街を歩く, 食べ物レポート

漁師町での居酒屋ライフ

新宿とか池袋に居酒屋で出てきそうな鉄鍋料理 うまいのだが漁師町では微妙な……

高知県の漁師町で友人と一杯やりに行く居酒屋で食べたのが砂肝だった。漁師町だから魚ばっかり食べるのかというと、そうでもない。商売柄、カツオを延々と食べ続けている人たちなのに、それでも飽きずに居酒屋でカツオを食べる、注文するの。
我が身を振り返ると、やはり居酒屋で鳥唐揚げとピザを延々と食べ続けていた。それと同じようなものかと思う。(最近は、ピザもとり唐揚げも全く注文しなくなった)
だが、どうも彼らはカツオを注文しても一切れ、せいぜい二切れくらいしか食べない。カツオ大好きな自分としては不思議で仕方がない光景だ。好きなだけ食べて良いと言われれば、カツオのたたき一本(こちらでは一節というらしい)、切り身にして十切れくらいはへっちゃらで食べる気が満々なのだ。
それでも、今回は遠慮してカツオは頼まないでおこうと、スバ議ものニンニク炒めにした。高知ではにんにくの葉をよく食べている。感覚的にはニラと同じようなものだが、にんにくの葉の方が肉厚で食べがいがある。今回はにんにくの芽だったが、これをにんにく葉で炒めてもらうと、より高知らしさが増す。

ミックスフライが予想外に美味かった ありがたしだ

それでも漁港なのだからシーフードにチャレンジだと選んだのがこれ。本日の地魚フライというメニューがあり、地魚とはなんだろうと興味を持って頼んでみたのだが、実は地魚と言いながらマグロが入っていたり(カツオと一緒にマグロも釣れるらしい)、一般的にはよく地魚扱いされるアジやサバが入っていなかったりで、魚の種類も聞いたのだがすっかり忘れてしまった。聞いたことのある魚と聞いたことのない魚が混じっていた、という記憶だけある。(飲み過ぎたとは思わないが、記憶力低下は間違いないなあ)
この魚ミックスがあれこれ面白かった。タルタルソースは自家製で甘めの味付けだったが魚フライにはよく合う。友人の説明によると、漁師町だから地魚は山のように取れるかと思いきや、網での漁はほとんどしていないので、よくイメージする小魚地魚は港のセリに出てこないそうだ。漁港といってもカツオに特化した専用漁港ということらしい。
伊勢海老もよく上がるそうだが、この町で食べたことはない。機会があれば地物伊勢海老を食べてみたいものだが、居酒屋で注文できるものだろうか。どうも大都市に向けて全量放出され、地元には1匹も残っていないみたいな気もする。
その時は、大将ご自慢のもつ煮込みで諦めるしかないかも、と思うとちょっと残念な気分になってきた

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空港のラーメン

スープと麺のバランス 極太めんまとチャーシューのバランス なんとすばらしい

千歳空港の大混雑状態が戻ってきて、ラーメン道場にも行列の店が次々と復活している。一番行列の長いのはエビそばの店だが、それ以外でも味噌ラーメン系を中心に10分待ち程度はザラにおきる。
味噌ラーメンの人気店がだいぶ待たされそうだったので、比較的空いていた「いつもの店」に入った。「我流」と書いてあるが、ラーメンに定石などないだろうと思う。
繁盛店の店主は皆どこかの店で修行をすることはあるだろうけれど、結局自分の味、独自性を追求して次の繁盛店を作り出す。あるいは失敗して廃業する。
だから、世の中に存在するのは成功した我流ラーメン店と、現在進行形で我流の評価が行われている店の二つだろう。現在進行形の店は半年後も生き残っていられるか、半年後に閉店するかという執行猶予段階にある我流店だと思う。
そして、この店は生き残りに成功して様々な我流店舗を拡大できた、素晴らしい成功事例の我流なのだ。普段は塩味を頼むのだが、今回は味噌味に浮気をしてみた。食べてみれば普通にうまい。というか、普通の味噌ラーメンよりもっともっとうまいなあ。

