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銀座で旅をする 沖縄編

プチ沖縄旅行の入り口が、こちら。銀座わした館はずいぶん長いおつきあいになる。毎月のように通ったこともあるが、その頃は泡盛に凝っていて、あれこれ買い込んで試し飲みしていた。泡盛は蒸留酒だが、各メーカーごとに相当クセがあり、その違いを楽しんだり、びっくりしたりしたものだ。

沖縄名物といえば色々あるが、なんといっても1番のお気に入りは「ちんすこう」になる。ちんすこうもいくつか異なるメーカーがあり、最近はこの雪塩ちんすこう一択だ。雪塩の工場を見学に行ったこともあるので、非常に愛着がある。大きさも程よく、甘すぎないところも気に入っている点だ。

最近はミルク味も販売されているが、これは好みの問題で、元祖が良いか新製品が良いかは食べ比べての判断だろう。自分的な好みで言えば、元祖ちんすこうの方が素朴で良いかなと思う。

入り口で待ち構えているシーサーは、あまり怖そうな顔をしていない。優しい顔とは言えないが愛嬌はある。沖縄旅行をしたときに、あちこちの住宅におかれているシーサーの写真を撮りまくったことがあるが、それぞれ表情やポーズが変わっていて、琉球らしさみたいなものを感じた。

自分の中での沖縄、琉球の一押しといえば、やはりこの石垣島の泡盛に限る。久しぶりに買いに行ってみたら、何やら面白い札が貼ってあった。そうか、八重泉飲みは人としていささか課題を抱えているらしい。
うまいからついつい飲みすぎるのだなあ、などと思ったのだが、これは石垣島住人に直接尋ねてみなければいけないなとも思った。
この酒を飲むときは、ちょっとぬるっとした沖縄独特の暑い夜に、ロックで飲むのが最適なのだが、暑さに負けて飲みすぎることも多いのだろう。しこたま八重泉を飲んで、酔っ払って石垣の街を港に向けて歩いたことを思い出した。そのときに食べた島バナナは美味かったなあ、などと妙な記憶の切れ端が残っている。これが八重泉の怪しい効き目なのかもしれない。
銀座のプチ沖縄旅行は、なかなか楽しい。

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サンドイッチを東銀座でゲット

東京メトロ東銀座駅、歌舞伎座のあるあたりを銀座というのかどうかはちょっと微妙だが、銀座三越からは徒歩圏だし、同じ距離を銀座の反対側に歩けば築地になるので、やはり銀座の際ということで良いのかと思う。歌舞伎座も立て替えしていたような気がするが、それも随分前のことだったようだ。気がついたのは、歌舞伎座の後ろに高層ビルが建っていたことで、近代ビルと伝統芸能の対比が、なんだか不思議な光景だった。

その東銀座、歌舞伎座の後ろにそびえ立つビルの裏手に、これまた昭和中期で時間が止まったような「古典的商店」がある。チョウジ屋という、おそらく肉屋のはずだが、自分の中では「パン屋」扱いの店になる。昼時であれば行列もできる、揚げたてメンチの入ったサンドイッチというか調理パンの店だ。
パンは食パンかコッペパンを選ぶ。そのパンに挟むものがメンチカツ、ハムカツ、トンカツ・コロッケなど自家製揚げたて熱々の具材だ。目の前で具材を揚げているのが見える。注文してからパンに挟んだ作り立てを買う事になる。

お店の住所は銀座三丁目だ

出来立ての調理パンを油漏れがしないように薄いラップで包み、それを包装紙で巻いてゴム留めという「The 昭和」なシロモノだ。この見た目だけで、コンビニサンドなど敵ではないとわかる「昭和無双」な商品だ。お値段はその場で手作りということもありちょっとお高めだが、ビッグマックよりは安い。個人的にはビッグマックより満足度が2段階ほど高い。コスパということを言うなら、こちらの方がハイパフォーマンスだろう。

家まで持って帰ってきたので、パンに多少しなしな感があるが、この厚みのあるメンチカツにかぶりつくと、口の中に幸せが広がる。いいもの食べているなあ、と言う満足感がある。わざわざ買いに行ってよかった、自分を褒めてやりたいと言う自己陶酔だ。
ちなみに、メンチカツに自家製ソース以外は何も足していないシンプルさだ。コンビニサンドに代表されるオーバーデコレーションな、キャベツの千切りが入っているとか、チーズソースがかかっているとか、自家製ブレンドのタルタルソースだとか、そう言う夾雑物は一切なし。清々しいまでのシンプルさで、これ一つで昼飯は大丈夫と言うボリュームもある。
下っ端歌舞伎役者が幕間に楽屋でひっそり食べていそうな「昭和のサンドイッチ」だ。これのコッペパンバージョンは、コロッケパンが一番美味いと個人的に思っているのだが、絵的に映えるのはメンチカツパンかもしれない。歌舞伎座に御用のある方はお土産にどうぞ。

