街を歩く

鳥唐揚げの競合 どっちが旨い

クリスマスなので、鳥な話題にしてみた

鳥唐揚げの会社で働いていた。ずいぶん長い間働いてしまったものだと思う。その唐揚げ屋の一年最大の稼ぎ時がクリスマスイブで、その次がクリスマスの日になる。日本全国で1000以上の店があるが、どの店の店長もこの2日間だけはハイテンションになる。そして、26日には大多数の店長が燃え尽きている。
ただ、その狂騒の日にもかかわらず、どうにも盛り上がりにかける場所もある。売り上げは低いということではなく、ぶっちぎりで強いはずの自店より人気のある店が周辺に存在することが許せない、みたいな気分だろう。
一つは九州大分県にある唐揚げシティーで、ここは一度出店したが、しばらくして撤退した。再度チャレンジして出店したが、今はどうなっているだろう。なかなか町中に広がる地元唐揚げ屋と戦争をするのは大変なようだ。
そして、全国でもダントツ、屈指の売上を誇る北海道地域でも、苦戦する?街が小樽だ。この地元人気店では普通の日でもテイクアウトで買ってかえる客が多い。いわゆる「おみやげ」需要だ。今では専用待ち合わせスペースまで設置されている。
そんな店とガチンコ勝負となると、全国チェーンであってもなかなか大変な競争地域だ。おまけに、小樽市周辺だけで言えば、店舗数で完全に負ける。唐揚げ屋チェーンでトップ売り上げを誇る北海道、それも札幌商圏にもかかわらず、地域ドミナント形成で負けているのは、全国を見渡しても小樽だけではないか。大分県中津は地元ブランドが綺羅星の如く多数存在し、それぞれが贔屓客を囲い込み対決する群雄割拠の街だ。その中の弱小勢力みたいな扱いだから、小樽とは状況がちょっと違う。

クリスマスは、スペシャルボックスというものがあるらしい。これはまさに某ブランドがテレビコマーシャルを使って宣伝しているものと、似たようなものだ。ただ、唐揚げの絶対量ではこちらの方が多い。単品販売でもガチンコ勝負であり、セットでも露骨にガチンコな組み合わせになっている。おまけに単品は当日でも予約できるので、全国ブランド唐揚げより戦闘力が高いくらいだ。クリスマスには、小樽中のお父さんがお使いに行かされるのだろうなあ。
実は24日にこの店を視察に行きたいとずっと思っていたが、一度も行っていない。毎年のように、今年こそはみにいくぞと思っていたが、すっかり気が変わってしまった。
今更、「凄さ」がわかってもなあという気分になってしまったからだ。よく考えれば、もうクリスマスに縁がない(個人的にも仕事的にも)のも確かで、やはり一人で静かに過ごすのが聖夜の正しい在り方かもしれない。
そろそろ、真面目に人生を見直してみる時期らしい。


街を歩く

札幌シリーズ 夜の光景とザンギ

クリスマスイブなので、綺麗な写真をと思い夜景にしてみた。

駅前通り 薄野方面のイルミネーションが絶好ビューポイント

札幌駅前通は冬になるとライトアップされる。札幌駅から薄野までおおよそ1km弱が鮮やかになるのだが、その距離を歩くほどの元気はない。夏なら問題なく歩いてしまうが、冬は凍える。雪が降れば滑りやすくなる危険な夜道だ。それでも、雪がなければ半分くらいは歩いても良いかなという気になる。今では、歩道の大半がロードヒーティングされ積雪があるのは横断歩道だけだ。ただ、そこが危ない。
冬にはほとんど雪が降らない地に移住してずいぶん経った。ようやく雪のない正月になれたと思ったら、すっかり雪が嫌いになってしまった。それでも雪さえなければ、冬は嫌いではない。

