街を歩く, 小売外食業の理論

外食DX考察 居酒屋で考えたこと

自宅近くにあるチェーン居酒屋といえば、この店一択になる。すでに20年以上営業しているが、平成の居酒屋立地大移動時代の生き残り例だ。居酒屋各社が都心部、繁華街での出店が過当競争になり住宅立地に出店して、居酒屋ではなくファミレス化して三世代ファミリーを狙った時期があった。居酒屋各社の挑戦は大部分が失敗という結果だったが、それでも地域密着型として生き残った店もある。この店は、その稀有な生き残り事例になる。個人的には愛用させていただいている、ありがたいお店だ。
さて、三世代ファミリーとは祖父母、両親、孫を意味する。スポンサーは祖父母達で、メリットは孫と食事ができる。両親達は、無料で親孝行な食事ができる。孫達は、自分の好きなものを居酒屋特有の小ポーションで適当に頼めるのがメリット。参加する誰もがハッピーになるファミリーイベントだ。
特に、メンバーの誰もが自分の好きなものを注文できるスタイルが重要だった。たとえば全員で幕の内弁当を頼むと、中には一つや二つ嫌いなものが入っている。お子様ランチを頼むと、子供が嫌がるなど、メニューに伴うトラブルは多い。多人数飲食、それもファミリーだからおこる忖度なしのぶつかり合いだ。
それを解決してくれたのが、平成の居酒屋であり、回転寿司だった。和洋中がなんでもありのメニューで、それもシェアが必要ない個人向けポーション(盛りつけ量)というのが要点だった。
その三世代利用が広がるとともに、子供同伴でありながら居酒屋で酒を飲むことを忌避する雰囲気もなくなった。子供が酒席に参加することへの違和感・抵抗感が消えたのは、戦後文化史的には画期的なことであるような気がする。
自分も、その例に漏れず三世代飲食を楽しんだ。三世代飲食が普及していくとともに居酒屋メニューも進化を続け、メニューから骨のある魚料理が減少し、一口サイズの肉料理が増えた。デザート群も拡充していった。揚げ物とチーズ料理が増えた。それでも、その進化は夜需要が中心で、ランチに関しては比較的保守的だったはずだ。

ところが、アフターコロナでは居酒屋でもランチが主要業態になりつつあるらしい。ランチセットA/B/C +日替わり限定などという牧歌的時代はとうの昔た。今ではファミレスを遥かに超える和食系定食屋としてフルラインアップしている。
感覚的にはファミレスの500円日替わりランチよりお高い価格帯なのだが、定食屋の雄「大戸屋」よりは安めの設定だ。ご飯に味噌汁とおかずという定番ランチ3点セットみたいなもので考えると、これはなかなか魅力的な構成だろう。
ランチの時間帯に行くと、ほぼ満席で待ち時間ができるほどの混雑ぶりだった。コロナの最中とは全く状況が異なっているようだ。(自粛期間はランチなのに自分一人で客席独占みたいな時もあった)
客の大半は高齢者カップル(多分夫婦なのだろう)と女性グループで、男性ひとり客はほとんどいない。駐車場が必要ない立地なので、大多数の客が徒歩来店というのも特徴だった。

生姜焼きと唐揚げの日替わり定食

定食だから飯の量は多めだし、日替わりメニューはだいたいが高カロリー系なので、完食できるか微妙だなと思っていた。周りを見ていると日替わりを注文する客がいない。メニューの作り込みは本社だろうから、主力である都心部立地の店舗に合わせて作られているはずだ。それであれば男性サラリーマンを主客にしてのガツン系も不思議ではない。ただ、周りの注文で多かったのは小鉢御膳だった。

DXという視点で居酒屋業態を眺めてみれば、いろいろファミリーレストランと違うことが見えるのかなと思っていたが、この店ではコロナ前のオペレーションがそのままだった。
タブレット注文などの変化もなし。会計方法についてもキャッシュレスはクレジットカードまで。平成どころか昭和の時期と変わらないなあ、というのが正直な感想だった。大判の紙製メニューブックは確かに見やすい。商品の一覧性も高い。ただ、これで良いのか?という出遅れ感を感じてしまう。

すでにガストでは撤去が始まっているアクリル仕切り板だが、これもほぼ型式認定と言いたいくらいの小ぶりなものだった。そもそも空気感染(エアロゾル感染)に関しては全く効果がない仕切り版を押し付けたのは行政の過誤だから、型式認定にならざるを得ないだろう。仕切り板無し営業は許さないが、置いてあれば大きさは問わない的な行政対応をとやかく言っても仕方がない。
ほぼ満席の繁盛しているランチタイムを見て、昔に戻った、良かったねというのは容易い。ただ、この繁盛ぶりがどこから来ているのかは、もう少し見続ける必要がありそうだ。
ただ、この居酒屋も新宿にある店ではタブレット化されていたから、何もしていないということではない。たまたま住宅立地の店では、高齢者客が多いので、客の使い勝手や不平不満を考えタブレット化を遅らせているという解釈もできる。
明らかにタブレット注文の許容度は世代格差が出るので、紙のメニューで選び口頭で注文するという従来型スタイルが既存客離れを防ぐ効果はある。この点も全体対個店という視点を考慮しなければならないリアルだ。DX、デジタル対応の遅れは今後の主客層である若い世代の離反につながる。ただ、アフターコロナで高齢者に偏った客層を切り捨てることもできない。どちらかを選べないと、全てを失うことになるはずなのだが。何も変えずに化石化するか、何も変えないから高齢者を中心に固定支持者を確保するか、経営戦略としては一番の課題だろう。
最後に残った唐揚げを食べながら思った、今後の居酒屋の難しさだった。

