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駅名 どこいった事件

ビッグサイトに展示会を見に行った帰りに電車を待っていた。ボーっとしながら駅名看板を見ていたら見たことのない駅名が書かれていた。いつから駅名が変わったのだと驚愕した。りんかい線が経営破綻して、駅のネーミングライツを売り出したのか、などとあれこれ考え始めた。が、りんかい線はJR系の鉄道会社だったはずだから、千葉県の某私鉄のような経営問題があるとも思えない。慌てて、ホームの看板をいくつか確かめてみた。

やはり、他の看板は慣れ親しんだ駅名だった。それでは、あの新駅名看板は、ひょっとすると駅名看板に見せかけた広告か?とも思ったが、それにしては宣伝文句のかけらもない。あれこれ悩んだときは、とりあえずネットで検索と新駅名を探してみたら、すぐに結果が出てきた。アニメとのコラボ企画らしい。それに文句をつけるつもりもないし、関係者は面白がってやっていると思う。都内にアニメの聖地巡礼地があっても良いだろう。
しかし、できればキャラの等身大ボードくらいは設置して、コラボ企画をもう少し周知徹底できるようにしてほしいなあ。せめて改札口周辺には、主人公を含む主要キャラのキャラボードは欲しいぞ、などと思ってしまった。
ただし、自分で気がついていないだけの可能性も高い。駅の入り口や改札口周りをしっかりと観察してもいないから(普通、電車に乗る時に駅の入り口チェックなどしないだろう)、どこかにキャラボードが設置されていた可能性もある。
まあ、大都会東京のありふれた日常光景の中に、スッと差し込まれたびっくりシーンということで済ませることにしよう。
ちなみに、下のリンクでイベントの説明を発見しました。
https://www.tokyo-odaiba.net/event_tourism/rinkai_20anniversary/

確かにビッグサイトは、ある種の趣味の持ち主には戦略的重要拠点だからなあ。

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東京にある東京アンテナショップ

東京ビッグサイトの東館西館をつなぐロビーに、面白い店がある。東京都のアンテナショップらしいのだが、しばらく前に見た時は東京都の離島、伊豆諸島の名産品を置いていた。八丈島の焼酎がお家あった。都内の酒屋でも見かけたことがない島焼酎の印象が強く残っていた。その店が、随分とファッショナブルな店に置き換わっていて、入り口にはけばけばしいと言うかふくふくしいというか、大きな熊手が飾られている。酉の市で手に入れようとすると30万円とか50万円とか言われそうなビッグサイズだ。その店の中に入ると東京の名産品?が販売していた。ただ、その商品ラインアップがなんとも怪しいというか、楽しい。どうも品揃えが日本人向けには思えない。

たまに自由が丘界隈に行くと、ついつい買ってしまうなボナだが、これが東京名物と言えるのは相当の高齢者ではないかなと思う。全国的に知られた銘菓なのだろうか。仙台の「萩の月」や、京都の「生八橋」のようなお土産の絶対定番かと言われるとちょっと微妙な気がする。ただ、個人的には東京土産として購入頻度が高いのは、このナボナと浅草の芋きん、目黒の揚げ饅頭だ。どれも美味いと思うが、日本全国で知られているとまでは言えない「知る人ぞ知る名品」というものだと思っている。
ビッグサイトの展示会に参加する人、来場者のほとんどは東京周辺に在住するものだと思うが、全国からこれを目当てに出張視察に来る人もいるから、まあ、こういう需要もありだろうか。確かに、お台場周辺には土産物屋はない。観光名所だったビーナスフォートもなくなったみたいだし。

そのあと見つけた限定品が、なんと斬新なデザインのラベルだと驚いた、ビッグサイト限定日本酒「東京ビッグサイト」だった。真面目な酒なのだろうが、これはやはりウケ狙いで酒好きな友人へのお土産か、などと笑ってしまった。
ただ、ビッグサイトは外国人視察者もそれなりの数が来る。ひょっとすると、そちら向けの国外受けしようとした黄金色なのかもしれない。日の丸が散りばめられたデザインよりは良いだろうし、桜吹雪に富士山みたいなものは……………最近では受けないのではとも思う。