その札幌の冬だが、夏より暑い。最近の猛暑のせいで、流石に夏より暑いとは言い難くなってはきたが、それでも冬の室内気温は27度を超える。政府の電力使用制限などどこの国の話だと言いたくなるほど暑い。これでも、室内設定温度は従来より低めとのことなのだが。
北海道人にとって寒さとは凍死につながるデッドワードだから、冬の室内の寒さは「貧乏」を意味する。あるいは、北海道人としての常識がない「異常」さにつながる。
すっかり関東慣れした体には、この温度こそが「異常」と感じるようになってしまったが、郷に入れば郷に従えで、冬の外出には何枚も重ね着をして室温に合わせた体温調整を図る。だから、冬の居酒屋では、脱いだ服の山が座席を一つ占拠する。コートと、ジャケット、セーター、マフラーなどなどが積み上がるのだ。
だから、当然のように冬のビールは美味い。キンキンに冷えた黒ビールを飲むと、夏よりうまいような気がする。室内の温度が高くなり相対的に湿度が低いせいで、喉はカラカラになる。統計を見てもビ北海道でールの消費量が多いのは1ー2月だ。
ちなみに、7月終わりに開かれる大通公園でのビヤガーデンは、ほぼ7割の確率で低い気温に悩まされ震えながらビールを飲むことになる。夏の屋外ビールはやせ我慢大会になる可能性が高い。だが、冬のビールは、決して震えることはない。だからうまい。断言できる。
もしビールを飲むには寒すぎるような店があれば、その店は確実に潰れる。酒や肴が美味いかどうかの前に、「温かい部屋」は居酒屋を含め北海道における飲食店の絶対条件だからだ。
ビールがうまい季節はアイスクリームも売れる。北海道のアイスクリームのピークは2月と8月になる。ただし、夏に食べるかき氷系のさっぱり味は求められていない。コッテリ濃厚味が冬のアイスの定番だろう。

The ザンギ だったなあ

そして、冬のビールに合うものといえば、これしかない。ザンギだ。ザンギと鳥唐揚げは一体どこが違うのかという問いに、正確に答えられる北海道人はいないと思う。醤油味とニンニク生姜で香り付けしたカリカリ系鳥唐揚げ、というのが自分の持つザンギの定義だが、これをいうと必ずどこからか反論が飛んでくる。
いわく、ザンギ発祥の地〇〇店で食べたのは………から始まり、うちの流儀は〇〇でという我が家が本家主義だったり、俺の育った〇〇地方では………という地方モンロー主義であったりするが、反対意見が10人いれば10種類でてくる始末だ。飲んだ時の話題としては最悪に近い。宗教と政治とザンギの話は飲み屋向きではない。
特に、ザンギのルーツを含め、ザンギの定義にまつわる話は、北海道酒飲み界ではタブーだと思う。だから、百花繚乱的ザンギの正統性には降れずに、この店のザンギは旨い、と断言することにしている。もしまずいと思ったら、その店では二度と注文しないことだ。酒の肴にはザンギ以外にも色々ある。紛争のネタをわざわざ求めてはいけない。
まあ、元・唐揚げ屋としては色々と突っ込みたいこともたまにはあるが、それも黙殺する。鳥唐揚げを単純に楽しむのが、正しい冬の札幌の過ごし方だ。
この店の唐揚げはうまかった。その記憶さえあれば、また食べに行くことにする。札幌駅地下でふらりと入ったビール屋のザンギは、確かにもう一度来る気にさせる美味さだった。

街を歩く, 食べ物レポート, 旅をする

成田で博多ラーメン

LCCを使って旅をしようとすると、成田空港に行くことになる。羽田空港に行くのと比べ、地上の移動時間は1時間ほど増える。ただ、飛行機に乗った後の移動時間は変わらないので、長距離旅行であれば経済性は良くなる。手荷物の重量制限があるので、結果的にスリムな荷物選びを迫られる。軽装な旅になるのもメリットだ。
その成田空港LCCターミナルに、しばらくぶりに行くと改装完了していた。フードコートもお店が増えていて、一時期の閑散とした雰囲気もどこにいったやら。ほぼ全席満席の盛況ぶりだった。そこで新しく開店した店の一軒をお試ししてみた。

店名は記憶にないが、とんこつラーメン推しらしい。ところが、一番おすすめは「博多らーめん」ではなく、「和風とんこつ」のようだ。それではと、和風とんこつを試すことにしたのだが。