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玄関でソロキャン 釜飯

米は軽量間違いで1合より1/3くらい多い

駅弁ランキングでは不動のトップクラス常連組「峠の釜飯」は、今でも益子焼の土鍋を使っている。最近ではエコなパルプ製容器に代わってはいるが、陶器の容器も健在らしい。昨年の暮れに近くのスーパーで行われた駅弁直売イベントで、手に入れた「峠の釜飯」土鍋で釜飯を作ってみようと思った。
この土鍋(土釜?)で釜飯は何度も作ったことがある。昔々、オートキャンプで遊んでいた時期には、車の中に積みっ放しにしていたくらいだ。ただ当時はガスコンロを使っていたのが、今回はソロキャン用のお道具を使ってのお試しだった。

お試し道具は二つあり、一つがアルコールストープ。100均で手に入れたもので、お値段は330円。中央部の穴の中にアルコールを注ぎ込み火をつける。極めて簡易というか、火をつけたら消えるまで放置という仕組みなので、火力調節はできない。
燃料用アルコールは薬局で売っている。アウトドア用白ガソリンなどより簡単に手に入る。これはサイフォンでコーヒーを入れる時のために買ったものだが、確か700円くらいと記憶している。

そのアルコールストーブの横に置く、組み立て式のゴトク。これも100均で買ってきたが、お値段は110円。ペラペラ感はあるが使い捨てでも良いと割り切れば問題ない。使ってみた結果として、複数回使用できるのは間違いない。100均各社でに似たようなものを売っているが、製造元を確認すると同じ会社になっている。微妙に形が違っているのも、100均各社の差別化にかける情熱なのか、製造会社の売り込みテクニックなのか、想像するだけでうずうずする。

炊き上がった時は蓋が持ち上がっていた コメが多すぎだった

アルコールストーブは風に弱いので、風覆いの板は必須条件だった。最初に風よけなしで試してみた。アルコール60cc程度を入れて10分ほど加熱したが、釜の中身は沸騰すらしなかった。
それではと、風よけ板を置いて再挑戦したら、炊き上がるまで順調に加熱できた。おそらくアルコールストーブと釜の底までの距離も重要で、もう少し近づけた方が良さそうだ。そうなるとアルコールストーブの下に、何か台になるようなものを置く必要がある。それは次回試してみることにしよう。
炊き上がった釜飯は動画に撮ったが、写真は撮り忘れてしまった。ごくごく普通の釜飯に見える仕上がりで、底にはおこげもできていた。廃物利用の土鍋と100均の道具で手軽にできた。ソロキャン料理としては、まずまずのものだと思う。
ソロキャンプ道具は大災害の被災に備えて、防災グッズ備品として考えても良いのかなとっている。家がなくなってもテントとシュラフがあれば寝ることはできる。ガスや水道、電気が止まっても、なんとかしばらく食べていくことはできそうだ。あとは、車の中に忘れずにトイレットペーパーとティッシュを余分に置いておく。これで、食う寝る出すの対応完了だ。
遊び道具の有効活用として考えてみると、ソロキャン道具もなかなか実用的だ。ただ、あまり防災道具として役立ってほしくはないけれど。

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仕出し弁当で思うこと

仕出し弁当を最後に食べたのは、もう何年も前になる。経験的に言えば、簡便な会議食として出されることが多かった。ばらつきはあるが年間50食以上食べていた時もある。それくらいランチョンミーティングなる昼休み返上での滅私奉公を強制されていたということだ。そうなると、いつもの同じ弁当だと飽きてしまうので、3−4社の仕出し弁当屋をヘビーローテーションして使うことになる。
その中で不人気な店は消されていくもので、結局、一年も経てば絞り込んだ一社の定番弁当のようになってしまうのだが……。
会議食以外となるとぐっと機会は減って、簡便な法事とか身内の冠婚葬祭の準備の時に使ったくらいだろうか。コロナが流行っている間は、会議はリモート、冠婚葬祭は中止みたいなものだから、社会環境的にここ3年ほど仕出し弁当を食べる機会など無くなっていた。
おまけに遠出をすることもめっきり減っていたから、車移動での旅先、仕事先でコンビニ弁当を掻きこむこともなくなっていて、弁当自体ここしばらく食べた記憶がない。なので、久しぶりに弁当を食べる楽しみを思い出した。

