街を歩く

秩父の街歩き

街歩きをするときにはカメラが必需品だった。カメラ機能付きの携帯電話などという便利なものが出現する前は、いつも外出用のカバンの中にコンパクトカメラが入っていた。APSという小型フィルムの規格ができ、コンパクトカメラがずいぶん小さくなった時には素直に嬉しかった。が、それとほぼ同時期に携帯電話にカメラ機能がつき始め、デジカメが一般化してきた。デジカメは画質が悪く記録用としては全く使い物にならないと思っていたが、毎年進化を続け今では旧式化してしまったフィルムカメラを使うことも無くなった。
それ以上に、携帯電話カメラが進化して、スマホ搭載カメラの性能も驚くほど高機能化したため、街歩きにカメラを持たなくなって10年近い。今では一眼レフカメラを持って歩くのは、自分にとってほぼ儀式になってしまった。今日は写真を撮るぞという意気込みでしかない。ただ、スマホのレンズはかなり極端な写真になるので、昔風の端正な写真を撮りたいときには、やはり一眼レフが必要だと思っている。ただ、新機種に買い換えるほどの熱意は無くなってしまった。


ただ、ネットに写真をアップすることを考えると、スマホの方が記録向け機器としてはるかに優秀だ。
街歩きのメモがわりに写真を撮り、メモアプリでコメントを入れておけば、自前の記憶再生能力の衰えを補う有力外部記憶装置になる。年をとって物忘れが激しくなったのであれば、そこは機械で補えば良いと楽観的に考えることにしているし実践している。
なので、秩父の街中を散歩するときには(あるいは旅先の街や、散歩途中の商店街で)パチパチ写真を撮り、後からPCの大画面(27インチ)で目一杯に拡大してみる。やはり、あれこれものを考えるときのヒントとして、写真は実に役立つツールだ。
この秩父歩きの時も、ふと見た看板に書かれている「秩父めし」に興味が惹かれた。最初は店の名前かと思ったのだが、この看板の下に入り口がないことに気がつき、それではと店の周りを一巡りしてみた。

どうやら、これが店名らしい。駅前にありながら喫煙化の表示があるあたり、微妙なローカル感がある。新宿や池袋、渋谷あたりの大繁華街ではすっかり見かけることが減った「喫煙可」サインだが、あちこち旅に出ると比較的目につく。
30代40代男性に関して言えば喫煙率は5割近いので、その年代の男性(オヤジ族)がまだ元気に飲んでいる街・地域では飲み屋の喫煙需要は多いはずだ。逆に大都会では若年層の喫煙率の低下とともに、禁煙店舗が実質的標準仕様になっている。最近では、喫煙室設置に関しても煙漏れに対するクレームのためなのが、設置している店が減少気味のような感じだ。
コロナで息の根が止められそうになっている居酒屋業態でも、オヤジ族中心の店は喫煙、禁煙の選択が悩ましいだろう。普通の食堂やレストランより、もっと大変だろうなと同情してしまう。
そのささやかな抵抗のサインが、この喫煙可に現れているようだ。ただ、個人的には、このサインが出ていると入店するのに躊躇いが出る。しかし、秩父めしも気になるので、開店と同時に店に入りさっさと食べてしまうという作戦を考えている。

その秩父めしを提供する店の横に、普通であれば立ち食いそば店がありそな場所だが、渋い蕎麦屋が一軒あった。この店も妙に気になり店内を覗ってみると、どうやらうまそうな雰囲気が漂っている。秩父には美味い蕎麦屋が多いが駅から遠い場所ばかりで、車がないと行くのが面倒なのだ。この店はくるみのそばつゆも置いてあるようなので、この店も次回に挑戦パート2だな。

街歩きの途中、とある花屋さんの店頭で見つけたこんもりとした茂み?というか屋外フラワーアレンジの一種なのか。趣味が良いなと思ってみたら、なんと小さな看板がかかっていた。これはお店の看板なのだ。
お店の入り口、ファサードの作りには、店主の感性というかセンスが現れる。プラスチックのプランターに入った花を出して良いのは、住宅地の路地裏ぐらいだろう。お店をやるつもりなら、入り口から客を楽しませるエンタテイメントを考えるべきだと思う。秩父の街に限らず、洒落た店はそこがわかっているのだ。
そのお洒落感を当たり前にしている店が多いほど街に人は集まる。オシャレ感ある店頭作りがあるかなしかで、商店街の集合知性が判断できる。シャッター街になってしまった地方の商店街は、その集合地性が働いていない、ということであり、商売の知恵が欠落している。まちおこしをしたいのであれば、まず「見た目」からというのが、長年の街歩きで思うようになったことだ。

