街を歩く

遠き記憶の底から

きっかけは古い手帳の中から出てきた一枚の優待券だった。オーシャンブラックというのは今はなくなってしまった国産ウイスキーのブランドで、当時ススキノでは「若者向け」の店で大量に販売されていた。このワンランク上がサントリーホワイト、その上が角サン、オールド、リザーブと続く「ウイスキーカースト」を形成していた。要するに一番安い酒だった。
若者向けパブとは、店内が暗く、轟音のような音楽がかかり会話も難しい、おまけにタバコの煙でちょっと先も煙っているという劣悪空間だった。よくそんなところに足繁く通っていたものだと思う。
それとはちょっと異なり、弾き語りの演奏がかかっているライブ・パブがこの優待券のお店だった。「蟻の歌」という店で知り合いが歌っていたから、時々飲みに行っていた。ただ、ライブチャージがかかる分ちょっとお高い店だったのだろう。当時の1000円は今で換算すると3000円くらいだと思う。多人数で騒ぐにはパブへ、少人数でしっとり過ごすにはこのライブハウスで、と使い分けをしていた記憶がある。
当たり前だが、今はこの店はすでにない。

ススキノの東側にあるビルの8階にあった。当時は、今のダイキンの看板がある辺りに、「蟻の歌」「パフ」の看板が出ていたはずだ。店はなくなってもビルは存在している、ススキノらしい光景だ。
わざわざこのビルを見に行ったのに深い意味はない。ビルごとなくなっていることもあるので(最近の札幌はビルの建て替えブームだから)どうなっているかなあという、昔懐かしさに惹かれただけだ。
このビルの一階は、札幌では珍しい鰻の店だ。なので鰻屋のビルとして記憶の方が強い。ただし、この店で鰻を食べたことはない。というか、札幌で鰻を食べた記憶がない。それくらい北海道の若き貧乏人には、「うなぎ」は縁遠い食べ物だった。いつかは鰻を食べてみたいと思っていたせいでビルの記憶に残っている。たまに通ったライブハウスはすっかり思い出さなくなっていた。

そんな昔のことを思い出しながらススキノ周辺を感傷的な気分で散歩した。若い頃の記憶は苦い。舌を噛んで死んでしまいたいようなことばかり思い出す。だから散歩で軽く落ち込んだ後は、古い居酒屋で一杯やるのが精神衛生上よろしい。
居酒屋にはうまい肴もたくさんあるのだが、ふと思い立って盛り蕎麦を肴に飲むことにした。飲んだ後の締めに蕎麦というのが一般的な気がする。ただ、古き良き時代の蕎麦屋風に、蕎麦を一本摘んではもぐもぐと食べ、酒をちょっと飲むというのがしたくなった。
そうするとセイロ一枚平らげるのに小一時間かかる。お店には申し訳ないが、たまにやりたくなる悪習だ。最近の蕎麦屋でこれをやると嫌われるだろうから、蕎麦の置いている居酒屋でコソコソとやるしかない。ススキノにはこんな悪さができる店はないので、川を渡って離れた居酒屋を目指した。鑑賞的な散歩を完結するには、なかなか面倒な手続きが必要なのだな。

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ラーメン今昔 

今風のラーメンというのは、既に麺類の域を越え「ラーメン」という新しい日本料理の部門を作り出している気がする。昔々の中華料理店で提供されていた麺類、汁麺という範疇から大きく変化、進化しているからだ。

新世代ラーメン 飛燕 千歳空港

業界的な話で言えば、今のラーメンと昔のラーメンは原価率が全く違う。昔のラーメンは安い素材を調理人の腕前でおいしい麺料理にするという、ある種マジックがあった。だから、下手くそな料理人が手を出すと不味くて食えないというラーメンも存在していた。そんな不味いラーメンを懐かしむ人はいないだろうが、それくらいラーメン屋によって味が異なっていたものだ。昔のラーメン屋には安かろうまずかろう的世界が存在した。
ところが、今のラーメンは明らかに高原価主義であり、原価をかけた分値段も上がるという高級麺業態になっている。麺もスープもトッピングもしっかりカネをかけているのだから、不味くなるはずがない。
それだけに高いお値段で周りのラーメン屋と差別化するには、色々と独自性を押し出す必要がある。うまいもの同士の競争なので、なかなかシビアなものだ。差別化の広がりは店内の内装や雰囲気、従業員のユニフォームなどあらゆるところに広がる。
結果として、高級ラーメン店は似たような店作りに収斂していく。店内は暗めで落ち着いた高級感志向になる。従業員も麺職人というよりシェフ的な見え方になる。街の中華屋ムードはどんどん減少していく。これがラーメン屋かと思う店にまで進化する。
味は濃厚、スープは素材からこだわった本格志向、チャーシューも製法や使用部位を変えた二種盛り、三種盛りへと進化する。ラーメン一杯が1000円を超える時代が到来した。