コンビニ弁当と違い、中身の見えない容器に入っている仕出し弁当の最大の楽しみは蓋を開ける時にある。食べて美味い美味いと思うのは、楽しみの2割くらいで、8割は蓋を開けた時の「グワっ」と迫ってくる飯とおかずのビジュアルにあると思っている。
だから、色気のないおかず、例えば全面茶色の唐揚げ弁当みたいのが出現すると、明らかに魅力度が低下する。とんかつ弁当も同じで、うまさをビジュアルで損をする典型だろう。和食、特に幕内弁当的な、形も彩りもちまちまと多様化しているものが一番の好物なのは、そのビジュアルにある。
懐石弁当と言われるジャンルでは、大きめの弁当箱におかずとおかずの隙間を生かした統合ビジュアルを設計しているが、折詰的幕の内弁当はその隙間がなくコンパクト設計なので、おかず自体の彩りが重要だ。結果的に、卵の黄色、豆などの緑、にんじんやトマトの赤が多用されるきらいはある。漬物としてはあまり冴えない桜漬けやしば漬けが多く使われれのも、安価な彩色アイテムということだろう。
しかし、こまごまと小難しいことは考えている場合ではなかった。まだ熱が残る天ぷらを茶塩で食べる。卵焼きと鮭は濃いめの味付けなので、それを肴にあさり飯を掻きこむ。合いの手に煮物を楽しむ。特に、筍のしゃりしゃりとした食感がうれしい。
レンジアップしたコンビニ弁当では味わえない「食べる楽しみ」だった。今だったら、美味い弁当を食べるために、つまらん会議も我慢できそうな気がする。あれほど飽き飽きしていたはずの仕出し弁当も、すっかり「お楽しみ」にしてしまうアフターコロナな今日この頃ではありますねえ。

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渋谷駅ダンジョン 危険地帯

年がら年中工事をしているという横浜駅が、何十年ぶりかで工事が終わっているらしいという記事を読んだのが、昨年末近くのネット記事だった。ご興味のある方は「横浜駅 工事」で検索すると、その辺りの詳細がたっぷり出てくる。
ただ、個人的な感想を言わせて貰えば、新宿駅と渋谷駅も永遠に工事が続く駅として指名されるべきだと思う。
新宿駅は南口開発から駅地下通路の再構成などで、主観的には20年以上工事が続いていた。コロナが始まってしばらく新宿に行かないでいたら、いつの間にかホーム地下の通路が全面的に変わっていて、ほとんど「お上りさん」状態になるという痛い経験もした。少なくとも、山手線を降りて東口に出るまでは、案内板を見ないでは生き方がわからなくなっていた。そしていまだに地下通路は工事の防護壁が備えられたままなので、相変わらずダンジョンを拡張する工事は続いているようだ。おそらく新宿駅完成形を、生きているうちにこの目で見ることはないと諦めている。
しかし、状況がもっとひどいのは渋谷駅だ。渋谷駅の再開発が始まったのは副都心線の乗り入れ工事だったと記憶している。東急東横線駅の解体、地下化工事が始まった辺りだから、もう10年近い。だが、その前も渋谷駅は国鉄からJRになった時期からあれやこれやの工事をずっと継続しているので、記憶の限界を通り越している。
メトロ副都心線の地下駅ができた直後、事故で地下鉄が止まったことがあった。その時に、何も知らないまま地下の最深層から地上まで歩かされたことがある。確か7階層分だった。全て歩きで、ほとんど山登り状態だ。今でも思い出すのが嫌な苦行を強いられたことから、副都心線はほぼ使ったことがない。使ったとしても渋谷駅では降りない。
地下深くまでモグラされるのは、新築の地下鉄駅では当たり前で、大江戸線の乗り継ぎ駅ではいつも難儀させられる。大江戸線乗り継ぎは、地下深くから地表までの垂直移動に加えて、地下通路をくねくね歩く水平移動も加わることが多い。設計者出てこいといつも思う。特に、JR新宿駅の南北にある大江戸線二駅は、使う気が起きないほどの酷さだ。
それにも増してすごいのが渋谷駅だと思う。メトロ駅の垂直移動が、最初の地獄だとすれば、二番目の地獄は京王井の頭線からJRへ移動する立体通路だろう。今は東急東横店の解体工事中ということもあり、まさに両サイドに立っている防護壁の中を右に左に持っていかれる。つい最近まで覚えていた通路は、完全に存在しなくなっていた。
そして、現在進行形で最悪なのがJR渋谷駅そのもので、南口から乗ろうと思ったら東口の南端まで歩かされた。そして、南口から入ると、またくねくね防護壁の迷路を駅の西口(山手線の外回りホーム)まで歩かされる。
JRの建築設計担当者には人の通行マネージメントという概念は存在しないと確信してしまった。
渋谷駅はホームの上部空間に鳩が迷い込み、あるいは巣くっていたので糞害注意の標識があった。さすがに、鳩も打ち続く駅周辺ビル工事にはビビったのか、あるいは渋谷駅ダンジョンで遭難したのか、最近見かけなくなった。ひょっとしたら開放空間に近い埼京線ホームに引っ越したのかもしれない。
近頃では方向感覚、空間認識に優れた鳩ですら嫌がる渋谷ダンジョンにやられてしまうジジババが大量発生している気がする。
渋谷駅前の横断歩道を渡れば1分で駅に入れたはずが、ふと魔が刺して立体通路を使ったために、渋谷駅内で遭難しそうになったオヤジの愚痴です。

