街を歩く

岡山イオンの街づくり考察

レストラン街で異色のスイーツ専門店があった クリームソーダが目を引く

岡山のイオンは駅前に大型店を建てるという、イオンの新出店戦略の一号店だったはずだ。一度視察に来てみたいと思っていたが、間にコロナが起こりずいぶんと時間が経ってしまった。
イオンも含め、ショッピングモール開店時のテナント構成は意外と当てにならない。ゾーニングも含めて、開店して2-3年経ったくらいからその店特有の配置が完了すると考えても良さそうだ。
デベロッパー側は新規性の高いテナントを入れたがる。新規テナントは売り上げの予測も立てられないまま、いわばみずてんで開店を決める。そして、早ければ半年で退店していく。そこを狙っているわけでもないのだろうが、2件目や3件目で入居してくるテナントは、他のモールでもしっかりと実績のある実力派だ。
だから、新規開店時に無理な条件で出店はしないが、閉店跡地への出店依頼があると「やれやれ、そろそろうちの出番だな」ということで、好条件を代償に出店をする。
だから、3年もすると各フロアーごとに出退店が完了して、安定期に入っているとみて良い。
その時期のテナント構成が、いわば定石布陣にあたるとみている。開店景気も終わり、その街で生き残れるかどうか、モールの実力が現れる時期だ。

レストラン街の中庭 は素晴らしいが冬には寒すぎるかも

そんなことを考えながらゆっくりと各フロアーを回ってみた。相変わらずレストランは店舗を詰め込みすぎで、どの店も席数が足りない。これでは、ピーク時に売り上げが取りきれないので人気店には条件が悪すぎる。ただ、不人気店では人気店が満員のため溢れ出すおこぼれが回るのでそこそこ売れるのだが。
どうもイオン側、つまりデベロッパーの認識、特に新規開店時の発想がいまだにバブル期的な残滓が多いように思う。テナントと共存共栄を図りたいのであれば、レストラン出店数を抑えて個店での席数を増やし、生存性を高めた方が得策だと思うのだが………

結局、一年程度で閉店に追い込まれ、そこに老舗ブランドばかりが出店すると、レストラン街が全国一律のテナント構成になるのは見え見えだ。ただ、その過当競争の中から次の世代の強者、生き残りグループが生まれるのかもしれない。丸亀製麺も、そうしたイオンの試練に立ち向かい勝ち残った強者だ。
パルコでスシローがワンフロア独占する時代なので、デベロッパーもテナントミックスに関して迷走中なのは間違いない。案外、イオン的スパルタ環境が好みのブランドも出現しそうだが、そんな店の店長は「どM体質」が要求されそうで、それはそれでいかがなものかなあ、などと屋上にある人工庭園で考えていた。
ここで弁当を食べると結構優雅な気分になりそうで、レストラン街に対して最強の敵かもしれない。

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大阪みやげ

新大阪駅で見つけた、大阪とは全く関係のなさそうなスナック菓子だが、これには魔性の魅力がある。だいぶ昔にはやったチョコボールの中に非ギャが入っているものも、うっかり一個買ってしまってから泥沼にハマった記憶がある。
なので、この菓子は開封しないでこのまま封印することにした。確か売場でも大人買い禁止みたいなことが書いてあり販売個数制限がかかっていた。新大阪駅以外でも売っているのは間違いないだろうが、それを確かめてはいけないと思う。禁断の菓子だ。

大阪名物とは全く思わないが、トラジマとお好み焼き味のせんべいはイメージしやすい。これはすぐに開封して食べてみた。お好み焼きだと言われれば、まあ、そうかなあという味で、パチモンとは言わないが胡散臭い味がするのは確かだ。ある意味、本当に大阪らしいのかもしれない。

