街を歩く

お江戸の居酒屋

お江戸は高田馬場の居酒屋で、実にお江戸らしい食べ物が出てきた。JR高田馬場駅から坂を登ってしばらく歩いたところにある。駅前とは言いがたい難しい場所だが、地元民に愛される人気店のようだった。

もつ焼きと焼き鳥の違いを知ったのはお江戸に来てからだった。生まれた街では焼き鳥と言いながらもつ焼きも合わせて出てくる店がほとんどだったからだ。そのもつ焼きの店で、これまた実にお江戸らしいというかびっくりするメニューがあった。キャベツだ。味噌誰がついている。福岡の焼き鳥屋では、バラバラになったキャベツがお通しがわりに出てくるが、ここではゴロンとぶつ切りになったキャベツだった。冷やしトマトというメニューにお目にかかったのも、最初はお江戸の居酒屋だった。どんなトマトが出てくるのかドキドキして待っていたら、輪切りのトマト(確かに冷やしてあった)が出てきて、度肝を抜かれた。それと同じで、キャベツがゴロリというのは……………やはり、お江戸はすごい街だ・

次に出てきた仰天メニューはアンチョビーポテト。確かにアンチョビーの塩味が効いていてなかなかの珍味だ。しかしルックスがあまりにシンプルではないか。ぱっと見では大学芋に似ているような気もする。これも、名前と実物があまり一致しない、凄技だろう。

アボカドのベーコン巻きという名前を見て想像したものと出てきたものが、なんというか微妙な感じがする。見た目は名前通りだ。決して裏切ってはいない。食べていると火の通ったアボカドはなかなか美味い。生で食べるよりも美味いかもしれない。ベーコンの塩味とよくあっていると思おう。だが、なんだかこれは違う……………と思ってしまう不思議なメニューだった。創作料理といいう言葉を看板に掲げている店があるが、あれはまさに、お江戸のこんな店のことを言うのだ。

こんな凄技のメニューを見てもあまり驚かなくなったのだから、もうすっかりお江戸暮らしになれたと言うことだなあ。

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ひさしぶりのサイゼリヤ

ちょっとした調べ物でサイゼリヤのビザ箱が必要になった。中身ではなく箱だけに用があるのだが、箱を売ってもらうわけにもいかないだろうと、子供が大好きコーンピザを注文し中身はお土産として渡すことにした。しかし、いつ見てもこのコーンピザはインパクトがあるなあ。

箱のデザインはシンプルで、トッピングの違いをチェックする表示もある。ただ、元宅配ピザ屋としてかんがえると、このボックスはほぼ欠陥品だと思う。ファミレスの最大チェーンであるサイゼリヤも、ことテイクアウトに関しては素人並みの知見しかないのか。あるいは知見はあるがボックスの改良にかける金を惜しんでいるのか。
いや、すでにそもそもテイクアウト商売に関心が無区なったのだろう。コロナが終わればテイクアウト需要など放っておけということに違いない。子供でも火傷をしたら火を怖がる。日本の外食企業経営陣は、子供よりも物覚えが悪いようだ。

ただ、サイゼリヤという企業は「安く」提供することを企業理念にしているから(おそらく)、効率の悪い商売に手を染めるのは、きっと企業内倫理として悪なのだろう。
例えば、この小エビのサラダを同じ値段で提供できる外食企業は存在しない。たぶん、出現もしない。それほど隔絶した価格破壊力を持っているブランドだ。平成が産んだ外食企業の最強モデルと言って良い。
だからこそというべきか、このコンセプトに対してネット上ではいつも論争が巻き起こっているが、大抵はサイゼリヤの安さを揶揄する内容だ。曰く、あんな安物で満足しているなんて貧乏人だけだ、というような上からの発言が炎上要因になる。
個人的には「畳の上の水練」をしたがるおバカさんが多いと思うだけだ。外食ビジネスのかけらも知らないお気楽な発言だ。。歴史的には高くて美味い物を推奨する文化が生まれると、つまり身分格差が進むと、概ね革命が起き社会がひっくり返る。上流にいるものを引き摺り下ろそうとする最大の原因は、貧乏人が食えない美食、暴食をすることにあると思っている。マリーアントワネットのような言動は歴史上で一人だけではない。革命が起こるほどに、食い物の恨みは実に根深いのだ。
サイゼリヤをバカにするものは、暴力革命の中で酷い目に遭うぞ、と予告しておこう。(極めて個人的な感想ですよ)