確か博多ラーメンは、高菜、明太子、紅生姜の三将軍が脇に控えているはずだ。そう記憶している。しかし、それが全く存在しない。ひょっとして「和風」に転換するときに、置き去りにされたのかもしれない。紅一点である紅生姜の色気がないのは実に残念だ。
スープは最近周流のマイルド系とんこつ醤油らしい。麺は細麺なので、九州系ラーメンの特徴は残っている。最近は博多に行っていないので、令和の博多ラーメンはこういう展開になったのかもしれないが。

LCCでの国際線も続々再開しているので、外国人観光客向けということなのだろう。フードコート内には全国チェーンの店が並ぶ中、ちょっとユニークなヌードルショップということで人気が出るのかもしれない。
店内は明るくて、最近の気取ったラーメン屋(店内が薄暗く黒基調の内装、ゴミが落ちていてもよく見えないという利点がある)とは違い、掃除も行き届いていた。
券売機がクレジットカード対応でないあたりが、外国人向けにはどうだろうという気もするが、アフターコロナの時期に開店するという大冒険を決行したのだから、そこは優しい目で見てあげたい。
やはり、空港での人気筋は鮨ではなくラーメンなのだろうなあ。

街を歩く, 旅をする

能登国一宮 気多大社

能登国の一ノ宮が、今年の一宮巡りの最終になる。東日本で残るのは佐渡国だけになるので、これはもうしばらく先になる。西日本になると沖縄、対馬、壱岐という強豪(離れ島になる)が残っているし、日本海側はこれから雪の季節になる。桜が咲く頃にまた巡礼(笑)に出かけたいが、その時期は西日本の花粉大爆の季節になる。それがうっとうしい。5月の連休明けくらいが良さそうだ。

気多神社は実に神社らしい神社だった。能登国の中心だった羽咋の平野部には田んぼが広がる。その平野が山地になるあたりの低い山上にある。まさにオヤシロという感じがする。拝殿までの道は実に綺麗に掃き清められている。これこそ、我が心にある「神社」の風景だ。そして人気のないところが、また神社らしい。

学生の頃、奈良に行ったときに見た春日大社の朱色を「けばい」と思った。侘び寂びなどわかる歳でもなかったが、寺社仏閣にはけばさが似合わないのではという漠然とした感覚があった。実際には、寺の中の御本尊は金ピカであったりするので、それなりに「けばい」といいうことに気がついていなかっただけだ。
その神社の朱色が、なんとなく良い色に見えてきたのは人生を半分以上過ぎたオヤジになってからで、厳島神社の海上にそびえる鳥居の朱色が瀬戸内海と調和して見えたのもその頃だ。
ただ、やはり神社は少し古びた落ち着いた木造が良いなと今でも思う。このちょっと古びた感じの加減がなかなか難しいのだが。
北陸にある神社は、どれもこれも良い具合の古い感があった。その中でも、鳥居から拝殿までの距離というか広さというか、そのバランスが良いのは、この氣多神社が一番だろう。

能登国は、今の日本、太平洋岸中心世界から見ると随分と辺境の地に見える。東京からの移動距離、時間で考えると島根県中央部と能登半島は東京から最遠隔地にあたる。不思議なことに、どちらにも人口に見合わないと思う空港が設置されている。一つの県内に複数の空港があるのは、秋田と石川、鳥取、島根くらいで、地理的な問題と地盤政治家の力の結果だと思う。大都市部である東京、大阪、名古屋にも二カ所空港があるが、大阪と名古屋は新空港ができた後の旧空港利用であり、メインとサブ的役割り分担がある。羽だと成田はまた別のストーリーになるが。北海道は別格で、千歳をメインに、函館、旭川、帯広、釧路、稚内、女満別、中標津、紋別、丘珠とたっぷりあるが、これは昭和中期の冷戦構造が生んだ落とし物だ。それだけ軍備としての空港が必要とされていただけだ。今では商業的に成り立たない、すっかりお荷物な交通インフラになりつつある。
閑話休題。しかし、古代日本では日本海航路は大陸との貿易ルートとしても重要だったから、能登国は日本海航路中継地として重要拠点だった。賑やかしい場所だったはずで、その名残が氣多神社にある。