ありし日のラーメン 萬字醤油屋本店 萬字ラーメン

その反対側になるのが、昔ながらのラーメンを提供する「老舗」や「二代目」をなのるオールドウェーブ・ラーメン店だ。味は昔のままにするということが基本だが、一概に高齢者対応とは言えない。昔(昭和)は平成生まれにとって既にレトロであり、平成の反対側にある不思議世界という位置づけだ。
だから、昭和創業のラーメン屋は、それだけで支持を受けたりする。味が今風でないことが有利に働く、計算外のプラス要素もある。そこにもう一歩踏み込んで、レトロ感を加速させると「新・コンセプト」として成立し始める。

店内の装飾に「なつかし系」を置くと、高齢者にはなつかしの空間が生まれる。若年層からは、自分の生まれる前の異空間であり、共感がないが興味はあるという雰囲気に映るのだろう。
スポーツカードならぬ力士カードや、自分が見たこともないキャラクターのセルロイド人形など、ひょっとすると親子二代で楽しめる空間なのかもしれない。
アッパーなレストラン化を目指す現代ラーメン店と、昭和レトロを訴え二世代をとりこむコンセプトレストラン化を目指す旧世代ラーメン。どちらがアフターコロナ世界で生き延びることができるか、ちょっと楽しみなのだ。

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喫茶店とカフェ

北海道庁近くに相当昔からあり、たまに使っている喫茶店がこの店だ。ビルの地下にあり昼でも薄暗い、昔ながらの喫茶店スタイルだ。この店のナポリタンが好きでたまに来ていたのだが、コロナの間は休業していることが多く、久しぶりに店先を覗きに来たら、なんだか賑やかな看板が出ていた。
知らないうちにずいぶんデザート推しの店になっている。自分の記憶では、「純喫茶」というのは飲み物しか出さない、フードなしの店だったと思うのだが、どうやら今では違うものになっているらしい。
別にそこに文句があるわけではない。美味いナポリタンを食べた後、チョコパフェを食べるというのは財布に余裕ができた大人の特権だ。ソーダフロートを飲んだ後、渋くコーヒーで締めるというのもやはり大人の特権だ。まして、追加でプリンを頼めばプチ王様気分になれる。喫茶店はそういう使い方ができるのが嬉しい、オヤジ好みのコンセプトではないか。
などと看板の前で妄想してしまった。確かに、純喫茶はオヤジの楽園になりつつある。アフターコロナ時代の良い落とし物かもしれない。

その古い大人の楽園から徒歩5分もかからないところに、今の大人のおしゃれスポットがある。北海道庁正門前に広がる広場を眺めながら、優雅にお茶ならぬ「おアイス」を楽しめるカフェだ。全国的にはこのブランドの飲食スペースは減少しているはずだが、札幌では実にゆったりとした空間がある、そして昼でも夜でも比較的混み合っていない理想のカフェ的存在だ。

ミント味のチョコレートがブームの後に定着して嬉しい

そのおしゃれな場所で街行く人を眺めながら、洋風かき氷(としか形容しがたいのだが、要はフラペチーノもどき)ミントチョコ味を楽しんだ。普段はあまり甘いものを飲み食いする習慣はない。だから時々無性にソフトクリームとかフラペチーノやキャラメルマキアート的な「甘甘甘」な物が欲しくなる。
ラムレーズン味かミント味があれば尚更良い。昼に飲む酒が背徳的な旨さだとしたら、オヤジが一人で楽しむ「甘い呑みもの」は悪魔的な旨さだろう。
ただ、それを若い女性に囲まれて楽しむ余裕がオヤジ族にはない。だから、札幌のこのカフェは貴重だ。一年に一度か2度しか使わないダメ客だが、是非この場所でこの店を営業続けてください。東京には、こういう「オヤジに優しい」空間が存在していないのです。