逆に、日本人外国人問わず、ある種の思考の方達には熱狂的に支持されそうな「梅酒 特別仕様」が売られている。デザインもすごいが、お値段もすごい。梅酒を馬鹿にするつもりはないが、これは国産シングルモルト級の価格だ。
百年梅酒というのも気にな理サイトで調べてみたら、100年貯蔵熟成した梅酒ということでは似ないようだった。それでも極上品のようで、なんとなく一度試しのみはしてみたい気がする。ただ、このパッケージで買うときはそれなりの気合いというか勇気がいりそうだし、家で飲むにしても一人でこっそり飲むべきだろうなあ。

ビッグサイトはここしばらく連続していく予定なので、次はもう少し時間をかけてじっくり東京名品を眺めてみよう。

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ビッグサイトで展示会

ビッグサイトに来るのは随分と久しぶりな気がした。長い間、2月のビッグサイト展示会は年間の定例行事だったのだが、コロナの間は展示会自体がお休みになっていたり、こちらが出かけるのを躊躇ったりしていたので、感覚的には随分間が空いたような気がしている。国際展示場駅から10分ほどかけて歩いて行く間に吹き付ける湾岸の海風は相変わらず冷たい。
今年はコロナ前と同じくらいの人出にもどったようだ。

入り口付近に、年内の展示会予定も貼られている。開催者も今年は気合が入っているのだなと、思わず笑ってしまった。館内に入り辺りをせかせか歩いている出展者、視察者を見ると、こちらも戦闘モードというかお仕事気分になってくる。展示会は同業者、関連業界の企業が集まってくるので、いわば仲間内の世界なのだが、それだけに専門領域というかプロ仕様の仕事場という感じがする。こちらも気合を入れて視察してみようと力が入る。久しぶりな展示会のせいで入れ込み気味なのだ。

最初からお目当ての外食関連の展示に行くのは気が引けるので、ちょっとよそ見をしてみることにした。地域振興プロジェクトという名称に惹かれて、展示ブースの一番端まで行ってみた。全国の地方企業があれこれ賑やかに集まっているのを期待したのだが……………

なんだか最近流行のビジネス用語がたくさん並べられている説明がある。言葉は多いが中身がよくわからない、典型的などこかの「官主導」企画らしい。少なくとも自分にとって、3つのDXとは謎の呪文でしかない。Linked Cityは日本語にすると何になるのだと突っ込みたい。そもそも情報で繋がるいうのであればConectedの方が英語的にはわかりやすいのではないか?などと、看板の前で考え込んでしまった。しかし、何度読み返してみても、何をしたいのかよくわからない。仕方なく、わからないまま中に入ってみた。もっとわからなくなった。
そのあと、本日の目的地であるレストラン業界向けの展示ブースに移動し、コロナの間に止まっていた感のある色々な技術が進んでいるのを確認できた。これはよくわかる。すごくよくわかる。相手もこちらも専門用度で話し合える。プロの会話だなと、ついつい話し込んでしまう。
やはり展示会は。自分の守備範囲をよく考えていかないと、ただただ頭の中に???が浮かび、歩き疲れるだけのダメなアクティビティーになることが理解できた。
この日の歩数は15000歩、久しぶりにがっつり歩いたので、体のためには良いことをしました。