一番大阪的なノリかなあと思ったのがこれで、千日前にある老舗洋食屋とのコラボらしい。確かにあそこのカレーは日本でも一二を争う独創性があるとは思うが、それがピーナッツと淡さてもねえ、と思ってしまう。
それより、あの名物女将の写真は使えないのかなあ。店頭には等身大の立て看板もあったはずだが。コロナの間に引退してしまったのだろうか、そちらの方がよほど気になる。
よくよく考えれば、大阪名物土産というと蓬莱の豚まんが絶対定番だろう。あとは、時間があれば阪神百貨店のイカ焼きかあ。個人的には、日本一巨大な田舎町という印象がある大阪なので、土産なんか買わないで、現地で楽しんで帰るのが一番正しい大阪の使い方みたいな気もする。街全体がアミューズメント施設で、街歩く人全員がキャストと思えば、日本最大のテーマパークとも言えるなあ。

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困った集団が集まる神社で思うこと

美作国一ノ宮は津山市のハズレの方にあった。静かな境内でお参りする人もまばらだったが、なぜか鳥居の前に屯する高齢者集団がいた。境内の中に入ってこないで、鳥居の下を集合場所にしているらしい。
この神社には鳥居の前に四台ほどの駐車場があり、鳥居脇の坂道を登ったところに三十台くらい停められそうな広い駐車場がある。たまたま鳥居前の駐車場に車を停められたのだが、それが後の災いのもとだった。
なぜか一番端の車の前に二重駐車する怪しい男がいて、その鳥居前の集団とは顔見知りらしく、車を止めてから集団での会話に加わっていた。

拝殿に向かい参拝を済ませたが、境内には他の人影は見られない。静かなものだった。

この神社は国道を離れた細い川沿いの道をたどってくる。ちょいと不便な場所なのだが、津山は岡山から鳥取方面に抜ける中国山地を縦断する街道にあり、古代より続く重要地だった。当然、神社のある周辺は往時の要衝というべき場所だったのだろう。川筋に神社があるというのは水運も盛んだったのかもしれない。
などど考えながら帰ろうとした時、駐車場の前に来ると怪しい光景が目に入った。四台しか停められない場所に、なぜか全台前方を塞ぐ形で二重駐車している。明らかに作為的であり、鳥居前に屯っている大集団(その時には人数が倍以上に増えていた)が、仲間の車だと思い込んで二重駐車を決めているらしいとわかった。


あまりの仕打ちに車に乗りエンジンをかけ、盛大にクラクションを鳴らしてやろうかと思った。ただ、それでは周りの住民に迷惑がかかる。目の前に二重駐車しているのは姫路ナンバーだったので、鳥居前に屯っている馬鹿者集団の前に行って、「姫路ナンバーで駐車している方いますか。車が出せないので移動してください。」と紳士的に声をかける。すると高齢女性が渋々といった形で車を移動させ始めたが、その移動が中途半端だ。移動の距離が不十分なため自分の車を前に出せない。車を降りてもっと下げろと言いにいくのも業腹なの、窓越しに睨みつけたら渋々3mほど車を下げた。


人が集団になると、一斉にクズ化する現象を目の当たりにしたのだ。それが都会の街中の少年ではなく、神社の鳥居前で大声で会話するジジババなのだ。世も末だと思った。こいつらはいったい何を考えて、いや何も考えずにただただ歳をとったのだなあ。薄ぼんやりそんなことを考えながら、細い道を運転していた。
人生の先輩たる団塊の世代は、最後の最後まで何も生み出さないまま「生存本能」だけで生きているのかと、暗澹たる思いになった。美作国一ノ宮はそんな輩に呪われているのかもしれない。祭神様の御霊が健やかであられますことをお祈りいたします。

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久礼の町で寿司を買う

高知県中土佐町は海沿いの港町久礼と内陸の大野見が合併した町で、海と山の産物がどちらも豊富だ。港町としてはカツオが有名で、山で採れるものといえば大野見米ということになるらしい。JR土讃線で高知駅から特急で1時間弱かかる。特急が止まるが無人駅だ。その駅のホームに新キャラらしい「悪ガキ風のボウズ?」が立っていた。どうみても昭和中期のイタズラ小僧にしか見えない。うーん、なんだろうなあ、この既視感は………

