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新宿三丁目 末廣亭あたり

一時期、落語に本格的にハマってしまい、かなりの頻度で寄席に通っていた。通いやすさで言えば、新宿三丁目「末広亭」が一番で、月に2度3度と通い詰めたこともある。
当時は、落語受難の時代で昼の部は客席がガラガラだった。今ではプラチナチケットの演者である花緑が主任をつとめても、この頃は満席には程遠い客入りだった。偶然入った日の主任が花緑で、その面白さを知って、それ以来ずいぶんとチケットを手に入れては独演会など聞きに行ったものだ。
当時は若手真打筆頭みたいな言われようだったが、今では重鎮クラスだ。久しぶりに寄席に行ってみようと思うのだが、今は客席での飲食が禁止らしい。それがちょっと寂しい気がする。

末広亭の並びはこじんまりとした居酒屋が密集している、我がお好みの飲み屋横丁だ。ただ最近では、コロナの影響ですっかり店が閉まってしまったのではと、恐る恐る確かめに行ってきた。
新しい店も何軒かできていたが、昔馴染みの懐かしい店もほぼほぼ健在でホッとした。次は夜に来なければいけない場所だ。末広亭で昼ノブを楽しんだあと、そのまま一杯やりに行くのが良いと思う。

今まで全く知らなかったのだが、新宿三丁目の駅から末広亭に向かう道は末広通りというらしい。看板が立っているのに初めて気がついた。この道は相当通い詰めたところなのだが、いつも夜に歩いているせいで気がついていなかったのかもしれない。看板を見てはいたが全く気がついていなかったという可能性もある。
酔っ払いの記憶能力の限界というべきか、あるいはこれから酒を飲むぞと喜び勇んで歩くオヤジは、観察能力が足りないということだろう。

その末広通りの先にある老舗の鮨屋。ここもずいぶんとお世話になっている。お値段がお手頃ということもあるが、魚をつまみに居酒屋的に一杯やる大衆的な鮨屋だ。一人のみに向いている。
新宿三丁目界隈で飲んだ締めに、軽く鮨をつまんで帰るという使い方もよくしたものだ。当然ながら人気店なので満員のことも多い。たまたま席が空いていたらラッキーというノリで、まず三丁目の一軒めはここにして、満員だったらどこか近くの店を探すという使い方もしていた。昭和初期からという歴史のある店舗が建て替えられたのは平成もずいぶん経っていた頃だったように記憶している。

一時期はインバウンド観光客に占拠され予約を取らずに入るのが難しかったが、今では少し落ち着いているだろう。冷酒と刺身盛りに漬物盛り合わせを注文し、のんびり一人で飲むのは良いものだ。途中からは熱燗に変えて、握りを何個かつまんで帰る。そんな飲み方をよくしていた。
などとあれこれ考えていたら、急に行きたくなってしまった。来週は少し早めの晩飯がてらに久しぶりの三丁目探訪でもしようか。もちろん締めは鮨に限る。

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新宿三丁目のどん底

新宿三丁目の真ん中あたり、ディープな店が集まっている一画にある「どん底」は、昭和中期の有名店と断言できる。ゴールデン街に在る店が一軒だけここにワープしてきたみたいな感じがしている。店構えが明らかに怪しいが、これは昼の日なかに見るせいで、暗くなってから来てみればそれなりに風情のあるお店だ。人気な飲み屋は「夜の顔」が本当の姿ということだろう。

初めて知人に連れられてきた時は地下の客席に案内され、どうにも不器な感じがしたものだが、それから何度か訪れるうちに慣れてしまった。店内がまるでダンジョンのように複雑化しているせいだ。それでも慣れてしまえば、なかなか居心地が良い店なので、たまにぶらりと行ってみる。「どんカク」を飲みつつ、適当にちょっと変わったつまみを注文する。2軒目に来ることが多かったので、ガツンと飲んだ記憶はないが、お値段も手頃なのみやすい店だと思っている。この店も、最近すっかりご無沙汰していたので、昼ではあるが覗きにきた。