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早くも始まった円高還元に見る日本政治のあれこれ

アフターコロナは値上げの時代、そしてその反動は半年から一年で出る、と言っていたのだが。近くのスーパーで、さっそく円高還元セールが始まっていた。半年どころか、年が明けて一月もしないうちにだ。
確かに、日銀の口先介入(?)で円は一気に高騰した。というか、円ドルのレートが150円台まで行ってしまえば、輸出産業の儲けよりも原油輸入の損の方が大きくなるという、単純な経済原理だろう。為替だ、金利だ、国債だと、経済学者は精緻に入り乱れた要素をあげつらい解説しようとするが、やはり「オッカムの剃刀」を一振りすれば、ことは落ち着くところに落ち着くということではないか。
これからはゆっくりと円高が続いて、安倍政権末期の安定レートに至るのではないかと思う。どこの国でも長期政権が続く時は、為替変動が少なくなると記憶している。国内の政権基盤が強い(たとえそれが独裁政治であれ)と、国外も含めて通貨は安定するのは、歴史を振り返ればよく起こっている現象だ。ただ、弱小国家の長期独裁政権では、経済無視の政治が続くのでハイパーインフレが起きたりするが、その場合は革命なり政権交代で事態が収まる。
現・自民党政権は、そういった歴史的観点から見て、安倍長期政権の後釜としては力不足なので、為替の乱高下が発生したと見るべきだろう。政治の無策や無能な政治屋は、国民の災厄というしかない。その被害は、まずは物価という身近な経済現象として現れる。歴史をふりかえれば、今の日本は、大正デモクラシーで浮かれた後の昭和恐慌みたいな感じだろうか。昭和初期には、政治家テロも起きたし、軍備増強と増税が始まるのは、まさに昭和はじめの狂気な政治的状況に似通う。結局、敗戦に至る長い愚かな政治が続き、国民はそれに熱狂し失望した。敗戦という外部からの革命を受けても、愚かしい政治屋が一斉に廃棄されたためか、昭和中期は経済繁栄の時代になった。その結果、昭和の中期にはキングメーカーとして精力を誇る元首相が生まれヤミ将軍などと呼ばれていた。この時期狂乱物価などと言われる時期もあったが、賃金は上がり市民は豊かな経済のおこぼれに預かっていた。概ね、小市民が幸せを感じる時代だった。そして、平成の経済沈没があり、小市民は豊かさとは関係ない暮らしになった。貧乏になった平成日本が令和の時代になり、キングメーカーを狙っていた最長政権保持者が突然いなくなった。これからは、おそらく短期間で小物政治屋がくるくる変わる時代になるのだろう。平成前半の、日本が救われない時代が再来するに違いない。


たかがバナナではあるが、されどバナナというか、典型的な輸入商品であるバナナの値段で世界が見えてくるというのも言い過ぎか。
ただ、このバナナ、以前の値段と比べても安くなっていない気がするのだが。バナナ好きなので、他の果物や野菜の値段は覚えていないが、バナナの値段だけは記憶にある……………

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西新宿 飲んべいストリート復活

新宿駅西口を新大久保方向に北上すると、西新宿の飲み屋街がある。小田急ハルクの裏側の一角と言えば良いだろうか。そこには昭和から営業している渋い居酒屋が数軒あるが、よく通っていた店が焼き鳥の名店ぼるがだ。店内は薄暗い。複数で行くと2階の広間に案内されるが、一人のみだと一階のカウンター前になることもある。焼き鳥に日本酒を冷でというのがに合う店だ。ここしばらく営業しているか気になっていたが、元気で開けているようだった。ちょっと時間が早く、焼き鳥を焼いている姿は見られなかったが。夏の夕暮れ時に、この店の前を歩くと、焼き鳥の煙でもうもうと煙っている。個人的には、なんとなく西口の象徴的な店という気がする。夏が近づいたら、また来ることにしよう。

そこから徒歩1分にある居酒屋がこの日の集合場所だった。にほ飲酒の品揃えが良いと聞いていたが、店に入る前から「推し」銘柄がたっぷりと押し寄せてくる。階段脇のポスターを見ていたら今日はやはり濁り酒にするべきだろうと思った。濁り酒は冬のご馳走だと思うが、甘口なので飲み過ぎ中だ。一杯でやめる勇気が重要。