さて、久礼の町、一番の名物は大正町市場という小さなアーケード商店街で、休日ともなると人がひしめきあう人気スポットだ。そのアーケードの屋台というか、路上に置いたテーブルの上で高知名物、田舎寿司?を売っていた。
おばちゃん二人で元気よく営業活動していたが、そのおばちゃんに寿司買ってかないかと呼び止められ、まんまと寿司を買う羽目になった。高知の田舎寿司は、握り寿司だけれど魚は乗っていない。卵焼きや野菜の漬物などが魚の切り身の代わりに乗っているのだが、実はこれが大好物なのだ。だから、呼び止められなくても気がつけば買っていたはずだ。海苔巻きも美味そうだなと思ったら、あっという間に追加注文させられていた。
ノンアルビールが売っているのが、いかにも港町らしいというか、細かい心配り(笑)というものだろう。

しかし、こんな値段で売って儲かるのかと心配になる。世間では食料品の値上げが止まらないのに、このおばちゃんたちの売る寿司の値段は令和どころか昭和の値段ではないか。週末を挟んだ4日間の営業ということだったが、またきた時にはまずこのおばちゃんたちの店に立ち寄ることにしよう。

寿司を二箱買った後で、なんと米も買わないかと持ちかけられた。高知の米はもっちりとして甘い。そして特有の匂いというか香りがあるようだ。東日本では主流のコシヒカリ系統とはだいぶ味が違う。
この米の味覚に関しては地域の好みが強く出る。旅館の朝飯などでは地元米が使われていることが多いが、客が遠方から来ている場合はちょっと違和感を感じる時もあるだろう。
個人的な経験で言えば、南方に行けば行くほど東国の米と味が異なってくる。関西あたりから少し違いを感じるようだ。中国四国では差がはっきりとわかり始める。九州になると、ほぼ異国の米的な感じがしてくるし、沖縄の米はすでに東南アジアの仲間入りで台湾の米の味と近い感じがする。
その味違いの米を土産に持って帰ると、明らかに自宅でヒト騒動が起きそうだし、おまけに持ち運ぶには重いので丁寧にお断りした。田舎寿司を食べていて、米の味の差を感じたことはないから、酢飯にすると違いはほとんどわからないくなるとは思うのだけれど。
ただ、大正町市場で魚だけではなく、寿司を売ってくれるのは個人的にすごくありがたい。このおばちゃん二人の店が長く続きますように。

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岡山アーケード そぞろ歩き

昔からある城下町では、鉄道の駅とお城近くの繁華街が離れていることが多い。岡山も新幹線が通る大幹線駅なのだが、お城から駅はかなり離れている。お城と駅を結ぶのが路面電車で、これを使ってお城近くまで行った。百貨店を中心としてアーケードが続く岡山の繁華街だが、残念なことにシャッターが閉まった店もかなりある。中心部の衰退は全国土の街で起こっていることだが、岡山も例外とはいえないようだ。このアーケード街が再生することは、おそらくない。そのうちにぽつりぽつりと店が消え駐車場に変わるようになる。そうなるとアーケードは一気に荒廃が始まる。そんな街をあちこちで見てきた。

おそらく、その引き金を引いたのは自動車移動中心の生活が始まったことで、それに商店街の対応が遅れたことだ。そして、決着をつけたのが駅前にできた大規模人工都市であるショッピングモールだ。
このショッピングモール対繁華街の戦いは、都市の新陳代謝と見ることもできる。しかし、都市再生というにはほどとおり。ただただ、旧繁華街で起こっているのは、自分たちの街の新陳代謝を起こせずにゆっくりと老衰しているという現実だろう。
その衰えゆく街並みの中で、いやいや、俺たちはまだ負けませんぜというような元気のある看板を見ると、他人様の街でありながらホッとする。例えばこの「漆器雑貨」と書かれた看板の力強さがたまらない。
今の時代に漆器の専門店を続けていることもすごいが、城下町の時代にはさぞかし名門の老舗だったのではないか。漆器とは、今でいうところの高級ブランドであり、嫁入り道具で持っていったり、代々伝わる冠婚葬祭の必須道具だったはずだ。
見た目は古そうな看板だが、定期的にメンテナンスしているように見える。電話番号五十四番とはこれまたすごい。岡山の中で最初期に電話を引いた大金持ち商人だったということがよくわかる。看板に感動するとは稀な経験だった。書体は旧字で右書きであるから、少なくとも戦前、おそらく明治末ごろからの看板だろうか。