メインである本殿を取り囲むような分社というか、周りにはべる神々がある。主神と取り巻く神々とは、その地域の政治勢力の盛衰に関わりがある。勝ち組が封じる神様が、主神となる。この複数神の関係性は、大和朝廷の日本海統治と繋がりがあるのは間違いないのだが、それを調べようとするとなかなかの力技というか、我が手に余るというところもある。
明治期に起きた国家神道のため、そしてその前の神仏習合時期を含め、どうにも古代の神社のあれこれを探るのは難しいようだ。古事記伝を元に古事記を読み解くという手もあるのだろうが、歴史好きの素人程度では手におえない。

神社には秋の日差しが似合うと思う。夏の強い日差しと蝉の声は、神社には似合わない気がする。だが、お寺の境内であれば良さげな気がする。この神社と寺の感じ方、というか捉え方の違いは自分でもよくわからない。
信心深いわけでもないので、深く考えることもなかったが、宗教とか信心とかとは離れて、日本人の源流的文化を考察をしてみても良さそうだ。それにふさわしい歳になった気がする。なぜ日本人は神社の静けさが好きなのか。なぜ、日本人は神社に初詣に行き、葬式は寺でやることが多いのか。その類の、何気ない日常行動の中にある、誰も気にしていない「古代から続くこの島国で暮らすものの精神」みたいなことだ。

そんなことを神社の境内であれこれ考えていると、昔読んだ司馬遼太郎のエッセイ的な論考を思い出した。小説を書くより、論文的なものを書くようになってから、司馬遼太郎の思考は変わっていったと思うのだが、五木寛之も同じ道を歩んだ。おそらくそれが歳をとるということなのだろう。
自分も同じようなジジイになってきたので、もう一度、司馬遼太郎論文を読み返してみようか。もしかしたら、昔と違い司馬思想に同意できるかもしれない。
静かな境内で思ったことだ。

街を歩く, 旅をする

パンとマラソン

ちょうど金沢マラソンが開催される時に、金沢にいた。駅前を含め大混雑というか、マラソン走者とその関係者、そしておそらくそれに便乗して金沢観光に来た応援者がごった返していた。その駅中にある、某コンビニエンスチェーン店で、どう見てもその店限定のPOPは貼られていた。これがなかなかユニークで………
POPを見てパンコーナー担当者に会いたくなった。小学校の頃はマラソン嫌いだったんだろうなあ。それでも、今はマラソンを応援するようになったのだから、人は成長するものだなあ、などとパン売り場の前で遠いところを見つめてしまった。うるうるするとはこのことだ。
ただ、その横のPOPにある黒船来航とは、一体何?と突っ込みたくなる。金沢人には理解できる歴史的逸話でもあるのか。面白いお店だなあ。

面白がって店の中を歩き回ってみた。マラソン関連商品だらけだった。走りながらなのか、休憩の時なのか、ともかく甘いものでエネルギー補給というのは理解できる。走る前にはバナナが良いという話も聞いたことがある。しかし、さすが和菓子の街、金沢だけあって、マラソン推しはどら焼きだった。どら焼きは口の中の水分を持っていく食べ物だと思うので、もぐもぐやると水分補給が必須だろうなあ。
走りながら左手にどら焼き、右手にスポーツドリンっ苦みたいな姿が思い浮かんできた。それも………ちょっと凄すぎるシュールな光景だ。隣に並んでいたらしいカステラは売り切れだったので、どら焼きよりカステラがランナー的にはエネルギー補給に向いているのだろうか。あれこれ考えさせられるし、人生の参考になる。個人的にはつぶあんのどら焼きが好みだが。

最高に素敵だと思ったPOPは、コンビニの横にある駅弁専門店だった。全力応援すると言っています。補給食取り揃えてますと書いてある。
日本のあちこちで、こんなふうに3年ぶりのイベントを楽しむようになったのだなと嬉しくなった。マラソンを終えて自分の街に帰る時、この店で駅弁を買って帰ると、幸せな気分になりそうだな。

街を歩く, 駅弁

金沢駅の駅弁 本物?