もう一軒の楽しそうな店を見つけた。秩父駅から少し離れたところにある、ランプ屋という不思議な専門店だ。焚き火の道具も売っているようなので、最近流行りのキャンプ関連グッズ販売ということだろう。
ただ、ランプと焚き火という、実に趣味性の高い道具に目をつけていることが素晴らしい。これがもう少し尖った方面に進むと、ナイフの店とかガスバーナーの店になりそうだが、それでは守備範囲が狭すぎる。オイル・ランタンのような照明としては時代遅れで不便だが、揺らぐ炎が安らぎをもたらす道具としては効能抜群という、まさに趣味の道具であることが大切だろう。
ファサードからして、うちの店はこういう店だとわからせる強い主張がある。道ゆく誰もが関心を持つとは言わないが、それなりの数の通行人がついふらふらと入ってしまう店ではないだろうか。裏原宿とか奥渋とかいうあたりは、こんな感じの店が集まっている。下北沢では町中がこんな店で溢れているイメージがある。
文化はいつも裏路地から生まれるというのが、我が街歩き観察から引き出した持論なのだが、秩父も街全体で、そういう怪しいテイストを振り撒いているような気がする。まあ、その街で暮らす人にはありふれた光景になっているのかもしれないが。
アニメの聖地として秩父を訪れた若い方達が(年寄りもいるかもしれない?)、こういう店を面白がって秩父に集まってくれば、おざなりのイベント型町おこしよりよほど面白いことになると思うのですがねえ……………

街を歩く

秩父でパンを買った訳は

西武秩父駅から5分ほど歩くと秩父神社の正面に出る。その道が神社の参道にあたるのだが、参道沿いに小体な商店が立ち並でいる。ナショナルチェーン店が見当たらない、まさにThe 商店街なのだが、その中には明治大正に建てられた古い洋館や店舗が散在している。最近では小ぶりな旅館・プチホテルに改装されたところもあり、なかなか元気がある商店街として生き残っている。
その商店街の一番神社寄りの場所にあるベーカリーというかパン屋さんがずっと気になっていた。

信号待ちで店の前に立ち止まった時、何気なく入り口を眺めていたらなんだかすごいことが書いてあった。「昭和レトロ 元気の出る味。」とは、いったいいかなることなのかだ。
お店を見ても、昭和レトロと言うにはちょっと新しい。最近流行りのブーランジェリーという感じではないが、ごくごく普通の店の作りではないか。となると、お店がレトロではなく、パンの味がレトロということか。
横須賀の駅前にあるコッペパン屋みたいな、見た目も商品も昭和前期的レトロ感が全開の店も世の中には確かに存在する。だが、この店の醸し出す「普通感」と言えば、東京の下町商店街あたりでは当たり前にありそうだ。わざわざ「レトロ」をいうほどではないだろう。やはり、パンがレトロなのか。
そうすると現代日本の生きる化石パンである「コッペパン」推しか、それともメロンパン推しか。
どうにも気になってしまい、恐る恐る店内に入った。

色々と美味しそうなパンは並んでいるが、どうも普通のパンばかりに見える。パンについているPOPにも「元気の出るパン」は見当たらない。いや、ひょっとしたらすでに売り切れているのかもしれない。などなど考え、諦めきれずにようやく見つけたのが「くるみデニッシュ」だった。(名前を正確には覚えていないので、うろおぼえ記憶モードです)

家に持ち帰り食べてみて初めてわかったのだが、四角いパンの上に胡桃の入ったビスケット生地(たぶん)をメロンパンのように被せたものだ。胡桃の味が強いアクセントになっている。試しにと思って上面のくるみの入った生地を剥がして食べてみた。甘くて美味いが、ここだけ食べるとソフトなクッキーのような感じで、パンというよりお菓子だ。
わかりやすく言えば、四角いメロンパンのようなものだが、これはなかなか気に入った。好みの味だと思うのだが、これを食べて元気が出るかと言われるとちょっと微妙なところがある。くるみを使っているのが秩父らしいと言われると、まあ、そうかなとは思う。
やはり、ここは素直にもう一度お店に行って「元気の出る味」について店主に伺うことにすべきか、迷っている。それと、人気があるパン屋の特徴で、昼前に行かないとお目当ての人気パンは売り切れているというパン屋アルアルが起こっている可能性もあり、元気のある味を確かめるには、開店から午前10時までに訪れるべきだろう。ただ、その早朝訪店ツアーを冬にやるのは個人的に厳しいし、寒すぎてちょっと辛い。なので、もう少し暖かくなった頃に計画してみたい。

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家の近くで洋食ランチ

駅前のURマンションとけやき並木

自宅近くの駅前は昭和の中期に開発された公団アパートが広がっている。そのアパート群も老朽化により平成には建て替えが進み、いまではURの賃貸マンションとして生まれ変わっている。旧公団アパートとしては珍しく駅前にひろがる交通至便な場所で、お家賃もそれなりに高いのだがいつも空き部屋待ちになっている人気物件らしい。
敷地内に公園もあり付近の道幅も広い。小学校も徒歩5分圏内なので、お子様がいるファミリーには人気があるようだ。それでも、小学生の数は減っている。日本の少子高齢化に抵抗している街なのだが、通りを歩く人の半数は高齢者なので、やはり今ではジジババ・タウンなのだ。