いつの間にやら屋外席が出来ていて、おまけに「ランチ推し」だった。これは遅めのランチに参戦しなければとおもいつつ、飲み屋もこの2年ですっかり体質改善が進んでいるのだなと、改めて感じてしまった。
「どんカク」は夜更けに飲むものと決めつけてはいけない。どうやら、早めのブランチか遅めのランチで、いっぱいやりながら楽しめる時代になったようだ。もう少し暖かくなったら、おそらく花見が終わったあたりの平日昼下がり、昼のどんカクを楽しみに行こう。
その頃には、かの「まんぼう」も解除されていることだろうし。

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新宿三丁目 散歩のはじめ

JR新宿駅からは一駅分ほど離れた場所になる「新宿三丁目」。東京メトロと都営新宿線が接続している。副都心線で池袋から渋谷までひとつながりになったこともあり、なかなか便利な場所になった。
新宿で飲むという時には、ここいらへんの店を選ぶことが多い。歌舞伎町で飲むことは、長い飲み人生でもほとんどない。自分の中で新宿とは、この新宿三丁目と新宿駅東側のごちゃごちゃしたあたりという意味になっている。
その新宿三丁目で、随分長いおつきあいになったお店が、この「鼎」だ。難読漢字なのだがルビはふっていない。かなえと読むはずだが、電話で予約したこともないので、多分そう読むのだと思う。
ちょっとお高めだが美味いものを食べさせてくれる居酒屋で、昭和バブルの頃に流行っていた、カウンターに大皿料理が並ぶスタイルだ。魚がうまいので、昔は結構頻繁に通っていた。ここ2年ほどは、自粛強制期間だったので、一度も行っていない。開いているか心配になり見に行ったのだが、ランチ営業も初めて健闘しているようだった。安心。

その近くにある洋食屋「あづま」が復活していた。コロナの前にビルの建て替えが始まっていて、お店がなくなっていた。閉店したのかと残念に思っていたのだが、どうやら近くの場所にお引越しして営業再開していた。まさか同じ店名で違う店ということもないだろうと、メニュー看板を確認してみた。

どうやら昔と同じメニューなので、お引越ししたものと確認できた。この日は既にお昼を済ませていたので、次回はきっちり腹を空かせていこうと決めた。ナポリタンにじゅうじゅう焼きというゴールデンカップルで、久しぶりの洋食豪華ランチにしよう。
コロナで痛めつけられたあちこちの夜の街を確かめながら街散歩をしているのだが、新宿三丁目はあと何回か記録として残しておきたいと思うので、このお話は「続く」。

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有楽町でそばを食う

有楽町というのは不思議な街だといつも思う。隣接する銀座と日比谷、道を一本隔てただけだが妙に空気が違う。その有楽町のランドマークといえば東京交通会館だろう。屋上のレストランも有名だったが、個人的には全国各地のアンテナショップの集積地として認識している。その交通会館の地下に、意外と面白い飲食店がひっそりと生息している。まさに生息しているというしかない。行列のできるラーメン店もあれば、銀座マダムの隠れ家的甘味処がある。ただ、この甘味処は午後遅くなると男性比率が上がるらしい。一度、お汁粉でも食べに行こうと思っているのだが、いまだに果たせないままだ。その交通会館地下で偶然にみつけた蕎麦屋がちょっと変わって見えた。カウンターだけの店で、外から見ても小綺麗だという感じがした。店の前をほとんど通り過ぎようとした時に、表の「つけ蕎麦」という文句に引っかかってしまった。つけ蕎麦って???