ラーメンを食べながらメニューを見ていた。そうか、ついに北海道でもラーメン一杯1000円越えの時代か。空港の様な特殊立地は別だとは思うが、1000円を超えたラーメン店の支持、人気度合いなどちょっと見てみておく必要があるな。チェーン店は1000円の壁をどこまで超えずに頑張るか、個人店は1000円を超えてどこまで値上げが進められるか。、二つの流れがあるからだ
個人的にはラーメン店の2年間生存率がまた一段と下がる気がしているのだが。

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POP 言葉の暴風 三点セット 

清少納言さまも思わずのけぞる新種の「春は……………」

北の街で知らない人はいないだろうというくらい有名なパン屋さん「どんぐり」がおむすび屋を開けたのはコロナがはやる前だったような気もする。ちょっと大きめのおむすびをずらりと並べて売っているのだが、コンビニおにぎりと比べると値段はお高めだ。それでも人気なのは、コンビニおにぎりが冷たくて、握りが甘くて食べるとぼろぼろこぼれる、何というか「おにぎりもどき」な店に不満を持つ客が多いからだろう。
TVコマーシャルで威張っている割に、なるほどと納得できるほどの品質が伴わないのだから、やはりあれこ過剰広告と言いたいものがある。そのおにぎりもどきと比べると、こちらの手で握ったおむすびは雲泥の差があると言って間違いない。
そういう悪口を言うくせに、コンビニおにぎりにはよくお世話になっているので、そのうちバチが当たるかもしれない。
ただ、この店はパン屋さんがやっているおむすび屋だけあって、種類も具材もとてもユニークなものが多い。おまけにサイドアイテムが凄すぎる。「いぶりチーアジフライ」など、街の総菜屋では見かけることもないユニークさだ。
しかし、何と言ってもPOPに書かれているおすすめの一言に衝撃を受ける。その造語センスに打ちのめされてしまった。凄まじい破壊力があるではないか。
「春はあげもの」のフレーズはまさに爆弾だ。。清少納言様が聞いたら卒倒しそうな乱暴さだが、何となく気持ちはわかる。いや、激しく同意する。言葉のセンスは、ある意味で暴力的とも言える支配力につながる。


そのおにぎりの横でひっそりと売れているのが「ちくわパンのツナマヨ」で売り上げ三位とは何ともすごい。ツナマヨが売れるのだな。まさにありそうでなかった惣菜というかパン用スプレッドだが、それをちくわパンの本店ではなく隣のおむすび屋で売るというあたりが、何とも小癪な作戦ではないか。これでは、隣のパン屋で食パンを買い、そのままおむすび屋に直行してちくわパン用ツナマヨを買うという強制ルートが出来上がってしまう。すごいなあ、どんぐりマーケティング。

スタッフに人気なのですね 

隣のパン本店に行ってみたら、これまたすごい「コピーワーク」を発見してしまった。「アボタルの礒野エビヲ」ですと……………思わずその場で固まってしまった。おまけに、何と310円という惣菜パンでは上限であるはずの300円越え。すごいというしかない。おそらく山盛りに陳列していたであろうアボタルパンがほとんど完売状態になっている。その人気は味の良さなのか、言葉の威力なのか。すごいというしかない。
よく見ると、スタッフダントツ人気と書いてある。あれ、これおかしくないか?客に人気があるのでハンク、作り手売り手の人気商品って……………そう言う時代らしい。

スイーツは別腹 ですか 正面切って言われると否定できない?

アボタルの衝撃力にやられよろよろ隣のコーナーに行ってみれば、これまた破壊力抜群の秀逸コピーにお出迎えされた。「おかあさんシュークリーム」ですか。この店は本当にパン屋なのだろうかと思うくらいの甘いもの商品群が並んでいる。おまけに、POPに「スイーツは別腹」と書いてある。
そうか、パン屋のスイーツはケーキ屋のスイーツとは違うのだ。例えば、メロンパンやあんぱんを食べた後、別腹でシュークリームを食べなさいと推奨しているわけだ。そして、かなりの割合で「スイーツは別腹」を信じる信徒が存在するようだ。「どんぐり」は新興宗教化しているに違いない。甘いは正義!と……………


初めてどんぐりの本店に行った時も、似たようなことを感じた。POPの作り方がとてもうまいのだ。だが、その技はどんどん磨きがかかっている。販売の技術の教科書で取り上げるべきレベルの題材だろう。
ちなみに、北海道の繁盛パン屋は全道あちこちにあるが、共通して言えるのは、どの店もPOPが上手い、コピーが素敵ということだ。現代のパン職人はコピー開発力も必要とされる時代なのだなあ。