金沢の駅弁で、個人的にはこれが一番ではないかと思うのが、「金沢三昧」だ。これは豪華な駅弁だが、幕の内弁当系の絢爛な煌びやかさではない。よその土地であれば、このうちのどれかを主役にして一本勝負に出そうな役者を、贅沢に三人使いするのが百万石金沢らしさなのかもしれない。いや、実に贅沢。

中身は北陸名物を使い、カニとノドクロと和牛の3本建だった。比較的濃いめの味付けだが、これは冷めてから食べる駅弁特有の味付けなので文句はない。カニや牛の弁当はあちこちで見かけるが、両方が一つの弁当箱に入っているのは見たことがない。
その2トップに加えて、スーパーサブ的なラインが、「ノドクロ」だろう。最近メキメキと力をつけてきた日本海における魚の王者だ。従来のキング、ブリを押し除け、今や帝王級に上り詰めたノドグロを駅弁の上に乗せてくるとは、さすが金沢というしかない。
まあ、うちが本気出せば、こんなものよ………という金沢さん(誰だそれ?)の声が聞こえてきそうだ。おそらく京都を凌ぐ勢いの観光都市金沢では、熾烈な観光業界の競争が繰り広げられているのだな。駅弁も進化するはずだ。

ソロキャンあれこれ, 街を歩く

ソロキャンプ 何をする?

ソロキャンプの何が楽しみかというと、誰にも気を使わずに自分のしたい事をする。それに尽きる。それが料理であれ、昼寝であれ、誰にも何も強制されないことが重要だ。ファミリーキャンプとの違いは、あるいは友人とのキャンプと異なるのは、その「一人でわがまま」できることにある。
そして、自分がしたい事と言えば一択で「焚き火」になる。火遊びといっても良い。3時間でも4時間でもただただ薪を燃やし続ける。それだけだ。
ただ、陽が落ちて暗くなってくると、焚き火の灯りしかない暗闇の中で、ヒト族が原始の時代に刷り込まれた「火の記憶」が戻ってくる気がする。ひ弱だったヒト族が強靭な捕食動物から逃れる術、「火」を手に入れた。そんな時代の記憶がDNAに刷り込まれているのではないか、などと焚き火をしながら考えている。

その焚き火の脇に置くか細い照明がオイルランプだ。現在のキャンプギアであれば、もっと明るい照明はたくさんある。LEDライトなどは簡便でかつ明るい。ただ、照度の足りないオイルランプの、揺らぐ灯りが焚き火によくあう。生理的に心地良い。このあたりはソロキャンプ達人の受け売りに近いが、楽しみ方は達人から学ぶのが一番効率良い。遠慮なく真似をさせてもらう。

シンプルなキャンプギアしか持っていかない

カセットコンロはキャンプギアとしては邪道のような気もするが、防災用にやたらと買い込んだカセットボンベが余っているので、スタイルなど拘らずに使っている。登山用のプロ仕様ギアに憧れたこともあり、コンパクトなガスストーブも道具としては持っているのだが、あまり使う気にならない。徒歩でキャンプに行くのであれば、ガスストーブも小型化を考えるのだが、車で行くお気楽キャンプしかしないので、最近は埃をかぶっている。
あとは、焚き火台とガス照明がキャンプギアの全て。簡素というか怠慢というか、道具にこだわりがないというか。

100均ショップで買った簡易型のボール(鍋ではないと商品説明には書いてある)で湯を沸かし、カップ酒を温める。ソロキャンプを楽しむのには、これだけあれば十分だ。こった料理をする気もしない。この日は、小型のスキレットで作ったコンビーフのアヒージョと、魚肉ソーセージをケチャップで炒めたものでおしまい。翌日の朝は、その残りをパンに挟んでホットサンドにした。コーヒーもドリッパーなど持っていかない。瓶入りインスタントコーヒーで十分と思うようになった。

もう少し幅が広ければ、80年代SFの傑作、リングワールドに見えるかもしれない。

サイトの上に荒川を渡る歩行者専用の橋がかかっていた。橋を下から見上げていると、「荒川アンダーザブリッジ」を思い出した。あの物語に出てくる、元気なホームレス住人になったような気がしてきた。確かにキャンプをしているつもりではあるが、周りから見るとホームレスぐらしとほとんど同じことをしているような気もする。
このキャンプ場も荒川沿いにあるから、「荒川」アンダーザブリッジという意味では同じだ。キャンプ場があるのは、荒川でも相当な上流に当たるが、荒川を流れ流れていけば東京と埼玉の境目くらいで、あの物語の場所にたどり着く。「荒川上流アンダーtheブリッジ」と「荒川下流アンダーtheブリッジ」みたいな違いしかないなと笑ってしまった。