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ドアを開けたら5分で昼飯終了

時間がない時の昼飯といえば、ファストフードに限る。某牛丼チェーンはうまい、はやい、安いと言っていた。「いた」と書いたのは、確かめてみると現在はうまい、やすい、はやいの順番にかわっているからだ。自分の記憶の中は20世紀に覚えたままになっていたということだ。これを刷り込みというか、認知の問題というべきか、それとも牛丼チェーンの努力が実になっていないということなのか、色々と問題点はある気もする。
個人的には、「安い、早い、うまい」ではないかなと思っているが、そこは大人の事情を理解して公式メッセージを覚えることにしていた。ただ、自慢ではないが20代は相当な牛丼ヘビーユーザーで、最近話題になった記名式丼をもらえるくらいには利用していた。もう、一生分食べたと思っていたくらいだ。だから、今でも年に何回かは禁断症状が出て牛丼を食べに行く。
ちなみに、業界的には牛丼の卒業年齢は30代後半だそうだ。それを遥かに通り越しても牛丼を愛好しているのだから、無礼の数々は勘弁してほしい。

いつ食べても満足してしまうのはバーガーマジックだ

時間がない時の昼飯の選択肢のもう一つが、日本最大のバーガーチェーンで、大体の駅前には牛丼屋かバーガー屋が存在している。時には、並んで建っている。そのときはどちらの店を使うか、並んでいる行列の人数で決める。
一時期は速さの牛丼と思っていたが、最近は注文の仕方にもよるがバーガーが早いことが多い。一つには牛丼屋がどんどんとメニューを増やし定食屋化しているからで、牛丼単体の提供速度は変わらないにしても、自分の前に注文した客のメニューによって提供時間が変わるらしいことだ。特に最近の「新しい店舗」ではカウンター受け取り方式になっているので、順番待ちが発生することもある。
逆にバーガー屋は一つずつ注文を受けて作るが、すでに完成している部品を組み立てる方式になったせいで、部品さえ在庫があれば提供時間は一定だ。セットを注文するとポテトが調理中だったりするので、多少遅れが出ることもある。だから、バーガーとドリンクだけにすれば提供時間は驚くほど早い。特に、中身がシンプルな「普通のバーガー」であれば、超速と言っても良い。
普通のバーガーのソースを照り焼きにして、レタスを乗せるだけのテリヤキバーガーも早い。(今回はそれを注文)
遅くなりがちなのは、中身が具沢山であるボリューム系のバーガーで、部品切れも発生しやすいから(経験的には)時間がかかるようだ。
それでも、注文してから5分で完食して店を出ることは十分可能なので、時間がないからテイクアウトで持って帰ってどこかで食べようなどと考えるより、注文の仕組みを理解して最短時間で手に入れ、最速で食べ切るのが5分間ランチの鉄則だと思う。
立ち食い蕎麦屋なみの早飯をランチと言って良いとも思わないけれど…………。
これでは食事 Food というより給餌 Feed に近いなと、いつもちょっぴりだけ後悔している。

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高田馬場の看板にみる現代社会

JR高田馬場駅のホームに立ってぼーっとしていた。以前にも描いた記憶があるが、駅のホームに立つ人向けの看板の話だ。原宿駅もこの手の看板が多いが、それはもうちょっとオシャレ系、アパレルや装飾品、ブランド品の「きれいな広告」が多い。
ところが、高田馬場の4連張りの広告は「漢字」主体、画像イメージなしの超硬派なもので、確かに進学塾らしい真面目な看板だなと思ってしまう。ところがよくよく眺めると、敦子知に読めない漢字が書かれてあり、それが簡体略字であることから大陸から来た中国人向けの広告であることがわかる。学校名だけ見ると、納得の進学塾っぽい名前なのだが。しかし、中国人向けの進学塾(日本語学校ではない)というあたりが、世相を表していると思う。そして、高田馬場駅に4連張りで広告があるということは、この辺りに大陸系中国人の大コミューンがあるのだろうなとも気がつく。隣の駅の新大久保がコリアンタウンとなっていたことを考えると、高田馬場と池袋の間あたりにチャイナタウン、住宅密集型があるのだろうかと想像してしまった。中韓混在地域は想像しずらいし。しかし、連絡先が携帯ナンバーというのは、これまたびっくりだ。時代は変わっているという実感がする。