今回のメニュー改訂でアサリのボンゴレが復活したのは実にめでたい。これを食べるためだけに、サイゼリヤに週一で通っても良いなあ。
ファストフード大手が値上げしまくって、すでにサイゼリヤよりはるかに高い「コスパの悪い業態」になっている。そのうちファストフード大手には天罰が当たるぞと思っていたら、ものの見事に業績不振に陥った。客の望む価格を忘れてしまえば、その先に待っているのは転落のみ。ハンバーガーチェーンは、コロナの前にそれを学んだはずなのになあ。チキン屋も大丈夫だろうか。ピザ屋はその手前で大混乱だしなあ。まあ、奢るもの久しからずだ。

明日はサイゼリヤに行ってアサリのパスタ食べよう。

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高知のランチ

高知の繁華街の中に面白いTシャツを売っている店がある。高知に初めてきた頃からあるので、随分と歴史のある店だ。そのTシャツを眺めに行くのが、密かな楽しみなのだが。最近でいちばんのお気に入りはこれだ。買って自分で着る勇気はない(笑)誰かの誕生日にプレゼントするのであれば喜ばれるだろうか。いや、きっと箪笥の中にしまいこまれておしまいになりそうだ……………
そんな街歩きの楽しみのあと、いつもの居酒屋に昼飯を食べに行った。これは、初体験だ。

若鳥のももを焼いたものだが、名前は若足もも焼きとなっている。夜のメニューにこれがあったかどうかは記憶にないが、炙った鳥もも肉は確かに美味い。ご飯と味噌汁に沢庵二切れという The 日本の定食という風情がある。これは肉を食いワシワシと米を放り込んで、次に味噌汁をぐびっというエンドレスサイクルを始めるしかない。完食するまでものの5分とかからないのは若い人だけで、今の自分であればもう少し時間がかかる。が、食べ切ってみれば、ランチの定食はこうでなければいけないという満足感がある。

昼に来る高知の居酒屋はなんとなく違和感があるのだが、実は店内に入ると定食を食べているサラリーマンが半分、昼からがっちり飲み始めているジジイ軍団(ちょっとだけ参戦している高齢マダムもいる)が半分なので、定食屋の雰囲気は限りなく薄い(笑)

しかし、この値段はすごいな。お江戸と比べて2割は安い。場所によっては半額くらいになるかもしれない。葉牡丹弁当というのはすごく気になる。でも次回は、絶対にオムライスだな。

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渋谷彷徨

なんだか四文字漢字のタイトルをつけると格調高く見えるなあと、自己満足しているがたいした意味もない。2ヶ月に一度、朝早く渋谷に行く用事がある。用事を済ませたあと午前中は渋谷のあちこちを彷徨きまわる、それだけのことだ。
だから朝飯を食べる時にはちょっとだけおしゃれなものにしてみる。チェーン喫茶店のカイザーサンドも、渋谷で食べればそれなりに気取って見える。地元の街でも同じものを食べられるが、客層が違う。地元では高齢者のおはよう集会だが、大都会ではパソコンで朝から全力仕事モードのパワーブレックファストな感じに満ちている。

まるで不動産屋のような見栄えの中華料理店がある。メニューがならんでいるのが、まるでワンルームマンションの空き部屋のように見えてくる。

そのすぐ近くに、これまた強烈な店構えの居酒屋があり、朝8時まで営業ということは、ちょっと前まで開いていたのだ。ただ、居酒屋の店構えは昼間に見ると魔が抜けて見える。やはり、夜の暗闇の中でピカピカ光っているからこそ入ってみたいと思わせるのだ。
やはり渋谷は朝から賑やかな街なのだなあ。