最初は、勝手に「つけ麺」と理解して、つけ麺のそばバージョンみたいな理解をしたのだが、よく考え直すと、もともと蕎麦はつゆにつけて食べるものではないか? それをわざわざ「つけ蕎麦」というのは、何か普通の蕎麦と違いがあるのかという盛大な疑問が湧いてきた。結局、そこで足を止めて、看板のウンチクをじっくりと読んでみた。
どうやら、恵比寿の本店は「つけ蕎麦ではなくつゆに入れた蕎麦」で、こちらは「つゆにつけて食べる蕎麦」という違いを表しているようだ。ちょっと紛らわしいぞ、と眉をしかめたくなるが、腹を立てるほどのインチキでもない。おまけに恵比寿の本店は蕎麦居酒屋の典型的な店でおしゃれな宴会向け。何度か利用したこともある。確かにそばは美味かった記憶もある。
では、いっぱい所望しようではないかと、鴨つけ蕎麦を食べることにした。見た目はおしゃれ系だが、確かにうまい。蕎麦はちょっと細めか。つゆは甘目だが、刻んだ鴨の味によくあっている。蕎麦屋ではよく鴨せいろと呼ばれているものだ。普通に蕎麦の旨さを感じる。完成度は高い。
カウンター席だけなので立ち食い蕎麦の変形といっても良いが、女性一人でも入りやすい明るくて綺麗な店だ。おそらく昼時には相当混雑するだろうなと思いながら、遅い昼飯を堪能した。
有楽町で、よくこんな店を・・・思うのは、個人的な偏見みたいなもので、最近では出色のお店でした。

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銀座のランドマーク

銀座を歩いて思ったことを、整理もしないでバラバラと並べてみた。

銀座マリオンが開店した当時、なぜか日本中でからくり時計がブームになり、あちこちで設置された。この銀座の新しいランドマークは時間になると人混みができるほどの人気スポットだったが、この午後5時のカラクリショーには見物客が一名(自分)だけで、あとは誰一人足を止めることもない。時代は変わるものだが、これほど無視されているとは思わなかった。

そのからくり時計の向かい側にあったもう一つの銀座のランドマーク、ソニービルがなくなって随分経つ。跡地は公園になっていて、日本一お高い公園だなと思っていたが、その公園も無くなって再開発されるようだ。目の前にある不二家のビルは、随分昔に刀鋸に出てきて初めて銀座に来た時に目印をした場所だ。ただ、その不二家も今ではすっかりおとなしい会社になっている。不二家のケーキを食べたのはどれくらい前のことだろう。

確かにソニーは既に家電メーカーというよりゲーム会社、映像会社なので銀座にフラッグシップを持つ必要もないことは理解するのだが、なんとなく寂しい気分になる。今では学区内に住んでいる生徒がほとんどいないらしい「泰明小学校」のように、なんとか名前を残すブランド戦略は取れなかったものだろうか。泰明小学校も制服の値段でメディアの餌食になったくらいだが、たまに学校の横を通りかかると微かに子供たちの声はする。小学校としては実態があるから幽霊ブランドではない。

そして、銀座のランドマーク最優等生とは、やはりこの和光ビルだと思うが、いつもは三越側から取るので今日は反対方向から撮ってみた。これはこれで妙に新しく感じる銀座の老舗の顔だななどと思いながら、夕方の人混み時にもかかわらず、まばらな通行人に今の銀座を感じた。日本の代表選手、銀座でこの程度の人混みということは、地方都市に行けば通行人すらまばらということなのだろう。メディアで流れる意図的に混雑している場所を意図的なアングルで撮るを信じては行けないなあと思った。

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新宿靖国通り を歩く

街を歩き回り看板の写真を撮るのが趣味といえば趣味だ。鉄オタならぬ看板オタみたいなものだろうか。新宿歌舞伎町は街の新陳代謝が早いので、一年も経てばビルのテナントが入れ替わっているのは当たり前だが、ビル一棟丸ごろ変わってしまったのは初めて見た。白い部分がそれぞれ居酒屋だった居酒屋ビルで、その前はビル一棟全体が一軒の居酒屋だった。居酒屋受難の時代を体現するような「白ビル」を見つけて、心が痛んだ。やはりコロナの2年を持ち堪えるのは無理ゲーというものなのだろう。しかし、靖国通り沿いでこの始末だ。裏路地に行ったら廃店舗の死屍累々ということになっているのか。