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地下食堂を発見した

JR札幌駅が改修されJRタワーができるまで、札幌市ではトップクラスの高い建物だった札幌市役所だが、その入り口、メインロビーの下は庭園になっている。たまたま市役所に用事があって訪れたのだが、何とこの庭園の存在に気がついたのはこれが初めてだった。雪解け直後の春先なので何だか見栄えが悪いが、もう少しすれば緑あふれる美しい造形になるだろう。
そこでふと気がついた。地下からこの庭を見ることができるのではないだろうか。結局、市庁舎に戻り地下に降りてみた。何と地下は売店(コンビニ風)と食堂だった。これも初めて知った。

おまけに地下食堂は「市食堂」というブランド店だった(笑)すごいな。札幌市役所はそろそろ築50年を超えると思うが、その間ずうっとこの食堂は営業していたはずで、それを今更ながら初めて知るというのは何とも間抜けな話だ。

営業時間もそれなりに長い。午前中10時から開店とは、これまたすごい。昼飯は大体が11時から営業開始の店が多い。おまけに、市内中心部で喫茶店がほぼ壊滅していることもあり、喫茶店のモーニングなどほぼ期待できない。朝飯を食べるところはファストフードくらいしかない。


これは、ひょっとしてすごい穴場なのではないかと気がついた。ショーケースに並んでいるメニューを見ると、お値段は市価の3割安程度、サンプルの見た目で言えばボリュームも十分にある。メニューバリエーションもなかなかのものでファミリーレストランよりよほど美味そうだ。
これは一度、いや二度三度と試しにきてみなければと思った次第。おそらく12時前後は大変混雑するから10時台の早飯とか2時過ぎの遅い昼飯が良さそうだ。

食堂の入り口に貼ってある札幌市の特産玉ねぎ「札幌黄」の限定販売ポスターが、ちょっと泣けてくる。札幌黄は札幌市の農地が住宅に置き換わっていく過程で一度消滅した玉ねぎの品種だったはずだ。
それを復活させるプロジェクトは10年近く立ったはずだが、ようやく量産体制になったということだろう。この玉ねぎ、札幌黄は甘みが強く、カレーや肉じゃがに向いていると記憶しているが、今年はこのオーナー制度に応募してみようか。北海道の伝統野菜と言われるとちょっと違和感があるが、ちょっと前に開基150年を超えたのだから、そろそろ北海道でも「伝承の品」と言う言葉を使っても問題ない程度には歴史が出来上がったのだな。
オリンピック騒ぎですっかり嫌気がさしていた札幌市役所だが、良いこともやっているのだな。ちょっと見直しました。

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コロナの落とし子

これは本当に有効だったのか ただ、コロナ以外の一般的な衛生常識として啓蒙するつもりであれば、それは素晴らしいと言わざるを得ないが、単純にアップデートをサボっているだけのような

立川に久しぶりに行った。いつもは車で行くので駅前の商業施設に立ち寄ることはない。立飛にある外資系家具店やアウトレットで大体用事は済んでしまう。
JR立川駅を降りてペデストリアンデッキが縦横無尽に張り巡らされているのにびっくりした。立川は何だかすごい街になったのだ。
人口50万人程度の地方都市、県庁所在地よりはるかに活気がある。立川は中央線で吉祥寺と八王子に挟まれた中途半端な街だという記憶しかなかったが、駅前再開発の規模が違う。ちなみに、駅の反対側は何やら怪しげなディープ・ゾーンに変化しているので、立川駅では東西ゾーンを別々に楽しむことができる。

さて、その立川のショッピングモールに入ってトイレを使用した。何とコロナの時の怪しい注意書きがまだ貼ってある。コロナの主たる感染要因は飛沫感染と名付けられた空気感染だったはずだ。排泄物からウイルスが飛散するというのは正しい情報だったのか?
コロナの3年間で色々な医療従事者が、あるいは医療のど素人が怪しい説を唱え、おまけにそれをメディアが煽り「誤った常識」を刷り込んでいた。あのコロナの女王は今頃何をしているのだろう。
それが、コロナが落ち着いてから誤情報の訂正をしないまま、いわゆるデマ、嘘、インチキが今でもそのまま残っている。トイレにあったドライヤーも手を乾燥させる時にウイルスを撒き散らすみたいな変な理屈で使用禁止にされたが、その後、ドライヤー業界が正式にドライヤーの使用は問題がないという旨の発表をしたにも関わらず、駅や商業施設のドライヤーはずっと封鎖されたままだった。

