街を歩く

ひっそりと駅名変更告知

東京ビッグサイトに、また展示会を見にいく機会があった。そこで、国際展示場駅の中を探索してきた。前回の、駅名変更の謎を確認してみようと思ったので、一階にある改札口付近を中心に探し回ってみた。
しかし、改札口付近には何も見当たらない。改札口からかなり遠くにある壁面にポスターが大量に貼っている掲示板コーナーみたいなところがあり、そこに例の「謎」の証があった。
まずは校名がひっそりと書かれた、りんかい線全体の絵が一枚。渋谷から直通18分というメッセージが微妙に効きそうなのは、やはりビッグサイトを聖地と崇めるコアなファン集団の属性だろうか。
りんかい線直通の大規模駅は渋谷の他にもたくさんある。「新宿」から20分とか、「池袋」から25分でも良いではないか。いや、それをいうのであれば「赤羽」から40分?とか、「大宮」から60分でも良いはずだが、やはり渋谷以外の場所は魅力が薄いのだな、きっと。
新宿が舞台であれば「深夜食堂」、池袋が舞台であれば「池袋ウエストゲートパーク」など名作もあるが、聖地巡礼集団にはダメなのか。赤羽であれば、迷エッセイ漫画「東京都北区赤羽」もあるのだが。大宮が舞台となる作品は……………思いつかない。「翔んで埼玉」でも大宮描写はあったかなあ。

そして、これが大本命の駅名変更告知?だった。期間限定で実施されることがわかる……………のかな?
それとよく見るとりんかい線全線とのコラボらしいので、他の駅にもこのような企画が動いているのかもしれない。ただ、それを確かめる元気はない。その手の努力は、聖地巡礼を行う「使徒」に任せるべきだろう。

当然、コラボグッズのポスターもあった。これは重要な資金源なので、絶対に掲示が必要な案件なのだが、そもそもグッズはどこで買えるのだろうか。駅構内に販売所が見当たらなかったのだが。ひょっとすると改札を出たところにあるコンビニ店で、特設コーナーがあるのかもしれないと気がついたのは、家に戻ってきてからだった。
まあ、鉄道コラボの企画が動くということは、コロナが終わった証拠みたいなものだから、歓迎すべき「善き事」なのだ。全国のアニメ聖地巡礼も復活しているようだし、世は全てこともなしな平和が戻ってきた。

街を歩く

銀座でお買い物@熊本館

銀座界隈に散在する各県のアンテナショップを巡るのは、都内散歩のお気に入りコースだ。ショップの位置はだいたい頭に入っているが、その時々で仕入れたいものが変わるから、日によって巡回コースは変わる。一番のショップ密集地帯は有楽町の交通会館だが、銀座の目立つ場所にある大型店舗や裏通りにひっそり存在する隠れ家的店舗もある。一応、関東の近県からも出店しているので、日によってあれこれテーマを決めた楽しみ方はある。新橋や日本橋にもショップがあるので、全部回ろうとすると一日掛の大遠足になる。
当然ながら、首都圏の付属品である?埼玉、千葉、神奈川のアンテナショップは見当たらない。用があるなら直接来いと言うことだろう。
この三県の産物は東京駅に行くと、東京土産の中に一括りにして置かれているものも多い。草加せんべいなど浅草人形焼の仲間扱いだし、崎陽軒のシウマイも横浜名物とは思えない「東京もの」ぶりが目立つ。千葉のピーナッツ製品は、流石に東京のお土産感はなく独自色があるような気もする。それでも東京湾岸にある某ネズミノクニは、名乗りは東京〇〇だが、住所は千葉だし……………