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東京五十番で酢豚

札幌中心部 南3条通り沿いにある町中華

「札幌町中華の本」というムックが発売されている。ネット記事で見つけてAmazonで買ったが、ふと気になって都内の書店で探しても見つからなかった。令和の時代はこういう買い物の仕方になるのだと思った。本屋でぶらぶらと書棚の間を遊び回り、気になった本を手に取りペラペラパージをめくる。そんな本を買い方、楽しみ方は、既に過去のものらしい。ネットリテラシーが低いと、おちおち読書も楽しめない困った時代だ。
その札幌町中華紹介本の中には見当たらないが個人的お気に入りが「五十番」だ。学生時代からお世話になっていた旧店が、ビルの建て替えで閉店した。残念に思っていた。それが、ある日突然転居して営業再開といううれしいことになっていた。以前の店よりちょっと広くなったような気がする。メニューは普通の中華料理屋にあるメニューは揃っているという感じで、特別尖ったものはない。当たり前の中華といえばその通りだ。

この店で注文するのは決まって酢豚だ。マイ定番と言って良い。この酢豚も気を衒ったところは全くない。生姜味の豚肉唐揚げに玉ねぎとピーマンで仕上がっている。きくらげやパイナップルやきゅうりといった変化球は一切入っていない。最近食べたマンゴー入り酢豚(中国人シェフの店)などという令和進化系とは全く異なる。
期待通りのものを期待通りの味で食べさせてくれるのは、町中華の必須条件だろうと思うし、そこがブレないことが町中華の信頼度につながる。八角や茴香といった中華系スパイスが強くないことも大事だ。あとは、街中華でシャンツァイ(パクチー)にお目にかかることはない。あくまで日本人向けの中華料理だからだろう。
札幌にはザンギで有名な愛すべき町中華もあるが、普通においしいという安定性と信頼性で、この店を愛用している。
飛び抜けて美味いとか、珍しいものを食べたいというのであればホテルの中華料理屋に行く手はある。ただ、札幌のホテル中華は意外と保守的なので斬新な何かを求めるのであれば、お江戸あたりまで出向いた方が良いと思う。(マンゴーの酢豚みたいなやつだ)
ただ、東京往復の交通費を考えれば、この店で20回くらい美味しいものを食べられるので、その方がより良い人生の過ごし方ではと愚考いたします。

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セコマのパン

随分前だが、自宅周辺のスーパーで羊羹パンを見つけた。それと同じものを札幌駅の土産物販売店で発見して、ようやく納得した。この羊羹パンはかなりロングライフで普通のスーパーで売っている菓子パンとは違うなと感じていたが、土産物用だったのだ。隣に並んでいるどら焼きと同じ扱いで、「生」な食べ物ではなかった。気になっていた小さな疑問が解決するのは嬉しい。

その羊羹パンみたいなちょっと変わったパンを探そうとすると、セコマに行くのが良い。北海道パンライフのライフハック?だ。セコマの商品開発陣は相当に尖った線を攻めてくる戦闘的チームなので、たまには大ヒット商品を送り出してくるが、凡作というか「アレっ」と思う怪作も多い。まあ、そこが楽しみなのだ。今回の新商品の一つは復活商品らしい。「ごまあんぱん」と言われれば、確かに普通のアンパンではない。串団子に使われるごまだれみたいなものだろうか。

あれこれ考えながら食べてみたが、普通に胡麻の味・香りがするあんぱんだった。なぜこれが一度廃番になり、なぜ今回復活したのか、その辺りのドラマがわかればもっと楽しめそうだなあ、などと考えつつあっという間に完食した。確かに胡麻味の餡はうまいと思う。

怪作というべきなのだろう「カレースパ」の調理パンも同時に発売中だった。焼きそばパンの変形ということは見ただけでわかる。ただ、カレースパ自体がマイナーな存在のような気がするので、なんとも形容しがたいというか・・・。
去年発売されていた味噌ラーメンパンが予想以上に旨かった記憶がある。ひょっとしたらこれもイメージとは違う凄さがあるのかと期待してみた。セコマパンの尖り具合が発揮されていると思った。
結果は、やはり「怪作」だと思う。言葉のイメージ通りの味だが、スパイシー感はほぼない。まあ、セコマだし、こんなこともあるよと笑って済ませれば良い。「怪作」は怪作なりの楽しみ方がある。後悔したりしない。