店内に入るとこれまた大量の銘柄札が並んでいる。飲んだ記憶があるものが半数くらいで、東日本の酒が多い。伯楽星を置いてある店は珍しいなと思うが、それ以上に豊盃は幻級で、都内どころか蔵元である青森でもなかなかお目にかかれない。日本酒ラブに溢れた店だ。今後は我が新宿の本拠地にしようと真剣に思う。食べ物メニューを見ても、基本的に日本酒に合う料理が並んでいる。どうやらとても良い店を紹介してもらったようだ。
しかし、歴史がある店だということだが、なぜ今まで存在を知らなかったのだろう。ちょっと人生を損した気分になる。店内は酒好きで溢れていた。賑やかなオヤジの居酒屋と思っていたら、女性客も結構多い。

日本酒に揚げ物は合うかなあとちょっと気になったとフライ料理だったが、これはなかなかに逸品で、酒も魚もうまいと感心した。西新宿の居酒屋はコロナ前のように賑わっていたが、これが本格的な復活なのか、もう少し時間がかかるのかもしれない。
入り口に貼ってある東京都のレインボー認定マークが、今更ながら当てつけがましいというか、行政とは無能者の集団だから気をつけろとい戒めであるように見える。意味のないことに意味を持たせるという意味なのだな、などと笑わせてくれた。このマークが東京都の暴政と歴史の教科書に書かれるのはいつの頃だろう。キリシタンを人別する道具だった踏み絵(最近は別の意味合いがあったとされているらしいが)と同レベルで記録されるのではないかと思っているのだが。
レインボーマークがあるから安心して飲める店、などと思っている呑んべいオヤジ(一部はおばさんも含む)は世の中にどれくらいいるのだろうか。
昔懐かしい店内の居酒屋風景にホッとしながら、そんなことを考えていました。しかし、良い店です。来週、また行こうとも思っております。

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立食い蕎麦のバージョンアップ?

東京でサラリーマンをやっていると、この店のお世話になることは多いと思う。都内には有名な立ち食い蕎麦屋のチェーンは複数あるが、東京山手線東部では小諸蕎麦、西部であればこの富士そばにお世話になっていた。
東京で働くようになって駅前の立ち食い蕎麦と牛丼屋の多さにびっくりしたが、店の数が多いことはそれだけ需要が多いことを意味する。立ち食い蕎麦には寝坊をした時の朝飯や、残業食で随分とお世話になった。
ただ、コロナの最中から主力客であるサラリーマンがリモート勤務になったりしたため営業的にはなかなか大変だったようだ。このコロナの3年間で立ち喰い蕎麦屋の廃業はかなりあったようだし、チェーン店でもメニューの改変が進んでいる。表の看板で見るように、そばの店から天ぷらや丼推しに変わってきている。最大の変化はラーメンがジワリと勢力拡大していることだ。