今回発見した小袋(左側)は100円 右が普通サイズ


銀座のアンテナショップのお気に入りの一つが「熊本館」だ。ここでよく購入するのが、醤油(九州独特の甘い濃厚醤油)と、名品いきなり団子(饅頭の中身が芋の餡)の二品だが、売り切れていなければければ買ってしまう洋菓子がある。熊本では老舗洋菓子店スイスの「リキュールマロン」だ。
熊本館ではチルドで売っているが、通販であれば冷凍配送される。サバランに似た、リキュールにどっぷりと漬け込んだアルコール菓子(笑)で、ウイスキーボンボンよりももっとストレートなアルコール感がある。酒に弱い人であれば、ひとつ食べるとかなりの衝撃を受けるのではないか。
食べた感じで言うと、仙台名物萩の月に似た感じのふわふわ生地が甘さたっぷりで、そこに焼酎をたっぷりかけたと言うかドボンと漬け込んだようなものだ。実際には焼酎ではなく洋酒(リキュール)につけ込んでいるのだろう。
これを食べながらウイスキーを飲むと、実にお手軽に酔っ払うのは間違いない。それだけアルコール量が多いので、一般の人が食べるのには「強すぎる」せいなのか、今回は小さいサイズのものが販売されているのを見つけた。試しに小さいサイズのものを買ってみたが、あまりにも一口サイズなので、満足感に欠けるかなと思う。だが、お酒の苦手な人にはコチラ程度でちょうど良いのかもしれない。ジャストサイズというやつか。あえて形容すると、普通サイズが「ドボンとお酒」感があるが、小さい方は「ほんのりお酒」程度だ。微妙に作り方が違うのかもしれない。
手土産に持っていくには、この小さいサイズが良いのかもしれないなとようやく気がついた。

熊本といえば辛子蓮根と馬刺しみたいなイメージがあるが、洋菓子もレベルが高い。食は文化度を表すと思っているので、熊本は文化都市としての水準が全国トップクラスなのは間違いない。

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観光スポットではないやり残し

秩父鉄道、御花畑駅のそばというより、ほぼ構内と言いたい場所にある喫茶店がなんとも怪しげな魅力を振り撒いていた。午前中はまだ開店していなかった昭和レトロ喫茶店(自称)だったが……………
喫茶店とは朝から開店するものではないかと思う。モーニングサービスは、もはや完全に日本語化した喫茶店文化ではないか。なのに昼直前でも開店していない。今日は休みなのかと思ってしまった。

午後になり、再び店の前を通ると営業していた。メニューボードやブラックボードが出ていたので、どれどれと眺めて見た。なんと、レトロな喫茶店というからクリームソーダとかホットケーキとか懐かしいものがのっているメニューを期待していたのだが、そんなものはかけらもなかった。
この店は、メニューから見ると確実に昼からやっている飲み屋だ。(それに文句はない、逆に大変ありがたい) お値段はかなりリーズナブルだし、料理?も(つまみも)あれこれ揃っているようだ。ついふらふらと入ってしまいそうになる。
しかし、どうも店の中からかなりの大音量な会話が聞こえてくる。おそらく常連客がいて、何かの冗談にガハガハと笑っているのがわかる。そこに、一見客として入り込むのはちょっと気が引ける。
これは、次回まわしかなと腰が引けてしまった。もう少し遅い時間であれば、そして飲み屋と割り切れば、勇気を振り絞ることなく入っていけそうな……………気がする。
しかし、何時開店なのだろう。お昼12時開店だとすると、喫茶店としてはずいぶん朝寝坊な店だし、居酒屋としては相当に早起きな店だ。

この化石もどこかで展示されているのだろうと思うが、不勉強で場所は知らない。秩父郷土歴史館とか秩父博物館みたいなものがあるはずだとは思うが記憶にない。秩父観光をするにしても、もう少し下調べをしないといけないと反省する。
ただ自分で調べるより、道の駅で聞くか、西武秩父駅前の観光案内所で尋ねる方が早いかもしれない。思い返すと、自分の旅のスタイルには「誰かに何かを聞く」という当たり前のことが欠けているのだな。今更ながら気がついてしまった。誰かに場所を聞いてパレオ君に会いに行こう。これも次回の宿題だ。

そして、次回の最大宿題、絶対達成目標、マスト案件は御花畑駅立ち食いそばで「きのこそば」を食べることだ。どうやらきのこそばは、立ち食いそばの中でも最高級ランクにあるようだし楽しみだ。ついでに味噌ポテトの食べ比べもしてみよう。ただ、この立ち食い蕎麦屋も開店時間を確かめておかなければいけないぞ。定休日があるかもしれないし。