一見おしゃれなバーガー店だが、ここは元・白い髭の爺さんがトレードマークの唐揚げ屋だった。唐揚げ屋は歌舞伎町の真ん中に引っ越し、靖国通りの反対側にいたバーガー屋がその跡地に引っ越してきたわけだ。コロナ不況の外食業界で、勝ち組であるファストフードはあれこれ戦闘を続けているようだ。そういえば、新宿駅東側で唯一のこる西武新宿駅前のマクドナルドは、入り口を全面開放して路上に行列ができている。ファッションではなく感染対策での入口開放だとは思うが、昭和バブル期並みの繁盛ぶりが目立つ光景だ。

まさに、昭和バブル期にできた居酒屋ビルの正面入り口で、まさかの白塗りを見つけた。ここは、テナント各店の看板が賑やかに掲示されている場所で、6面白いまま、営業中の文字がなんともわびしい。このビルのオーナーも頭を抱えているだろう。今のご時世ではいくら家賃を下げても希望者が出てくるとは思えない。

このビルは靖国通り沿いで、新宿駅から歌舞伎町に抜けていく人通りの多い道路だ。居酒屋などの飲食店にはベスト立地に近いと思うのだが、やはり客をエレベーターで上に持ち上げられるほど、今の居酒屋・飲食には力が無いのだろう。昼飲みジジイたちを集めるには、場所よりも価格だろうし、客としての高齢者は色々と制約条件が多いので、店舗側としても歓迎しにくい部分もある。
好き勝手なことを言う業界評論家も、今回ばかりは高齢者対応で生き残り作戦をなどとは言っていない。さすがに「無理なお話」だと言うことがわかっているのだろう。残る対策はテイクアウトに活路を見出すか(大抵は地獄への片道切符になりがちだが)、支援金で我慢して休業するか。
ただ、休業を選んだ時には補償金が吹き飛ぶほど、営業再開時に従業員の再雇用と訓練という難問が待っている。コロナが終わったとしても、外食の困難は続くのだろうなあ。
新宿を散歩していて社会考察などしてみました。

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サイボクのレストラン

埼玉県人(南西部)にとってはもはやワンダーランド的な施設がサイボクハムの直営テーマパークだ。(たぶん)
詳しくはサイトを見てもらうのが良いと思うので

 https://www.saiboku.co.jp/park/
肉の直営販売とレストランとお風呂と、あれやこれやのごった煮状態で、年々規模が拡大しているらしい。

川越の駅前商店街の中 グリル&ビアの店だが現在は禁酒

そのサイボクのレストランが川越の街の中にできていた。ちょっとオシャレっぽい感じがしていて、これは次に来た時に入ってみようと思いながら、コロナの中で翻弄されてしまったまま一年以上が経過してしまった。これはいかんと訪れてみたら、なんだか店の中が暗い。どうやら夜は時短しているような気がして諦めて帰ってきた。

2020年12月

それではと気を取り直し後日昼間に行ってみたら、早くきすぎて開店前で、仕方なく所用を済ませたらすっかり昼飯時を外してしまった。結局、食べ損ねたまま写真だけ撮って帰ってきた。

2022年2月

一年ほど前の写真と比べてみたら、そういえばGo To Eatなどという景気の良いことやっていたなあなど感慨に浸ってしまったが。よく考えれば、その後で波が2回くらいきて、オリンピックも世間が反対賛成で騒然とする中、強行実施して総理大臣が実質的にクビになるなど、あれこれあった一年っだったと店先で立ち尽くしてしまった。おまけにワクチンを2回打てば大丈夫とか言っていたはずだが、3回目を打たなければいけないような状況だ。その度に飲食店に「罪」を押し付けている。
ランチのメニューもほとんど変わってしまい、値段だけが上がってるのが「コロナの影響」ということだろうか。一体、いつになったらこのレストランで食事ができることか、とぼやきながら川越の町をとぼとぼ歩いておりました。食べるなら、やはりハンバーグかなあなどと考えつつ、実食したらまた感想など・・・。