日が暮れると、たかが歩道橋なのに、なにやら切ない景色に見えてくる。写真には写っていないが、背景には綺麗な星空が広がっている。そして、反対側の川岸には秩父鉄道が通っているので、列車が通過する音が聞こえてくる。都会であれば騒音にしか聞こえない通過音が、妙に心地よく聞こえてきたりするのが不思議だ。

キャンプ場の受付はハロウィーンの飾り付けでお出迎えだった。いつの間にかすっかり定着したハロウィーンだが、キャンプ場にお化けが出るとは思わなかったなあ。

ハロウィーンの後は、一気に冬キャンプになるのだが、この日からライトアップが始まったようだった。自分のサイトで焚き火の準備をしていた時に、工事の人たちがトラックでやってきてなにやら作業をしていた。木の伐採でもしているのかと思っていたが、ライトを設置していたらしい。

これはこれで綺麗なものだが、夜でも明るいキャンプ場というのは不思議な気がする。アウトドアは自然のままの暗闇を楽しむものだと思っていたが、どうやら最近のアウトドアは外で「明るい文明」を楽しむようだ。それも時代の変わり目に立ち会っていると思えば、一緒に楽しむべきだろう。おそらくクリスマスや大晦日も、ここは結構賑わうのだなと気がついた。

秩父には、今風のファッショナブルで楽しいキャン場もあれば、昭和中期で時間が止まったようなワイルドキャンプ場もあるようなので、次回はワイルド路線を楽しんでみようか。ワイルド路線は得意のつもりだが、課題はトイレだろうなあ……………

街を歩く, 旅をする

敢國神社 忍びの里で神さま

伊賀国と言えば忍者だろうと思っていたら、神社に着いて地元の人もそう言っているのだと笑ってしまった。忍びの里、伊賀甲賀と看板に書かれている。そもそも甲賀は三重県ではなく滋賀県ではないか。県境を越えた観光政策というのも珍しい。ただ、それに文句があるわけではない。ただ、一宮ですら「忍者」を持ち出しているのが不思議だなと思った。八百万の神様の中には、武ばった髪も多い。筆頭は須佐之男命だろうし、タケミカヅチ命も超絶武神だ。だが、忍者の元祖の守り神がいたとは聞いたことがない。ひょっとすると大国主系列でアンチ大和な神様がいて、その方が「忍者」元祖だったかもしれない。神様の本拠地である伊勢国の北方を抑えているとすれば、忍者守護神はなかなか戦略眼をお持ちのようだ。
おまけに忍者のカシラ(頭領)である服部一族とも関わりがあると書いてある。うーん、伊賀親分ハットリ氏を甲賀忍軍は認めるのだろうか、神社の中立性みたいなものは大丈夫なのか、などと考えてしまう。一宮では期待できない「妄想」の種をお参りする前に見つけてしまった。

おまけにこのボードは「例の」顔抜き写真の場所になっていた。気分は「ニンニン」のハットリくんということだろう。神社の前で、この手の写真を撮る場所があるのは初めてみた。明治神宮や靖国神社のようなところで、この撮影用窓あき看板を出したら、さぞかし「ライトな方々」からクレームが出そうな気がする。
しかし、八百万も神様がいるのだ。中には、アニメの神様もいるだろうし、ゆるキャラ担当の神様だって新しく任命されていそうな気がする。と、妄想が加速した。
元祖キャラとして考えれば、日光東照宮の眠り猫だって建立時に創造されたキャラだろう。奈良東大寺の鹿だって神様のお使い集団だから、NRA48でも結成して奈良を盛り上げる史上初のアニマル・ライブキャラと考えられないか。個人的には、奈良のあの物凄く濃いキャラ「せんとくん」より、鹿キャラ48の方が人気出そうな気もするのだが。神社とキャラは案外相性が良いのかもしれない。

などと、またまたあれこれ妄想を爆発させながらお参りしてきた。敢国神社は静かなお社で、その日は参詣者が誰もいないひっそりとしたものだった。個人的には、この静けさこそが神社には似合いだと思うのだが、古の服部一族も詣でた神社で心を鎮めてきた。
しかし、伊賀国は本当に山深いどころだな。