この怖い警告看板は、秩父線のとある駅にかかっていた。最近、鉄オタの暴走がよくニュースで取り上げられているが、こんなもの、「警告」が設置されるほど鉄オタは暴れまくっているのか。単線で山の中をすり抜けるように走る西武秩父線は、写真撮影のスポットが限定されているので、線路内に立ちいる悪い奴もいるのだろう。ただ、警告の内容をよく読むと、どうも不埒な撮影ではなく車体への落書き(渋谷あたりでよく見るビル壁面の落書きみたいなものか)のようだ。
そうだとすると、明らかにイタズラというより器物損壊で犯罪だな。線路への立ち入りも犯罪だが、これはもっとタチが悪い。この駅も一度降りて散歩して確認して見たい気もする。こちらは野次馬根性での覗き見なので、宿題というにはほど遠いが。

街を歩く

街の光景 昔と今とが混じり合う

古い民家や商店を改装して甦らせることが当たり前になってきた。エコだ、SDGsだと騒ぐ前から「再生」という言葉は、若い世代を中心に「普通の考え方」になっている。その普通の考え方になれていないのは、逆に団塊世代やその上の世代ではないだろうか。長年そんな疑問がある。古い建物を壊して新築するのは善なり、という概念が根強くあるのは、敗戦後に焼け野原から復興した記憶のためだろうか。
築100年の建物といえば、1920年代に建築されたものにあたる。つまり、大正時代に建てられたことになる。大正年間でも関東大震災の直後に建て直された建築物であれば、そろそろ100年建築ということだ。関東圏では東京を中心に関東大震災で街が一度なくなってしまったところが多い。その後、東京は大空襲でもう一度街がなくなっているから、古民家改装の元になる「古い民家」自体が少ない。
大戦中に起きた大地震と空襲で、名古屋も似たようなことになっているはずだが、名古屋は古民家改造のレストランがたくさんある。京都は空襲も大地震とも無縁だったから、まだまだ町屋が残っていて町屋改造旅館とか食堂、蔵を改造した雑貨店など街がオシャレな変化をしている。東京の壊して建て直す文化とは随分違う。
都市の景観の問題も、一度焼け野原になった街では古いものを守ろうにも、守るべきものがなくなったという状況が関わっているはずだ。だから、東京の街には景観マネージメントがない。そんなノーマネージメントな首都圏で、秩父はどうやら街に残された古い建物を活用する術があったようだ。確かに秩父の街で散見できる木造の一軒家は「映え」がする。

そうした改造古民家、古商店に合わせて作ったであろう壁面看板も、今ではすっかり色褪せて良い風格を示している。時間が作り上げる落ち着きみたいんものだろうか。これも新しく作り替えると、やはりちょっと違和感が出てくるのだろう。あちこち、消えた文字を修正すると、それはそれで「足跡」が残って風合いが増すのだろうし。

一見すると資料館・歴史館のような感じだが、中は営業している現役の店舗だ。タウンマネージメントなるカタカナを使うまでもなく、街の中での活動拠点を残していることが、結局は街の活性化につながる。建物ありきとは言わないが、なんでも新しくすれば良いということではない。
古い民家を壊して、駐車場と貸しビルにするのは時代の感性にそぐわなくなった。古い街並みを残すことは高齢者のノスタルジーではない。若い世代の倫理観や価値観が「壊して作る」から「再生する」に移っていることを、地方都市で権力を握るジジババが理解できているだろうか。中央政界の魑魅魍魎は、それを理解しようともしないが。新幹線の駅を誘致する前に、手をつけるべきことだと思うのだが。駅ができても魅力のない街には誰も来るはずないだろうに。国会議員には、「それは俺たちの仕事ではない」と言い出しそうな連中ばかりが揃っているようだ。
しかし、街の再生事業は、そこにかかっているような気がしてならない。