それにしても4月という特殊な時期のせいか、新商品があれこれ登場していた。セコマ得意の山わさび風味のちくわパンは怪作的な新作だろう。ただ、食べてみれば思っていたほど山ワサビの鼻にツーンとくる感じはしない。ちょっと期待はずれかもしれない。
十種の野菜のカレーパンは、どんな野菜が入っているのだろうと思ったが、食べてみるとあまり野菜感が感じられない。ソースの中に野菜が溶け込んでいるのかと好意的に解釈することにした。これは「凡作」というところか。カレーパ好きには物足りない気がする。
クイニーアマンは、「言ったもの勝ち」という典型的な名前だけパターンで、クイニーアマンに似たようなもの、似せて作ったものとして寛容に受け入れるべきだ。ただ、甘いパンとしての仕上がりは抜群に良い。表面のカリカリしたキャラメラーゼが絶妙だ。また書いたいと思わせる仕上がりだった。だから、これは違うネーミングにすればもっと売れそうな気もする。洋菓子好きには逆効果なネーミングだから、その点が惜しい。
どのパンをまた買ってみたいかと言われれば、このクイニーアマンがダントツだ。

なんといえば良いのか、チープシックという言葉がよく似合うのがセコマのパンなのだが、やはり「怪しい新作」を試して、かつそれを許す度量が要求される。セコマファンは心が広くなければ続けられないようだ。
新作のアイスは抜群の出来だったが、その話はまた別の機会に。

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札幌駅高架下の名店

札幌駅高架下は細々とした商店が続く裏小路的な空間だ。その西のはずれにあるラーメン屋は、それなりの歴史のある名店だった。ここ最近は伝統的味噌ラーメンが食べたくなると、この店を訪れることが多い。味噌ラーメンといえば三越の向かいにある文具店ビルに店舗を構える「三平」が元祖らしく、そちらの味噌ラーメンも捨てがたいが近くて便利な方に足が向く。
個人的な嗜好であるのは間違いないのだが、豚骨系のコッテリスープは「味噌味」には合わないと思う。昔ながらのあまりコラーゲンの入っていないサラサラ系スープが味噌ラーメンには好ましい気がする。

見た目通りの味噌味のラーメンにホッとする。この店はチャーシューも売りらしいのだが、そこにあまりありがたみは感じない(失礼な客だと反省しつつ)。やはり麺とスープのバランスというか、中太よりやや細めのちぢれ麺がスープによく絡むのが旨さの原点だと思う。これこそが札幌ラーメンだろうと、自己満足的に納得する味だ。

ラーメン屋の品書きとはこうだったはずだと思わせるシンプルさ。味は味噌・醤油・塩の三種。麺の選択なし。茹で加減の選択なし。ただし、この品書きには載っていないがチャーハンがある。品書きの上に貼られた「大人気のチャーハン」と書いてある。どうも、ラーメン屋なのに炒飯の方が人気らしい。隣の客はラーメンと炒飯をセットで注文している。反対隣の客はチャーハンのみだ。
胃袋が二つあればなあ、とたまに思うが、まさにそんな状況で、ラーメンも炒飯も食べたいのだが胃袋の限界は理解している。次回は「チャーハン」にするかと悔し紛れに自己弁護する。でも、次回もまたラーメン頼んでしまうんだろうな。永遠に炒飯とは巡り会えない気がする。うまいラーメン屋特有のエレジーというべきか。

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札幌のごま蕎麦

蕎麦屋の楽しみの一つが、蕎麦を食べ終わった後に飲む蕎麦湯だと思う。その蕎麦湯を出してくる器、湯桶がその蕎麦屋のステータスを決めるとし信じている。店主のこだわりみたいなものだろうが、これがプラスチックの丸い筒みたいなやつだと、どんだけ美味い蕎麦を出しても個人的には失格扱いだ。2度と行かないとまでは言わないが、まちのなんでもある蕎麦屋認定をしておしまい。さすがに神田の老舗蕎麦屋ではそんな無様なことはないが、上野から浅草、深川あたりでは結構な数の店がプラ容器を使っている。縁のかけたどんぶりで蕎麦を出すようなものだとは思わないのだろうか。あくまで個人の嗜好の問題でありますが。札幌のお気に入りの蕎麦屋では、立派な湯桶に蕎麦湯がなみなみと入って出される。これが蕎麦屋の標準ではないか。

札幌では名前が知れた蕎麦屋の代表の店だが、その店にも店頭にサンプルが並べられている。ただ、このサンプルが全店同じではない。各店オリジナルのそばメニューがあるようで、時間があるときはこのサンプルをゆっくり眺めるのが楽しみだ。個人的な好みで言えば納豆そばなのだが、最近は人気がないようで、サンプルケースの端に押し込められていることが多い。伝統的な天ぷらそばよりさまざまなネタが載ってそばの方が人気筋のようだ。