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洋風丼 オーバーライス

弁当箱の研究をしていて、たまたま発見したのが「ポキ丼」だった。なんと寿司コーナーの中に置いていたから、これは弁当ではなく海鮮丼扱いなのだと思う。なんとも素敵なピンクの帯だが、製造表記のシールでデザインが台無しだ。企画部門(デザイン)と製造部門(弁当作り)のすり合わせができていないと言うことを実感する。よくある話だが、これがよくあるようではその企業の先はないぞと思う。自分の仕事でも起こしかねない「俺様はいつも正しい」という傲慢さの現れと戒める題材になった。
ちなみに「ポキ」はハワイ料理で生の魚、マグロや鰹などを醤油ベースのタレに漬け込んだものだ。現地で食べると、なんとなく鮮度は大丈夫かと言いたい店も多いが、そこをグッと我慢して食べると普通に刺身料理(みたいなもの)なので、そこそこうまい。ただし見栄えは悪い、真っ黒な魚がゴロゴロしているだけのものだ。

そのポキを日本風にアレンジすると綺麗な見栄えのものになる。これは素晴らしい。味付けもサラダドレッシング風でさっぱりとした爽やかさになっている。ちなみにレタスのあったところには温泉卵が入っていたのだが持って買える途中で潰れてしまっていた。取扱注意と書いておいて欲しかったなあ。

似たようなものを弁当売り場で発見した。チキンガーリックライスという名前に惹かれる。ガーリックは「引」の強い言葉だ。ただ、これもどこかで聞いたふうな名前だった。確かニューヨークの屋台弁当で売っている物の中に、チキンおアーバーライスというものがある。炒めたライスの上にドカンとチキンの切り身が乗っていて、それにヨーグルトソースがかかっているという代物だ。

蓋を開けてみたら、どうやらやはりチキンオーバーライスの日本分アレンジというものらしい。ただ、コメの上にかけるヨーグルトソースは採用されなかったようだ。漢字としては、ニンニク・チャーハンの上に焼き鳥を乗せたようなものだが、確かに洋風な感じがしているので、目新しさはある。食べてみると、食べ慣れた味の組み合わせなので、つまりニンニク味のチャーハン、鶏と目玉焼きという親子関係セット、添え物亜h炒めたパスタだから、なんとなく喫茶店で食べる昼ごはん的な感じに仕上がっている。
これも弁当というより洋風丼で、牛丼の一族と言えば良いのだろう。具材がライスの上にのっているが「どんぶり」ではなく「オーバーライス」という新種族が生まれつつあるようだ。食の世界の広がりは思いのほか早く進んでいるらしい。

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居酒屋の昼飯

池袋で用事を済ませた後、早めの昼飯をどこで食べようかと悩んでいた時、ふと思い出したのが大衆居酒屋のランチだった。普段は夜に酒のつまみとして食べているものをランチにしてみるのは面白そうだ。
思いついたら早速実行と、池袋西口の長いカウンターのある居酒屋に行って注文したのが焼きそばだ。ただ、これはどうも選択に失敗だったようで、夜にホッピーを飲みながら食べると実にうまいプレーンな焼きそばなのだが、昼間に単独で食べるとなんともプレーンすぎる。なんだろうか、同じ商品を食べながら時間帯で感じる満足度の差みたいなものが不思議だった。

そこでちょっと追加してみることにしてまずはマカロニサラダを考えもなしに頼んだら、あまりにも考えなしであることがすぐにわかった。マカロニと焼きそば、同族ではないか。救いは量が少ないことくらいだ。一口食べてすぐに過ちに気がつき追加注文をした。マカロニサラダは味変狙いでソースをじゃぶじゃぶかけて食べたら、あれまあ、というか当たり前だが焼きそばと同じ味になった。失敗。