ちょっと前まで、このような反戦平和ポスター的なものを見ると、おやおやまたレフトウィングの方たちが叫んでいるのだな、などと思ってしまった。ただ、今は少し違ってきているような気がする。普通の町内会、商店会の方たちが、素直におかしいものはおかしい、と言っているのだと理解できる。
地方都市の商店街に掲げられていることの意味は大きい。ウクライナ問題にかこつけて増税しようとする頭の悪い職業政治屋たち(心の歪んだ人たちだろうなあ)とは、根本的に違う想いだろう。青と黄色がウクライナの国旗の色だということくらいは、この1年間で覚えた。この国旗の色は、青空を背景にするとよく目立つ。地には平和をだな、と本当に思う。そぞろ歩きをする商店街でも、こんなふうに今の世界を見直すきっかけはある。観光スポットとは言い難いが……………

西武秩父駅から帰ろうとして見つけたのが、昔の特急のヘッドモデルだった。なんだか微妙なしろものだ。ある種の鉄オタであれば喜ぶだろうが、一般人にはわからないかもしれない。特急の顔紹介と一緒に、ブラタモリ風に秩父の鉄道開設事情を説明するとかできないものか。
そもそも西武鉄道は、秩父から山を突き抜けて軽井沢まで通じる一大リゾート鉄道開発を目論んでいたという伝説もぜひ公開してほしいものだなあ。でも、もしそれが完成してイラば、軽井沢まで直通電車で行けたのに。残念だな。

街を歩く

ポテくまくんに会いたい??

秩父神社参道、その一番神社寄りにあるお菓子屋がずっと気になっていた。ただ、オヤジが一人で菓子屋に入るのになんとなく照れがあり、いつも店の前を通り過ぎていたのだが、今回は意を決して入ってみることにした。クルミのお菓子が売っていないかなと思ったのだ。秩父はクルミが名産品らしい。そばを食べる時にもクルミのつけだれが使われる。
店頭にはテレビ番組で放映されたという張り紙がたくさんあった。確かにコロナの時期は、屋外ロケが主体の番組作りが増え、特にローカル私鉄、つまりあまり混雑していない路線を使った番組が多かった。秩父鉄道は関東近郊で一番お手軽に使えるローカル線だったから取材も増えたのだろう。
鉄道番組、旅番組で秩父鉄道と同じくらい目にしたのが大井鉄道、東武鉄道の北部方面路線、北陸の旧JR系路線、そして伊豆鉄道だった。この路線は四季を通うじての景色が流れていたから、ずいぶん慣れ親しんだ気がする。

さて、くるみ菓子を探しに入ってきたが、店内で気が変わった。このお店のスターであるらしいポテくまくんのお菓子を調達することにした。最近のローカルキャラ、ご当地キャラではアニマル系が人気者のようだが、大先輩である熊本県のクマキャラが知名度では群を抜いている。非公式で私設キャラでありながらほぼ千葉県船橋市公式っぽい不思議キャラは、最近露出が減っているようだが、ネット記事で読むと業務多忙で体調が思わしくなく業務量を調整しているとのこと。人気がありすぎるのも大変で、何事もほどほどが良いということか。
熊本県くまキャラは、確か影武者もいて何人(何頭?)かの複数ローテーションだったはずだ。人気者はそれなりに体調管理が必要だろう。
このポテくまくんの実在モデル(きぐるみ?)はお目にかかったことがない。自宅のある埼玉県郊外都市のキャラは、駅前で何度か手を振っているのを見た記憶があるが、それ以外の埼玉県ご当地キャラは存在感が希薄だし見た記憶がない。コロナのせいでイベントも減り出動を控えていたのか。
春になれば秩父市のイベントに出動していそうな気がする。武甲山近くの公園では芝桜が有名だが、今年は芝桜ではなくポテくまくんを見にいってみようか。ただ、その時期は花粉がひどい頃なので屋外イベントは避けてきたのだが、意を決してポテくまくんに会いに行くとするか……………
しかし、このお菓子、ポテくまくんではなく、その「おなか」なのだね。美味しくいただこうとは思うが、なんだか食べることに罪悪感も感じるネーミングだなあ。