My Best オムライス の一つ

ただ、ジジババ・タウンであっても良いところがある。さすがに喫茶店の数は少なくなったが、町の洋食屋が生き残っている。それも平成の洋食屋ではなく昭和スタイルの洋食屋だ。だから、オムライスはふわふわたまごにデミグラスソースではなく、薄い卵焼きにたっぷりケチャップのスタイルだ。これが芸術的に素晴らしい。新宿の洋食屋とどちらか美味いと言われると、判断が難しいハイレベルだ。銀座の老舗洋食屋と比べるとこちらが好みだ。麻布にある有名な洋食屋のフワトロオムライスと比べたとしても、圧倒的にこちらが好みだ。
まさに一点の曇りなき究極のオムライス(ただし昭和版)だろう。新宿の洋食屋、岩手県花巻市にある大食堂のオムライスと並ぶ、日本三大オムライス(個人認定)であり、えへんえへん、と言いたい。
ちなみに中身は、チキンが入ったケチャップライスだ。自分好みのチキンが多めなもので、味つけも強めになっている。オムライスもチャーハンと同じで、自宅で作った物はプロの作品に及ばない料理の典型だ。やはりチキンライスが炒め物料理として難度が高いせいだろう。ケチャップで味付けしながらご飯を程よくぱらりとさせるのは本当に難しい。家庭で作るとどうしてもご飯がべちゃりとくっつき気味になる。
やはりオムライスはプロの腕を信じて、洋食屋で食べるべき食べ物なのだ。

駅から徒歩1分でとてもリーズナブルなお値段 おすすめは豚天

地元の街には、20世紀の終わり頃に中国残留孤児の帰還支援センターが置かれていたためか、本格的な中華料理屋も多い。最近はやりのガチ中華というものの走りだろう。ただ、そのガチ中華も今では日本生まれの2世が跡を継いだ店も増えているようで、だいぶマイルドになってきた感じもする。
ジジババの街でも老舗洋食屋とガチ中華が楽しめるのだから、人生捨てたものではないなと感じる最近であります。

街を歩く, 食べ物レポート

カツカレーを食べに秩父まで

一年に何度か無性にこの店に来たくなる。中毒性の高い秩父の老舗食堂だ。特に、夏の暑い時期より冬の寒い時期の方が好みだ。夏の秩父は盆地のせいもあり、とてつもなく暑く感じる。以前、札所巡りをした時に、車移動でありながら死にそうに暑いと思って以来、夏の秩父は敬遠ぎみだ。コロナのせいもあり、2年ほど夏には来ていない。
ただ、茹だるような暑さの中、この店でうちわを使いながらクリームソーダを飲んで見たいとは思うのだが。

今回のお目当ては、いつものオムライスではなくカツカレーだ。店に入る前からメニューを決めているというのは、自分としてはありえないくらい珍しいことだが、この日は席につくなり注文完了した。
このドロドロ系のカレーと、カリカリにあげたカツの組み合わせを夢で見てしまった。なぜカツカレーの夢を見たのかはよくわからないが、少なくとも目が覚めて「これから秩父に行ってカツカレーを食べるしかない」と思い込んでしまった。そして、夢にまで見たカツカレーを完食して大満足した。最近では、これほど食事に満足したことはない。
ちなみに、カツカレーのカツは肉薄め、衣も薄めの「カツ」ではなく「カトゥレットゥ」みたいな感じが好みだ。厚切りロースのゴロンとしたカツや柔らかヒレ肉のカツが乗ったカツカレーも食べたが、やはり薄めのカツが良い。若い時分の貧乏経験で植え付けられた、カツカレー=貧乏人のご馳走感がいまだに抜けないからだろう。多分、一生抜けない我が人生で最大の「誤った」刷り込みだ。
福神漬けとカレーの組み合わせも素晴らしい。これが刻んだピクルスやラッキョウがついてくると、いきなり高級度が増すので(個人的な感想です)、自己評価としてはちょっと残念感が出る。
我がパーフェクト・カツカレーとは、カレーのルーにインド的本格感はいらない。ただ、昭和の蕎麦屋風の黄色いカレーではちょっと物足りない。茶色でドロドロしてあまりスパイス感がバリバリ出ない方が良い。まさに、この食堂のカツカレーは理想に近い。

テーブルの上にあるメニューも昭和の食堂感たっぷりなのだが、今回来てみるとファミレス的なメニューブックも置かれていた。中身を見ると、写真入りセットメニューが中心で確かにあれこれ頼みたい客向けには好ましい。
おまけにLINEのアカウントもできていた。友達になるとアイスクリームがサービスになるというので、さっそく友達申請した。普段はほとんど食べないアイスクリームだが、こういう出され方をするとなんだか一段上の食べ物に見えてくる。(美味しくいただきました)