その進学塾看板の横には真っ白な空白部分があり(広告主不在というか、売れ残っているというか)、これまた漢字だらけの看板があった。こっちは何の広告かと思ったら、どうやら普通の日本語が書いてあり、日本人向けの看板だった。お墓ではなく納骨堂というあたりが都会っぽい。お墓の広告であれば、終活に入った高齢者向けだろうと思うが(自分でお墓を準備するため)、納骨堂となればそれなりに若い人向けだろう。急に親が逝ってしまったりすると墓の用意もすぐにはできないみたいなことだろうか。
未来に向けての進学塾と、終わってしまった人生の整理の広告が並んで立っている。何とも今の日本を表す光景のような気がする。日本人にとっては黄昏の時代ということなのだろうかと、かなり暗い気分になって山手線の電車に乗った。

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外食DX考察 ガスト

ありがたいことに、いくつものファミレスや居酒屋チェーン店が自宅から徒歩圏にある。便利な割にあまり行かないのは、いつでも行けるという安心感が逆に働いているせいだろうか。コロナ感染の2年間、ほとんどファミレスに行っていないのは、感染対策ができていないなどというネガティブな発想からではない。こと感染対策に関して言えば、いい加減な政府の指示より数段上の対応をしていると思っている。単純に外出の機会が減り、車を運転しなくなり、といった要因からだ。
ただ、頻繁にテイクアウトで買ってきて食べるというほど、ファミレスを含めた外食各社の対応、商品を評価していないというのも確かだ。個人的には、外食各社のテイクアウト対応は「ひどいレベル」の一言に尽きると思っている。普通に調理した商品をそのままプラスチック容器に入れて、テイクアウト商品ですと提供しているだけだ。これでは、商売を舐めていると言いたくなる。

そういう一般論はさておき、ファミレス業界最大手の一角を占める「ガスト」は、アフターコロナを見据えた業務改革が進んでいるように見える。DXという視点で言えば、ガスト(すかいらーくグループ)が業界内で最も先進的ではないかと思う。
アフターコロナの対応として、店舗運営のDXを薦めるポイントは三つだろう。一つ目は「非接触」の推進。二つ目は「省人化」。三つ目が「キャッシュレス」。そして、事業領域の複層化として「テイクアウト専業」が目標になる。
レストランで重要な要素「コミュニケーション」については、別に論じるべきだろう。この話を蒸し返すと永遠の哲学議論になりそうな気がする。
まずDX第一歩として「注文」の部分をタブレット化することは、ガストが先行している。他のファミレスではまだ導入されていない。従来型の紙メニューブック、従業員が注文を取る方式が全盛だ。タブレット導入で先行した居酒屋、回転寿司も、タブレットの仕組みについては何度も改善を繰り返している。
人が注文を取る仕組みでは、「人」が吸収していた目に見えない問題が、タブレット注文では露骨に現れる。システム改修が数段階で繰り返される。システム改善は必然に発生する作業なのだが、それには時間も金もかかる。そして、改善に取り掛かるには店舗内での検証と試行錯誤が欠かせない。
その点で、ファミレス業界では検証作業が進められているのがガストだけとなる。他のファミレスはこのままで大丈夫か? と聴きたくなるくらいだ。

ただ、ガストも紙メニューの完全撤廃には至っていない。やはりメニューの一覧性であったり、うまそうな写真が与えるイメージやインパクトなどタブレットの弱点解消もまだ検証途上ということだろう。紙製のメニューを見ると、「ハンバーガー」推しで行こうと考えていることはわかる。ただ、この一覧性を生かしたメッセージ発信がタブレットでは難しい部分だ。

非接触・省人化を合わせた解決策が配膳ロボットの導入で、これもガストが先行している。ただ、テーブルに置かれている、この「ロボットの説明書」はもう少しなんとかならないものだろうか。まさに実験段階の「やっつけ作業」的説明書でしかない。ダメな家電製品マニュアルに似ているな、と笑ってしまった。日本語は間違っていないようなので、外国企業に外注して作業をしているということもなさそうだ。

たまたま注文した朝食は人間が持ってきてくれた。卵とトーストの朝食としては、ガストが一番低価格だと思う。オプションでソーセージとベーコンをつけることもできるが、このシンプルな朝食が望ましい。郊外型喫茶店と比べても十分戦闘力がある。ただ、問題は開店時間が9時というところで、朝食帯としては遅すぎという懸念がある。9時から朝食というのは、週末ならブランチとしてアリになるが、平日だとサラリーマンの朝飯としては無理がある。9時から朝食を取るというのは、ちょっと変わった職種の習慣のような気がする。