普通の醤油ラーメンもあるのだが、個人的なお気に入りは煮干しラーメンだ。ぱっと見では豚骨系の白いスープに見えるが、味はしっかりと煮干しの出汁になっている。青森の煮干し中華そばに近い感じがするが、あれほど魚臭くはない。都会のマイルド系という感じだろうか。具材はシンプルというか、おかめそばのトッピングを思い出す和風テイストな感じもある。チャーシューが昔懐かしなペラペラなので、それもまた「味」というものだろう。個人的には厚切りチャーシューよりも薄切りの方が好みなので不満はない。いちばん頑張っているのはワカメで、蕎麦よりもラーメンスープの方が、よく似合っている気がする。この煮干しラーメンは一部限定店舗のメニューだったはずだが、全天に広がったのだろうか。富士そばは個店でのメニュー拡散がすごいので、全店共通メニューはそれこそ限定的だ。煮干しラーメンはいまだに都心部だけなのかもしれない。
蕎麦屋のラーメンが人気の高い山形県で、蕎麦屋のラーメンを食べると、蕎麦と中華そばの文化的ミックス具合がよくわかる。一時期、和風ラーメンなる怪しげなものが流行っていたことがあるが、蕎麦屋のラーメンはそれとは違う気がする。蕎麦屋のラーメンは「出汁を使った麺文化」という点で相性が良いと思う。麺の違いがバリエーションになる。だから蕎麦屋のラーメンは成立する。しかし、うどんとラーメンは同じ小麦麺製品なので同居が難しい。うどん専門店でラーメンがメニューに載っているのはみたことがない。逆にラーメン屋で蕎麦が同居している例は少ないというか、有名な店はほとんど記憶にない。(北海道の山頭火で蕎麦の麺があるくらいか)
蕎麦屋のメニュー拡張機能はすでに麺や丼の取り込みで保証されている。麺である蕎麦を飯に置き換えることで、メニュー拡張はほぼ自動的に可能だ。だから、立ち食い蕎麦チェーンが「蕎麦とラーメンと白米飯」を提供する次世代の大衆食堂に進化する可能性は大きい。おまけに立食い蕎麦は最初から、カウンターでの商品受け渡しという省人的コンセプト設計だ。
立食い蕎麦屋の好敵手である牛丼屋のメニューがやたら複雑化していて、おまけに値頃感を失うほどの値上げが続いている。現在の牛丼屋が取る基本戦略は、新商品投入=価格上昇の構図で、いずれ限界が来るだろうとは思う。だから、それを横目で見ながら立ち食い蕎麦チェーンはあれこれ画策しているようだ。そのうち、「牛丼が本業の店」よりもうまい牛丼が立食い蕎麦屋で出現しそうな気もする。「牛丼食べるのなら○○蕎麦がいいよ」みたいな評判が生まれそうだ。牛丼屋VS立ち食い蕎麦屋の決戦は、蕎麦屋の方が優勢な気がする。
演歌のかかる店内で、最後まで残しておいたメンマを噛み締めながらそんなことを思っていました。

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3年ぶりにOB会? 鍋パーティー

味噌ちゃんこでたっぷりうどん入りという珍しい?タイプ

ちゃんこ鍋を食べることになった。4人での小規模新年会みたいなものだが、この当たり前の世界が復活したことに気がつくと、なんだかあれこれと考えてしまう。
少なくとも店内にコロナ対策の名残は存在する。入り口の消毒スプレーは設置されたままだ。これは個人的にコロナ対策とは別に、残った方が良いと思う。コロナ期間中に食中毒が減っていたのは事実だ。客数、飲食回数が減っていた以上に、店舗側の衛生意識が向上したことが原因だろう。その衛生意識改善の戒めとして、消毒スプレーは残しておいた方が良い。
ただ、全く意味がなかったアクリル仕切り版はもう撤去しても良いだろう。飛沫感染ではなくエアロゾル感染(空気感染の言い換えみたいなものか)がコロナ感染拡大経路に認定されているのだから、壁を作るよりも換気に主眼が置かれた対策が必要だ。まだ官はそこに踏み込もうとしないのが、官の官たるところだろう。
コロナの時代に多人数の飲食を制限していたが、あれも科学的根拠はどうだったのだろうか。10人20人という大人数であっても、4人テーブルに分散すれば大丈夫だみたいな「政治屋の屁理屈」もずいぶん聞かされた。所詮、科学は迷信やおまじないやクズな政治屋の言い訳には勝てないのだ。
付け加えると、最近流行りの政治屋的言い訳は、ワクチンの接種率が上がったので高齢者の死亡率が減ったということらしい。確か最初の頃は、ワクチンを打てば流行が抑えられると言っていたはずだ。が、今ではワクチンは流行を抑える力はないが、重症者を減らす効果はあるに変わっている。
要するにジイさんバアさんが死ななくなれば問題解決したと言いたいらしい。さすがにそれをはっきり言う政治屋はいないが。だから、コロナ終息宣言を出さない。実にこの国らしい「解決策」なのだが、それでも人はその胡散臭い匂いをかぎ分ける。どうやら、コロナは終わったらしいよと。だから、鍋料理の新年会が復活できたということだろう。
飲食店にとっては、はっきりとした「コロナ終わり宣言」は必要ない。人々が暗黙のうちに、そろそろ大丈夫みたいだねと思ってくれれば良い。逆に、マスメディアが馬鹿馬鹿しいコロナ報道で視聴率稼ぎをしなくなれば、客は戻ってくると考えているだろう。それもまた世間知というものだ。
今では、コロナ報道の代わりにインフレ報道で社会を煽っているが、放送局社員が高級取りだということも知られているので、このインブレ報道は今ひとつ正義として機能しない感じもする。円高に振れれば、必ず輸入還元セールを始めるのが流通業の習いだから、インフレも一息つくことになると思う。そうしたらメディアは一体何を次の生贄にしようとするのか。
ちゃんこ鍋を食べながら、そんなことをぼんやりと考えていた。ちゃんこにたどり着く前にあれこれ頼んでいたので腹が膨れていたせいもあり、久しぶりに会った友人たちとの会話が楽しかったことに加えて、ちょっと飲みすぎた酔が合わさり、あれこれ妄想したことだ。
ちゃんこ鍋を食べるのは、実にささやかな幸せだが無くすにはあまりにも貴重な幸せでもあるとも思っていた。
この3年間は、こんなささやかな幸せが全国で抑えられていたのだ。やはりコロナは静かな戦争だったと思うべきなのだろうか。10年も経てばその手の社会分析がされるのだろうが、現在進行形で生きているうちは、ささやかな幸せをまた手に入れたことを素直に喜ぶべきだろう。そして二度と手放してはいけないのだ。来週はどんな鍋にしようか。