店の外に出て改めて気がついたのだが、窓に貼られていたスプライトの看板が超絶に昭和を思い出させる。今では瓶入りのスプライトなど売っているのか。そもそも最近、スプライトを自販機で売っているのだろうか。ペットボトルのスプライトは見た記憶もないから、買ったこともない。
一度、スーパーかコンビニで確かめてみないと、気になって仕方がない。三ツ矢サイダーはちょっと前に買ったから、スプライトもありそうな気がする。ファンタは去年の夏に飲んだ記憶があるが、昔懐かしのオレンジだったかグレープだったかも覚えていない。
昔はあれほど呑みまくっていた炭酸飲料をほとんど飲まなくなったのは、やはり歳をとったせいなのか。それとも日本が豊かになったせいなのか。若くて貧乏だった頃は、合衆国発の炭酸飲料が贅沢品だった。
ヨーロッパから輸入した水を当たり前のように飲む時代が来るとは思いもしなかった。人工甘味料ではなく砂糖入り飲料が高級品だった時代だ。今では、アスパルテームなどの甘味料使用の方がダイエット飲料、健康志向品として、よほど高級品扱いされる。
スプライトの看板を見ながらそんなことを考えていた。カツカレーとスプライト、今では不健康とまでは言わないが、健康に気を使わないチープ・デイの食べ物として捉えられそうだ。確かに昭和は遠くなった実感がする。

街を歩く, 食べ物レポート

おそらく一人では決して来ない店

渋谷で飲むことになり、お目当ての店が満員だったので、友人のおすすめする居酒屋に連れてこられた。ビルの奥まった場所にあり、自分一人では入ろうと考えもしないような場所だが、中に入ってみるとこれまた「驚き」がたくさんのお店だった。今風の若者向け居酒屋というのは、こんな感じになっているのだねという、おじさんのびっくり体験だった。

入り口前の暖簾は、典型的な居酒屋風だが、店名を見るとニヤッとしてしまう。この店のある場所は渋谷道玄坂下にある。道玄坂の南側と言えば良いのだろうか。通りの向かい、坂道の北側にはヤングカジュアルなファッションビルがある。なるほどな、と思わせる店名だ。

小皿料理はワンサイズ?

料理は小鉢を色々取り揃えている感じで、お値段はどれも低めだった。小皿料理というよりお手軽なつまみがたくさんという感じだ。居酒屋の定番というメニューも多くあるが、ちょっと変わった気になる「アイデア・メニュー」もある。今回気になった変わりメニューは枝豆の燻製で、スモーキーな香りがついた枝豆というのは、Good Jobと言いたくなる。
老舗居酒屋の定番メニューは意外と進化しない。老舗だから伝統を守るという感覚があるのか、あるいは老舗にあぐらをかいてメニュー改良をサボっているのか。少なくともコロナの激動を乗り越えるには、店のあれこれを変化や進化させる必要があると思うのだが。最近開いた新しい店は、当然ながらコロナの暴風に対応して時代の変化にあわせてきているのだし。
この店も7時を回る頃には若い客で満席になっていた。若者の酒飲み離れという言葉はどこの世界のことだと言いたいくらいの賑わいだった。が、大声で騒ぐものは少ない。

揚げたて天ぷら うまし

この店の「推し」は天ぷらだった。出てきた天ぷらに、ちょっと驚いた。この見せ方というか、盛り付けというか、出てきた感じがどうにもすごい。カウンターに座り、揚げたての天ぷらを目の前のアルミトレイに置いていくスタイルの大人気な天ぷら屋がある。その博多にある人気店を、それなりの外食企業が真似をして、それも完全コピーして出店している。が、コピー店はなかなか成功しない。なにか重要な部分がコピーしきれていないからだろう。
そのあげたて天ぷら提供スタイルが、この店でもそのまま使われている感じだが、それにしてもこのバラッとてんぷら置きました感は斬新だ。勘ぐってしまえば、あまり見かけは気にしないということだろうか。見栄えより味で勝負ということかもしれない。
天ぷらは熱々なので、当然ながら美味い。衣は薄めだが、揚げたて天ぷらにはその方が向いている。天ぷらのうまいさと見た目の凄さのギャップが、この違和感の原因だ。だが、そこはオヤジが目を瞑るしかないなということだ。今風の天ぷらや唐揚げは、揚げたて重視と割り切ろう。
おいしい天ぷらが高級料理で無くなるのは、ある意味正しい世の中のありようだ。天ぷらというカテゴリーが、お座敷天ぷらみたいな高級店しか残らないのであれば、食文化としては継続して成立はしない。
お安い天ぷらは全面的に賛成だ。