アフターコロナの感染症対策で、政府のいい加減で科学的ではない指導を、どう実現させるかは難しい課題だ。(笑)
ところが、その非科学的対応をしなければ補助金がもらえない。 だから、今のレストランでは混乱が起きている。政府の指示より、もっと顧客を安心させる科学的な検証を経た対策を各社が望んでいるのも確かだろう。しかし、多額の設備投資が必要な強制換気の改善には及び腰な企業も多い。
その点、ガスト(すかいらーく)は店の入り口の一番目立つところに「換気」の話を取り上げている。マスク会食よりも換気というのが、大事なポイントだろう。ここに黙食とかけないのが、ファミレスの辛いところだ。一人飯はファストフードではありにしても、ファミレスでは推奨しずらい。

アフターコロナというか、コロナ拡大中の客数対策として始まった「客席のオフィス化」がこの先どう進展するのか楽しみだが、少なくとも電源確保と無料Wi-Fi整備は、業界大手ガストとマクドナルドが断然先行している。
レストランといいう空間が、食事をするだけではなく多目的に使用される時代が本当に来るのか、それがテイクアウトの事業化と合わせてこの一年の課題だと思うのだが、そこはまだ混沌としているようだ。
ただ、こと朝食時間帯に関して考えると、ガストが一番使い勝手が良さそうに感じる。朝食のうまい不味いではなく、店内の明るさ、BGM、電源、Wi-Fiなど環境が仕事向きだからだ。レストランを選ぶ要素が、アフターコロナでは「食もの一択」ではなく「すごしやすさと環境整備」に複雑化するという見本ではないだろうか。
ちなみに、コーヒーだけで言えばデニーズが好みだが、仕事をするならガストの窓際席、のんびり本を読む考え事をするのであればロイヤルホストの奥の席、みたいな使い分けもできる。 
意外と使いにくいのが郊外型喫茶店で、テーブルの広さや店内の明るさなど、喫茶店らしい落ち着きのある空間が、仕事・作業をするのには向いていない。
DXで先行しているガストの実験がいつ検証されるか、業界としては見ていく必要があるだろう。    

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外食DX考察 デニーズ

デニーズはアメリカンで小洒落た朝食の店という思い込みがある。お江戸に出てきた頃、北海道には存在しなかった「シャレオツでカジュアル」なレストランという刷り込みがされてしまった。すかいらーくよりはデニーズだよな、などとなんの疑いもなく思い込んでいた。そのデニーズがラーメンやら、マグロ丼やらを置くようになり、すっかり足が遠のいてしまった。業界知識もそこそこあるので、業績の浮き沈みに合わせて経営トップが交代し、その度にメニューから商品提供方法までガラッと変わるのが特徴の会社でもある。ビジネスの連続性と言う意味で外食としては異色なブランドだと言う認識があり、多少批判的になっていたたこともある。ただ、ロイヤルホストがホテルで食べる洋食だとすれば、デニーズはなんでもありの大衆食堂ではなく、カジュアルなレストランというイメージがあるので、大衆食堂化は残念だったのだ。
それでも、アメリカンな朝食はデニーズという「イメージ」が自分の中では固定化されている。確かに卵の料理法をあれこれ頼めるのはデニーズだ。サニーサイドアップではなくターンオーバーでと頼めるのは、ここしかない。(まあ、ロイヤルでもたのめばやってくれるとは思うが…………)

久しぶりにわざわざデニーズに朝食を食べに行った。メニューブックを見て、ああ、昔に戻ったのだなと思った。グランドメニューと朝食メニューが一冊になっていたからだ。要するに、メニューブックは全時間、起きっぱなしになり、時間帯によってメニューブックが変えられることもないということだ。これは従業員に対する負荷が下がる。オペレーションの改善だ。だが、客から見ると昼しか提供していないメニュー、朝食の専用メニュー、そして朝食時間帯には提供されないであろう定番メニューが混在した情報となっている。簡単に言えば、見るのが面倒臭い。いらない情報が多い、となる。
これがデニーズ式のアフターコロナ対応なのかと、いささか残念になった。メニューブックが一冊になった以外には、店内に何も変化がない。アクリル板の間仕切りはある。各テーブルに電源コンセントは設置された。しかし、セブン&iグループ全体で無料wifiサービス 7スポットを停止したので、wifi接続はやたら面倒くさい手続きが必要になった。一言で言えば、デニーズはアフターコロナ対応でサービス低下を起こしているということになる。
注文用にタブレットを置かないというのは、それなりの理屈があるのだろう。7グループの一員だから、情報投資をケチっているとも考えにくい。注文は従業員が取りに行くというスタイルを重要視しているのかもしれない。ただ、その従来のスタイルを守るということと、今の客が求めているものとのチグハグさが感じられる。

メニューブックの中身がどう変わっているのかは、運営方法に対する興味とは全く違うので、ここでは語らない。ただ、大きな方向感としてハンバーグを主力に野菜とバランスの取れた食事に戻るようだ。また、和食や丼に偏りすぎた商品を洋食寄りに戻していくつもりらしい。多少なりとも変化する意思は感じられる。ただ、それだけで、現在の価格帯(ファミレス業界では高め)を正当化できるほどオペレーションが磨き込まれているか。そのあたりが成否の鍵だろう。
対顧客でのDXは感じられない。ちょうどテイクアウトメニュー(冷凍調理品)の販売が始まっていたが、店内のどこを探してもその手の表示・展示が見当たらない。(メニューブックの中には書いてあるが)物販をやる気があるのか、販売ノウハウが足りないのか、その辺りも今後の確認事項だろう。