街を歩く, 食べ物レポート

サイゼ食べる うまいものとそうでもないもの

ちょっと名前と違う食べ物のような気がする

埼玉県で禁酒が解除になった日、サイゼリヤに行ってみた。これまでおとなしくしていた昼飲みジジババが大量出動するのではと、タウンウォッチングの一環だったのだが。期待は外れて、昼時の店内は高校生に占拠されていた。間違いなく店内客の平均年齢は20歳未満だったと思う。年度末で終業式の日だったのだろう。制服の異なる男女高校生が群れを成してランチを食べているのだから、ジジババは入る隙間がない。これはこれでサイゼらしい光景だなとは思った。
そのサイゼの500円ランチが変更になったので、新メニュー、ナポリタンを注文してみた。うーん、とうなってしまった。サイゼの調理法はフライパンを振る方式ではないはずなので、ソースを多めにしなければ麺が乾燥気味になる。要は汁だくでないと、サイゼのパスタはよろしくないのだ。
だが、このナポリタンは「つゆなし」に近い。当然、口の中の唾液が全部持っていかれるタイプの料理になり、あまり好みではなく、おまけにソースの味がしない。ただし、びっくりするほどソーセージの量が多い。似たような傾向の料理で言えば、肉多めの焼きビーフンみたいなものか。時々、サイゼがやらかしてくれる、「明らかにこれは狙いとメニュー名」が違うという料理だった。

これぞ絶品

逆に、前回のメニュー改定から登場した「煉獄の卵」は、サイゼ的には狙い通りというか、安くて美味い個性派料理、何度食べても飽きが来ないという要素をしっかりと押さえている。
ニンニクオリーブオイル味に濃いめのトマトソースで卵を焼いただけのシンプル料理だが、家庭でこれを真似しようとしてもなかなか面倒だ。少なくともガーリックオイルを仕立てるだけで、家中がイタリアンな香りで充満する。他の料理を作ろうとすると致命的で強烈な匂いが邪魔になる。
家庭で本格的にイタリアンを作ろうとするときの、最大課題がこのたちこめるニンニク臭だ。だから、イタリアンは外で食べるに限るのだが、その外で食べるべき典型的な料理が、このガーリックトマトソースをオーブンで熱々に焼いたものだろう。
お高いイタリアンレストランで注文するには、簡便すぎる料理に見えるが、サイゼリヤであればなんの躊躇いもない。何度食べても美味いと思うし、完成度も高い。辛いソースをかけて味変も楽しめる。ただ、なぜか不思議なことに、サイゼでは自分が気に入った料理はかなりの高確率で廃盤になる。この卵料理が長生きするよう祈っている。

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日本一高い土地で飲むビール

テレビのニュースでたまたま見た土地の価格ランキングで、今年も全国トップだった銀座山野楽器本店前。これは三越側から撮った写真だが、左手のビルが木村屋、そして和光なので、まさに銀座の中心地という場所だ。その日本一高い場所でピアノを売っているとかバイオリンを売っているというのは納得できる。しかし、その隣があんぱん元祖の木村屋で、今でもあんぱんを売っているのだから、銀座という土地は不思議だ。
木村屋も税金払うためにあんぱん売っているという感じの商売だろう。この場所で普通にパンを売る商売をして儲かるとは思えない。一個5000円のアンパンであればなんとかなるかもしれないが、木村屋のあんぱんは自分でも「普通に」買えるレベルだから、超高級パンとは言えない。カレーパンとアンパン2個買って、1000円でお釣りが来るレベルだ。ただ、品質は最高級で安心できる。ここのアンパンを食べると舌が奢ってしまい、コンビニのあんぱんでは満足できなくなる「危険物指定品」なのだ。

記憶の中では、日本で一番高い土地とは銀座鳩居堂前だった。いつから地価の設定地点が変わったのかは知らないが、この場所も山野楽器とさほど変わりがあるわけではないだろう。和光の交差点を渡った先という違いだけだ。鳩居堂も一度中に入った時に、こういうものを売っていて儲かるのだろうかと思ったものだ。高級な和風文具はそれなりのお値段だが、それでもなんとか自分でも手に届く値段だった。和紙や書道用品やお香といった「雅」な世界のお道具には、ほとんど縁がないが。