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東京都の隣町で見た光景

シャッターが閉まっていて驚いてしまったが・・・

埼玉県のはずれの町に住んでいる。西武線で一駅隣は東京都という町だ。県の東部に行くにはJR武蔵野線で乗り換えることが多いが、都心部まで一度行ってから、東北本線(宇都宮線、高崎線というべきか)沿いに行くのは面倒臭いからだ。
その武蔵野線乗り換え駅は駅間の距離が離れているので、乗り換え客の動線に沿って商店が広がっている。飲み屋やファストフードなどが乱立する賑やかな通りだ。
その一角に行列ができる「ケーキ屋」がある。ケーキ屋というのはペコちゃんのいる不二家くらいかもしれない。
いまはパティスリーなどとおしゃれな呼び方になっているようだが、自分の目から見ると高級洋菓子店=ケーキ屋さんという感じだ。その有名店がまさかの平日昼間シャッター状態になっていて動揺した。多分、きっと、おそらく・・・休業日なのだろう。まさか閉店なんて、と恐々で近寄ってみた。

何と、このご時世なのに店内混雑緩和措置が必要なほど人気らしい。おまけにシャッターが降りている理由が、昼間の休憩で12−13時は閉店していますとのこと。ホッとしたのは確かだが、ついに時代はここまできたかと感嘆した。
昼の時間を休めば従業員にも優しいだろう。まさか会社の休み時間に買いに来て並ぶという人も多くはないだろうし。発想の転換だとは思うが、これも引き金はコロナだったのだろうか。ちょっとあれこれ考えさせられるネタになった。

ラーメンともつ煮が同居する自動販売機 日本の食文化を切り開くか

ネタついでにもう一つ。ラーメンの自動販売機があった。冷蔵機能のついた自販機だが、この横に百円で買えるみかんの入った自販機もあった。人手不足のご時世だから、これまでにない「変な自販機」が増えそうだが、それもコロナのせいで進んだ食文化というっことになるのかもしれない。
同じ通りでもサラリーマン向けの個人商店的な居酒屋は軒並み閉店していた。チェーン店がなんとか堪えて営業しているという状態だ。東京都内なので、酒規制はそれなりの制限はあるにしても禁酒ではない。
自宅のある街は、埼玉県なので、変な禁酒制度の影響もあり、チェーン店の休業が目立つ。個人店は逆に「パスポート制度」を取り入れ営業継続している。東京都と埼玉県で「生存戦略」が異なる。困った時代だと言うか、困った自治体知事の暴走を止める仕組みがないと言うべきだろう。
線路を隔てた北と南で商売が変わるという、なにやら国境線の違いみたいなものを感じてしまう。カリフォルニアとメキシコの国境の街、ティファナみたいなものかあ、我が町も立派に不健全になったものだなどと思いつつ。志村けんさんの歌で有名になった東京の都境の街を歩きながら、あれこれ考えていた。

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立ち食いそばの対応って・・・

地元の駅で電車が来るのを待っている間に、ぼーっと立ち食いそばの店頭を眺めていたら気がついた。立ち食いそばも飲食業だから、感染防止規制の適用になると書いてあるのは、なるほどそうなのかと思うしかない。しかし、どうにも、納得がいかない。立ち食いそば店に複数人で入店し、大声で騒ぎ、長時間滞在する?。そんなおバカがいるのかだろうか。
自宅の近所では、全国各所で度々クラスター発生した昼カラは流石に最近休業中だった。が、立ち食いそばがクラスター源になったという記憶はない。そもそも立ち食いそばでクラスターが出るなら、満員電車はクラスター発生天国だろうに。などと思っていた。
しばらくして気がついて笑ってしまったのが、閉店20時、オーダストップ19時50分。要は店内滞在時間は最大10分と店側が判断していることだった。まさに立ち食いそばの経験が生きた「小粋な判断」だろう。