その安い揚げたて天ぷらを楽しんだ後に、全く別の意味で楽しんだのが、大根の唐揚げだった。おそらくおでんの大根のように、出汁で一度煮込んだものを、衣をつけカリッと揚げたのだと思う。これはこれで、とてもおいしい。素晴らしい料理アイデアだが、それ以上に楽しんだのはこの袋で、とてもとても楽しく笑わせてもらった。
ご丁寧に袋にも、I’m laughin’ it と書いてあるので、これは笑って楽しむのが正しい。パロディーとしてニコニコするのが大人の嗜みだ。
この店をプロデュースした方、なかなかのジョーク好きらしい。あと一つ二つ、この手の楽しい店を作ってもらいたいものだ。

街を歩く

高田馬場 ぶらり歩きの風景

高田馬場は谷間の底にある町なので夏は暑くてとても歩きづらいが、冬は歩き回っても快適だ。

久しぶりに高田馬場を歩いて見つけたゲーセンの看板が、全然「らしく」ないので笑ってしまった。まるで、なつかしの居酒屋的な看板だ。コロナによる営業規制のため、生き残るだけでも精一杯だったのではないかと心配していた。ゲーセンなどこの何年も入ったことがないが、昔はよく飲んだ後に遊びに行った。レトロというよりも昭和の化石文化ではないか。最近のゲーセンはクレーンゲームが主体だが、昔はモニターに向かってレバーガシャガシャやっていた。もはやマザーボードがダメになると交換機種もないだろうし、そもそもブラウン管のモニターなど作られているのだろうか。
そう考えるとレトロゲームは有形文化財扱いされても良さそうだが。

こちらの卓球場も、コロナの間はお客がいるのを見かけなかった。今では、換気のためか窓を開けて営業中だった。たまたまこの時は客がいなかったが、もう少し遅い時間であれば、なつかしの卓球に興ずる若者たちが集まってくるのだろう。
これも、昭和の化石文化だ。そろそろ新宿区有形文化遺産に認定されても良さそうだが。

その後に、飲食店の跡地に出現した判読不明な看板をあげる不思議店を発見した。簡体字のようなので、大陸系の客向けらしい店だ(たぶん)。東京では新大久保や葛西が外国人の集団居住地域として有名だが、高田馬場もそういう外国コミュニティー地域になってきたということだろう。コロナで母国に帰っていた人たちが、また日本に来ているということらしい。
昔、ニューヨークで見た「カラオケ」というカタカナの看板を思い出した。異国の地で見る母国語は、なかなか吸引力がある。あのニューヨークのびっくり感が高田馬場で再現されているのだろうか。高田馬場を道行く人の中に大陸系の人が多くなっているのは間違いない。この看板を見て(読解して)なんの店であるかはわからない。看板ではわからないが、空いたままの入り口から覗いてみると風俗系ではないようだ。ただ、店の中はかなり雑然としていたのでやはり商売の検討はつかない。

「V○V」はバルタン星人のサインだよねと言いたくなるが、それ系統の店でもないらしい。

しばらく高田馬場を歩いていないせいか、あちこちでお店が新築、改装されていた。オヤジ居酒屋の典型である「蔵元直営店」も、店内がきれいになっていた。おまけに、随分と明るくもなっている。健全な「居酒屋」に変身したようだ。どうも、この通りの先にある一軒目酒場を意識した感じがある。あちらの店はコンビニ並みに明るいので、高田馬場の流行は「店内がまぶしいくらい明るい」ということのようだ。それは、自分にとってもありがたい変化だ。本が読みやすい。

メニューもファミリーレストラン風な立派なものに変わっていた。気になるのは、最近あちこちでサッポロビールの赤星、つまりラガーが復活していることだ。サッポロビールの営業が頑張っているのか、ラガーファンが増えてきたのか。赤星はサッポロ黒生と比べると、若干もたついた感じがするビールだが、そこが良いのかもしれない。アサヒスーパードライやキリン一番搾りで育った世代には、ラガービールはある意味変化球的な存在だし、飲む機会も少なかっただろう。昭和レトロブームのお陰で、おじさんたちはラガービールのお裾分けに預かっているわけだ。

蔵元直営店なので、日本酒のラインナップは立派だしお値段もリーズナブル。一人で飲むには、酒量を調整しながらあれこれ注文できるのが嬉しい。誰かと来る時には、日本酒をパスしてホッピーやハイボールに逃げるのもありだ。

卓上から撤去されていたアレコレも戻ってきた。それでも醤油と唐辛子の最低キットなので、まだコロナ後遺症は残っているのだなあ、とわかってしまう。

以前もメニューにあったような気もするが、食べた記憶のない「カツとじ」を注文してみた。カツ丼のあたまというべき食べ物だろう。味付けがそれなりに濃いので、酒の肴には結構合う。酒を飲む時にトンカツをストレートに食べるのは、あまり向いていないと思う。トンカツ(肉薄め)を、甘めのつゆで卵とじにすると、あれまあ不思議、カツの油っぽさが中和されたせいか、卵の甘さのせいか、酒の肴に大変身だ。カツ丼の頭も好きだが、カツカレーのライス抜きも好きなので、やはりカツは変形調理したものが自分の好みらしい。蕎麦の天抜きもうまいが、このカツとじも好物だ。
全く理屈には合わないが、カツとじは揚げ物料理に対する罪悪感的なものが消えるからだろう。揚げ物が煮物に代わることで綺麗さっぱり返信してしまう。これは心理的な代償規制というべきか、はたまた無意識の言い訳と考えるべきか。
まあ、うまいものはうまいで良いのだと自分に言い聞かせ、次は何を頼もうか考えるのが、居酒屋の楽しみ。高田馬場の街が元気になってきてよかったなあ。