街を歩く, 旅をする

路地を歩いて店探し

街歩きが楽しいところは、特徴あるお店が多い。思わず中を覗いて見たくなる雑貨店や、今日の昼ごはんはここにしたいなと思う食堂などが、街の中に適度にばら撒かれている。そんな感じのする街が、散歩というか、ぶらぶら歩き回るのに向いている。
秩父の街中には古い住宅や商店を改造したようなお店があちこちにある。一軒だけポツンとあるのは店主のセンスの良さということになる。ただ、街中のあちこちに洒落た店が見つかるのであれば、それは街の感性が高いということだろう。
人気の観光地は、もともとセンスの良い街並みがあったわけではない。大多数の場所では、昭和中期に個々の店がバラバラと立て直しをしたり、昔の店を潰してビルに変えたりしたので、街並み景観が不揃いになってしまった。その後、店主たちの高齢化などで閉店する店が増えてシャッター街に成り果てる。昼でも暗いゴーストタウンへ一直線だ。
それとは逆に成功した商店街や町は、まず最初に景観、街並みの整備に手をつけている。そこに小江戸とか小京都という形容詞をつけるのは常道手段だが、〇〇の街というキャッチフレーズで新味を出そうというのもよくある。
ただ残念なことに、愛とメルヘンの町だの、綺麗な環境と夢の町だの、やたら抽象的な意味なしフレーズを使うことも多く、それは逆効果でしかないとも思うのだが。
秩父は昔からの観光地なので、下手なキャッチフレーズはいらない。不揃いな街並みを仕立て直していくことは大切だが、一つ一つ光るお店があるのだから、それが増えていくだけで良い。そんな魅力的な店を探して歩くのが楽しい街だ。

いつも日帰り旅なので、秩父の街に泊まることはないのだが、それでも夜の居酒屋、小料理屋などには行ってみたい。このお店、昔の商店を改造したように見える。ここには夕暮れ時に入って見たい。「秩父めし」というだけであれこれ想像してしまう。地酒は秩父錦か武甲正宗か、あるいは秩父のワインや地ウイスキーということもあるだろう。適度に退色した店名垂れ幕が良い味を出している。

わらじかつを酒の肴にするのはボリュームがありすぎてちょっとしんどいが、枚数少なめにしてもらって、カツをちびちび食べるのはアリかもしれない。秩父名物のくるみだれで、太めゴワゴワの田舎そばをつまむ(決して手繰るのではない)のも捨てがたい魅力だ。
できれば季節の山菜天ぷらなどを注文したい。最初は塩で、少し時間が経って衣がシナっとなった後はくるみだれで食べるとうまそうだ。

ぶらぶら街歩きを続けていると、これまたおしゃれなファサードの店を見つけた。ぱっと見では飲食店に見えない。表に提灯がかかっているから食堂なのだろうとあたりをつけて、店の前から覗いて見た。ガラス窓に貼っている写真から、どうやらピザ屋らしい。ただ、おしゃれな外観なのだからガラス窓にはあれこれ貼らない方が、すっきり見えてアッパー感が出ると思うのだが。その代わりに店頭にブラックボードを置いたりして、おしゃれ感増幅すると良いのになというのが勝手な感想だ。
ただし、白い提灯は街のイベントものらしいので、イベントが終わればファサードも変わるのかもしれない。やはりここも、夕暮れ時に再訪すべきだなあ。

入り口脇に掲げられた小さな店名がすごく素敵だ。Wood Fire Pizza は、日本語にすると石窯焼きのピザということだ。石窯は火力安定のためガスにすることが多い。ただ、本物の薪を使うと(つまりWood Fireになる)木の焼ける匂いが生地に移り実にうまい食べ物になる。石窯ピザのうまさは、実は薪の香りが移ることにある。熱効率がとか、遠赤外線がとかいう前に、薪の燃える匂いが移った食べ物が、人類のDNAに刻まれた原始の記憶を呼び戻すのだと思っている。
この店のピザが食べて見たいな、と素直に感じたのだが、あいにくと営業してはいなかった。それは実に残念。