こちらは昭和中期の看板だと思うが、今でも「ラジオ」店というのがすばらしい。昭和の始まりごろから続く店だろうか。当時、ラジオは近代家電の代表で、最新鋭の情報機器だった。近代文明の最先端を感じさせるものだったはずだ。
そしてラジオはテレビに置き換わり、パソコン、スマホと時代の主力情報機器は進化を続けた。今ではラジオ専用機を持っているものなど数少ない「趣味」専用の機械だ。(ちなみに、自分はラジオ専用機を持っておりますが、なにか?)
すっかり減少している喫煙者が店の前に集まっていたので、何か特殊なことでもあるのかと興味を惹かれたが、単純に大型の灰皿があるからそこでタバコを吸っているだけだったようだ。ラジオ店の集客がタバコになっているという不思議さには、あれこれ考えてしまった。

店の中では何を売っているのか覗いてみたら、なんとも雑多なもの、おそらく家電製品の一種を含めたあれこれが並んでいる。ドンキの家電売り場のようなカオス状態だった。じっくり時間をかけて眺めてみたら面白そうだったが………

そのラジオ店の先で、これまた不思議な店を発見した。何を売っているのかよくわからない。店頭で飲食業をしているような感じもするが、入り口付近には様々な人形が並んでいる。どうやら骨董品屋というかアンティックショップというか、いろいろな古いものを雑然と並べて売っているようだ。
営業中と書いてあるが、この看板もひょっとして売り物なのではないかとおもってしまう。ちなみに店頭でソフトクリームを注文するにはどうすれば良いのか。従業員は誰もいないので、店内に注文しに行くのだろうか。あれこれ興味が尽きない。

一番すごいのは、この薬品メーカーが作った遊具で、たしか十円入れるとごとごと?動くものだったような記憶がある。ただ、十円玉挿入口は塞がれていた。これも売っているのだろうか。値札は見つけられなかったが。まさしく不思議空間だ。

アーケード探索に疲れて喫茶店でもないかと探していたら、すてきな食堂を発見した。もう少し腹が空いていればノータイムで入ったのだが………
少しくたびれた感じのする岡山繁華街は、実は「私、脱ぐとすごいんです」的なグラマーな魅力に溢れているワンダーランドらしい。もう一度、ゆっくり時間をかけて遊びに来たいものだ。
多分、土曜の午後、人出が多い時間が楽しそうだ。ちなみに岡山は財政破綻都市の手前くらい借金が多いらしいので、アーケード復興の予算はないだろうから、ここはクラウドファンディングを使い、面白い街づくりをするというのはどうかなあ。対イオンとして大正昭和をテーマに全面レトロなテーマパークみたいにするとか。商店街の観光地かは面白いと思うのだけれど。

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歌舞伎町 ハーレムナイト

やはり歌舞伎町は、ハーレム な感じがする

歌舞伎町タワーは昨年の話題を攫ったものの一つだろう。旧新宿コマ劇場前の広場を取り囲むように幾つもの高層ビルが出来上がったが、このビルほど賑やかしいものはないと思う。極めて歌舞伎町的でにぎにぎしい。
このビルの前に、いわゆる「キッズ」グループが屯しているのだが、どうらや公的機関が排除活動を始めたようだ。西新宿に多数集まっていたホームレスを排除したのと同じ手法だから、この先は簡単に予想がつく。広場は常設イベントスペースになるようだ。

初めて入ったが、自分で衣をつけて自分で揚げるセルフ串揚げは面白い

そんな歌舞伎町で、なぜか男二人でセルフの串揚げ食べ放題店に入り忘年会をすることになった。忘年会繁忙期を避けるために予定していた11月の飲み会が、何度かリスケになり、結果的に12月の中旬という忘年会ピークに合わせて歌舞伎町で酒を飲むことになった。周りにいる客はほとんど忘年会だったし、歌舞伎町なので外国人客も次々とやってくる。なかなか気忙しい。