街を歩く, 食べ物レポート

銀座の風景 11月の晴れた日

銀座にはぶらぶらしに行くことが多い。用事がある時も、時間に余裕を持ってぶらぶらしてみる。

銀座にあるアンテナショップに買い物に行ったついでに、久しぶりの「路面スパ」を食べに行こうと思った。コロナの間は、銀座もおとなしい街になっていて、この店も暇そうな時もあった。それが、今や完全復活というべきか、30分以上待つ行列が戻ってきていた。行列に並ぶのがありがたいと思うわけではないが、銀座で商売していくためにはこれくらいの人気がなければなあ、などと思ってしまった。とりあえず、めでたいかな。

いつもの通りで、和風にするかナポリタンにするか迷ってしまったが、やはり定番ナポリになってしまう。一つ、昔と変わったことは、大盛りには見向きもしなくなったこと。両隣の客がどちらも大盛りを注文していた。その隣は大盛りの上を行く横綱級だった。その麺量を見て、やはり普通盛りで正解だったと安心した。
ナポリの味付けは極端に濃いわけではない。太めの麺に絡むので、適当に濃い味付けではあるが、やたら喉が渇くということもない。某スパゲッティ専門店の油ギトギト系とも違う。この店も大盛りで有名とは言え、銀座の風格?みたいなものはあるのだろう。久々のナポリに満足した。うましだ。

以前と変わっていたことが、テイクアウトの注文が多くなっていることで、メニューチラシももらえるようになっていた。行列に並んでいる間も、頻繁にテイクアウト注文を取りに来る客がいた。炒めスパは麺料理として考えると、テイクアウトをしても劣化しにくいので、意外と利用しやすいだろう。2個3個と持って帰る人も多い。お使い当番がいれば出前より便利だしなあ。

その後、銀座の裏通りをぶらぶらしていたら、どうもスケートリンクらしきスペースができていた。おそらく季節限定だろうが、銀座の真ん中でこんな遊び場ができるというのも、これまた不思議な光景だ。
コロナのもたらしたあれこれの被害?の中で、銀座にできた空き地を有効活用する人たちもいるということだ。商売というより、銀座の心意気みたいなものか。ちょっと嬉しくなった。
さて、正月を過ぎたら銀座はどんな具合になっているのか、また確かめに行こう。

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札幌シリーズ 大通り公園2

冬の大通りは流石に人がいない。あと1ヶ月もすると、この場所に巨大な雪像が現れるのだが。

公園の芝生の上は雪があるが、路面は雪なしの12月初旬

空撮した札幌市内の写真を見ると大通り公園はなかなか不思議な光景だ。幅100m長さ1km程度の何もない広場がビル空間によって囲まれている。東京でも明治神宮・代々木公園や新宿御苑などがビルで囲まれた広い森林空間だが、その形は不規則なので自然が残された公園という感じがする。
しかし、大通公園は完全な直線で囲まれた長方形で、いかにも人工的なものに見える。ニューヨークのセントラルパークも幾何学的な長方形だが、どちらも都市に残された人工空間だ。木造建築時代に大火災にそなえた防火地帯という側面もあるだろう。そこが、今では憩いの場になる。

テレビ塔の隣 大通公園二丁目に会場がある

11月から12月にかけて大通公園で開かれるちょっとした楽しみがクリスマス市だ。11月中はまだ雪が少ない年が多く、その時期に寒さを堪えて一の中の店を見て回るのは楽しい。今年は飲食店ブースも開催されていて、普段の通りに戻った感じだった。寒い中、ソーセージとビールという極悪コンビを楽しむのも良い。(かもしれないが、おすすめはしない)

men-eijiの進展らしいが 家系?とは

ミュンヘン市をぶらぶら見て回った後、あまりの寒さにラーメンを食べようとして狸小路方面に歩いて行くと、何やら見慣れない看板がかかっていた。この場所は大音量で音楽がかかる喫茶店だった記憶がある。家系と書かれた看板を見ると、どうも札幌のラーメン有名店が、別ブランドの支店を開けたようだ。これは入ってみる価値はあるか?と思ったが、札幌に来て横浜ラーメンを食べるのかと躊躇ってしまった。これは、次回だ都延期を決める。