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アフターコロナの我が街では

この方は、自宅近くの地元出身だということは知っていた。実家が地元の街にある芸人さんはもう一人いるが、どちらの実家も徒歩10分程度の近くにある。お笑い芸人の街だとは思わないが、テレビでローカル案内番組が放映されるときはよく登場する。しかし、この街に観光する場所があるのかと長年不思議に思っていた。
市役所の横にある航空公園は、なかなか快適で広大な空間だが、元は帝国陸軍航空基地で戦後米軍に接収された。まだ一部が米軍通信基地(レーダー基地)になっているので、野党議員を中心に基地変換運動が生き残っている。航空自衛隊の基地は隣町の入間にある。、東京都のハズレ横田基地に空自の本社(?)もあるから、この周りは首都圏の航空基地群と言って良いが、観光名物かといえるか。集まるのはミリオタばかりのような気がする。
それ以外の名所は、トトロの森(のアイデア原型)くらいか。狭山茶の畑はあちこちにあるが、あれは純粋に農地であり、能登の棚田のようま観光地ではないだろう。
最近では角川の複合施設が街の東側に出来上がり、なんとか観光地化した気配がある。鉄道スタンプラリーの目的地になったりもする。首都圏にある都市としては、観光地として認識されつつあるのかもしれない。それでも千葉にありながら東京を名乗る巨大リゾートには敵わないが。