入口の暖簾より前に消毒液が置かれているのが、まさに今風の世界を感じさせる。時代の変化は大袈裟なことではなく、こうした細々としたところに現れるものらしい。

胡麻そばとは高級なそばのことだとずっと思い込んでいた。どちらかというと茶そばのような蕎麦粉に練り込んだ蕎麦だから、高級蕎麦というより変わり蕎麦なのだろう。自分の舌が変化したのか、そばが変化したのかはわからないが、どうも最近は麺の太さがマシ、ツルッと啜るよりもっそりと噛むタイプに変わってきたような気がする。ただ、これはそばの吸引力が落ちたせいかも知れないので決めつけてはいけないが。50年も続いていれば蕎麦もツユも味が変わってしまうものだろう。
東京のお蕎麦とは違う、お蝦夷のお蕎麦として長く続いてもらいた。

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「4丁目」のあれこれ

渋谷といえばセンター街や道玄坂が代名詞になる。新宿と言えば歌舞伎町、銀座といえば三丁目の和光だったりする。札幌で繁華街の代名詞といえば、「4丁目」になるだろう。駅前通りが3丁目と4丁目の境界線だが、大通公園の南側、つまり南1丁目周辺を指して「4丁目」という。その4丁目の交差点、北東側に三越がある。全国の三越にあるらしいライオン像からマスクが外れた。コロナ感染拡大防止のお役目は終了し、火災予防を宣伝中だった。街角の風景から世相を見るとすれば、これは結構象徴的なモデルチェンジだと思った。

その三越の反対側にあった「4丁目プラザ」通称4プラが解体工事に入った。大袈裟にいえば、札幌の若者トレンドをひっパテきたファッション型雑居ビルで、これまた向かいにあるパルコと並び、街に来たらとりあえず覗く場所だった。ちなみに札幌市民の大多数は、4丁目界隈に買い物などに出かけることを「街にいく」と言っていた。今では、変わっているかもしれない。国鉄時代は汽車に乗ると言っていたが、今ではJRで行くみたいな言葉がわりもある。札幌駅も巨大繁華街になり、街へ行くでは大通りに行くのか札幌駅に行くのか区別がつかない。

その「街へ行く」時代から続いている店が、4丁目のハズレというか、5丁目にある。このコロナの荒波にも負けずよくぞ続いていてくれると言いたい。もはや創業以来半世紀を超える老舗ラーメン店だ。味は昔から変わらない気がする。知らないうちに調理場のメンバーも変わっているなと思ったのが、平成中期だった。
ガツンと化学調味料が効いた味噌ラーメンは、たまに無性に食べたくなる。醤油ラーメンに至っては、ススキノの宝龍とならぶ伝統芸的なものだ。今風の「濃厚」系ラーメンとは別物だが、味が濃いのが特徴で具材は少なめ。こういうラーメンで育った舌は、いわゆる関東の支那そばに馴染めない。今では全国豚骨濃厚ラーメン、鶏白湯泥理系ラーメンが主流なのでローカルさなど無くなっているが。

その隣にあるzaziもすでに50年近い歴史がある。札幌のオシャレ系喫茶の先頭集団にいたはずだが、そもそも喫茶店がほとんど消え去る時代になっても、いまだに頑固に営業中というか生存中だ。まだファミレスが少ない時代、喫茶店は街中にある「小粋な食べ物屋」として貴重だった。なぜかスパゲッティ(当時はパスタとは言っていない)よりも、カレーやピラフといったライスメニューが多かった記憶がある。今のシャレオツなカフェ飯とは随分異なっていた。喫茶店の具の少ないカレーは、それぞれの店でアレンジが異なっていて、店によって好みが分かれた。
4丁目界隈にあった「若者向け」の店はほとんどなくなり、生き残った店はジジイな常連がひっそりと生息しているらしい。今や、若者はどこに行っているのだろう。