集団免疫なる怪しい言葉も暴走していた。全国民の何割かが感染すればコロナ耐性がつくみたいな話だったが、これまでのコロナ罹患者累計数を統計的に処理して分析したものはいるのか。そもそも統計を弄び危機を煽った医療関係者、学識経験者は何の反省もしていないのではないか。

コロナ恐怖で視聴率を稼いでいた朝の番組(テレ朝系)は、一度しっかりした分析をして上で自分たちが虚報に近い情報操作をした可能性を反省し総括して欲しいものだ。まあ、やるはずもないか。社内事件ですら隠蔽するテレ朝だからなあ。親会社は謝罪記事でも自分たちの正当性を叫び開き直る新聞社だし。

ちなみに最近では大型商業施設、店舗入口の消毒用アルコールも撤去が進む。どうせ、社内で無駄なコストをカットしろという勢力がいて、安全安心は後回しにしても良いと思っているのだろうと邪推している。

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春一番の闇

札幌郊外のベッドタウンというべき街にプロ野球のホームスタジアムができて一年がたった。週末のデイゲーム開催日には、この駅構内に溢れる人で通行が難しくなり、電車に乗り遅れそうになる。ただ、試合のない平日の夕方となれば人通りもめっきり少なくなり夜8時を過ぎれば駅構内には柵が巡らされ、24時間営業を標榜するコンビニも閉店する。この会社は加盟店と営業時間でよく揉めているので、電車が運行している時間は店を開けていろよと言いたい。

ちょっと特別感のある味噌ラーメン

その駅近くに一軒のラーメン屋がある。昼には席待ちの客がいるくらいの人気店だ。駅から歩いて行ける距離にあるほぼ唯一の飲食店というか、ラーメン店と言っても良い。実は数万人の観客を集めるスタジアムがある拠点駅ですら飲食店が営業できないほど、北海道の街は体力がなくなっている。
原因は明らかで、公共交通機関を使って移動する人数が足りないのだ。朝夕の通勤時にはそれなりに利用者がいる。ただし半分は学生、それも高校生が多い。成人すると、皆自動車を使った移動が中心になる。当然、食事をしに行くにも車移動で駐車場があるところを選ぶ。
これが、人口200万人を超える政令都市周辺で起きていることだ。日本全体で考えれば、鉄道不要論がもっと前面に出てきても不思議ではない。
確かに感覚的には、国内旅行をする時でも交通手段はレンタカーと考えるようになった。最近、あえてバスや地方鉄道を使った旅をしようと各地の時刻表を調べてみると、運行本数が驚くほど少ない。実用的に使えるとは言えない。ほとんどアメリカで旅行している気分になるのだ。
お江戸周辺で暮らしていると、その辺りの交通事情みたいなものが感覚的に鈍っている。だから、旅先で飯の場所にやたら困ったりもする。駅前に食堂がない場所が多くなっているからだ。

ただ、車で移動しているとどうしてもできないことがある。それは一杯のラーメンを食べながらチビチビとビールを飲むという悪徳だ。ぐびぐび飲むのではない、チビチビだ。ラーメンを啜り、次にビールを一口。そしてスープを飲んで、またビールをちびり。見るだけで「オヤジーな風景」だが。

野球を見にくる観客は、駐車場が不足しているので渋々JRを使うらしい。昨年は初年度ということもあり我慢していたようだが、今年からは不満が一気に吹き出しそうだ。個人的には、みんなJRとシャトルバスを使って、行き帰りには地元の食堂で一杯やってほしいと思うのだが、そもそもその受け皿の食堂がないのだよね。北広島市の政策は、何ともチグハグなのだな。