イカがうまかったが、小さすぎるぞ

串に刺されている具材はどれも小ぶりなので、とりあえず10本くらい取ってきて揚げてみることにした。セルフ方式なので「安全安心」を心がけ、野菜あるいは加熱調理品だけにしようと思ったが、エビの串刺しには心を揺さぶられつい何本か取ってしまった。

タコさんウインナーの意味はなんだったのだろう

元・唐揚げ屋のくせに(笑)、ちょうど良い上がりのタイミングが読めない。適当に引き上げてみたら、どうも揚げ時間が長すぎたようだ。その次には早めに引き上げることにしたら、今度は生揚げだった。
スマホを使ってタイマー管理でもした方が良いかと、ふと昔の職業意識が芽生えるが、所詮飲み屋のつまみだし、そこまで気張るのもなんだかなあ。あっさり諦め適当に揚げることにしたのだが、なんとみるみる揚げ方が上手になっていくではないか。揚げている途中のジュワジュワいう音で揚がり具合がわかるようになってきた?らしい。

ソースは典型的な中濃ソースと梅味のものを選んだが、当然のようにチーズ味のソースもあった。今や平成世代にはチーズ味は鉄板なのだ。串揚げに飽きるとカレーライスも食べられるし、デザート類も並べてある。お口直しにアイスクリームも食べられる。
ただ、これを満喫するには、おそらく二十代の体力と揚げ物大量摂取に耐えうる油耐性が必須条件だ。おまけに、飲み放題をつけても「油負け」するので酒も飲めなくなる。年齢的には全く不適な選択肢だった。

やはり歌舞伎町は厳しい先生なのだ。幾つになっても教育的指導を与えてくれる。くそ、だから歌舞伎町で飲むのは嫌なんだ。これも、幾つになっても学ばない自分が悪いのだけれど。

街を歩く, 食べ物レポート

居酒屋 @池袋西口 IWGP

池袋は西口と東口で見せる顔が随分と違う。西口には大劇場があり、その前の公園もイルミネーションで飾りつけられると、どうも異世界感が増してくる。普段の西口のわい雑さはどこに行ったという感じもするのだが、夜は街の顔を美人に変えてしまう。

リアウ昭和がそのまま体験できる「生きた花石」で「生き残った奇跡」

ただ、一本裏通りに入ればそこは当たり前だが厚化粧の美人ではない日常空間が広がっていて、いつもの池袋西口らしい居酒屋がある。この日は長く付き合いのある友人たちと気楽な定例飲み会の日で、ここが会場になっていた。定例飲み会と称して都内あちこちの伝統的居酒屋周りをしている。今回は池袋西口編だった。そして、この店は昭和の空気が連綿と続くThe 居酒屋であり、昭和の絶対空間の生き残りだ。

擬似昭和な飲み屋は大増殖中だ

お目当ての店の横には、大チェーンが運営する二毛作飲み屋の最新バージョンがあった。おしゃれなバーカウンターが売り物だったはずの店が、いまでは暖簾をかけて居酒屋もどきになっている。
どうもこのセンスは、昭和レトロというより文化の揺り返しみたいなものらしい。ミニスカートや厚底ブーツが何十年ぶりにまた流行るみたいなものだろう。当然、昭和を懐かしむジジイを対象にしたものではなく、昭和と江戸時代の区別もつかない若い層向けの新コンセプトだ。昭和のj雰囲気でコンセプトを固めれば、それはもはや怪獣酒場やジャングルレストランと同じ「異空間」を楽しむ場所、テーマレストランの変形になる。そこを勘違いする昭和親父は多いのだが。
どちらにせよ、擬似空間の昭和とリアルな昭和が併存している不思議な池袋西口の光景だ。