店内を覗いてみたら、アクリルの仕切り板がきっちり設置されている。コロナ感染防止対応はしっかりとした上で、「お上の無体」に立ち向かう、そんな気がした。最近ではエアロゾル感染が主流学説のようで、そうなるとアクリル板(飛沫感染防止策らしい)は科学的根拠がない「おまじない」でしかない。
だが、「お上の妄言」には逆らわず、きっと撤去指示も出てこないから、この後も何年間はアクリル板を置き続けるのだろうなあ。しまいに、あまり掃除もされなくなり、薄汚く油染みたアクリル板が日本中の飲食店で放置されるのだろう。
この板を清掃するだけでも、それなりの仕事量になるだろうにと同情してしまう。元のコロナ大臣あたりが、この手の無駄や迷信や妄想に基づく規制、行動を止めてくれないものか。今のコロナ大臣の発言を聞いていると現政権では無理だろうな。
しかし、昼過ぎとはいえ店内はガラガラ、そちらの方が大問題のような気がする。

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カフェメシにあぶれて思うこと

地元駅の商店街のはずれにあったおしゃれなカフェが閉店してしまった。どうやら、跡地はパン屋(ブーランジェリー)になるらしい。たまに店の前を通ると、女性客でいっぱいでなかなか気後れして入れなかったが、いつかは入ってみたいと思っているうちに閉店してしまった。「思う」だけではいけないなあ、と後悔している。
この商店街からすぐそばにあった至極の喫茶店もいつの間にか閉店していた。コロナのせいというべきなのだろう。談笑する場がなくなるのは、夜の業態だけではないということだ。コンビニの百円コーヒーも随分と品質が良くなり、車を運転しながら飲む分には実に満足度が高い。ただ、喫茶店やカフェはコーヒーの味を楽しむだけではなく、空間と雰囲気も味わうものだ。良質の時間の過ごし方が、また一つ失われてしまった。

しょうがないので、最近流行りの「おうち時間」とやらを楽しむことになる。いや、実際には全然楽しくないのだが、それを楽しいものと錯覚させる小道具をあれこれ探す羽目になる。そんな不毛な探索の結果が、これまた自宅近くで発見した1/4カットの「ピッツァ」だ。ピザではなくピッツァなのですよ。
既にホールサイズのピザは500円が事実上の標準価格で、その上に1/4カット売りがこれまた定着してきたようだ。おまけに、ビニール袋の簡易包装になってきた。もはやピザに高級感はいらない。並のパンと同じ普及品となったというわけだ。
背景は「おうち時間」の拡大のせいだと思う。この2年で家庭内消費としてテイクアウト需要が外食を押し退けて伸びた。その増えた分が、販売数が損益の境界線スレスレで儲からない「ピザ」カテゴリーを押し上げた。ようやく販売数増加で儲かるようになったのだと思う。ピザの人気で増えたわけではなく、テイクアウト全体の増加のおこぼれで儲かるようになったと理解するべきだろう。
似たような話で言えば、カレーパンを2種類おく店が増えている。これも、カレーパンの総販売数が増えたせいで、バリエーション拡大を図れるようになったということだろう。近くのスーパーのインストアベーカリーでは「エピ」を2種類に増やしていた。バゲットをオリーブ入りと普通版の2種類販売する店も出てきている。ブーランジェリーなどのパン専門屋ですら、なかなかできない二種持ちだと思うが、それをスーパーがやり始めている。

近所を歩いているだけで、あれこれ発見し想像できるようになったのが、コロナ感染拡大の最大の恩恵のようだ。実につまらない能力を身につけたものだと、鼻で笑ってしまう。