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美唄焼き鳥

ひさしぶりに美唄焼き鳥の店に入った。多分、3年ぶりくらいだろう。最後に入ったのはコロナの自粛直前で、店内には客がほとんどいないという感じだった。
それが、今回は「予約はおありですか」と最近よく聞かれるフレーズで、まず入店を防御される。予約なしの客は入れないぞという意思が強く見える。
そこでこちらも、予約なしで二人だけど……………と押してみる。帰ってくる返事はカウンターで良ければという強気なものだ。客がいなければ「お好きな席にどうぞ」と言っていたものだ。今ではテーブル席が空いていてもカウンター席を押し付ける。この辺りの、客の入り状況に合わせて接客応対を変えるというのが、嫌われる飲食業の原因だろう。少なくとも客の足元を見た対応をするのは、よく通ってくる客ほど見抜くものだ。
ちなみに、この美唄焼き鳥の店だけがそういう下手な対応をするわけではない。少なくとも、札幌圏全体ではどの店に行っても似たようなものだ。コロナ前後で比較して、明らかに接客応対の技術が低下している。やる気も……………落ちているらしい。


お江戸でも老舗と言われる店の一部を除けば、似たようなものだから仕方がないと諦めるしかない。だらしない対応しかできない店が増えたのは、優秀な店長や店舗スタッフを、コロナの時に切り捨てた経営者の責任というしかない。飲食業、外食業の経営者は記憶力に重大な欠陥があるらしく、苦境の時に学んだことをすぐに忘れる。おそらく脳内メモリーが2kくらいしかないのだ。

さて、最初に頼んだのはラーメンサラダた。北海道ではもはや居酒屋の絶対定番と言って良いが、いまだにラーメンサラダと野菜たっぷり冷やし中華の違いがわからない。この皿ではラーメンの麺が野菜の下に完全に隠れているというステルスバージョンだった。見た目では野菜サラダというのは、盛り付けとしてどうだろう?
ちなみにラーメンサラダはビビンパのように、上下をぐしゃぐしゃに混ぜて食べるものだと思うので、こういう平皿よりはサラダボウルのような混ぜやすい容器にしてもらえるとすごく嬉しい。

美唄焼き鳥は鳥を捌いた部位、内臓肉も併せて一つの串にミックスしてさしてある。一口ごとに味が違うといえば良いのだろうか。開店前の串打ち作業を効率化(サボりやすくした)したという点で画期的だ。
よく焼き鳥屋で盛り合わせの皿を注文して、それを串からハズしてバラバラにして食べるという方がいる。食べ方は人それぞれなので強制はしないが、違和感を感じることもある。つまり、バラしてしまうと「嫌いなパーツ」が混じり込んでしまうことだ。例えばレバーやモツは嫌いという人は、相当注意して各ピースを確かめなければならない。色々なものを少しずつ食べたいというニーズもあるのだろうが、この辺りは居酒屋の使い方みたいな定番ルールがあるわけでもなく、何とも難しい。似たような居酒屋あるあるをあげると、鍋奉行、焼肉奉行のような料理を仕切る人たちのこだわりだろう。鍋奉行Aと鍋奉行Bがたまたま同じ席にいたりすると、仕事の関係も含めた暗闘が始まる。居酒屋のメニュー選択は、時には争いを生み出す「武器」にもなる。気おつけましょう。


ちなみに、仕事で会食をするときは、そう言った面倒臭い問題が発生しないように、絶対的に「コース料理」、それもシェアしないものにする。だから、仕事飯で鍋料理など論外だ。どうしてもということであれば一人前仕たて鍋にしてもらう。

そう言った面倒臭い考えをしなくて済むのが美唄焼き鳥だ。理屈から言えばどの串を食べても違う味だし、シェアする必要もない。
金曜の夜の焼き鳥屋は大繁盛だった。コロナの時の厳しさを知っている従業員もいないだろうし(大半が首斬りになったハズだ)、またバブルの時のように横暴な接客が横行する時代が来たらしい。バブルの時期は飯を食べに行くと不快な思いをすることが多く、一時期は弁当を愛用していた。そんな、気が萎える嫌な時代がまたくるらしい。そこまではあと一息か。やれやれ。