そんな「高い地価」の銀座で飲食店をやっていくのはさぞかし大変だろうなといつも思う。だから、ビール中瓶一本が650円也といわれれば、銀座だからなと納得してしまう。まあ、この値段で売れば、商売としてなんとかなるかもなあという気もする。
だいたい普通の居酒屋でビール中瓶は500円程度だろう。つまり、銀座価格とは一般の相場より3割増しという感じになる。瓶ビールの原価は日本どこでもほぼ同じだから、3割高く売れれば、これは相当なぼったくり商売と言っても良い。
逆に中瓶650円で売れる飲食店の方が限られる。いわゆる空間料、座っていくらという商売に近就なければ無理だ。
銀座を利用する人が、その高価格を受容するというか、「銀座だしね、仕方ないよね」と諦めてくれるから、銀座で飲食店が成立するのだ。銀座で飲んでも、新宿で飲んでも、ビールの味に変わりはないが、「まあ、今日は銀座での飲んでいるんだし、俺って結構すごくねー」的な自己満足が銀座料金を正当化するのだろう。
ちなに円安のせいもあり、今や銀座のビールは上海や香港で飲むビールの半額くらいのはずだ。外国人観光客が押し寄せてきていたのは、自分の国で飲むより銀座で飲む方が安いという、真っ当な価値観のせいで、決して日本が良い国だと思っていたわけではないと思う。
日本国行政府は「おもてなし」などと言って日本人の優越感と情緒をくすぐっていたが、インバウンド観光客からすれば「滞在費の安い国」程度だったのではないか。所詮は、観光事業で外貨稼ぎをするしか無くなった貧乏国対応だっただけだ、と今更ながら銀座で思った次第。ビールもほろ苦くなるわけだ。

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銀座で旅をする 岩手編

岩手県のアンテナショプは、東銀座にある。他の県のショップとはちょっと離れているので、わざわざ訪ねる感じの場所だ。日本橋にもいくつかのショップがあるが、長崎県がちょっと離れた場所にあり、岩手ショップと似たような距離感になっている。アンテナショップは県による運営が基本のようだから、岩手県庁と長崎県庁の運営方針が似ているのかもしれない。どちらのショップもちょっと離れた場所で、大きめの店になっているのが共通点だ。あとは陳列上手で店内通路に余裕があり歩きやすいといったところも似ている。おしゃれ感という点で言えば、三重県ショップが一番だと思うが、その次くらいにはオシャレといえる。。

My岩手土産の定番は、このテトラパック(四面体)包装の南部せんべい、一択になる。南部せんべいは豆入りとか胡麻入りとか色々と伝統的なバリエーションがあるが、醤油を表面に塗って焼いたものはなかなか珍しい。そして、あえて割り煎餅にしているので、小さく食べやすい。素朴な南部せんべいにあれこれ手間をかけて改良している「近代南部せんべい」とでも呼ぶべき一品だ。岩手ではJRの売店でも売っている一般的なものだが、東京で手に入れるのは難しい。

岩手のお土産といえば、やはりこれを忘れるわけにはいかない。かもめの卵のミニサイズだ。これも現代仕様というか、もともと「かもめのたまご」は、実際のサイズにあわせているのか、それなりに大ぶりで一口で食べるという大きさではない。おまけに、口の中の唾液を全部持っていく系の脱水デザートなので、大ぶりの卵はちょっと食べるのに厄介なものだった。
それが二回りほど小さくなり食べやすくなったのがミニサイズだ。この辺りは、マーケティングの教科書に載せても良いほどの実例だろう。こういうノウハウを発信していけば、県内産業の振興に役立つと思うのだが。ノウハウや工夫のシェアリングこそ、行政が金をかけるべき領域ではないのか。

今回の新発見は岩手の隠れ名物らしい鯖缶と、あの有名米菓「ばかうけ」とのコラボだった。岩手県の誇る伝統焼き菓子、南部せんべいを放り出して、新潟県の米菓メーカーとのコラボだから、これは商売としてかなりの本気モードだろうと思った。
県内産業振興であれば南部×南部コラボになるはずだ。せいぜい旧南部領である青森県八戸周辺までが提携範囲だと思うのだが、岩手県チームは、それを超えた商売をか考えているのだ。いるはずだ・・・。
東北六県の中では岩手がお気に入りで、個人的には行く機会が多い。それでもこの2年の間はご無沙汰していたので、久しぶりに現地に行ってみたいなと思った「銀座の旅」でありました。