確か何年か前のビジネス雑誌で首都圏郊外のベッドタウンが縮小しているという記事があり、立川、八王子、所沢、船橋、松戸あたりで人口減少始まった、この先どうなるみたいな内容だった。どの街も人口30万人以上あり、他県であれば県庁所在地クラスの中核都市にあたる。子供世代は通勤の楽な都内に引っ越して高齢化が進み深刻な社会インフラの問題が………みたいな話だった。
そうか、人口減少都市なのだなと思っていたが、なんと昨年末では人口が増えている。男は減ってているが女は増えている。年末の数値なので、引っ越しなど季節要因での変化は少ないはずだ。
高齢者はあまり引っ越さないから、若い世代が増えたのか。角川の社員が引っ越してきたか?などと馬鹿な想像をしてしまったが、この街に新しく大企業が移ってきたという話も聞かない。東京都の人口は減少したという記事も出ていた。コロナのせいで大都会脱出が進んだということらしい。
女性が増えたということは、やはり子供を産む世代が増え、結果的に出生数が増えたという意味だろう。ただ、赤ちゃんが女ばかり生まれるはずもないので、高齢者の死亡数で男性が多いということが推測できる。赤ちゃんがたくさん生まれてジジイが死んでいく街になってきたということか。ふむふむ。なんとなく納得した。これは、街という巨大な生き物にとっては良い兆候だ。
街を車で走っていても、軽自動車の比率が随分と増えたような気がする。大型のワンボックスより多い感じだ。元気な女性の街になっていくのであれば、うるさいジジイは早めに消えていくのもありかもなと、我が身を振り返りながらしみじみと思ってしまった。
統計から読み取れることは多いなあ。(勝手読みですが)

市役所の中も、ステイホームだ三密だワクチンだと言った、コロナに関する恐怖を煽り恫喝するあれこれは消えていた。それと合わせたように、市内にあるレストランのテイクアウト促進コーナーもひっそりと隅に追いやられていた。
代わりに、地域振興なのかスポーツ選手の応援看板?(タイアップ看板)が並んでいた。コロナで脅す街からスポーツイベント都市へイメージチェンジを図るつもりらしい。まあ、この方が健全だよねとは思う。
官庁のやり方もアフターコロナで色々あるのだなあ。

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復活 The 立ち飲み

渋谷にある立ち飲みの店によく通っていた。なんとなくしばらく行っていないうちにひっそりと閉店していた。街の再開発の影響だったようだ。まだ禁煙規制が緩かった時代、地下にある店の入り口を潜るとタバコで店内が煙っていた。(という印象がある)古き良き昭和の世界で、天井近くに置いてあるテレビでは野球中継が流れていた。家に帰ると野球中継が終わっているから、なじみの居酒屋でテレビを見て帰るなどということが当たり前だった時代だ。
立ち飲みの店で長居はしないという暗黙のルールは、この店では全く成立していなかったような気がする。自分のためにひとり時間を過ごすのが立ち飲みの店のはずだが、スポーツ・バー的な共感の場という役割を果たしていたのかもしれない。

その店が、去年の年末近くに再建されたと聞き、恐る恐る出かけてみた。前の店はビルの地下だったが(だから初見で入る人はいなかったはずだ)、新店舗は通りからちょっと引っ込んだではいるが一階にあり入りやすい。夏になれば扉を開けて表で酒を飲む人も多いだろう。ただ、今の東京ではエアコンなしの屋外で立ち飲みすると命の危険がありそうだ。
看板もオシャレというかひっそりとしていて、渋めのスタンド割烹みたいな感じがする。これだけみると昭和の香りはかけらもない。

店内は、さすがに新店だけあって綺麗なものだ。タバコの煙もないから、店内が煤けて風格が出ていくのにも時間がかかるだろう。あちこちの店で消えていたテーブル上のあれこれ(箸立てや調味料など)もすっかり置かれるようになった。
壁にブラさがっているメニューが描かれた黒板は昔と同じスタイルだ。

カウンターの前には、白い紙に印刷されたメニューが丸めてコップの中に入っていた。おもむろに取り出してあれこれ注文の品定めをする。The 居酒屋定番というメニューが並ぶ中、オヤっと思う新しめな名前もある。クリームチーズやらアーリオオーリオやらキャラメリーゼやら、カタカナが混ざるメニューになっているのは令和の証だろうか。お値段も昭和価格から令和価格(最新版)になっているのは仕方がない。
赤丸付きがおすすめのはずだが、よくよくみるとこれこそ居酒屋メニューと言いたい定番品だった。