街を歩く

桜と野菜炒め

桜の季節になると、晴れた日であれば2kmほど散歩して大きな公園に桜を見に行く。昔はビールを買って花見酒などと洒落込んでいたが、ここ最近はノンアルでふらふらと歩き回るのが良いと思うようになった。
お天気が良ければ、そんな桜散歩を何日か続けることができる。朝に行ったり夕方に行ったり、時間を変えれば光の差し方、光線の具合が変わるので、何度でも桜を楽しめる。ひらひらと舞い散る桜吹雪の中を歩くのも、これまた別の楽しみだ。

うまいのだが 春っぽいかと言われると

そして、その桜の季節に、春らしさをほとんど感じさせないのが「我が愛しの満洲」の凄さだろう。青菜と卵の炒め物は、ここ数年続く春先の季節商品だ。確かに青菜は早春に旬を迎えるものも多い。が、春をイメージするにはどうなんだろうねと思う。
最近では満洲の味付けがどんどん薄味になってきているので、野菜の味ははっきりわかるが、これは行き過ぎると家庭料理と違いがなくなるのではないか? 強い火で一気に煽るという「料理屋の中華料理」の顔が見えにくくなってしまうのが気にかかる。たっぷりのキクラゲは、個人的に嬉しい。厚めのにんじんも好みだ。ただ、これはクックドゥで作る野菜炒めとの差が……………

安定の味の味噌ラーメンと思っていたら、今回は味が薄い。いや、調理がブレたというより味付けを薄く変えたのかもしれない。確かに満州の客層は、平日を見るとすっかり高齢者施設になっている。独居老人が昼に集まる場所と言われても不思議ではないくらいだ。それに対応したメニュー変化・レシピー調整だとすれば……………

初めの頃はほとんど注文する客がいなかった「白飯・玄米」選択の玄米指定だが、最近では玄米を頼む客が目立つ。おまけに炒飯を玄米で頼んでいたりする。それを耳にすると、玄米の炒飯とはどんな味になるのか、などと気になってしまう。
何だか満洲は「餃子屋」から違う世界に飛び立とうとしている気がする、今日この頃。

街を歩く, 食べ物レポート

春のちゃんぽん

世間では大型連休の真っ最中だが、我が人生ではもはや週末、連休とは外出を避け(混雑しているので)家で大人しくしているものとなった。だから、全くウキウキしない。逆に早く終わってくれないかなあなどと思うようになった。人生も時期によって過ごし方は変わるものだとおもいしらされる。

多すぎると、ありがた迷惑的になってしまうコーン・マシマシ

さて、ちゃんぽんの全国チェーン店に、たまたま続けて行くハメになった。どちらもフードコートの店で、ラーメンを食べようとしたらラーメン店がなくなていたり、凄まじい行列ができていたせいだ。
これを業界用語(笑)ではセカンド・チャンスという。例えばフードコートで大人気のラーメン店(他の業態でも良い)があり、そこでは待ち時間が30分かかるとする。すると、そこに「待たずにすぐ買えるラーメン店」を出店すると、まさに漁夫の利を得て、そこそこ繁盛するというものだ。超繁盛店のおこぼれをもらうコバンザメ商法と言って良いかもしれない。今回のちゃんぽんは、まさにそう言った利用動機で食べることになった。何が何でもちゃんぽんが食べたいという、エッセンシャルなモチベーションが(ちょっと偉そうにカタカナ連ねてみました)存在したわけではない。


個人的にはちゃんぽんが好きだし、このチェーン店もよく利用している。だから商品に文句はない。だが、今回の春向け商品はちょっとすごかった。
たまたま「味噌味ちゃんぽん」を食べたことがなかったので試してみようと注文してみたのだが、従業員が「あと〇〇円で、コーンたっぷりの季節商品になりますよ」とセールストーク。マニュアルに忠実な良い従業員だ。基本的にセールストークは断らないことにしているので、言われるままにコーントッピングの味噌ちゃんぽんに変更した。
そして、手に入れた商品を見て絶句する。ビジュアルが……………凄すぎる、黄色すぎる。おまけに食べてみたら、味噌の味がしない。普通のちゃんぽんと違う味だということはわかるが、何だか思っているものと違う。とんこつラーメン店ではよく起こる現象で、スープと味噌のバランスが取れないことが多いようだ。どちらも主張の強い味噌と豚骨スープがケンカしているというところだろう。
おまけに、コーンが多すぎて食べるたびにコーンの味が混じりこむ。騙されたとまでは行かないが、ちゃんぽん世界の北の果てに飛ばされた、みたいな気分になった。