薄野にお引越ししてしまった

お目当ての昔懐かし五十番に行ってみたら、なんと数日前にお引越ししてしまったらしい。それもすすきのの真ん中で、ディープなブロックに移転とは。夜の商売を期待しての引越しだろうか。これも雪が溶けて暖かくなってからだな。冬のすすきのは裏通りが(一部の表通りも)ブラックバーン状態で危険極まりない。
見知った店が閉店したりするたびに、人生の黄昏という気分になる。新しい店を発見して、記憶の新陳代謝を図らなければ、高速でゾンビ・ジジイ化してしまうという危惧眼はあるが、昔懐かし系の町中華は新店自体が開かないので、ネットでも使って探し出すしかない。ただ、札幌オンリーであれば、札幌の町中華というムックが出版されていて、その掲載点をめぐるという手もありそうだ。
ネットで検索するより一覧性が良いことと、斜め読みする楽しみがあるので、札幌の喫茶店、町中華のムックは貴重品だが、なんとAmazonで買える。ありがたい時代だ。

岩のり追加で満足の醤油ラーメン

最終的には、狸小路のはずれにあるいつもの赤星に行って、いつもの岩のりトッピングした醤油ラーメンにした。岩のりうまい。
全国のラーメン店主の皆さん、岩のりをぜひトッピングに加えてください。家系ラーメンの大判海苔も良いのではありますが、やはり岩のりのスープに浸かって柔らかくなった食感が絶妙だと思うのです。よろしくお願いしますよ。

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年末の街とカレーうどん

久しぶりの渋谷の夜は とてつもなく明るかった

渋谷の街を代表する場所はどこだろう。ゴールデン街か、道玄坂か、はたまた奥渋かなどと夜の渋谷を散歩してみた。やはり、JR渋谷駅西口ロータリーを渡ったところ、京王線の左側あたりが一番賑やかそうだ。適度に若者向けとオヤジ向けの店が入り混じっている。ただ、コロナの影響か、オヤジ向けの店は相当な数で閉まっている。時代の流れというものだ。

その渋谷駅西口の賑わいを見ながらR246を歩道橋で渡ると、ちょっと渋谷っぽくない界隈がある。再開発であちこちのビルが新しくなっていた。春にはこの坂道が桜吹雪で覆われる、街中の桜名所だ。そこがイルミネーションでキラキラしていた。渋谷というわい雑な大都会の街でも、夜はそれなりに綺麗なものになるのだなあ、と感心してしまった。街はすっかり師走の気配だ。普通の賑わいが戻ってきているのがよくわかる。
今年の大晦日は、この渋谷でカウントダウンする若者が集まる光景が復活するのだろう。3年ぶりのイベントが無事に終わることを祈るばかりだ。
しかし、ハロウィンと言い、ワールドカップ戦と言い、なぜ渋谷に集まるのだろうね。

なぜ埼玉でカレーうどん推しなのか???

夜の渋谷散歩をした翌日、年末近くには恒例にしている地元産ゆずの買い出しに行った。埼玉県は柚子の名産地があるが、そちらは有名すぎて早々に売り切れてしまったので、自宅周辺の農協直売店で柚子を仕入れてきて、柚子の砂糖漬けと柚子ジャムを作った。オレンジ・ママレードよりも香りが強いが、その分だけ苦味も強い。お子様向けではなく、高齢者専用(オヤジ向け)な食べ物だ。これで一年間、柚子の香りを楽しむことができる。
その直売所に併設されていた食堂が復活していた。初めて入ったのだが、食券自動販売機でメニューを選ぶ。なんと、麺類はうどんだけだった。あとは定食が数種という潔さ。蕎麦、ラーメンなし。これはこれで埼玉県らしいかと感心した。そして、なぜかイチオシのカレーうどんと注文してみた。日ごろは、あまり頼むことがないカレーうどんだが、武蔵野うどんを食べる時、肉汁アレンジでカレーつゆがある。どうも、そのカレーつゆをかけうどんの上にかけたような感じだった。
あまり期待はしていなかったが、予想外に美味い。豚バラ肉の甘みがカレーに程よくマッチしている。食べているうちに顔から汗が出る。絡みはそうでもないのだが、スパイスの効き目がたっぷりだった。なるほど、埼玉県には全く関連がなさそうなカレーうどんだが、単純にうどんを楽しむのであれば正解かもしれない。
年末になって、新しい食発見だった。今年も、あれこれお勉強した年でありました。