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パルコにスシロー

吉祥寺でふと思いつき、回転寿司に行こうとネットで検索してみたら、スシローが見つかった。場所をよくよく確認してみるとパルコの中らしい。おやまあ、時代が変わったものだと感心してしまった。パルコの飲食店といえば、それなりにおしゃれなブランドだったような記憶があるが、そこに堂々と回転寿司が入る時代になったのだ。
パルコの飲食店は小降りの店がごちゃっと入っているイメージがあったので、スシローみたいな大箱店舗が入ったら他の店はどうなるのかも気になった。
そして最上階の飲食フロアーについてみると、なんとスシローしかない。パルコという商業ビルは、こういう変化をしてしまったのかと思い知らされた。
外食に限らずパルコの中では群雄割拠というか、小さな店が「わいがや」的に競い合っているというのが魅力だったと思う。いわゆる尖った店の集合体みたいなものか。それが、ワンフロアー独占の一強百弱な「勝ち組」が支配する世界になってしまったのだ。最近、時々こんな感じで時代の変化を思い知らされる。

みたいなことを入り口で感じてしまい、注文がおかしくなってしまった。最初にフライドポテトを頼んだのは、ちょっとした抵抗みたいなものだ。揚げたてであつあつのポテトを食べると、微妙な気分になる。うまいけど、悲しいみたいな感じだろうか。ちなみにケチャップが欲しかったのだが、レーンには回っていないし、パネルにケチャップがあっただろうか。

気を取り直し、キャンペーン中の蟹のほぐし身とウニの包みを注文した。まずまずのビジュアルで、こおすすめメニューとしては「アリ」だった。この海苔を巻かない海苔巻き?も、スシローメニューとしては、すっかり定着した感じがする。ただ、一口で食べるのがちょっと面倒くさいサイズだ。そこの改善はどうなっているのだろう。ネタ単体で勝負ではなく、アレンジメニューでバラエティーを作り出すのは、まさに創作だと思う。ただ、豪速球ではなくかなりスピードのゆるい変化球みたいな感じがする。

相変わらずの「魚レス」注文で、巻物主体のまま注文終わり。平日の昼下がり、店内がら空きだからのんびりできたが、週末だとファミリー客でいっぱいになるのだろう。
昔は7−8軒の和洋中レストランがひしめいていた空間で、スシローが単独でバラエティーを提供する時代かあ、などとため息をついてしまった。回転寿司でラーメンやうどんが注文できる時代だ。すでに回転寿司はファミリーレストラン化している。
最後に締めはアイスにしようかななどと考えていたのだから、もはや回転寿司は「デパートの大食堂」に近いところまで進化しているのだ(きっと)。

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パン屋のPOPが秀逸すぎる

吉祥寺のパン屋で思ったことだが、繁盛店はPOP作りがうまいということだ。「本日のおすすめ」的メニューが昼前に売り切れてしまうというのは、確かに人気店の証明だと思うが、それを目当てに来た客にとってはちょっと残念な気分になるはずだ。
そこを「工場で只今作っています」とあれば、つい尋ねてしまいたくなる。「何時に次はでてくるのかな?」
10分くらいであれば待ってみようかななどと考えてしまう。

POPの二重化というのも荒技だ。クリームパンの説明の上に、「とろける旨さ!」と追い打ちをかける。まさに言葉の力というものだ。ついふらふらと手が伸びる。いつものクリームパンのはずなのに、なぜか今日は特殊なクリームパンに見えてくる。

北海道ローカル名物であったちくわパンを、最近首都圏のあちこちで目にする。豆パンもすっかりポピュラーになってきた。北海道文化が広がったと言い張るつもりもないが、やはり研究熱心なパン屋さんは全国あちこちの「うまいパン」をさがしてくるのだろう。ただ、ちくわぱんがヘルシー扱いされるようになるとは、これまた東京的進化なのかもしれない。北海道では「小さいがこってりうまい」的な評価だったと思う。

全国どこでも人気のメロンパンをどう差別化するのかは、パン屋さんにとって大きな課題ではないか。メロンパン好きとしては、そこがいつも気になる。パン屋に入って最初に探すのはメロンパンだし、どの店でも売上人気ランキングではメロンパンがいつも上位にある。
こちらの店の推し文句は「GOLDリッチ」だが、意味がわかるようで実はよくわからない「不思議」ネーミングだ。実食した感想は、普通においしいメロンパンだった。それでも、買う気になったのは、この「何やら旨そう感」溢れるネーミングのせいだったので、パン屋さんの作戦勝ちだった。いまだに、何がGOLDで何がリッチなのかは理解できていないが。
この店が自宅近くにあれば、週一で通うのは間違いない。ただ、電車に乗ってバスを乗り継ぎ1時間という距離は、かなりつらいかなあ。吉祥寺に住みたい、と久しぶりに思わせてくれるパン屋でありました。