秩父神社の参道に並ぶ商店街も、平日の人影はまばらだと思っていたが、この2月の寒い時期にも関わらず結構な観光客が歩いていた。おまけにジジババの神社参詣ではなく、若いカップルが多い。パワスポブームということだろうか。それとも古い街並みが若者を惹きつけるのか。
秩父のパワースポットといえば、三峯神社と秩父神社のTwo Topは見逃せない。鎌倉時代から続く秩父札所巡りも、一大パワスポイベントだ。
頭の悪い高齢者が騒いでいる「日本の伝統を守れ」云々でいう伝統とは、大体が明治以降の100年程度しかない古来の伝統とは言いがたい軽い伝承や行為が大半だ。500年続く伝統行事なの数えるほどしかない。ましてや家庭内の序列など、江戸後期に出来上がったものでしかない。
おまけに明治の権力者は貧困武士の成り上がり者が多いので、幼少期には伝承行事に参加していないため(参加させてもらえなかったため)、上流階級が行なっていたあれこれに過大な憧れがある。その系譜を継ぐ、戦後生まれの(これまた)成り上がり者の騒音にはうんざりする。頭悪い奴の戯言としか思えない。
お前たちがピーピー騒がなくても、今の若い世代は自分たちの感性で古くからある日本のものを楽しんでいるだろう、とダメ出ししてやりたくなる。愛国だの道徳だのいう連中が、一番不道徳で自己愛が強く、おまけに自己陶酔しているナルちゃんなだけだと思うのだが。
閑話休題。その秩父神社参道の脇道に、これまたうまそうな蕎麦屋があった。路地に入ったところにある店は、それだけで「うまそうな店」「秘密の一軒」的な期待が高まる。この参道は何軒もの蕎麦屋がある蕎麦屋ストリートだが、この店が一番魅力的に見えるのは、やはり路地のマジックなのかもしれない。
民家改造の旅館も新しくできていた。コロナで苦しんだ観光地も、新しい動きが始まっているのだな。

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つくねと老舗と

単純だけに店の技術でうまさが際立つ 「つくね」

鳥のつくねは団子か、棒状なのか、正解はあるのだろうか。よく行く新宿の高級焼き鳥屋では棒状のつくねが出てくる。卵の黄身をつけて食べる、いわゆる焼き鳥というよりも鳥料理だ。ところが、これまたよく行く高田馬場のリーズナブル焼き鳥屋でも同じスタイル、棒状のつくねに卵の黄身で提供される。どうも、値段の高い安いで変わる訳ではないようだ。
新宿三丁目の焼き鳥屋では、この店と同じだんご三兄弟的な丸々とした鶏団子が登場する。まったく謎だ。大阪の梅田で有名焼き鳥屋に行った時に食べたつくねは、棒状黄身付きだったから東西食文化の違いでもなさそうだ。
鳥つくねの元祖という店がどこかにあるのかは知らないが、屋台の焼き鳥が進化して焼き鳥屋として店を構えるようになった過程で、アップグレードしたものなのかなと推測している。原型つくねは団子で、進化高級化したものが棒状つくねと想像している。そういえば、秋田の名焼き鳥屋でも棒状だったなあ。
まあ、どちらのスタイルも好物ではあるから、焼き鳥屋に入ると絶対注文する二品は、砂肝とつくねのペアになる。鳥に限らない焼き鳥屋(串焼き屋)で、もつ焼きなども出してくれる店だと、これにカシラやタンを追加する。ささみ焼きに梅やわさびを乗せたものも好みだが、こうなると焼き鳥というより鳥の創作料理に近くなるのだが、それはそれで楽しい。
つくねは単純に塩で食べるほうがうまいような気がする。そういえば最近は焼き鳥屋でタレを頼んだ記憶がない。どうしてだろう。