街を歩く

札幌シリーズ 看板編

札幌で雪降る中を散歩した

街歩きをしながら、面白い看板を探すのはなかなか楽しい。健康的な趣味ではないかと自画自賛している。わざわざ雨の日に散歩に行くほどのもの好きではないが、寒い日であればひょいひょい出かける。例外は暑い日で、最近の自宅周りでは夏の暑さが命の危険をもたらすので、絶対にNGだけれど。
今回は看板探しの散歩、札幌編。昔住んでいた懐かしの円山界隈を歩いてみた。途中で雪が降り始めたが、そこは北国仕様のキャップで対応する。街行く人のほとんどは、キャップや毛糸の帽子で雪を凌ぐが、たまに傘をさしている人を見かけた。傘をさして歩く姿は地元民ではなく、おそらく関東圏以西からきた札幌転勤族だろう。札幌の雪は払えば落ちるサラサラ状態が多いので、雪の日に傘をさすことは稀だ。傘が役に立つのは、みぞれ混じりの雨の時くらいだろう。
そんなことを考えながら、とあるバス停脇の電信柱に張り出されていた「注意書き」が目についた。何やら今風な文章で、「喫煙者へ」という強い呼びかけから始まる。よほどバス停でタバコをポイ捨てる人が多いのだろう。路上清掃をする町内会の人たちの怒りが現れている。
そういえば、街中でタバコの吸い殻を見かけなくなった。路上喫煙禁止条例が出始めたのは、15年くらい前だったと記憶しているが、その成果がこの張り紙に表れているということだ。
すでに喫煙は社会悪に近い扱いになった。コロナの始まり時期に室内禁煙令が出されたが、それに反対する意見をねじ伏せるほど、コロナの外出禁止圧力が強かったせいだ。オリンピックで国際的に体裁を整えるはずだった室内喫煙禁止令が、「官庁」の予想以上に市民の意識が厳しくなり、禁煙が徹底された。
タバコ大好き国会議員の思惑を超えて、令和の喫煙者狩りにまで拡大した。地方自治体や地方議会では、役職者や議員の不法喫煙の実態が暴かれ、断罪される時代だ。「官」が「民」を抑えきれず、暴走的喫煙者狩りに辟易しているのがわかる。ざまあ……と言ってやりたい。
それにしても国会内の喫煙場所は減ったのだろうか。元・野党党首が法令に違反して、執務室で喫煙していた事件も象徴的だったが。それでも禁煙しないんだから、野党のお里が知れる。(今では禁煙したか?)
などなど、色々なことを思い出してしまった「喫煙者」へという警告状だった。すごいな円山の町内会。ちなみに、この辺りは高級マンションが立ち並ぶ上級市民のエリアだからかもしれない。ポイ捨ては不法行為だから、やめましょう。

この焼肉屋は、ぜひ一度行ってみたい。味付け肉で冷凍らしいが、そこに文句はない。それよりも、ほぼ五百円という値段だ。おそらく、六百円とか千円とかの高級冷凍焼き肉もあるのだろう。それを食べてみたい。北海道で肉と言えば豚と鳥、焼き肉といえばジンギスカンが代名詞だから、黒毛和牛とか◯◯地鶏などのブランド肉ではないだろう。いやいや、楽しみだ。

難読文字の発音記号のようなものは Meat と Meet の語呂合わせかなあ

壁の上に描かれた不思議な英語も、よくみて考えるとニヤリとしてしまう。中学程度の英語だから、一応は誰でも理解できるレベルだとは思うが、クイズ番組に出てきそうな文章だ。こういう文章を書けるコピーライターに会ってみたい。できれば一緒に仕事をしてみたい。

完全なオヤジギャグ 地下街とチカ買い

円山から地下鉄で街中に戻ってきて、ふと見上げたとことにあった「駄洒落看板」。これは参りました。座布団全部取ってしまえと言いたい、正調昭和オヤジギャクだな。こういうコピーライターとは、あまりご一緒に仕事したくない気がする(笑)
まあ、昭和レトロブームらしいので、ドリフターズ的ネタとか、ひょうきん族的ギャグが受けるのかもしれないが。ケーブルテレビなどで昔のギャグ番組を見て、当時はなぜこんなことがあれほど面白いと思っていたのか不思議になる。
ギャグの面白みを感じる要素は時代と共に変化するということだろうか。しかし、チャップリンのモノクロ映画は今見ても面白い。時代に消費されるギャグと不変的なギャグの差はあるものだな。

確か、これはすでに停止されているのではなかったか。デジタル大臣が何か言っているのを聞いたような気もする。コロナで起きた壮大な無駄遣いの象徴として、将来の教科書に乗るだろうか。少なくともどこかの大学で、デジタルコンテンツ経済学みたいな講座を開いて、「役に立った」「無駄遣いだった」アプリやコンテンツの評価をしてほしいものだ。このアプリを使って、オリンピック開催したかったのが見え見えだ。そしてオリンピックが終わればポイ捨てする始末だし………
少なくとも東京オリンピックの「費用対効果」を考えると、間違いなくマイナスだろう。予算は超過、インバウンドによる経済効果なし、とどめは大手広告代理店による汚職と、すでに解散してしまった組織委員会の無責任放置状態。オリンピック誘致をした総理大臣も強行した総理大臣も、その功績を讃えられることもなく退場になった。その象徴みたいなものが、このアプリだろう。
街の中に落ちている、ささやかなブラックジョークを探し出すのは、健康のために宜しいかと。