まず頼んだのはタコブツとマカロニサラダ。そもそもポテトサラダではなく、マカロニサラダを頼んでしまうのは、我ながら不思議だ。マカロニサラダは炭水化物をおかずに炭水化物を食べるような微妙な肴というかつまみだと思う。マヨとマカロニという組み合わせは、多少なりとも罪悪感を感じさせるヘビーカロリーフードだ。
タコぶつは昔は安い肴の典型だったはずだが、今ではタコはすっかり高級品になってしまった。お気楽に頼める肴ではないのだが。
ダメな居酒屋であれば、細切れなタコが2−3切れしか入っていないこともあり、店によって当たり外れが大きい「困った定番メニュー」だろう。しかし、この店では大正解で、大ぶりに切られたタコぶつだった。タコの存在感がある。えらい。感謝だ。

おかわりの注文も、ど定番ばかりで、オニオンスライスにイカ天Etc. と進行する。いかにもお江戸の居酒屋っぽいものばかりになるが、そもそも目玉商品になるようなご当地名物がお江戸には存在しない。逆に、名物はないけれどドがつく定番があるということか。

最後に注文した煮凝りも、煮魚の残りを気まぐれに出すような店はあるが、メニューにしっかりと載せているところは少ない。自宅でたまにできる鍋の残り物みたいなふやけた柔らかさではない。しっかりとした噛みごたえがあるし、歯応えすらある硬い煮凝りだった。
あまりうまく言えないのだが、この食材の始末の良さみたいなものが、お江戸居酒屋料理なのかもしれない。魚の兜焼きだとか、あら煮みたいなものを食べるたびに感じることでだ。あの手この手で「原料」を使い切る工夫が、うまい物の発明に繋がっている。昭和というより江戸時代から続く、江戸町民の知恵みたいなものではないか。経済都市江戸で生まれた食文化は、その大部分が底辺階級、下級町民向けのものが発祥のような気がする。蕎麦、握り鮨、鰻にどじょうなどなど。貧乏な独身男性向けの立ち売り商売が発祥だと聞いている。お殿様向けの高級料理は、お江戸が京都を越えることができなかった。だが、大金持ちの商人が生み出したお江戸食い道楽は今でも残っているようだ。今ではどじょうもウナギも握り鮨も庶民のものとは言い難いけれど。

そんなお江戸文化論を頭の隅に置きながら昭和な居酒屋を出てみれば、そこには二十一世紀日本の大都市文化が広がっている。池袋西口は本当に不思議空間なのだなあ。

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年の瀬が迫ってきて

12月上旬に感じる年末感

クリスマスツリーをみると門松を見るより年末感がする。世間的にはクリスマスツリーの撤去された後の門松の方が、年の瀬を感じおさせるのだと思う。クリスマスにとクエ別な思い入れがあるのは、長年働いてきた会社の特性というか強制刷り込みのせいなので仕方がない。今年のクリスマスは今までやったことがないイベントを企んでいるのだが。

その年末感に突き動かされて(笑)味噌ラーメンを食べに行った。深い意味はないが、最近はよく味噌ラーメンを食べ比べている。醤油ラーメンはあまり味の変化がないが、味噌ラーメンは店ごとにまるっきり個性が違うものが登場するので「びっくり箱」を開けるような気分があり楽しい。
いつもの埼玉発ラーメンチェーンでは、関東風のオーソドックスな味噌ラーメンが出てくるが、今回はそれにネギを足してみようと、ネギタワー味噌ラーメンなるものを注文してみた。
そうしたら、ネギが別添で出てきた。うーん、これはなんと評価するべきだろう。確かに、このチェーンは夏の冷やし中華もトッピングは別皿で出てくる。合理的と言えばそうだが、手抜きと言った方が正しい気もする。そのセルフ方式で「ネギタワー」と言われても……………

仕方がないので、自分でタワーを作ってみた。やはり予想通り、タワーは直立しない。ピサの斜塔のように傾いている。なんだか微妙な残念感がある。ただ、自作してわかったことだが、タワーを正しく作るにはそれなりの技術が必要みたいだし、手間もかかる。どうせ食べる時はタワーを崩してネギラーメンにするのだから、別添セルフでも同じだろう、ということのようだ。身も蓋もない、というしかない。上手にタワーを作ったとしても配膳の間にタワーが倒れる可能性もある。
仕方がないかあ。と諦めることにしよう。