おそらくこれが、ちゃんぽん界の全国標準

次の機会には、真っ当なオリジナルを注文しようと、ちゃんぽん(並)、何のサイド追加もなしで頼んでみた。食べてみれば、ああ、これぞまさにちゃんぽん的な安心感がある。
ただ、どうもコロナの時期にあれこれと商品改良をしてテイクアウト対応可能にしたせいか、何とも言えない違和感というか微妙な味の違いを感じる。これは物理的な変化というより、情報を入れたせいで味の判断に予断が入っているということかもしれない。たとえばスープの温度は同じであっても、油を変えると舌にまとわりつく感じが変わるので、熱さぬるさの判断が変わってしまうみたいなことだ。炒め油にしても動物油と植物油による味の違いは、そんなところに出てくる。
食べて感じる熱さや温度は物理的に変化がないのだろうが、舌が感じる体感温度みたいなものは異なる。だから、知識や情報が味に影響するというのは、些か悲しいものがあるのだが、それも脳の機能というものだ。職人がフライパンを振る調理法と、専用機械で均一に加熱する自動調理の間には、やはりまだまだ差があるらしい。
それでも機械化された方が、出来上がりのブレが少ない。職人芸に至らない素人もどきが作る素人芸(不味い商品)にぶち当たるよりは機械が作る一定品質の方が数段上だろう。


最近では我ながら呆れるくらいなので、もう少し事前の情報を無視して、単純にうまいまずいで物を食べた方が、人生幸せな気がする。

春の桜を見るたびに、あと何回桜を見ることができるだろうと思い始めたらジジイらしい。(ババアの定義はちょっと違うと思うし、よくわからない)今年の桜を見ながら、うまいちゃんぽんの未来に思いを馳せることになったが、それは残りの人生の過ごし方としてあまり面白いものではないような気が……………

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山菜そばとトースト

ひさしぶりに朝、駅の立ち食い蕎麦屋に入った。この朝の蕎麦を注文するときにはいつも迷う。馴染みの富士そばであればモーニング蕎麦一択だが、駅そばでは場所によって多少アレンジというか「推し」が異なっている。しかも、気がつかないうちにトッピングあり立ち食い蕎麦は五百円時代になっていたのだ。記憶しているきつねそばは350円くらいだから、コロナで外出自粛を強制されているうちに、何と200円ちかく値上がりしていたのだな。政府の支持度合いというか首相の人気度は、立ち食いそばの値段と反比例するらしい。(独断と偏見です)
大衆の一般色である立ち食い蕎麦や牛丼の値段が安定している時は、なんだかんだ言いながら政権の支持率は高止まりする。安倍政権が長持ちしたのは、この物価に対する肌感覚が良かったせいだろう。それでも消費税を上げて、いったんズタボロになった。現政権は、この肌感覚がない。きっと重症な皮膚病にかかっている。不人気なはずだ。まさに政権交代のチャンスなのに、野党も含めみんなダメダメらしい。政治屋が劣化したときは、必ず革命が起こるものだ。維新などと名乗るエセ革命派は論外だが、動乱の季節は近いような気がする。それを立ち食いそばから嗅ぎ分けるのは、至難の業だが(笑)

別の日に大手ファミレスチェーンで朝飯を食べた。トーストにゆで卵というシンプルの極みだが、なぜか朝にトーストを食べると胃もたれするという厄介な体質なので、バターなどは使わない。いちごジャムを薄く塗ってたべる。このトーストと茹で卵とコーヒーのセットは、とても長らく380円だった。感覚的には20年以上変わらない、物価の優等生だった。
それが何と500円を超えていた。値上がりをするのに文句をつけるほど常識がないつもりはない。ただ、値上がり幅がすごい。増税メガネのやつ……………成敗してくれる。と思うくらいには八つ当たりしたくなる価格だ。
朝から物価問題でヒートアップしてもなあ、と思っていたら連続で「値上げ」にぶち当たりあれこれ腹立たしく思ってしまう。この首相は歴史の教科書に、たった1行だけ書かれるに違いない。

「書き残すべき実績は何もないが、増税めがねと憎しみをこめてののしられた凡人政治屋だった」と。