どうもその日のイチオシであるらしいマグロメンチを食べてほっと一息ついた感じだ。これはソースではなく醤油をかけて食べた。熱々のメンチをハフハフ言いながら食べる。満足だ。しかし、こんな馬鹿馬鹿しい注文をしないで最初から生姜焼き定食とかミックスフライ定食にすればよかったなあと大反省することになる。

夜には魅力的に見える居酒屋の入り口も、昼間に見ればなんとも素気のない古びた建物にしか見えない。うーん、昼の顔と夜の顔の違いを見せつけられた。ただ、カウンターにいた客は何故か男女カップルの酔っ払いばかりで、定食を食べにくるおっさんはほぼゼロ。それもまた不思議な感じだった。朝早くから飲んだくれている?スーツ姿の男女って、一体どういう仕事をしているのだろうか。漏れ聞こえる会話からするとどうやら上司と部下らしい。不思議空間だった。

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うまいものの研究 その2

普段はあまり気にしていない「あまいもの」の流行だが、たまたまこのモンブランはテレビの昼番組で見たばかりだった。中がふわふわという情報だけ覚えていたのだが、それをたまたま入った池袋の百貨店で、特設コーナー的な場所で発見した。とりあえず一回食べてみても良いかと思って注文したが値段を聞いて驚いた。
今のスイーツと言われる甘いものは、1000円札を出してもお釣りが来ない程度には高いらしい。勉強になった。
このモンブランの外側は実に柔らかいクリームだったが、特筆すべきは中身のメレンゲ主体なふわふわ部分(もはや生地とは言い難いので)だろう。うまさは技術によって作られるということが実感できる。これまた勉強になった。
ただ、もう一度買うかと言われるとちょっと躊躇ってしまうほどには高価だ。甘いものには出し惜しみしないという方向けのものかもしれない。これ以外に抹茶味のバリエーションがあって、それがもっとうまいらしいと聞いて、うーんと悩んでいる。困ったものだ。

そう言えば恵比寿にあるフルーツサンドの店に行って、一包み2000円もするのかと驚いたこともあるから、やはりお江戸の名所では「平成」価格でものが買えない時代になったのだなあ。

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あの曰く付きリングは東京にも

個人的な意見だが、大阪万博については否定的だ。使い勝手の悪い埋立地を万博開催を理由にして、国の金も突っ込み土地改良してしまおうという魂胆が透けて見える。自分の金ではなく、他地域の人の金を使いその整備された「良い場所」にカジノをたてるという構想が、なんともいやらしい。カジノをたてたいなら自分で金を用意しろよと言いたい。
ただこの構図は大阪だけではなく、すでに終わった東京オリンピックでも大掛かりに行われた。代々木の国立競技場をめぐる一件では首相自ら動き、管轄の文科省から権限を取り上げるという豪腕ぶりで解決したのだから、政府が大阪府を批判できるはずもない。
同じように、国民みんなに金を出してもらって老朽化した地域インフラを建て直そうとした札幌オリンピック誘致活動が破綻したのは、東京、大阪と続くこのバカっぽいイベント開催型事業の裏側が見えてしまったからだろう。

札幌市ではオリンピックをあてにしていた施設建て替えの費用捻出で大騒ぎになっている。大阪では計画より大幅に増えた事業資金の後始末で、また大揉めするだろう。
その大阪万博を象徴するのが例の木造「リング」だが、あれは会期が終わると倒壊の危険があるため解体して燃やすようだ。木材の再利用は難しいらしい。壮大な燃えるゴミの集積物とは、なんとも気前の良いことだ。
その「リング」の縮小モデルを池袋で発見した。これを見て頭の中で大阪のリングを想像してみた。やはりなんだかバカっぽい気がする。壮大な建造物は人を畏怖させる物だ。例えば東大寺に行くとあの仏像とあいまりなにやらありがたみを感じる。出雲大社で本殿を見るとすごい物だと感動する。スカイツリーを下から見上げれば、良くぞ人がこのようなものを作り上げたと感心する。
さて、大阪にできる大きな燃えるゴミはどんな感動を呼ぶのだろうか。まあ、万博見物に行くつもりもないので実体験することはないだろう。せめて池袋のリングを見て想像してみるかと思ったが、あまりにもばかばかしいのでやめてしまった。池袋駅西口出てすぐの公園にあるリングは、なかなかイメージを膨らませてくれる良い建造物だった。

