京都でも体験できない天国プランだろう。この3年間でいったい何度阿闍梨餅を楽しんだことだろう。感謝だ。

コロナが終息しつつある時期になり、観光客が有名観光地を中心に急回復しているそうだが、そうなると我が地元で阿闍梨餅を売る必要もなくなるだろうと思っていた。それはちょっと残念だが仕方がないことだとも思う。
ところが、どうやら月に何度かの遠征販売は今後も継続されるらしい。ありがたいことだ。おまけにこの遠征販売のローテーションの中には、浅草の亀十のどら焼き含まれている。浅草の名物どら焼きは店頭で並んでも買えない人気商品だった。おそらく今頃は昔のように大行列ができていたり、早い時間に売り切れているのだろうから、地元で並ばずに買えるのは「素敵なこと」だ。苦しい時期に販売してくれていた拠点を、平常モードになったからと言って切り捨てはしないということだと推測する。真っ当な商道徳は今でも生きているようだ。
いろいろとあった感染症の3年だったが、良い落とし子がないわけでもないということだろうか。埼玉のハズレの街で、少しだけ幸せなことが増えたのは間違いない。

街を歩く

北の街で変わっていたこと

北の街の都心部に桜が咲いていた。普段は何も気が付かずに歩いていたが、中心部の街路樹が桜に変わっていたのはいつからのことだろうか。確かに花が散った後の桜は、よくよく観察しなければただの街路樹だろう。気が付かなかったのも無理はないか。
冬のライトアップされた街並みはすぐ気がつくが、街路樹の花はタイミングが合わないと見ることも叶わないから仕方がないと言い訳する。街の街路樹が全部桜になったらさぞかし綺麗だろうなと思うが、桜の木は手入れが大変なのだろうか。

北の街で最大のランドマークである「ぽんぽこシャンゼリゼ」で、建設中だったビルが竣工間近になり、囲いの工事壁が撤去されていた。地下街から直結する巨大ビルは、新設される水族館が売り物らしい。もしここにオホーツク名物のオオカミウオが飼育されることになったら、結構な頻度で通うことになりそうだ。これまでオオカミウオを見るには隣の港町にある水族館に行くしかなかったのだが、この都心部で会えるとしたら、それはかなり素敵なことではないか。
ちなみにオオカミウオはその名に似合わず、実に個性的というかゴワゴワした顔をしていて、心が落ち込んでいる時に会うと、「ああ、自分は人に生まれてきてよかった」と思わせてくれるマイ・ネガティブヒーローだ。斜め上ではなく斜め下という異なる角度から元気をくれる存在と言っても良い。水族館、期待しよう。

日ハムの新球場が開いた。駅からはシャトルバスが出るようだ。駅から歩いて行くには長い坂道を降りて行って、また同じ高さの坂道を登らなければならないから、シャトルバスは必須だと理解できる。ただ、ボールパークの周辺はほとんど原野なので、そのうちに野良な民間駐車場がボコボコと空くのだろう。駐車料金は3時間5000円くらいになると思うけれど。
ボールパーク内はキャッシュレスだそうで、高齢者対策がどうたらと新聞に書いていたが、そもそも高齢者対策などというなら球場までのアクセスの方がよほど大事たと思う。ちなみに、この駅は高架駅舎なのだけれど、小さなエレベーターはあるがエスカレーターはない。地上から駅舎までは緩やかな斜路になっているが、車椅子で登るにはしんどそうな、なかなか微妙な建築物だ。
将来的には駅前ビルに(併設されるシャトルバス乗り場まで)ペデストリアンデッキが接続されるらしい。それまでは、我慢してねということだろう。

この混雑を体験しようと、試合開始1時間前に到着する列車に乗ってみた。確かに車内は立っている乗客が多く、身動きがとりにくいくらいに混雑はしていたが、首都圏でいえば午後3時の山手線程度だろうか。朝7時の山手線の方がよほど混み合っている。
車社会で生きている北海道民には苦行となるかもしれない混雑度だが、首都圏生活者であれば鼻歌混じりでこなしてしまうかも。
ただネットニュースを読む限り、いまだに新ドームは空席がたくさんあるそうなので、この先ホームで優勝争いがかかったゲームになると、つまり球場が満席になるようなことがあれば、車内の混雑度はもっと上がるだろう。
なによりベースボールのゲーム開催ではなく、若者に人気のあるアーティストのコンサートなどがあると殺人的に混むかもしれないなと思った。やはりベースボールは「オールドタイマー」向けのエンタメなのだろう。当面はエスカレーターの方が大事そうだ。