西新宿というか新宿駅西口を出て右側の一角、小田急ハルク北側にある飲み屋街は、この3年間で随分と代替わりをした。見慣れない店が増えた。その中で、古色蒼然というか泰然自若というか、名門の風格を感じさせる老舗焼き鳥屋は、昔の通りしっかり営業していた。それどころか夜の9時過ぎても、入店客がひっきりなしに訪れ、満席のため入店を断られていた。ちょっと前までは考えられないことだ。
老舗の力とはこういうところで発揮されるのだなとは思ったのだが、東京都の飲食業向け暴政に耐えこの3年間を生き延びてくれたことに感謝するしかない。

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雪が降った次の日の散歩

翌日の早朝の光景 昼過ぎには雪なしだった

先週末は、大雪が降るとテレビのニュース番組で散々騒いでいた。とりあえず用心してあれこれ対策をしてみたが、結果的には翌日の朝には雪が溶け始め昼にはすっかり消えていた。自宅の猫の額ほどの庭でも午前11時にはほぼ雪が溶けていた。
雪道用に長靴も用意していたが、使うことはないままに雪騒動は終わった。昼過ぎにまだ濡れてはいるが雪のない路面を確かめて散歩に出かけた。大雪が降るぞとメディアは騒いだが、いつもの狼少年情報だった。が、こういう予想は外れた方が良いので、腹を立てることもない。ただただ、テレビの発信する情報はやはり信用が置けないと思うだけだ。

その散歩の帰り道に近場の電気屋に寄ったら、なんと年末まで品切れ状態だったゲーム機がなんの制約もなく買えるようになっていた。月末にはアマゾンの購入権付きメールが送られてきていたし、人気ゲーム機の在庫は積み上がっているらしい。
ネットでちょっと確かめてみたが、転売屋の設定価格が定価に近くなっているようだ。一時期は定価の3倍近い値付けをしていた悪徳業者が、在庫を抱えて売り逃げに大騒ぎということか。フリマサイトでも3ヶ月もすると定価割れでの販売になるだろうから、安物買いを狙うのであれば転売ヤーをぶっ叩くチャンス到来という感じだ。
ただ、今まで買えずに我慢していた人も、この機会を逃さずにゲットした方が良さそうだ。6月には絶対定番の人気大作ゲームが発売されるから、また瞬間的にゲーム機本体が品切れになるかもしれない。その前に普通の電気屋で普通に定価で買っておいた方が良さそうだ。
個人的には、この現象を見てコロナが終わったんだなという実感がする。ステイホームでのゲーム機需要急拡大と、ステイホームで生産工場、部品工場が稼働せずに、生産数が低減したことが原因の品切れだった。
おまけに、ソニーが貧乏国日本への供給数を絞り込んだため、日本市場で転売屋が暗躍する象徴的な商品だった。任天堂のゲーム機が一年以上前に販売正常化したのに、ソニー製品は遅れたままだった。この辺りも(個人的には)両ゲーム機メーカーにおける世界戦略みたいなことが影響しているはずだが、日本発企業が日本市場を見限るつもりだとすれば、その報いは必ず形を変えて直接的に襲いかかるぞと言いたい。歴史に学ばない経営者が率いる会社は本当に大丈だろうか。PS6はきっとゲーマーに見放されてしまうと思うが。

街を歩く

街歩きで感動することもある

新宿駅西口にハズレにある横丁は、昭和中期の面影を強く残す飲み屋街だ。一時期は従業員がほとんど大陸系外国人に代わっていて、昭和の日本ではなくアジアンテイストの不思議空間になっていたが、ここさ年のコロナ騒動で昭和な雰囲気に戻っている感じだ。いくつかの店が閉まっていたが、そこに代替わりで新しい店もできている。なかなか商売熱心な方はいるものだ。
その商店街の入り口、大ガードのそばに一軒のどんぶりや?がある。その店頭でぶら下がっているバナーを見て、おもわずたちどまってしまった。ただただ感動した。久しぶりに「広告コピー」で涙を流しそうになった。このコピーを書いたライターさんとは是非ご一緒に仕事をしてみたい。
このコピーの「戦う」が意味するものは、決して競合との競り合いではない。もちろん客との戦いでもない。(最近は、変な奴らが客のふりをしてあれこれイタズラするので、真面目に悪質な客と戦いたいと思う企業もあるかもしれないが)
自分たちの商品を磨き上げる努力を、自己と「戦う」と表現しているわけだ。このストイック感がなんとも素晴らしい。心を打つ。