コロナ拡大が始まった2年前は、ちょうど禁煙対策が法的に強制された時期にあたる。その前の中途半端な分煙設備が取り除かれないままだった。つまり開口部があり喫煙室側から煙がダダ漏れの分離壁がそのまま残っている。これを見て思い出した。禁煙席にいながら流れ出してくるタバコの煙で臭いのが嫌で、デニーズに行かなくなったのだ。改めて見ると分離壁の横にポスターが掲示してある。なんだか分離壁にへばりついた変な位置だなと思ったが、よくよく見ると分理壁設置前は壁の中央位置にあったのだろう。そのポスターを撤去もせずに「壁」を作った後も、ポスターの位置を直しもしないで貼りっぱなしにしていたということらしい。
そして、2年前に完全禁煙にした後でも、分離壁は撤去もされず残したまま。ビフォー・アフター比べてみても、なんということでしょうだ。おそらく店内に分離壁を設置するときに本社の施工部門担当者が、図面だけ見て場所を決めたのだろう。そして設置工事前、後の現場確認作業をしていない。だから、ポスターの位置のおかしさに気がつかない。店長やスーパーバイザーもこの店内調度のおかしさに気がつかないか、あるいは本社のやっていることだから文句はつけないようにしようなのか。どちらにしても、「変な店」が残っているのは確かなことだ。
なんだか、デニーズのアフターコロナは前途多難のような気がしてきた。普通の店を普通に運営することからやり直さなければいけない。これは相当にハードルが高い「業務改革」だろう。現場が疲弊しているのも確かだろうし、現場を見ない習慣ができているのも恐ろしい。

卵にトーストという「当たり前の朝食」が、当たり前に出てきて、普通に美味しいのはやはりレストランとして重要なことだ。今回も美味しい朝食だった。卵の出来はさすがだ。
今の朝食時間帯のデニーズは、なかなか仕事をするのに居心地の良い空間であることは間違いない。ただ、もう少し客が戻ってきて活気がある店になった方が、「食事空間」としての居心地が良くなりそうな気がする。それはDXとは無縁の良いオペレーションがもたらすものなのではないか。

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沖縄的シニカルさに乾杯

銀座の端っこというのが正しいかどうか。沖縄のアンテナショップのある界隈は、各県のアンテナショップが集まっているプチ租界的な感じがある。その中でも、やはり風格があるというか王者の気配を見せているのが、このシーサーにまもられている「わした館」だろう。
5世紀あたりから始まった大和朝による日本統合戦争には関わりなく、中近世まで独立王国を保っていた琉球王国の守り神も、こうしてみるとずいぶん愛嬌がある。古代日本を舞台にした八咫烏対シーサーみたいなファンターがあれば面白いのになあ、などと妄想してしまう。それくらい、日本離れした「生き物?」だと思うのだが。

そのわした館の地下に、ゴージャスな泡盛売り場がある。東京ではここが一番泡盛の品揃えが多い場所ではないか。沖縄本島、離島を含めた沖縄各地の地泡盛?がこれでもかと並んでいる。独特の匂いがある泡盛は、人によって好みがあるようだが、自分のお気に入りは石垣島の「八重泉」だ。これがイチオシで、二番はない。
たまたま推理小説を読んでいたら、主人公の探偵が八重泉を愛飲していると書かれてあり、興味本位で一本試し買いしてみた。それ以来、ずっと八重泉にハマっている。石垣島まで買い出しに行ったこともある。
ただ、百貨店の酒売り場程度では置かれていることは少ない。かなり品揃えにこだわりのある本格酒屋でたまに見つけることがあるくらいだ。だから、銀座に来て荷物が少ない時は、わした館でこの酒を仕入れることにしている。
この時も八重泉を見つけ、一本手に取ろうとしたら、このPOPが目に飛び込んできた。
世の大多数の酒飲みは、この一言に心が動揺するだろう。「いや、俺の場合はそんなにひどくないはずだ、いやいや、そんなはずはないだろう。まあ、言い切る自信はないけど、ない、と信じたい。ないはず、だろうなあ……………、でももし、ダメだったとしたら、すまん、許してほしい」
なんとなく、こういう弁明とも言い訳ともつかない「心の中の独り言」が聞こえてきそうだ。
それとも「八重泉」には、何か特殊な成分が入っていて、こういう残念な人に変わってしまうのだろうか。うーん、いかにもいかにも……………微妙だ。