チャー酒の代わりに追加で頼んだ焼き鳥も、なんだかパックに入っていたのをそのまま袋から出しました感があり、世の無情を感じてしまう年の瀬であります。

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休日の渋谷はごみだらけ

祝日の朝早くから渋谷に用事があり出かけた。朝早くだというのに、というか朝早くだからというか、渋谷の街中を酔っ払った若い方がたむろしていたり、奇声を上げていたり、なかなか賑やかだった。
おまけに路上がゴミだらけで、まるで20年前に行ったNYCを思い起こさせる。このゴミだらけの道路も道沿いにある商店の営業が始まる頃には、街の人たちが掃除をしてくれているから、ゴミも目立たなくなるのだろう。
酔っ払いが汚した朝の街をまともに見るのは初めてだったせいもあり、なんともいえない気分になる。おまけに、ゴミとして散らかっているのが缶チューハイやビールの空き缶と弁当の殻・箱で、路上で二次会、3次会をやったことがわかる。
若い方?は、飲み屋に行って酒をのむ金がないのだろう。(多分)おまけに飲んだ後、飯屋に行って何かを食べる金がないのだ。ということがわかった。コロナの間に流行した路上飲みは、飲む店が空いていないせいだったはずだが、今では通常営業している飲み屋に行かず路上で飲むらしい。これは単なる貧乏の現れのように思える。
深夜の路上飲みはコロナの落とし子で、もはや見栄を張ることなく路上飲みができる文化?態度が出来上がったみたいだ。もはやホームレスの宴会と深夜の路上飲みには境目がない。文化の退廃というより、美意識の変化なのか。
増税メガネのおっさんは日曜の朝、渋谷の街でゴミ拾いのボランティアでもしなさい。そうすれば、いかに国民が貧乏になったか実感できるぞ。と思いました、はい。
高級マンションが立ち並ぶ某公営放送の搬送口あたりでも、コンビニ込みと空き缶は散乱していた。この辺りの住民は、高い家賃を払いながらゴミにまみれた町に暮らすことを納得しているのだろうか。

その渋谷の高級マンションが立ち並ぶ一角で、まさかの昭和アパートを発見した。雨戸が締め切っているので、まだ誰か住んでいるようには見えないが、深夜の喧騒(路上飲み会)が嫌で雨戸を締め切っているのかもしれない。やはり東京という街は、まだまだあちこちに不思議空間が残っているのだなあ。

その昭和が取り残されたようなスペースから5分も歩くと、超絶大都会の渋谷109前にたどり着く。そこでは、なんとこれまた平成前期カルチャーの落とし子、たまごっち復活のイベントがやっていた。なぜ、109前でこれだよと頭を捻ってしまったのだが…………
イベントを仕切っているらしいおっさんが、ベビーカーに乗っている子供に、何やら渡していた。たまごっちの英才教育を2歳児くらいから始めるつもりかと思ったが、おそらくターゲットはベビーカーを押している母親で、まさに彼女はリアルにたまごっちで遊んだ第一世代だ。それに気がつくと、イベントおっさんが急に頭が良い人に見えてきた。また、たまごっちが流行るのかな。確か第一世代では過剰在庫で販売会社が潰れかかったはずだが。


渋谷には昭和と平成と令和のカオスが共存しているのだな。

街を歩く, 旅をする

大阪そぞろ歩き看板コレクション

よく晴れた日、それも気温があまり高くない日に街歩きをするのが好きだ。今年の夏のように、日中歩くと人死にが出そうな暑さでは街歩きもできない。おまけに今年は暑い時期が長かったので、お散歩にちょうど良い気候になったと思ったら、そのまま一気に肌寒く感じるようになり、あまり街歩きをしていない。
そこで、今回は大阪の街に朝早く乗り込んで、都心部を歩き回ってみることにした。あちこちで面白そうな看板や店構えを写真に収めるのは、お気楽な趣味だろう。