街を歩く

立ち飲み屋にて思うこと

年に3ー4度、長いお付き合いになる年上の友人と会う。それは北の街の盛り場であったり、お江戸の繁華街であったり場所もまちまち、店も様々なのだが。今回は北の街で駅から徒歩3分の場所だった。隣の港町では老舗にあたるレストランが、支店として開けた居酒屋だ。感染拡大の前は立ち飲み屋だったが、最近全席を座われる席に変更したというので、どれどれ見物にとやってきたのだが、相変わらず立ち飲みスタイルは健在で(というか座れる席の方が少ないようだ)、早い時間では比較的空いているようだった。
とりあえずという名のビールを注文したあと、つまみをあれこれ物色していたのだが、おすすめはおでんと言われたので壁に下がっている名札を右から全部……………みたいな乱暴な注文をした。一盛りが3個だそうで、3種のおでんが入った小鉢が二つ出てきた。なんだか妙に懐かしい味のするおでんだったが、お江戸風の濃いつゆではなく家庭的な薄味だったせいだろう。

追加で注文したのが、これも店長イチオシらしい「大根の天ぷら」だ。これは一度出汁で煮た大根を揚げたもののようで、歯触りは柔らかく衣と大根の味がほどよく調和している。これはまた食べてみたいと思わせる名品だった。
野菜を一手間ふた手間かけて美味しく食べさせる料理屋は信頼して良い。料理人の腕前の差は、野菜の煮物に一番よく現れるとも思っている。こういう創意工夫された料理は素直に喜び、次の季節にはまた違った野菜料理を楽しませてもらおうと思う。
料理は独創性より様々な素材と調理法の順列組み合わせから生まれる。独創的な料理など、圧倒的な調理機器の進化でも起きない限りは生まれるものではない。「うまい料理」とは地味な順列組み合わせを試し続ける「料理人の努力」の結果だと思うのだ。

卵焼きも料理人の腕前の差が出る。家庭料理でもできそうなものだが、やはり美味しいだし巻き卵はプロの手仕事というべきだろう。卵焼きに押された焼印がどんな意味があるのかよくわからなかった。この店の屋号にある紋所なのだとは思うが。これもまた食べる時の楽しみの一つだ。

その立ち飲み屋から2軒目の店に梯子をすることになった。駅高架下にある屋台村の一角に信州から来た焼き鳥屋がある。ここしばらくは、この店に通うことが多かった。屋台村には10軒以上の店が入っているのだが、この焼き鳥屋は大混雑だった。焼き鳥も美味いが店長の人柄だろう。小体な店は料理だけではなく、コミュニケーションも大事な商品だ。
いつものようにおみくじ付きの割り箸で運試しをする。大吉が出ると何かすごいサービスが受けられると言われ続けているが、一度も大吉が出たことがない。よほど運が悪いのかとも思うが、まさか店長の作戦ということもないだろう。少なくとも大吉が出て、とてつもないサービスを堪能するまでは通い続けるしかない。
しかし、立ち飲み屋から屋台村への梯子というのは、なんといえば良いのでしょう。よほどの酒好き以外は、あまりやらないはしご酒コースだろうなあ。

街を歩く

一枚の写真が伝えること

北の街でちょっと飲み屋の話題的になっているのが「ビル解体工事」の話だ。都市中心部の官庁街で高層ビルが建築されていた。大手建設会社の仕切りで、駅前通りから工事中のクレーンが見通せるほどの高層ビルだった。そのビルが建築基準に達していない不良部品を使っているのが、発注元の検査で発覚して、なんと10階以上鉄骨が組み上がっている段階から解体工事をすることになったそうだ。当然ビルの竣工は何年か遅れるだろう。
ニョキニョキと伸びていった高層ビルが、みるみる縮んで行くという都市伝説的な風景らしい。たまたま現場近くを通りかかり発見した解体工事の看板を見ると、面白いのが「このペナルティー解体工事」も週休二日制厳守らしい。おそらく解体工事監督のおやすみ日なのだろう。ペナルティーをくらった後の解体工事で、ブラックな労働環境にすることはできないだろうし。
安物部品で削減できたコストはどれ位なのかは聞いていないが、解体工事を合わせて10億円単位のマイナスになるようだ。安物買いの銭失いとはこういうことを言うのだろうか。解体工事の現場が、たまたま北海道警察の近くだったので気になったのだが、なぜ解体しているかと言う「説明文」は見つからなかった。札幌市民には暗黙の了解事項らしい。
大通公園のオリンピックマラソンスタート地点と同じくらい、建設業界に関してあれこれ考えさせてくれる「北の街の新名所」ではないかなと思った。
発注者も請負業者も日本有数の大手企業だから発覚した事案らしい。発注者が気が付かなければ地震で倒れる高層ビル第一号になったかもしれないと、飲みながらの馬鹿話で聞いた。それもまた怖い話だ。一枚の看板にドラマがある………