「初心者注意」というのも親切そうで、これまたずいぶんな言い分に聞こえる。それでも与那国島の泡盛と比べれば、まだずいぶん度数が低い。マイルド級だ。与那国の泡盛は、アルコール度数がとてつもなく高いので火がつく。危険物なので飛行機の機内持ち込みに制限がある。
一口試して、これは「並」の人間が飲める代物ではないと学習したものだ。だから、この度数くらいであれば、まだまだ人の飲み物と我慢できそうな気がする。
それよりも気になるのが、隣の「無礼講なんて・・・」という言葉だ。これは社会階層的に下層で虐げられているものの、心の叫びだろう。サラリーマンで言えば、ベテラン課長にいじられる新人ヒラ社員的な、会社カーストの最低に生息するものの叫びに聞こえる。
テレビドラマの中だけにしかいないと馬鹿にしていた、「俺の酒が飲めないのか?!」と迫る上司に初めて出会った時は、世の中には人外の化け物が本当にいるのだと思った。歳をとったらこうなりたくないという「ダメ人間」の実例を見たのもそれが初めてだった。人として尊敬に値しないどころか、その存在が悪だろうと学んだのもその時だった。今、振り返ってみれば、絶対にこいつより偉くなって正しい生き方を指導矯正してやろうと思わせてくれた、ある意味人生の恩人で反面教師だったような気もする。
どうも、泡盛を愛する沖縄人にも、同じような苦汁を味わった人がいるのだろうなあと、ほろ苦い仲間意識を持ってしまった。そんな時は、シークワーサー果汁を入れた「八重泉」で、ほろほろ酔うのが良さそうだ。

街を歩く

土産物で考察したこと 2

10年以上前から不思議だったのだが、なぜか北海道土産の準定番に「おかき」が入ってきている。生チョコレートとかポテトスナックであれば、とりあえず北海道ものとして納得できる。しかし、米菓子がなぜ?とずっと思っていた。仕事の資料を調べていて、ようやく気がついた。
北海道は今や日本の米の主産地になっている。昔は味は不味いが量だけたくさん採れるみたいな評価だったが、温暖化の影響なのか西日本の米の食味が落ち、北海道では新品種の投入も続き「質」「味」「量」の三拍子が揃った米の名産地になっている。ところが、そのうまい米が売れ残っているのも現状の課題らしい。
おそらくその辺りの「大人の事情」で、米菓子を北海道観光名物・土産物に仕立てようという陰謀?があるのだと推理した。当たっているかどうかは想像にお任せする。
先行して発売された名物おかきは、「エビ」「カニ」「ホタテ」などの海産物フレーバーだった。冷静に考えればスーパーで買うと100円程度の量しか入っていないおかきが500−600円という「観光地価格」で売られている。そこに付加価値、納得感を与えるには北海道限定感を出すしかないだろう。
北海道といえば・・・と連想ゲームをして、その中でもお高い物を選ぶ必要がある。ステロタイプなものは既に出尽くしているようだ。前述のカニ・ホタテ・エビは当然として、味噌ラーメン、ジンギスカンなどの料理や、コーン、ポテト、カボチャなど変わり種もどんどん登場して、どんどんいなくなっていく。ほとんどアイデア合戦というしかない。
そんな競争の果てに出てきた究極な感じがする「極め物」を見つけた。「北海道昆布おかき」「北海道チーズおかき」だ。大事なのは「北海道」という枕詞だろう。つまり、この「北海道」をとれば、全国どこで売っていてもおかしくない「普通」のものになる。
おまけにどちらも国産米100%使用としている。ところが北海道産米とは入っていない。ちなみにおかきや煎餅の原材料である米は、安価な輸入米が使われることがほとんどなので、国産米使用というのはそれなりに評価できる。しかし、北海道米を使わなければ、北海道米問題の解決にはならないのではと気になるところだ。
昆布は北海道産らしいが、北海道以外で昆布が取れるところはあるのだろうか、というささやかな疑問も浮かぶ。東北地方北部のどこかでとれているのかもしれない。鮭は日本海側では新潟県、太平洋側では茨城県北部までとれるから、昆布もどこかで採れているのではないか。あるいはロシア産昆布とか中国産昆布があるのかもしれない。羅臼昆布は名産だが、ちょいと海を越えた対岸の国後島でも当然ながら昆布は取れるだろう。ロシア人が昆布を好んで食べるかどうかは知らないが、蟹と一緒に送られてくるのかもしれない。勉強が足りていないのであくまで憶測だ。
チーズも、北海道産チーズなのかどうか、表記上はわからない。北海道は国産チーズの拠点であるのは確かで、三大乳業メーカーも大きなチーズ工場を北海道各地に持っている。北海道産チーズであることを否定できないのだが、確かめようもない。
そんなことをあれこれと考えてしまった。
店頭で山積みにされていたから人気商品なのだと思う。土産に買うので、なにも考えずに買ってしまった。その人気の土産物の裏側に、宣伝広告やら社会問題やら生産調整問題などがたっぷり詰まっているらしいことを想像して、帰りの機内でなんだかなあと思いながら飲んだコーヒーは、かなりほろ苦いものでありました。