この店は夜になると、お祭りの縁日屋台のような感じになるのでは

ブランニュー酒場とは一体どういうものだろう。大阪に来てよく感じるのが、この大阪系造語力だ。お江戸にもあれこれ不思議な言語感覚を発揮する店は多いが、どう言えば良いのだろう、大阪は街全体が「造語」で溢れている。日本語の使いまわす能力がお江戸より2段階くらい上なのではないかと思っている。
店名から察するに、鰹のたたきと馬肉の店かなという感じがしたが、ひょっとするとサザエさんの弟の方かも。だとするとワカメが登場していないのはおかしいか。そうなると、この店の社長夫妻の名前なのかもしれない、などとあれこれ想像してしまう。夜に来ると楽しそうだが。大阪でカツオを食べるのもなあ。

この漢字二文字の店名は実に潔い。炭酸飲料水の赤いロゴも良さげだ。この赤い看板は目にすることもすっかり少なくなった希少ものだ。こういう店にはふらりと入ってモーニングセットでも注文してみたくなる。多分、いやきっと、緑色のソーダ水もあるに違いない。クリームソーダ、飲んでみたかったなあ。エビピラフという名前のチャーハンもありそうだし。

天王寺の裏通りで発見したインパクト抜群の居酒屋看板。置かれている提灯には大阪下町焼き鳥と書いてある。大阪下町の風情はこの賑やかさなのだろうか。確かに、横丁から下駄履きのちえちゃんが出てきても不思議ではない。
しかし、提灯をよくよく眺めてみると、全国の有名チキン料理がずらっと並んでいて、大阪下町名物とはいったいどれのことだろうか。不思議空間だが、言ったもの勝ちというのが大阪下町なのかもしれない。
そもそも居酒屋に自転車で来ているのがすごい。帰りは押して帰るのだろうなあ。乗って帰れば間違いなく道交法違反でありますよ。いや、客の自転車ではなく従業員のものかもしれない………

その近くにあった、これまた魅力的なファサードの店で、入り口から入ったところにあるのがスタンド、要するにスタンディングで飲む店。つまり立ち飲み屋だ。ふらっと入ってみたくなり中をのぞいてみたが、満員だったので諦めた。
このスタンドという言い方は、お江戸では見かけた記憶がない。京都の錦市場の近くでたまに立ち寄る店もスタンドと書いてあったが、着席できた。やはり酒飲み文化も東と西では違うのだなあと、改めて思う。
2階にある台風飯店は、その名前だけで入ってみたくなる。ここでも大阪人的日本語造形センスに凄さを感じる。お江戸であれば四谷三丁目の裏路地あたりにありそうな店だが、天王寺では居酒屋ストリートのど真ん中にある。この辺りの店を回って歩くだけで、一週間くらい楽しい大阪滞在ができそうだし、ぜひ、してみたい。

そして、今現在の大阪で最も際物、最もあれこれ言われているキャラも現物を見つけた。テレビのニュースで見た時には、げげげの鬼〇〇に出てきた、目が100個ある妖怪を思い出した。ちょっと前の時代であれば、キモカワとか呼ばれたかもしれないが、どうも令和のセンスではないような気がする。
万博が中止になれば、レアもの扱いになり人気沸騰するかも……………いや、しないだろうなあ。やはりキャラはゆるいだけではなく共感を得られないといけないと思う。キャラ関連はグッズ商売ネタとして有象無象が集まってくる集金装置なので、どうしても利権に結びつきやすい。主催者が威張れば威張るほど、そんな感覚がしてしまうものだ。
どうも、大阪庶民の言語センスの良さと、官僚組織のセンスのなさ、頭の悪さのギャップが大きすぢて理解できない。大阪自治体官僚も、プライベートな時にはおもろいおっさんなのだと思うが、仕事中は真面目スイッチ、いや、つまらんスイッチが入ってしまうのか。知事の発言を聞くたびに、不思議な街だと思う。
まあ、官のセンスの無さは大阪に限ったことではなく、全国共通ダメダメだから仕方がないか。知る限りではあるが日本全国ほとんどの地方自治体でも、霞ヶ関の劣化コピーばかりが蔓延っている。ただ、お江戸も浪速の街も、劣化度は全国トップクラスだということか。