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美味いものを好きなだけ食べる

だから、料理をシェアするのは嫌いだ。一口ちょうだいと言われると断るわけにもいかず、仕方なく自分の皿を差し出すのだが、一口で終わらない人が多い。その対応として、コース料理で頼むことが多かった。
が、これも善意の一言で台無しにされる。私、これ食べないからどうぞと、差し出される。善意なのだと思うが、コース料理は「ちょうどの量」設定されているはずで、お隣の一品追加では適正量を超える。そして、これもあれもいらないからと二皿三皿押し付けられると、このコース選択が間違いだったと言われるのに等しい。
そんなことが続き、コース料理はやめて、注文の主導権を握る方向に転換した。「好きなものがあったら言ってね、あとは適当に私が注文するから」スタイルだ。
そして大事なことは、基本的に全部の料理を希望人数分注文することだ。これで、二、三品注文するとテーブルの上に乗りきらないくらいの量なる。当然、料理をシェアしようというものもいなくなる。自分勝手ということはわかっているので、強制はしないが、だいたいこれでうまく収まっている気がする。

そんなわがままを果たすのにとても役立つお店が新宿歌舞伎町の近くにある。美味いものを食べたい時には、この店を含めて3軒ほどのローテーションで新宿界隈をうろうろしている。もう「新しいうまい店」を探すのには熱心ではなくなってしまった。気に入った店で、はずれなし、冒険なしでうまいものを食べていれば良いのだという、いわば安心志向で食事を楽しむ「人生最後の境地」にたどり着いたということだろう。

ホヤとコノワタの塩辛、バクライ。これを出す店は少ないが、冷たい日本酒のつまみとしては抜群というか、ある種至高の高みにある。これに匹敵するのは、塩ウニくらいだ。仙台の文化横町にある居酒屋で食べた塩ウニは絶品だった。全国のウニ名産地でウニを食べたわけではないが、仙台のウニは衝撃的だった。東京では、塩ウニにお目にかかったことがない。文化の違いか、嗜好の違いか。理由はよくわからない。ただ塩ウニには熱燗の方が良い。

東京周辺で食べる魚で一番好きなものは、カワハギの薄造りだではないか。肝醤油で食べると美味さが倍増する。大衆魚だと思うが、実はフグより美味いと個人的には思っている。これもシェアしないで、一人一匹食べるべき肴だと密かに信じている。八重洲にある老舗割烹の名物料理「鯛のポン酢」もこれと似たところがあり、比較的量の多い一人前はシェアせず独り占めにする。

逆に一皿の量が明らかに多いという料理もある。馬刺しはその典型で、三切れもあれば十分だといつも思うのだが、だいたいその倍以上が通常量らしい。これは、申し訳ないが、逆にシェアさせてくれと相方に頼むしかない。同行者が生肉嫌いであれば注文を断念するしかない。熊本の馬刺し屋で馬刺し三種森を独り占めして(一人で食べに行ったせいで)酷い目にあった記憶があルためだ。何ごともやりすぎ・食べすぎてはいけないという教訓だった。

煮物や炒め物は調整が難しい。意外とお値段の高いものは量が少ないので一人一皿原則は守りやすい。問題は安くて量が多いものになる。一人では食べきれない量が出てくると、それを注文するにはためらいが出る。この辺は、何度か行って実物を確かめるしかない。比較的大きな魚のカブト煮みたいのもが、一番判断の難しいメニューだろう。対のカブト煮と言われても、たいの「かぶと」の大きさには随分と差があるし・・・。

この店のおすすめの一品、豚の角煮も正直独り占めするのは問題がある。角煮は、なんとか一人で食べ切れる。しかし、添えられているのが角餅で、小ぶりではあるがご丁寧に二個ついている。この餅が曲者で、一人で完食すると、本日の食事はこれでおしまいとなる可能性が出てくる。危険物というしかない。
この日は、比較的大食の先輩と二人だったので、全てを完食できた。好きなものを好きなだけ食べて、お腹いっぱいになり気持ちよく酔っ払い、実にハイクォリティーな一夜だった。ちなみに注文は全て自分でしたので、我が人生、今夜に限り、一点の曇りなしという、プチ・ラオウ気分でありました。