街を歩く, 小売外食業の理論

ファストフードDXと古典的手法

所用があり朝早くから渋谷に出かけた。用事が済んで軽く朝食でもとろうと、久しぶりに和風ファストフードに入った。ツルッとうどんでも食べようと思った。券売機で食券を買ったあと席についてみたら、あれあれ?と気がついたことがある。
マクドナルドではモバイルオーダーアプリを使うことで、テイクアウト注文をするとカウンターに並ばず座席まで注文した商品を持ってきてもらう(店内配達というべきか)仕組みがある。コロナ流行の初期に開発完了して実用化されていたが、実際に使ったことはない。それが、この和風ファストフード店でも導入されているのに気がついた。
確かに、これは客にとっても従業員にとっても便利だろう。客の立場からすると席に座ってゆっくり考えて注文できる。券売機での注文は商品を選んでいる時に、後ろに次の客が並ぶと、無言のプレッシャーがかかるという致命的な弱点があるからだ。後ろの客を気にして慌てて注文を決めると、追加注文の機会が消える。店側からすると買い上げ点数増加、単価アップの機会が失われるマイナス要因になる。
従業員の手間を考えると、スマホアプリ注文では現金管理がいらなくなる。釣り銭の確保や現金の残高チェックなど雑用が消える。客とは非接触になるので注文時のトラブルも減る(少なくともスマホアプリの不具合は従業員のせいではない)。
客がどこの席についたかもわかるので、無駄に「いらっしゃいませー」などと言いながら客席管理をする必要もない。そもそも、日本語を喋らなくても商品提供が完結する。これは都心部の店舗で究極の救いだろう。

素うどんではなく、ハイカラうどんを頼んだ。いつも思うことだが、なぜあげ玉の入ったうどんが「ハイカラ」と呼ばれるのだろう。確か京都あたりでの呼び方だと思ったが。関西圏というか近畿というか、あの周辺の言語感覚は東国とは随分と異なる。東京を中心とした東国文化が優れているとは言わないが、近畿圏、西国の言語や食文化は、東国から見る時には異文化として捉えないと、無用な差別意識や優越意識を呼び込む。差別の発端は宗教や思想などではなく、食べ物や見た目で始まるものだろう。プロ野球やサッカーの贔屓チームの違いですら喧嘩が起きるこの国で、食べ物の嗜好が違うと文化差を言い連ねるバカたちがどれだけいることか。
ハイカラうどんと、たぬきうどんの違いを考ているうちに、東西異文化と差別意識に思いが至った。朝から高尚な知的活動をしてしまった。

異文化ついでに、おそらくほとんどの人はこんなことをしないだろうなと思う、「文化の果て」的行動をしてみた。牛丼に乗せる紅生姜をうどんの上に乗せてみた。紅生姜好きの衝動的行動だったが、あれれと思うほどうまい。牛丼文化とうどん文化の奇跡的合体だ、麺と丼飯のマリアージュだと、文化論考察の第二弾をしてしまったほどだ。
ちなみに大阪府南部では、紅生姜の天ぷらというものが標準で存在しているが、大阪北部になると見かけることが少ない。大阪の南北ですら食文化が異なるようだ。人と人が仲良く暮らしていくためには、異文化探索は重要だなと改めて思う(笑)

朝のハイカラうどんを食べたあと、渋谷駅に向かって歩いていて見つけた立ち食い蕎麦屋の店頭ポスターにまたまたびっくりさせられた。左側のつけ汁そばは「酢辛」だから、これはラー油そばの進化系だろう。「酸辣湯麺」の応用なのかもしれない。豚肉とニラというパンチのある組み合わせだから、明らかに「みなとや」インスパイア系を上回る進化だ。
ところが、それよりもびっくりなのが「時価の松茸そば」だった。時価って何と言いたくなる。鮨屋のマグロでもあるまいし…… この二枚のポスターでわかるのは、立ち食い蕎麦は異形な方向へ進化しているようだということだ。
原材料高による値上げの欲求と高級化路線は相性が良い。松茸蕎麦は、その現実的な対応ではあるが、一体どれくらいの注文があるのだろうか。逆に左の新つけそば、一杯五百円というのはなかなか巧妙な作戦で、盛りそば380円や天ぷら蕎麦450円?(きちんと値段を確認してはいないが)を、500円に引き上げる効果は明らかにある。
なんだか、古典的なマーケティング・テクニックだが、意外とこれが効き目がありそうで、うどんファストフードのデジタル対応と比べて、あれこれ考えさせられてしまった。
早朝の渋谷は、なんとストリートで学ぶ、発見と考察の研究機関みたいなところだった。