今回は一つだけ注文してみた。昔食べていた記憶があるメンチだが、何やらとてつもなくすごい料理に進化していた。酒の肴というより、ビストロで出てきそうな風情がある。定番のメンチでこの変わりぶりなのだから、やはり端から順番に食べてみたいものだ。全部試し終わるまでには週一で通ってもずいぶん時間がかかってしまう。燗酒は熱めだった。昔ながらの燗付け機が使われているのだろうか。

一番変わったのが最新型と言えるスマホQRオーダーシステムの導入で、なるほどこのあたりは居酒屋DXだなと思っていたが、お店の方に最初から口頭オーダーでOKと言われたので、それじゃあと普通に注文してしまった。
これからの立ち飲みする客層を考えると、スマホオーダーが主流になるのは間違いない。が、いまだに生存しているヘビーユーザーの大半はオヤジ族+高齢者のはずだから、スマホオーダー制一択にはなりきれないのだろうなあ、などと燗酒を飲みながら考えていた。
飲み物も燗酒などという衰退した酒はそのうちに消えてしまい、ハイボールとサワー中心になるのも間違いなさそうだ。それでも、ホッピーと焼酎という東京居酒屋の王道はしっかり残っていたから、新世代のハイブリッド立ち飲み屋としてなんとか生き残ってほしい。
次に行けるのはいつになるか、それとも全ての予定を渋谷経由に変えるか。あれこれ悩ましい。

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コロナが明けた世界の匂い

北国に住んでいると、まだあたりは一面の雪景色なのに、なぜか突然季節の変わり目が来たと思う瞬間がある。大抵はよく晴れた日で、気温が少し緩くなり、空気の匂いがなんとも変わった気がする。これを「春の匂いがする」と自分勝手に呼んでいた。
去年の終わり頃に、それと同じような感覚がした。今は、コロナの季節が明けたのだなあ、と街を歩きながら思う。世界の匂いが変わったのだ。テレビではまだ第8波などと騒いでいるけれど………

まるでバブルの時代を思わせる、電飾感満載の店を渋谷のハズレで見つけた。ぱっと見では店名が今ひとつよくわからないが、何軒かの居酒屋が入った飲食ビルだろう。普段はほとんど歩かない渋谷の南にある通り沿いにあり、いつ開いたのかはわからないが、コロナの時期に開いた店なのかもしれない。そういえば飲食店の明かりを消して、人を呼び寄せないようにせよなどというおバカな知事の発言を思い出した。あれは、いつ解除になったのだったか。それとも、まだ生きているのかな?
コロナの時期には色々と学んだが、その中でも最大の事実は大体の地方自治体首長はおバカだということで、その筆頭が日本最大の地方自治体にいた。首都に暮らすということは、人生の何年間をおバカな首長の行政で無駄にすることだと諦めるしかない。
ただ、首都の隣県でも事情はあまり変わりはしない。賢人と言える首長を見つけるのは宝くじを当てるより難しい。

渋谷と同じく街行く人に若者が多い街、高田馬場でも老舗居酒屋がリニューアルしていた。こちらも明るい看板にかわり、入り口から見える店内は明るくなった。若者向け対応のようにも感じるが店内は相変わらず熟年サラリーマン?と高齢者の集団疎開場所の雰囲気がある。若者は100mほど先にある昭和の大衆居酒屋風な店に吸い込まれて行っている感じだ。
社会全体的には、コロナの間で飲酒忌避の習慣がすっかり出来上がったようあり、それは特に若者世代で顕著らしい。居酒屋に郷愁を持っているオヤジ世代が戻ってきてはいるが、その次の世代はすっかり居酒屋を見限っているのかもしれないなあ、などと感じている。
ブームに乗って一気に増えて一気になくなってしまう飲食店は多い。最近でいえばタピオカドリンクの店だろう。一昔前はどこの街にもあった博多ラーメン店もすっかり数が減った。コロナの影響で、居酒屋がまさに滅びゆく業種になりつつある。
そんな時期にあえて逆張りというか生き残りをかけて頑張る居酒屋業界にささやかながら応援していきたいぞ。