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宣言解除 Before/After その2

My 定番焼き鳥 タン・砂肝・軟骨たまにカシラを追加する

宣言明けた日に、街をぶらぶらと観察に行った。店頭に貼られていた休業告知やら、あれこれベタベタ貼っていた言い訳ペーパーがすっかり撤去され、どの店も営業モードになっていた。よしよし、みなさん頑張ってよー、という応援モードになる。昼過ぎに、営業中止していた地元居酒屋を覗いてみたら、ほぼほぼ満席の大盛況だった。ジジババ比率は高いが、若い世代もまずまずの参加率で、居酒屋ファン待望のオープン日となったようだった。課題は夜の客入りだろうけれど。

前日に続きファクトチェックをしなければとチェーン中華料理屋に入った。夕方近くでもあり、普段頼んだことのない日本酒を頼んでみた。なんと、びっくりしたことに自社ブランド?品らしい。予想外にすっきりとしながら米の味のする、美味い日本酒だった。これを注文した時に、スマホの画面で接種証明を開けて待機していたが、なんの問題もなく完了した。いや、いや、これが普通の世界で、これまでの埼玉県は異世界、異郷だったのだ。世界は平和に戻った、と確信した瞬間だった。

全く酒の種類には合わないような気もしながら、久しぶりに麻婆豆腐を頼んでみた。以前と比べて辛味が増したような気もするが、酒の肴としては上等なものだ。ご飯と合わせて食べるには、すこし甘めかもしれない。どちらかというと家庭向きの味付けか。豆腐の角がピットたったままなので、鍋の中で炒めていないような気がする。豆腐の熱々あんかけみたいな感じだ。だが、これはこれで自分好みなので問題なし。半分食べたら、ラー油をかけて辛さ増量、味変にする。

基本コンセプトがちょい飲み中華なので、この店は「半量」で摘み的なメニューが多い。唐揚げも、たっぷりな量の定食対応する単品もあるが、実はハーフサイズのおつまみ唐揚げくらいが、量としてちょうど良い。
価格も値頃感があるが、実はこうした少量メニューを常備しているというのが、このチェーンのすごいところだろう。成功しているブランドは、あちこちにこうした「光るポイント」があるものだ。
宣言明けたので、是非繁盛店に戻って欲しいものだ。ささやかながら応援していこう。

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宣言解除 Before/After その1

宣言解除前日に駅前のチェーン中華料理屋で、アルコールを頼むと、接種証明書を見せる羽目になった。海外旅行もしないし、こんなものが役に立つものか、と思っていたのだが、随分と使うことになった。埼玉県は「首都圏の中の異郷」ということを、証明書を見せるたびに思い知らされる。
決めたことを守るという理由らしいが、まさに「法匪」の論理というしかない。感染対策は首都圏自治体の連携で、などとというお題目が消失した証明だ。酒を飲みたきゃ、東京においで、ホイホイ! と都知事が呼んでいる。
そして、証明書を見せると、こんな紙が置かれる。周りの客への配慮なのか。企業も色々と考えるものだ。

ビールを頼み、名物「爆弾炒め」と半チャーハンを注文した。爆弾炒めとは、キムチ味の肉野菜炒めというもので、ビールによく合う。これと白飯の定食があるが、あえてそこはチャーハンに変更して、飲み仕様にしてみた。満足度が高いが、どうにも埼玉県の施策に納得のいかないまま。今日でこの愚策も最後・・・と諦めて帰宅。

街を歩く, 食べ物レポート

わざわざ行く恵比寿の老舗名店

恵比寿で長いこと働いていた。サラリーマン人生の半分以上は恵比寿で過ごしていたことになる。睡眠時間を除けば、この町で過ごした時間が人生の最大パートと言ってもよさそうだ。だから、街の隅々までとは言わないが、相当ディープな店にも行ったことがあると自負しているのだが、この名居酒屋だけは一度も入ったことがない。
というか、いつ行っても満員で入れなかったということだ。年単位ではなく10年単位の挑戦を退けてくれる「大・名店」だ。最近は開店早々、夕方早くから行くこともできるので、ひょっとしたら宿願が叶うかもと、恵比寿に所用で行ったついでに営業時間を確認しようと覗きに行ったのだが。

やはり色々と影響はあるようで、営業は続いているようだが、早く行かないと休業になってしまうかもと心配になってきた。これは、自粛規制解除と共に開店一番乗りを果たさなければならないと、改めて決心した。一人のみであれば、なんとか入れるだろう。是非一度行ってみなければ。