街を歩く, 食べ物レポート

老舗居酒屋で池波正太郎を気取ってみた

東京のシンボルタワーというより、東京東部、下町地区の象徴という気がするスカイツリーだ。東京駅から東側を歩いていると、アレっと思うようなところからスカイツリーの姿が見える。
鶯谷の駅から歩き始めてふと見上げた先にスカイツリーがあった。スカイツリーが完成してから随分と時間が経った。おやまあ、というか、また会いましたね的な親しみも感じるようになった。街の光景に馴染んできたという感じがする。

JR鶯谷から歩いて10分もかからない、表通りから引っ込んだ住宅街の一角にある老舗の居酒屋で、友人と待ち合わせをした。住所は根岸なので、実に下町界隈に出没した感じがする。そもそも鶯谷の駅で降りたのは、これが初めてかもしれない。浅草からぶらぶら歩いて入谷を過ぎ日暮里まで歩いた記憶はあるが、鶯谷周辺には近付いていなかった。東京にぽっかり空いた未踏地区の冒険に出たような気がする。
山手線の内側を湯島から日暮里まで歩いたこともあるから、やはり鶯谷駅周辺だけ足を踏み入れたことないまま、謎の空白地帯になっていたようだ。

今風の無国籍な料理が並ぶチェーン居酒屋とは全く趣が異なる、シンプルなメニューだった。かまぼことかたたみ鰯とか、時代劇に出てきそうな食べ物が並ぶ。まさに池波正太郎的グルメ世界なのだ。というよりストイックな美食空間とでも呼びたい。
池波正太郎が今でも生きていたら、江戸風物の古典料理以外にエスニック料理や昆虫食まで手を広げていたとは思う。知性の高いグルメ探求者は、知的探訪というか興味本位で悪食になるはずだからだ。オムライスを楽しんだ翌日には、タイ飯でグリーンチリとココナッツミルクにした図済みを打つような暮らしは悪くない。池波正太郎氏にはナンプラーとニョクニャムの違いを熱く語ってもらいたいものだ。
ただ、そうした現代版拡張グルメを楽しんだ後は、やはりこの店のような古典的居酒屋で休憩するのではないかと思う。新と旧を取り混ぜ、伝統と新進気鋭を気ままに楽しむのが、正しい食い道楽のお作法であるとも思う。

最初に出てきたのはお通しというより突き出しという感がある、シンプルな「煮豆」だ。ちょうど10粒あるなと思ったが、これはひょっとするときっちり数を揃えて出しているのだろうか。そうかもしれない。ありそうな話だ、と豆をつまみながら思った。味付けはほんのりというかほとんど味がしない。ただ豆を食べたという充足感がする。

鳥もつ焼は、一人一本ずつに分けて出してくれた。一皿に盛り付けて勝手にシェアしてねという一般的な居酒屋とは一味違う心遣いなのだが、それを堪能するのは客側にもそれなりの素養というか、理解度の高さが必要だ。
ここしばらくの我が生活を振り返ってみると、コロナで在宅時間が伸び、テレビ視聴時間が増えたせいで、旅番組(過去放送したもの)と酒番組には詳しくなった。その影響で熱燗を飲むようになったのだが、確かに燗酒には冷酒とは違う旨さがあるなと感じるようになった。どうやら基礎代謝量が減ったせいで、色々と味覚にも変化が起きているようだ。まあ、普通はこれを老化と呼ぶ。ジジイ好みの味に傾いてきたというだけの話だ。だから伝統的な居酒屋、ほとんど会話が聞こえてこないような静かな店がありがたい。居心地が良い。
白鷹の熱燗で湯豆腐を食う的な池波正太郎世界が目の前に広がっているなあ。ちなみに、都内で白鷹を飲める店は本当に少ないのだよね。池波正太郎の世界で、日本酒の銘柄に言及していたかは全く思い出せないのだけれど。