ただ、そのストイックな広告の横には、大特価なる、これまたわかりやすいお値段訴求があるのが、まあ、笑いどころであり微笑ましい。武士は食わねど高楊枝的に、思いの丈を叫んでみました。でも、お得な商品もあるから、食べに来てね。ということだ。個人的には、特価商品より、おいしくなっタレを試してみたいが。

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冬に雪はいらない

12月初頭の札幌 大通公園

テレビのニュースで大通公園で開かれている雪まつりの風景が写っていた。この写真の場所がまさに大雪像が安置?されるところだが、高さが10mにも達するゼ雪像を作成できるほど、公園の中に雪が降るはずもない。あの雪は、札幌南部にある山の中から移送してくる。山の中に置いておけば春には溶ける雪をわざわざ都心部まで運び込み、雪像を作った後に危険防止のため、また人手をかけて取り壊す。冷静に考えれば、なんだか人手とエネルギーの無駄遣いとしか思えない「おまつり」なのだ。
雪まつりの始まった当時は、そこいらに積もっている雪を使って雪像を作っていたはずなのだが、雪像の大型化に伴い、雪が建築資材のように周辺から「集められる」ものに変わって行ったようだ。大雪像の映像は「映え」シーンだから目にする機会も多いが、取り壊された雪像の哀れな姿を目にする機会は少ないだろう。4月になるまで、薄汚れた雪の小山があるのも、雪まつり会場である大通公園の真実だ。
北国では冬になると外出しなくなるので、屋外イベントは大事だという意見もあるが、この現代世界ではなんとも時代遅れな認識だろう。移動は車になり、とてつもない降雪、地吹雪のタイミングを除けば、冬だからといって行動範囲が狭くなることもない。郊外にできた大規模ショッピングモールは冬でも賑わっているし、モールの中は快適そのものだ。冬のモールは暖かさよりも雪のないところを歩ける快適さが好まれるのではないか。
札幌市内に地下街が広がっているのも同じ理由だろう。最近の北海道は夏に酷暑期が訪れるようになり、夏のモールは涼を求める「冷房難民」も多いようだが、それも盛夏の一時でしかない。つまり、モールの価値は雪の降る時期に発揮されると言って良い。(ここは、勝手に断言する)

やはり雪は楽しむものではなく、面倒なものなのだ。大量に雪が降る東北や北海道の北日本、そして日本海側の地域では、雪は台風並みの自然災害に近いと思うのだが、なぜか積雪量の少ない地域の方々は、雪に浪漫を求める傾向にある。その度合いは、全く雪の降らない南方の国から来る外国人観光客になると激しさを増す。
昔の仕事相手に赤道直下の国から来る人たちがいて、なぜか冬になると日本に出張したがっていた。おまけに、東京で会議をやるのではなく、北海道で集合しての会議を望まれる。はっきり言って迷惑だった。雪が嫌いな人間を、雪深いところに呼びつけるとは、まさに蛮行というしかない。
などとはっきり言えるわけもなく、雪まつりの季節は札幌のホテル予約が難しいとやんわり断るのだが、それではお前の分も南の国の旅行代理店で予約してやるという、なんとも親切ではあるが、あまりに鬱陶しい対応をされたこともある。もう、勘弁してくれよという気分だった。
寒いのは我慢できる。おそらく耐性もある。しかし、雪は嫌いだ。歳をとるごとにどんどん嫌いになる。これは、人類のDNAに刷り込まれた本能的な忌避感ではないかと思うが、どうも人類の幼生体は雪が好物らしいので、この先に愛すべき幼生体が身の回りに出現すると、雪で遊びたがる事態は容易に予想できる。いささか困った状況だ。雪を嫌ってばかりもいられなくなりそうで、消極的ではあるが「雪対策」を考えるべきだろうかと、悩んでいる今日この頃であります。