そして、もう一軒の老舗。恵比寿の古参中華料理店としてはお気に入りの店だ。ここのちゃんぽんがたまに無性に食べたくなる。ただ、長崎ちゃんぽんと言いながら、食べてみるとなんだかちょっと違う独創的な食べ物に思える。本場長崎でも何軒かちゃんぽんを試してみたが、そのどれとも違う。ボリュームたっぷり、飲んだ後の締めには重すぎる「豪速球飯」だ。朝飯抜いた腹ペコ状態での昼飯であれば、誰もが満足という感じだろうか。
この店も20年ほど前から中華料理屋というより、中華料理を出す居酒屋に変身を遂げている。毎晩、夕方から明らかに宴会状態なので、経験者でないと店に入りにくいかもしれない。これはもう一軒の老舗居酒屋と同じだ。しかし、この店は常連級に使っているので、何を臆すこともない。胸を張って宴会モードを楽しんできた。
この店のチキンカツは超がつくほど巨大なので、唐揚げ+紹興酒という変わった居酒屋モードが楽しめる。すり身という名の揚げ物もうまい(これも長崎名物らしいのだが、よくわからないままだ)

その中華居酒屋で、延々と食べ続けている「スタミナ麺」が好物だ。醤油豚骨的スープにニラと豚肉の炒めたものが載っている。ご飯に乗せればスタミナ飯、皿に取り分けてあればスタミナ定食と、同じも料理が三つのタイプで出現する。
自分の好みでは、この麺にニラ炒めがのったスタイルがよい。ただし、残念なことにこのニラ炒めの量が作り手やその日の気分でずいぶん変動する。山盛りの日もあれば、あれ今日は少ないかも・・・という日もある。そのブレを楽しむ「度量」が要求される、大人の麺だ。
ちなみに、スープの味も毎回微妙に違う。ハズレの日は塩味がほとんどしない。大当たりの日は水をがぶ飲みしながら食べるしょっぱいスープ料理になる。それでも、このスタミナ麺はマイ恵比寿ラーメン・ランキングでは筆頭格だ。
長く続く店には、それなりに訳のある名品が存在する。そろそろ、中華居酒屋の時間に一杯やりに行かなければなあ。

ガジェット, 街を歩く

配膳ロボと出会って思ったこと

配膳後お帰りの風景でSB社製とわかった

自宅近くにあるチェーンラーメン店で配膳ロボが導入されていた。ファミレス大手でも導入が進む配膳ロボには興味があったが、実物には初めて出会った。
カウンターの切れ目からノロノロと出てきたのをみて、おう、配膳ロボだ。これはどこに行くのだろうと思っていたら、自分のほうに進んできた。
ほうほう、これがあの有名なロボなのだなどと感心していたが、注文した時に「ロボがラーメン持ってくるです」などという説明は一切受けていない。だから、これが自分のラーメンなのかどうか確信が持てない。ロボよりも人間の対応の方に不満を感じてしまう人も多いのではないか。

顔(タブレット)はそっぽを向いたまま

訳もわからないまま自分の横にロボが止まった。何か言っているが、音量が小さく聞き取りにくい。たぶん、暑いので注意してしてラーメンをとってくれとか言っているようだ。しかし、タブレットの画面もとんでもない方向を向いているので、どう対応したものか迷ってしまう。
画面には何か説明が書いているはずだが、全く読み取れない。なんだあこれっていう感じのロボ初体験になった。結局、店舗運営サイドで配膳ロボの運用が全くできていないということがわかったのが収穫といえば収穫。真t、移動時間がに人間よりはるかに遅いので、ピーク時には商品温度の低下が予想できる。
顧客視点での運用の詰めが足りないのだろう。ロボを使うノウハウと、「人」側の対応があまりにお粗末なのだ。問題は機械にあるのではなく、人にあるという典型。それも現場の対応というより、設計段階からの課題のような気がする。
こうした新機能は完熟するまで、さまざまなクレームに対応して進化させることが重要なのだが、それがわかっているのかが一番気になった。
ちなみに座ったままでラーメンを取ると、ひっくり返して大火傷という危険があると思った。ロボだけに、子供が手を出しそうだが、これは子供には危ない道具だとも思った。その辺りもチェックがおざなりな気がするのだが。大人だけのグループにしかロボ配膳はしないということにしているのだろうか。あれこれ想像して、「これ、大丈夫か?」と感じつつラーメンを食べた。
そうしたら、どうもチャーシューが薄くなった気もして、配膳ロボとの出会いはほろ苦い体験となってしまった。ロボが悪いわけではないのだがなあ。次はファミレスでロボ体験してこようか。