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うまいものの研究

仕事のついでにパッケージの研究をしているのだが、やはりこの富山名物ますのすしのパッケージは秀逸だ。中身の丸い桶に入った押し寿司と比べると二回りほど大きく見える。上底ならぬ上げ幅な容器なのだ。

ただ、二つを重ねてみるとあまり大きな差はない。桶の直径と箱の外寸はほぼほぼ同じだ。視覚的効果というか錯視というか、考えた人が偉いというしかない。

桶の中には笹の葉がびっしりと敷き詰められている。笹の葉には防菌効果があるというから、これもまた昔の人の知恵なのだろう。桜餅のように葉の匂いが寿司に移るという効果があるのははわからない。

笹の葉を捲るとびっしり枡が並んでいる。綺麗なピンクで、これをナイフで切り分けて食べる。どういうふうに切ってもよかろうと思うのだが、何故かいつもピザのように切って三角形の寿司を楽しんでいる。
外見から中身まで、いろいろな研究成果が込められている名作だ。食べ物としての完成度を学ぶには絶好の品物だが、あれこれ考えを巡らしながらあっという間に完食してしまう。美味さという点では、学ぶ暇がないほどあっという間に食べ切ってしまうのが問題といえば問題だなあ。

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ファストフード 鳥取の陣

世にも珍しいとまでは言えないかもしれないが、おそらく世界中見渡してもなかなかお目にかかれない光景が鳥取駅前に存在する。
写真ではちょっと見にくいが、手前がMマークのハンバーガー店で、その奥にあるのがKのマークのフライドチキン屋とそこに同居しているピザ屋だ。おまけにこの2店の間を通る道は両側の店のドライブスルーが使える。直接に激突しているバトルフィールドだ。
大都市の繁華街であれば、ほぼ隣り合うくらいの距離でハンバーガーとフライドチキンの店が並んでいることはある。しかし、地方都市のドライブスルーがついている自動車対応の立地ではまずあり得ない。競合度合いが強すぎるからだ。当然適度な距離を取る必要がある。
おまけに、この直接激突地にはピザ屋までがついているとは、アメリカ合衆国の植民地かと言いたくなるほどの密集具合だ。まあ、これは実にすごい。おまけに写真の左手にはシアトル系珈琲店も出店している。その上に、ここの場所は鳥取市役所のまん前ときている。色々と条件が重なりすぎる、すごい場所だなあと感心してしまった。

もともとフライドチキンとピザ屋は同じ会社の兄弟ブランドだったのだが、色々訳がありピザ屋は売りに出されてしまい今では資本関係のない別会社だ。そして、最近ではそれに加えてフライドチキンも売り払われてしまった。
ずいぶん長い間関わってきた二つのブランドだから多少なりとも感ずることはあるが、ビジネスとはそういうものだろう。会社を産み育てて、大きくなったら売っぱらう。現代の成功ビジネスモデルだ。ベタな感傷をもつ方がおかしい。しかし、外食産業もついにそのレベル、競合と競り合いながら切磋琢磨するのではなく、会社を安く買って高く売り捌く切り売り商売にまで達してしまったのかと思うと、別な意味で感傷を持ってしまう。外食産業ってなんですか……………・

駅前徒歩圏にあるドライブスルー店舗というのも時代変化の象徴だなあと感じた。自分ではこの立地は思いつかない。やはり、新しいビジネスは新しい人がやっていくものだ。